「……まさか君と戦う日が来るとはね」
腹の立つ苦笑いと共に言葉を吐き出した。
幼い頃から劣等感に塗れていた。
周りの視線と自己評価の相違に気が付くことも無く、自分は偉大な両親の血を受け継いでいると確信していたあの頃。間違いなく自分も後を継げると思っていた幼き頃。
「家を飛び出して早数年────僕は生まれ持った才を育てる為にも、師の元に弟子入りした。君はどうしていた?」
「決まってるでしょ」
相変わらずムカつく男だ。
自覚しているのかしていないのか、そこはどうでもいい。だがとにかく癪に障る男だった。
昔からそうだ。人の事を小馬鹿にするような態度と仕草、そして言葉遣い。表面上を取り繕っただけの薄っぺらな仮面の底には他者への絶対的な侮蔑が含まれている。
「アンタをぶん殴るために必死だったわ」
母様も父様もそこに目を瞑った。
私が才能を持ち合わせなかったばかりに、諦めさせるためにもそうしたのかもしれない。
現実の難しさ、夢の重圧。
本人がどれだけ願っても叶わない事がある。
「見掛けだけのクソ野郎。死んでも
「……やれやれ、嫌われたものだね」
会場の盛り上がりは既に消沈した。
好き勝手に他者の因縁を面白がり、レッテルを貼り付けるこの文化が好きじゃなかった。
他人に失望されるのが嫌いだ。私だって努力しているのに、どうして責められなければいけないのか。それこそ死に物狂いだったのに、どうして皮肉を言われなければいけないのか。
『
うるさい黙れ。
自分が一番理解っている。
自分自身に期待するのが嫌いだ。
どこかの誰かさんのように、あーだこーだ文句を言いながら何かを通せる強さは無い。
息を一度整えてから、ゆっくりと吐き出す。
吐息に混じる冷気。血は嘘を吐かず、私には正しく受け継がれている事を証明している。どうしようも無い程に悪い組み合わせになってしまっただけで、受け継がれているのだ。
「…………始めましょう」
「僕も準備オッケーだ。何時でもどうぞ」
# 第五話
「正面から戦えば負けるだろうね」
静まった会場内。
嵐の前の静けさ、まさしくそう表現する他ない空気感へと変貌している。
明らかに確執がありそうな睨み方をしているルーチェにそれを飄々と受け流しているブランシュ。
登壇したキャストを放置し、アルが楽し気な表情で語る。
「そう言ってやるな。戦意が下がる」
「逆さ。ルーチェが素直に聞く訳無いじゃないか」
ケラケラ笑っているが、聞き耳を立てていたのかルーチェが明らかに此方を見ている。
もしかしなくても俺もターゲット扱いされているのか。自己主張の激しい青筋と眉間に寄った皺が殺意を如実に表していて怖い。
「おまえ終わったら覚悟しとけよ」
「怖いねえ……僕の知ってる淑女ってのはお淑やかで慎ましい気性だったよ?」
「実家が太くて良かったな」
「利用できるモノはなんでも使う
もうやだこいつ。
ただの金持ちじゃないのはわかってんだぞ。このクサレ公爵一族め。
「ああでも、子供の頃のルーチェは静かで気品のある子だった気がする」
「パーティーか?」
「その通り。僕はご覧の通り後継としては不合格だからね、あくまで兄が主賓だったよ」
どうりで謎の情報ラインを持っているわけだ。
子供の頃のアルはこんな風じゃなかった筈なのにどうしてこうなってしまったのだろうか。
「ブランシュ・ド・ベルナール。恵まれた血統があるわけでもなく、一般家庭の出自。それなのに魔祖十二使徒門下に入れたのは本人の才覚とそれを活かす努力を重ねたからだね」
個人情報とかそう言う概念はやはり持ち合わせていないらしい。
いやまあ、噂程度なら俺も耳にしたが……そんな出自とかそこまでは興味ねぇよ。お前絶対実家特定済みだろ。
「ジャンルで言えば君のお姫様と一緒さ」
「だが、アイツほどのイカれではない」
「イカれって何さ!」
いつの間にか横にいたステルラに話を聞かれていたらしい。
ポカポカと肩を殴ってくる。身長は俺が唯一勝っていると言っても過言ではない部分なので堂々と見下ろしてやるのさ。体格差による圧迫感と屈辱を味わうがいい。
「確かにそれもそうだ。いまだに魔法を素手で弾いた仕組み理解してないんだけど、アレってどう言う理屈なんだい?」
「知覚されない程度の魔力を一瞬だけ直撃する部位に展開して弾いただけだよ」
「…………??」
アルが笑顔のまま固まっている。
現実を受け入れるのに必死なようだ。
要約すると、今回ルーチェにひたすら積ませたトレーニングの完全上位互換である。
「……雷魔法ってさ、直撃だけがダメージ源じゃない強力な魔法だよね。速度と比例しない拡散性能の所為で難易度が高い、それ故に使い熟せれば防ぐのは難しいって言う…………」
「いやだなー、雷魔法の動き方くらいなんとなくわかるもん。私、
現時点で世界最強の雷魔法使いは師匠だが、それと比肩するのが我が幼馴染み兼宿敵兼悪魔である。
「十二使徒の二つ名を継いでるのは皆こんなのばっかりだ」
「…………君、よくヴォルフガング君に勝ったね」
「運が良かった。次はないな」
今更俺の凄さを認識したか。
ヴォルフガングが俺に負けた姿を見て勝てると踏んだのか、何人もの同級生や上級生が挑み──土を舐める結果となった。阿呆共め、俺が勝てたのは完全初見であり相手が対策を少しでも練らないように立ち回ったからだ。
何かを極めているわけでもない凡人が甘い考えを持ったまま戦っていい奴じゃない。
「そんなお姫様に扱かれてたなら──ルーチェにも希望はあるね」
実況席の方を横目で見れば、なんともまあ豪華なメンツが揃っていた。
なんで魔祖十二使徒が普通にいるんだろうね、この学園。和気藹々としてるし、お菓子食ってんじゃないよ。
実況解説は少し慣れ始めたのか順調に用意を終わらせたらしい。
『さて、両者共に準備は整ったようですので。
十二位、ブランシュ・ド・ベルナール。
九十位、ルーチェ・エンハンブレの順位戦!!
────開始いィッッ!』
先手はベルナール。
自身の周囲に氷柱をいくつか生成しながら、足元より氷山を生み出し会場を埋め尽くさんと動く。
小手調べにしては大規模に感じるが……
「上手い逃げだ」
あえて氷山に足を引っ掛け上へと駆け上がる。
空は自由な空間だ。本来ならば逃げ場所のない悪手だと言われるが、ルーチェにおいてその常識は通用しない。独学とは言え才覚を有した人間が鍛え続けた一つの魔法は、壁を越えることに成功するものだ。
『空中を
前回の俺との戦いより更に洗練されている。
なんで?
薄ら笑いを消し、少し真面目な顔つきになったベルナールが次の手段へと移行する。
「なるほど。薄く魔力の壁を張って踏み込んでるのか」
おかしい。
そんな特訓は一ミリも実行してないが、いつの間にかできるようになっている。
隣にいるステルラを見てみれば満足気な表情で腕を組んでいるので、コイツが仕込んだようだ。
「魔力を込める、抜く、その動作を早く速くやれるように慣れば応用が利くからね。ちょっとルーチェちゃんに伝えたんだ」
「……ん? この理論を展開するなら、君は魔力でシールドを張れるのかい?」
「張れるよ? 防ぎ様のない火力は凌ぐしかないからね」
なおその前提として、その「防げない火力」を上回る魔力量を瞬時に展開できる器用さが求められる。
「そうか、シールドか……その観点はあまり無かったね」
「アル君はどういう戦い方なの?」
「泥臭い戦い方さ。前のめりに動くだけの」
俺たちが話している間にも試合は動く。
だが。
『────砕いた! 砕きました、
正面から相対したルーチェは、ベルナールの氷を叩き壊した。
もう
「……やってやれ、ルーチェ」
お前の人生だ。
散々積み重ねた苦労を、今ここで──吹っ飛ばしてやれ。
────気分が高揚する。
どうしようもない程に昂っている。
楽しんでいる訳じゃない。
ロアと二人で、閉ざされた世界で戦ったときとは違う。あの時はいつまでもいつまでも、二人っきりで混じっていたい。そんな気分に包まれていた。
カタルシス、なんて呼び方をする。
反逆の快楽だ。これまで積み重ねた私の人生そのものが、絶頂を迎えているのだ。
「…………ふふ」
思わず漏れてしまった歓喜の感情をぐっと堪え、冷気が支配する空間で気を引き締め直す。
自身の代名詞でもある氷山が通用しないと踏んだのか、足元の氷が徐々に溶かされていく。
その表情は優れない。
いい気味だ、ざまあみろ。
「どんな気分かしら?
「……やれやれ。これじゃあ悪役だな」
ため息を吐きながら、その手に氷の剣を作る。
飛び道具は効かないから近接戦闘に切り替える、その判断は正しい。遠近両方を一人で熟せる才を持ち合わせるが故の傲慢さだ。
パキパキ音を出しながら、ベルナールの周囲にいくつもの氷剣が展開される。
「成長したじゃないか。ルーチェ・エンハンブレ」
「アンタになんか褒められても何も嬉しくないわ」
高速で飛来する剣を砕きつつ、一歩踏み込む。
踏み込みにて大地を砕き、坩堝全体を揺らす大きな衝撃を伝える。
一息吸い込んで────前進する!
自分の才覚が望んだものでは無かった。
それでも、この瞬間だけは好きになれた。
全て真っ白に染まり、雑多な情報が全て消え失せたここだけは。
「私が────」
全身全霊なんて、賭けてあげない。
私が嫌いな人間に、私の全部を賭けることなんてしない。
積み上げてきた恨み、妬み、負の感情と呼ばれる全て────今、ここで清算してみせる。
私自身が認識できない速度で加速し、これまでの感覚通りに足を振るう。
『努力は嘘を吐かない』。
私が一番嫌いな言葉で、一番好きな言葉だ。
……好きになったと、言い換えたほうが良いかもしれない。
好き勝手振る舞って、そのくせ人のことをいい奴だのなんだの言って揶揄ってくる女泣かせ。
奴のせいだ。全部全部、あいつのせい。
「────勝つの!!」
取り戻した意識と景色を瞬時に把握し、ベルナールに向かって踵落としをお見舞いする。
避けきれないと判断したのか受け止める姿勢に素早く整えるが──遅い。
氷の剣を砕き、肩へと足をたたき込んだ。
地面が崩落し腰辺りまで大きく陥没した姿を逃さずインファイトを仕掛ける。
剣の生成を並行しつつ捌こうとするがその表情は苦悶に満ちている。
ダメージは通ってる。大丈夫、問題ない。
「──やるじゃないかっ!」
「おかげさまでね!」
鋭く人体を裂くのに適した形の氷を整え振るうがそれは悪手だ。
自身の代名詞すら信用できなくなった男に負ける理由はない。
一瞬、わずかに視線をずらし後ろへと移動しようとした隙。
踏み込んだ足から氷をわずかに展開して、ベルナールの足が引っ掛かるように調節する。
焦りからか確認を怠ったのか、予想通りまんまと引っ掛かった。
「しまっ────」
二の句は継がせない。
腰を深く沈め、腕に力を込める。
右腕を思いっきり引き、十分な溜めを用意できた。
後ろに滑るような形で転がるベルナールに対し、思いっきり────叩きつけた。
砂塵が舞い、土砂が崩れ、大地が割れる。
確かな手応えを感じた。私にとっては未経験の初めての感触だった。
「…………頭でも冷やしてなさい」
大地へ沈んだまま動くことのない奴に吐き捨てて、腕を掲げた。
『────勝者、ルーチェ・エンハンブレッ!! 九十位から十二位へ、奇跡のような繰り上がりだ!! 下克上が成った!!』
幕間ネッチョリやりたいので次回からやると思います。
遅れてごめんなさいなのだ。