誤字報告ありがとうございます。
□
白く染まった視界が徐々に定まっていく。
誰かに背負われていた。
やはり意識を失っていたらしい。
徐々に体の感覚も戻ってきた。
体中が痛い。
痛いが五体満足だ。
背を強く打ったのか、それとも瘴気を少し吸ったのか胸も痛いが、致命的なものはない。
「目が覚めましたか!」
声から自分がガレット少尉に背負われているのだと理解した。
目を開けると世界が反転している。
意識がない者を運ぶ消防士搬送をされていた。
安全な場所へと移動しているのだろうか。
空いている手で背を叩くと彼はゆっくりと俺を地面に降ろした。
「少尉、外傷はあまりありませんでしたが、どこか体に異常はありませんか?」
すぐに立ち上がることもできた。問題はありません、と答える。
信じられない、生きていた。
生きていても重傷は避けられないと思っていた。
車から放り出されて近場の麦畑の藁束にでも突っ込んだのだろうか。
だが生きているということはネウロイを仕留められていないということだ。
腰に携帯していた拳銃を取り出した。
状況は?
「見た方が早いでしょう。
貴方が気絶してからまだそれほど時間が経っていない」
まだ移動を始めて間もなかったのか、木々の合間からネウロイの落下地点が見えた。
収穫が終わった麦畑に未だ小型ネウロイは健在だった。
その黒い体に中ほどまで車が突き刺さっている。
たかが車の衝突だったがどうやら小型の装甲は抜けたらしい。
爆散していないのはコアから外れているからだろうか。
彼女らは?
「巨大ネウロイは今し方堕ちました。
今は残存する小型の掃討を行っているようです。
すぐにこちらにも来てくれるでしょう。
我々もそれを見て撤退して今に至る、ということです。
とはいえ掃討が終わるまでは森で身を隠さなければ危険ですが」
空からこの麦畑は見えているはずだ、ということは彼女らの優先順位は空にいる小型なのだろう。
まだ予断を許さない状況だが山場は超えたと見ていいだろう。
大きく息を吐いて木に寄りかかった。
「少尉! やはり怪我を」
いや、気が抜けただけですよ。
死傷者は?
「一番の重傷者は貴方です」
それは良かった。
気球とワイヤーの組み合わせ、見事でした。
あれがなければ最悪の事態も考えられたでしょう。
「あぁ、あれは…」
ガレット少尉が言い辛そうに言葉を詰まらせていると、ソフト帽を深く被った誰かがやってきて俺の前に立ち止まった。
「一本吸うかい?」
オーウェル氏だった。
彼はにやりと笑みを浮かべて煙草を差し出した。
少し前に煙草は辞めまして、気持ちだけ受け取っておきます。
「そいつは残念」
もしかして、ワイヤーは貴方の案ですか?
「残念ながら違う、退役軍人の爺さんだ。
ワイヤーの組み方も知ってやがった。
こっちがしたのは実例があったって情報を提供したくらいさ」
「その情報がなければ実行にまで移さなかった。
その時の彼は今までになく紳士的で、必死でした。
私らに任せればいいのにここまで付いてきてくれましたし」
必死は余計だ、と俺に差し出した煙草を彼は仕舞うことなく自分で使い始めた。
「見てたぜ。
残念だったな、あんたはまだ英雄気取りのままだ」
「少尉を最初に探し回ったのは彼でした」
「あの小型を撃墜していれば軍の男連中からまた賞賛をもらえたんじゃないか?
今の男の軍人は肩身が狭いと聞いてるぜ」
「倒れている貴方を見つけた時泣きそうに騒いでいました」
「さっきからうるさいぞ!
ただ見つけたから呼んだだけだろうが!」
何か、心境の変化でも?
こんな人ではないと思っていたが。
ルッキーニ少尉が子供たちを助けてから確かに様子がおかしかった。
「…思い出したんだよ。昔の自分を。
まだ世の中を知らなかった頃の自分だが、いつの間にか世の中を知った気でいたらしい。
過剰なまでに悲観的になっていて、過剰なまでに人を傷付けることに躊躇いがなくなっていた。
もしかすると人としての倫理観まで失いかけていたのかもな」
ルッキーニ少尉より先に子供たちを見つけたのは彼だった。
記者としての名声と子供たちの命を比べ、気が付いたらしい。
それを比べようとしていた自分自身に。
彼がルッキーニ少尉に子供たちの存在を知らせたのだった。
「確かに名声と賞賛が欲しかった。
この仕事で食っていくために必要なことでもあるし、戦争を終わらせるためには民衆の力も必要だと思っているから。
そのために取り返しの付かないことをするところだった。
どうしていままでそんな当然なことに気が付けなかったのか、今ではそう思うよ。
あのウィッチのお陰でもあるし、あんたのお陰でもある。
……悪かったよ、あんたにも酷いことを言って」
「言えたじゃないですか。
謝るまで死なせるなってずっと言ってたんですよ、彼。
死ぬような傷じゃないとわかると走ってどこかに行きましたけど」
「ちょっと黙ってくれない?」
□
彼女たちが村の上空を飛び、広場へ戻ってきた。
巨大ネウロイの残骸は海上へと落ちていったらしい、奇跡的に自爆する小型ネウロイも森林に火を点けるという被害は出さなかった。
怪我人はいるが足を捻るなどのもので瘴気による体調不良者は出たが命に関わる者はなし。
加えてヴィルケ中佐側のロンドンも無事に市街に被害を与えることなく撃墜できたらしい。
坂本少佐らの戦闘を中継していたこともあり、小型ネウロイの情報は伝わっていた。
巨大ネウロイに格納されている小型を出させることなく速攻を仕掛けて成功したそうだ。
ウィッチーズの勝利だった。
軍用トラックに帰ってくると整備兵たちは安心したように出迎えてくれたのが嬉しかった。
「あの、少尉。坂本少佐が呼んでいます」
ただ何もなしというわけにはいかないらしい。
ビショップ軍曹に言われ、広場で宮藤軍曹に手当されている坂本少佐の元に向かった。
「怪我は大事ないか、少尉?」
……問題ありません。
「そうか。宮藤、包帯くらいなら私が巻ける。
念のため彼の治療を頼む。
――それで、自分から話してくれるか?」
麦畑に落ちたネウロイを最後に倒してくれたのは坂本少佐だった。
事の顛末は察しているだろう。
伏せることも特にない、少佐にすべて話した。
宮藤軍曹らに聞かれるのは少し抵抗があったが、自分がやったことといえば車をネウロイに当てたことくらいだ。
大げさに言うことなど一つもない。
「なるほど、別に今すぐ謹慎などを課すつもりはない。
中佐には黙っておこう。
安心はするな、下や上に示しが付かないと判断すればすぐに処罰は必要になる」
無言で頭を下げた。
「地上の助けなしでは今回の戦闘は厳しかった。
ありがとう、助けられた」
私には勿体ないお言葉です。
私ではなく、あの気球を飛ばしたのは他ならない国防市民軍と村の住人に、それにオーウェル氏にこそ、その言葉を差し出すに相応しいでしょう。
「……あぁ、そうだな」
腕を組み、坂本少佐は固く目を閉じた。
いつの間にか傍にいたクロステルマン中尉により少佐の腕が包帯で過剰にぐるぐる巻きになりつつある。
案の定巻きながらトリップしているらしい。坂本少佐の成分を過剰に摂取してしまっている。
この中で一番の怪我人は坂本少佐なのだ、長時間の痛みもあるしやはり最後まで宮藤軍曹に任せるのが良いだろう。
背中で白い光を放ち治癒魔法を行う宮藤軍曹の方へ振り向くと彼女が珍しく眉間に皺を寄せていた。
「少尉さん、もうちょっと待ってくださいね。
なんか…いつもより魔法の利きが悪いような…」
まぁ、昼を抜いて腹ペコですし。
「……ちょっと納得しそうになりましたけど、あり得ませんからね!?」
軍曹も戦闘終わりで疲労が溜まっているのです。
魔法力のことは私にはさっぱりですが切れかけているのでは?
痛みはほどんどなくなりましたからもう大丈夫ですよ。
説得すると渋々であるが彼女は魔法を止めた。
坂本少佐は既に肌が見えなくなるまで包帯を全身に巻かれ続けている。
広場には多くの人々が戻ってきていた。
親睦会の後片付けをして帰還の準備を進めているが誰しもが笑顔だった。
戦いは終わった。
「被害はほとんどゼロ。
これじゃ大したニュースにはなりそうにありませんよ」
少ししてオーウェル氏が坂本少佐の元へ来て言った。彼は平常運転だ。
「そのわりには、楽しそうな顔をしていらっしゃるが?」
「実は、前に無くしたものを、偶然この村で拾いましてね」
「無くしたもの?」
「ええ。
矜持っていう、つまらんガラクタです。
今はここにしまってありますよ」
満足気に彼は自分の胸を指さし、それからカメラを構えた。
「一枚、よろしいですか?
できればみなさんもご一緒に?」
「構わんでしょう」
村中の人々が広場に集まってきた。
ガレット少尉を含む国防市民軍も。
所狭しと肩をぶつけ合い、中心には一人も欠けることのない彼女らと子供たちの姿が。
俺も整備兵たちと共に写真に写った。
みんな、心からの笑顔だった。
「はい、笑って!」
もうみんな笑ってる。
□
「よう、調子はどうだ」
数日後、501の食堂で昼食を摂りお茶を飲んでゆっくりしていると、珍しくユーティライネン少尉から話しかけられた。
可もなく不可もなく、ですかね。
「そうか。わたしは散々だ。
何故だかわかるか?」
い、いえ、わかりません。すみません。
ガンを飛ばされたので口早に謝っておく。
なにかあったんだな。
「少尉に話が二つあるんだが…どちらから先に話すべきか」
そこは良い話と悪い話どちらを先かでお願いします。
「そうだな、なら改めよう。
少尉、悪い話と悪い話、どちらから先に聞きたい?」
悪い話とすごく悪い話かでお願いします。
「どうしてどちらもすごく悪い話だとは思わないんだ?」
最初の悪い話でよろしくお願いします。
「ならこれを見ろ」
先ほどから手に持っていた紙を目の前に突き出される。
新聞の紙面のようだ。
トリビューン紙、どこかで覚えがある。
『魔女たちの救いしもの』
先日、首相の視察を狙ったかのようにロンドンを強襲したネウロイは―――
これはオーウェル氏の記事だ。
一際目を引くのが最後にオーウェル氏が撮ったみんなの写真だった。
最初はロンドン市内へ侵攻していたヴィルケ中佐側の内容だったが、本題は坂本少佐側の村を守ったことが書かれていた。
ウィッチたちが巨大ネウロイを撃墜したことが書かれている。
様々な国のウィッチたち、新兵もいて、それでも村とその住人を守り切ったことが書かれていた。
この記事は第一面に書かれている。
彼が最初に狙った記事ではないだろうが、それでも彼は第一面を手に入れたのだった。
「そっちじゃない。その裏だ」
『英雄未だ健在』
かの作戦で多くの生存者を船に乗せ、兵士の生存者も若干名出した英雄がなんと501に名を連ねていた。
彼の功績には諸説あるが、その諸説を否定するに足る―――
小型ネウロイが地上に落ち、国防市民軍が旧式武器で応戦している中、彼は颯爽と現れ自身の命を顧みず、車による体当たりをして見せた―――
その紙面に写っている写真は、車でネウロイと衝突する寸前のものだった。
手振れ補正などないこの時代の写真だ、車の輪郭までずれていて俺の姿など見えるはずもないが、文字で俺のことが事細かに書かれている。
「二つ目の悪い話だが、…長いから詳細を省くがそのことでヴィルケ中佐が呼んでる。
大至急来てくれだと。
あと坂本少佐がすまん無理だったと伝えてくれだと」
謹慎は確定だなと席を立ち上がった。501を去ることになる可能性も再び出てきている。
どうすべきか身の振り方を考えておかなければならないだろう。
「……まだあるぞ」
彼女が次の紙面を開くとまた別の記事が書かれていた。
『501のマスコットを初激写』
ペンギン姿の俺の写真が貼ってあった。二枚目にクロステルマン中尉も。
何これ?
「知るか、このことでわたしが出し物を用意してなかった責任が問われ始めてるんだよ。何が節制だ!
わかるか? さっきサーニャになんともいえない顔をされたんだぞわたしはぁ!」
彼女は息を切らせて何度も食堂のテーブルを叩く。
だから彼女が俺を呼びに来たのだろう。
こうなるとは予想していなかった。
幸いにも記事の内容は前衛的だの最近のファッションだのやたらとフォローはしてくれている。
今すぐにヴィルケ中佐に土下座しに行こう。
ユーティライネン少尉に背を押され蹴られて食堂を出て中佐の元へ向かった。
こんなくだらないことがある日常がいつまでも続けばいいのに、そう思った。
「写真は?」
彼女の前で膝と額を地面に擦り付けた。
小説1巻目が終わりましたがアニメ本編はまだ四話と五話の間です。
ルミナスウィッチーズの時系列がかなり近いため細かく修正していくと思いますが、よろしくお願いします。