こんな作品でも楽しんで頂けたのであれば幸いです。
私が窮屈さを感じながら己の体を見渡すと、そこには縄で縛られている私の体がある。全く動けない。
あの後傷を家主に焼いてもらい止血して一命を取り留めたのだが、流石に見知らぬ不審者を野放しにして置くことはしないらしい。まぁ、完全に原因は私にあるので当たり前である。
現在村長と村の大人達で私をどうするかの話し合いをしているらしい。これまでの経緯はこんなものか。
そして私は現在この村で最初に会った男性の家にいるのだが、有難いことに暇ではない。
その理由は私の体を襲う激痛と、縛られて動けない私の前にいる───
「おい、お前この村に来た時血だらけだったんだろ?よく生きてたな!」
「ねぇ、あなたの持ち物にあったこのお菓子貰って良い?」
「じゃあ俺はこの高そうな靴がいい!」
「僕はこの剣!」
────十数人の少年少女だ。
彼らにとっては外からの人間が珍しいらしく、この村の子供達が多く集まってきていた。激痛の方は身体の骨が折れているのだろう。呼吸する度に痛みが走る。
そして私の荷物を漁ってはコロコロと変えるその表情が面白い。
…それと同時に、私は彼らの父親を軍を率いて殺すのかもしれないと考えてしまい、なんとも言えない気持ちになる。
「…剣は危ないから駄目だ。だが…そっちの袋にあるものなら別に良い」
そう言うと子供達は袋に殺到し、誰がどれを貰うのだという話し合いを始めだした。やはり平和だ。
私の荷物袋にはちょっとした菓子だったり、娯楽品のみなのであげたって構わない。
下らぬしがらみの無い理想郷は此処に有ったか。
「───あの、この十字架貰っても良い?」
声をかけられた方を見ると、そこには天真爛漫な印象を抱かせる金髪の少女がいた。
この子の印象は信心深い子、といったところだ。事実ロザリオを欲しがっている。
名前は確か────
「────あぁ、良いぞ。ジャネット」
「本当⁉︎ありがとう!」
それとこれは先程知ったことなのだが、この村はドンレミという名の村らしい。
そして先程の少女ジャネットの家はこの村の中心的存在であり、家名は“ダルク”なのだとか。
私の記憶が正しければ、イングランドが百年戦争に敗れた原因の一つに神託を受けた“聖女”ジャンヌ・ダルクの活躍があったはずだ。
そして“ジャンヌ”は洗礼名であり、本名が“ジャネット”であるということも聞いたことがある。彼女の出身は“ドンレミ村”。
…このジャネットなる少女がかの聖女とは別人だと信じたい。
◆◇◆◇
私がこの村にたどり着いて四ヶ月以上が経つ。
私はあれから数日かけて村の者に危害を加えることはないと判断され、晴れて縄を解かれた。殺されるような事態に陥らなかったのは本当に良かったと思う。
あの後私と子供達の間には一つの友情のようなものが芽生えており、彼らは大人達に私は無害だと説いて回ってくれていたということを知った。本当に感謝してもしきれない。
私の傷は思ったよりも深刻で、腹の傷はもちろんのこと身体中の骨も折れていたことが判明。青紫に変色した患部を見て恩人である男性は『どうしたその傷!』と叫んでいた。
結局痛み無しに歩けるようになるまで四ヶ月もかかってしまったが仕方ない。
もし私が無傷ですぐに動けたのならば軍に合流するために四ヶ月前にこの村を出て行っただろうが、当時は激痛でそれどころではなかった。
そんなこんなで時間は過ぎて行き、私の軍の行方は全く判らなくなってしまったため今もこの村にいる。
フランスは広い。そんな広大な土地をひたすらしらみ潰しに探すことは不可能と言って良い。なので機会が訪れるまでこの村で素性を隠し生活することにした。
この時代の情報網はかなり貧弱だ。軍隊や栄えている地域ならば例外であるが、この土地のような田舎では一生生まれの村から出ない人間も少なくない。
毎日私の軍の情報を集めようとしてはいるものの限界はあるのだ。
私は現在、私の傷を焼いてくれた命の恩人の家に泊めてもらっているのだが、その対価として彼の畑で働いている。
彼は30を越えた男性で、現在一人暮らしだ。かつては妻と二人の息子がいたらしいが、今はいない。
…このことを詮索するのは野暮というものだろう。
そして現在は日課である祈りを捧げるため、教会に向かっている途中である。
昼前に畑仕事を終え今はもうやることは無いので祈る時間はたっぷりある。教会の扉を開くと、そこには先客がいた。
「…ジャネットか。熱心だな」
「あっ!やっぱりここにきたんだ」
彼女とは教会でよく会う。その度に話しているので分かったのだが、やはり彼女の信心深さはかなりのものだ。『神のために殉ずる』くらいは余裕で言い出しそうな程と言えば分かるだろうか。
そして私があげたロザリオはお気に入りのようで、ピカピカに磨かれて首に掛けられている。
「そのロザリオ、大事にしてくれているようで何よりだ」
「うん、姉さんと一緒に磨いたんだ」
姉さん…カトリーヌさんのことだろうか。仲睦まじい姉妹なようで何よりである。
そんな世話話をしながら設置されている長椅子に座り、手を組んで祈り始めるとジャネットも同様に祈り始めた。
教会の中には心地の良い沈黙が流れ、無心で祈ることができる。やはり信仰というものは良いものだ。
祈り終わった後、再びジャネットと会話をする。というのも、今私には聞きたいことがあるのだ。
「ジャネット、君は今幾つだ?」
私の記憶ではジャンヌ・ダルクが啓示を受けたのは12か13だったはず。もし彼女が後の聖女であり、その年齢を越していれば既に啓示を受けている可能性がある。
歴史が正しければジャンヌ・ダルクは確実にイングランド軍を追い詰めるのだろう。だから前もって殺そう、とはならないが、説得して戦場に出てくるのを防ぐくらいは考えなければいけない。
しかし、本当に神の声など聞こえるのか、と疑っている自分がいる。いくらこの時代でもそんな事はあり得ないだろうと。
「今14歳だよ」
「…そうか、ではもう一つ質問しよう。最近何か不思議なことが起きてはいないか?例えば変な声が聞こえた、とか」
既にジャネットは14歳らしいので啓示とやらを受けている可能性はあるが、果たして。
「えっ⁉︎そんなことないよ!」
強い口調でそう答えるジャネットであるが、すごく汗をかいているのは気のせいだろうか。いや、気のせいなどでは断じて無い。
この反応を私は知っている。領内で税をちょろまかした者を問い詰めている時と全く一緒だ。
「…どうやら汗をかいているようだが、どうした?」
「いや、あの…暑いの!すごく!」
彼女が思いっきり焦っているのが分かる。そして用事を思い出した、と言って足早に去っていったジャネット。
教会には再び沈黙が流れている。
…どうやら限りなく黒に近いようだ。
彼女には本当に“神の声”が聞こえているというのだろうか?
ブリテンにいた時、ジャンヌ・ダルクは精神疾患であったのではないか、というかなり失礼な仮定を立てたりしていたのだが、彼女の様子を見る限りそんな様子はしていない。
これから詳しく確かめていく必要がありそうだ。
それに、ジャネットは村の皆から愛されている少女だということもこの二ヶ月で分かった。
戦場に身を置き、悲惨な最期を遂げて良い人間では決してないということも。
◆◇◆◇
さて、私がドンレミ村にたどり着いてもう半年が経った。
早く部下の元に戻らなくてはいけないことは分かっているのだが、肝心の彼らの場所はさっぱりだし、このまま徒歩で村を出て行っても途中で野盗などに遭遇した際に逃げ切れるとは限らない。
欲を言えば足として馬を購入したいのだが、馬は高価である。この村に部下の軍が訪れでもしたらその必要は無いが、その望みは低いだろう。
なのでもし可能ならば金を貯め馬を買い、近くに私の軍が来るなどの機が来たらこの村から出ることが当面の目標だ。
この半年村人達とは良い関係を築くことが出来ている。
男衆とは肩を組みながら酒を飲むこともしばしばあり、毎日優雅さを求められていた実家ではできなかったことであるため中々に楽しい。
女性達には洒落た刺繍を教えたりしていたら親睦を深めることができた。
朝早く起きて神に祈り、畑に向かう。仕事を終えたらまた祈り、その後馬の購入資金を集めるために別の仕事をする。そして余った時間は村人と交流するか、更に働くかして過ごすという生活だ。
片田舎の農村ということもあり、のどかな時間が過ぎていく。
この村も例外なく度々戦火に晒されているらしいが、村人達は日々を精一杯生きようとしておりその姿は美しさまで感じる。
そんな村で私は歩いていた。
昼前に仕事を終えてしまい特にやることがないため、助けが必要な人はいないか現在見てまわっている。
いつもならばすぐに畑仕事やら何やらの助っ人としてきてくれ、という人がいるのだが今日は皆それなりに余裕があるのか声をかけられることはない。
ならば警備の手伝いでもしようか、と思ったその時
────この村にも戦争の魔の手が迫ってきた。
「敵襲だ!女子供は逃げろぉ‼︎」
そんな野太い声が村に響く。
周囲の子供達は親に手を引かれて村の奥に避難しているのだが、そんな中で一人の少女が村の入り口に向かって走っているのが見えた。
金髪を揺らしながら走っているその少女は───
「ジャネット!止まれ!」
────私のよく知る、信心深い少女だった。
彼女の手を掴み、足を止めさせる。
何故こんな時に村の外に向かっているのか。すぐに皆と共に避難しろ、と言うと目を潤ませていることに気づいた。
「姉さんが…外にまだ姉さんが…」
あぁ、そう言うことか。家族なら心配でたまらないのは当然だ。
「…私が行くから君は戻りなさい」
そう言い、近くにいた大人を呼びジャネットを連れて行かせる。
もしこのまま彼女を外に行かせればジャンヌ・ダルクの活躍でイングランドの優位が覆える未来は無くなるだろう。
だが、そこまでの鬼畜に私はなれていないし、なりたいとも思わない。
腰に吊るした剣は十分研いである。
今から来るのが同じイングランド人だとしても関係ない。罪なき村を襲うような連中である時点で私が剣を向ける理由になり得る。
私は村の外に向かって走り出した。
野に斃れている男達の死骸を見ながら、私は剣を振り血を飛ばしてから鞘に収める。彼らの中に生者はもういない。
私は村の自警団に参加し、剣を振るった。斬った中には見知った顔はいなかったので、私の軍ではなかったことのみは確認できた。
ドンレミ村の住人には怪我人こそ出たものの、死人は一人も出なかったらしい。大変喜ばしい事実である。
戦闘に参加した何人かの男と話しながら村の中に戻ると、入り口近くで少女の泣き声が聴こえてきた。
そちらを向くと、ジャネットと姉のカトリーヌさんが抱き合って泣いている。
互いの無事に喜び合う彼女らの姿は大変心にくるものがあり、それを見ている大人達の何人かは泣いているほどだ。
あの後イングランド兵の手にかかる前になんとか助け出すことができたのは幸運だった。
村の中は戦いに出た男達の無事を祝う声で溢れており、ちょっとした祭りのような雰囲気さえ感じられる。
そんな村の中を私は歩き、恩人の家への帰路についた。
「おう、おかえり」
恩人の家に入ると、何やら野菜を煮込んだような匂いが鼻をくすぐる。どうやら夕餉の準備ができているようだ。今日は疲れたのでありがたい。
鍋から碗にに食事をよそう彼を横目に私は剣の血脂を拭き取るなど細かいことを片付けていく。
ちなみに私は居候の身ということで、様々なことを私と彼で日替わりでしているのだが、料理もその内の一つである。
碗によそわれたものは色々な野菜と少しの麦を煮込んだ粥のような料理であり、味付けなどは適当だ。
いわゆる男の料理というものはどこの国も同じなようで、見た目はあまり良くはない。ちなみに私も同じようなものであると言っておこう。
椅子に座ると、食べる前に手を組み祈りを捧げる。これも私の習慣だ。
食事を食べ始めると、恩人は家の奥から酒を持ってきた。彼とはこうしてたまに飲む仲でもあるので、なんら不思議ではない。
彼は二人分の酒を杯に注ぐと片方を私に手渡しした。
ありがとう、と礼を言い一口飲むと鼻にツンとした刺激が伝わる。安い火酒だがこれはこれで酔うのにはちょうど良く、味もそれなりに良い。
食事と酒を交互に口に口に運んでいると、彼はふと口を開けた。
「───なぁ、お前カトリーヌちゃんのこと助けたんだってな」
確かに私は彼女を助けた。なので先程の問いに対して頷くことで答える。
「イングランドの野郎共のところに一人で突っ込んだんだろ?警備の奴らが言ってたよ」
あれは今思い返すと無謀だったと思わなくもないが、あの時私が時間をかけてしまっていたら彼女は兵士達の手にかかっていた。ならばいち早く向かうのは当たり前だ。
姉があの兵士達に汚されたとなれば私の友人の笑顔も曇ることだろう。そんな結果は好ましくない。
「お前は凄いよ。俺にお前みたいな力があればあの時は…」
饒舌になりつつ恩人の顔を見ると、大分赤くなっている。酒を口に運ぶ頻度も上がっているようだ。
これ以上は明日に響くだろう。そろそろ止めさせるか。
「おい、そろそろ止めた方が───」
「…別に良いだろう。今日ぐらい。それよりお前は見たか?あの姉妹の笑顔を?」
いきなり悲しみを含んだような声色になった恩人は私の目を見て訴えてくる。
彼の発言は止まらない。
「俺には十にも満たない子供がいた!幼馴染の妻も!」
その声の強さに思わず怯んでしまう。大分酒が回ってきたらしい。その目には涙が潤んでいて、悲痛な表情を浮かべている。
「だが5年前に死んだ!殺したのはイングランド人だ!俺は何も出来ずに、ただ逃げることしかっ‼︎」
その言葉は家族を喪ったことへの悲しみか。はたまた私達イングランド人への恨みか。
私はその剣幕に飲まれ言葉を発することが‘出来ない。
「俺たちが何をしたっ⁉︎恨まれるようなことをしたのか⁉︎あいつらは悪魔だ‼︎人間じゃない‼︎!」
「───…そうか」
そのまま泣き崩れる恩人。
私が無言で彼の背中をさすってしばらくすると彼は落ち着きを取り戻し、こちらを向く。
「…すまない。取り乱した」
そう言ってゆっくりと寝室に向かって歩く恩人。今日はもう寝る、と言い残して家の奥へ彼は姿を消した。
部屋に流れる静寂。私は無言のまま食卓を片付けると何をするでもなく、椅子に腰掛ける。
同居人の過去に、戦争の犠牲となった人々の話。
その事実を改めて認識し心の中に浮かんだのはかつてこの村を襲ったイングランド人達への怒りもあるが、それだけでは無い。
フランスの農村で偽名を使い上っ面を貼り付けて生活し、あくまで彼らにとって“良い人”で在ろうとする私自身へのなんとも言えない負の感情。
私がブリテンから大陸に渡ったのは軍を指揮し、イングランドに加勢するためだ。
だが私は孤立してしまい、命からがらこの村に助けられた。そして過ごすこともう半年。もうすっかり村人達と打ち解けて、友と呼べる者も少なくはない。
今はまだ帰還できる目処は立っていないがいずれは軍を指揮しフランスの軍と戦う人間である。
もしかしたら友と呼び合う者をこの手で殺すことになるかもしれない。
まるで詐欺師だ。いや、もっとタチは悪いだろう。
分かっていた筈なのに、いざその時になればこのザマだ。
(このままでは駄目だな…外の風にでも当たるか…)
一旦心を落ち着かせるため、外に出ようと扉を開ける。
今はもう冬になろうかという季節であり、夜という時間帯も相まってなかなかに寒い。
空は星と月がとても綺麗で、絵に描いたらさぞ映えることだろう。あとで描いてみようか。
誰も外に出ていない村の中を、私は一人歩き出した。
ジャンヌ・ダルクの家族であるカトリーヌさんには姉説と妹説があるそうですね。
私は参考資料として映画『ジャンヌ・ダルク』を視聴した人間ですので、この作品では姉ということにしました。
見て下さってありがとうございました。