〇月△日
本当ならホウエンに行きたかったのだが、本日はフキヨセの搭乗口から降り、イッシュの歪んだ経済の中心部であるヒウンシティに来た。「実世界のポケモンの誕生について」というテーマで学際的なシンポジウムが開催されることになり、そこに招かれた。司会か発表か、いずれにせよ億劫だなあと思っていたが、事前の連絡によると儂は最悪ただ居るだけでよいそうだ。それもなんだかなあとは思ったが、結局引き受けることにした。
プラズマ団の野望は砕かれたが、チャンピオンが名も知れぬ少年に敗れて未だ先の見えない状況でも、経済は滞りなく流れているように見える。港に響く汽笛の間抜けさは轟音によって打ち消され、大波を立てて客船がどこかへ旅立っていく。地下水道に屯するスキンヘッドたちは煙草をふかし、足をぶらつかせながら船と一緒になって流れる煙をぼんやりと見ている。すべてを威圧するように聳え立つガラス張り、堅固なコンクリートの高層ビル群と、早足にすれ違うスーツを着たサラリーマン、OL達の人波に多少気圧され、物理的に流されながらも、どうにかかのヒウン大学、その一室まで辿り着いた。
階段教室のいやでも目に付く位置にどかりと腰かけて、かなり度が入った銀縁眼鏡越しに薄暗い会議室全体を見渡す。新進気鋭の若手研究者、精力的に研究を続ける教授、名の知れたリーグトレーナーなどなかなか見ない顔ぶれが揃っており、その隣にはそれぞれの(比較的小柄な)ポケモンも控えていた。こういったテーマで討議を行うのに、ポケモン自体が居ないというのも確かにおかしな話である。この状況もなかなかおかしいと言われればそれまでなので、皆さんはぜひそんなこと言わないでくださいね。しかし、流石はイッシュに名高いヒウン大学である。これも多様性というやつかしらん、と思う。
討議が始まった。時折は納得し、時折は間違っていると思い、時折はつまらないと思いながら、相も変わらず銀縁眼鏡の内側からこの時空を睥睨する。とある若手研究者の発表。職に困っているから、この発表を見たどこかからお声がかかればいいな、などとユーモアを交えながら言う。あまり気に入らなかった。
彼は図鑑にたびたび登場する「インドぞう」「ナパーム弾」といった言葉に触れながら推論していき、結論はというと、新たに確認されるポケモンと我々が持つ概念一般の関係、その傾向には何らかの法則性があり、未対応のそれを分析すればこの世界の新たな"何か"に到達できるのではないか、というものであった。大変結構な発表なのかもしれないが、二、三腑に落ちない点があり、何より儂の考えと全く食い違う点がある。のそりと手を挙げて質問したのだが、老化現象のためか、思いの外声が大きくなってしまった。若手の子はすっかり怯えてしまい、後で謝りに行ったところ許してはくれたのだが、曰く、怒声にも似ていたとのこと。
反省しなければとも思うが、何よりこうやって諸事情を公衆の面前で語ることによって責任を希釈しようという自分の老人的狡猾さが厭になってくる。シンポジウムが終わった。気分を変えようと思い、先程の研究者を誘ってヒウンアイスを食べることにした。年甲斐もなく頭をぺこぺこと下げながら、行列に並ぶ。彼は儂をどのような目で見ていたのだろうか。別に、どのような目でも構わないのだけれど……
並んでいる間、先ほどの発表についてゆっくりと言い聞かせた。さぞ鬱陶しかったことだろう。しかし、このような分野で事実の問題と意味の問題を混同することは非常に危険なのだが、誰もそれに気付かなかったのであろうか。そちらのほうが儂にとっては重大なことだった。
端的に反論すれば、こういうことだ。概念とは言語で捉えられたものであり、概念的把握とは言語で捉える把握の仕方である。その場合、概念を問題にするということは即ち、意味を問題にするということだ。そして先の研究で仮定されていた我々の知らない概念/ポケモンは、定義の時点で我々の認識を意味として超越する。どのようにすればそれを知ったことになるかが分かり、それを実行しうるなら話は別である。しかし"我々の認識に先立つ概念"の概念を、我々がどうすれば認識しうるようになるのか、我々が知ることはあるだろうか?
概念とポケモンが関係しているというのはあくまで科学上の仮説であった。あくまでも偶然的で仮説的な関係であるはずのそれに、さらに高次の性質を持つものを引きずりおろして推論の対象とすることに、何の価値があるというのだろうか。だからこそ科学的知識を扱う際には、それがどのような前提と資料と推論過程を経て成立したものなのかまで辿った上で、今問題になっていることに適用できるかを執拗に問わねばならない。概念≒ポケモンという対応関係の問題において、同一性の概念を前提にしたうえで、経験的事実の探求をやっているようでは、いけない。同一性の概念そのものもまた概念であり、その時点で我々は既に頂の見えない壁にぶつかっている。
この試みは、例えば嘘とは何かと問う際に嘘発見器を使うようなものだ。嘘発見器が反応するという事実をもって嘘だと見做すのか、それとも嘘だとわかっていることに嘘発見器が反応したために嘘発見器に異常がないと見做すのか――それは一般的には、後者のような見方が支持されるように、儂には思われてならない。もし前者をとるとすれば、宇宙が我々の嘘を規定しているなどと、誰が信じるだろうか。宇宙の嘘が我々の嘘と一致したとしても、それは偶然以外の何物でもない。あるいは、神の御業か……とすれば、個々の事象をよく検討もせずに、あたかもある時パラダイムシフトが起きたかのような口はきくなということである。
別に現代の携帯獣科学を信用するなということではない。このような分野において携帯獣科学にできることは少なく、この子にできるかはますます怪しい、ただそれだけのことだ。
考えている内に声が時間はびゅんびゅん過ぎていき、彼に対する明確な怒りが込み上げてくる。この発表に至るまでに、なぜこれほどのことも考えなかったのであろう。しばらく目頭を押さえこむような姿勢だったからか、彼が「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。儂は曖昧に頷き、アイスを一口食べた。冷たい甘みが広がり、それによってどうにか激情を抑え込む。もう日が傾いている。期待している、と言って別れた。連絡先を交換した。ヒウンアイスは溶けても非常に美味しかったが、それでも知覚過敏のためベンチに腰掛けゆっくりと食べる。傾けたコーン(元サンヨウジムリーダーではない!)の端からだばだばと真っ白い雫が汚れたアスファルトに零れ落ちる。
足元を見れば一匹のヤブクロンが寄って来ていた。白い雫を懸命に舐めている。後ろで広い海に夕日が反射し、不規則に揺らめいた。振り返ればガラス張りのビルは真っすぐに聳え立ち、夕日を睨み返している。サラリーマン、OL達がミツハニー達のようにぞろぞろと出ていき、元居た場所へ帰っていく。儂はその光景を、なんだかとても美しいと思った。なんだかボケてきているなあ、と思う。コーンを一口に噛み砕いて、ヒウンを出た。マコモ女史の研究室にお邪魔するのを忘れたが、それもよかろう。明後日はトレーナーズスクールで出張講義をすることになっている。今日はライモンのホテルに泊り、夜景を見ながら眠ろう。そうだ、それがいい……
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