転生中世英国貴族は救いを望む(仮題)   作:これこん

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これの元になったやつは消しました。申し訳ございません。
詳しく知りたい人は活動報告にあるのでどうぞ。



プロローグ

『────すまない、少し良いかそこの青年』

 

十五世紀も折り返しを迎えてしばらく経ったその年の春、あの人は私の前に現れた。

ヴェロッキオの工房にあった木に寄りかかってぼうっとしていた昼過ぎにいきなり背後から声をかけられたのだ。知らない人から声をかけられる身にもなってほしい。

 

後ろを振り向くと、そこには一人の男の姿。

元々黒かったのであろう髪はその悉くが白くなっており、顔には皺が入っている。年は見た感じ六十半ばを過ぎたくらいだと推測した。

服は簡素だけどもそれなりに上等なもので、穏やかそうな雰囲気を纏っている男だ。

だとしてもいきなり見知らぬ男が現れれば警戒する人の方が多いと思うが、私は二つ返事で肯定の言葉を返した。

警戒よりも未知への好奇心が勝ったのだ。それに、この男は面白そうだという一種の直感が働いたのも記憶している。

 

まずは私が名を名乗った。

 

──私の名はレオナルドだ、と

 

その時彼の目が驚いたように見開かれていたのが印象的だった。もっとも、知り合いに同名がいるのかな程度にしか当時は考えていなかったが。

続いて彼が胸に手を当てて名乗る。その仕草は単純だが何処か気品に溢れる、上品な動きだった。

画家達はこれだけで絵を一枚描けるのではないかと思えるほどの。

 

彼がこの村に訪れた理由はここらの土地を詳しく知るためなのだそうな。なんでも各地を巡って見聞したことを書に記しているらしい。

高名な芸術家ヴェロッキオの工房とはどんなものなのかを見るために寄ったのだと彼は言っていた。その時一番初めに見つけたのが私だったから、私に声をかけたんだって。

各地を旅という言葉に私は反応した。そして言う。詳しく教えてくれ、と。

 

彼はここら一帯の地理を教えることを対価として要求した。もちろん二つ返事で了承すると、彼はこれまでの旅の物語を語り出した───

 

 

彼の祖国であり現在内戦中のイングランドを発って数年、一頭の馬とそれに積んだ荷と共に旅をしてきた彼の話は大変面白かった。

とにかく話が上手い。気づけば工房中の人間が集まり、耳を傾けていた光景は今でも覚えている。

 

滞在した街で楽器の演奏や、自らが調合した薬を売ることで日銭を稼ぎながらここまで進んできたということを聞き、その腕前を披露してみろと言ったのは誰だったろうか。

彼は皆の前で荷からおろした小型のハープを用いた演奏をし、その後火傷や切り傷によく効くという軟膏を販売したのも覚えている。

 

その後約束通り私と話を聴いた工房の人間数人で周囲の地理を彼に教えて、彼は私たちの工房での作品作りを見学した。

彼に演奏以外の芸術の心得もあったことを知った私達が休憩時間に一緒に絵を描いたり彫刻をしたこともあったっけ。

 

そんなこんなで数日経ち、彼と名残惜しくも別れの日────とはならなかった。

というのも工房の師匠が彼の知識量を買い、弟子達への顧問を頼んで彼の数ヶ月の滞在延長が決まったからだ。

 

彼は近くの村の壊れた教会の設計図を驚くべき速度で書き上げたり、豊富な歴史の知識を持っていたり、神学にも精通していた。私は自分のことを天才だと思っていたし、彼がただの長く生きた老人だったならここまで肩入れする事は無かっただろう。

 

そこから、私が人生において忘れることのない日々が始まった。

 

彼を例えるなら、知識の宝庫だと言えよう。

毎日その時の私ですら知らないことを山程教えてもらったし、何より説明が分かりやすい。

 

ある日彼の積荷にあった香辛料を使った料理を師匠に隠れて弟子達にだけこっそりと作ってくれ、一緒に食べたことがあった。交易において金銀と同等の価値を持つというそれらを口に入れると意識して、若い私は思わず口に運ぶ手が震えたものさ。

 

そして私の想像していなかった未来の話もしてくれた。

人間はいつか空を鉄の塊で飛ぶということ、世界の裏側の情報までをも逐一知れるということ、そして月に降り立つだろうということ。

それらは私の夢を広げてくれた。

 

まぁそれから紆余曲折あって、遂に別れの時が来ましたよと。

彼はボヘミア辺りまで進んだら祖国へ帰る予定らしい。長い旅だ。

 

共に過ごす最後の日の夜、近くの村の教会で祈っていた彼に尋ねた。何故若くはない身で危険を冒して旅をするのか、と。

すると彼は言った。

 

『…私はもう充分生きた。もう残された時間は少ないだろう。だから死に場所を求めている…とでも言うべきか。それ以上の理由は無い』

 

死を意識した人間はこう考えるのが一般的なのだろうか。まだ若かった私は彼の考えていることはよく分からなかった。

そして別れ際、彼は私に告げる。

 

『レオナルド・ダ・ヴィンチ、君は人より優秀だ。天才とも言えよう。だから、その才を決して無駄にするな』

 

私は近い内に死ぬだろうから君達の活躍を見届けられないのが残念だ、とも言っていた。

そうして、彼は私の前から消えていった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後私は街に出て、更に成長して、自他共に認める天才になりましたとさ」

 

そう言って話を切り上げるのは、さながら名高い絵画を切り取ったかのような美しさをもつ黒髪の絶世の美女。

彼女の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。“万能の天才”として知られる英雄だ。

そして彼女は中身は男で、理想の美である生前の作品──モナ・リザの姿を再現したという中々の変人でもある。生前の知人達がこの事実を知ればどんな者でも多少なりとも驚くことだろう。

 

ここは人理継続保障機関フィニス・カルデア。見渡す限りの白い世界に囲まれたこの施設の一室で、レオナルドの他に二名の男女がいる。

 

「へえ、それが君が友と仰ぐ“西の賢者”か。レオナルド、君はいつ彼がかの人物だと気づいたんだ?」

 

この優しそうな雰囲気を纏う長身細身の男はロマニ・アーキマン。

カルデアにおける医療班のトップであり、レオナルドとは長年に渡る仕事仲間で互いに信頼は厚い。

 

「それは街に出た時だね。彼の熱心なファンが友人にいてね、彼の肖像画を見せてもらったんだが…それはそれはそっくりだったからだよ。彼の絵を描いたのもそのくらいの時期さ」

 

あれは驚いたな、と笑うレオナルド。そして懐から数枚の紙を取り出す。

 

「あの…ダ・ヴィンチさん、これは一体?」

 

そう言ったのは桃色の髪の毛の少女。彼女の名はマシュ・キリエライト。この施設でデザイナーベイビーとして誕生した過去をもつ少女だ。

そして二人の同僚でもある。

 

「ああ…これは彼の描いたスケッチだよ。これを見てくれ」

「…?」

 

マシュとロマニが手に取り、そこに書かれているものを見る。一枚を除き全て風景画だった。

民家や森の様子が大変写実的に描かれている。残る一枚は一人の少年の絵であり、かなりの美形だ。

 

「も、もしかしてですけどこれって…」

 

マシュが尋ねる。ロマニとマシュは先程のレオナルドの会話からこの人物が誰なのか、おおよその予想ができていた。

 

「そう!これは若き日の私なのだ!どうだい、なかなかの美少年だろう?」

 

目の前にいるモナ・リザの容姿をもつレオナルド・ダ・ヴィンチの美しさはもちろんのこと、絵の中の男としてのレオナルドも並外れた美しさを持っていた。

初めて見る同僚の生前の姿に、マシュは興味津々といった様子だ。

 

「私のお気に入りだ。なにせ彼の直筆だからね」

「レオナルド、随分彼に思い入れがあるようじゃないか。そんなに彼と再会したいのかい?」

「…彼は優れた学者であり、統治者であり、医者であり、信徒だった。カルデアに来てくれれば大いに助かるだろう。マシュともロマニとも気が合うと思うよ。…まあ再会したいのは山々だからいずれは、ね」

 

ちらりとレオナルドがマシュの方を見ると彼女は一冊の分厚い本を抱えている。

この本はレオナルドがマシュにプレゼントしたものであり、現在話題の渦中にいる人物が記したものだ。

 

「マシュ、その本を読み終わったんだって?どうだった?」

「とても面白かったです!レオナルドさん、貴重な物なのにくださってありがとうございました!」

「そうかそうか。それは良かった」

「この本の著者である西の賢者こと───「…こんな所で何しているのかしら?あなた達?」

 

突如扉が開き一人の女性が姿を現した。

銀髪を後ろで結った年若い女性だ。街を歩けば多くの男が振り返るであろう整った容姿をしているのだが、怒っているのが目に見えてわかる。背後からは般若が現れそうだ。

 

「げえっ!マリー、どうしてここがわかったんだ!?」

 

彼女の名はオルガマリー・アニムスフィア。人理継続保障機関フィニス・カルデアの現所長である人間だ。

 

「そんなことはどうでも良い!部下を持つ身だということをもっと自覚しなさい!」

 

オルガマリーによる説教が始まった。

彼女にまず目をつけられたロマニが助けてくれ、という意思を孕んだ目でレオナルドとマシュの方を向くと─────

 

 

────そこには既に二人の姿は無かった。

 

「ああっ!逃げられてる…」

「だいたいあなたはね──!───!────!」

 

数時間後、げっそりとしたロマニが職員によって発見されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは物語が始まる少し前の、ちょっとした一幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

燃え盛る炎が街を包んでいる。

少し前まで栄え数多の生命を見守っていたであろう街は現在見るも無惨な光景が広がっており、住人の姿は何処にもない。

あちこちに武器を持った骸骨が徘徊しているその光景は見る者の目を疑わせることだろう。

 

ここは2004年の日本。

地方都市“冬木”なのだが、このような光景は本来起こってはいなかった。この町では度々ガス会社の事故(・・・・・・・)で爆発が起きるのだが、かつての“大火災”であってもここまでの惨事ではない。

 

それもその筈。

これは正常な時間軸から切り離されたもしもの世界───“特異点F”なのだから。

 

2004年、この町で“聖杯戦争”なる儀式が行われた。

“マスター”となった魔術師達が“サーヴァント”なる古今東西の英雄を自身の使い魔として召喚し7組に分かれて殺し合う。そして最後まで生き残った者は万能の願望機“聖杯”を手に入れることができる、というものだ。

しかし当然のことながらこの特異点では実際の戦争で起こったような過程も結果も存在せず、サーヴァントと契約を結んだマスターすら失ってしまっている。

 

そんなどこかかで狂ってしまった冬木の町の一角で、3人の女性の姿があった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───召喚陣が作動する

 

神秘的な光が円を描くように回り、中央に集まる。

すると光の輝きはより一層強くなり、そして弾けた。土煙が舞い視界を遮る。

 

「こ、これは成功…した、の?」

 

恐る恐ると言った様子で隣にいるマシュに尋ねる、赤毛の爛漫そうな印象を抱かせる少女がいた。

彼女の名は藤丸立香。先程発生したカルデアの爆発事故の難を逃れた者であり、事実上の人類最後のマスターである。

そんな彼女は土煙の中から歩みを進める人影を確かにその目で捉えた。その人物はカツカツと音を立てながら近づき姿を現す。

 

黒を基調とした衣服に身を包んだ黒髪の男性だ。

死の香りが漂うこの街には不釣り合いな、穏やかそうな雰囲気を纏っている。

 

過去の英雄を召喚するということで怖い人とか来たらどうしよう、と考えていた立香であったが、自身が召喚したサーヴァントの様子を見て一安心した。

少なくとも罵詈雑言を浴びせてきそうな人物ではない。

第一印象は優しそうな人だな、といった具合だ。

 

その時召喚されたサーヴァントが口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────召喚に応じ参上した。貴女が私のマスターか」

 

 

 

その声は外見と同じく穏やかさを含んでいながらも芯の通ったものであり、突如レイシフトをすることとなり乱れていた立香の心を幾らか安心させた。

 

 

 

 

 

 




全10話くらいを予定しています。一応最終話まで書いてあるので毎日投稿する予定です。

それでは見て下さった方々、ありがとうございました。

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