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魔法使いの家系だった、祖母が私に話してくれたことを思い出した。
遥か遠くの国からこの地へ移り住んだ私の先祖は、数代経て魔法力を失った。
異国のこの土地が合わなかったと考えられているが、真実は定かではない。
ただ、私が強い魔法力を持って生まれたのはかつての魔法使いの家系だったからだと考えられていた。
何度目かの戦争への招集がかかり、類稀な魔法力を見初められて勧誘を受けた。
強制ではなく任意だとその部隊の隊長さんは言っていた。
家族は反対したが、私の意思は別にあった。
父の足を患わせた憎むべき存在と戦うことに抵抗を感じていなかった。
私が生まれ育ったこの国を、この港を守ることができるのならば、と勇気が湧いてくる。
私の答えに父は悲しい目をしていたのが印象的だった。
父や祖父は戦争を知っている。
国と国、人々と人々とが起こす戦争、私では想像もつかない。
どうやら近い内に戦争が始まるらしい。この国の中で。
隣の国はなくなる寸前なのだと聞かされた。
学校を辞めて軍学校へと通うことになった。
家族や友達とはしばらく会えなくなる、でも戦争が終わったら一杯お喋りしようと約束した。
物心ついた時には一緒にいた――と――――――――――――――――――
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目を覚ますと部屋はまだ暗く、日の出前だと気が付いた。
ベッドから体を起こし、伸びをしてから立ち上がる。
夏に入って間もなく、海がすぐそこに広がっているドーバー海峡のこの基地は無視ができない暑さになってきていた。
まず最初に感じたのは体の軽さだった。
毎朝怠かったというのに今日は快調だった。
夢を見る時期が過ぎつつあるようだ。
夢での時間は進み、とうとうあの少女がウィッチになるために軍へ入るところになっていた。
どうやらあの少女はウィッチの適性を知ってから軍へ志願したそうだ。
それと。
それと、なんだったか。
どうやらまだ少し眠気が残っているらしい、顔でも洗って来よう。
□
調子が戻り、これまで通りに軍務を行えると改めてヴィルケ中佐に伝えた。
わざわざ伝えたのは自分なりのけじめのためでもあった。
彼女は気を悪くすることもなく、軍務に戻ることを了承してくれた。
彼女の下に訪れたのはスケジュールのすり合わせのためだった。
「既に知っていると思うけれど、近い内に近隣の村と親睦会が開かれます。
開催時期はネウロイの襲撃に左右されると伝えて了承を得ています。
現地にて数名の国防市民軍と連携して開催することまでは決定しました」
国防市民軍とは地域防衛のための組織だ。
退役軍人や兵役免除者などで構成されている。
村出身の国防市民軍もいるかもしれないが、大抵は一定以上の階級の者が派遣されてくる。
今回も例に漏れずそうなるだろう。
親睦会の企画についてはルッキーニ少尉が考案していると伺っておりますが。
「ええ、全てではないけれど、彼女の裁量が試されることになるわ。
ウィッチ総出で行きたいけれど、有事のために基地にはバルクホルン大尉、ハルトマン中尉、リトヴャク中尉を残すことまでは決定済み」
中佐は自分の執務机から何かの書類を取り出した。
親睦会の企画書だった。
ルッキーニ少尉が書いたのだろう慣れないような文字で事細かに書かれている。
「親睦会の開催に当たり、ストライカーユニットと共に数名の整備班も同行させます。
少尉も来てくれないかしら、貴方がいると心強いわ」
強制ではなくあくまで任意でと彼女は言った。
断る理由もないが、どこか裏があるような言い方だった。
承知致しました。
是非お供致します、中佐。
上司の頼みを無下にする部下などいるはずもない。
それ以上に命令でなくともヴィルケ中佐の頼みを断ることなどあるはずもなかった。
可能性の話だが、村にウィッチのことを快く思っていない人がいるかもしれない。
村から501に直接来る苦情はないが、ブリタニアから軍に向けられた苦情は数多く存在する。
あ、嘘。
そういえば先週に宮藤軍曹が村の麦畑に墜落して大穴開けてるわ。
今までも馬小屋や鶏小屋にストライクして半壊させてたりと大事にはなっていないが反省文を書いていたのを続けて思い出した。
詫びを入れるくらいはしなければならないが、下手に出られないのが軍というものである。
もちろん壊れた小屋は直したし書面で謝るような旨は伝えられているが、実際に赴いていない。
体よく詫びを入れられる親睦会はやはり必要なことだったと改めて感じた。
□
翌週、親睦会前日。
恒例になってきている蔵書室でウィッチの資料を読んだ後、遅めに昼食を食べに食堂へ向かった。
食堂ではユーティライネン少尉がカードを机に広げ、暇そうに背を椅子に預けていた。
イェーガー大尉もだが親睦会の前だというのに結構時間がありそうな雰囲気だ。
宮藤軍曹やビショップ軍曹は料理を振舞うらしい。
事前準備は機材や食材くらいだが最後の練習として今日の昼は彼女らの作り置きの料理だった。
俺は親睦会では同席する整備兵数名と同様に風船を膨らませたりする裏方に決まったが、彼女は何の出し物をするのだろうか。
「何か用でもあるのか?」
視線に気が付いたのか半眼でこちらを睨んだ。不躾だった。
失礼しました、と厨房にトレーを返して彼女の向かいに座る。
ユーティライネン少尉は親睦会で何をされるのですか。
「わたしが暇そうだと思って言ったろ」
そんなことは。
で、何をされるのですか?
「秘密」
どうやら用意は終わっているらしいが。
なら訓練もないし座学もないし、時間を持て余しているのだろう。
やっぱ暇なんじゃね、と言えば機嫌が悪くなるのはわかり切っているので、心の内に留めておく。
「お前、今視線を」
ところで少尉、タロットカードを眺めていたようですが、何かあったのですか。
「…まぁいい。
何かって、占いをしていただけだ。
気になるか?
よーし、なら今から少尉のことを占ってやろう」
俺の返事を待たずに彼女はタロットカードを集めてシャッフルしだした。
暇潰しでもしていたのだろうなとあたりを付けて茶を啜る。
ユーティライネン少尉は未来予知の固有魔法を持っている。
ただ、占いはそれとは別なようで全然当たらないらしい。
当たりそうだと先入観を持っていたが、当たらないことで基地の間では有名である。
聞いた話なだけで俺は占ってもらったことは一度もないが。
彼女はタロットカードを円を描くように並べ、最後の一枚を中心に置き、捲る。
「おー!
喜べ少尉、恋人のカードだ」
6の番号が書かれたカードが表返った。
彼女から見て正位置、信頼、絆など良い意味だったはずだ。
良いことが起こりそうですね。
いやぁ、運がいい。
猛烈に嫌な予感がする。
悪い意味だった方が逆に安心感を得られたかもしれない。
失礼します、と伝えて他のカードに目を通す。
22枚の大アルカナのタロットカードだ、久々に見るが現代のそれとは何も変わらない。
こういう時は何かで相殺するに限る。
ユーティライネン少尉、今度は私が貴女を占いましょう。
「え、やだよ」
そう言わずに、私も昔にちょっとばかりかじっていたもので、やり方は知っています。
自分自身で占うよりも他人に占わせてみても面白いのでは。
「わたしは誰かを占うのは好きだけど、誰かに占ってもらうのは。
いや、占ってもらうこともあるけどさ」
じゃあリトヴャク中尉を占いますね。
「やめろ!
じゃあってなんだじゃあって。
サーニャをそんな扱いにすんな!
させるか、やるならわたしをやれ!」
なら始めますね。
22枚のカードをシャッフルする。
最近になってようやくわかり始めたのだが、彼女はリトヴャク中尉を引き合いに出されると稀に知能が著しく下がる。
以前に屋上に呼び出された時もそうだったが、彼女は感情の振れ幅が大きい人のようだ。
ネウロイに対してシールドなしで戦うところから持っていたヤバイ女というイメージは壊されつつある。
クールな一匹狼というイメージは既に壊れたが。
少しは彼女のことが理解できてきたのかもしれない。
シャッフルして円形に並べて残ったカードを中央に置く。
おや、節制の正位置ですね。
意味は確か、静観でしたっけ。
「放っておいても物事がうまく行くってことだ。
…逆に不安になってくるな」
親睦会で何の出し物をするか詳細は知りませんが、放っておいても大丈夫なものなのですか?
トラックに積む荷物から大体は予想ができる。
台本などを用意していないところから見るにやはり彼女の故郷であるスオムス関連だろう。
慣れ親しんだことならばアドリブで対応ができる。
「仮にわたしの出し物がダメになったとしても、風船配りなり裏方なりやれば済む話だし」
そうですか、でも、もしそうなったら残念ですね。
私も親睦会へ行くことになりまして、整備班と同じく裏方で人数は間に合ってます。
やるとすれば表で風船配りになると思いますが。
「ならそれでいい」
親睦会には消極的なのだろうか、少し不安になる。
ただ、もしもそうなら基地に残ると彼女ならば言うはずだ。
何かしらの狙いがあるのかもしれない。
ああ、そうだ。
整備中…広報部から貴女方の姿を写真で撮るのを熱望されておりますので。
当日はカメラを持っていきます。
頑張ってくださいね。
―――ところで、クロステルマン中尉の出し物はご存じで?
「知ってる知ってる、ペンギンの着ぐるみで風船配りだろ。
よくやるよ。
でも親睦会も歴とした任務の内なんだ。
あれも必要なことだな、うん」
そうですか。
私も全力でサポートします。
もしも風船配りになれば、クロステルマン中尉と一緒に頑張ってもらいますので、よろしくお願いします。
話は変わりますが、少尉はオカルトについて明るいと小耳に挟んだのですが。
「スオムスにいた頃からの趣味みたいなものかな」
彼女がオカルト関係に詳しいのは周知の事実でもある。
聞きたいことは山ほどあったが、幾つも質問すれば気を悪くするかもしれない。
そもそもオカルトという言葉は多義的だ。
俺の聞こうとしている内容と噛み合わない可能性も高い。
聞くならば簡潔に、かつ、広く、浅く。
神話やおとぎ話については詳しいですか?
それが実際にあった出来事なら眉唾ものなのですが。
「話が広いな。
例えば世にある童話の幾つかは実際にあった話を子供に聞かせるために差し替えてある。
それと同等のことが神話やおとぎ話であるかもしれないし。
詩的な小説家が作ったものが神話だの呼ばれているかもしれない。
神話が本当に存在するなら世界は鶏の卵から生まれたことになるぞ?
もしくは神様が七日間で世界が創ったり。
何か気になることでもあるのか?」
めっちゃ饒舌になったわ。
内容がしっかり理解できるあたり俺も俺でなのだが。
現代のようなインターネットがなく図書館の本もまちまちなこの時代からすると相当好きなのだろう。
前置きは予想以上に効果があった。
既にわかっていることだが、この世界は俺が元居た世界とは違う。
歴史もあまり詳しくはない俺であるが、伝説やおとぎ話の中にも違いはあった。
具体的な違いの一つとして魔法使いは魔女として女性に置き換わっていることだろうか。
例えばこの地で有名な円卓の物語でも王に仕えた魔術師が女性に置き換わっている。
探せば他にもあるだろう。
この世の魔法使いは男性ではなく、女性だということは断言していいのかもしれない。
そこまで一通り思い起こしてから口を開いた。
呪いについて知りたいのですが。
私の読んだ伝記では魔法使いよりも呪い師が多かったので。
魔法使いについては貴女方の存在がありますし、なら呪いは、と。
「ああ、そっちか。
恨みや辛みの呪いは存在するかもしれないな。
まず魔法=呪いって見方ができるし。
実際に見たことは…まぁ、うん」
もし呪いが存在するならば西側は呪いで溢れ返っていることだろう。
実際に目の当たりにしていないのでそれが事実かどうか確かめる術はないが。
ただ、オラーシャやスオムスという最前線を経験している彼女が言うのだからやはり存在しないのだろう。言葉を濁された気もするが。
ウィッチ全てができるわけではないということなのかもしれない。
先日の憑依事件からそういう才能を持つウィッチであれば可能なのではないかと思っている。
あの少女は家族全員をネウロイに殺されている。
敵であるネウロイを倒した後で少女は息を引き取ったが、強い恨みを持った状態で死んだと言えなくもない。
心苦しいがあの少女には呪いの才能があった、ということではないだろうか。
ただの推測に過ぎないが、自身の身に降りかかっている倦怠感と少女の記憶は呪いやそれに近い何かではないかと考えている。
ならば解呪するまでのこと。
ただその方法は一切の手掛かりがない。
ユーティライネン少尉の話で進展するかもしれないと思っていたが、そこまで詳しく知っているわけではなさそうだ。
「ただ、使い魔との契約は魔法というよりも呪い(まじない)寄りだろう」
少しだけ落胆した気持ちで彼女の話に相槌を打っていると使い魔の話になった。
のろいとまじない。
意味は同じだが前者は悪い意味で用いられることが多く、後者はその逆で良い意味で用いられる。
蔵書室で知ったことだが彼女らが契約している使い魔は精霊らしい。
実際にいる動物とは異なるようだ。
「使い魔と言えば宮藤のは特に自己主張が強いな」
自己主張、ですか。
どうやら私は精霊や使い魔が見えないようです。
どんなことをしているのですか。
「あー、うん。
宮藤本人に聞いてみるといい。
少尉相手なら表に出てくることもないだろうが」
話が逸れているがここで呪いについて再度聞くのは不自然か。
彼女の口振りでは呪いについてはそこまで詳しくなさそうだ。
それから以前ルッキーニ少尉がやったダウジング占いやダイス占いについて話を触れ、昼休みの終わりが近付くと手をひらひらさせて彼女は食堂を去って行った。
やはりルッキーニ少尉の憑依事件は彼女が絡んでいたようだ。
ただそれは偶発的なものだったらしく本当に憑依するとは露程も知らなかったらしい。
一回目はそうだろう、二回目以降は本当にそうなのかは疑問である。
昼の時間も終わりが近付き、午後の予定のために食堂を出た。
進展がないという収穫があった。
親睦会のため明日は忙しくなりそうだ、済ませられる用事は早めに済ませておくべきだろう。
ステージや屋台は丁度今頃整備班が村の広場で設営している。
考えながら廊下を歩いていると突然背後から両肩を掴まれた。
誰だ、と思ったが掴まれてすぐに肩が悲鳴を上げている。
バルクホルン大尉とエンカウントしたのは明らかだった。
叫び声を上げたくなった。
「聞いたぞ少尉、親睦会に写真機を持って行くそうだな」
そうですけど。
正面に向き合ってなお肩を握り締め直した彼女を見て、決して逃げることなど不可能な状況だと理解した。
「頼みがある。
撮った写真の中から何枚か融通してもらいたいのだが」
バルクホルン大尉はひどく興奮した面持ちで肩を揺すってくる。圧がすごい。
この人こんな人だっけ、いや、こんな人だったかも。
わかりましたと答えると彼女は満足したようで去って行った。
今にも小躍りしそうな後ろ姿だったと付け加えておこう。
□
翌日、早朝に2台の軍用トラックが基地を出発した。
彼女らが各々に用意した出し物を詰め込んで出発したが、やはりトラックの荷物でメインとなるのは宮藤軍曹とビショップ軍曹の料理の材料だろう。
積載量が違う。
片方のトラックに出し物の荷物が丁度乗り切ったくらいだ。
村の住人が腹いっぱいで満足できるような量だった。
もちろんその中には俺たち501の分も含まれている。
もう片方にはストライカーユニットが積載されている。
不測の事態のためだが、3機の内1機はイェーガー大尉が村人にユニットの解説を行うそうだ。彼女の出し物だった。
トラックの移動で少し時間が空いた。
特にやることもなく、彼女らと話すこともない。
目を閉じて、この後の段取りを思い起こしているとユーティライネン少尉の言葉を思い出した。
宮藤軍曹の使い魔は特別自己主張が強いそうだ。
使い魔について聞こうかと思ったが既に彼女らは彼女らで談笑していた。
急ぐ理由はあるが、使い魔に関しては疑問を晴らすためではなくほとんど興味本位だ。
また今度聞こうと再び目を閉じた。
そういえば、あの少女の使い魔はどんな精霊だったのだろうか。
契約主が死亡した場合、使い魔はどうなるのだろうか。
答えの出ない疑問を思い浮かべながら、トラックのエンジン音と彼女らの他愛のない話し声を聞き流して時間が過ぎた。
クロステルマン中尉は基地を出る前からペンギンの着ぐるみを着ていた。
意識が高い。
□
「第501統合戦闘航空団、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です」
村の中央に位置する広場で出迎えられた。
中佐が先んじて彼らに名乗り敬礼した。
村側は国防市民軍が数名前に出て同様に名乗った。
そして。
「トリビューン紙のオーウェルです。
今回の親睦会の取材をさせていただきます」
ヴィルケ中佐と坂本少佐の顔が一瞬固まるのがわかった。
空気が張るような緊張感、ただの一瞬だけそう感じた。
それくらいのことは来るのではないかと思った、まぁ、ある種の宿命というか。
親睦会の話は大々的には伝えられていない。
あくまでこの村と501の間、加えて国と民の心象を良くするためのものだ。
中佐がどこで知ったのかを尋ねると彼は守秘義務があると返した。
どうやらどこからかメディアが嗅ぎつけたらしい。
記者も十人十色である、決めつけは良くないがこういう場合はどんな人間がくるかなど、
「あんな小さな子たちを戦場に駆り出し、棺桶に片足突っ込んでいるような大人が、安全な場所で金勘定。
……士気は下がりませんか?」
どうやら仕事熱心な記者さんが来たらしい。
「あの子たちはこのブリタニアの危機を救うために、自ら志願して集まった勇敢なウィッチたちです。
その力を多くの人を守るために、という気持ちに一片の曇りもありませんわ」
「その力を多くの人を守るために……確か、ストライカーユニットの開発者の一人、ドクター・ミヤフジの言葉ですな」
中佐と記者が早くも火花を散らし始めた。
流石中佐というか、露骨な挑発や失言に対しても全く声色を変えない。
逆に怖いんだが?
「――いろいろと取材、重ねてますからねえ。
ウィッチーズと、その上官であるトレヴァー・マロニー大将との不仲説なんぞも。
ダウディングの遺産である貴女たちは、マロニーから……」
彼の推論は概ね事実だった。
しかしそれは正直言って、推測や憶測を重ねれば辿り着くような話である。
そういったスキャンダルの真否を確かめるのも彼らの求める情報だろう。
ただそれは相手が軍関係者であっても答えることができない。
「さあさあ、もういいでしょう?」
助け舟を出したのは俺でも坂本少佐でもなく、国防市民軍の男性だった。
社交辞令は既に逸脱しているのは誰が見ても明らかだ。
先程も名乗っていた中にいた彼はガレット少尉だ。
良かった、どうやら国防市民軍は記者とは通じていないらしい。
広場での紹介を切り上げ、各々が出し物の用意に取り掛かった。
中佐は国防市民軍の誰かと一緒ならばあの記者も迂闊に話しかけられないだろう。
「は~い、じゃあ、芳佳とリーネは屋台に行って料理にかかって!
中佐と少佐はステージ裏に回ってください!」
広場には既に設営が終わった屋台やステージがあり、あとは彼女らが始めるだけとなっている。
ルッキーニ少尉を中心として彼女が指示を出していく。
たばこを巡って走り回った日からそこまで長い月日は経っていないと思っていたが、成長を感じさせる立ち振る舞いを見ていると込み上げるものがある。
打ち合わせ通りに整備中隊と共にステージの裏で風船を膨らませる。
「おーい、少尉。
風船の膨らませ方教えてくれ」
しばらくするとユーティライネン少尉がステージ裏にやってきた。
自分でも出し物がダメになったら裏方をやると言っていた。
案の定ということだろう。
風船作りもだが容赦なくクロステルマン中尉の隣で風船配りをやってもらおう。
きっと普段以上に疲れるはずだけど。
阻塞気球もだが、風船を膨らませるこのガスはヘリウムではなく水素。
言うまでもなく爆発する代物である。
ヘリウム自体は存在しているが、気球や風船には水素の方がまだ主流で普及している。
この会場で使う風船も例に漏れなかった。
規制自体は始まっているはずだが。
水素の詰まった容器には火気厳禁とでかでかと張り紙がしてある。
それを後目に軽く雑談しながら整備班の数名とユーティライネン少尉とで風船を膨らませているとふいに彼女の手が止まった。
「少ししたら記者が来るぞ」
未来予知で察知したのだろうか。
この親睦会で一番警戒すべき相手は彼以外にいないから。
裏手にいる整備班と顔を見合わせる。
少なくとも彼と話をしたいと思う人間はこの場にいなかった。
相手をしないのもいいし、避けてこの場を移動するのもいいが。
毎回彼女に予知してもらうわけにはいかない。
彼女の未来予知は長期的なことは読めない。
何も言っていないが、もしかしたら先程から何度も未来予知をしているのかもしれない。
どれだけの魔法力を消費するのかわからないが、一日中してもらうわけにはいかない。というよりもできないだろう。
頼りになる安全策だが彼女の魔法力を減らすのは明らかに良いことではなかった。
ユーティライネン少尉、申し訳ないのですがしばらく私の仕事をお願いします。
用事が出来ました。
「別にいいが。
…おい、なんだそれ?」
ペンギンの着ぐるみです。
本当は貴女へのプレゼントだったのですが。
一応私が着れるようにもできますので。
「……聞いてないんだけどさ。
それ、わたしに着せるつもりだったのか?」
はい。
夜なべして作りました。
サプライズプレゼントです。
「ぶっ飛ばすぞ。
……足が隠れてないんだが。
生身丸見えだぞお前。
どれだけ足の長いペンギンだそれ」
急造でしたが貴女用に作ったつもりでしたので。
私が着ることになったので良かったじゃないですか。
ほら、節制の正位置。
「恋人は決まりだな、少尉?」
地面に唾を吐きかけたくなった。
□
「……ど、どうも」
裏手への入り口でペンギンの着ぐるみを着て風船を持って立ち尽くしていると話しかけてくる人がいた。
記者のオーウェル氏だ。
嫌そうな顔をしながらも仕事熱心な彼は俺の目の前に立ちふさがった。
何か?
「あー、コホン。
先の撤退戦の功労者の英雄殿。
そのー、話したいことがあるので、それを脱いでもらえませんかね?」
それはできませんね。
これを脱げば職務放棄と見なされてしまいますので。
「いじめとか受けていらっしゃる??」