英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第七話 絢爛、閃光

 僅かな足運びで土煙が立つ。

 空気の揺らぎが剣の軌跡を伝えてくれる。視覚で捉える事の不可能な領域に至った斬撃に対応するためには、俗にいう第六感という不確かなものに頼らざるを得なかった。

 

 一拍に数度の斬撃。

 無論それは感覚的な話であり、実際はそうではない。よくて二回、いや、返す剣も交えれば三度だろうか。

 

 これだけ剣を交えれば嫌でも理解する。

 アイリス・アクラシアという女性は『剣における天才』。

 俺如きでは生涯を賭けても到達できるかどうかわからない、そういう領域に足を踏み入れている化け物。

 

 今の俺がある程度相手になるのはただ一つ。

 

 かつての英雄の記憶を保持しているから。

 その軌跡を余すことなくなぞってきているから対応できているだけだ。

 心の奥底に棲んでいる劣等感が湧き出て来たが、それを何とか飲み込んで目の前に集中する。

 

 一度距離を取りたい。

 だがそれを許してはくれない。

 少しでも離れようとすればそれより先に一歩踏み込んでくるので、それに対する反応をしなければいけない。

 

 戦いの勘が鋭すぎる。

 

「…………すごいな」

 

 思わず言葉が漏れた。

 腐っても剣の修練を只管に積んで来たんだ。実力差はそこまでではないが、その戦闘能力の高さには脱帽せざるを得ない。誠に遺憾ながら。

 嫉妬で狂いそうだ。俺が望まない血と汗と泥に塗れて生きて来たのに、苦痛に塗れたいと願う天才の常識の範疇の努力で対等に並ばれてしまうのだ。これに嫉妬せずにどうすればいい? 

 

「キミこそ。問題ありません、って顔で捌いちゃって」

「デキる男は表に出しませんからね」

「ふふっ、言うね」

 

 滅茶苦茶ギリギリだった。

 初めて握る武器、ロア・メグナカルトとしては初めて向き合う同じタイプ。即ち剣の達人。

 手に汗握るどころではない。命懸けの綱渡りだ。

 

「…………不思議」

 

 そんな俺の内心は露知らず、話を進めていく。

 

「キミの剣、一人じゃないみたい」

「…………我流ですからね」

「ううん、そうじゃない」

 

 勘が鋭すぎるだろ……

 そりゃあ一人じゃないさ。ありとあらゆる人の技を勝手に盗用してるんだから。

 でもそれを見破れる人はいない。あくまで俺の“才能”として勝手に判断してくれる。俺がかつての英雄の記憶を持っている事なんて誰も知らなくていい。

 

「すごい沢山見える。積み重ねた量が、数が、こんなに多い人は……本当に初めて」

「それは光栄です。俺は努力家なんでね」

「うん。凄いよ、ほんとうに…………」

 

 笑みを深めないでくれませんか。

 背筋が凍るような寒気がした。この感覚は懐かしい。

 

 そう、あれは山籠もりをして最初の頃の話だ。

 野生の動物に怯えながら、自衛できるような武器もたった一本の剣しか無い時に出会った巨大な獣。

 アレは死んだと思ったね。要するに、圧倒的な上位者に捕食対象として定められた時のような恐怖感と焦燥感が俺の身を襲っている。

 

「もっと、もっといる(・・)でしょ」

「さあ、どうでしょうか。一か二はいるかもしれませんね」

「…………あはっ」

 

 更に深く口元を歪めている。 

 こ、怖ェ~~~~! 逃げ出したくなってきたんだが。

 なんかこう、ルーチェとかと戦った時とは別。勝ちたいという思いは確かに俺の中で根強く活動しているが、それ以上に根源的な恐怖が滲み出てきている。

 

「ありがとうロアくん」

「何がでしょうか。皆目見当もつきませんが」

「……きっと、()に会うために私は生きて来たんだね」

 

 運命はこれ以上背負えないから勘弁してくれ。

 そういう星の下に生まれてるのか? 俺は。女性関係をきっぱり終わらせてひっそりと消えて行った英雄と違い、俺は何処までも追われ続けるという事なのだろうか。

 

 今ですら追ってる立場なのだからいい加減にして欲しい。

 

「────ロア・メグナカルト! 私、君に出会えて本当に良かった!」

「そうですか。俺としてはこれ以上増えて欲しくないんですけど」

「なら振り払ってよ! 私の事も、全部纏めて!!」

 

 再度斬りかかってくるのは予想していた。

 

 意識を切り替える。

 反射で相手をしろ。俺の思考で追いつける相手じゃない。

 身体に染み付いた英雄のトレースをどこまでも実直に行う、俺に勝てる芽があるとすればそこだけだ。

 

 上段からの振り下ろし剣で受け流し、そのまま肩をぶつける。

 体格差が存在する以上俺の方が有利になれるのがフィジカル面での話。積極的に利用していきたいが、それは甘くなりすぎる。

 

「ね、その切り替えも!」

経験上(・・・)、わかるんですよっ!」

 

 本当に楽しそうにやってくるな。

 加減なんて一切してないからさっき腹に入った一撃は相当な威力になっているはず。なのに動揺が少しも見られない、寧ろ興奮が先に来てる。

 

 脳内物質の過剰分泌だな。

 極度の興奮状態にあるのだけは間違いない。

 

「斬って、斬って斬られて斬って────こんなにも楽しいの……!」

 

 昂り、頬を紅に染めながらアイリスさんは剣を地面に突き刺した。 

 

「魔法は無粋。でも、私の全部(・・)を見て欲しいんだ」

 

 ……嫌な予感がする。

 正直受け止めたくないが、やってみせるしかなさそうだ。

 ここを不意打ちで倒しても誰も認めないだろう。俺だってそうだ。全身全霊を賭けるから勝利に価値が生まれる。

 

剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)──燦爛怒涛」

 

 何も持っていなかった筈の左手に、新たな剣が出現した。

 まるで血が染み付いたような赤黒い色が生きているかのような胎動を繰り返している。魔力反応か、それとも……

 

「誰がなんて言ったって、私にとっては煌びやかなんだ。君にもわかるでしょ?」

「……なるほど。随分と無粋なことを言う奴がいる」

 

 満面の笑みで頷くアイリスさん。

 

「良いじゃないですか。俺には絢爛(・・)に見えます」

「…………う、ふふっ。ありがとう、ロアくん」

 

 しっかりと意図が伝わったようで何よりだ。

 それは貴女の努力の結晶だ。泥臭くて血に塗れるのが努力だ。苦痛が滲んで吐き気がするのが努力だ。

 だけど、どうしようもないくらいに明るく眩しく見えてしまうのも、努力なんだ。

 

「────光芒一閃(アルス・マグナ)

 

 その想いに応えるために。

 師匠に授かった祝福を起動する。

 俺にとっての燦爛はこれだ。誰かに授かった力こそが俺にとっても眩い輝き。

 

「私の燦爛怒涛はね。特殊な効果もないし、ただ鋭く斬れるだけの剣」

「奇遇ですね。俺の光芒一閃も同じような役割だ」

「気が合うね、私たち。どうかな?」

「残念ですが心に決めた奴が居るので」

 

 霞構えで受けて立つ。

 互いに楽しむだけの時間は過ぎ去り、後に残ったのは勝者と敗者を決めるための残酷な時間。

 

 それで良い。

 

「そっか。振られちゃったな」

「アイリスさんは魅力的だから、俺みたいなのより良い人が見つかりますよ。そう悲観することはない」

「……あれ? でもロアくんってハーレム作ってるんじゃないの?」

「ちょっと待て。なんだその話は」

 

 戦う空気じゃなくなってきたぞ。

 俺はそっちの方が気になるんだが、アイリスさんは惚けた顔をしている。

 

「だってルーナ・ルッサさんでしょ。エンハンブレさんにエールライトさん、極め付けには師のエイリアス様。これだけの女性と関係を持つとか噂されてたけど」

「肉体的な関係はないのでハーレムではないと断固として訴えておきたい。あと俺は拒否もしないし深追いもしない、適切な距離を保っているから互いに損得の少ない関係になっているんだ」

「すごい言い訳するね……」

 

 あ〜〜〜〜もぉおおぉぉ!! 

 

「あはは、冗談だよ冗談。振られちゃった仕返しね?」

「憤怒で人を殺すことも可能だと言うことを今証明しなければいけなくなった」

「良いね、全力で来てよ!」

 

 この人わざとやったな? 

 俺が手を抜くことが確実にないように。これだけ剣を交えたのだからそこは理解して欲しかったが、まあ仕方ない。今この瞬間全力を出さずしていつ本気で戦うと言うのだろうか。

 

 誰しもが納得のできる勝利を。

 

「…………当然」

 

 全力で行かせてもらう。

 本来ならばここで使うべきではないが、そんなのは知ったことではない。後の事は未来の俺に任せれば(放り投げれば)良いのだ。

 

 身体のダメージは少ない。

 高速戦闘にも十分耐えうるだろう。

 

「紫電迅雷────不退転(イモータル)

 

 身体の内側を駆け巡る紫電。

 猛烈な痛みと共に齎す効力を十全に活かすために歯を食いしばる。堪えて堪えて、整ってからしっかりとコントロールする。

 俺の道に近道はない。どこまでもどこまでも続く真っ直ぐな道を、愚直なまでに歩いていくことしかできないのだから。出来ないことを出来る様にするのではなく、出来るようにするための努力を幾つも重ねる。

 

「行くぞッ!」

「────来い!!」

 

 視界の淵に浮かぶ紫電を目で捉え、足に力を込める。

 肉体の損傷なんか気にするな。いくらでも治せるんだ。使えるものは使えるうちに使え。

 

 ────刹那、踏み込んだ。

 砕ける大地、揺れる世界。これこそがかつての英雄の至った領域。身体強化だけではなく、雷魔法も利用して自身を最速へと至らせた魔法。損傷すらも自己修復を繰り返すことで治してしまうのが完成形だが……十分すぎる。

 

 ありがとう、師匠。

 貴女のお陰で俺は前に進める。

 

 全身に叩きつけられる衝撃。

 あまりにも速すぎる世界の中で、自身の肉体が死に接近しているのを感じとった。俺が鍛え上げた唯一の感覚、死への嗅覚というべきか。

 警告を鳴らしている。これ以上踏み込めば死ぬぞ、俺の肉体を過信するなと。

 

 その全てを無視して、空中へと駆け出した。

 

 足りない。

 足りないんだ、何もかも。

 全ての手札を合わせても、全ての記憶を晒しても。

 

 俺があの星(ステルラ)に手を届かせるには、この程度じゃ足りていない! 

 

「星縋閃光────!!」

 

 紫電と同等の速度で繰り出せる、現状唯一の技。

 一週間で積み上げられたのはこの程度だった。だが、このたった一つが全てを凌駕する大切な要素になる。

 

 既に俺には認識できない速度での一撃だったが、超人的な反射を見せたアイリスさんの剣と一瞬鍔迫り合った後に真正面から打ち砕く。

 

 地面に着地し、勢いを殺すために何度か転がりながら止まった。

 全身が痛い。猛烈な痛みだ。俺自身、かなり興奮していたとはいえこの痛みは洒落にならない。腕とかもう持ち上がらんくらいにガタガタだし。

 

 後ろを振り返ってみれば、アイリスさんは上を見上げている。

 肩口から血が滲んでいるので斬ることができたのだろう。だが、これで勝敗がついたかどうか……

 痛みを堪えて歩いていく。これで反撃されれば俺の負けだ。全てを出し切ったと言っても過言ではない。故に近づく。

 

「…………アイリスさん」

 

 反応はない。

 呼吸はしているのがわかってるから死んではないだろう。いや、死ぬような一撃にはしてないから大丈夫だとは思う。

 学生同士の戦いで殺す殺されるが発生する方がやばい。

 

「……すごいなぁ」

 

 俺にギリギリ聞こえるくらいの声量で、一言呟いた。

 

「欲しかったものが……見えたような気がするんだ」

 

 手に持っていた剣が魔力となって崩れていく。

 半ばから断ち切られたそれは、まるで未練など無いかのように空気へと溶けていく。

 

「…………綺麗な、閃光……」

 

 最後の方は聞こえなかったが、そのまま崩れ落ちてしまったので急いで支える。

 ボロボロの下半身と腕に過剰な負荷がかかって思わず叫びそうになった。ここで叫ぶのを堪えた俺を本当に讃えてほしい。

 

『────そこまで! 勝者、ロア・メグナカルト!』

 

 歓声が沸いた。

 俺の勝利を祝福しているのか、俺たちの勝負を称えているのか。

 

 詳細はわからないが──不思議と、心地よく感じた。

 

 

 

 

 

 

 無事全身ボロボロになった俺とアイリスさんは医務室へと運び込まれた。

 坩堝内に新たに設置したこの部屋は最新の機材等が持ち込まれて、そこら辺の病院よりよっぽど良い施設になっているらしい。

 

「お疲れ様、ロア」

「師匠」

 

 回復魔法で主要な傷を全部治してもらい後遺症も残らないようにしてもらったタイミングで師匠が入ってきた。

 血の匂いが染み付いた制服を着直す。

 

「良い戦いだった。完全勝利じゃないか」

「あんなにボロボロになってですか」

「内容だけをみればそう見えるかもしれない。それだけが勝負じゃないだろう?」

 

 その通りではある。

 アイリスさんの想いに俺は応えられただろうか。

 俺より深傷を負っていたため治療後まだ意識を取り戻さない。気絶したまま治療ができるのが良いな。

 

「アレ、一回戦で使ってしまって良かったのかい?」

「その内使うことになりますし、相手に迷いを発生させられるのでちょうど良い」

「……やれやれ。男の子だな」

 

 師匠の身長と同じくらいには成長したのに、頭をぐりぐり撫でてくる。

 別に拒否する理由もないのでそのまま受け入れておこう。こういうタイミングで誰かに見られて苦労するのは俺じゃなくて師匠だ。

 

「それにしてもあの技。星縋閃光? だったか。いつ編み出したんだ」

「咄嗟に出ました。アンタら(紫電)にいつか使うために考えないとな、とは思っていたんですけど」

 

 嘘です。

 本当は英雄の記憶から取りました。

 一から考えたわけじゃなく、最期の一撃を参考にして必死こいて考えてました。

 

「そうか…………よく、頑張った」

「わっぷ」

 

 なんで抱きしめられてるんだろ。

 まあ柔らかいし良い匂いするし俺は別にどうでも良いんだが……ここが医務室ってこと忘れてないか? この人。

 

「……………………じー」

「ン゛ンッ!! ま、全くロアは甘えん坊だなー!」

 

 お前それはないだろ。

 ステルラがジト目で俺たちのことを見ていた。

 

「ステルラ。どっちが原因か、わかるよな」

「ロアでしょ」

「お前節穴か?」

 

 紫電がピリピリ飛んでくる。

 電気マッサージか、なかなか乙なことするじゃないか。

 

 なお表情筋が変に操作されているから変顔をする羽目になっている。お前どこでこんな技覚えたんだよ。

 

「全くもう……ロア、おめでとう!」

「……ああ、ありがとう」

 

 まあ良いか。

 別に俺が甘えん坊とか言い触らされてもそれを利用する人が増えるだけ。つまり俺は今まで以上に甘やかされる日々が待っているのだ。俺の明晰すぎる脳が恐ろしいぜ。

 

「素晴らしいなこの世界は。俺のために存在しているかのようだ」

「急に変なこと言い出すところはダメだと思うな」

「ポジティブなのは良いことだぞ。俺は繊細すぎるからな」

「嘘つけ、図太いメンタルしてるくせに」

 

 でも子供の頃自分の胸に問いかけたら憂鬱になったぞ。

 もしかして俺も成長してるのか……? ステルラの胸はあんまり成長してないが、ハハっ! 

 

「安心しろ。まだ望みはある」

「何が……?」

 

 師匠を一度見て、その後ステルラを見る。

 笑顔でサムズアップしたら意図を理解されたのか全力で殴られた。試合終了後だというのに凹んだ顔面が俺の凄惨さを表している。

 

「何やってんのよ……」

「る、ルーチェ」

 

 非常に不甲斐ない。

 ジュクジュク音を立てて視界がクリアになっていく気持ち悪い感覚を味わいつつ立ち上がる。

 

「次の試合見にいくわよ。いつまで経っても戻ってこないから迎えにきたわ」

「それはすまないね。バカ弟子がアホなことを言うものだから」

「それはいつもの事ですね。心中察します」

 

 おい。

 

 今回に限っては俺は冤罪だぞ。

 ムカついたから手を差し伸べてきたルーチェの手に指をめっちゃ絡ませる。こう言う日々のセクハラがいつか身を結ぶと俺は信じてる。

 

「……何すんの」

「何がだ?」

 

 ため息と共に諦めたのか、そのまま歩き出していく。

 次の試合はソフィアさんとプロメサさん、だっけか。どちらかと戦うことになるのだから見ておかなければいけないな。

 

「…………ロア」

「なんだ」

「一回戦突破、おめでとう」

 

 ルーチェが小さく呟いた。

 お前一対一なら言えるのに周りに人がいると言えないんだな。そう言う所がまた可愛い部分なんだが、今回は相手が悪かった。

 

 師匠は楽しそうに笑ってるしステルラはなんかニコニコしてる。

 

「ありがとう、お前らも頑張れよ」

 

 正直そっちの方が問題だと思うがな。

 ステルラとルーチェは明日ぶつかるのに。

 

「簡単にやられてなんかやらないわ」

「私も、負けられないからね」

 

 ……ついこないだまでめっちゃ仲悪かったのに、仲良くなったなぁ。

 

 女同士の友情というのはよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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