誤字報告ありがとうございます。
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悲しい夢を見た。
初夏、夏には入り切っていないが、時々蒸すような暑さを感じる。
自室で起きてすぐに滝のような汗が流れていたことに気が付いた。
理由はそれだけでないことは明らかだった。
いつもと違う、この時期にだけ見る夢だった。
ポケットに手を突っ込むがそこには何もない。
そういえばたばこを辞めてしばらく経つ。
去年の今頃は毎日のように逃避していたが意外と辞められるものらしい。
しかし、とても朝食を食べられる気分ではなかった。
廊下での足取りはいつも以上に重く遅かった。
そんな調子だからか午前の仕事は捗らなかった。
何度も文字の読み違いをしそうになったし、ブリタニア語(英語)で読み取ったくせにカールスラント語(ドイツ語)で書くところだったり、散々だ。
どのような言語で書類が来たとしても大抵はブリタニア語で書くことが多い。
というよりもこの基地に来る書類は大体ブリタニア語であるが。
大陸を撤退してしばらく経つがブリタニア本土であるからかほとんどカールスラント語を使わなくなった。
あともう10年もすればカールスラント語を忘れてしまうのではなかろうか。
そんな冗談を一人で思い浮かべて椅子に深く座り直した。
頭がまともに動いていないのは自分でもわかった。
気分転換でもするべきか。
ぼんやりしたまま窓の外へ視線を向けると、気球が浮かんでいた。
金魚のような形をしたそれは滑走路に結構な数が浮かんでいる。
訓練のために他所から借りたそれは水素式の阻塞気球らしい。
坂本少佐が飛行訓練に使うと言っていたな。
椅子から立って滑走路を見下ろすとウィッチらと何名かの整備中隊の姿が見えた。
どうやら最初に飛行するのは宮藤軍曹のようだ。
彼女がここへ来て一月ほど経つが、以前よりも基地内が賑やかになった気がする。
整備中隊の野郎どもはやはり休憩室に彼女のポスターを張り付けていた。
彼らから聞いた話では宮藤軍曹は訓練と実戦で動きがまるで違うそうだ。
魔導エンジンの負荷のかかり方が明らかに違うとか。
飛行訓練でできていないことを実戦で成功させているとか。
本番に強いタイプなのだろうか。
そういう人もいるのだな、と次々に割れていく借り物の気球を見て思った。
ヤバイ、引火した。
士官室から出る用意をする。
すぐに消火器を持った整備中隊が出動していた。
黒い煙の中から元気そうな煤だらけの宮藤軍曹の姿が見えて安心した。
クロステルマン中尉がめっちゃ怒ってた。
椅子に座り直して窓の外を見上げた。
少し前のことだが、彼女とビショップ軍曹がネウロイを倒した。
それ以来ビショップ軍曹の調子が良いらしい。
隣に共に戦う新人がいる。
それが良い方向に向かったのかもしれなかった。
ああ、今日もいい天気だな。
□
慣れというものは恐ろしくもあり頼もしいものでもある。
体の怠さや辛さに関してだけはかなりの耐性を持てているに違いなかった。
午後に入ってからはいつもと変わらない日々を過ごせていた。
朝も昼も胃に詰め込んだがどうやら通常時と比べると少なかったらしい。
すっかり元の調子となり腹が減ってしまった。
休憩がてらお菓子を片手に食堂へ向かった。
食堂では丁度休憩時間だったのかウィッチや整備中隊が何名か利用していた。
時間をずらそうかと立ち止まったがその中にクルトの姿が見えた。
よう、調子はどうだ。
「少尉、お疲れ様です」
俺の定位置の向かいに座っていた彼はどこか悩んでいるような面持ちだった。
何かあったのだろうか。
声をかけていつもの場所に座ってからまた彼は頭を抱えて悩み出した。
「少し、いつものことで悩んでいまして」
あー、いつものね。
いつもの、で大体察してしまうのは付き合いが長くなったからだろうか。
ヴィルケ中佐のことだった。
お菓子の封を開けて砕いたチョコを口に放り込む。
彼とヴィルケ中佐との仲を知っている者は少ない。
俺以外だとバルクホルン大尉にハルトマン中尉、後は坂本少佐だけかもしれない。
公私を分けるため、公の場では彼はヴィルケ中佐と呼んでいる。
というよりも俺は彼がそれ以外の名前で彼女を呼んでいるのをほとんど知らない。
食堂で彼と彼女がたまに会う時は決まって、お疲れ様であります、ヴィルケ中佐、という言葉だけだ。
501はそういった規則を設けている部隊ではないが、彼と中佐の間で明確な線引きがあるようだった。
年頃の女性であるが同時に軍人で国防を担う主戦力だからかもしれない。
クルトはヴィルケ中佐とはほとんど話さない。
基地の外でもかもしれない。
501ができる前はどうしていたのか俺は知らないが、息苦しいかもしれない。
ただ彼女の誕生日はしっかり祝っているそうだった。
部隊ができてしばらく経ってから中佐が溢していたが、当初、彼を軍から辞めさせるために悩んだらしい。
ハルトマン中尉など、戦闘の連携をとった共に戦ったことのある戦友を部隊に入れるのと戦えないただの整備兵を入れるのとはわけが違う。
身内を入れるわけにはいかないのではないか。
軍を辞め安全な内地にいるべきではないか。
そんな話があったらしい。
それでもクルトが501にいるのはひたすら整備兵としての腕を磨き、勉強した末の実力だ。
彼は言語の知識も備えてみせた。
501は各国のエースが所属するブリタニアの国防でガリア奪還の戦力だ。
その整備中隊に所属できる者が生中な実力の人間であるはずがなかった。
技術者は貴重であるが、ウィッチと違って男中心の整備中隊は決して人員不足ではないのだから。
公募もあるために階級に差はあれど、誰もが司令部から選ばれたエリートだ。
いずれ彼らの何名もが名うての技術者として歴史に名を残すのかもしれない。
撤退戦が終わったあの船での会話は、彼の覚悟でもあった。
取り計らってもらったのは、何10倍もの倍率への挑戦権だけだった。
それを乗り越えたのだ。
彼女は嬉しかったに違いない。
たとえそれを口に出せずとも。
「聞いていますか。少尉」
あーえっとなんだっけ。
お菓子を食べながら考えていたからか話が頭に入っていなかった。
謝って聞き直すと彼の目下の悩みとはヴィルケ中佐がストレスで眉間に皺が深くなっていることだった。
周りを気遣い大体の言葉は隠語であるが意味の分かる俺からみれば惚気話に聞こえてしまうのは俺の独身歴が長いせいか。
その他にも他愛のない話をだらだらと続けた。
その果てに。
「少尉は最近どうなんですか」
俺の話になった。
最近はいつもと変わりなくというか。
どうもしない、普通だよ。
「無理をしていませんか。
最近分かったのですが、貴方は止めなければどんどん無理をする人だ」
無理はしない主義だ。
自分のできることをするといつも言ってるだろ。
「本当ですか」
宮藤軍曹が来てから手続きやいつもと違う仕事が増えたのは確かだが。
そこまで変わりはない。
何せ俺本来の役割はそれだから。
上からの苦言でヴィルケ中佐の胃にダイレクトアタックしているかもしれないが。
それもある意味いつもと変わらない。
そこまで考えてから、彼がマロニー大将との関係を暗に聞いているのかもしれないと思い当たる。
資金援助以外に大将とは今のところ一切コンタクトを取っていない。
開発が芳しくないのかもしれないが、それ以上に俺に情報を回すリスクの方が高いからだろう。
何か動きがあればヴィルケ中佐は必ずそれを察知するだろうから。
彼にマロニー大将の話をしなくてよかったと今でも思っている。
ただ、もし話したとしても今の彼ならば大将の話を蹴る可能性は十分にある。
だがそれをもしも大将の前でしたらならば確実な末路が待っているだろう。
結局のところ、俺は、失った友人や部下と彼を重ねている。
俺の部下は誰一人として帰ってこなかった。
死ねと指示したのは俺なのだから。
彼らはそれを忠実に守ったことに他ならない。
他の生き残りやあの地獄を共にした彼には正しく生きてほしい、長く生きてほしい。
そう思っている。
クルトが軍へ執着するのはヴィルケ中佐のことももちろんあるが、撤退戦で自分が生き残った責任を感じている節があった。俺と同じだ。
だからこそヴィルケ中佐と公私を分けているのかもしれない。
この話を続けるのは良くない。
別の話題はないものか。
それより、たまにバルクホルン大尉の名前を引き合いに出されるんだけどさ。
お前も大尉から何か聞いていないか。
「大尉からですか?
いえ、私は彼女とはこの仕事でもほとんど話しませんので、なんとも」
先日のユーティライネン少尉の件がまさにそれなのだが。
何か会話の弾みで言ったのかもしれない。
が、
それでも彼女らしくないことであった。
彼女は面と向かって相手に意見をぶつけるタイプだ。
自分から他人のことを言いふらすような人ではないと思っているのだが。
規律を重んじるのは軍人として当然であるし、カールスラント人としての立ち振る舞いや誇りを大切にする姿勢は好感が持てる。
俺に同様のことを求められるのは話が別であるが。特に誇りとか。
誰かにそれを言っているのをユーティライネン少尉が聞いていただけの可能性があった。
それを思うとむず痒い気持ちだ。
頼りになる上官、というのが俺の彼女に対する所感だった。
わからないならいいや、と会話を終わらせようとしたが彼の意外そうな表情を見て話題を間違えたと自覚した。
話を曲解するなよ、と釘を刺して席を立った。
休憩は終わりだ。
食堂を出る前にチラリと見渡すが大尉の姿はなかった。
あの人は意外と地獄耳だ。
食堂の端っこにでも耳が付いているかもしれない。
□
数日経った、相変わらず毎夜あの夢を見る。
起きると今までと同じでやはり体が怠く感じた。
今日はたまたま休暇だったため一応風邪の薬なりもらうべきかと、診察も兼ねて午前は医務室で過ごした。
結果はこれといった異常は見られなかった。
睡眠不足が原因かもしれないと言われたが。
医務官のおばちゃんはいつでも来いと言ってくれたが個人的にはあまり使いたくなかった。
ウィッチという子供がいる中で体調管理ができていない大人、どう取り繕ってもダメな大人である。
だからといって風邪を引いて他の誰かに感染するのは以ての外だが。
軍人として以前に大人として俺はダメだった。
軽く鬱になりながら遅くなった昼を食べようと食堂まで歩いていると。
掃除用具を持って先を歩く宮藤軍曹を見つけた。
モップとバケツを持って忙しそうに掃除している。
バケツに水を入れたままなのか歩く姿が少しふらついて見える、大丈夫だろうか。
彼女の姿を目で追っているとクロステルマン中尉の姿が目に入る。
どうやら軍曹の様子を見ているようだ。
坂本少佐にかわいがられている(主に訓練の扱きで)彼女に嫉妬しているらしいが、それはそれとして先輩としての務めを果たしているようだ。
心配は無用かもしれない。
お疲れ様です、と二人に声をかけて廊下を進んだ。
少ししたところでバルクホルン大尉とハルトマン中尉の姿があった。
目が合った気がしたので同様に声をかけたが言葉もそこそこで踵を返してどこかへ行ってしまった。
普段の彼女らしくない態度だった。
「少尉、どうした。
こんなところに来るのは珍しいな」
残ったハルトマン中尉が腕を組んで俺に言った。
普段と違って偉そうに、自信ありげに言うものでバルクホルン大尉の真似をしているのだとわかった。
普段のバルクホルン大尉ならそんな言葉を言っていただろう。
似てますね、と言うとそれほどでもないと彼女は自慢気に笑った。
医務室に行っていましたので。
いつもと違う場所を歩いていたんですよ。
「医務室?
風邪?」
ただの寝不足です。
不甲斐ないことですが。
「ふーん。
それより気が付いた?」
バルクホルン大尉のことだろうか。
確かに少し雰囲気が違っていた気がするが。
ハルトマン中尉が言ったから確信に変わった。
「おい、ハルトマン。
茶会があるのだろう。
さっさと行くぞ」
廊下の向こうからバルクホルン大尉の声が聞こえた。
出撃予定まで数日あるため、今日はウィッチたちが茶会を開く予定だった。
「少尉も来ない?」
行きませんよ。
今日は私も休暇ですが、まだやることがありますので。
あくまで彼女らのための茶会だ。
俺を含む野郎どもも一部は休暇ではあるが、茶会には出るつもりはない。
ただ彼女らの訓練がない分整備中隊の大半が空いた時間ができるかもしれないが。
夕方、手紙で届いていた実家の近況と実家に送る部隊の嗜好品の感想を書いていると来室があった。
ルッキーニ少尉だった。
息を切らしていて、ただならない雰囲気だった。
手紙を片付けて席を立つ。
どうしたんですか、ルッキーニ少尉。
「ぺたんこ見なかった?」
えっとクロステルマン中尉ですか?
かなり前に廊下で見ましたが。
何があったのです?
普段と違う焦るような態度を見て、俺も廊下へ出た。
「ダウジング占いをして」
ダウジング占い。
「ペリーヌがジャンヌダルクに」
?????
ルッキーニ少尉が廊下を走り出す。
首を傾げながら俺も後に続いた。
一緒に探してしばらくしてハンガーにいた整備中隊によってクロステルマン中尉は発見されたそうだ。
遠目でそれを眺めたがお嬢様口調がなくなったくらいでそこまで違いはわからなかった。どうやら基地内を探検していたらしい。
で、何名かが集まってヴィルケ中佐に報告となり。
言い訳を繰り返すルッキーニ少尉は目が笑ってない坂本少佐に頭を撫でられると顔を青くして謝った。
そういえば先日も似たことがあった。
宮藤軍曹が巴御前に憑依されたとか。
その上で彼女は出撃、ネウロイを撃墜はしたが危険だった。
結果報告が意味不明になったがヴィルケ中佐が上手くやってくれたらしい。
こっくりさんか、懐かしいな。
で、なんでダウジング占いで憑依したのか。
すごく気になるんだけど。
どういうメカニズムなんです、と誰かがヴィルケ中佐に具申する。
「交霊術や占いの方法はユーティライネン少尉にでも聞きなさい。
魔法力を持つウィッチだからというのもあるでしょうが、これはルッキーニ少尉のある種の才能かもしれないわ。
ウィッチは契約した使い魔を自身に憑依、シンクロさせているようなものだから、元々取り憑き易いのもあるけれど。
とにかく、基地内でダウジング占いも禁止。
いいわね、ルッキーニ少尉?」
小さくなりながら彼女は頷いた。
優しく諭すような声色であるが、さっきから中佐の目が笑ってない。
聞きたいことができたが機会は訪れなかった。
ウィッチの魔法や使い魔について、俺は明るくなかった。
□
自室の窓から見る外は月明かりが海を反射していて明るい。
気晴らしに外へ出た。
この時間に外に出るのは初めてだった。
滑走路は怖いくらいに静かだった。
波のさざめきだけが絶えず聞こえている。
汚さないようにと端を歩いて先端に辿り着く。
ネウロイに占領された大陸が見えた。
向こう岸を眺めたまま、ぼんやりとそこで時間を過ごした。
あの撤退戦は丁度この時期だった。
あの港が今どうなっているかわからない。
ガリアにあるネウロイの巣を破壊すればまた行けるようになるのだろうか。
「おい、もうすぐ消灯時間だぞ。
いつまで外にいる気だ」
後ろから声をかけられた。
バルクホルン大尉だった。
すみません、と立ち上がり彼女の後ろを歩く。
普段の彼女ならカールスラント軍人たるもの~とか小言を言って諌めてくれるはずであるが、それすらない。
互いに無言だった。
やはり様子がおかしい。
それでも注意しに来てくれて少しうれしいと思うのは、部下である俺を見てくれているということだからか。俺は彼女に調教でもされてしまったのか。
下が違反するのを見過ごせないのは上官として当然かもしれないが。
基地内に入って別れることになった。
彼女は女性中心の東側へ、俺は男性中心の西側だった。
意を決して聞いてみた。
何かあったのですか、と。
「これは私の問題だ」
その一言で切り捨てられた。
歩き去る彼女の背中を見えなくなるまで眺めることしか俺はできなかった。
□
数日して、ネウロイが出現した。
訓練中の宮藤軍曹、ビショップ軍曹、クロステルマン中尉、坂本少佐、バルクホルン大尉、次いでヴィルケ中佐が現地へ急行。
バルクホルン大尉が負傷したが宮藤軍曹の治癒魔法により復活し、無事に撃滅できた。
それ以来、彼女は元通りになった。
俺でもわかるくらい宮藤軍曹を平時甘やかすようになり彼女との間に何かあったんだろうなとは思った。
彼女の悩みがなんだったのか、わからず仕舞いだったが良かったと思う。
少しだけ心が痛んだ。
俺は俺のできることをする、ただそれだけだった。
それだけしか、できない。
■
幸せだった。
父が戦争から帰ってきたから。
また家族みんなで暮らせる、それが実現したから。
足を患い、杖を使っての生活となったが父は変わらず優しく私の頭を撫でてくれた。
祖父も祖母も父も母も。
これから生まれてくるかもしれない家族も。
いつまでも一緒に暮らせるのだと思っていた。
ある日、庭にある花壇に植えるお花を買うことになった。
祖母と一緒に植えようと約束をして少し多めのお小遣いをもらい、小躍りしながら台所へ向かう。
お昼までに帰ると私は母に伝え、暖かい洋服を着て一人買い物に向かった。
港町は活気に溢れていて人通りも多く、私は道行く人に挨拶しながら花屋さんに向かった。
劇場のある通りに友達の親が営む花屋さんがあった。
友達もお小遣いのために働いていた。
学校で一緒に遊んでいたその友達は私の姿が見えると嬉しそうに手を振ってくれた。
彼女のおすすめを買った。
日数がかからないパンジーの苗。
帰って植えよう。
友達と手を振ってお別れした。
来た道を走った。
東の外れにある私の家に。
走って、
走って、
息を切らして走って、
家の扉の前に立った。
逸る気持ちで扉に手を伸ばす。
□
吐いた。
バケツに入れるまでもなく目を覚ました瞬間にせり上がる吐き気を止められなかった。
この数年あの撤退戦の時期にだけ見る夢だった。
自分の体験したものではない誰かの夢。
思い出か、それとも彼女の願望か。
毎度違う思い出をいつまで見ればいいのか。
何故見させられるのか。
それが誰の思い出なのかは明らかだった。
最後はいつも扉の前で夢が終わる。
その先にあるのは彼女の家族の姿だろう。
あるいは、撤退戦で俺が見た風景なのかもしれない。
何も知らなければ希望に満ちた夢なのだろう。
彼女やその家族の末路を知る俺にとっては、絶望の夢だった。
しばらく体を動かせなかった。
ゲロを処理しないと。
ようやくベッドから立ち上がるが、そのまま地面に倒れた。
この夢を見ると異様に体が脱力する。
そろそろ限界だった。
病気ではないことはわかったが、原因はわからなかった。
いつもよりも体の怠さが強い。
だが去年までと同じならばもうすぐ夢を見なくなる。
今年も乗り切れるだろう。保証はないが。
来年は?
これよりも更に強い倦怠感が訪れればどうなるのか。
最悪の考えが過ぎる。
去年までは体の異常はなかったというのに。
ここまで強いものになるとは思いもしなかった。
今までは自身の戦争に対する妄想だとばかり思っていたが、ウィッチの性質を調べなければならない。
なんとか立ち上がろうともがいていると、自室の扉が開け放たれた。
バルクホルン大尉がいた。
なぜここに。
と思ったが倒れたまま視線を動かして自室の時計を見ると既に昼前だった。
起こしに来たのか、ハルトマン中尉みたいに。
俺を見るや否や彼女は血相を変えて駆け寄ってきた。
「立てるか。医務室まで連れて行くぞ」
ゲロで汚い俺に肩を回して廊下まで運び出してくれた。
汚れます、と彼女に伝えたが。
「知るか。お前の上官は誰だ、言ってみろ」
バルクホルン大尉でありますが。
今思えばあの時、彼女に殴られてでも食い下がっていればまた違った未来があったかもしれない。
俺に足りないのは勇気なのかもしれなかった。
医務室までお姫様抱っこですごく恥ずかしかった。
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