申し訳ない……
「えー、ルーチェの勝利を祝いまして~」
「祝いまして~~」
「……やめてよ恥ずかしい」
アルが乾杯の音頭をとり、ステルラが続き、ルーチェが恥じらう。
なんと素晴らしい青春風景、なんと素晴らしい我が交友。この場が俺の家で、リビングで、死ぬほど持ち込まれたゴミの処理を俺がしなければいけないと言う欠点がなければ完璧だったのに。
「おい待て。なんで俺の部屋になったんだ」
「君が唯一お金を持っていなくて差し出せるものがなかったから」
正論は時として暴力になるってことを知らないのか?
これだから人とレスバしたことのない貴族様は困るぜ、相手の事情も加味してどうにかこうにか受け止めてやるのが貴族の務めじゃないのだろうか。
「ステルラ、援護」
「もー、そんなこと言うならお肉あげないよっ」
「ルーチェ……」
「いい薬になりそうね」
クソが。
今日に限って師匠は遠くに出かけてるし、なんで俺はこんなに不遇なんだ。
いや確かにルーチェが主役だし、アルが俺を気遣う理由も特にないし、ステルラも主賓を立てるのは正しいし……あれ、俺を庇える要素一ミリもなく無いか。
「……はぁ、そんな顔しなくてもお肉くらい食べればいいでしょ。辛気臭い顔しないでよね」
「やっぱお前しかいないわ」
この圧倒的甘やかし力!
普段との差が激しすぎて風邪を引きそうだが、それこそがルーチェの真骨頂。俺が出会った人間の中で一番チョロくていい奴だと思う。
「見たかステルラ。やはりこれくらいの包容力が俺は欲しい」
「ぐ、ぐぬぬ……たまには厳しくしないとロアはダラけるからダメ!」
「ほーう? 嫌だと拒絶する俺を身体強化で無理やり連れ出したことを忘れたとは言わせないぞ。あ〜あ、そのせいでインドア派になったからナ〜」
「嘘つき!」
頬を膨らませてプリプリ怒るステルラを宥めながら、早速料理に手をつける。
俺は今回携わってないからよくわかってないが、もしかしてこれステルラが作ったのだろうか。できるとは思っているが、まさかこんな形で幼なじみの手作り料理を食べることになるとは……
「……美味いな」
「本当? それ僕が作ったんだよね」
「クソボケが失せろよホントに」
気分が絶不調になった。
お前今度こそゆるさねぇからな。俺の淡い期待を粉々に砕いた上にスプーンに料理を乗っけて「あ〜ん♡」とか言ってきた。今日ここがお前の命日に変身するとは誰もが思わなかっただろう。
「このアホ! 実家に言うぞ」
「はーはっはっ! 好きにするといい、僕は家から見放されてるからね!」
「胸を張るところじゃないんだが……」
「実家のことは兄さんがどうにかするからいいのさ。僕は僕、アルベルトとして見て欲しいね?」
「んぐんぐ……実家?」
ステルラが首を傾げて聞いてくる。
「そんなに仲良しなの? ロアとアルくんのお家」
「いや、単に脅し文句にしてるだけだ。……なんだステルラ、知らないのか」
「私もロアも一般家庭出身だからねー、ルーチェちゃんのお家がとんでもなく大きいことは知ってるよ」
その情報は初めて聞いたが、十二使徒ならばまあそれくらいはできるだろう。
むしろあんな辺境で隠居気味な暮らしをしていたうちのおばあちゃんがおかしいのだ。エミーリアさんとか豪邸に住んでるしな。
「アルベルトの家はこの中なら一番デカい。権力的にも物理的にも」
「一応元公爵家だからね、その程度の影響力は持ってるよ」
「…………公爵家?」
「統一前、グラン公国に於ける最高権力者一族だとでも解釈すればいい」
本当はもっと複雑だが、今の時代ならこの程度の認識でも十分だろう。
「公爵家って呼ばれてたのは何代も前の話、今は軍部と政界両面に関係者がいる程度の血族だよ」
「グラン家の異端児、なんて呼ばれ方してる男は言うことが違うわね」
「正しい認識さ。別に僕の家や血が優秀なのではなく、受け継いだ人たちがそれぞれ優秀だっただけ。勝手に期待される方が困るけどねぇ」
チクチク価値観で戦うのやめてくれないかな。
ルーチェが気にしてないから問題ないのだが、アルは狙って言ってそうだ。
「大体、今の在校生は突然変異の変わり種が多いからね。正統派はバルトロメウス君ぐらいじゃないか?」
「否定はしない。俺もステルラも、ルナさんもそうだ」
純粋に強い人から、強い人間が誕生する。
かつての大戦以前ならば幾度となく繰り返された悲劇ではあるが、今の時代となってはそうそう起こり得ない話だ。
「アンタの場合は勝手に変わり種になっただけでしょ」
「ハハ、そこを突かれると痛い。堅苦しい文化を兄が引き受けてくれたんだ、その分楽しまなきゃ損だ」
兄────順位戦第二位だったか。
きっとトーナメントが組まれなければ興味を持つこともなかっただろう。最高学年時に一位を取ればいいとしか思っていなかった故に、ほぼほぼノーマークである。
「どんな人だ」
「厳格で荘厳で潔白──を心がけている人」
「本当にお前の兄か?」
「血の繋がりは確かにあるよ」
なかったら一大事だよ。
「さ、僕の話はここらへんにしておこう。今日の主役はルーチェだからね」
「それもそうだな。よく頑張ったな」
「……ん。ありがとう」
素直なルーチェは扱いやすいが、それはそれとして茶化してやらないとなんか雰囲気違くてむず痒いので難しいところだ。
「次回が怖い内容だったよ」
雰囲気が変わった。
お前空気ぶち壊してるんだけど自覚あるかな。こういうちょっとした祝いの席でしなくてもいいだろ。
そんな俺の懐疑的な視線は無視してアルは続けた。
「勝ちは勝ち。それは揺らぎない事実だけど────底を全く見せていなかった。これは一考の余地があると思うね」
「……
真剣な反省会になりつつある。
まあ、祝われている本人がいいならそれでいいが……
「ほほう! それはそれは、ふーん……?」
「ふーん?」
「……ははあ、そういう事か。中々悪趣味だな」
「わざと負けた。そう言いたいの?」
「いいや。
どういう事だ。
「要は最終的に君の邪魔に繋がればいい。そう考えたんだろうね」
戦い、敗北する事でルーチェの邪魔になる。
……………………それより負ける方がムカつくよな。俺だったらそんな手は取らない。
負けて煽られる方が圧倒的にムカつかないか?
「それは君だけだね。煽り耐性も低いし沸点も低いのに自分を冷静沈着だと思い込んでいる異常者だから」
「お前マジで許さないからな。後で覚えとけよホント」
ロア・メグナカルトは激怒以下略。
だがしかし、今はルーチェの話なので飲み込むことにする。
俺は何時だって冷静沈着清廉潔白質実剛健を地で行く男なのだ。一度煽られた程度で青筋を立てるほど若くはない。
「順を追って説明しよう。まずは前提、『彼にとって負けた場合の損得』だ」
「……トーナメントの出場権とか?」
「いいや。彼は魔祖十二使徒門下だから、初めから出場は決まってるのさ」
「受けて戦うことに意味がある……?」
ルーチェ曰く、確実に挑戦は受ける。
そういう奴ではあったらしい。本人たちの間にどんな確執があるのかは知らないが、約束でもしていたのだろうか。
手を抜いて戦うってことは、対戦相手を舐めているという事。
「ベストは尽くした。そう言っていたんだね」
「…………ええ」
「本気を出したとは言っていない」
「だからと言って手を抜いた、という考えにするのは早計が過ぎる」
「勿論わかってるさ。だからこれは前提──彼は、負けても損をあまりしない。名誉が傷つくくらいさ」
十分デメリットがあるんだが……
アルベルトの性格の悪さとベルナールの性格の悪さ、何か共通点があるのだろうか。
「煽った相手に負けるという屈辱はあるけれど、それを引っくり返せる舞台があるとしたら?」
「…………理屈は理解した。だがそこまでして負けて一体なんの意味が──」
「ルーチェへの嫌がらせ」
嫌がらせ。
パッと思いつく内容はない。
わざと負けた後に勝っても、「でもお前負けたじゃん」で論破できるからなんの得があるのだろうか。
「君みたいな図太い人間ならともかく、
「……少なくとも俺がやったら絶交されてたのは間違いない」
「よくわかってるじゃない。死ぬだけじゃ済まさなかったわ」
ルーチェの機嫌が少しずつ悪くなっている。
冷気が滲んでいないだけマシか。
「それだけじゃない。ルーチェの手札を晒しつつ、自身の手札は隠す。そういう目的もあっただろうね」
「そこまで計算して負けてたら本当にタチが悪いな」
考えすぎだとは思う。
俺はベルナールの本性を知らない。本当にそこまでする悪辣さを持ち合わせているのか、過去にルーチェと何があったのか。
それを知らない限りは勝手に想像で話すわけにはいかないのだ。
「とまあ確定的に喋らせてもらった訳だけど、これは僕の推測に過ぎない。手を抜いていたという事実はあってもその理由までは定かじゃないよ」
「…………フン、どうでもいいわ。今度は本戦でボコればいいだけよ」
楽しそうな顔で笑うルーチェ。
自信がついたようで何よりだ。
「……それに、今は一人じゃないもの」
…………デレた。
少し目線を下に逸らして恥じらいながら呟いた。
お前、何時の間にそんな高等テクニックを身につけたんだ……!?
「わ、わあ……聞いたロア! ルーチェちゃんがデレたよ!」
「ああ。こんなテンプレート的なスタイルに変貌するとは思ってもいなかった」
「うるさいわね!」
やけくそ気味にアルの手作り料理を口の中に放り込んでいる。
「あ〜あ、子供の頃のルーチェはあんなに」
「それ以上口を開いてみなさい。二度と立ち上がれない体にしてやる」
本気の脅しだった。
アルが珍しく笑みをなくして冷や汗を流しているのだからその本気度合いが理解できる。
子供の頃のルーチェ、普通に気になるんだが誰に聞けばいいだろうか。後でこっそりアルに聞いておこう。
「参った参った。それで子供の頃のルーチェはね」
そこまで話を続けて、アルは音もなく崩れ落ちた。
一撃で意識を刈り取ったらしい。インファイトを仕掛けたり正面突破的な部分もあるが、やはり本質的な部分は暗殺者ではないのだろうか。
一応回復魔法をかけているステルラを尻目に話を続ける。
「子供の頃のルーチェ、俺は気になるな」
「聞くな。絶対聞くな」
「そう言われても気になる。大切な友人の幼い頃、独占されているのもなんだかモヤモヤする」
具体的には俺も弄りに参加したい。
幼少期ネタは鉄板だろ。ステルラはガキの頃、インドア派だと宣言している俺を強制的に外に連れ出す悪魔の子だった。魔法で俺を一方的に打ちのめしてきた事実も忘れてはならない。
何?
俺が無駄に挑発するからだと?
…………フン。今日はここまでにしておいてやる。
「……そんなに知りたいの?」
「ああ。お前のことは(ネタに出来るから)なんでも聞いておきたい」
「………………あ、そ。勝手にすれば」
耳がわずかに赤くなっている。
今気がついたが、この言い方では俺が猛烈にルーチェに興味を持っているように聞こえてしまう。
興味があるのは間違いない。だがそれは性的な意味ではなく、良き隣人としていい関係を継続したいがためなのだ。だから何時の間にか隣に立ち若干くすんだ瞳を向けてきている我が幼馴染みへと弁解せねばならない。
「落ち着けステルラ。確かにルーチェの全てを知りたいと発言したがそれは言葉の綾だ」
「……いーもんいーもん。どうせ私はスタイル抜群でもないし芋娘だもん」
め、めんどくせぇ〜〜〜!
ネガティブモードへと突入しもそもそ料理を口にするステルラからは陰鬱なオーラが漂っている。
今更お前の何を聞けというんだ。世界で一番か二番目か三番目くらいにはお前のことを知ってるぞ。もう聞く必要がないから聞かないだけであり、俺は別にステルラを軽視している訳じゃない。
などと、俺の内心を並び立てるわけにもいかないのだ。
これは俺に残ったチンケなプライドが邪魔するからである。師匠にもステルラにも素直に愛情を示すのはなかなか恥ずかしいのだ。ルーチェとかルナさんには気楽に巫山戯られるのになんでだろうな。
「スタイルでいえば一番残念なのはルナさんだぞ」
「最低」
選択肢をミスったらしい。
ルーチェとステルラから飛んでくる視線が絶対零度になった。
冷ややかな視線だ。俺じゃなきゃ身震いしちまうね。
「いや違うそうじゃない。俺は外見で判断してないと伝えたかったんだ」
「……まあ確かに、師匠と一緒にいれば普通じゃ満足しないよね」
師匠はスタイル抜群だからな。
ついでに言えばとても美人である。なお中身は伴わないものとする。
「だから違うと言っている。俺は俺を甘やかしてくれる人間全員好いているだけだ」
「一ミリも好感を持てる発言じゃないね……」
「堂々と宣言するあたり潔いよ」
呆れつつも否定しないあたり、そういう俺の部分を認めているのだろう。
護身完成、すでに俺を守る砦は築かれた。
「フン。あーだこーだ言う暇があったら俺の事をもっと甘やかして欲しいね」
「…………なんでこんなのを……」
「ルーチェちゃん。もう遅いよ……」
女子二人がもそもそ飯を食べ始めた。
復活したアルベルトが俺の肩に手を置いてキザな顔をしている。殴るぞ。
「君、刺された時用に遺書用意しておきな?」
「いやに決まってんだろ。俺は寿命以外で死なないと決めている」
「刺さないよ! ちょっと痛い目にはあってもらうかもしれないけど」
それは死刑宣告か?
「ルーチェ。お前は俺を守ってくれるよな」
「……たまには痛い目見た方がいいんじゃないかしら」
なぜか急に裏切りの目にあった。
酷く悲しい気持ちになった。
俺はこんなにもみんなを平等に考えているのに……
ヤケクソ気味にアルの作った料理を口に運ぶ。
無駄に完成度が高く美味しい味付けに腹を立てつつ、緩やかな食事を楽しんだ。