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しばらく日が流れ、新人が501にやってくる日になった。
基地の敷地に黒い車が入ってくる。
軍用ではないが見る限りこの時代での高級車だ。
ビショップ家はブリタニアの大商人の家である。
貴族とは違うが俺の実家と同じく資産が多いのだろう。
偏見であるが、金持ち特有の傲慢な女性ならばどうしようか。
その偏見は彼女が車から降りてすぐに霧散した。
一挙一動にかなりの力を入れているらしく、緊張していることが見るだけでわかる。
カッチコチである。
真面目そうな子だな、というのが第一印象だった。
敬礼をして彼女を基地に迎え入れた。
彼女の名前を聞いて俺や他の代表者はその場を後にした。
ヴィルケ中佐と新人はこの後基地内でウィッチたちに彼女を紹介することになっている。
「リネット・ビショップ軍曹です!
これから、よろしくお願いします!」
□
正午に差し掛かる前に来室があった。
言わずもがな、新人の基地紹介で士官室の順番になったらしい。
よろしくお願いします、と自己紹介と共に伝えると畏まってくれた。
そういえば階級が俺より下で入ってくるウィッチは初めてだ。
彼女が通っていたウィッチ養成学校は士官学校とは違うため、卒業しても士官の階級は与えられない。
養成学校が軍属のもので士官としての教育を行っていればまた話は変わったかもしれないが、彼女は少なくとも士官としての勉強も教育も受けていない。
故に彼女の階級は下士官の軍曹からだった。
クロステルマン中尉とはまた違う上官に対してのそれだったので、少し驚いた。
終始恥ずかしそうにしていて新兵というよりも新入社員のような初々しさが垣間見えた。
「撤退戦での少尉のご活躍は学校で何度も聞いていました。
同じ部隊で働けて光栄です!」
□
「何かあったのか」
昼食時、食べ終わりさっさと部屋へ戻ろうとしているとバルクホルン大尉に呼び止められた。
いつも通りでいるつもりなのだが、どこかおかしかっただろうか。
そうですかね、と生返事をして忙しいからとその場を去ろうとした。
「もしかして、軍曹とどう話せばいいのかわからないのか?」
……いえ、そういうわけでは。
何を笑ってるんですか。
言っておきますが別にそんなことではありませんので。
全然見当違いのことでそう言われても困ります。
これでも私はポーカーフェイスが得意なんですよ。
痛い痛い嘘です当たってます。
「私の目が良いということだな」
それはない。
と言ったら機嫌が悪くなりそうだし、黙る。
「黙ったな?
それはないと思っただろう」
少し気になることがありまして。
軍曹だけにではないのですが、司令部の方でも。
だから拳を降ろしてください。
成り行きで先日の電話について話した。
どうやら司令部の一部で俺がネウロイを撃墜したことを変に解釈している者がいるらしい、と。
俺の力ではない。
あの少女の力があってのことだ。
彼女は息を吐いて腕を組んで、考える素振りを見せた。
話の流れでだったがバルクホルン大尉に話し切ってしまった。
「結果だけを見るとお前がネウロイを撃墜したことには変わりない。
相手の言っていることは何一つとして間違ってはいないさ」
そうかもしれませんが。
「納得がいかないなら言い正せばいい。
それで、新人もそいつらと同様に思っているかもしれないと」
そうですけども。
別に正さなくてもいいと思ってますよ。
何か害があるわけでもないですし。
「気になるならお前の方から話しかけてみたらどうだ。
まだ半日だが、ビショップ軍曹は自分から積極的に話すタイプではなさそうだ」
どう返答しようか考えていると、大尉は俺の背中を叩いて食堂を後にした。
大尉に諭されてしまった。
確かに彼女の言う通りなのだが。
□
数日が経った。
軍曹はたまに食堂で会ったり訓練前に廊下ですれ違ったりするが、話しても軍務の簡単な受け答えくらいで特別なことは何も話すことがなかった。
このまま何事もなければいいかと思い始めていた。
休憩時にまたお茶でも飲もうかと基地内をうろついて。
ハンガー付近の整備中隊の休憩室に通りかかった。
中から賑やかな男どもの声が聞こえてくる。
嫌な予感がして中に入る。
ビショップ軍曹のポスターを貼ろうとしている整備中隊の男どもがそこにいた。
ハンガー付近にある整備中隊の休憩室は男の聖域である。
整備中隊の男どもと比較的交流のあるイェーガー中尉でも地面に唾を吐きかけて以後寄り付かない場所である。
中は俺でもヤバいと思うレベルの、言ってしまえばファンクラブ総本部であった。
大体のウィッチたちのポスターが貼られているし、彼らの給料を集めて発注をかけたメイドイン扶桑の超技術のフィギュアも置いてある。
この基地以外のウィッチのそれらも散見できる。
現代人の俺ならば気持ちはわかるのだが、軍人として正直見るに堪えないもので一度全部処分したこともあった。
結果こいつらは暴動を起こしかけた。
それどころかこいつらは特定のストレスが溜まると相撲を取りだす。
悪夢のような光景だった。
ある程度の品は公式的な物品として取り揃え直した。俺の給料で。
ガス抜きになるならばとそれ以後、俺は超法規的措置を執り行っている。
休憩室外で、もしも何かしたならば連帯責任でこの休憩室を完全に破壊すると伝えて。
彼らは驚くほどに公私を分けるようになった。
妻帯者やそれらを必要としない一部を除き、彼らも健全な男たちであった。
で、今回はこれか。
見ればポスターには恥ずかしそうに微笑む軍曹の写真がある。
角度的に同意を得て撮ったのだろう。
早すぎる。
彼女がここへ配属されてまだそれほど日が経っていないのだが。
まだ名を上げていない新兵だぞ。
聞けば彼らの中で既にファンクラブ擬きができているらしい。
いくつあるんだろうなそのファンクラブ。
この男どもを掻き立てる何かが彼女にあるのだろうか。
因みにポスターの印刷は彼らの自作である。
いつか扶桑レベルのフィギュアも自作しだすかもしれない。
休憩室から出て遠い目をしていると。
警報が鳴った。
休憩室から整備中隊が飛び出してハンガーへ走っていく。
一瞬で基地内の空気が変わったのがわかった。
俺は別方向、司令室へ向かった。
ネウロイが出現した。
□
司令室ではヴィルケ中佐が指揮を執っていた。
彼女らは魔法力で超小型のインカムから無線通信ができる。
俺たちはできないため、何名もいる通信士の隣で待機する。
ネウロイが出現しているが司令部への通信はまだ良好だった。
訓練中だったため既にウィッチたちは空にいた。
指揮を執っているヴィルケ中佐と、夜間哨戒のため眠っていたリトヴャク中尉は司令室で待機。
入ってきた彼女らからの情報ではネウロイの数は小型が20機、中型が2機だった。
小型が多いとはいえ、かなりの数だ。
ガリア方面から出現したネウロイは真っ直ぐこちら側へ向かってきている。
司令部からの情報によれば近辺には輸送船団も軍艦もない。
狙いがブリタニア本土の可能性が高い。
7名のウィッチが該当海域へ向かっている。
ビショップ軍曹もその中にいた。
彼女の初陣だった。
□
程なくしてネウロイは撃滅された。
小型はすぐに掃討できたが中型は時間がかかったらしい。
誰一人怪我もなく、無事に終わりホッとしていた。
帰投してきたビショップ軍曹の表情は暗かった。
バルクホルン大尉が彼女に何か言っているのが遠目で見えた。
しばらくして何かあったのですか、と大尉に聞くと。
「新兵には珍しいことじゃない」
彼女のコメントはそれだけだった。
ウィッチの事情は俺がわかることではない。
この後の報告で何かわかるかもしれないが、ヴィルケ中佐も語ることはなかった。
翌日からビショップ軍曹は訓練や授業により一層力を入れるようになったそうだ。
彼女がここへ来てまだ日が浅いが、人となりは理解できているつもりだ。
今までも手を抜いていたわけではないはず。
全力の更にその上を行くくらいのそれなのだろう。
その話を中佐から聞いて彼女が暗い表情をしていた理由がわかった気がする。
バルクホルン大尉が多くを語らなかった理由もそういうことなのかもしれない。
養成学校で訓練を受けてきたとはいえ、彼女は新兵だ。
これまで入ってきたウィッチが、あまりにも強すぎた。
□
翌日。
士官室で仕事をしていると来客があった。
彼女は入室の挨拶もせず、づかづかと入ってきて近くのソファに体を預けるように座った。
お疲れ様です、ハルトマン中尉。
彼女の顔を見てそれだけ言うと俺は仕事に戻った。
彼女との間に会話はなかったが、見なくても速攻で爆睡していることは寝息でわかった。
自室で寝ていたらバルクホルン大尉が叩き起こすからここで寝ているのだろう。
別に珍しいことではない。
たまに休憩中に基地内を歩いていると彼女が丸くなって眠っているのを見ることがある。
日当たりのいい場所であったり日陰で風通りの悪い場所であったり。
幾つかあるスポットの内の一つがここなだけだろう。
今日は確か日中の哨戒に当たっていたはずだ。
それが終わってからは非番だったかどうかまでは覚えていないが。
しばらく時間が経過し、そろそろ夕食の時間かというところで突然中尉は立ち上がり、部屋の隅に移動した。
どすどすと廊下から足音が聞こえてくる幻聴がした。
「ハルトマンはいるか!」
バルクホルン大尉がドアの向こうから部屋に入る前に本題を切り出した。
いません。
仕事を続けながら返答する。
文句を言いながら大尉の声は遠ざかって行った。
ハルトマン中尉はまたソファの前まで移動して惰眠を貪り始めた。
夕食の時間になった。
中尉はまた立ち上がり、今度は窓を開けて外に出た。
窓枠にでもぶら下がるつもりだろうか。
危ないな。
程なくして幻聴ではなくすごい足音がした。
「ゲルトルート・バルクホルンだ。
入るぞ」
どうぞ。
バルクホルン大尉、何かありましたか。
殺気が漲るように青白い魔法力を纏って彼女が入室してくる。
俺に対してではないことはわかっているので涼しい顔をして待ち構える。
「ハルトマンを出せ」
見ればわかるでしょう。
いませんよ。
魔法力を纏ったまま彼女は戸棚を開けたり部屋の中を探すが、いるはずもない。
彼女の固有魔法は怪力である。
探知系ではない。
が。
「ソファが温かいな?」
やっべ。
先程まで部屋の中で休憩しておりましたので。
長く座っていると腰が疲れるんですよね最近。
一息に言い切る。
「そうか。
仕事の邪魔をしたな。
悪かった」
と彼女は言うと部屋を出て行った。
嘘を吐いていることがバレたら怒りが飛び火することは目に見えていた。
ポーカーフェイスは得意だ。
視線を絶対に彼女の方へ向けないのがコツである。
窓が開いて再びハルトマン中尉が入ってくる。
「うぅ…寒い」
もう4月も半ばだが夕方は肌寒かったらしい。
彼女は再びソファへ座ったがすっかり眠気は冷めた様子だった。
しばらく丸くなってソファに座っていたが。
「お菓子ないの?」
ここは士官室ですよ。
あるわけないでしょう。
二言目にそれか、と頭が痛くなった。
……戸棚に入ってますけど、食べないでくださいよ。
それにもう夕食の時間ですし。
それもそうか、と彼女は言うが戸棚を開けて中を探り出した。
チョコレートを見つけてご満悦だ。
「じゃ」
ハルトマン中尉、泥棒って言葉知ってます?
「当たり前じゃん」
ジャイアンかな。
まぁ別にいいけども。
タダでとはいかないな。
話は変わりますが。
ハルトマン中尉の初陣はどうでした?
「んー、普通?」
すみませんね。
私はウィッチではありませんので。
普通と言われてもまるで全然これっぽっちもわからないんですよね。
詳しく。
「普通かな」
ため息を吐いて戸棚の奥から飴玉を数個取り彼女へ差し出した。
ご満悦であった。
「魔力切れで墜落した」
……マジですか。
「マジだけど」
昨日の出撃で彼女は10機のネウロイを撃墜した。
そして累計200機撃墜が確定し、近い内に新たな勲章が送られるそうだ。
501部隊はどのウィッチも強いがその中でも彼女は別格だと思っている。
だからこそ意外だった。
分野の異なる天才という奴をこの目で見た気でいたが、最初からではなかったのか。
「少尉はどうだった?」
私の戦場への初陣は避難誘導でしたから。
いきなり死にに行けと言われない程度には上官には恵まれていました。
そもそも戦っていた貴女方とは状況が全く違います。
「緊張した?
怖かった?」
まぁ、怖かったですよ。
死にたくありませんが、目の前で誰かが死ぬのも嫌でしたので。
退却命令が出た時は無我夢中で走った記憶があります。
恥ずかしいことですけどね。
「へー」
聞いているのか聞いていないのか。
彼女は戸棚に顔を突っ込み始めた。
ガサガサと隠していたお菓子類が戸棚の下に落ちてくる。
この場所は次から使えないな、次は別の棚で彼女の背よりも高い位置に隠そう。
「少尉はさ。
どうして自分がって考えたことない?」
ふいに彼女はそんなことを聞いてきた。
そうですね。
ありますよ。
何度も。
無意識にたばこへ視線が移る。
「私も。
考えても仕方ないけどね」
彼女は戸棚から顔を出してにやりと笑った。
どうやら彼女好みのお菓子の大袋が見つかったらしい。
普段と変わらない朗らかな表情だった。
それはきっとこの戦争に参加している誰しもが考えることなのかもしれない。
否、きっと世界中の誰しもが考えることなのだろう。
ハルトマン中尉と知り合ったのは撤退戦が終わり、ブリタニアで勲章をもらった後だった。
501を設立するにあたり、先んじてヴィルケ中佐が紹介してくれた。
俺は勲章をもらった時よりも緊張して彼女と会った。
初めて会った彼女は現在と違い、背筋を伸ばして凛々しい佇まいをしていたのを覚えている。
それがメッキだったと知ったのは501が設立してからであるが。
写真は事前に見ていたが、想像していたよりもずっと小さな少女だった。
軍属ならば誰もがその名前を知っていた。
カールスラント四強と呼ばれるウィッチたち。
その中に彼女の名前がある。
最強のウィッチと言われると分野別で何名もの候補が現れるが、昼戦においてはエーリカ・ハルトマンの名前が出されないことはない。
それは誰にも負けない攻撃力かもしれない、実践的で特異な固有魔法かもしれない。
軍内で有名だった話は編隊を組んだ僚機がネウロイに撃墜されたことがない、つまりはこれまでの激戦で彼女は仲間を失うことなく戦い抜いたということだった。
諸説ある、西側の激戦と東側の激戦はまた意味合いも異なるし、装備の質も量も異なる。
彼女がよく上官の命令違反をする問題児であるとも事前に聞かされていたし、上の連中は彼女のことを良く思わない者も多い。
だがそれでもダイナモ作戦の前に発令したいくつかの作戦、カールスラント撤退の折にもその活躍は大きなものだった。
初めて会った時、軽蔑の目で見られるのではないかと思っていた。
俺は部下を死なせて生き残った男だからだ。
それだけでなく、当時は死にかけのウィッチを鞭打たせて死ぬまで戦わせたと言われていた。
否定しようのない事実だった。
実際、もう501にはいないがオストマルク(チェコ・オーストリア・ハンガリー)のウィッチとは軍務も含めて一言も口すら利いたことがなかったほどだ。
そんな事実がある中でハルトマン中尉は普通に接してくれた。
ヴィルケ中佐が信用している男だからという理由かもしれないが。
中尉にまで彼女のように口も利いてもらえなかったならば、俺は心が折れていたかもしれない。
501が設立して間もなく、彼女の自堕落な私生活が露見したが年相応でむしろ安心した。
空の英雄は地上では普通の少女だった。
ちらりと横目で彼女を見る。
戸棚に頭を突っ込んでまだお菓子を掻き出している。
こんなんだが。
窓まで累積しているゴミ溜まりの自室を持っているが。
上が彼女のことをどう言おうと、彼女は本物の英雄だ。
「大丈夫。
ビショップ軍曹は落とさせないよ。
ただ、まだこれからってだけ」
珍しく真面目に彼女は言った。
彼女がすごく格好よく見える時がある。
今がそうだった。
空では常に、だが。
「じゃ、後はよろしく」
探し当てたお菓子を両手いっぱいに持ち、彼女は士官室を出て行った。
次からは容赦なくバルクホルン大尉に引き渡そう。
大尉、いつからそこに?
ハルトマン中尉ならさっき自室へ帰りましたよ。
本当ですよ。今走ればきっと追いつきますよ。
嘘なんてついてませ
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入電があった。
どうやら坂本大尉が長い船旅を終えてもうすぐ帰投するらしい。
すぐに休暇申請を出すそうだが何かあるのだろうか。
帰投してから彼女は少佐へ昇進となるそうだ。
その報を受けた日中、警報が鳴った。
ネウロイが出現した。
坂本大尉が乗る軍艦が襲撃されていた。
すぐさまウィッチたちが出動する。
急行してすぐにルッキーニ少尉がネウロイのコアを撃ち抜いたそうだ。
それから少しして。
「本日付けで、連合軍第501統合戦闘航空団に配属となった。
宮藤芳佳だ」
「宮藤芳佳です! よろしくお願いします!」
11人目のウィッチが501に来た。
ガリア奪還への強い追い風を感じた。
7/29 改行を削除、修正