ありふれていなければならない物理法則で世界最強 ※完結 作:十二の子
―*―
「ヒカリ・ヒトツイシ。起き給え。」
「ん…?」
「僕だ。早く起き給え。」
「もう起きているじゃない。あなたは?」
「この顔を見て、わからないかい?…アルバート・アインシュタインだよ。」
「幽霊?そんなはずないわ。」
「そうだろうね。僕はあくまで、君が思い浮かべる僕に過ぎない。それはこの世界と同様だ。」
「なるほど、私はまだ、眠っているのね…」
「きっと君は、永遠に起きられないだろう。」
「落下地点が45メートル以上なら、確実に死に至る…そうよね。死ぬわよね。底が見えなかったもの。水面だとしても75メートル…」
「そんな理屈で、君は、あきらめるのかい?」
「箱の中の生死は、開けるまでわからない。」
「私はリンゴをキャッチすることができた。」
「それでもトータスは回っている。」
「神はサイコロを振らないが、運勢は時としてサイコロを振っているように見えるかもしれない。」
「…皆さん…」
「私も、君も、知識という巨人の肩の上に立っている。」
「無数の確率を、つかみ取れ。」
「世界の回り方を決めるのは法則じゃ。教会ではない。」
「自然法則こそが神だ。君はついにつかめるのだろう?」
「「「「継いでくれ、私たちの遺志を」」」」
―*―
「はっ!」
ゴツン!
「あわっ!」
…視界がチカチカする…
「ちょ、ちょっと静かに…」
口元を、手で押さえられた。
〈どうしたの?〉
仕方がないので、気絶しそうなほど痛むが、腕を伸ばして指先で砂地にひらがなを書く。
〈まものがいる〉
後は、この柔らかい白い手の持ち主とは別に、もう一人の落下者。
〈なぐもは〉
後ろで、首を振る気配がする。
〈はぐれちゃった〉
ああそう…同じコースで落下したのなら、白崎さんをかばって2人分の衝撃を受けた私のほうがダメージがあるはず。
〈きっとぶじ それよりいまはわたしたち〉
状況を、把握しなければ…
―*―
「はあーっ…」
香織は、細くゆっくりとため息を吐いた。どこかなまめかしさのあるため息に、一石は一瞬見とれたが、状況を思い出し止めたーため息すら抑えなければならないほどに、危険なところにいるのだから仕方がない。
もちろん、人間としてしなければならないことはあるし、一石もそれを理解してはいる。でも、だからこそ、今はそれどころではない。
「…白崎さん、『3・3・3の法則』って知ってる?」
「え、えっと、またアインシュタイン?」
「いいえ、ただの経験則で、物理法則ではないわ。人間がそれなしに生き延びられる時間は、空気が3分、水が3日、食物が3週間…という俗説よ。
水は、私たちが生きているということはどこかでクッションになってくれた滝か何かがあるはずだから、それを捜すとして、それとは別に…
…魔物の肉は食べられない。だから、2週間を過ぎたら…
…食べられるもの、私しかないわね。いいわ、そうしなさい。」
「えっ」
言わずもがな、香織は息を呑んだ。
「ダメだよそんなの!なんでそんなこと言うの!」
「私には、あなたをこんなところに落っことしてしまった責任がある。あなたと南雲君だけでも、なんとしても地上に帰さなくちゃ…」
「ダメ!
私は、光ちゃんにも助かってほしいから、手を離さなかったの!そんなこと…命を粗末にするようなこと言わないで!」
強いまなざしが、暗い奈落の底で、一石光を射すくめた。
「いっしょに、ハジメくんを助けて、帰ろ?」
「…わかったわ。」
それは容易なことではない…とは、一石は言わなかった。
「まずは水、それから、食べ物ね。
…光がささなくても暗性植物って生えたかしら…さすがにコメツキガニのまねごとはごめんこうむりたいし…」
干潟泥の中のバクテリア、洞窟のコウモリ糞、孤島のグアノ、深海熱水鉱床の硫化水素といったものに思いをはせた一石だったが、すぐに首を振った。
「治癒魔法に頼って食中毒をどうにかするにしても、消化できなければ水分の浪費ね。やっぱり魔物をなんとか食べられれば…」
「あの…」
香織が、恐るおそる問いかける。
「光ちゃんなら、魔物の魔法を無効化できない?」
「あー…やってみましょう。
…痛っ!」
「光ちゃん、立ち上がっちゃダメ!まだ治ってないんだから!」
「ごめんなさい…巻き込んで、その上に治癒までさせてしまって。」
「ううん、いいの。」
無垢な笑顔を見て、一石は「必ず白崎さんを、南雲君のところへ連れていく」と、決意を新たにした。
―*―
それからの、2人の動きは早かった。
体力と魔力を回復させた2人は、まず、丸1日を観察に費やした。
主な魔物は3種類。回転し逆立ちする「蹴りウサギ」、尻尾から電撃を放つ「二尾狼」、そして二足歩行動物と思われる巨大な足跡の持ち主。
この中で、一石は最初、食べ残されたウサギを期待したーが、ウサギが狼を蹴り砕く衝撃の場面とともに、期待も砕け散った。
ウサギが意気揚々と去ってから、狼の足跡を逆にたどる一石。
一匹の二尾狼が、岩陰で休んでいた。
(空気に火花が散り、絶縁破壊が起こるほどの電圧に、生物が耐えられるわけがない。
オームの法則に基づき、私は、二尾狼を認めない!)
ギャンッ!
二尾狼は、丸焦げになった。高電圧による電流が、生体内の電気抵抗によって熱を生んだのである。
香織が、魔法でとどめを刺す。障壁を作る防御魔法が空間の行き来を遮断することである種の空間切断面となることを、一石は気づいていた。
いくつかにすぱっと切り分けられた二尾狼。
まずは、一石が入念に焼く。万が一未知のウイルスでも地上に持ちだしたらシャレにならない。
「魔力は感じる?」
「ううん。」
「じゃあもう魔物じゃないのね。」
パクリ。
マズいが、一石は一切気にせず、錠剤サイズに切って、一口、また一口と、非常にゆっくり食べていく。
「…大丈夫かしら…」
「そう?なら…」
香織もまた、慎重に、錠剤サイズの狼肉を口に運び。
咀嚼し、呑みこんで。
「うっ!」
直後、ミステリードラマの青酸カリを呑んだ人のような挙動で、けいれんを起こして倒れた。
「ちょっと、白崎さん!?」
あわてて、一石は香織を抱え込み。
「ぺっしなさいぺっ!」
吐かせようといろいろやってみるが、香織は激痛で全身をばたつかせ、髪が黒から白に変わっていく。
「治癒魔法を…詠唱はわかる!?」
「う、う…ん!」
とぎれとぎれに詠唱の声がする中。
(毒性があるなら、まずは代謝、排出を…そのためにも水、水は…
あった!?)
一石の夜目は、先ほどまで二尾狼が丸くなっていた岩陰の奥の岩の割れ目から、ちょろちょろと染み出す水の流れを捉えた。
「白崎さん、これを!」
煮沸する余裕はない。両手ですくった水を、なんとか口を開けさせ呑ませる。
…一石光は、知らなかった。
染み出す水の名前は「神水」。無限の治癒効果を誇り、ちょうど同じころ意識を失った南雲ハジメを癒している魔力水であることを。
※夢の中での登場人物:アインシュタイン、ガリレオ、シュレディンガー、ニュートン。
防御魔法って最強じゃないですか?敵の首から上を防御したら、脳に心臓からの血流がとどかなくなって死にますよ?(同様に、傷んだ/消失した細胞を治している治癒魔法も、使い方によっては癌化っていうエグい攻撃ができると思います。)