――ハガネールは今度こそ起き上がらない。オーダイルは三度目のアイアンテールをこらえ、よろめきつつも左足で地面を踏みしめていた。息も絶え絶えに低く下がりかけた頭の、その最後の勢いのままに、踏みしめた足を軸に体を大きく回した。ハガネールは勘に従い、即座に、顎を地に擦れるほど低く、そして頭を斜めに構えた。もしアクアテールが来るのならば、冷ややかで滑らかなその額がその勢いを受け流すはずだ。それ以外ならば倒れるほかない。ミカンが激流を思わせるオーダイルの、宙を彷徨う尾の先を、じっと見つめていた。果たして、赤髪のトレーナーの指示の下繰り出されたのは、アクアテールだった。彼は、この技以外にない、と思っていた。それを見届けたハガネールは、勇敢な挑戦者とそのパートナーを讃えながらも自らの勝利を確信した。良いバトルだった、と、ハガネールは徐々に青くなっていく視界の中、思いがけずに、ゆっくりと意識を失っていった。
シュロ・トクジ『アサギジムでバトルを』
以前から思っていたのだが、研究者というのはどうやら、概してポケモンバトルにも精通していなければならないようである。我々は既にしてオーキド・ユキナリという、稀代のバトルの天才にして携帯獣学の権威が成し遂げてきた、数々の偉業を目撃している。シロナ女史はシンオウ地方のチャンピオンという立場にありながら、サザナミタウンの海底遺跡や、遺跡群が成立した歴史的経緯に関する興味深々たる著述を残してくれている。であれば、私も研究者の端くれである以上、ポケモンバトルに関して、何らかの理性的にして興味深い事実、あるいは理論を提供してもよいのではないだろうか。少なくとも、あの時アサギにいた私はそう思っていたようだ。ゆえにこのようなジャンルの雑誌、つまるところ主に
所用でアサギシティに寄ったとき、しばらく時間が空いたものだから、私は船乗りの集まる少しむさ苦しい、ゆえに気持ちのいい潮の香りがする食堂でピラフでも頼もうかと思いながら柵に寄りかかっていた。太陽が燦燦と輝く昼間で、用もなく岬にまっすぐ立っている灯台の、生真面目なアカリちゃんに驚嘆しながら、この生真面目な『することない仲間』と共に広大かつ神秘的な海を眺めて、はるか遠いカロスの海もこの海も、結局は同一の海であることを思い、私は空間という概念が含むものの広さ――空間とは、もちろん広さのことなのだが――そして尊敬すべき同期であるオーキド、尊敬すべき同志であるシロナ女史のことを考えていた。そのとき、丁度ミカンさんらしき影が灯台から出てくるのが見えた。ご存じの通りミカンさんはアサギジムのジムリーダーであり、そして私はポケモンバトルのことを考えていて、当然親交もあった。それが主な理由だろうか、ふと思ったのだ。そうだ、ジムバトルを見たい、と。
アサギの精一杯にカラフルな石畳を私は歩いていき、丁度ミカンさんが階段を下りきったあたりで挨拶を交わした(記憶が朧げなので、ここに掲載できるのはリアリティに欠けるやり取りだが)。
「アカリちゃんの具合はどうですか?」
わ、シュロさん、と少し驚いたような声を上げた後に、ミカンさんは花のほころぶような笑顔を見せる。(おじさんがこう書くと少し気持ちが悪いですね。だがこう書きたくなる気持ちもわかってもらえると思う。なにせミカンさんはいい子なのである)
「わざわざ来てくださったんですか」
ミカンさんは嬉しそうに笑った。こういう人柄が街の人々から愛される理由なのだと思った。それに、毎度毎度シャキーン!と言える胆力とサービス精神も、人気に貢献しているに違いない。
「いえ、所用で近くまで来たもので。この頃アカリちゃんの元気がないと聞いていましたから、心配になって。お見舞いに行っても?」
ここで説明すると、アカリちゃんというのはアサギの灯台にいるデンリュウのこと。このところさらに体調が悪くなったらしいが、現在は心優しいトレーナーのおかげですっかり元気になっているらしく、何よりである。で、ミカンさんが言う。
「もちろんです! ……その、シュロさん、わたしも一緒に行きましょうか? 腰を痛めたりとか……」
「わっはっは。お気遣いは嬉しいですが、ミカンさんは降りてきたばかりでしょう。なあに、まだ灯台ぐらい登れます。ごゆっくりなさってください」
腰の心配をするとは、相当な天然である。思わず笑ってしまった。私がこう答えると、ミカンさんは顎に人差し指を添えて、むむむ、と少し悩むようなそぶりを見せる。しかし少し間をおいて、彼女の顔がパッと明るくなった。
「でもわたし、アカリちゃんには何度だって会いたいですから!」
どうしたんだろう、と思ったらこれである。全く、ジムリーダーというのは見上げた人間だ、と思った。
ともかくアカリちゃんのお見舞いを終え灯台を降りるときに、私はミカンさんの鋼の芯が通った優しい心に感動しつつも、それを利用し邪悪な期待をかけるように話を切り出した。
「この後、ジムバトルの予定はありますか?よければ、観戦させてもらえませんかな」
「いいですよ!」
ミカンさんは笑ってそう言った。そう答えてくれることはなんとなく分かっていた。少し心が痛んだが、かくして私はアサギジムのバトルを観戦させてもらえることになった。
どうやらチャレンジャーは万全の体制でジムに挑みたいらしく、その子がポケモンセンターから戻ってくるまでの間、ジムトレーナーの方にコイルを見せてもらった。私の頭ほどの大きさしかないのだが、だからこそ隅々まで丹念に磨き上げられており、そのU字の鈍く光る磁石と鋼のつやつやした丸い体が微妙な均衡を保って一つの美を形成している様を観察するに、賛嘆の念を抱かずにはいられなかった。だが、これだけでも美しいのに、二つ、それどころかさらに多くの生命がぶつかり合うバトルでは、一体何が起こるのであろうか。この美を保つ以上の価値は、果たしてそこに存在するのか?この年まで生きてきて、ずっとそう思っていた。そしてこの美を見た瞬間でも、それは正直で有効な感想であることを私は再確認した。さて、コイルを様々な角度から眺め、鋼タイプもさすがに照れを覚えるかという頃に、チャレンジャーは黒服に身を包んで登場した。では、検証してみようではないか、と、私は席に着いた。
アサギジムのポケモンは、その特性上、通常のはがねタイプよりタフであるらしい、とハガネールを見ながら思った。潮風に吹きつけられながら、錆びつく様子もなく涼しい顔で道路を闊歩している姿からも、それが伺える。ジムバトルの興味深い側面の一つは、ジムバトルにおいてのみ私のような学者――つまりポケモンバトルとあまり縁を持たない、言うなれば弱い学者――が自然的な環境に根差した強いポケモンとトレーナーを生で観察する機会を持てる、という事実だろう。とはいえ私は何度もキッサキ神殿に潜り込み、ケーシィのテレポートで命からがら逃げかえってきているので、何が強いポケモンか、ということぐらいは、失礼だが他の方々とは違い鋭敏に分かる。
だが、研究者として過ごした三十余年の観察体験の中で、あのように目的意識を明確に持って鍛え上げられた、鋭い強さを持つポケモンを生で見たことはなかった。チャレンジャーはどれ程の強さなのか、と思い反対側を見ると、驚くべきことに私が戦ったこともある赤毛の少年がいた。コートに立つは荒々しい潮の、鋼さえ貫くような白い牙を見せて腕を組み――今思えば、少年は客席に見える私を睨みつけていたのだろう――ムスッとした顔の赤髪のパートナーとは対照的に、不敵に笑っているオーダイル。あの時のワニノコか、と私は直感した。
「お互い、よいバトルにしましょう」。毎回、そんな言葉が試合の直前に吐かれるのを見て、こんなものはまったく意味のない定型文なのだから今すぐにでもやめてしまえばいい、と私の友人の研究者が言ったことがある。彼は言うだけあってバトルが強かった。しかし、ジムリーダーほど強くなることはなかった。私は今まで気に留めていなかったのが、この言葉が聞こえた時、彼がジムリーダー以上に強くなることなどそもそもあり得なかったということが、ミカンさんとチャレンジャーの少年が交わした一瞬の目線から、コートに張り詰めた緊張感から、審判がルールを説明する声の震え、はためくフラッグとポケモンバトルという行為の全てのオーラから、分かった。彼らはどんな挑戦者が来ようと、よいバトルにしよう、と本気で言っている。
チャレンジャー――赤髪の彼――がそれに応えることは無かったが、彼は彼自身のよいバトルを実現しようと、本気で思っていたことであろう。勿論断言するが、私の友人はよい人間であり、よいトレーナーであり、よい研究者である。しかし、これをまったく意味のないことだと断じるその一点において、それだけでジムリーダーに勝ち目はない、と私は洞察した。私には分からないが、読者の皆さんにも、そのような経験があるのではないだろうか。思いがけず現れた若い才能に、自らが培ってきた小さな、しかし砕けることは無いように思われた自信が、粉々に踏み砕かれるような経験が。まあ、その後に始まるバトルに比べれば、どうでもよい話である。
私の目撃したバトルは、強者特有の睨み合いもなく、ただ純粋な技の応酬で始まった。あまりに爽やかな港町の空気が、アサギジムに満ちていた。窓から差し込んだ日光が武骨な鋼のアーチを照らしていた。そのコートにあって、少年の方のオーダイルは一度戦ったことがあるとはいえ、ここまで進化すると余りに見慣れない雰囲気だったし、ミカンさんのハガネールは暫く眺めていても全く色褪せない鈍色の輝きを全身に漲らせており、普段私が見ているポケモンリーグと水準は同等であるはずなのに、どこか途轍もない違和感があった。昔、オーキドのバトルを観ていた時にも、どうしてか、ここまでの切迫感はなかったからだ。
振りぬかれる。突起を持った数珠つなぎの胴体の、冷厳な有刺鉄線を千本束ねたような尾だ。それに大顎の暴君のエンジュの紅葉にも似た深紅の尾鰭に渦巻く水の塊が激突する姿を描くには、そうとうに腕のいいドーブルを必要としただろう。もちろん、あの場にドーブルはおらず、激突は一瞬だったのだから、厳密には、その光景はドーブルが写すに相応しいとは言えない。それに、ハガネールやオーダイル自身、自らの意思を表明したとして、この瞬間の昂揚を絵に描いてほしいと望むかどうか、極めて疑わしい。それよりはむしろ、仮に彼らが願望を表明するならば、あの戦いをもう一度、と自らのパートナーに訴えたことだろう。だが、砂埃を立てて両者の尾がぶつかり合い空気を震わせる光景は、私の中でポケモンバトルとは何かを考えるきっかけとしては、あまりに贅沢なものだった。
ポケモンバトルに関して言えば、映像や資料、技を"一手"として捉える見方に慣れきってしまうと(それはそれで難しいコトだ)、誰でも一人前の持論を述べることは可能である。私がそのような視点を獲得したのは、先ほど語った研究者のバトルを見せてもらった時だった。全てが予期されたように動いていた。遺跡から発掘された大いなるガラクタの制作された年代を計器で測定するのをただ待つように、彼が勝つのは決定された結果に過ぎないとでも言いたげな目をした相棒のウィンディの姿を見た時に、そうなのか、と感じた。それは私の中にある一つの狂気かもしれなかった。私がバトルの論評を書くようになったのもその時からだった。批判などあるわけがないと思っていたし、読者諸賢もご存じのように、実際に批判は数えるほどしかなかった。今までの論評は全て解釈学的視点から為され、かつこの視点で見ることに、私より習熟した人間はいなかったようだ。
しかし、ここにきて考えは変わりつつあった。オーダイルのアクアテールが弾け飛び、コートの土を濡らすのが見える。ハガネールは振りぬいた尾の勢いそのままに体を回転させ、とぐろを巻き、ミカンさんの指示に従い注意深く構えなおした。低い鳴き声が聞こえた。私は相当の緊張を覚えて、それを落ち着かせるためにポケットの中に手を突っ込んだ。再び両者から鋭い指示が飛ぶ。ハガネールは「てっぺき」を、オーダイルは「みずでっぽう」をそれぞれ選択したらしかった。その豪快な口に似合わず、鋭くすぼめた口先から――もちろん、みずでっぽうとは思えない威力ではあったが――戦況を動かすとは到底思えない技が繰り出される。これは正直に言うが、本当に理解しがたい選択だった。何より信じられなかったのは、ミカンさんとハガネールが拍子抜けした、というような素振りを全く見せなかったことであり、それ以上にショッキングだったのは、技を出すにあたって赤髪の少年が私の方を見たことである。
ウツギ研究所の周辺でこの少年と戦ったことを覚えている。めざめるパワーにより少し削れた、濡れた土くれが周囲の草むらにカサカサと音立てて飛んで行った。水浸しのケーシィの目の前、ワニノコがその上で倒れていたが、それらの事実は私のバトルの腕前の乏しさを示して余りあると言えよう。めざめるパワーが発散していること、それ程の実力差がありながらもみずでっぽうを喰らわせてしまったことからも、様々なことが読みとれる。俯いている少年から賞金を受け取るのも忍びなく、おいしい水と引き換えということにしてすぐさまその場を去ったのだ。そして国際警察に呼ばれたのである、理由はここにも書くことができないが。
「てっぺき」によりただでさえ硬い身の守りを盤石なものとしたハガネールは、ミカンさんの指示に迅速に従いつつも、どこか悠々とオーダイルに近づき、高威力を狙う「アイアンテール」の予備動作として再び体を大きく回転させた。チャレンジャーはほんの一瞬目を堅く瞑り、「こうそくいどう」の指示を出した。オーダイルはそれを受け入れて足を踏み鳴らし、そして躍動する足の筋肉の残像を残しながらもコートを滑るように吹き飛ばされていった。
物凄いものを見たぞ、と思った。あまりに澄んだ港町の空気の中で、相手のトレーナーの意思を汲み、技を真っ向から受け止めて次に繋げようと奮闘するオーダイルの姿は、まさしく意志の塊といえよう。飛散したはがねエネルギーの衝撃を一身に受け止めるのは今思い返しても異様な記憶映像であり、現実は資料のように行かないというような理想論ではなく、資料のような現実が実現されるということこそが驚くべきことなのだ、という感想を抱かずにはいられなかった。そこには剥き出しの現実性があった。
オーダイルは空中で前傾姿勢をとり、手足を地面に叩きつける様にしてその勢いを弱めた。四本が重なって三本になり、再び交差して四本に戻る、深い傷跡がコートに残っていた。赤髪のトレーナーが、当然いけるな、と言った。先程よりも二回り大きい鳴き声がジムに響いた。相変わらず窓からは日光が差し込み、硬質な金属に熱を宿す手助けをしていた。ハガネールの余力を大きく残して、バトルは一区切りを迎えたように見えた。
概してポケモントレーナーは、自分のポケモンのことを深く知りたがるものらしく、そこは携帯獣学者に通ずるものがあろう。なぜ彼らはポケモンのことを深く知る必要があるのか。ポケモンが生きており、そこに絆を築かなければならないためである。しかし、絆なるものの正体は何なのか、これは何を意味するのか、一度考えてみる必要がある。断っておくが、私は携帯獣学者ではない。そもそも観戦記なのだから、これは例えられぬものを例え、バトルに交えつつ無理を承知でささやかな論を展開するという小さな試みに過ぎない。しかし、私が"バトルの何たるか"から未だ程遠い場所にいるにも関わらずアサギジムのバトルに一つの真実を感じた時のように、ポケモントレーナーの方々が何か——真実に近いもの——をこの文章から読み取っていただけるのなら、勿怪の幸いと言うほかない。
オーダイルは再び、ハガネールの濡れた喉元に鋭い牙を突き立てようとしていた。ハガネールは鎌首をもたげ、トレーナーの指示通りに、引き付けてアイアンヘッドを喰らわせようと思っていた。先程とは桁違いの素早さでオーダイルが駆けてくる。その距離を見定めるように身を乗り出したハガネールは、渾身の力を頭にこめて突き出したが、手ごたえはなかった。オーダイルは直前に宙へ飛んでいた。鋼の顔面が真下を通過するのをオーダイルは感じ取り、頭から落下し断固としてつやつやと輝く胴体に噛みつく。ハガネールは、盛り上がった胴体にがっちりと食いつかれながらも身を振りほどくと同時に、自分の関節の一つが凍り付いていることに気づいたようだった。オーダイルの歯はひどく傷ついていた。
ポケモンバトルを見てすぐに分かるのは、事実として、絆を結んでいないポケモンと絆を結んだポケモンとでは、絆を結んだポケモンの方が強いということである。中にはトレーナーを命を賭して守るポケモンも居るというが、私が見た光景はその記述が真実であると実感させるに十分なものだった。もしトレーナーとポケモンの間に――どのような種類のものであれ――確かな信頼関係がなければ、何がオーダイルを突き動かし、てっぺきを重ねたハガネールの胴体に、痛々しい牙を何度も突き立てさせるだろうか。まさしく、野生にはないそのような絆が存在するのだ。
ハガネールは不自由な胴体を気にしながらも、指示の通りアイアンヘッドを繰り出してオーダイルに猛然と突っ込んだ。攻撃が大振りで高威力になっている、その勢いを利して、オーダイルはハガネールを誘導し、隙を見つけては的確にみずでっぽうを撃ち込んでいく。私は潮風を肌で感じながら、赤髪の少年が時折こちらの方を確認するのを眺めていた。オーダイルの鼻先すれすれのところをハガネールが通り過ぎかけたとき、尾が光った。それからすぐに少年は指示を出したが、私の目にも、オーダイルが再び硬度を増した尾の一撃を顔面に喰らい、コートに叩きつけられ横滑りしていくさまが見えた。追撃は辛うじて避けたが、体力はあまり残っていなかった。オーダイルは傷ついた口元から、ぺっ、と砂交じりの粘液を吐き出した。ハガネールが尾をコートに叩きつけた。氷はいつの間にか溶けていた。来い、と全身で言っていた。
絆とは何かと考え、ようやく満足のいく定義が与えられたかと思うとまた予想外の反応が観測される、とはアクロマ君の談である。絆について語る際に、しばしば言及されるのは概念の定義だが、絆は定義からはみ出るようなアクチュアリティーを有しているように感じられる。その限り、絆を定義するという試みは一つの比喩の形成作業でしかあり得ないように思われるし、実際に絆は定義などされず、ただ結ばれる。しかし、一つだけ言えることがあるとすれば、絆を結ぶ当人が、そうすれば強くなれるということを理由として絆を結ぶのは、不可能に近い、ということである――なぜなら、絆は分からないのだから。オーダイルがアイアンテールを喰らうあの瞬間を時間の幅として捉えたなら、あの時絆は乱れていたに違いない。だが、ハガネールが地面に尾をたたきつけた瞬間、少年とオーダイルの心は一つになったに違いない。
オーダイルは波を身に纏い、ハガネール目掛けて突進した。なみのりの最中、腹の底から息を吐き出して、吠えた。ミカンがそれをキッと見据えている。ハガネールは尾をコートに叩きつけ、コートにエネルギーを走らせ、ストーンエッジのタイミングを伺っていた。少年はオーダイルの背中をじっと見つめ、何一つ見逃さず相手の動向に注目しながら、少しだけ顔を顰めた。岩が砕け、水が飛び散り、空気が冷える。とうとうオーダイルはハガネールの目前まで到達し、手痛い一撃を喰らわせた。オーダイルの決死の一撃は、ハガネールの予想と比べて、あまりにも前方で決まり過ぎた。急所に当たったと分かり、私は頭を抱えてのけぞる。このようなことは
その一部始終を、ミカンさんは見守っていた。もとより耐久力の高いハガネールが、てっぺきを二回重ねている。相性の悪い技を急所に食らったハガネールは、オーダイルよりは幾分体力を残していた。そして、ハガネールは、銀色の偉大なる大蛇は、尾を鉄の色に光らせており、その頑健なる尻尾はゆらゆらと左右に揺れて、コートに小さく砂煙を立てていた。少年はオーダイルに距離を置くよう指示し、未だに高速移動の効果は健在だった相手を追いすがろうとするハガネールはさすがに体をふらつかせて、よろめいた。かと思うと首を大きくのけぞらせて敵を見据え、全身を大きくうねらせた。次の瞬間、ハガネールはオーダイルの方に突っ込んできた。
私は当然、少年がアクアテールを指示するものだと思っていた。両者がぶつかり合い、最後に立っている方の勝ちだと。しかし違った。聞こえてきたのは「こおりのキバ」という言葉、見えたのはアイアンテールが届くほんの少し前、ハガネールの胴体に今にも砕けそうな牙を突き立てるのと引き換えに、右腹を痛打されるオーダイルの姿だった。バランスを崩したオーダイルは醜悪なまでに目を見開き、ハガネールを睨んでよろめいた。オーダイルは猶も片足で地面を踏みしめていた。それを察知し、頭を低く構えたのはハガネールの手柄だろう。オーダイルは、耐えた。次はハガネールの番だ、と思った。"アクアテール"という声が聞こえ、それに応えるように"受け流してアイアンヘッド"という声。後はミカンさんも少年も、二体のポケモンの動きを静かに見守っていた。しかし、あえてこう書くことにしよう。彼、彼女は共に戦っていたのだと。
オーダイルは息も絶え絶えに、激流のような尾を振った。ハガネールはタイプを忘れさせる程流麗な動きで、軌道に自らの頭を添わせようとした。尾が滑るかのように見えたのもつかの間、胴に張った薄氷がハガネールの動きを鈍らせた。少年の叫びとともに、後ろに続く激流が全てを飲み込んだ。
あまりに清々しい午後三時のアサギジムの中で、オーダイルは一匹、金縛りにあったかのようにぽつんと立っていた。赤髪の少年は背筋をシャキッと伸ばし、足取りも尊大に近づいて行ったが、あの時の少し嬉しそうな顔、ジムバッジを渡すときの、ミカンさんのどこか誇らしげな顔を、私は忘れない。ポケモンバトルとはある種の絆である、という命題が私の中に降りてきた。
絆とは、当然ながら相互の関係でしかあり得ない。真に強くなるためには、絆を深めることが既に自己目的化していなければならない。それゆえ、ポケモンバトルとは情熱的な闘争であると同時に、絆という原始的な抑圧機構なのではないだろうか。いや、そうであればどれほどよいだろう。抑圧機構であるがゆえに顔を出す根源的な情熱、ポケモンバトルにはそのような次元が確かに存在する。そう思った。
その内纏めようとは思いますが、今のうちに旅日記で散らかった論点を整理して、構造化してみるのも楽しいかと思います。さて、今回はだいぶ書き方が違うため、感想・評価等いただけると大変励み、また参考になります。その他質問、誤字脱字報告なども、お気軽にどうぞ!
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