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先程から広場を横切る村人から視線を釘付けにできている。
ペンギンの胴体に人間の足ならそりゃ。
軍服の上から着込んでいるが、いっそ脱いで青色か白色のストッキングでも履いてくるべきだったか。
いじめかどうかは丁重に否定しておいて、オーウェル氏と村を歩きながら話すことになった。
心底嫌そうな顔をしているが誘ってきたのは彼である。
俺としては彼と話すことは避けたいことだった。
だが他の面子が揚げ足を取られ、紙面に載ることも避けたい。
それで話とは?
この姿は心理的有利を取るためだ。
まともに話さないと相手にわからせるためとも言える。
俺が話せる軍の内部事情などほとんどないが、ちょっとしたことでも漏らせば軍法会議になるかもしれない。
この姿とノリで、全力で惚けるしかない。
オーウェル氏はしぶしぶといった具合だったが懐から手帳とペンを取り出した。
「実際のところどうなのですかね?
マロニー大将とは上手く行っていないのでは?」
さぁ?
私は下から数えた方が早い士官クラスでありますので、その辺の事情はさっぱりなもので。
しかし、上手く行ってなければ部隊は解散となるのでは?
何せ彼はヴィルケ中佐の上官の一人だ。
「解散させて大将自身が国から信頼を失ってしまえば意味がない。
機会を伺っているのではありませんか。
彼女らが大きな失態を犯せば解散となる可能性も」
大きな失態ですか。
いけない、言葉を濁すくらいで惚けられる内容じゃない。
実際にマロニー大将は問題事が起きればすぐにヴィルケ中佐に電話を入れてネチネチ小言を言ってくる。
中佐の蟀谷あたりがたまに太い青筋を浮かせているのですぐにわかる。
最近はずっと実績を盾に反撃できているそうだが。
ウィッチたちは確かに彼の言う通り精神面でも不安定かもしれないが、余りある成果を出し続けている。
ルッキーニ少尉あたりの大将への所感は嫌味を言うおっさんなのかもしれない。
「もしや解散すれば国の防衛がなくなるからあり得ないと思っていらっしゃる?」
そんな甘い考えは持ち合わせておりませんよ。
その場合どうなるかは私には予想できませんが、中央ならば代わりの部隊を用意するかもしれませんね。
「簡単に言いますねえ。
本気で代わりの部隊が用意できると考えているのですかね。
どの部隊も人員面で余裕がないということは最前線を取材する記者なら誰でも思いつく。
501のウィッチたちを各国各地へ戻したとして、再編するほどの人材をあの大将がすぐに確保できるかわかりませんよ。
貴方ならそのくらい、わかりますよね?」
その通りだと思った。
上の連中の内部事情はわからないが、他の基地へ連絡を入れることがある故に各地のひっ迫具合には多少理解があるつもりだ。
マロニー大将の態度は記者からすると理解できないのかもしれない。
替えが利かないのに国防をしている501と不仲なのだから。
表面上だけでも友好的にするべきだろう。
軍内部だけでなく外部のメディアでも気付かれるくらいに露骨になっているのかもしれない。
501が解散してから思いつくのがマロニー大将の息のかかるウィッチたちで構成される部隊と交換することだろう。
マロニー大将のことを少しでも知っているならわかるが、彼はウィッチ自体を快く思っていない。
彼の息のかかるウィッチなどほとんどいないだろう。
だからこそどうするのか、メディアが気にしているのはそこなのかもしれない。
それに俺には他に心当たりがある。
ウィッチに替わる兵器だ。
それがどんなものかまだわからないが、大将は自信があるのだろう。体面がおざなりになるくらいに。
まだウィッチに替わる兵器のことは漏れていないだろうが、このままだと気が付く記者が出るだろう。
もう既に噂くらい出ているかもしれない。
それの開発が終われば501はすぐにでも解散するだろう。
そんなことに501の俺が加担しているのだから、笑えない。
死ねばいいのに。
「もし本気でそう思っているなら幻滅だなぁ。
貴方のファンだったのに」
□
丁度村の広場をぐるりと一回りした。
ヴィルケ中佐や坂本少佐はステージで用意しているが遠巻きに俺と彼の姿を見ているだろう。
ファンという言葉に足を止めてしまった。
俺個人に向けての言葉は久しぶりだった。
この記者が過去に俺の素性を洗っていてもおかしくはなかった。
その反応を見て彼は言葉を続ける。
「貴方のことも私らの間ではとても有名だ。
誰もが絶望していた撤退戦で民間人の乗る船を守り切り、かつ兵士の帰還者も数名出すことができた。
それを指揮し成し遂げたのがまだ若い新人士官ときた。
加えて終いには巨大ネウロイを撃墜だ。
まさに獅子奮迅の活躍。
是非話を伺いたいとかねがね思っていたので」
撤退戦のすぐ後に何度も経験したはずのそれは、俺という個人に対する評価だった。
叩けば埃がたくさん出そうだ、と俺には聞こえた。
嫌な記者だ。
撤退戦の後、多くのメディアから取材を受けることになった。
どんな経緯や思惑があったにせよ、世間で俺は撤退戦で功績を残したと報じられていたから。
英雄だの歯の浮いたような言葉で褒めちぎられたこともあるが、俺がカールスラントの金持ちの出ということが周知されると、それまでの言葉を180度変える者も少なくなかった。
士官学校も様々な思惑の錯綜する魔窟であったが、501に配属されるまでのロンドンや中央での日々は心が落ち着かせられるような日常はなかったと言える。
見方を変えれば批判などいくらでもできる。
それが否定しようのないことであるならば尚更だ。
あの港で、民間人を含む誰一人として生還者が出なくても彼らは困らない。
軍としては全滅の方が都合が良かった。
俺たちがあの港で全滅していたとしてもダイナモ作戦は成功と報じられていたはずだから。
最小限の損害で、無駄が少ない。
事実、俺たちが粘り、そして送り出した船や傍受された通信から民間があの港の存在を世間に知らせなければ、全滅するまで放置されていただろう。
たった数名を助けるために割かなければならない人員と戦力は無駄という他ない。
だが見過ごせば世間は軍を許さなかっただろう。港にいるネウロイが撃墜されたのも大きな後押しになった。
民間人を含め全滅した場合、あの港にいたすべての兵士が英雄と祭り上げられていた。
ネウロイに苦境に立たされているとはいえ世間はまだ、死んだ人間を貶すほど終わっていないのだから。
だから彼らは気が付いてしまった。
あの撤退戦で生き残った俺は死を恐れず戦い、帰れなかった兵士たちとは真逆の人間なのではないか、と。
軍は彼らの辿り着いたその事実だけは許さなかった。事実無根であると。
それは軍隊の沽券に関わるから。
現在のメディアの俺に対する評価は腰抜けか愚か者だろうか。
しばらく時間が経って忘れ去られるだけだと思っていたが、あまりにも都合の良い考えだった。
この親睦会に来るべきではなかったのかもしれない。
違う、基地の外へ出るべきではなかった。
俺が501に所属していることを知る人間は軍外部では多くない。
調べればわかることであるが、調べるほど俺に価値はない。
この記者が俺の存在を知ったのは顔を知っていたからか、それとも誰かの差し金の一つか、それはわからないが。
彼が501に俺がいることを触れ回れば501の評判は落ちるかもしれない。
広場にあるベンチに座る。
異性同士ならまだ雰囲気があったが腰かけているのはペンギンと記者でどちらも男だ。
ファンシー(個人的主観)な見た目とは似つかわしくない重い空気が立ち込めているが、幸いにも聞き耳の立てられる間合いには人がいなかった。
どう切り出すかと考えていると、広場中の村人が拍手を始めた。
見ればステージの上にヴィルケ中佐が立っていた。
この親睦会の彼女の出し物である歌の時間が来たらしい。
綺麗なドレスを着た彼女が歌ったのは、故郷のカールスラントで流行したものだった。
彼女が歌い終わるとしばらくの間、広場を拍手と人々の熱狂が木霊した。
俺や隣に座る記者すらもそれまでの会話を隅に置き、拍手に参加した。
以前からクルトに彼女の音楽の才覚を聞かされていたが、歌という形で実際に目の当たりにするのは初めてだった。
ネウロイさえいなければ、彼女は軍人ではなく音楽という綺麗な道へ歩みを進められていただろう。
そんなどうしようもないことを思い浮かべ、気が付いた。
遠巻きだったが彼女の着るドレスには見覚えがあった。
クルトがあの港で自身の車に乗せていたものだ。
この歌。
映画やラジオでも流れていたんですよ。
戦争が始まる前、友人に何度か映画に誘われましたが、結局最後まで一緒に行くことはなかったな。
自分の身の上話をするのは501に来て初めてだった。
今日初めて会ったばかりの、それも気を許せない相手にするなどどうかしているのかもしれない。
ただ、それをしても構わないと思えるくらいに落ち着いていた。
「…映画は嫌いなので?」
嫌いというほどではありません、小さい頃は家族と劇を観たりしていましたし。
ただ学生の頃は余裕がなかったもので。
自慢ですが、学校では噂になるくらいのガリ勉でした。
「カールスラントでは絶大な富を持っていたというのに、娯楽はあまり嗜んでいなかったと?」
目の前のことだけに、ただ必死でしたので。
「ネウロイもまだ侵攻していない頃でしょう。
何のために?」
国のため、家族のため、そして何よりも自分のためですかね。
ネウロイなんていなくても戦争は起きますよ。
必ずね。
ネウロイがいてウィッチが戦争の主戦力となった今じゃ、その勉強に意味はなかったと言う人は多いでしょうが。
何せ、勉強し鍛えたのは戦争で人を殺す方法でしたので。
「なるほど、確かに意味がない。
いや、たった数年だというのに時代は変わりましたなぁ」
さらさらと彼はペンを走らせる。
どうしようもなくそれが苛立つ時期があったが今はそれに興味すら出なくなっていた。
金もあった、土地もあった。
そんな人間が求める物はとてもわかりやすい。
それは権力だ。
この男も例に漏れずそうだった、ってところですか?
「…そんなことは」
どう捉えようとそれは貴方の自由だ。
否定もしませんし。
「世間体を気にされないので?」
そこを否定したら人間らしくないと思いますよ。
人はより良く、より豊かに生きようとするものですから。
それに出世欲はある方でした。
あの頃は特に。
「今は違うと?」
どうでしょうね。
言葉で伝えたところで貴方に伝わるとは思えませんし。
そうだと言っても疑うでしょう。
その言葉に彼は眉間に皺を寄せた。
ふと辺りを見回せばすっかり中佐の歌の熱狂は失せていて、代わりに広場には香ばしい焼き物の匂いが立ち込めていた。
軍曹たちの出し物である屋台だ。
お好み焼きの匂いが食欲を促す。
貴方が私に対して失礼なことを聞こうが貴方を提訴や告訴をすることはないと先に言っておきましょう。
意図的に軍の名を汚そうとしなければ割と自由に聞いてもらって良いですよ。
ああ、機密と判断すれば話しませんので、あしからず。
私への個人的なインタビューですもんね?
それはそうと話は変わりますが。
そろそろ昼時ですよね。
「昼にはまだ少し早い時間ですが。
それより本題があるのですが」
彼女たちの出し物で屋台を開いているのですよ。
先程から香ばしい匂いがしているでしょう。
猛烈に腹が減ったので私は行きますが、貴方も来ますか?
話は歩きながらでもできますし、食べながら談笑するのもまた悪くないでしょう。
ベンチから立ち上がり、匂いの方へ歩き始める。
ちょっと、とオーウェル氏が静止の言葉を投げかけるが匂いの方向に真っ直ぐ歩みを進めると彼も立ち上がって俺の後ろに続いた。
「姉ちゃん、あと焼きそば二つな!」
「はい!」
「こっちはお好み焼き!」
「はい、毎度!」
「姉ちゃん、こっちも!」
「はいはい!」
村の住人が列を作るくらいに宮藤軍曹の屋台は繁盛していた。
優先順位は村の住人からだ、俺が料理を食べられるのは彼らが一通り食べ終わってから、まだかなり先になるだろう。
昼時になれば混むと思ったから早めに来たが、どうやらお好み焼きは彼らの食指を動かすものだったらしい。
それには全力で同意する。
焦げた醤油の匂いが空腹を誘ってくる。バリエーションの一つとしてこの後にはタコ焼きも並行して作られるらしい。
これでは生殺しだ。
涎を垂らすのを堪えながら立ち尽くしていると、気が付けば後ろから着ぐるみの布地を触られていた。
振り向くと数人の子供たちがこちら着ぐるみを引っ張っている。
足長ペンギン、気持ち悪いペンギン、と各々の感想が投げかけられる。
感触が気に入ったのかペンギンの布地をやたらと殴ってくる少年を着ぐるみの手で受け止めてやると足で蹴ってきた。
生身の部分であるが小学生くらいの子供の力ではそこまで痛くない。
かわいいものだ。
「……いい加減にその着ぐるみを脱いでは?」
これが今の私の仕事ですので。
貴方にとっての写真機ですよ、これは。
「撤退戦の英雄殿が、落ちぶれたというかなんというか。
これを知られたらショックを受ける人が出るでしょうに」
そんな人間いませんよ。
今時代が求めているのはネウロイを倒してくれる英雄です。
少なくとも私のような者では決してない。
「――それには素直に同意しますよ。
それで本題ですが、一先ずあちらで話しましょう。
ここで話す内容じゃない」
写真機、と自分で言葉に出して喉元に何かが引っ掛かるような感覚になった。
思い起こしていると、子供たちが着ぐるみの布地を掴んで上ってきた。
子供たちには俺と記者の話がわからないのだろう、お構いなしに三人の子供が背中を目指してよじ登ってくる。
三人くらいなら楽々持てるが背中に乗るのはよろしくない。
どうしようか。
「こらー!あんたたち! 悪戯するのも大概になさい!」
怒気を篭らせてルッキーニ少尉が一喝すると子供たちはすぐに降りた。
子供たちは謝りながら彼女の方に駆け寄って行った。
親分と子供たちが言う。
彼女のことだろうか。
知らないところでパワーバランスが形成されていたらしい。
たまに基地に近隣の子供が来ていることは報告を受けていたが、もしかするとこの子らのことかもしれない。
ありがとうございますルッキーニ少尉。
助かりました。
「悪気はないの。わかってあげて」
もちろんです。
それはそうと、何か私に手伝えることはありますか?
今は少し立て込んでおりますが。
「えーっと、歌唱も剣舞も終わって落ち着いてるし特にない、かな。
少尉は親睦会を楽しんで!」
ヴィルケ中佐の歌唱も坂本少佐の剣舞も終わっている。
後は昼を過ぎて夕方までには親睦会は終わる。
やはりオーウェル氏との話だけで時間いっぱい使うことになりそうだ。
オーウェル氏の方に振り向いた。
サイレンが鳴り響いたのはその時だった。
ネウロイが来た。