夜の村を歩いて暫く。私がたどり着いたのは村の教会だ。特筆すべき点は特に無く、どこにでもあるという印象を受ける教会。
昼間は祈る人々で溢れているこの教会もこの時間には誰もいない────筈なのだが、何やら中から灯りが見える。
こんな夜中に誰だ、と思いつつ足を踏み入れるとそこには友人である少女がいた。
「…ジャネットか。こんな時間に何故いる」
「───えっ⁉︎…あなたこそ何でこんな所にいるの?」
驚いたような顔でこちらを見るジャネット。まぁ、そうなるのも当然だろう。
もう既に一部の人間を除いて村人達は夢の中であり真夜中に教会を訪れる者がいるなど想定していなかったのは当たり前だ。
彼女の様子を見るにここで祈っていた最中なのだろう。
「少し、個人的に思う事があってな。祈りを捧げれば少しは楽になると思ったんだ」
私は自分の醜さと近い未来の自分を直視できなくなったためここに立ち寄った。いや、逃げ込んだといった方が正しいか?
今度は私がジャネットに尋ねる。何故こんなところにいるのだ、と。
「別に大したことじゃないよ。一つは、姉さんをはじめとした村の人達の無事を感謝するため。もう一つは───」
そこまで言ったところで少女は口を止める。知られたくないこと、もしくは言うのか悩んでいることがあるのだろうか。
そして私には、そのことに心当たりがある。
あくまでこれは恐らくだが、この少女がそう遠くない未来に運命として背負うこととなる───
「────神の声、とやらか?」
「…うん。誰かにずっと話すかどうか迷っていたんだけど…話、聞いてくれる?」
「私なんかにずっと迷っていた話をして良いのか?もっと適した者は他にもいるだろう」
「大丈夫だよ。あなたって口堅そうだし、姉さんを助けてくれた恩人だしね」
そう言って長椅子に腰掛ける少女。
ジャネットは私に、彼女の身に起きた摩訶不思議な体験の内容を語り出した。
12歳の時突如として“聖人”らが彼女の前に姿を現し、王太子シャルルを王位に就かせろ、という言葉を授けたこと。
そんな彼らの姿はこの世のものとは思えないほど美しかったということ。
それはそれは煌々とした表情で語る少女の表情はまるで家族の自慢話をするような、そういった誇らしさみたいなものを含んでいた。
彼女にとってそれは他とは比べものにならないほど素晴らしいものなのだろう。
「…やっぱり、おかしいと思う?神様の声を聴いたなんて」
私がどう答えるのか不安そうに見てくるジャネット。
そんな彼女に私は応える。
「別におかしいとは思わない。世界には、分からないことの方が多いからな」
はっきりと言ってしまえば嘘かその時寝ぼけていたのでは、と思ってしまっている。
だが私自身前世の記憶を持つという俄かには信じられない体験をしているからこそ彼女のが幻聴だとは言い切れない。
事実私の記憶している歴史で彼女は“神の声”を聴きフランス軍を率いたと伝えられている。
ここでもし『そんなことはありえない』と言い切ってしまえば彼女が戦場に出る未来がなくなるのかもしれない。
そうした場合、この戦争の結果はどうなるのだろうか?このままイングランドが優位なまま進むのか、ジャンヌ・ダルクの替わりとなる人間が現れて結局フランスの形勢が逆転するのか。
どちらにせよ歴史が変わればイングランドの敗れる可能性は低くなるだろうとは予想できる。現在フランスは確実に滅亡へ向かっているのだから。
「しかし、王太子の戴冠などという偉業が果たせる可能性は大変低い。そんなもの夢のまた夢だ」
戦争とは古来より男による命の取り合いであり、中には例外として男勝りの女性もいるにはいるが大変少ない。それがこの時代の常識でありこの後数百年に渡ってもそういうものである。
猪のような立派な体格を持つならばまだしも目の前にいるような華奢な少女では仲間の兵士の信頼すら勝ち取れないだろう。それこそ、何か特別な力か才能が無い限り。
そして何より私は彼女に戦場に出て欲しくないと思っている。戦場に出るということは即ち人を殺すということ。
このジャネットという少女は当然今まで殺人などしたことは無く、戦場に行くとなれば家族や村人達も黙っていないだろう。
だが、私には彼女に『行くな』とも『君ならやれる』とも言えない。何故なら私はフランスの敵であり、彼女の不思議な体験に口を挟む権利など無いのだから。だから私はジャネットに最後の意見を言う。
「私から言えることはもう無い。神の声よりも大切なのは君がどうしたいかだ」
「…うん。やっぱりそうだよね。考えを聞かせてくれてありがとう」
そう言って笑うジャネットだがその眼に見られる志のようなものは少しも揺らいでいない。
彼女は頑固なため予想はしていたが、どうやら神の声に従うという気持ちがありそれは揺るがないらしい。
このままいけば戦場に出ることになるのかもしれないがもう私に言えることはないだろう。
いくら彼女を死なせたくないからと言っても私は所詮彼女と友人というだけの部外者であり、彼女の決めた人生に文句をつける権利などない。
あとは彼女とその家族との問題だ。
「それじゃあ…次は私の番ね。夜中に教会に来るほどの悩みって何?私も聞いてもらったんだから、相談に乗るよ?」
そう言ったジャネットを見ながら、もし私がイングランドの者だと知られたらどうなるのだろうと考える。
当然村にもいられなくなるし、彼女にとっては自身の姉に手を出さんとした兵士達と同じ国の人間だ。まともに話せる日など二度と来ないだろう。
それは嫌だなと思いながら答えた。
「…自分の醜さに気づいてしまった、というべきだろうか?」
「えー、どうして?醜いところなんか無いじゃん。働き者で、神様にも毎日祈っているのに?」
私は彼女に、行動や周りからの評価についてでは無くもっと内面的なことでであると伝えた。
「…私にはあなたが考えているような難しいことは分からないけれど、別におかしいところはないと思うよ」
だって、と彼女は続いて言う。
「あなたは姉さんを助けてくれたじゃん。あなたが本当に悪い人なら、中身がどうとかじゃなくて動こうともしないと思うよ?」
それにジャネットや村の人たちは私に助けられているのだからジャネットからしてみれば私は何と言おうと悪人ではない、と。
最後にとびきりの笑顔で『難しいこと考えないで、これからもあなたの正しいと思うことをし続ければ良いんじゃない?』と言い切って締めた。
その言い分が清々しくて、思わず笑ってしまった。この少女の言葉には謎の説得力がある。
言葉の一つ一つが心の中にするりと入っていくような今までにない感覚。
────あぁ、確かにこの少女は特別だ。
あくまで私が今この瞬間『何となくそう思った』というだけではあるが、この少女はどこか人とは違う不思議な人間だ。
これがどこにでもいる田舎娘であれば歴史に名を残すことはないだろう。だが、この少女ならば───
「…?どうしたの?」
「…いや、すまない。考え事をしていた」
本当にこれから歴史に名を残すのかもしれない。その時にはどうか戦場で会いませんように。
「…ジャネット。ありがとう」
「どういたしまして」
おかげで胸にあったしこりが取れたような、何だかそんな気がした。
◆◇◆◇
もうすぐ春になろうかという季節であるのにも関わらず雪が降っている。あれから情報収集に励んでいるものの結果は芳しくない。
それなりに積もっているため外に出ようという考えはとてもじゃないが持てないので、私は恩人の家の中で暇つぶしに刺繍をしていた。
馬というのは大変高価でありちょっとやそっとの金額では手にすることは不可能だ。この村にもほんの数頭いるがそれを盗むということはしたくない。というか私には出来ない。
農民が馬を買うのにどれだけ苦労すると思っている。それを考えてしまえば手なんて伸びる訳がない。
そういうことで馬を買うだけの金を貯めている最中なのだがその手段が大変少ないのが困りどころだ。
農作物を売るにしても売りすぎては食べる分が無くなってしまうし、第一に私の畑ではないのでほとんど儲けが出ない。
なので刺繍や薬の調合、祭りでの演奏など思いつく限りを毎日コツコツやりようやく半分ほどだ。
私の軍の統制が全く取れていないのであれば何かやらかす前に馬を盗んででも早急に戻る必要があるが、幸い私の部下は皆優秀であるためそのような蛮行はせずとも良かった。指揮を任せた男は私が片手で足りる歳の頃から仕えてくれ、10年以上共に鍛錬を積んだ仲であるため信頼を置いている。
傭兵中心とはいえ比較的…いや、だいぶ規律は取れているだろう。
以前部下の一人が『我らの軍はブリテンで最も高潔である!』と酒の席で言っていたが、実際その通りなのではないだろうか。
規範を定め、それに準じなければ処罰が下される。
正規の軍隊でさえも略奪に走ることのあるこの時代、そこまで律されている軍はそこまで多くない。
イングランドにいた時にはもう数年分の給与はまとめて支払っており、大陸に着いてからも定期的に報酬は支払われるはずなのでもう暫くは無秩序になることはないだろう。そう信じたい。
苦労をかけている部下達には申し訳なく思うが、士官としての技量は十分な彼らならば問題ないという信頼を置いている。
それと、ジャネットの言葉を受けて私は自分のことをもう一度見直してみた。
まず、軍を率いフランス軍と戦うことについては私がイングランドの貴族であるため仕方ない。そしてフランスの農村で自らを偽り住人達と良い関係を築いている現状についても私と彼らは友であり互いに害は出ていないのだから別に良いではないか、と割り切って考えることができた。
もしかしたら戦場にてジャネットや村の男と戦うことになるのかもしれないが、それはこの世界で生き残るために仕方のないことだ。
彼らの国を想う気持ちは本物だがそれは私も同様である。祖国を愛し民を大切に思っている。その気持ちに偽りはない。
仕方ない。本当に仕方のないだけなのだ。
この村でそれなりに長い間生活し、住人達とは親しくなった。この村での生活にも慣れた。このままこの村でのんびりと過ごすのは悪くはないと思っている自分がいるのも事実。
だがそれでは駄目なのだ。私には父より承った使命がある。家族や領民を理不尽から守りたいという夢がある。
そのためには彼らを裏切る必要があるのだ。
以前までの私ならば罪悪感に打ちひしがれていたかもしれないが今は違う。
“私の正しいと思うこと”は祖国、家族、そして領地に暮らす民のために戦うことだ。ジャネットには申し訳ないが、この想いは彼女の言葉でより一層強くなった。
まだ十代半ばの少女に背中を押されたと言えば貴族としての尊厳もクソもないが、私はハナよりそんなものは持ち合わせていない。
そんな数ヶ月前のことに思いを巡らせていると部屋の扉が開き同居人の恩人が部屋に入ってくる。
彼は寒さに身体を震わせながら身体に付着した雪をはたいていた。
そんな彼の背後からは十名ほどの見知った顔が現れる。皆私がこの村で親しくなった者たちであり友と呼び合う仲だ。様々な年齢の者がいる。
「こんな天気だから、皆お前の話でも聞きたいって言ってな。連れてきたんだ」
「そうか」
私は度々彼らに様々な物語を語る。
騎士の戦いやロマンスといったありふれた話から、以前家にいた時書物で見た過去の英雄達の冒険譚。それらは大変人気があり、友人達は興味津々といった様子で耳を傾けてくれるのが大変嬉しい。
私は実家にいた際貴族として様々な特技を身につけた。生き残るためには、それらは時に武器になり得る。
演奏や語り部としての技術もその中の一つだ。これらを習っていた日は、友──それもフランス人の友人達に披露する日が来るとは夢にも思わなかった。
やはり人生何が起こるか分からない。
こんな狭い部屋に十人も人間がいれば大変窮屈であり息苦しさを感じるのだが外が大変寒い今日みたいな日ではこれくらいが丁度良いかもしれない。そう考えていると再度扉が開く。
入ってきたのは見知った友人の一人である、金髪の少女。
「まだ話始まってない?」
「まだだ」
「本当?急いできて良かった!」
そう言った少女は息を切らしており、ここまで走ってきたことが窺える。確かここと彼女の家はそれなりに離れていたはずなので疲れるのも無理もないだろう。
「こんな寒い中、無理して来なくても良いだろうに」
「だってあなたの話面白いんだもん!こんな天気じゃ外でできることも無いしね」
そう言って笑う少女。その笑顔は大変眩しい。
ここまで楽しみにしてもらっているとこちらとしても冥利に尽きる。俄然やる気が出るものだ。
「…集まったようなので始めよう。今日の物語は────」
そう言って聴衆の顔を見渡してみると、皆が笑顔だ。
その表情に戦争の最中だという悲壮さは無い。皆、前を向いて今を生きているのだろう。
願わくばこの人達が理不尽に虐げられないように、と内心神に祈る。
それと同時に、この村を出たらもう私は彼らと会うことはないだろう。ならばこの時間くらい仮面を貼り付けて接しても許してくれ、と心の中で言った。
とある春の暖かかった日の夕方、私は一人の友人と教会で別れ帰路についた。
その友人とは一年と少し前にこの村に来た若い男の人で、熱心な信者ということもあり私と大変話の合う人のことだ。
この村に来る前は街で商人の元で弟子として働いていたらしく、教養があり立ち振舞いには何処か上品さを感じる気さくな人。
そして姉さんの命を助けてくれた恩人でもあり、私の神の声が聞こえたという話を信じてくれた人でもある。
いくら友達だとしても笑われたり信じてもらえないのではないかと思っていたけど、どうしても誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。
そこであの人に話したのだけど、眉唾だと一蹴せず目を見て話を聞いてくれたことが嬉しかった。
あの後も度々不思議な声は聞こえており、その度に授けられた言葉の中から知らない人名や単語を教えて貰っている。
その際に簡単な文字の読み方だったり書き方も教えてもらったおかげで少しはできるようになった。
勉強はあまりしたくなかったけど、『聖書が読めるようになるんだぞ?』というあの人の言葉でやる気は一転、十分だ。
今日も教会で祈っていたら案の定あの人も来て、一緒に話したりしたらこんな時間になってしまった。
急いで家に帰らないとお父さんに怒られるので小走りでいると、ふと違和感を感じる。そしてこの感覚は─────
不思議な力に引っ張られるようにして森の中を進んでいると開けた場所に出る。
この不思議な感覚は今までにも幾度となく体感したものであり私が彼らと話すことの出来る直前に現れるものだ。
切り株に腰を下ろし彼らが現れるのを待っているとその時はやってきた。
光と共に現れたのは“美しい”としか表現できない三人の人達。私は十二歳の時に初めて彼らと会い、今も度々私の前に現れては少しの時間話をする。
王太子を戴冠させろ、だとかイングランドを叩き潰せ、といった話を私にしてくる彼ら。
私も目の前で姉さんを喪うところだったし、彼らから戦争で苦しむ人達の話を聴かされているのでフランスを守るためにこの身を捧げるのだ、と決意している。
今回もそんなことを私に言ってくるのだと思っていたのだが今回は違った。
────少女、この村に住み着いたあの男の正体を知っているか?
そう言われ混乱する。
あの男とは私の友人のことを言っているのだろう。いきなりあの人の正体だとか言われて驚いてしまった。
────あの男は、お前達が憎むイングランド人だ。
その後あの人の本名から出自、この村に来た経緯を私に言い聞かせる彼ら。一年以上一緒の村で暮らしていたのに全く気づかなかったその事実にただただ驚く。
────別に手を下せと言っているのでは無い。害が無い間は別に良いのだが、出てからでは遅いだろう。
その後、彼らはいつもの様に私に知識などの様々なことを教えてくれた。いつもならありがたく聴いているのだが今はそれどころではない。
彼らが消えた後もあの人の正体を知ったことで混乱し頭が真っ白になって、その場に座り込んでいると足音が聞こえる。段々とそれは近づいてきて────
「…こんな所で何をしている」
「あっ…」
現れたのは先程まで話題の渦中にいた男の人。
心配そうな顔をしてこちらに近づいてくる。上を見ればもう月が出ていることから、大分時間が経っているのだろう。
「君が帰って来ないとダルクさんが言っていてな。村の男衆で探していた。…それで、何があった?」
「…うん、大丈夫。寝ていただけだよ」
「いや、しかし…」
心配そうに顔を覗き込んでいる彼。そんなに心配されるなんて、今の私はどんな顔をしているのだろうか?
帰った時皆に心配をかけないように表情を直さなくては。両掌で顔を叩く。ジンジンとして痛いがこれで大丈夫だろう。
彼に顔を向け心配させないように笑いかける。
「ねっ、大丈夫でしょ?」
「…本当なんだな?」
「もちろん!」
そう言って、私の家に向かって二人で歩く。
道中、私は彼に質問する。流石に『あなたはイングランド人なの?』と聞く勇気は無いが。
「あなたは…私達に何か隠し事とか…してる?」
そうだ、と答えるはずは無いのに何と返答がくるのかドキドキしてしまう。
無い、と平気な顔で言われるのも嘘をつかれているということだから嫌だなとは思うが。
「別にそんなもの、誰にでもあるだろう。無いことが美徳とされてはいるが…あったとしても別に悪くないと私は思う」
「…そっか」
そう言って再び歩き始める私達。少し経った時思い立ったように口を開いた彼。
何だろう、と思って耳を傾ける。
「君が無事だったのは良かったことだがいなくなった原因が寝ていた、というのは…ダルクさんから怒られるのではないか?」
時間的に夕飯も食わせてもらえるかどうか分からないぞ、と言う彼。
その言葉にさあっと顔の血が引くのが分かる。怒られるのはまだ良いが夕飯が食べられないのならば話は別。
私はもうお腹ぺこぺこだ。食べなければ、ぐっすり眠ることも出来ない。
「…言い訳を!言い訳を一緒に考えて!お願い!」
その言葉に苦笑いする彼。
そんなやり取りをして少し経ち家までたどり着いた。それじゃあ、と言って家に帰る彼に手を振りありがとうと言うと入り口の扉に手にかける。
そんな時、ふと思った。
あの人がイングランドの人だと知った時大変ショックを受けはしたものの別に嫌いにはならなかった。
先程までのやり取りは何らいつもと変わらないものである。そんな事実を改めて認識し嬉しくなった。
これからも変わらず友達でいられるのかな、と。
そんなことを考えながら家に入る。
その後、お父さんからたくさん叱られたことは言うまでも無いだろう。
実際のところ啓示ってどんな感じなのでしょうかね?
見て下さってありがとうございました