転生中世英国貴族は救いを望む(仮題)   作:これこん

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なんかこの小説が日間ランキングに載ってました。読んでくれて感謝です。


第四話

「───クリスマスの日に演奏、だと?」

「うん。みんなの前でお願いできないかなって」

 

一年の終わりがすぐそこまで見えてきたその日、私はジャネットからクリスマスに村の皆の前で曲の演奏をしてほしい、と言われた。

クリスマスといえばキリスト教徒にとっては重要な日。私もブリテンにいた時は城下が賑わうので楽しみにしていたものだ。

まだいくらか調子の良かった兄の手をひいて、様々な出店に足を運んだ日のことが思い出せる。今頃あの人はどうしているだろうか。

 

そんな特別な日はこの村も例外では無く、去年のクリスマスでは老若男女様々な人達が笑顔になっていた。

そんなクリスマスに私が曲を披露する、と。私は度々友の前で演奏しているが、それは酒の席や悪天候の日に余興、及び時間潰しにしているに過ぎず村人全員の前でやるなどということは当然していない。

 

「しかし…なぜ私が?」

「だって凄く上手じゃん。皆も同じ様に言ってたよ」

 

私がお父さんに教えたんだ、と笑うジャネット。なるほど、私が演奏することになったのはこの子が原因か。

私としてはクリスマスは教会に入り浸って祈る予定だったのだが、そういう理由なら仕方あるまい。

 

「…そう言うことならば。期待に添えるかは分からないが、やってみよう」

「本当?やった!楽しみにしておくね!」

「言っておくが、期待はするなよ」

 

お父さんに言ってくる、と言い家の方向に向かい走っていくジャネット。

そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、私も恩人の家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恩人の家に帰るや否や私は家主に先程のことを話したのだが、彼は何やら嬉しそうな顔で倉庫から一つの箱を取り出し私の前に持ってきた。

木で作られたどこか高級感を漂わせる箱だ。彼が蓋を開けるとそこには一着の服がある。

 

「…これは?」

 

その服はかなり高価なものだと予想できる一着で、少なくとも彼が着ているところは見たことない。

彼のものであることは分かるがそれ以外はさっぱりだ。

 

「これはな、俺の昔のものだ。まだ家族がいた時には行事の時とかに着ていたんだぞ」

 

もう着る機会は無いがな、と言って笑う彼。

そしてこの服は彼が妻と結ばれた際にお祝いとして贈られたものなのだとか。

 

私の体に服を合わせながら彼は言う。

 

「サイズは…丁度良いな。どうだ、中々良い品だろう?」

「それでこれを、どうするつもりだ」

「クリスマスの日、これを貸してやる。少しは洒落た服装にした方が良いだろう」

 

私がこの村に来た時には剣と少しの荷物しか持っていなかったので当然行事の際に着る服など持っていない。なのでこの提案は嬉しいのだが…

 

「…良いのか?大切なものなのだろう」

 

彼の話によるとこれは家族との思い出の詰まった大切な品。それを私のようなよそ者に貸してしまって良いのだろうか。

私は彼に確認する。

 

「良いんだよ。何年も使われていなかったんだ。俺はもう着る予定は無いしな」

「そう言うことならば…ありがたく使わせて頂こう」

 

こういった形での善意は、嬉しいものだ。

この村に来たときは服装を正して人前に出るなど想像していなかったな、と考える。

 

「ありがとう。すまないが、こんな言葉しか思い当たらない」

「良いんだよ。それよりも、服装を整えたら…次は分かるよな?」

「…?」

「髪型だよ、髪型!おーい、ジャネットちゃん。あとは任せたぞ!」

 

そう言って窓に向けて声を出す恩人。すると扉が勢いよく開き友人の少女が入ってくる。

 

「任せておじさん!」

「…おい。どういうことだ」

 

ジャネットの後ろを見てみれば背後には他の友人らも数名いる。これから何が起こるのかを楽しみにしていそうな顔で笑っていた。

なるほど、彼らと恩人は繋がっていたらしい。

 

「あなたはいっつも仕事ばかりしているから、たまには息抜きしないとダメだよ!」

 

だからクリスマスの日のお洒落は私に任せて、と言うジャネット。

その手には整髪料だろうか。木製の容器を持っている。他の友人たちの手にも櫛やら何やらがあり、同様に私に近づいてきた。

 

予想外のことだったが、友人が私のために何かをしてくれると言うのはこんなにも嬉しいことだっただろうか。

私は彼らにもありがとう、と言う。

 

「どういたしまして!」

 

そう言って微笑むジャネット。その笑顔はやはり眩しい。

 

────こう言うのも悪くないな

 

そう思い私は彼らに身を任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後恩人の家には私の髪の毛を見て笑う、ジャネットをはじめとした友の笑い声が響いていた。

私は頬をひきつかせながら彼らに質問する。

 

「おい…もしかしてだが、遊んで無いよな?ジャネット」

「そんなことしていないよ!」

 

そう言うジャネットだがすぐに後ろを振り向いて吹き出すような仕草をし、体を震わせている。

その時、友人の一人がニヤニヤしながら私に手鏡を渡してきた。それを覗き込むと

 

「……」

 

私の髪型は一本の針葉樹の様な、そんな形になっていた。

そんな私の様子を見て皆は更に笑う。私がブリテンにいた頃は、毎日が優雅さを求められる中での生活だったため友とのこのような馬鹿騒ぎに憧れていたことをふと思い出した。

そんなことを思い出しながら目の前の友数人を見る。

皆笑顔で、この時間を楽しんでいる彼らを見ていると何だか私もおかしくなってきた。そして私もつられて笑う。

 

───こういうのも、悪くない

 

こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、クリスマスの演奏は大盛況だった、とだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスも過ぎ数ヶ月が経った。

冬から春に移ろい生物たちが活動を始める季節。そんなある日、私はとある情報を手に入れる事になる。

 

───脱走兵に襲われた村を助けたイングランド人の軍がある、と

 

その一軍は抵抗する力の無い村を襲う兵を蹴散らし、その無防備な村を目の前にしても略奪する素ぶりを全く見せなかった、とも。その軍は紫色で、一角獣が描かれた旗を掲げていたらしい。

 

そして当然イングランドの軍から抗議が出るのだが、その際こう言ったらしい。『これは我らが主人の御意志だ』と。

 

その情報を行商人から得た私は確信した。間違いなく私の軍だと。

 

一角獣を描いた紫の旗は私の家以外記憶になく、抵抗する力のない村を前に何もしないなど私の軍しかあり得ない。私はその行商人からその一団の位置を聞いた。

場所は、かなり離れてはいるが無理な距離ではない。急いで村を出て馬を駆けさせれば彼らが移動していたとしても何とか間に合うだろう。

 

この村で滞在した二年間のお礼として配るために、行商人から幾らかの商品を買った。そしてそれとは別に金を包んで渡した後耳打ちをして、私と話を合わせろとも伝えた。

 

彼は何やら怯えた顔で了承している。どうやら千載一遇の機を前にして無意識に表情が強張ってしまっていたようだ。

彼には悪いことをしたと思うが、話を合わせたことが広まるのは困る。ならばこれくらいで良いかもしれない。

 

その後すぐに家に戻り荷物をまとめる。同居人の恩人には明日にでも村を出ると伝えた。

彼は急な事に驚いていたが、『先程の商人から教えて貰い、戦争で行方知らずだった両親の居場所が分かった』と伝えたら納得したようだ。

命の恩人にまで嘘をついた事には流石に心が痛んだが、今に始まった事ではない。心の中ですまない、と言い顔には出さぬよう気を張った。嘘はバレないだろう。

 

その後も村の友人や知り合いに急なことだが村を出る旨を伝え回った。

見送りにちょっとした酒の席でも用意するか、と言ってくれた友がいたが、生憎急いでいるためそんな時間はない。気持ちだけ受け取る、と返して断った。

 

そんなこんなで村における全ての用事が片付いた時には、もう月が出ていた。

思ったより時間がかかったがこれで明日には出発できるだろう。

 

そうやって一息ついた日の夜。

同居人の恩人と最後に酒を一杯だけ飲み交わし、彼は私に『死ぬなよ』と言い残し寝た。

 

そんな彼を家に残し私はドンレミの村を歩き回る。

私がこの村に運良くたどり着いて約2年。この村が無ければ私は死んでいた訳であるため恩人をはじめとした住人たちには感謝している。そして、この村での生活は素晴らしいものであった。

 

多くの友が出来て、かけがえの無い日々を彼らと過ごした。

私はこれから彼らと会うことはないだろう。悲しいが、私はもとよりこの村に紛れ込んだ異物でしかない。私がいなくとも何ら問題はないのだ。

 

ただ、願わくば彼らと戦場で遭遇しないことを祈る。友を手にかけるのは、出来ることならばしたくない。

 

そんな想いを抱きながら歩いていた私がたどり着いたのはいつもの教会だ。住人たちの生活に固く結びついた教会。

扉を開き中に入らんとする。私が何とか部下の元に辿り着くことができるように、と祈る目的もあるが第一はこの村の住人が理不尽に脅かされることのありませんように、と。

それと、あの信心深い少女にも幸せな未来がありますように、とも祈ろうか。

 

私が中に入ると何やら灯りが見える。蝋燭の火のような小さく弱い光だ。

以前にもこんな事があったなと思いながら進んで行くと、灯りの主は私の足音に気づきこちらを振り向く。

 

美しい金髪の、天真爛漫な少女がいた。

 

「───ジャネット。こんな時間に、何している?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時ものように私と彼女は教会の長椅子に座りかなりの時間会話をした。内容はいつも私達がしているのと大差ない、何でもないようなものだ。

そんな時間も終わり、私が別れを告げ家に戻ろうとした時。

 

「…あなたはさ、私達に隠していることがあるんだよね?」

「…?まぁ、そんなもの幾らでもあるが」

 

質問の意図が分からずにいると、ジャネットは続けて口を開く。

その目には幾らかの不安や、恐怖の感情が読み取れる。

 

 

 

 

 

「私達のこと、どう思っているの?─────オーバ・アリックスさん」

「…‼︎」

 

ジャネットの口から出たのは、私の本名。この村の住人には誰一人として知らせていなかった、私の名で呼ばれたことに衝撃を受けた。

酒に酔って滑らせたか、と一瞬思うも、その辺りには特に気を張り気をつけていたのでそれは無いと自分で否定し首を振る。

 

ならば、思いつくのはただ一つ。俄には信じられないが、あり得るとすればそれのみ。

ジャネットという少女────いや、後の世まで聖女として語り継がれる少女の持つという力。

 

「…それは“神の声”とやらに教えられた、のか?」

「うん…」

 

彼女は更に私の出自からこの村に辿り着いた経緯まで、全てを私の記憶と寸分狂いなく言ってのけた。まるで何者かに監視されていたのではないか、と思うほどの正確さだ。

これには、私もジャネットが神の声とやらを聴いたのだと信じる他ない。

 

しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。

 

「何故、私にそのことを告げた?君は知っているのだろう。私が軍を率いる人間だと」

 

討ち果たすべき敵にそのようなことを教えてもいいのか、と。

その問いに彼女は笑って答えた。

 

「だって、あなたはイングランドの人だけど悪い人じゃないんだもん」

 

あなたの秘密を知っちゃったから代わりに私も教えてあげる、と言い彼女はまた笑った。

 

「私ね…フランスのために戦いたいんだ」

「…私は他人の決めたことにケチをつける性分では無いがこれだけは言わせてくれ。決してロクな結末にはならんぞ」

「…うん。分かってる」

 

どうやら、ジャネットは私の知っている歴史と同じ道を歩むことに決めたらしい。

この娘の意志の強さは相当だ。おそらく彼女の家族でさえも、止めることは叶わないだろう。

 

「あなたは前に、私の姉さんを身を挺して守ってくれたでしょ?他にも沢山みんなの為に動いてくれた。私も困っている人に手を差し伸べられる、そんな人になりたいんだ!」

 

そう言うジャネットの顔は凛々しく、決意に溢れた表情をしている。

それは十代の少女に不釣り合いなほどの美しさをも孕んでいた。その姿は正に一人の英雄。

 

「あなたはこれから私達と戦うんでしょ?もしかしたら私があなたを殺すかもしれないし、殺されるかもしれない。だけど、約束してくれる?お互いがどうなっても恨みっこ無しって」

 

私ね、あなたと仲悪くなりたくないの、とジャネットは言った。

 

「…了解した。私と君、お互いに国を想う気持ちは変わらない。これだけは確かだ」

「うん!ありがとう!」

 

そう言ってジャネットは右手を前に出す。そして小指のみをピン、と伸ばした。

私が以前彼女に教えたゆびきりげんまん。教えたは良いものの別に機会はないと思っていたが、こんなところで使う事になるとは。

私も右手の小指を伸ばし互いの指を絡める。

 

ジャネットが約束の一句を詠み始めるのを見ながら考える。

昔は約束を破ったら一万回殴って針を千本呑ますなど正気の沙汰ではないと思っていたが、あながち不可能ではないのがこの時代だ。

もしかしたら大変な約束をしてしまったのでないか、と思うもその時には既にジャネットの詠み上げは終わっていた。

 

「───指切ったっ!これで約束だね!」

「…ああ」

「もし…平和になったら、また一緒に話そうよ!」

 

その時は皆でお弁当を持って遠くまで旅をしたい、と彼女は言って笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十数日後、私は部下の元に戻る事になる。

 

『ご帰還をお待ちしておりました、オーバ様。無事な様で何よりです』

『苦労をかけたな。軍から離れていた事についてはこれから私が身を削る故、許してくれるとありがたい』

『勿論でありますとも!期待しておりまするぞ!』

 

 

懐かしい部下との、こんな会話もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回出てきた“紫色で、一角獣が描かれた旗”は作者がM&Bで使っているやつです。
私にはこういうデザインのセンスは無いのでそのまま使いました。

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