転生中世英国貴族は救いを望む(仮題)   作:これこん

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日曜日なので二回目の投稿です。
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第五話

部下の元に戻ってからの日々は大変忙しいものであった。

何しろ二年間も音沙汰無しだったのだ。まずは兵卒との信頼関係を一から築かなければならない。

一人一人、出来る限り多くの者と面と向かって会話し私について来てもらう旨を伝えたのだが幸いそのことに異議を唱える者はおらず軋轢は生まれなかったので良かった。

 

そこからはこの二年での戦果や損害など様々な事を正しく認識したのと同時に“フランス人の村を助けた”という情報の真偽を確かめたところ、『間違いありません』だそうだ。確かに私がいた時はそういったことをしたことはあったが、まさか2年経っても変わっていなかったというのは流石に驚かされる。

 

そんなこんなで慌ただしく時間は過ぎていった。

時にフランス軍と戦い、敵味方関係なく生き残った者には治療を施す。他のイングランド軍の援軍に向かったり、我が家と繋がった街のギルドなどから定期的に戦費を受け取る日々。

 

戦場では弓に弩、投石器に大砲から地獄への招待状が毎秒の様に届けれれる。それらをくぐり抜けたら白兵戦だ。

男達の血と汗とどこから出たのかよく分からない液体によって戦場は満たされる。吐き気を催すような死の匂いが漂うその場所に、私は部下を突っ込ませるのだ。

もう天国には行けない。そんなのは分かってはいるが、まだ助かる者は命を繋げてやりたい。この人達にも家族友人がいてもしかしたら恋人が待っているのかもしれないから。

 

私も戦場では何人殺したか覚えていない。

一騎打ちを申し込んできた年若い騎士の首を刎ねたこともあれば、劣勢に立たされている友軍を助けるため先頭に立ち仲間の士気を上げたこともあった。

 

傷ついている者を見つけ治療を施そうとしたらそれは演技だったということがあり、その時は彼の刃が私に届く前に斬り捨てたか。眼に濃い憎悪の浮かぶ私と同じくらいの歳の男だ。

彼は死に際ひたすらに一人の女性の名前を呼んでおり、その声色には女性に対しての愛おしさが感じられた。恋人か家族だろう。

 

ところで私はありがたいことに兵達から慕われている。

ある者は『給料を約束通り払い、まともな飯も毎日支給されるから』と言い、またある者は『私に忠誠を誓っているので慕うのは当たり前だ』と言った。

中には『敵の命をも救うその酔狂が面白いから』という者もいた。

 

 

 

 

 

 

 

私が再び指揮を取り始めてから暦が一つ廻った時。私は新たな戦場に身を置き、そして勝利した。

幾つかの軍隊が集まったそれなりに大規模なものであり多くの血が流れた戦だ。そんな戦場跡を私は歩く。死者の弔いと生者を見つけるために。

 

積み重なった死体の中からその男は這いながら現れた。

家紋の入った鎧を纏った騎士だと思われる風貌の男は血を多く失った後であり既に瀕死だ。

私がその者のもとへ歩くと部下がいつでも剣を抜ける体勢で私の周りを固めた。以前瀕死の兵士が刃を向けて来た後に怒られたことを思い出す。

 

「───そこに誰か…いるのか?」

 

よく見てみれば両目が潰れている。私はそんな彼の隣で膝をつき水を飲ませた。

 

「…こんな死に損ないにすまない…見ての通り俺はもう長くはないが……名を教えてくれないか」

「私の名はオーバ・アリックス。先程まで君らと戦っていた者だが…悪いようにはしない。なので安心してくれるとありがたい」

 

私が名乗ると彼は驚いたような顔をした後笑った。

 

「なるほど…あの酔狂は噂通りだったか。最期にあなたの様な人に出会えたことを主に感謝しまする」

 

残された時間に話をしてくれないか、と言って来た彼。私はそれに了承し地面に腰を据える。

そこからの話は彼の昔話に、彼の身の上話などであった。時間はあっという間に過ぎ、次第に彼の息は荒く不規則になる。

 

「…もし戦争など無ければ…友人になっていたかも…しれませんね。…貴方とは気が合いそうだ…」

 

彼とはついさっき会ったばかりであるのに私達はまるで数年来の友のようであった。口を開けば敵兵への憎悪が溢れ出す戦場においてそれは久しぶりの、フランス人との会話。

それと同時に思い出すのは同じくフランス人のドンレミの村で出来た友人達。彼らは元気だろうか。

 

「最期に一つ…オルレアンにて…聖女が現れた…彼女は…フランスの希望だ…我らに…栄光を……」

 

そこまで喋ったところで男は果てた。苦渋に満ちた表情の死体が殆どの戦場では珍しい安らかな死に顔だ。

私は彼の開いたままの瞼に手をやりそれを閉ざす。

 

「名も知らぬ勇ましき騎士よ、安らかに眠れ。…主よ、彼の旅路に祝福を」

 

私は部下の数名と協力し彼の鎧を脱がせた。そして私は彼の遺体を抱き抱え拠点に一度戻る道を進む。彼を埋葬し弔うためだ。

その道中私は思考を巡らせる。

オルレアンに現れた聖女───それは恐らく、ジャンヌ・ダルクだろう。

 

村で共に過ごしたあの少女はやはり戦場にて生きる道を選んだか。

私は願う。戦場にて対峙しないことを、そして若き少女の生きる未来に救いがあらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────その少女は、確かに英雄であった

 

“神の声”とやらに従い、その身を戦場に置いた一人の少女。

王太子の変装を見破り戦の結果を予言し的中してみせた彼女は兵を率い、多くの戦場を駆け回った。

 

身の危険を顧みず前線に出て兵を鼓舞するその姿は彼女の元来もつ美しさも相まって多くの男を魅了した。

崩壊寸前の国に突如現れた希望の光。

当初は彼女を非難し見下していた者たちも彼女の啓示によってもたらされた勝利の数々によって次第に信頼を寄せる様になった。

 

騎士でさえも悶絶するような傷を負ってもなお、戦場に立ち続ける少女の姿はフランス兵を勇気づけ高揚させる。その波はフランスを巻き込みながら大きくなり、ついには負け続きだったフランス軍を勝利させるまでになった。

 

彼女は常人離れしたその軍事能力と戦果で忘れられがちだがまだ十代の少女である。

指揮官としてのジャンヌは確かに優秀で兵から畏敬の念を集めていたがその中には戦場に身を置くことになった彼女の人生を憂い、一人の少女としての未来を願っていた者もいた。

 

イングランドとの戦争で命を削るよりも生まれた村に戻り彼女の人生を歩んで欲しい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イングランド軍から解放した街でジャンヌ・ダルクとその仲間は英気を養っていた。城壁に囲まれたその街は別段珍しいものはなかったが兵を休ませるのには十分である。

そんな街の一角に佇む教会には一人の少女の姿があった。彼女こそがジャンヌ・ダルク。人々の暮らしと祖国のためその身を捧げた少女。

 

両手を組み跪いて祈るその姿は大変美しく一枚の絵画を切り取ったようでもあった。

暫くの後、彼女は教会を出て街を歩いた。

そこまで規模の大きな街ではないがそこには確かに人々の暮らしがある。彼女が思い出すのは故郷の村とそこに住む人々。

最近は彼らの姿を見れてはいないが、度々送られてくる手紙で近況を知ることは出来ていた。

 

農民の娘が文字の読み書きが出来るということはやはり珍しいようで、部下に驚かれていたことを彼女は思い出す。

 

さて、そんな最新の手紙には彼女の姉が結婚し子を授かったとの内容が書かれていた。それと同時に彼女の命を救った男にもし会ったら礼を言っておいてくれ、ともある。

その男の正体を知っているジャンヌからしてみればそれは当分の間、もしくは一生無理だと分かるのだが、もしこの戦争が終わり彼も自分も無事であったならば教えてあげよう、と思った。

 

 

(…姉さんが遂に。喜ばしいことです。主よ、姉さんと産まれてくる子供に祝福を)

 

そう心の中で祈りながら再び歩き出した少し後、彼女は対面から歩いてくる一人の男をその目で捉えた。黒髪長身の色男。彼女の戦友であるその男の名はジル・ド・レ。

彼はジャンヌの姿を捉えるや否や小走りで近づいてくる。

 

「ジャンヌ、こんな所にいるとは…祈りの帰りですかな?」

「ええ、私はやはりあの場所が落ち着くのです。ジル、私に何か入り用で?」

「いえ。今のところは何も」

 

そうですか、と言って彼らは街を歩く。ジャンヌはジルのことを軍師として信頼しているし、ジルに至ってはジャンヌを崇めるような視線で見ている。

 

ふと、ジルが口を開く。

 

「こんな話を知っていますか、ジャンヌ。敵味方問わず負傷者を癒やし死者を弔うイングランド人の軍隊がいる、と」

 

さらには略奪をされそうになった村を守った、とも。

その言葉にジャンヌは反応した。

戦場において敵兵は殺すべき者というのが常識であり、わざわざ負傷者の治療をするなどおかしいと思われるのが世の常。

そして農村は軍隊にとって格好の獲物でもある。彼女の故郷の村のように襲われることは珍しくない。

詳細を知りたいと思った彼女はジルに尋ねる。

 

「その部隊の指揮官の名は何というのですか?」

 

その言葉にジルは少しの間考えるような仕草をした後、口を開いた。

 

 

「確か名は──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ジャンヌ、どうしました?その顔」

「…いえ、何でもありません」

「なら良いのですが…」

 

そう言って笑い、歩き進むジャンヌをジルは付いていく。

ジャンヌにとって先程聞いた男の名は彼女の知り合いであり、少なくない年月を同じ村で過ごした仲でもある。

男が軍を率いる身であることは啓示によって知っていたが男が指揮する軍隊がどんなものであるのかは定かでは無かった。

 

そんな中知った男の活動。平和になったらまた会おうと男と約束した日のことは今でも鮮明に覚えている。

 

(そうですか…あの人も頑張っているのですね)

 

 

ジャンヌ・ダルクはその身をフランスという国に捧げた。そこに暮らす人々の生活を守るために。

 

彼女が戦場を駆けることで兵士は勇気づけられ勇気を胸にイングランドとの戦いに身を投じる。

救った街や村の人々の笑顔は彼女が戦場に立ち続ける意味となり、いつしか義務になった。

 

それはまだ十代の少女には重すぎる十字架。常人であれば押し潰されていたことだろう。

だが彼女はそれでも立ち続ける。そんな彼女の姿は男達にとってどう映ったことか。

 

いつしか彼女の周りには志を共にする仲間ができ、数々の戦場で勝利を収めた。

 

 

「……これからもよろしくお願いしますね、ジル。フランスのために頑張りましょう!」

 

 

 

笑顔でそう言うジャンヌ。

彼女はこれからも血で濡れた道を進み続ける。先の見えない暗闇のその行く末に光があると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、悲しいかな。静かに、しかし確実に破滅の日は近づいてきていた。

そのことを彼女はまだ知らない。

 

 

 




読んで下さりありがとうございます。
多分あと3、4話で終わりです。

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