おちて……おちて……おちていく……   作:勇者部顧問

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山本友樹

「…………はぁ」

 

 僕の頭上では、朝の天敵……もとい、朝の味方であるアラームが、ひたすら一定のリズムで鳴り響いていた。

 その音は、僕の「もう少しだけ眠りたい」というささやかな願いを無視して、しつこく現実に引き戻そうとする。静かな部屋の中で鳴るその無機質な音は、空間そのものを揺らしている錯覚に陥るほど刺激が強かった。

 

「うーん……」

 

布団に深く潜り込み、少しでも音から逃げようと試みる。けれどそんな抵抗が虚しいことは自分が一番よくわかっていた。容赦のない電子音は、今もこの部屋を揺らし続けている。

 僕は仕方なく布団から腕を這い出させ、すべての元凶であるスイッチを探し当てて強引に黙らせた。

 そのまま二度寝したい欲求をぐっと抑え込み、身体を起こして大きく伸びをする。

 

「ふわぁっ……さて……と…………起きるかぁ」

 

ベッドからだらりと足を下ろし、半開きの重い瞼を懸命に持ち上げながら、僕は学校へ行く準備を始めた。

 

身支度を済ませてリビングへ顔を出すと、朝食の準備を終えた母さんと目が合った。

 

「おはよう友樹。ご飯できてるから、手洗いとか色々したらさっさと食べちゃいなさい」

「んっ……わかった」

「よろしい」

 

僕の短い返事に、母さんはなぜか満足そうに頷いた。素直に起きてきたのが良かったのだろうか。

 そんなことをぼんやり思いつつ、洗面所で顔を洗い、寝癖を適当に直してからテーブルにつく。

 

「いただきます……」

 

目の前には目玉焼きと味噌汁。いつも通りの、見慣れた朝ごはんだ。

 時計を見る限りあまり時間はないけれど、起きたばかりの身体では、少しゆっくりと口に運ぶくらいが丁度いい。黙々と箸を進めていると、母さんが壁の時計を気にする素振りを見せた。

 

「友樹、時間大丈夫?」

 

釣られて時計に目をやると、いつも家を出る時間より少しだけ針が進んでいることに気づく。

 

「今日寝過ぎたっけ……アラームの時間にはちゃんと起きたんだけど」

「まぁ起きて出るまで全く同じ行動するわけじゃないしね。少しご飯食べるのが遅かったり、寝癖直したり? とりあえず食器はこっちで片づけておくから、食べ終わったらすぐに出なさい」

 

言われて、僕は少しだけペースを上げて残りを平らげた。空になった食器を母さんに渡し、急ぎ足で玄関へ向かう。

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「んっ」

 

僕がドアを閉めるその瞬間まで、母さんは小さく手を振り続けていた。

 

道路脇に咲く満開の桜を眺めながら、歩きなれた通学路を少し早足で進む。

 いつもなら他の生徒の姿もちらほら見えるはずの道だが、家を出るのが遅れたせいか、見事に誰もいない。

 いや、一人だけいた。少し先の店の前で、同じ学校の制服を着たポニーテールの女子生徒が、お爺さんが落として散らばってしまったらしい荷物を拾い集めているのが見えた。

 手伝うべき場面なのかもしれないが、関われば遅刻するかもしれないし、何より面倒だ。僕はとくに気にするそぶりも見せず、そのままスルーして学校へと急いだ。

 

「うん、間に合ってるな」

 

教室の時計を見上げると、針は朝礼が始まる数分前を指していた。自分の席に座り、鞄の中から教科書を取り出して机にしまう。

 その時、隣の席から声がかかった。

 

「ねぇ、山本君、ちょっといいかしら」

 

声をかけてきたのは、僕の右隣りに座る女の子だった。

 五年生に上がってクラス替えがあったばかりだから、出席番号で呼ばれているのを聞いた気もするが、他人にそこまで関心がない僕はいちいち名前を覚えていなかった。

 

「えっと……」

「鷲尾須美よ。山本友樹君……で、あってるわよね?」

「あ、うん、それで?」

「貴方、今日は遅刻ギリギリで登校したでしょ? もう少し時間に余裕を持って行動しないと、いつか本当に遅刻をしてしまうわよ」

 

確かに、彼女の言う通り僕は遅刻寸前だった。いつもは少しだけ余裕はあるけどそれは言い訳にしかならないだろうし。波風を立てるのも面倒なので、彼女の忠告を素直に受け入れることにした。

 

「んっ、わかった。用はそれだけ?」

「えっ……え、えぇ」

 

他に用があるかもと聞いてみたのだが、特にないのか彼女はそれ以上何も言わなかった。

 だけど最後、何か言いたげな瞳をしていたのが少しだけ気になった。

 

(まぁ、いっか)

 

深く考えるのはやめて、僕は鷲尾さんから視線を元に戻した。

 もう間もなく始まる朝礼を待つ間、手持ち無沙汰になった僕は、ふと左隣で眠る少女に目を向ける。

 両腕を枕代わりにしながら気持ち良さそうに眠っているこの子も、今年初めて同じクラスになった生徒だ。乃木園子さん。

 他人の名前に興味がないはずなのに、なぜか彼女のことだけはフルネームで頭に入っていた。長い金髪が特徴的な、少し変わってる女の子。

 五年生になって同じクラスになってから、暇があれば乃木さんのことを見ているけど、乃木さんは基本、誰かと話すということをしない。

 暇な時間は全て眠っているし、授業中も良く寝ている。寝るのが大好きなのは幸せそうに寝息を立てている彼女を見ればわかることだけど、だからと言って寝過ぎだと思う。

 

そんな風に乃木さんのことを見つめていると、廊下から凄い足音が近づいてくることに気が付いた。

 その音は徐々に大きくなっていき、勢いよく教室のドアが開く。

 

「おっはよーー!! いやぁ間に合ってよかったぁ!」

 

飛び込んできたのは、さっき通学路で見かけたポニーテールの女の子だった。人助けのせいでギリギリになったのだろう。顔は知っているけど、やはり名前は知らない。

 そしてその騒ぎのすぐ後、廊下から担任の先生である安芸先生が現れ、騒がしかった教室はすぐに静かになる。

 

「はい、朝の朝礼始まるから……日直の人、号令をお願い」

「はい! 起立、礼────」

 

それが終わると、皆は一斉に身体の向きを変えて窓の方へと向く。

 いつの間にか乃木さんも目を覚ましていたようで、皆と同じように姿勢を正していた。

 

「────神樹様に、拝」

 

こうして、僕の変わらない日常は今日も始まるのだった。




席の順番を改めて記載しておきます。

窓側より、園子 友樹 須美となっており、原作で須美が座っていたところに友樹がいる形になりますね。
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