前書き
この度月間文藝ラプラスで新連載を持たせていただくことになった。名前はシュロ・トクジ。タマムシ大学を出て、エンジュ大でシンオウ神話の研究をしている。文学部の教授も兼ねていたりする。
私がいつも考えていることを——といっても、シンオウ神話のことばかりなのだが——日々あったことのエッセイに載せて書いていくつもりである。これに興味がある人がどれほどいるかは分からない。依頼された以上はやるが、どれくらい面白く書けるかは自分にも分からない。これを目当てに文藝ラプラスを買う人はごく少数だと思うので、気楽にやろうと考えている。
神話についてはなるべく丁寧な説明を心がけたいと思うが、何分シンオウ神話というものは大変奥深い。基礎知識を要求する話題が沢山出てくる。それが嫌いな方は、何があったかとか、旅行記の部分だけかいつまんで読んでくれても構わない。
無理をする必要はない。判断は読者の皆様に任せることにしよう。あまり身構えずに読んでほしい。第一回は、ガラルにいた時の日記からはじまる。
シュロ・トクジ
〇月△日
この度新連載が始まった。今つけているこの日記が紙面に載るのか、はっきり言って半信半疑である。現在はガラルに滞在している。ワイルドエリアは激しい砂嵐に包まれていて、テントの中で原稿を書きつつ止むのを待っている。大岩の周りにはイシズマイが集まっていた。ガラルらしくカレーをふるまってやろうかとも思うのだが、あいにく私は砂が混じったカレーを野生のポケモンといっしょに食べようという程の変人ではない。代わりに鞄の中のあらびきヴルストをハサミで切り、イシズマイの方に投げてみた。何もやらないよりはよかろう。
旅先では研究室から離れて、ケーシィと共にだらだらと本を読んでいる。まとめるべきあれやこれやについて考え、疲れたら原稿を書く。日記のような書き方だが、これもれっきとした原稿である。それにも疲れたら、スマホロトムと話すことにしている。
ロトムという奴は本当に頭が良い。だが、こういう話をするとロトムはいつも遠慮するのだ。それどころか褒め返されたりもする。ロトム曰く、教授職にあることが尊敬する理由だそうなのだ。偉い人だという感じがするらしい。
しかし、私に言わせてみればそれだけのこと。勉強はしてきたがまだまだ知らないことばかり、ぐうぜん教授になれただけである。機械にはめっぽう弱いし、テレビのチャンネルも回すことができない。パソコンだって使えない。ずいぶん前、パソコン通信が発表された頃にマサキ君と対談した。生みの親から説明を受けても分からなかった。多分、尊敬される人間ではないのである。それに比べてオーキドはよくやっている、と思う。
一応言っておくが、幼馴染だからこういう書き方をしているのだ。さすがにそこまで失礼な人間ではない。
砂嵐は未だやみそうにない。イシズマイの身じろぎする音を聞きながら、ロトムにテレビを映してもらった。ヘイガニにお尻をたたかれた芸人がギャーギャー騒いでいた。近頃の番組はよくわからない、と思った。
飽きて見るのをやめようとしたが、別のチャンネルでチャンピオンの試合が始まる。これは見ることにした。ガラルリーグは相変わらず大げさな興行だが、彼ら彼女らがこうやってお金を落とし、かつ私のような老人にまで「未来のために」と分配してくれるのだから、文句はない。
シンオウのチャンピオンは特にこの気が強いようで、たまにイッシュ古代遺跡の研究に行くから一緒に来ないか、と連絡が来ることもある。私を誘っても仕方がなかろうと思っていつも断っている。あまりに暇だったので、彼女が部屋を片付けられないのもまた筋金入りなのかしらん、とも考えてみた。すぐ飽きたのでやめた。この雑誌に書いていいのかと思うが、どうせ公然の秘密である。
みなさん、シンオウチャンピオンの部屋は汚いですよ。
さて、無敗のチャンピオンの試合を横目に見ながらブラックナイトに関する資料を読んでいる。近々ソニア氏という女性の論文を審査しなくてはならないため、その準備も兼ねてのことだ。どうやらマグノリア博士のところのお孫さんであり、画面に映るチャンピオンとは幼馴染でもあるらしい。アブストラクト(論文要旨)を見るかぎり非常に挑戦的な内容である。独創的で、却下されるか非常に優秀な成績を出すかのどちらかになるだろう。優れた仕事はしばしば受け入れがたいものである。チャンピオンと才気あふれる研究者やはり傑出した世代は重なるのだろうか?私とオーキド、キクコも同世代だ。いや、一緒にしたら怒られるかな。
そういえばマグノリア博士から一度、彼女が恐ろしく緊張しているとの知らせを受けた。神話学の第一人者に読まれるのは緊張する、とのことだ。あまり客観的に自分を見ないので、そのあたりのことはよく分からない。自然体で十分だと思いますよ、というようなことを返信しておいた。
気づけば神話学の第一人者とまで呼ばれるようになっていたが、実際はそういった研究を私が初めてやったというだけのことなのだから、尊敬すべきことではない。あの頃は無謀だった。それは私の資質が優れている、ということを意味しない。私は自分の能力でできることをやっているだけだ。彼女も同じようにすればいいのにね、とロトムに話したが、それが難しいから博士は尊敬されるのだと言われた。必要に駆られていて、かつ方法さえ分かっていればなんのことはないのだが。
気づいたらチャンピオンの試合が終わっている。圧勝だったようだ。ゴールドスプレーを再び吹き付けて、ペンを走らせる。頭がようやく冴えてきた。
その日はシンオウ神話のはじまりについて考えていた。「はじまりのはなし」という名前の文書には、
「初めにあったのは
混沌のうねりだけだった
全てが混ざり合い
中心に卵が現れた
零れ落ちた卵より
最初のものが生まれ出た」
とある。この一説からは、世界の始まりについての、ある種のイメージが読み取れる。こういった世界観をつくるにあたって、人間はまず、自分の知的活動が妨げられない環境、つまり文化的に発展した社会にいなければならない。そしてそのような神話において、ポケモンが人間に先立って生まれている。これは何を表しているのか。
兄と弟。姉と妹。強いのはどちらか?もちろん、兄と姉だ。つまり、先に生まれた方である。この神話で先に生まれたのは、ポケモンであった。この地域の人間はポケモンの力を借りて成長してきたのだろう。それと同時に、ポケモンに対してある種の畏れを持っているのだ。
これは現代まで脈々と受け継がれてきた価値観だと思う。だからこそ世間はロケット団のようなならず者に怒りを覚え、プラズマ団のような組織にだまされてしまう。この頃はギンガ団と呼ばれる組織も怪しいそうだ。シンオウ神話に出てくる各地を巡っているそうだが、何をするつもりなのだろうか。
私は、神話における混沌のうねりについてはなんにも言及するつもりはない。世界の成り立ちについて語られているものは、今のところこの神話ただ一つである。比較対象があればよいのだが、これだけでは根拠がうすい。だから、ソニアさんの論文には、実は大きく期待していたりする。
そういえば、宇宙の成り立ちはまさしく混沌のうねりであることが判明しつつある、という話を同じ大学の先生から聞いた。
シンオウ神話はわれわれに何を伝えようとしているのだろうか。、今は全然わからないし、完全にわかる日はもしかすると永遠に来ないかもしれない。だが、古代にこのような物語が生まれているというのは、何という驚きだろう。この連載を通して各地方と、そしてシンオウ神話の魅力を伝えられれば幸いである。
ケーシィが私の肩を蹴った。かなり力強かった。たぶん、何回も蹴ったのに私が気付かなかったといったところだろう。考えることに没頭するといつもこうなる。砂嵐が止み、イシズマイ達は影も形もなくなっている。全身にゴールドスプレーを吹き付け、テントを畳み、駅まで歩く。鉄道に揺られてうとうとした。
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