〇月□日
スボミーインというホテルで、今日は朝からSNSというものを見ている。備え付けのソファーベッドが非常に快適である。わいろをもらったからこう書いているワケではなく、本当に快適なのだ。みんなも泊まればいいと思う。寝心地がいいから。
SNSはpoketterを主に運用している。文字数制限がある分、つぶやきたいことをびしっと収められたときはすさまじい快感だ。この前のツイートにオーヌキ君が何やらリプライで言っていたが、私にはどういう文脈でこの言葉を発したのかよく分からなかったため、触れないことにした。おーぬ貴君は知り合いの優秀な学者なのだが、poketterだと何を言っているのかよく分からない。ヤブクロンはボールの中に、という諺もある。触れないのが最適解だと私は確信している。
画面に並んでいるジムリーダーや四天王、チャンピオン。同僚――博士というのは得てしてあまり呟かないようだが、プラターヌ博士と娘の方のアララギ博士は例外のようだ――の呟きをぼけっと見て、今日もあれこれ考える。
立場が上になればなるほど事務的なつぶやきが増える。業務連絡が多いアカウントは見ていてあまり面白くない、と思う。それがかえってミステリアスな時もあるのは理解しているけれど、はじめからそういう雰囲気を狙うのはどうなのだろう。
そんなことをロトムに話すと、シュロ先生が時々SNSの厄介オタクに見える時があると言われた。それに憤慨して10分ほど追いかけっこになり、またpoketterのタイムラインを見ているとダンデ君の"グッドゲーム!!最高の試合をありがとうだ!"という呟きが。私も何かつぶやかなければ、という気分になり、"私も見ましたおもしろかったです"と入力するのに小一時間掛かった。走ったので指が震え続けたためだ。ああ、内容の無さたるや!耐え難い時間の浪費であった。
少し休んでようやく気を取り直し、ホテルの机に資料を積み重ねて、ガラルの言い伝えとイッシュ地方の神話の関連性について考えてみた。共通項を抜き出し、特性の研究結果から導き出された事柄を一つ一つ並べて、ああでもないこうでもないと苦労して繋ぎ合わせる。そして再び考えると、そのほとんどが間違っているように感じるのだ。なんという苦労だろう、しかし研究とはこういうものだなあ、と全身で感じる。確かにつらい。つらいからこそ、楽しい。そう考えて再び横になり、そのままSNSを見た。ハリーセンが水を吐き出す動画が流れてきた。
目が痛くなってきたのでケーシィと神経衰弱をし、全敗して気分を損ねたところで、再びホテルの机に積み上げた資料と格闘する。それにも疲れてからはフレンドリィショップに寄った。普段は教授としてある程度の尊敬を受けてはいるが、肩書がなければ私もただのおじいさんとしての眼差しを受けることができるのだなぁ、ということが分かって、嬉しかった。
街の人は皆優しい眼差しだった。シンオウ神話が築いた価値観、"他者への尊敬"は、ガラルという土地でも共通なのだ。アララギ博士の「ポケモンは人と人とを繋ぐために生まれてきてくれたのかもしれない」という心温まる名言の通りだ。ホテルへの帰り道、神話は世界を善くしているかもしれない、とつぶやこうと思った。しかし、今日はもうチャンピオンの勝負について呟いていたので、やめにした。こっちを呟けばよかったかなあと思う。
今日も「はじまりのはなし」について考えたのだが、どうもまとまらない。
「最初のものは
二つの分身を創った
時間が回り始めた
空間が広がり始めた」
というテキストは短いが、これは非常に重要な一文で、面白い。最初のものが分身を作ると同時に、空間が広がり、時間が回る。時間が回る、空間が広がるという表現には、思わず膝を打つ。空間が生まれるのではなく、時間が流れるのではない。それを語っているその時から、すでに時間の概念、空間の概念が適用されているためだろう。
空間がなければ、時間がなければ、創り出された分身は空間的位置を占めることは不可能である。「創り出された」と過去形で語られることも、意味を持たない。どういうことか。そもそもの空間がなければ卵が存在することはできない。卵より小さい隙間に卵が入るだろうか。答えはいいえ、だ。まして空間がないのだから、卵は存在できそうにない。ゆえに始まりのポケモンもなく、分身も体を持つことができないだろう。その分身が実態を持つポケモン、すなわちディアルガとパルキアであると想像する限りは、という話だが、これはおかしい。
時間も同様である。時間が"ない"とはどういうことか?最初のポケモンが二つの分身を作り出すまでに、"までに"と語りうる時間は過ぎ去っていなかったと考えるのもまた、おかしいではないか。とはいえ、これは我々のことばの問題なのかもしれない。ここはもう少し検討されるべき部分だろう。時間、空間、物、心。新品のメモに最初に書くのはいつもこの言葉だ。
最後に一つ、少しどうでもいい話。あの有名な「おくりのいずみ」の話は、時間が回り始めたという独特の世界観に基づくものだと考えることもできる。回帰する時間と有限の命。その解釈が正しいとは私も思わないが、そういったことを想像してみるのもまた、楽しい。明日は雑誌の企画か何かで、マクロコスモスの某という人間と少しだけ話すという予定がある。パックのロズレイティーを一杯作り、飲んで、寝ることにする。薫り高いが、やはりこれはアローラで飲むべきものだという囁きが全身を駆け巡った。アローラの澄んだ空気が恋しい! そんなに吸ったことはないけど。対談が終わったらエンジュに戻る予定だ。マツバ君に土産でも持って行こうか。
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