目を覚ますと、保健室のベッドで横になっていた。
「……なんで僕、保健室に?」
身体を起こして、思い当たりを探る、だけど寝起きのためか、なんでここにいるのか思い出せないでいた。
「山本君、起きたの?」
カーテンの開く音とともに、女性の顔がこちらをのぞく。
「おはよう、山本君」
それは保健室の先生がだった。
それでようやく、ここが保健室だということに確信を持つことができた。
「先生……あの、僕はどうしてここに?」
「体育館で倒れたみたいよ。なんでも、ボールに当たったとか、多分倒れた時に後頭部を打ったんでしょうね」
その言葉に、僕は少しずつ思いだした。
「でもまあ、無事でよかったわ。どこか痛いところはない?」
先生にそう言われ、軽く身体を動かしてみた。
特に痛みもなく、僕はそのことを伝えた。
「そう、もし何かあったらすぐに言ってね」
「わかりました、ありがとうございます」
先生にお礼を言って、僕は保健室を出た。
――――――――――
教室へと続く廊下を歩きながら、僕は体育の時間に言われたことについて考えていた。
それは、乃木さんのことについて。
この四国を支える、大赦において最高の権力を持つ『乃木家』のお嬢様。
それが乃木さんで、それに対し僕は、ただの一般人。
乃木家のような凄い権力があるわけでもないし、何か才能があるわけでもない。
「はぁ……」
自分に思わずため息を吐いてしまう。それから僕は考えるのをやめ、ただただ教室へと向かっていた。
教室に着くと、中はとても静かだった。おそらくもう誰も残ってないんだろう。
そう思って扉を開けるとそこにはまだ、残ってる生徒が一人だけいた。
「あれ、なんで……」
それは、乃木さんだった。
なんでか誰もいない教室で一人、机に伏せて眠っている。
帰り支度を始めるため、自分の席へと向かおうとしていたはずが、僕の足は気づけば乃木さんの元へと進んでいた。
「僕は……どうしちゃったんだろう」
体育の時に言われたことが原因なんだとは自分でもわかっている。先生と話したあの時から、僕は何かおかしい。
その正体が何かはわからないけど……
ただわかることは、僕はあれから、乃木さんのことばかり考えていた。ということ。
だけどそれだけだ。
自分の気持ちも、自分がどうしたいのかもわからない
わからないことだらけで、そんな状態だからか、僕はただ、黙って乃木さんのを見つめることしかできなかった。
「僕は、どうしたらいいんだろう」
そんな僕のつぶやきによってか、乃木さんの肩がぴくりと動く。
彼女は瞼がゆっくりと開き、目の前にいた僕と視線が交わった。
「あっ山本くん、おかえり~、もう大丈夫なの~?」
「う、うん……」
心配してくれた乃木さんに、軽い返事しかできないでいた。
何か言わなければいけない。そんな気がしてならない。
そんな意思とは別に、僕の口は思うように動かない。そんな僕に乃木さんは何も言わない。
それからしばらく、沈黙が続く。それは一分、いや十秒程度だったのかもしれない。
だけど僕にっとては、これ以上ない程に長く、そして重く感じた。
そしてとうとう、乃木さんの口が開いた。
「ねぇ、山本くん」
顔を見ることができなかった。何かに怯えている。そんな気がした。
そんな僕に対して、乃木さんは、今僕の悩みの核となっているだろう言葉を口にする。
「体育の時、言われたんだよね。私の家のこと」
「……えっ」
なんで、どうして、乃木さんがそれを知っているのか。
「やっぱり……そうなんだね」
「……うん、どうして……」
最後まで口に出せなかった僕の言葉を、乃木さんは察し、答える。
「私ね、こう見えても勘はいい方なんだ~。それでね、山本くんの雰囲気が急に変わってるのを見て、もしかして~、って思ったの」
そうして彼女は微笑んだ。
「そしたら、当たっちゃった……」
その時僕は、初めて理解した。
乃木さんが無理をしていることを、そして、心に傷を負ってしまっていることを。
だって――
「あ、あれ、おかしいな……なんでっ」
乃木さんの瞳は、涙で溢れていたから――
「乃木さん……ごめん、ごめん……」
僕は、乃木さんが泣き止むまで、ただひたすら謝ることしかできなかった。
そうしてだいぶ時間が経ち、乃木さんは落ち着きを取り戻し、いつの間にか僕も緊張をしなくなっていた。
「私ね……初めて山本くんが声をかけてくれた時、嬉しかったんだ~」
「そう、だったの?」
「うん、多分だけど、私が寝てても、起こそうとする人いなかったでしょ?」
「そんなことは……」
そこで僕は思いだす、あの時の光景を。
あの時僕は、乃木さんに話しかけることがなんだか恥ずかしくて躊躇していた。他の男子もそうなのだと思っていた。
だけど実際は、違ったんだ。
僕以外は恥ずかしかったんじゃなくて、ただ、乃木さんの睡眠を邪魔することに抵抗を感じていたんだ。
「まだあの時は、私のせいで着替えれないからって思ってたんだ。仕方なく話しかけてくれたんだって。期待しちゃうと、違ったとき悲しくなっちゃうから……、でもね、山本くんが着替えを持ってきてくれて、一緒に着替えようって言ってくれた時、わかったんだ、山本くんは違うって……、だけど……ね……」
乃木さんの声が、少し、小さくなる。
「私が次に声をかけてもらった時には、なんだか様子がおかしくて……あぁ、多分これ、だめだったんだなぁって……」
乃木さんはそう言いながら、また涙を浮かべていた。
「乃木さん……僕ね、先生に言われたの、乃木さんと仲良くなることの意味について……それでね、乃木さんとは仲良くなったらだめなのかな、どうなんだろって……僕はどうしたいんだろってずっと思ってた」
園子は何も言わず、静かに聞いていた。
「結局答えはでなくて、今もわからない……けど、わかることもあった」
「わかる、こと?」
「うん、それはね、乃木さんが僕のことを嫌ってなかったってこと」
「なんで……私が嫌ってると思ったの……?」
「僕ね、怖かったんだと思うんだ。乃木さんと仲良くして、乃木さんに嫌われるのが」
「えっ?」
「先生の話を聞いてから、乃木さんがすごい遠い存在に思えてね、僕なんかがって、そう思ってたんだと思う」
「……」
「だけどね、実際は違った。乃木さんの話を聞いたらそれがわかったんだ……だからね」
今度はしっかりと、乃木さんの瞳を見る。
その瞳はまだうるんでいて、顔もどこか下を向いている。あまり身長差がないはずなのにも関わらず、乃木さんの身体はとても小さく見える。
そんな乃木さんを助けたい。救ってあげたい。
いや、違う……僕は――
「僕と、友達になってください」
彼女と一緒にいたいと、そう思っていた。
「あぁ……ぅ、うん……うん!」
乃木さんは泣いていた。だけどそれは、さっきまでの涙とは違う気がする。そんな気がした。
そんな中、乃木さんは顔を上げる。そして――
「これからよろしくね、ともちゃん!!」
とびきりの笑顔を向け、僕に飛びついた。