シュロの神話学的旅日記   作:加藤ブドウ糖液糖

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26.虹のきざはし/エンジュにて

〇月□日

 

 冬の終盤の晴れ間。乾いた太陽の光が葉を落とした木々の枝の隙間から歩道に差し込んでいる。外套を着ずに出歩いてみると少し肌寒い。この連載を始めてから、一年が経過したらしい。ガラルではホテルに閉じ籠っていたため気づかなかったが、エンジュに戻ってくると冬の寂しさのようなものをまざまざと思い知らされる。薄い灰色の靄がかかったような青空。影のような山並みを背景に、スズのとうが屹立している。あと何度これを見られるのかと思いを馳せてしまいそうな、つまり自分の存在に不安を抱かせるような、眩暈がするほど美しい光景である。

 エンジュに戻ってからというもの、頭が冴えて仕方がない。もうすぐ死ぬのかと弱気になりつつも研究室で筆を進める。本日、Poketterで進捗を報告していた『シンオウ神話体系I』ならびに『ギラティナ、その追求と点検』が完成したので、すぐに原稿を出版社に送った。『シンオウ神話体系I』は断片的に語られるに留まっていたシンオウ神話を体系的に纏め直し、かつ可能な限りの解釈を提示することによって、読者が神話の全体像に触れることができるような本にすることを目指した。神話の全体的構造を可視化し、時代背景にも網羅的に触れられれば、本書は極めて有意義なものとなるだろう。この本が以上の目的を達成できているかどうかの判断は、読者の皆様に委ねたい。

 『追求と点検』の構想は二十年ほど前からあり、これはシンオウ神話を象った後でその思想の矛盾点を追求し考察することを目標にしていた。無論その巧みに隠された矛盾と現代の反社会的組織のイデオロギーの関連性についても言及している。最も、それについて本質的なことを言うためにはシンオウ神話そのものについて知らねばならなかったから、まずシンオウ神話とは何なのかについて根本的に考えなければならなかった。40年ほどかかってしまった。その結果機を逸してしまい、本書でも素描しかできていないことは残念に思うが、後悔はしていない。『シンオウ神話体系I』において儂はこの生涯の中で最高の仕事を成し遂げたと確信しているためである。

 心残りがあるとすれば、『体系I』が儂の探求の終着点、最終的な立場を示すものではないということだ。それは『追求と点検』の素描と、後進の研究者による解釈に譲るほかない。『体系I』は区切りこそついているが未完成である。重要なのはシンオウ神話の深遠なる思想を細部まで掘り起こしながら絶えず視点を移動し転回し、ゆくゆくは超克することであった。できればそれを成し遂げたかった。そうはならなかった。悲しきかな、儂がこの仕事を達成できる時間はとうに彼方へと過ぎ去ってしまったようだ。

 原稿を出版社へ送った後は、フーディンと共に当てもなく散歩する。時刻は昼過ぎだが、外はさほど暖かくなってはいない。ケーシィだった頃とほとんど変わっていない街並みを確認しながら、折角進化したのだからその頭脳で様々な問題について教えてくれればいいのに、と思いつつも口には出さずに、古都をうろつく。視界がぼやけていて、老眼鏡を常につける必要があるかもしれないと考える。やけたとうは今日も健在だが、中に入ることはもう断念したほうがよさそうである。

 それにしても、エンジュ大学の教授に着任してからかなり経つが、終ぞホウオウ、それどころかいかなる伝説のポケモンをも見ることはなかった。別に、見たから何になるということでもないが……。




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