【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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本当は師匠が一番好きなんですよね結局(ンチャンチャニチャァ……)


エイリアスは拒めない

 

「……ふむ」

 

 美しい銀寄りの白髪(はくはつ)を後頭部で一つ結びで纏め、整った顔を真剣なものに染めながら女性──エイリアス・ガーベラは、一つの本に目を通していた。

 

 表紙には『真・英雄アルス』と記されており、彼女がよく知る人物であるかつての偉人の生涯を纏めたものになる。前もって発行していたもの──つまるところ、十二使徒が真実を覆い隠すために作成した本とは全く違い、アルスの視点で綴られていく物語。

 解決していない闇を覆い隠すために夢物語として書いたものではない、それなりに史実に沿った内容。

 書こうとしても本人でなければ(・・・・・・・)知り得ないような部分すらある。

 

「…………なるほど」

 

 元来の純然たる救世主というイメージを崩さないように、それでいてアルス本人の感情も細かく描写されており、これならばきっと彼も不満を言う事はないだろうと納得した。

 

 登場人物に若い自分がいるのだから少し気恥ずかしい思いを感じつつも、エイリアスは感慨深く読み終えた。

 

「君には彼がこう見えていたんだな」

 

 著者はロア・メグナカルト。

 英雄アルスの記憶を持ち、幼い頃からやがて起きるであろう災厄に備えて己を鍛え力を付けた少年であり、救国の英雄。

 そう対外的に評価されている事実をエイリアスは知っていたし、なんならそれは決して間違いでは無いとすら思っている。本当は惚れた幼馴染が死ぬかもしれないという事実が嫌だったから努力を始めたというなんともまあ評価し難い始まりだが、それはそれとして。

 

 一般にも既に流通し、魔祖十二使徒達が公認として流布しているのだから十年も経てばこちらが正しいものだと世に広まっていく。

 

 混乱を避けるために隠し続けていた真実を公開できた事、また、その内容を表に出して問題ない様に調整できる張本人(・・・)が現代に居たこと。それら全てが重なってこの本が生まれたのだと思うと、胸を掬う柔らかい感覚を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は冬。

 窓の外は一面の雪景色に染まっており、それは彼女が家を持つとある村でも変わらない。北と南に差異はあれど大陸中に雪が舞うこの季節は、人々の活動も控えめになる。

 

 二年程前に学園を卒業した弟子に魔祖十二使徒という立場を譲り事実上無職となったエイリアスは余生──余生と呼ぶには長すぎる年月を生きるが──を謳歌していた。

 

 一日の始まりは遅い。

 昼前に起床し気だるく布団から起き上がり欠伸をし静かに身体を解す。

 肩こりなんかとは無縁な肉体でも同じ姿勢を保っていれば疲労は蓄積していくため、魔力で無理矢理治しても大丈夫だが、彼女はそう言った手間を惜しまずにのんびりと受け入れている。人の身を止めたからこそ、人らしい生き方を大事にしているからだ。

 

 窓から差し込む太陽光に加えて真っ白な雪で反射した輝きで目を細めつつ、乱れた髪を手櫛で丁寧に整えてからベッドから降りた。

 

(…………眠いな)

 

 およそ三十年程だろうか。

 魔祖十二使徒として国の運営に携わることはあまりしなかったが、それはそれとして研究機関や教育機関に協力しつつ村の長として様々な職を並行してこなす日々。

 

 直近十年はそれに加えて二人の弟子を鍛え上げる事もしていたために余計忙しかった。

 

 故に、こんなにも深く睡眠を貪れるようになったのはつい最近の事。

 長い間鞭うった肉体を労わる様に。

 

「ロアの怠け癖が移ってしまったか」

 

 嬉しそうに呟きながら指先に魔力を灯らせて、魔道具へと注いでいく。

 空のコップに沸き立つお湯に、インスタントのティーを入れて待つこと二十秒程度。

 薄めで抽出したストレートティーを口に含み、僅かに身を蝕む冬の冷気との温度差に震わせながら目を覚ます。冬の季節はすっかり一連の流れをしなければ気がすまなくなってしまったなと苦笑して、両手を温めるようにカップを包み込んだ。

 

 じんわりと伝わる熱が、まるで誰かの手を握っている様な暖かさをもたらしてくれる。

 

 エイリアスはこの暖かさが好きだ。

 

 血に塗れて罪の拭えない両手を優しく包み込んでくれる誰かの手を想起できるから。

 自分を地の底から救い出してくれたたった一人の大切な人を、忘れないでずっと覚えていられるから。

 

「──……あの人らしさ、か」

 

 共に過ごした私よりよっぽど理解度が高い。

 嫉妬に似た重たい感情を自分の弟子に抱くなどなんて浅ましい女だ。

 

 そこまで考えて思考を振り払うように頭を小さく揺らした。

 

「やめろと言われたばかりじゃないか、エイリアス」

 

 何時までも卑下するなと愛する弟子に言われ続けている。

 それでも癖が抜けない辺り自己肯定感の低さが滲み出ているのだが、その事には気が付かず──また、もう一つ大事な事を忘れているのに気が付くまでは秒読みだった。

 

 自分に問いかけるように独り言を吐いているその時、揺れ動く灰の髪に目が動いた。

 

「こんな調子じゃ愛想つかされてしまうな」

「そうだな。いい加減やめろと言っているが」

「ミ゜」

 

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 呼吸が止まる寸前で手に握っていたカップの中身が揺らぎ中身が思い切り零れるが、そこは腐っても元魔祖十二使徒。

 瞬時に自己防衛魔法が作動しかかりそうになった熱湯が蒸発し事なきを得るが、未だに心臓はバクバク言っている。

 

「独り言をぶつぶつ言い始めたかと思えばまったく……怒るぞ」

「お、怒ってるじゃないか……」

 

 完全に失念していた、とエイリアスは頭を抱えた。

 

 昨日はアルスが命を落とした日であり、いろいろ重なって忙しかったのだ。

 朝昼と食事を摂る暇すらなくバタバタあっちこっちで仕事をこなし続け最終的に落ち着いたのは日を跨ぐ寸前、夕食をこれから食べようにもそんな気力すら湧かずに家に戻って来たら──確か……

 

『おつかれ師匠。簡単に飯を作っておいたぞ』

『……明日は槍でも降るのか?』

『要らないなら俺が食うぞ』

『ああいやすまない! 無論頂くよ、なにせ何も食べてなくてね』

 

 珍しく、本っ当〜に珍しく。

 忙しさを察知していたステルラにご飯ぐらい作ってやれと家を追い出されルーチェの元に顔を出すも忙しいから構えないと辛辣に追い出されルーナが私が養ってあげましょうと息巻いて現れたがエイリアスに連れていかれたのを見届けて、流石に忙しそうだなと同情したために起きた事だった。

 

 結果、家に帰れないなら別の家に帰ればいいと最悪の結論を叩き出したヒモはエイリアスの家に我が物顔で侵入して勝手に食材を使いかつての英雄が作っていた手料理を再現し疲労困憊の彼女にトドメを刺した。

 

 そしてぐっすりと眠るエイリアスの隣で自分も寝転び手を出さないように鋼の精神で爆睡を敢行して、今に至る。

 

「……ロアのえっち」

「キツいぞババア」

「ぶっ殺すぞクソガキ」

 

 額に青筋が走り怒りのまま紫電が迸るものの、ロアはそれを何なく弾く。

 すっかり才能も手に入れてしまい一時期は天狗になりかけていたが、順位戦で絶対的な一位に降臨するステルラを見て身の程を知ったため何かが変わったわけでもない。

 

「すっかり可愛げのない男になった」

「師匠から歪んだ愛を受けたもので」

「別にアルスと重ねたりなんてしてないからな?」

「おっと、俺は何も言ってませんが……」

「…………ノーコメントだ」

 

 手に持ったストレートティーを口に含んで、わずかに熱を持った顔を見せないようにそっぽを向く。

 

「ふっ、すっかり師匠も俺にメロメロだな。まあ元々俺のこと大好きだったのはバレバレだったが」

「…………そうだな。否定はしないさ」

 

 顔は会わせないまま、ベッドに寝ころんだままのロアの言葉を肯定する。

 

 初めて出会った時は、妙に大人びた子供だと思った。

 マセているとか、背伸びしているとか、そういう事ではなく……言動はふざけた内容が多いけれど、枯れ果てた老人のような部分を見せる事があった。

 

 メグナカルト夫妻はそれに関して個性だと割り切っていたが、そういう意味でも彼は恵まれていただろう。

 

「君は魅力的だった。私が見て来たどんな男よりも怠惰でありながら、どんな人間よりも努力を惜しまない。その癖誰でも努力するから、なんて理由で自己評価は低いまま他人をこう評価するものだから困った男だったよ」

 

 事実、ステルラは完全に依存するような形で愛情を向けている。

 

 それはそうだろう。

 幼い頃から唯一自分に構い続けてくれる異性の同年代であり、なぜか強くなるために人生の大半を消費し、しかも都会の進学先までついてきてくれる男の子。端的に言うのならばステルラの性癖は完全に破壊されているし男性観も崩壊している。

 

「……そうか」

「ああ。幼気な少女の価値観を壊したんだから、そこの責任はしっかり取らないとな?」

「言われずとも既に取っている」

 

 薬指には指輪が嵌められており、紫の宝石が小さく輝く慎ましいものだ。

 

「それを言うのなら師匠こそ責任を取って欲しいが」

「私が?」

 

 惚けているが自覚があった。

 内心流れる冷や汗を悟らせないように敢えて普段通りに行ってみたが、隠し通せるのだろうか。

 

 いくらアルスの記憶を持っていたとしても彼に才能があると思い込み山籠もりという形で子供の青春時代を奪ったのは自分である。

 本人が了承したとはいえ、幼い子供と親を引き離したという事実がある。

 ゆえにそこは責任を問われれば頷くほかないし取るしかない。

 だが、ロア自身がそれを否定していた。

 

 自分で望んだことの責任は自分で取る。

 あくまでエイリアスに非はないという姿勢を崩さず、それはこれまでずっと一貫していたのだが──……

 

(…………ロアの望むことならなんだっていいか)

 

 大概彼女も絆されているし惚れているし甘々だった。

 大人であり魔祖十二使徒という立場を抱えていた自分が解決するべき事態を全て収めてもらった上に命まで救われた身で、エイリアスはロアの言う事なら何だって聞くという覚悟をしている。

 

 一度ならず二度も終わった命だ。

 ならば、それを救ってくれた彼に捧げるのも悪くはない。

 

 エイリアスがそう考えていることなんて露知らず、ロアは続きの言葉を紡ごうとして──躊躇っていた。

 

(俺の性癖ぶっ壊したのはこの女なんだよな……)

 

 ステルラに惚れているのは間違いない。

 ただ、身体のスタイルが完璧で顔も美人でいい匂いもするし自分に謎の好感度を持っているミステリアスな年上に幼い頃から絡まれていた為にそういう癖がある。

 

 山籠もりしてる時に限界状態なのにめっちゃ良い女性の香りを漂わせてきた時は流石のロアもメタメタに来ていたが、圧倒的な実力と立場の差に何も出来ないで悶々とする日々を過ごした過去がある。

 

 ゆえに今、躊躇っていた。

 

(今なら好き放題出来るんじゃないか?)

 

 ロアは既婚者である。

 妻は超越者だ。

 学園を卒業し一年でヒモ生活に激怒され結婚したが、相変わらず好意を持たれている女性陣とは付き合いがあるしなんなら公認である。

 卒業と同時に身を晦ませようとしたエイリアスを弟子二人で止めてちゃんと帰ってくるように約束を取り付けた仲であり、ぶっちゃけると、今なら手を出しても許されるのではないかと何となく考えていた。

 

(なんかもじもじしてるし満更じゃ無さそうなんだよな……)

 

 脳裏に浮かぶのはアルスの記憶、即ちハニトラである。

 純情そうな子、あからさまな娼婦、寝込みを襲おうとするボーイッシュな少女等様々な姿が浮かび上がる。

 

 死んだ目で捉えるエイリアスからはそう言った空気感は感じず、どちらかと言えば、こう……いつぞやのステルラの姿と被る。滅茶苦茶失礼だった。

 

「師匠」

「な、なにかな」

「結婚するか」

「……………………いや、駄目だろう」

 

 滅茶苦茶悩んだなとロアはほくそ笑んだ。

 エイリアスは愛弟子でありその愛弟子の夫でありかつての想い人の記憶を持っており子供の頃から知っている少年の押しの強さは知っていたが、こんなにも堂々と浮気宣言をしてくるとは考えすらしていなかった。

 

 因みにエイリアスは与り知らぬことだが、身を固めたロアが相変わらず周囲の女性陣とイチャイチャしているため既に世間での評価は女好きの英雄である。比例してアルスの評価が上がっているのでロアの作戦通りと言った様子だった。

 彼は自分自身の富と名誉よりもアルスの偉大さを知らしめたいと考えている厄介オタクである。

 

「ステルラは俺が説得するし大丈夫だ。結婚しよう、エイリアス」

「けっ……!」

 

 ロアはここぞとばかりに詰め寄って、未だ顔を逸らそうとするエイリアスの手を取った。

 

「ロ、ロアっ!」

「俺は本気だ。アンタの事は逃すつもりは無いって言っただろ?」

 

 密かに身体強化を使用して力強く抑えつけ、持っていたカップが地面に落ちる。

 割れることは無かったが中身が溢れかえり、すっかり冷めてしまったティーだけが床に撒き散らされた。

 

 鼻と鼻が触れ合うような距離感で目を直視する事となり、ロアの気だるげな瞳に覇気が宿っている事に気が付いて──そこまでされて、本気なのだと唾を飲み込んだ。

 

「わ、私のような女を選ぶなんて随分と」

「ああ。俺は師匠も選ぶ。他のどんな奴だって逃しはしない」

 

 腕を掴まれて壁へと追い込まれた。

 抵抗しようにも力強く、エイリアスは身動ぎして顔を逸らす程度の事しか出来ない。

 自己肯定感が妙に低く己を卑下する癖のある彼女は、どうにも肯定されるのが得意では無かった。

 

 長い社会生活で世辞には慣れたが残念なことに周囲にいた人間は魔祖十二使徒という後悔を抱えて生きている長寿の生命体ばかりであり、その中で特に交友があるのは激重感情を抱えていたエミーリアである。

 

 よって、互いに傷を舐め合うような言い合いはしたことがあっても──このように全肯定されるようなことがほぼ無かった。

 

「……欲張りめ」

「強欲で結構。手の届く場所にあるのに手を伸ばさない理由が無い」

「節操無しの甲斐性無しのヒモ人間」

「言っていい事と言っちゃいけない事があるからな?」

「女誑し……」

「誑かされる方にも問題があるが……俺はそういう女も好みだ」

 

 身体から力が抜けていく。

 囁かれる言葉が全身に浸透して、どこまでも否定したい己の弱さを柔らかく溶かしていった。

 

「…………ロア……」

 

 小さく呟いて、目を瞑った。

 

 静かに近づいた二つの影が、重なる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ねぇ、二人とも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何してるの?

 

 

 

 

 

 

 

 




エイリアス・ガーベラ

激重感情弟子向妖怪。
この後乱入したステルラにボロ雑巾にされるロアを庇って余計面倒な事態を引き起こすが、結果としてロアのハーレム形成の一助を担う事になる。チョロい。

ステルラ・エールライト

ロアが女を口説いている気配を感知し馳せ参じた所現場に遭遇し怒りのあまり雷撃ブッパし三日三晩戦い続けた結果、気が付いた時にはロアの隣で寝ていた。チョロい。

ロア・メグナカルト

幼い頃からごちゃまぜの感情を向けていた師匠も篭絡して無敵になった。自分の評価が落ちれば落ちる程アルスの評価が鰻登りになるガバガバ計画を立案するが、「まあ元々そういう事言ってたしな」で納得され大して影響が無かった。バカ。

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