転生中世英国貴族は救いを望む(仮題)   作:これこん

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とりあえず幕間の一話目です。
主人公がブリテンに戻ってからの描写が少ないと思っていたので書きました。
勿論彼のおかげで助かった人々も沢山いて、それは知っているけれども現代日本人の心を持つ彼にとって人生で奪った命は重すぎた…みたいな雰囲気を感じて貰えれば幸いです。


幕間 その一

───私の叔父上は立派な人だ。

 

書斎で筆を走らせながらそう考える。

頭の中で思い浮かべるのは、私が尊敬している一人の男であり、我が家の当主。

 

戦場で形勢が不利ならば危険を顧みず前線に出て兵を鼓舞し、勝利に導く。

寒波で作物が取れない年には当主自ら農村に赴き代表者達と話し合い、収穫が安定するまでの税率を設定し直す。

得た金は決して浪費せずに貯蓄に回すか、貧しい者の暮らしを改善するために使っている。

 

かつて私の父───つまり前当主が病で床に伏せていた時、叔父上は『この身全てを民に捧ぐ』と誓ったらしく、その言葉通りにあの人は生きている。趣味や娯楽といったものに興味を持っているところはほとんど見たことが無い。

強いて言えば以前、私と過ごすことが何よりの幸せだ、と言っていたか。

 

そんな叔父上は、この土地に暮らす人々から愛されている。

私は彼のそばにいることを幸せと思っているし、将来彼の跡を継ぐ事に対しては心配や不安もあるが、それ以上に楽しみでもある。何故ならば、尊敬してやまない叔父上の見ている景色を見る事が出来るのだから。

 

以前、叔父上に昔から仕えている人間が『あのお方は随分と変わった』と言っていたことをふと思い出す。

彼によると、昔の叔父上は今よりも表情豊かで気さくな人柄だったらしい。部下達との酒の席では肩を組みながら歌うことも偶にあった程だとか。

その話を聞いた時、私はその事を俄には信じられずにいた。

 

冷静沈着、基本無表情、仕事の鬼、弱音を吐かず弱みを決して見せない。微笑みを浮かべることは多々あるが、大口を開けて笑う姿などを見た日には、家の者全員が驚くこと間違い無しの堅物。

決して若いとは言えない年齢になった今でも剣の腕は高く、家に仕えている若い男達と打ち合ってもほぼ負けない。

 

他に挙げれば幾らでも出てくるが、私の知っている叔父上はそういう人間だ。そんな彼が酒の席で笑っている姿など、想像できないのも無理は無いだろう。

 

叔父上の昔を知る人間の話はまだ続く。

若い頃は剣の腕前をはじめとした特技の数々と性格の良さから淑女達の憧れの的だったらしい彼だが、妻を娶ることは終ぞなかった。

彼が当主の座に就いた際、そういう話が家臣達の間で出たらしいが彼が却下したことでその話は流れたらしい。

理由は、子ができてしまえば私との後継者争いが生まれる可能性があるからだそうだが、彼の昔からの部下によればそれは違うのだとか。

 

───『あのお方には愛している方がいらっしゃる』

 

彼は私にそう言った。もっとも、それは叔父上本人が認めたことではなく彼の考えだが。彼曰く、“男の勘”だそうだ。

 

勿論、これも俄には信じられない。私には、叔父上が女性に対して愛を囁く場面の想像が出来なかった。

もし本当にそんな女性がいるのならば、是非とも見てみたい。あの人の心を奪った者はどのような人物なのかと大変気になる。

 

(…あの人と腹を割って語り合える。そんな日が来るのならば───)

 

私の人生における最高の日になることは間違い無いだろう。その事を考えただけで自然と口角が上がり、仕事に対するやる気が湧いてくる。

 

まだまだあの人には程遠いが、いつか肩を並べられる日が来るのだろうか、と。

そんな事を考えながら、私は作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

ある日の夕方、私は叔父上が屋敷の裏にある山の中に歩いていくのを見た。彼は時々、あの山の中に一人で入る。

その先に何があるのかを、叔父上は誰にも言わない。

 

そんな、叔父上の謎の行動に私は以前から興味が湧いていたので、私はこっそりとついて行くことにした。

別に叔父上は『ついて来るな』とも『興味を持つな』とも言っていないのだから、と自分に言い聞かせながら私は進んだ。

 

深い森の中を私は進む。

森に入って暫く経つと、少し拓けた場所が現れた。そして、そこには一つの小さな十字架が建っている。

叔父上はその前に跪き、両手を組んだ。

 

(あれは…墓、か?)

 

気づかれないようにしていたため私と叔父上の距離はそれなりに離れており、よって細部まで見ることが出来ない。

なのでもう少し近づいてみるかと思い、一歩進んだその時。

 

───パキリ、と足元から高い音が鳴った。

 

枝を踏んでしまったのだと気づいた時には、叔父上の顔は此方を向いていた。目と目が合い、私たちの間には沈黙が流れる。

それを破ったのは、叔父上だった。

 

 

「……こんな所で何をしている?」

 

私が何と言おうか迷っていると、叔父上は口を開く。

いつも通りの、淡々とした声。

 

「…そんな所で立っていても仕方ないだろう。こちらへ来い」

 

私は言葉に従い、叔父上の元へ歩く。彼が跪いていた十字架はやはり誰かの墓だったようで、花束が一つ供えられていた。簡素という言葉の似合う、至ってありふれた墓。

私は叔父上に尋ねる。

 

「この墓は…誰のものなのですか?」

 

その言葉に、彼は答えない。聞こえなかったのかな、と思いもう一度口を開く。

 

「叔父上───「お前は、人を愛したことはあるか?」

 

最初、質問の意味が分からなかった。

だが、叔父上は私の目をしっかりと見ていて、表情はいつもの彼と同じく真剣そのものだ。

 

「えぇ、人並み程度には」

「…そうか」

 

そう言うと叔父上は、彼のすぐ横の地面をポンポンと掌で叩いた。一緒に私も祈れ、ということだろう。

私は叔父上の横まで進み、彼と同じ様に跪いて両手を組む。

辺りには静寂が流れ、時間がゆっくりと過ぎていった。その間、私と叔父上は何も喋らない。

 

暫く時間が経ち、ようやく叔父上が口を開く。

 

「付き合わせて悪かったな。では…帰るとするか」

 

立ち上がり帰路につこうとする叔父上であったが、私は彼の手を掴んで止めた。

叔父上が個人的に訪れている墓の主が誰なのか、どうしようも無く気になったからだ。

 

「…叔父上、この墓は誰のものなのですか?」

 

再びそう聞くと、叔父上は視線を少し離れた所にある切り株に向けた。そして、私に向かって一言。

 

「…少し、あそこに座って話していくか」

 

その言葉に私は頷き、私たちは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───これは、私の昔話だ。私がフランスの地で兵を率いていた頃のな」

 

そんな叔父上の言葉で話は始まった。

叔父上は大陸に渡ってからの日々と、それから間も無くして仲間達とはぐれたということを語る。

 

このことは私も既に知っていた。彼は仲間達とはぐれてから二年間無事に生き延び軍に帰還する。ただし、その間の何があったのかは誰にも話さなかったが。

そんな謎に包まれていた日々の話を、私にした。

 

「…水桶をひっくり返した様な嵐の夜。私は命からがらフランス人の村に辿り着いた。そこの村人達に傷を癒やしてもらったことで、私は今も生きている」

 

淡々とした口調で紡がれていく彼の物語に、私は耳を傾ける。

その声色からは輝かしい思い出を嬉々として語る少年の様な、そんなものを感じ取ることが出来た。普段滅多に感情を表に出さない叔父上がそんな雰囲気を出していることに、私は思わず驚く。

 

「その村では親しい友ができ、私は毎日を心の底から楽しんでいた。…偶に現れる野盗の事さえ忘れてしまえば、本当に穏やかな時間が過ぎていったのだ」

 

そして、と叔父上は言葉を続ける。

 

「───私はその村で、一人の少女に出会った」

 

叔父上の表情がふっと軽くなり、その声は大変穏やかだった。

そんな叔父上の様子を見た時、私は確信する。叔父上に愛しい人がいるというのは本当の事だったのだと。それと同時に、この人をこんな表情にさせる少女を羨ましく思った。

叔父上の言葉は続く。

 

 

「その少女と過ごす日々は大変充実していたし、楽しかった。…それと同時に、彼女は私の恩人でもあったのだ。軍を率いる身である事を隠して暮らすことに罪悪感を感じ、参りかかっていた私の心は彼女のおかげで持ち直すことが出来た」

 

いつもの彼からは想像が出来ない程愛おしそうに話す叔父上に対して、私は遂に口を開く。

 

「…その女性は、叔父上にとって大切な人だったのですね」

「あぁ、確かにそうだ。…但し、私がそれを自覚したのはもっと後のことだがな」

 

どこか悲しみを孕んでいるように感じる声で話す叔父上を見ながら、私は今までの叔父上に対する考えを改めた。

私は今まで、叔父上は色恋沙汰などには興味を持たない類の人間だと思っていたのだが、その認識は誤りだったのだと。

目の前にいる男は、かつて確かに一人の女性を愛していた。

 

「…結局、私が想いに気づいたのは彼女の死に際だった。彼女は最期に私に告白をしたが、私から想いを伝えることは終ぞなかった」

 

そこまで言い終わった所で叔父上はふぅ、と一息つく。先程までの容易に感情が読み取れた顔はもう無く、いつも通りの無表情に戻っていた。

そして、私に向かって一言。

 

「あの墓は、その少女のものだ。勿論ここに骨は無いが…誰かが弔ってやらねば浮かばれない。何より、彼女のお陰で私は今も立ち続けられているのだから」

 

そう言って墓の方を見る叔父上に、私は声をかけることにした。

叔父上がフランスにいた時期は、もう二十年以上も昔になる。そんな気の遠くなる時間、彼は一人の女性を想い続けたのだ。

話の内容から、その女性が叔父上の心の支えになっていることは明白。女性は既に故人なので会えることは無いだろうが、死後の世界───いつか叔父上も向かうことになる天国での再会を願わずにはいられなかった。

 

「…きっと天国で再会できますよ。その時は、二人とも幸せになって欲しいものです」

 

そう、叔父上に言った。

私の叔父上は誰から見ても非の打ち所がない人格者で、従順な信徒だ。

我らの主も、そんな彼ならば迷うことなく天国に連れて行ってくれるだろうと確信しての発言。

 

私の声を聴いた叔父上は少し微笑み、そして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────いや、私は天国には行けないだろう。私の行く末はただ一つ、地獄のみだ」

 

 

笑いながら、そう答えた。

その表情からは冗談など感じられないことから、本心からそう言っているのだと分かる。

私の心に浮かぶのは、『何故?』という疑問ただ一つ。

 

彼は当主の座に就いてから、文字通り全てを民に捧げてきた。

結果民衆は叔父上を敬い、そして愛している。彼に救われた人間は数え切れないほどいるのだ。

 

「…私はこの手を数え切れない程の男達の血で染め、そうして出来た死体の山の上に立っている。そんな私が天国に行くのは…申し訳無い」

 

当然私は抗議する。彼の人殺しは民を守るためのものであり、欲望に任せて殺人を愉しむ下衆どものそれとは断じて違うのだ。

そうであると言うのに、彼は今までに奪った命に対して罪悪感を持っている。その事実に、私はただただ驚くばかりだった。

 

「…確かに私たちの行いは民の命を救い、暮らしを守った。だが、未来ある数多の命を奪ったことも紛れもない事実。だから…私はそれが主のご意志であったとしても、天国には行かないつもりだ」

 

ただし、共に戦った仲間達やあの少女には天国でゆっくりと休む資格があると彼は言った。

結局、これは叔父上の気持ちの問題なのだろう。

無表情を少し崩して瞳に悲しそうな感情を浮かべる叔父上に、私は何も言えなかった。

叔父上がいつもの涼しげな顔の下にこの様な思いを抱いていた事を、誰が想像出来ただろうか。

 

「…叔父上は、罰せられることを望んでいるのですか?」

「あぁそうだ。…あの少女を助けられなかった時も、この手でフランス人を斬った時も、私はずっと誰かに裁いて欲しかった」

 

淡々とそう答える叔父上。

ふと上を見てみると、空は大分暗くなっている。

そろそろ帰らなくてはならないだろう。叔父上も同じ思いのようで、その腰を上げた。

 

「…さて。では帰るとするか、私たちの家に。長話をしてしまいすまなかったな」

 

そう言って微笑む叔父上に私はついて行き、屋敷への帰路につく。

その道中、叔父上は私に向かって口を開く。

 

「…私は裁かれることを望んでいると言ったが、自ら命を絶つような真似は決してしない故、安心してくれ。…それこそ、私に命を預けてくれた者たちへの冒涜に変わり無いからな」

 

私が再び空を見てみると、もう月が出始めていた。

 

今日思いがけなく知った、叔父上の心境。

私にとっての理想の一つであった彼も心を持つ一人の人間だったと知った事への安心と、今まで知らなかった彼の弱さを知ったことによる驚き。

その二つが、私の心の中にある。

 

 

「確か…明日は特に予定は無かったな。どうだ、部下を連れて釣りにでも行くか?」

 

久しぶりに家族らしいことでもするか、と。そう言って微笑みかける叔父上。

この人は私にとって、幼少の頃より育ててくれた恩人だ。私に生きる術を教えてくれたかけがえの無い師でもある。

もしも、私が立派になり彼の隣に立つことで、この人が罪の意識から少しでも救われるのならば───

 

 

 

「───えぇ、是非とも」

「そうか…では、楽しみにしておく」

 

 

私は叔父上を救いたい。そして、死後は天国に行かせてやりたい。

この人は、地獄に堕ちて良い人間では決して無いのだ。

そのためにまず、私はこの人を越える当主になるのだと、改めて目標を心の中で掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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