〇月□日
一昨日昼過ぎにコボクタウンを発ち、昨日の昼頃シャラシティに着いた。酷暑は鳴りを潜めている。夜中にひっそりとキャンプをしたせいか、着くなり少しマスタータワーを眺めただけで、その後はずっとポケモンセンターに閉じ籠る。最近、旅をしているとこういうことが多くなる。路地裏の子供たちが気にかかり、その都度思考は緻密に形成した神話的概念空間から引きずり出される。ハードマウンテンの伝承を想い起してからというもの、何もかもがうまくいかない気がする。だが、これも旅の醍醐味と思うと思考は進展し、朝から街を散策する元気も出るのである。
先日書こうとして取りやめた、ポケモンと繋がる山岳信仰について考えを進める。その地に伝わる伝承では、アルセウスによるシンオウ創造の際に零れ落ちた滴より生まれたのがハードマウンテンとヒードランであり、ヒードランは火山の噴火を司るとされている。だが、この伝承は、アルセウスが実際に世界を生み出したポケモンである、という前提から始まっているのだ。思い切って言ってみれば、これは相当に奇妙である。アルセウスは卵より産まれ、時間と空間を生み出し、記憶―感情―意志を生み出し、それにより"もの"と"こころ"が生まれ、世界が出来上がる(二匹にモノ/三匹に心生ませ/世界形作る)――その際に滴が零れ落ち、ハードマウンテンが誕生する、というわけである。
だが、ヒードラン伝承の全てはシンオウ神話の根幹から遠く隔たっている。"はじまりのはなし"における時間と空間は"我々が認識する世界"の象徴であり、実は世界それ自体を表しているということはないのだ。世界それ自体はむしろレジギガスにまつわる神話に描写されており、特に拙著『地図と國引き』(セキチク書房)に詳しい。時間と空間という言葉はあらゆる意味で根源的であり、傍から見ただけではどのような意味なのかを察することはできない。我々は時間と空間がどのようなものであるのかは了解しているし、その都度適切に使うことができる。だが、それは我々が感じている限りのものであって、言葉に飲み込まれている一般的な時間と空間が
ところが、ヒードラン伝承はシンオウ神話体系とはかなり隔たっているにもかかわらず、歴史上の古代シンオウ人の足取りをつかむ手掛かりとしては、かなり特殊な位置を占めている。火がもたらす力とは何か? 鉄器である。そして鉄器、さらに推し進めれば武器の概念は、トバリの神話の成立とも関わってくるはずだ。人間がポケモンに与しうる力としての武器を発展させた古代シンオウ人は、しかし、ポケモンと手を取り合った別の人間に打倒され、現在のような位置を占めている、ということは有力ではないにせよ、それなりの根拠と説得力を持ち今なお検討に値する仮説といえよう。しかしこのまま延々とヒードランについて書くと読者が減りそうであるからして、ここで筆をおくことにする。
疲れを感じてマスタータワーから出ると、もう日が暮れている。夕日が眩しく、空は焼き付くようなオレンジと赤のグラデーションで染まっており、マグマさながらである。ハードマウンテンでのことを想い起しつつ、しばらく夕焼け空を眺めると、ヒードランが伝説として語られるのにもなんとなく合点がいく。あれは、マグマの象徴なのかもしれない……なんでも象徴化させたがるのはお前の悪い癖だ、という声が聞こえてくるようであるが、本当にそう思った。
刻々とタワーの影が回り、水面にまた伸びていく。五日後にホクラニ天文台で、マーレイン氏とあと一人は誰だったか、鼎談の予定がある。そろそろ休もうと思い、ポケモンセンターに戻った。
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