転生中世英国貴族は救いを望む(仮題)   作:これこん

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本編の最終回です。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

…タグ付いてるのに、最終回までクロス要素が殆ど無かった小説があるようですね。(すっとぼけ)


第八話

───時々、夢を見る

 

 

その夢の中で私は、草原の中を一人歩いている。

雄大な自然に囲まれながら、温かく心地の良い風に吹かれている夢だ。

 

暫く歩いていると目の前に一人の少女が現れる。

風に金髪を靡かせながら此方に向かって来るその少女は、とても良い笑顔をしている。

彼女は、私に向かって口を開いた。

 

『───────!』

 

但し、その声は私に届かないようだが。

その事に気付いたのか、悲しそうな表情をした彼女が私の手を引こうと手を伸ばした所で場の雰囲気が変わる。

 

 

───草木は悉くが炎に包まれ、その煙は空を覆い尽くす

 

 

気づけば少女の姿は何処にも無く、代わりに無数の男達が少し離れた所から私を見ている。

全身が金属の鎧で包まれた、騎士と思われる者もいれば、軽装備にその身を包んだ盗賊の様な風貌の男まで様々だ。

 

 

『────■■■■■■■!!!!!』

 

 

彼らが声にならない叫びを私に向けて放つ。

『何故お前が今まで生きているのだ』と。彼らはそう言っているように感じた。

 

その時、焦げるような臭いが辺りに立ちこめる。

理由はすぐに分かった。彼らの身体が炎に包まれているのだ。

 

それから間もなく、彼らはその身体を黒い炎に変えて私に突っ込んで来る。

 

その炎が私とぶつかるその瞬間────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────叔父上!?大丈夫ですか?」

 

私の顔を心配そうに覗き込む、甥が目の前にいた。

身体は寝汗でべたべたしており、気持ち悪い。

その他には頭痛と、喉の渇きも感じる。

 

「随分と魘されていた様子でしたので…何か体に障ることでも?」

「…問題無い。少し、変な夢を見ただけだ」

 

甥に向かって笑いながら答える。

枕元に置かれた水を一杯飲み、喉の渇きを潤す。

 

同時に頭の中に浮かべるのは、私が時々見るあの奇妙な夢。

 

────あれは私の末路かもしれない

 

そんなことを考えながら、私はベッドから起き上がる。

 

私の身体は何かが纏わり付いているのかと思う程、随分と重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の齢が六十の半ばを迎えようとした時、私は甥に家督を譲った。

最近は昔のように集中力が続かないようになり、身体も満足に動かない。甥は私などよりも才能に溢れる男で、立派に育った。彼ならば領内を守り通してくれるだろう。

役目を果たした老いぼれはさっさと引退するのが正しい。

 

この時代を考えれば私はもう十分長く生きた。私があとどれくらい生きていけるのかは定かでは無いが、もう長く無いことくらいは分かる。

残りの人生を若い世代の育成に充てようと思ったが、それは叶わなかった。

領主となった甥から『叔父上はもう十分働きました。せめて残りの人生は隠居して穏やかに過ごして下さい』と言われたからだ。

随分と体を酷使した自覚はあるものの、まさかここまで制限されるのは予想外だった。それと同時に心配をかけさせてしまったことを改めて認識し反省もした。

 

 

 

なので田舎に用意された別荘に移り住み、日々を過ごしていたのだがふと思いつく。

このまま日々を過ごしていたら死を待つのみ。なので家に貢献しようと思っても甥とその部下に止められる。

ならば旅に出るのはどうであろうか、と。

 

領内から出れば危険に溢れているため道中で斃れる可能性もあるが、どうせ老い先短い人生だ。ブリテンで死のうと、旅の途中で死のうと少しの誤差でしかないだろう。

人生の終わりを探す旅というのも悪くないかもしれない。

 

────あの少女の墓参りもしに行こうか

 

思い立ったが吉日、私は甥にその事を伝え領内を出発した。

彼はいきなりのことに驚いていたが私が彼に頼んだ初めての願いだということと、私の命が残りが短いということにも思うところはあったようで、『貴方が後悔しないのなら』と渋々ながらも了承してくれた。

護衛を付けると言って聞かなかったが断り、数日後に出発することに。

 

甥には私が帰って来なくても気にしないでくれと言ってある。随分と勝手な事を言い出したと我ながら自覚しているが、三十年当主として働いた老人の願いを聞いてくれたようで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

そこからの日々は私にとって数十年ぶりの自由な時間が過ぎていく。

ブリテン島から海を渡り、四十年ぶりにフランスの地に降り立った。そこから馬に乗り様々な街や村で物資を補給しつつ、かつて私が二年間を過ごしたドンレミの村に向かう。

 

血に濡れた私の人生で、あの村での生活は大変美しく輝かしいものであった。あの村で男達と肩を組んで飲んだ酒の味や教会でかつての聖女と交流した日のことは今でも覚えている。

 

そんなこんなで大陸に渡ってから数ヶ月。私はドンレミの村に着いた。

四十年も経てば当たり前なのだが、村人達は殆どが知らない顔である。私は嵐の日に命を救ってくれた恩人の家を訪ねてみると家の裏には一つの墓が建っていた。

そこに彫られていた名はかつての恩人のもので、すでに故人であることを語っている。

 

恩人の家にはとある夫婦が住んでいた。私は彼らに墓の主の知り合いだったと言い、祈る許可を貰うと墓の前で跪き腕を組む。

 

「……久しぶりですね。あの日貴方に出会っていなければ、私は死んでいた事でしょう」

 

思い出すのは彼と過ごした日々。家族を喪いながらもこの村で一生懸命に生きていた一人の男は私に住む場所を提供してくれ、彼とは共に酒を酌み交わした仲だった。

 

「家族の元でどうか幸せに……安らかに眠れ」

 

彼は家族と再会できただろうか。死後の世界はどうなっているのか分からないが、戦争によって日常を狂わされた恩人に救いがあったことを祈らずにはいられない。

 

その後私は四十年前のこの村で交流があった人々の家を訪ねてみるも、その殆どが既に逝っていたことが判明する。現在まで生き残っていた者と言葉を交わしたり、彼らの墓を一つ一つ祈っているといつの間にか時刻は夕方になっていた。

私は最後に残った場所に歩みを進める。

かつての救国の聖女────ジャネットの墓に辿り着いた。

当然この場所に彼女の骨は無い。家族と村人達が墓石のみ用意したのだろう。質素であるがきちんと整備された、生前の彼女を表したような墓だ。

 

私は墓の前で祈ろうとする─────「………少し、宜しいですか?」

 

声をかけられ、振り返る。

 

そこにいたのは腰の丸まった白髪の老婆であり、顔には皺が刻まれているが目鼻は整っている、若い頃は美人だったと予想できる女性だった。そして私はこの女性に見覚えがある。

その容姿と雰囲気は聖女の面影があり、彼女が年老いたらこうなっていただろうな、と思わせる女性。

 

「────カトリーヌさん、ですか?」

「えぇ!覚えていて下さいましたか。本当に久しぶりですね!」

 

私と彼女はかつてそれなりに交流が有った。

ジャネットが私をダルク家に招待したことがあり、その時は一緒に食卓を囲んだ。牛が森に逃げた日は共に追いかけ回した日もあったか。

若き日の懐かしい日々だ。

 

「……互いに歳をとりましたね」

「えぇ。日々体が衰えるのが分かる…中々に辛いものですな」

「あら、貴方はまだ元気でしょう?一人でこの村に来る程ですから」

 

私がジャネットとルーアンの塔で語り合った時、カトリーヌさんに子供が産まれたと聞いた。元気な男の子だったそうだ。

 

「この子も喜んでいると思いますよ」

 

そう言ってカトリーヌさんは私の隣で跪き手を組む。私達はジャネットの墓の前で二人並び祈りを捧げた。

どれほど時間が経っただろう。時刻は夕方から夜に向かい、村は暗くなっていく。

 

「時間も時間ですし…そろそろ戻りましょう。ところで、今日の宿は決まっているのですか?」

「空き家を借りる許可をもらったので、そこで夜を明かそうと」

「もし良ければ私の家に泊まって行きませんか?久々の再会ですので色々と話したいですし」

 

予想外の提案に嬉しく思うも、家族の時間を邪魔してしまうのは忍びないと思い断ろうとしたその時。

 

「お婆ちゃん!こんな時間まで何してたの?」

 

現れたのは爛漫な印象を抱かせる金髪の少女。

お婆ちゃんと呼んだことから、この少女はカトリーヌさんの孫だろう。そして私は一瞬目を疑う。何故ならこの少女はあまりにも────

 

 

「───似ていますね」

「そうでしょう?強く優しい自慢の孫です」

 

かつての聖女にあまりにも似ていた。

もし知らなかったら、彼女の生まれ変わりだと言われても信じてしまうだろう。

 

「お婆ちゃん、この人誰?」

「前に話したことがあっただろう?昔私の命を助けてくれた人だよ」

 

そうカトリーヌさんが言うと少女は目を輝かせながら近づいてくる。どうやら以前に私のことを話したことがあったらしい。

 

「えっと、昔のお婆ちゃんの話とかしてくれませんか…?」

 

子供から直々に頼まれて断りづらくなってしまった。するとカトリーヌさんが口を開く。

 

「どうです?一晩くらい、遠慮しなくても問題ありませんよ」

「……では、お言葉に甘えまして」

 

胸に手を当て、礼をしながらそう言って、私達は彼女らの家に向かって歩き出す。道中カトリーヌさんの孫からは多くの質問が投げられたのでそれに答えた。

その夜は彼らの家族と交流し、とても楽しい時間を過ごした。

 

そして翌日、私が出発する前カトリーヌさんに呼び止められる。

 

「これをどうぞ…あの子が死ぬ前に渡してきたものです」

「……これは一体?」

「私にはさっぱり…ですがあの子が貴方に会ったら渡してくれ、と」

 

そう言って渡されたのは一枚の古ぼけた小さな紙。そこに書かれていたのは地図だろうか。此処から少し離れた土地の名と目印が記されている。

 

「そうですか…旅の途中で立ち寄ってみます」

「ありがとうございます。では…どうかお元気で。貴方の旅に祝福がありますよう」

「貴女もお元気で。泊めてくださりありがとうございました」

 

そうして彼女ら一家と別れ、ドンレミの村から出た。

カトリーヌさんから渡された地図の場所には何があるのだろうか。そう思いながら私は歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンレミの村を出発して数日後。私は地図に書かれた地に辿り着いた。そこはなんて事のない洞窟で、気味悪さから入ることは躊躇わられたが地図は明らかにこの中を示している。彼女が何を伝えたかったのかはこの先に進まなければ分かることは無いのだろう。

 

「老人になってもなお洞窟探検とは……予想していなかったな」

 

松明を用意し進んでいくと、さほど時間はかからず行き止まりに当たった。だが地図が示しているのはもっと先。

隠す通路でもあるのかと辺りを探索してみると、何かスイッチのようなものを見つけた。土埃を被った、人間ほどの大きさの石畳だ。

 

これを押せば道が出てくるからくりでもあるのだろうか。念のため洞窟の入り口からここに至るまでもう一往復して隅々まで調べたが怪しいものはこの石畳以外にはやはり無い。

 

ならば進むためにこれを押すしかないのだろうが、もし本当にからくりがあったとしても壊れていたら洞窟が崩壊するという結末もあり得る。

第一、そんなことがこの時代の技術力で有り得るのかという疑問も浮かんできた。

 

(洞窟がどうにかなっても…どうせ老い先短い人生だ。此処で死んだのならそれが天命なのだろう)

 

何も起きなければ、それはそれで酒の席での笑い話くらいにはなるかもしれない。あの少女の残したものがあるかもしれないのだ。確かめなければならない。

 

石畳を押すのはそれなりに力が要り、若い頃はともかく今の私にはそれなりに辛かった。

するとすぐに地中から腹に響く振動が生まれる。突然のことに驚いていると、洞窟の壁が割れ道が現れる。

 

(まさかこれ程までとは…とんでもない技術力だな)

 

私の領内は当たり前のこととして、ブリテン全土を探してもこれほどのからくりはあるのだろうか。

そして何より、この時代に合わない超技術にそれを用いられて隠されていた道。とんでもなく胡散臭い。

 

何はともあれこの先にジャネットの伝えたかったことがあるのだ。かくして道は示された。私はその道を辿って進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先で見つけたのは一本の黄金に輝く剣。私の携えている物とは纏う雰囲気からまるで違うその剣は恐らくとんでもない代物なのだろう。

高名な武具だとかその辺りには人並みよりも詳しいとは自負しているが、私程度では兎に角“凄い”という月並みな感想しか浮かんでこなかった。

もっと踏み込んだ人間ならば目玉が飛び出る程驚くのではないだろうか。

 

鞘から剣身を引き抜くと更に黄金の輝きは増した。驚くべきことに剣自体が煌々とした光を発しているのだ。

そして“思考を支配される”という今までに無い感覚。かつてアダムとイヴは“リンゴ”の誘惑によってそれを食し、エデンの園から追放されたというが、罪を犯したその気持ちが分かったような気がした。

何とか剣に鞘を被せた後私は地面に思わず転がる。

 

バクバクと音を立てながら暴れる私の心臓に、全身の毛穴から吹き出す汗。

 

光を浴びた後の体力の消耗が凄まじい。あのまま光を浴び続ければ私は直ぐに命を落としていただろう。

 

そして疑うまでも無くこれは危険な代物だと分かった。仕組みは全く分からないが、これは人間の本能に直接訴えかけているのだと、何となくそう感じるのだ。

 

───私には過ぎた品物だ

 

そう思いその場に放棄しようとしたが、何故か捨てようにも捨てられない。

何となく、私が持っておいた方が良いような気がしたのだ。

 

これは果たして私が剣の誘惑に負けてしまったのか、本当にそういう直感が働いたのかは私にすら分からない。

私は剣を持ったまま洞窟から出た後、それを布で何重にも巻き付け、そのまま旅を続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後私は大陸を旅し続けた。その旅路では人間の素晴らしさに幾度となく出会ったし、その何倍もの人間の残酷さにも出会った。

賊に襲われている母娘を見つけた時、流行り病に侵され見捨てられた少年を付きっきりで看病した時。

 

死を受け入れ老体で剣を振り、手を握り励ましの言葉をかけ続けた。その際に幾度となく思った。『ここが私の死に場所だ』と。

未来がある人間のためならば命を捨てる事など惜しくはなかった。

 

事実賊に体を斬られ浅くない傷を負い、少年から感染した病にうなされたものの、私が死ぬことは無かった。まるで何かから護られているかのように。

 

結局、そのまま私の旅は続き多くの人間と交流した。

イタリアでは“レオナルド”と名乗る才能あふれる人間と出会い数十も歳の離れた友になった。彼の出身は“ヴィンチ”という村であるそうで、イタリア風の名乗り方をするのならば“レオナルド・ダ・ヴィンチ”。

私の記憶の隅にあった大天才と同じ名前であったし、男は若き身でありながら底無しの才能と確かな実力を備えていた。

 

彼はこの後の人生で大きな功績を残し、後世に名を残す男になるのだろう。

 

私がレオナルドの師匠に工房で顧問として雇われていたある日。

仕事が終わったレオナルドと他の弟子たちと共に食事を摂り、空を見上げるとそこには見事な満月があった。

そして私は彼らに遠い未来の話をする。人間は技術を以って月に降り立つのだ、と。

 

酒の席だったこともあり酒の肴程度になるかと思って話したのだが、レオナルドはそれに食いついた。

私にその手段を問い詰める彼の瞳は大変輝いており、未知を探究し実践しようとする若き男の才能と好奇心を羨ましく思った。私の肩を掴み前後に無理やり揺らされるのは酒が回っていたこともあり吐き気を催したので中々に辛かったが。

 

『月に降り立つ、か……もし実現したとしても君はもう逝っているだろうね』

 

私の栄光を見せられないのは残念だな、と。そう笑いながら言ってくるレオナルド。

 

『君は不思議な人間だ。工房には変わった人間が多いが…その中でさえも異物のような感じさえする。…もしかしてイングランド人とは皆そうなのかい?』

 

彼の言った“異物”という言葉に苦笑する。ジャネットと言いレオナルドと言い、選ばれた者には人間の正体を見破る能力が齎されるものなのだろうか。

 

『……異物か。あながちそれも間違いで無い』

 

何故か時代を飛び越えイングランドに生まれ、そして育ってきた。私の持つ価値観と真逆なこの世界に苦しみながらも生き延びこんな歳まで生きている。

 

『……レオナルド、頑張れよ。君は他人に無い才能に溢れている』

『当たり前だろう?私は天才だぞ?』

『それもそうだな…』

 

 

 

 

 

 

私はその後も旅を続け、時に死を感じながらも命が果てることは無かった。

結局私が死に場を探すためにブリテンを旅立って八年後、私は領地に帰ることになる。

 

死に場所を探すという当初の目的は何処へやら。

私は死ななかった。いや、死ねなかったと言った方が正しいか。

 

 

あぁ、偉大なる主よ。私の人生を見守って下さった慈悲深い主よ。

 

 

 

 

────貴方はこの老いぼれにこれ以上、何を求めるのですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────戦争が終わった

 

ブリテンを二分した戦争は各地に凄惨な結果と傷跡を残し、そして終結した。この三十年で貴族は疲弊し力を大きく削がれることになる。そんな中新たな王家が生まれ、王朝が開かれた。

イングランドの新たな歴史が始まったのである。

 

この戦争で多くの人間が死んでいった。貴族も商人も農民も関係無く。皆に等しく死が訪れた。

純粋無垢な子供が、前途有望な若者が、余生を穏やかに過ごしたいと思っていた老人が、その全てに暴力という名の理不尽が襲いかかる。

 

それは私達の土地も例外では無く人間の欲の格好の餌食となった。それらから人々の暮らしを守るため男達に武器を取らせ、当主が率いて戦場に赴く。

結果を言えば、私達は大切なものを守り切った。

領内に敵兵の侵入は許さず、侵略者の刃で斃れる民衆は殆ど出なかった。各地の街や村も破壊されず、むしろ規模は開戦前よりも大きい。

これらは正に奇跡と言って良いだろう。人々の暮らしは守られ営みは続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

「───ようやく止んだか」

 

窓から外を覗きそう呟く。数日降り続けた雪は領内を白く染め上げそこに暮らす人々に自然の試練をもたらした。

もうすぐ死ぬと予想し旅に出たものの帰ってきた日から二十年以上が年経ち、現在私の齢は九十半ばを迎えようかとしている。

 

(まさかここまで生き残れるとは……予想だにしていなかったな)

 

若い頃からの友人は悉くが死に絶え、年下の部下でさえ見知ったものは大きく減った。

 

あれから私は甥とその部下から苦言を呈されない程度に若い世代の指導をしたり、後世に残せば役に立つであろう知識や情報を書物にまとめたりと老人にしてはだが、自分に出来る限り貢献したつもりだ。

領内は私が生まれた頃と比べて発展し、豊かになった。

 

若い世代の育成をしていることが何処からか漏れたのか、周囲の土地からも才能を持った若者が私の領地を訪れてきた。

どうやら私は他の土地でも名前が売れていたらしい。内戦において領地を守り抜き領内を発展させたからだとか。

 

そんな教え子達の成長を見守っていたこの二十年は楽しい時間であった。

ただし、当初はこんなに長生きするとは思ってもいなかったが。

 

ふと胸に熱さが込み上げてくるのを感じると、咳が出る。中々収まらなかったそれが止んだ時には、手にはべっとりと血がついていた。

 

「今度こそ、もう長くはないか…」

 

私は数年前から病に侵されており、今ではほぼ毎日床から起き上がれない程衰弱している。だがそんな中でも今日は幾らか調子が良かった。

 

部屋の扉がノックされる。その後入ってきたのは甥だった。

彼ももういい歳で、白髪と顔に刻まれた皺がそれを物語っている。

 

「どうやら今日の調子は良さそうですね、叔父上」

「あぁ…今日は良い。どうだ、久しぶりに散歩にでも出ないか?」

「ですが今日は寒いですし…また今度でもよろしいのでは?」

「歩ける日がもう一度来るとは限らないからな…死ぬまでにもう一度城下を見ておきたいのだ」

 

そう言うと甥は了承してくれ、その後私たちは十名の護衛と外出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは私服に変装し、城下の大通りを歩いていた。護衛達は剣を携えており不測の事態にも対応可能。死にかけの私はともかく甥に何かあれば一大事だ。

彼の息子は賢く、立派に成長し後継は問題無いが、いかんせんまだ経験が足りない。後数年は様々なことを学んだ方が良いだろう。

 

目の前を数名の子供達が駆けながら通り過ぎる。彼らの眼は希望に満ちており、甥にもあんな時期があったな、と思い昔を懐かしく思った。

 

歩きながら私は甥に尋ねる。

 

「…お前は自分の人生に後悔したことはあるか?」

 

貴族の家に生を受け、生まれながらにして数多の人間の命を背負うことを約束された人生。彼にのしかかる重圧は並大抵のものでは無かっただろう。

だが彼は泣き言を言わず私についてきて、私の後を継いだ。そして立派に民を護っている。

だがあんな風にはしゃぎ、笑い合う同世代の子供達を羨ましく思った日があったかもしれない。身につけた上品さなど投げ捨て友と酒を飲み、笑い合いたいと思う日もあったかもしれない。

 

「叔父上、私は自分の運命を呪ったことなどありませぬ。貴方との日々は楽しく、そして輝いていた」

 

笑いながらそう言う甥は更に言葉を紡ぐ。

 

「叔父上────貴方は私の誇りです」

「そうか…」

 

その後も歩きながら会話する私達。その時間はとても穏やかで楽しいものであった。しかし、速度はゆっくりであったが、死にかけの老人には些か過酷である。

大通りの一角にベンチがあるのを見つけ、私はそこに座った。

 

「すまないな…流石に歳には勝てない」

「いえ、お気になさらず。ゆっくりと休んで下さい」

 

ベンチに腰を落ち着けながら街を見渡し、考える。

私が生まれてから九十余年、領内はかつて無いほど発展した。優秀な若者の指導も果たせ、次の世代にも芽を残すことが出来た。

宗教的な思想に絡めて衛生概念など人々の暮らしに関わる部分を何とか改善するも、やはり宗教観というのは根強く、他の領地にまで広まらなかったのは残念だったが。

 

人々は私のことを敬意を込めて“賢者”と呼ぶのだと、若い部下から聞いたことがある。私ごときには過ぎた異名だ。

確かに領地を守り抜けたことは誇りに思うが、それは私について来てくれた部下の命を散らしたことで成せたものであり、一番の功績者は彼らである。

 

私が指揮した戦場では多くの男が死んだ。敵も味方も。

私は数え切れない程多くの人間の屍の上に今も立っている。その中には私に忠誠を誓った騎士もいれば、家族を守るために仕方なく武器を取った男もいた。

彼らは今でも偶に私の夢に現れては、私を地獄に引き摺り込まんとしている。私は死んだらその夢の通り地獄に堕ちるのだろう。

 

 

 

「少し…眠くなってきたな…」

 

瞼が重くなり、体に力が入らなくなる。もう体力は底をついたのだろう。

横を向いて甥と護衛達を見ると、彼らは街を眺めながら自然体で過ごしていた。甥ももう若くない。こういったゆっくりと過ぎていく時間は癒しなのだろう。

 

ならば、少しくらい寝てもいいだろう。私は睡魔に身を任せ、体から力を抜く。

 

 

 

 

視界が段々と狭くなり、完全に闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が目を覚ますと、そこは見渡す限りの野原の中だった。遠くには青々とした山も見える。先程までの寒さは無く、頬を撫でる風は温かくて心地よかった。

それは領内の辺境の様でもあったし、かつてのフランスの様でもあった。

 

その時、少し離れた場所に人影があることに気づく。それは風に金髪を靡かせた少女のように見えた。

歩きながら近づくと、その人は私に気づいたようで此方を向く。その時私と目があった。白いブラウスを風ではためかせるその人は私に向かって手を振ってくる。

 

「──!───!」

 

私に向かって何かを言っているのは分かったが、距離が遠いためよく聴こえない。

 

私はその人に向かって駆ける。私の身体は羽のように軽く、走っても痛みは無い。まるで若返ったような感覚は違和感でしか無かったが、そんな事を気にしてはいられない。

 

私がその人の元に辿り着くと、そこには懐かしい顔があった。

 

 

 

「───ジャネット」

 

私の前で炎に焼かれて人生の幕を下ろしたかつての聖女は笑顔で私に向く。その笑顔はとても眩しかった。

 

「久しぶり!もう、待ちくたびれたよ!」

 

一体私の何倍生きるの、と冗談まじりに言ってきた彼女を見て私も思わず微笑む。実に七十年ぶりのジャネットとの会話。かつての思い出が次々と蘇ってくる。

 

「突然のことで色々と聞きたいことはあるが…大方把握した」

 

私はあの場所で死んだのだろう。死期が近いことは分かりきっていたので驚きはしないが。

だとすれば此処は死後の世界か。

 

「───私について来てくれる?」

 

彼女は私の手を引くと走り出そうとする。その視線の先にはどこまでも続く草原が。私は彼女に身を任せ走り出す。

身体はやはり羽のように軽く、どんなに走っても疲れない。

暫くして彼女は止まった。そして私の方を振り向く。

 

「最期の日の事…覚えている?『忘れない』ってあなたが言ったこと」

「あぁ…ちゃんと覚えている」

 

そう言うとジャネットは改めて手を私に差し出し、笑った。

 

「ここで一緒にいっぱいお話しして、昔みたいに毎日一緒に祈ろうよ!」

 

その姿はかつての記憶と変わりなく、天真爛漫な笑顔の少女がそこにいた。

私はその手を取ろうとし────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────すまない、私はそちらに行けない」

 

私は今までに走ってきた方向を見るとそこには青々とした草原など無く、燃え盛る炎に包まれているのみだった。

若き日の私がフランスで殺した兵士達、そして私たちの領内に攻めてきた同じイングランド人の兵士達。

数百──いや数千の男達が私を睨み罵詈雑言を浴びせてくる。私がそちらに堕ちるのを今か今かと待っている。

 

「あそこにいる彼らは私が殺した男達だ。私は人生で数え切れない程の命を奪ってきた」

 

ジャネットは悲しそうな顔でこちらを見ていた。

 

「───君の所に行くために、私は自分の罪を償わなくてはならない」

「そう…」

 

ジャネットは私に近づいてきて、口を開いた。その声は震えているように感じる。

 

「手を血で濡らしたのはあなただけじゃないよ?生きていくためには仕方なかったんだよ?」

「…確かに私の行いは仕方なかったのかもしれないが、それでも彼らは私を許していない」

「…っ」

 

苦虫を噛み潰した様な表情をしたジャネットは一度目を閉じ、再び開けてから私に言う。

 

「…あなたの償いが終わってもう一度私と会ったら、また一緒にいられる?」

 

もしもそんな奇跡が起きるのならば、私は彼女に対等の立場で接することが出来るのだろうか。もしそうなったとしたら、悪く無いかもしれない。

 

「あぁ…必ず約束しよう」

「なら決まりだね!」

 

そう言うと彼女は小指を突き出した右手を私の前に出す。これはいつか私と彼女がやったゆびきりげんまんだろう。

私はジャネットと小指を絡め、彼女が詠唱し始めた。

 

 

 

 

「───指切ったっ!昔した『また話そうね』っていう約束は守ってくれたんだから、今回も守ってくれるよね!」

 

ジャネットは笑って言い切った。私たちはもう死んでいるのだから、再会できる可能性なんて普通は無いだろう。

だというのに、彼女の言ったことは本当に実現するかもしれないと思わせるのだからこの少女は凄い。彼女だからこそフランスの男達は命を賭けたのだろう。

 

気づけば、炎が私たちの足元まで迫ってきていた。この場に留まれば彼女まで飲み込まれてしまうだろう。

別れの時間はすぐそこだ。

 

「さぁ、もう行け。このままでは君まで堕ちるぞ。そうなってしまえば…私が申し訳なさで参ってしまう」

 

別れ際くらい笑っても良いだろう。私はジャネットに笑いかける。

すると彼女は私に近づいてくる。一歩、そして二歩進んだところで止まった。私達の距離は、もう少しで互いの身体が触れ合う程近い。

 

「…何をしている?早く行くんだ」

「もう…分かってないなぁ。こういう約束をする時何をするのか知らないの?」

 

勉強は何でも知っていたのにね、と笑う少女。その顔は輝かんばかりの笑みで満たされている。

 

私は昔、ジャネットがこういった顔をしたのを見たことがある。

 

 

 

 

 

『どう?驚いたでしょ?』

 

私が畑仕事を終わらせて家に帰ったら、入り口で待ち伏せていた彼女が私を驚かせてきた時。

 

 

 

 

『あははは!冷たくて気持ち良いね!』

 

ジャネットら村の子供達を連れ森の奥に釣りに行った時、私は彼女に悪戯で湖に落とされた。結局私たちは全員湖の中に入って遊び、夏の暑さを吹き飛ばしたのを覚えている。

 

 

 

 

他にも沢山あるが、とにかく言えることはジャネットは悪戯をし、私の反応を楽しんだ時に決まってあの笑顔をする。

つまり今から彼女は私に何かを──

 

 

───何か柔らかいものが唇に触れる

 

私がそれを何なのか把握したのは数秒後だった。

ジャネットは顔を赤らめ私を見ている。そして笑顔のままで口を開いた。

 

「またね!何十年───何百年経っても、待ってるから!」

「…そうか。───ありがとう」

 

彼女はどこまでも先に広がる野原に向かって走り出した。

その時ちらりと見えた横顔は泣いているようにも見えたが、もう確かめる術は無い。

 

───私の足に、そして下半身に黒い炎が絡み付く

 

数千の兵士達はその身を黒い炎に変え、私に殺到してくる。まるで生前の恨みを晴らすかのようにその勢いはどんどん増し、肌を、そして肉を焼かれる痛みが私を襲う。

それからすぐに炎は全身にまで及び、視界はそれによって包まれる────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

体を焼かれる痛みはいつまでも続いた。声にならない絶叫を一体どれだけ叫び続けただろう。

 

もう分からない。

 

恐らく、私の償うべき罪はこの何千、いや何万倍でも足りないのだろう。もしかしたら永遠に続くのかもしれない。

 

 

 

だが不思議と絶望はしなかった。

 

それは何故か?

そんなもの、決まっている。

 

 

一人の少女が私を待っているのだから───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以下、あとがきが少々長くなります。

【エデンの剣】…『アッティラ王の剣』『エクスカリバー』とも呼ばれ、チンギス・ハーンやジャンヌ・ダルクといった歴史上の人物の手に渡っていたと言われている古代文明の遺産。

『Fate世界とアサクリの世界観って似てるな』と思っていたら、まさかのジャンヌも所有者の一人だったと分かり、『これは書かねば』となりました。話の幅も広がりそう。

主人公の手にしたエデンの剣はセイバーやアルテラの宝具とは似ているけど別の物という、アサクリ世界とは違う独自設定もあったり。

ちなみに主人公にはこれを扱い切る程の力は無いので、もし宝具として登録されるのならば、使う度に体力がゴリゴリ削られる。

以上、長くなりましたがあとがきとさせて頂きます。
この作品を見て下さった方々、ありがとうございました。
あと少しだけ幕間みたいなのも書く予定です。

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