シュロの神話学的旅日記   作:加藤ブドウ糖液糖

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いつぞやの鼎談のフルバージョンです。全員に読んで欲しいです。


鼎談(Full version)

 

 

 

はじめに

 

 この鼎談(ていだん)のきっかけは、今年の〇月、ある週刊誌のレヴュー欄に掲載された、拙作『アルセウスの見た宇宙』(トクサネ学芸出版)についてのラフィングドッグ氏の書評を読んだミアレ出版社の人からもたらされた意向であった。現代人における神話や、ゲームにおける物語の制約についてラフィングドッグ氏と忌憚なく話し合ってほしいと言うのである。

 ラフィングドッグ氏は――言うまでもないと思うが――遊びに関する鋭い視点を以って数多くの作品を世に送り出し、世界に多くの支持者を持つPoketterの創業者である。ただ、これまでは主として小説やゲームのストーリーに対する評論はあれど、今回のように神話や現実の出来事を基にした新書に立ち入って論じることはなかったらしい。無論、これは適当な機会がなかっただけのことであって、ラフィングドッグ氏の無関心のせいではない。それどころか、このような新書や学術書には親しんでいるに違いない。

 ところがミアレ出版の編集者の人が、「オッ、この食いつきは……」と、謎の手ごたえを感じてしまったらしいのである。はじめこの話を聞いたのはお気に入りのレストランだったが、儂はオールド・ヴィンテージのアサメ産ワインを飲みながら、「こいつバカじゃなかろか」と思った。もしかしたら口に出してしまっていたかもしれない。さらに、元キャプテンでありながら天文学にも深い造詣を持つ麒麟児、マーレイン氏にも対談を打診している、と伝えられ、「ああ、ミアレ出版の人は働きすぎでおかしくなっちゃったんだ」と思った覚えがある。こちらも、もしかすると口に出ていたかもしれない。

 そんなぐちゃぐちゃな成り行きではあったが、結果的に両氏が承諾され、まさかの鼎談という形でホクラニ天文台に集い、あのように刺激的でエキサイティングな議論ができたということは、本当に奇跡としか言いようがないであろう。トクサネ学芸出版の皆様、ミアレ出版の編集者様、ラフィングドッグ、マーレイン両氏に今一度感謝を申し上げたい。

 さて、本鼎談は非常に内容が濃く、じっさい本誌には三週間に渡って掲載される予定である。題は『ゲーム・宇宙・そして神』。最先端の宇宙論とゲーム開発の最前線、そして古代シンオウ神話研究の今、という食い合わせが悪そうなテーマではあるが、ラフィングドッグ氏の鋭い観察眼やマーレイン氏の細やかな気配りに終始助けられ、結果としてはとても面白いものになった。少なくとも儂はそう感じている。

 最近のPoketterにはさまざまな機能が追加され、儂のような機械音痴でも相当に扱いやすいものになっているようである。ご本人もそれに力を注いでいるという自負があるらしく、対談の中で、「自分は世界をより親しみやすいものにするために開発を続けてきたが、観念的なレベルではいつの間にか天文学や神話学のような話になっている」と語っている。しかしながら、氏はまだ人間・ポケモン原理や超越論的ポケモン論の内部には入っていないから(儂も前者には詳しくない)、そこは儂やマーレイン氏に尋ね、こちらもラフィングドッグ氏にいくつかのことを尋ねるという形になった。そうは言っても、単なるしつもんコーナーで満足しようとしたわけではない。

 世界についての伝統的な説明は今日でも携帯獣学や、何よりポケモンバトルという仕方で盛んになされている。それももちろん大事ではあるが、そこに輝いていた意志が沈着して、いつしか事柄のレッテルのようなものになって空回りしていることが多い。自分もそこにいたはずなのに、概念としてはわかっていても――リーグの試合等を除けば――もはや一々心震わせることはないというのは最大多数ではないにせよ、今日の一般的状況ではないだろうか。このような現状を、携帯獣学やポケモンバトルに比べればいまだ未知であるものを持ち込むことによって破り、再びあらゆるものへの驚き、θαυμάζεινを取り戻すことは、人間とポケモンのコミュニケーションに必要なものだと信じている。

 対談の中での両氏の鋭敏な感覚と挑戦は、たびたび儂をパルシェンの殻の中での微睡から覚醒させる縁となったように思う。不穏な動きを見せる世の中で、本鼎談が何か人々への刺激となれば幸いである。では、素晴らしきこの世界に、乾杯。

 

 〇△□×年〇月 シュロ・トクジ

 

 

 

 

ゲーム・宇宙・そして神:シュロ×ラフィングドッグ×マーレイン鼎談(全編)

 

 

シュロ・トクジ(以下、シュロ):今回はお忙しい中お集まりいただき、感謝の念に堪えません。確か、皆さんとお会いするのはこれが初めてではないんですよね。旧知の編集者からの紹介で、マーレインさんには何度か、ラフィングドッグさんからはPoketter社を通じたお仕事で何か書かせていただいたように記憶しています。もっとも、お二方が覚えておられるかはわかりませんが。

 

マーレイン:こちらこそ、お声掛けいただき恐縮です。精一杯務めさせていただきます。

 

ラフィングドッグ:ありがとうございます。シュロ先生とお会いすると安心しますね。例えば、私が冗談だとか、突飛なことを言っても、中々通じないことが多いんですけど、シュロさんには、ああ、この方なら通じるなっていう種類の安心感があるんです。そういう意味では、マーレイン君には初めて会いましたが、彼もなんというか安心感がありますね。なにせ島神に選ばれている訳ですから。しかも金髪だし。

 

シュロ:金髪は関係ないんじゃないの。

 

マーレイン:はじめまして。ぼくはごく初期からPoketterを使っているので、創設者の方にそう言っていただけて非常に光栄ですね。

 

シュロ:ラフィングドッグさんのギャグ、フーディンやメタグロスには大ウケするんですけどね。私なんかはついていくので精一杯なので、こちらとしては味方がいるだけで安心感が違いますよ。というわけで、マーレインさん。ラフィングドッグさんはどうか分かりませんが、儂に対しては対等な口調で話していただいて結構ですよ。

 

ラフィングドッグ:私も、ぜひ砕けた口調で話していただければ嬉しいですね。それでなくとも、議論が白熱すれば必然的にそうなると思いますが。では、そろそろ議題に入りましょうか。今回は我々がそれぞれの立場から「この世界」という広大無辺なテーマについて自由に話してよいそうです。多分にノイズの混じった、しかし未だ人間はここで暮らす他にない、行き詰りつつある巨大な箱庭の創造的アルゴリズムについて。

 

シュロ:その言い回しはどうにかならないんですかね?

 

ラフィングドッグ:こっちのほうがウケがいいんですよ。

 

シュロ:うーん、世の中分からん。

 

マーレイン:あの、世界についてというテーマなんですが、正直何から言っていいのか……。早速ですみません、こういうのは初めてでして。

 

ラフィングドッグ:じゃあ手近なところから入っていきますか。例えばここ最近は、各地方でいろいろな組織が世間を賑わわせているという印象がある。最近だとロケット団が復活したり、ギンガ団、あとはマグマ団やアクア団が出てきた。マーレインさんに伺いますけど、まずアローラにそういった組織はありますか?

 

マーレイン:一番近いのはスカル団でしょうか。でも島巡りに落ちた若い子が集まっている地元の不良集団みたいなものだし……先ほど仰ったグループと比べるほどではないかな。すみません、知り合いもいるので。

 

シュロ:スカル団。島巡りというとカプ神が絡んできますよね。カプ神に復讐しよう、という方向性ではない?

 

マーレイン:どちらかというと、島の因習を嫌ってますね。アローラは島国で土地もあまり広くないので、地域のネットワーク……島単位でのかかわりが強いんですよ。その空気が苦手みたいで。

 

シュロ:スカル団にとってカプ神はお神輿で、神輿に罪はないと。担いでる側が悪い。

 

ラフィングドッグ:アローラは観光客向けにロトムフォンを積極的に導入してるから、グローバル化が進んだことはスカル団の発生と関係あるかもしれないね。

 

シュロ:というと。

 

ラフィングドッグ:今まで彼らの世界はアローラだけだった訳ですよ。だから外の地方に出ない場合はそこに帰属するしかない。つるむとしてもアローラの中でつるむでしょ。今SNSって世界中でやってるからさ、外の世界が見えるわけだよね。だからアローラが絶対じゃないんだって、そういう意識が芽生えたんじゃないの。

 

シュロ:それは前の時代にスカル団みたいなグループがあったかと、あとは環境によりますよね。たまたま時期が重なっただけで原因は別のところにあるかもしれないし。

 

ラフィングドッグ:それはそうですよ。ただ、観光客が外の世界の人だったのがさ。今だとその人が何やってるかとかも分かるじゃない。境界線が曖昧になったことは一因だと思う。スーパーメガやすもあるんでしたっけ?

 

シュロ:ここに来る途中見てきたけど、廃墟みたいになってません?あそこ。

 

マーレイン:二つありましたけど、一つ潰れましたね。

 

ラフィングドッグ:あ、潰れてたんですね……。

 

シュロ:マーレインさんの実感としてはどうなんでしょう。今ラフィングドッグさんが好き勝手言ってますけど。

 

マーレイン:確かに他地方に行くって言いだしやすい環境にはなったと思います。前に友人がキャプテンに任命されたことがあって、それを蹴って島を飛び出したときはかなり焦りましたね。今はそういうことが減ってきてます。スカル団との相違点を見ると、彼は島巡りを完了している一方でスカル団は完了してないという所が挙げられるでしょうか。

 

シュロ:そうなると、なぜスカル団は出ていかないのか。島が嫌で、出ていきやすい環境になった。じゃあ出ていくとならない理由は何なんだろうか。

 

ラフィングドッグ:単純にさ。島巡りに失敗して他地方に行くのは逃げだよね、って言う人はいるでしょう。個人的には逃げて何が悪いのか知らないけど。島巡りに失敗したのに他地方に行ってうまくいくはずない、みたいな意識も本人の中にある。

 

マーレイン:たしかに。僕はみんなが見栄を張っているように見えます。

 

ラフィングドッグ:なぜ島から離れないのかって聞いたら、本人はこの島を変えるためとか、そういう趣旨のことを言うと思いますけど、やっぱり怖いというのが一番言いやすい。

 

シュロ:まあ、スカル団の中にも色んな人がいますから、全員そうだってわけじゃないと思いますけどね。

 

ラフィングドッグ:あとは境界線がないって言ったけど、それによって拘束される部分もあるよ。アローラの中に他地方が入るのと同じように、他地方の中にもアローラが入る。この相互浸食をどう捉えるのかだよね。

 

シュロ:私としては、スカル団がカプ神を憎む方向に向かわなかったのが面白いですね。この状態で存続しているのはそう悪い結果でもないでしょう。

 

ラフィングドッグ:それはどういう意味で?

 

シュロ:まず緩い組織があるとします。そこに圧力が掛かると、ふつう緩い組織が採れる道は二つに絞られる。崩れるか、過激化するか。私は、過激化した組織が他地方のそれじゃないかと思うんです。

 

ラフィングドッグ:グローバル化によって緩い組織を続けることができたと。だから緩いのは過激にならないだけマシ……?

 

シュロ:私はそう思います。カプ神をぶっ倒すぜ!とならないだけマシじゃないですか?

 

ラフィングドッグ:スカル団があるのはいいことだと?

 

シュロ:断言はできないですよ、それは。トップの意向が変わったら悪い組織になりうるでしょう。普通に寄り合いサークルだから、悪い大人が寄ってきたら終わりですよ、そこは。でも、アローラに緩いつながりを保てる場所が生まれた影響は悪いことではないんじゃないかな。珍しいと思う、そういう場所は。

 

マーレイン:(笑)ホクラニ天文台は結構ゆるいですよ。

 

ラフィングドッグ:前にポケモンリーグの設立計画に協賛したけど、あれも山頂に作る予定だよね。やはり各地方でもポケモンリーグはアクセスしにくい場所にある。崇高で厳格なイメージとか、物理的な距離が精神的な距離になる。ゆるさでも近づきがたさでも。チャンピオンロードとかそうじゃないですか?実際に近づきがたい、険しい通り道にしている。

 

シュロ:距離をとるのは大事ですね。伝統や慣習にはとりわけ強い引力があります。そこから離れたいとき、外の世界を知らない場合は伝統や他者を排除する方向に向かってしまう。世界の広さを知らないと、まずは。

 

ラフィングドッグ:一回空とか見ればいいのにね。

 

マーレイン:それが難しくて、ポータウンってずっと雨が降ってるんですよ。カプ神が関わってるんだったかな。

 

ラフィングドッグ:さっきシュロさんが緩い組織がある分にはいいと言ってましたけど、ずっとモラトリアムっていうのはどうなのか。そこはアローラの人が態度を変えないと。

 

シュロ:態度を変えるなら変えるでいいけど、スカル団の側から自発的に行為させるっていうことが大事でしょう。相手からはっきり除け者にされると過激化する可能性がある。ここはマーレインさんを含むアローラの皆さんが決めることだと思います。

 

マーレイン:僕からすると、スカル団は迷った若者の集まりなんです。離れるか、戻るか。それは僕たちアローラの大人が何とかしなきゃいけない。離れるなら離れるでいいし、アローラに戻るなら受け入れる。迷っていて、闘ってそれが終わるならとことん闘う。彼らの糧にならないと。

 

シュロ:それが一番良さそうですね。

 

ラフィングドッグ:だから、ある意味では第二の島巡りだよね。

 

マーレイン:少し規模の大きい反抗期みたいに思えます。親がアローラで、子がスカル団。反抗期の子供をどう導くかでその子の将来が決まりますから、僕らがしっかりしないと。

 

シュロ:マーレインさんのような考えの人が増えればいいですね。さて、これで区切りがついたかな。

 

マーレイン:じゃあ、僕からいいですか。スカル団は迷いが根底にあるけど、他の組織には迷いがないですよね。トップの違いでしょうか。アローラは観光がメインなので他地方の人と話すこともあるんですが、結構価値観が違うことがあります。その原因の一つというか、帰結に各組織があるのかなと。

 

ラフィングドッグ:組織として捉えると置かれている環境の違いということになるよね。

 

マーレイン:他地方の組織は凄いものが多いですよね。宇宙開発関係でたまにギンガ団の噂を耳にするけど、何と言ったらいいか……

 

シュロ:トップの性質が違いますね、そこは。

 

ラフィングドッグ:スカル団に比べると、ギンガ団はなりふり構わない。スカル団は島から出るという選択肢もあるにはあったけど、ギンガ団のトップは世界が憎いから。環境に適応するということを考えると、自分に合った環境に行くか環境を変えてしまうか。

 

シュロ:そういった組織にある論理を限界まで先鋭化したのがギンガ団だと思います。先ほど逃げるってことについて言いましたけど、世界に外側はない。世界から逃げるのは無理なんですよ。普遍的にあるもの、基礎にあるものが嫌になると、逃げようがない。だからアカギ君……ギンガ団のボスですね。彼は、だから壊すしかない、と思っている。何をかっていうと世界をです。これは結構驚くべきことですよ。

 

マーレイン:世界を壊す?

 

ラフィングドッグ:彼らの主目的は新世界の創造だけど、その過程で旧世界を壊さなきゃいけない。新世界を創造するための条件に旧世界の破壊が組み込まれているから、必然的に破壊する必要が出てくる、それだけなんじゃないか。

 

マーレイン:ギンガ団は何がしたいんでしょうか?その新世界で。

 

シュロ:心のない世界を作るというのが目的のようです。ギンガ団にとって心がある世界というのはどうやら不完全なんですね。

 

マーレイン:心のない世界……

 

シュロ:心という点だけで見るなら、無人島に行けば離れることは不可能ではない。しかし、なぜ世界を消すという発想に至るのか。私はここに問題の核心があるのではないかと思う。でも、心を消したい、という思いによってで他人と心を通わせて、組織を作っているっていうのは変な感じがしますよね。

 

ラフィングドッグ:だから、共感能力は実はあるんだけどないふりをしている。アカギ自身がどうかは分からないけど団員はそうですよ。分かってるけど分かっていないふりをしてるんだよね。たまたま運が悪くて、嫌なことが何回か続くと「自分は天に見放されている」と思う、みたいなことがある。偶然仲間がいなかったというそのことを、薄々分かってはいるんだけどあえて自身の必然的な属性として捉えている。「私は天に見放されていなければならない」という脅迫的な意識が存在するんじゃないか。

 

マーレイン:キャプテンだからしっかりしなければいけない、というような。

 

ラフィングドッグ:そういう意識と非常に近いと思うな。自らに役を強いているように見える。予言の自己成就とか、分かりやすい言い方だと「立場が人を育てる」の逆バージョン。

 

シュロ:先程、たまたま"運が悪かった"というのが出ましたけど、その"たまたま"を許容できるかという問題はありますよ。たまたま運が悪くて、例えばワイルドエリアで異常な強さのポケモンが現れ、運悪く誰かが亡くなる。それは偶然の悲劇で、外に目を向ければ幸せな家庭が沢山ある。それは"たまたま"ですけど、だからと言って許容できるのか。

 

マーレイン:幸せな人間がいるからこそ、という見方もできますかね。僕なんかは運のいい人間だと思いますが、自分だけが恵まれていいのだろうかと思うときはあります。

 

ラフィングドッグ:これは負の功利主義的な発想だよね。誰か一人でも不幸な人がいたらそれはマイナスだと感じる。一人だけ不幸であとみんな幸せ、よりは全員普通の方がいい。他人の不幸に共感しすぎるからこそギンガ団に走る人間もいただろうし、もしかすると無意識のうちではアカギにもその属性はあるんじゃないかな。バイアスが掛かるという意味では。本当はどうだかわからないけど。

 

シュロ:まあ、こういう解釈はちょっとセンチメンタルで美化しすぎている気もしますよ。少なくとも現に被害が出ている状況では粛々と対処しなければならない。ポケモンが奪われているわけだから。奪われた先で寿命を迎えて、死に目に会えなかったというケースもあります。むしタイプなんかはとくにそうでしょう。現に取り返しがつかないことが起こっていますし、そこはアカギ君個人がいくら悲劇的でも許してはいけない。

 

ラフィングドッグ:それは僕もそう思いますよ。でも実際心がなければ争いは起こりようがないわけだよね。怒りも悲しみもない世界と聞けば縋りたくなる人はいるでしょう。

 

マーレイン:それは、ポケモンは危険だから関わるべきじゃないという主張と同じじゃないですか。

 

ラフィングドッグ:そうですよ。けどそういう意見もありうるということ。実際にヒスイではポケモンを危険視する時期がありましたし。

 

シュロ:その後関わるようになった、ということを除けば、そういう時期はありましたね。改善への希望はあるんですが、それがあまりに遠い、実感できないというのが悪の組織へ走る原因だと思います。少しずつ知ることで壁は壊せるんですが、歩み寄るには傷つきすぎているんですよ、誰もが。

 

ラフィングドッグ:ギンガ団が重視するのは神話にある科学的な、事実の側面だよね。神話の社会的側面は要するに一人一人の心をどう制御するかという話だから、心が無くなることを前提にすると欠落してもいい部分だと捉えてるよね。人間がなぜその神話を作ったかということに対して、その神話はどういう科学的な事実に基づいているかという箇所にフォーカスしている。

 

シュロ:シンオウ神話の話を出しますが、神話では世界の存在と自分の存在はどうしても重なってしまう。心と世界は結び付いているんですね。だからこれをもとに考えると、不幸な人の世界は結局不幸なままだと。そういう見方をすると、一人でも不幸な人がいる、というのは不幸な世界が存在し続けるということになってしまいます。

 

ラフィングドッグ:ギンガ団の目的が達成できるかどうかは、心を残したまま新世界に移る人が全員幸せかどうかに掛かっている。新世界でギンガ団は本当に幸せになれるのか。新世界って新しい宇宙の創造だけど、その宇宙で人間は生存できるの?

 

シュロ:マーレインさんに伺いたいのですが、科学的に見て宇宙はどのように生まれたんでしょうか。

 

マーレイン:現代の宇宙論で言えば、ビッグバン理論が最も有力です。極めて高温・高密度の火の玉のような状態から急激に膨張して、今の宇宙になったと。ただ、それ「以前」に何があったか、あるいはその特異点がなぜ生まれたかについては、物理学の領域を超えてしまうこともあります。

 

シュロ:「はじまりのはなし」にある、混沌のうねりの中から卵が現れた、という記述と似ていますね。

 

マーレイン:ええ。ただ、ギンガ団のアカギさんが求めたのは、その爆発の後に生まれた不確定要素――つまり、星や生命が生まれ、複雑化していく過程で生じたエラーとしての心を取り除くことだったように思えます。

 

ラフィングドッグ:プログラマー的な視点で言うと、デバッグをしたかったんじゃないか。世界というプログラムにおいて、心という変数がバグを引き起こし続けている。だからリセットして、もっときれいなコードで書き直したい。完璧な世界というのは、意図しないランダム要素のない世界のことですから。彼は宇宙を、もっと静的で、美しい数式のような状態に戻したかったのかもしれない。

 

シュロ:ランダム要素がない世界は果たして生きていると言えるんでしょうか。

 

ラフィングドッグ:そりゃシュロさんは言わないでしょうね(笑)。そういう人ですよ。予定調和しかないなら、それは録画された映像と同じだと思う性格だ。

 

シュロ:(笑)

 

ラフィングドッグ:(笑)でも、アカギにとっては苦痛を感じるよりマシだったし、それは僕は分かるんですよ、そういう感覚も……そこでさっきの話に戻るんですけど、もしこの世界が誰かによって意図的に作られたものだとしたらどう思います? 

 

マーレイン:この世界がゲーム、あるいはシミュレーションということになりますけど。

 

ラフィングドッグ:実はそうなんじゃないですか? ゲームでも漫画でも小説でも何でもいいですけど、その可能性は否定できないとは思います。

 

シュロ:肯定もしにくいですけどね。確かめる材料がないので。

 

ラフィングドッグ:バグとか誤植があればいいけどね。

 

シュロ:いや、外から見ればバグや誤植だと分かりますが、世界の内側から見るとそういう法則だと解釈されます。北極や南極ではノズパズがぐるぐる回り続けるようになりますが、あれがバグかと言われると私たちはそうとは思わない。実際にはバグかもしれなくても、バグを成立させるように世界の法則が成り立っているという風に解釈するしかないと思います。それが本当にバグなのかは我々には分からない。

 

マーレイン:100%の再現性があるバグはゲーム内部の人間にとっては仕様と同じに見えると思います。たとえば物理法則です。もし重力定数がプログラムの記述ミスで本来より少しだけズレていたとしても、僕たちはそれが正常な値だと信じて疑わないでしょう。比較対象となる正解の世界を知りませんから。

 

ラフィングドッグ:そこですよ。比較対象がないはずなのに、なぜか僕たちは世界が不完全だと感じてしまう。アカギもそうだった。これは奇妙だよね。

 

シュロ:話が核心に近づいてきましたが、ここで少し視点を変えて、そのシミュレーションの基盤となるハードウェア、あるいは物理的実在としての宇宙の始まりについて、専門家のマーレインさんに伺いたい。先ほどビッグバンという言葉が出ましたが、現代の宇宙論では、無から有が生まれるということをどう説明しているのですか?

 

マーレイン:そうですね……まず直感に反するかもしれませんが、物理学において真空、あるいは無というのは、空っぽの空間ではないんです。そこは絶えず粒子と反粒子が対生成と対消滅を繰り返している、極めて動的でエネルギーに満ちた場所なんですよ。

 

ラフィングドッグ:量子真空ですね。何もないように見えて、実はすべてが詰まっている。

 

マーレイン:ええ。神話にある混沌のうねりという表現は、この量子ゆらぎを驚くほど的確に言い表しているように僕には思えます。完全に静止した無ではなく、何かが生まれようとして消える、さざ波のような状態と考えてもらえればいいかもしれません。そこから何らかのきっかけでインフレーションと呼ばれる急激な膨張が起こり、火の玉宇宙、つまりビッグバンが始まった。

 

シュロ:何らかのきっかけ。

 

マーレイン:自発的対称性の破れ、と呼ばれる現象です。たとえば、鉛筆を削って机の上に垂直に立てたとします。バランスが完璧なら立っていられますが、非常に不安定ですよね。何かの拍子にパタリと倒れる。倒れる方向は360度どの方向でもあり得ますが、一度倒れてしまえば、方向という性質が決定されてしまう。これが対称性の破れです。宇宙の始まりにおいて、力が分かれ、物理法則が決定されたのも、この相転移によるものだと考えられています。

 

シュロ:その相転移によって、この世界が生まれた。完全な無からではなく、もともと危うかったバランスが破れたわけですか。

 

マーレイン:おっしゃる通りです。これはCP対称性の破れと呼ばれる現象で、現時点で最有力の説明の一つなんですよ。非常に大雑把な例えになりますが、宇宙の始まりにおいて物質が十億と一個、反物質が十億個生まれたとしましょう。これらは互いに出会うと対消滅して、光、つまりエネルギーに変わって消えてしまいます。十億対の物質と反物質が消滅し、最後に残ったたった一個の物質。このわずかな余りこそが、今の僕たちが住んでいるこの広大な宇宙の正体なんです。

 

シュロ:たとえば物質と反物質の間で、物質が勝ったというのは確率論的な偶然によるものなんでしょうか。それとも、何らかの必然性があったのか。

 

マーレイン:なぜ対称性が破れなければならなかったのか、なぜその比率だったのかという問いには、今のところそうでなければ僕たちが存在しないからとしか答えようがないんです。

 

シュロ:それはどういうことですか。

 

マーレイン:人間・ポケモン原理と呼ばれる考え方です。宇宙の物理定数、たとえば重力の強さや電磁気力の強さが、ほんのわずかでも今の値と違っていたら、星は生まれず、炭素も合成されず、生命は誕生しなかった。僕たちが宇宙を観測できているという事実そのものが、宇宙がこのような条件であることを要請している、という考え方です。もしその破れがなかったとしたら、宇宙は光だけが飛び交う空っぽの世界になっていたでしょう。星も、ポケモンも、人間も生まれることはなかった。もしそんな宇宙が存在するとして、そもそも観測すらできないわけです。

 

ラフィングドッグ:僕らがいるから必然的に宇宙はこうなってるんだよっていう、ある種の結果論ですね?

 

シュロ:トートロジーのようにも聞こえますが、強力な論理です。儂が神話学で扱う「世界=心」という図式にも通じます。心がなければ世界は認識されない、認識されない世界は存在しないも同然であると。というか考えられないんですよ。考えてるつもりになってるだけで錯覚だということ。

 

マーレイン:さらに進んで、多元宇宙論という考え方があります。世界解釈などが有名ですが、宇宙は一つではなく、無数にあると考えるんです。ビッグバンの瞬間に、無数の異なる物理定数を持つ宇宙が泡のように生まれた。そのほとんどは星も生まれずただ光が飛び交うだけの死んだ宇宙だったり、瞬時に崩壊したりする。でも、その中にたまたま、本当にたまたま、生命が誕生できる条件が揃った宇宙があった。それがこの宇宙なんです。

 

シュロ:なるほど。神話学の視座から見ると、これは非常に示唆に富んでいるように思います。物質と反物質という対応関係は、神話の構造的には近年発見されたギラティナとの関係に近く見えます。アルセウスが主神なのですが、そのアルセウスに追放されたギラティナという存在がいるのですね。世界が存在するということは、反世界が存在していて、その二つが争って反世界が敗れたということでもある。ギラティナがやぶれた世界、反転世界の主であるということは……

 

ラフィングドッグ:この消え去った十億の反物質の象徴というかね。

 

シュロ:光ある世界が存在するためには、影となる世界が必然的に排除されなければならなかった。ギラティナが暴れ者として追放されたという伝承は生-死の対立関係であると同時に、この宇宙生成のプロセスにおける物理的な必然を古代の人々が直感的に物語化したものなのかもしれません。

 

ラフィングドッグ:記述のレイヤーが違うだけで、指し示している構造は驚くほど似通っている。でも確認しておきますが、これは古代人がここまで理論的に宇宙の秘密に迫っていたというよりは、たまたま彼らが考えた結果が一致していたということだよね。一歩間違えると陰謀論になる。

 

シュロ:おっしゃる通りです。古代人が量子力学を知っていたと言うつもりはありません。ただ、世界が成立するためには何かが犠牲にならなければならない、あるいは何かが排除されなければならないという直観は、神話的思考の根底にあります。巨人の死体から世界が作られる神話類型などがそうですね。古い秩序の死、あるいは対立するものの排除によって、現在の秩序が保たれている。これを神話的に翻訳すれば、激しい争いの末に敗れ去ったものたちの屍の上に我々の平穏がある、ということになります。おそらく古代シンオウの村落共同体にも同様の争いがあり、あるいはギラティナを奉じる共同体がアルセウスを奉じる共同体に迫害された可能性もある。歴史的に見たらですね。

 

ラフィングドッグ:ギラティナ神話は、シンオウ神話とは独立で元々あったんですか?

 

シュロ:現在学会でも説が割れてるんですが、私個人としてはあってもおかしくないかとは思っています。ギラティナはアルセウスに反抗する存在ですからね。新しい宇宙秩序を作ろうとすれば、必ずアルセウスに匹敵しうる力が必要になる。アカギ君はアグノム・ユクシー・エムリットという世界に対抗する心に目を付けましたが、歴史的には世界に対して反-世界を用いて対抗したいという考えもあったのではないかと思います。

 

ラフィングドッグ:心があって世界があるという考え方は、ある意味で心を非常に重要視する視点だよね。これを仮に哲学的な考え方だとすれば、世界に対して反-世界があるという考え方は、非常に物理学的な視点じゃないかな。

 

シュロ:これが難しい話で、世界と反-世界をどう解釈するかによります。生者の世界と死後の世界だったら別に物理的な話じゃないんですよ。よくある神話だから。

 

マーレイン:物理学的な由来を持つとすれば、古代人が反物質という存在を理解していたことが前提されなければいけないですね。

 

シュロ:もちろんです。古代の人々が今ほどに高度な数式を弄んでいた、という話ではありません。むしろ逆で、彼らは生きていくうえでどうしても説明せざるを得なかった断絶や不均衡を、物語として整理した。その結果、後世の理論が示す構造と重なって見える、ということだと思います。人間は理論を持つ以前から、世界の歪みを感じ取っていた。その感覚が神話として析出したんじゃないですか。

 

マーレイン:科学の側から見ても、その説明はしっくりきます。数式は非常に厳密ですが、それを導き出すにはどこかで必ず直観に頼る瞬間がある。特に宇宙論のように観測できない領域を扱う場合、理論は、ごく稀ですが、一種の物語装置として機能することもあります。ある意味では数学的整合性という制約のもとで、もっとも納得のいく物語を選んでいるとも言えるかもしれません。

 

ラフィングドッグ:無理矢理オチをつけなくてもいいと思うけど。でもその話を聞いて思うのは、神話と科学の違いって、真偽の問題というより、遊び方の違いなんじゃないかということなんですよ。どちらも世界を一つのルール体系として扱っている。ただ、神話はそのルールを生きるために語られ、科学は検証するために語られる。目的が違うだけで、構造はかなり似ている。

 

シュロ:遊び方、というのは面白い言い方ですね。

 

ラフィングドッグ:元々ゲーム制作会社もやってましたから。パズル&ポケモンズっていう。知ってます?

 

シュロ:あれはよく分からなかった。どういうルールなんですか?儂には難しい。

 

マーレイン:(苦笑)甥っ子がよくやってます。

 

ラフィングドッグ:ともかく、ゲームを作る側の人間としてはどうしてもそこに意識が向く。世界というのは、ある目標を前提にして、無数の制約を課したシステムだと考えられます。制約がなければ、達成も失敗も成立しない。完全に自由な空間では何も起こらないんです。ゴルフという競技を考えてみてください。

 

シュロ:ゴルフは儂もよくやっています。

 

マーレイン:アローラにも面白いゴルフ場があるんですよ。ドデカバシが乱入してくるっていう。

 

ラフィングドッグ:あれ凄いよね(笑)。じゃあ、改めてゴルフの目的は何でしょう。極めて単純化すれば、特定の地点にある小さな穴に、小さなボールを入れることです。もし、ただボールを穴に入れることが目的なら、手でボールを持って歩いていき、穴に落とせばいい(笑)

 

シュロ:もっと言えば、あらかじめ穴に自分のボールを入れておけばいい(笑)。ホールインワンより凄いよこれは。

 

マーレイン:ゴルフ好きの発言とは思えないですよ(笑)

 

ラフィングドッグ:そう、そう(爆笑)。それが物理的には最も効率的。しかし、ゴルフではそれをしません。わざわざ遠く離れた場所から、細長い棒を使って、風や芝目を読みながら打つ。

 

シュロ:効率的であることを放棄していますね。

 

ラフィングドッグ:そうなんだよね。あえて非効率な手段を選び、自らにルールという不要な障害を課している。なぜか。その障害を克服すること自体を楽しむためです。この不要な障害を自発的に克服しようとする試みこそが、ゲームの本質なんですよ。もし障害がなければ、それはただの作業になる。

 

マーレイン:それは物理学にも言えますね。物理定数が今の値だからこそ、星が生まれ、寿命があり、進化が起こる。もし制約がなければ、たとえば重力がなければ、物質は集まらず、変化もなかった。エントロピーが増大するという厄介なルールがあるからこそ、生命はそれに抗おうとして複雑化しました。

 

ラフィングドッグ:世界は最初から遊ばれるために設計されている。(ニヤニヤ)

 

シュロ:その言い方をすると少し挑発的ですが、方向としては近いと思います。世界は生きられる必要があった。生きられるためには、意味のある行為が可能でなければならない。意味のある行為とは、成功と失敗が区別される行為です。ゴルフで言えば、ボールが穴に入れば成功、外れれば失敗。この区別があるから、一打一打に緊張感が生まれ、時間が意味を持つ。不可逆性が生まれるわけです。

 

ラフィングドッグ:ゲームの勝敗条件はそこなんですよ。勝てるかもしれないし、負けるかもしれない。リスクとリターンがある。その不確定性が参加する理由になる。ギンガ団が拒否したのもその不確定性でしょう? 勝敗の可能性があるということは、失敗する可能性があるということでもある。心がある限り、負けは痛みを伴う。だから心はいらない。彼らはゴルフ場で、ボールを手で運んで穴に入れようとしたわけだ。「なぜこんな棒を使わなきゃいけないんだ、苦しいだけじゃないか」と。

 

シュロ:もう少し正確に言えば、勝者が生まれるなら必ず敗者も生まれるという構造そのものに憤っているとも言える。負けたくないわけじゃなくて、勝ち負け自体があることが嫌なんですよ。彼らが求めたのは、ボールが最初から穴に入っている世界、あるいは穴もボールもない静寂です。

 

マーレイン:エントロピーの増大を拒否したかったとも言えるかもしれません。

 

ラフィングドッグ:静的な秩序が崩れていくという事実を受け入れられなかった。打たなければなにも起こらない。でも、生命とはエントロピー増大の法則という下りのエスカレーターを必死に駆け上がろうとする現象だからね。完全に秩序だった世界って退屈なんですよ。変化がないから。プレイヤーが介入する余地がない。誰もログインしなくなったら商売あがったり。

 

シュロ:スカル団も島めぐりというゲームが嫌な人なんですよね。島めぐりというゲームが存在する時点で、必然的に勝者と敗者が生まれてくる。おや、奇しくも最初の話題に戻ってきたようだ。同じです。ギンガ団ほどではないにしても、彼らはゲームのルールが気に食わなかった、あるいは難易度設定に打ちのめされた。そしてそのゲームはやり直すことができない。

 

マーレイン:こういうグループが生まれるというのは、宇宙論的には局所的な低エントロピー状態が偶然維持されることに似ていますね。星の中で元素が合成され、生命が生まれる。全体としては無秩序に向かっているのに、部分的には高度な秩序が現れる。社会からはじき出された彼らが、ポータウンという閉じた系の中で独自の秩序を作り上げているのは、ある種の星形成のようにも見えます。

 

ラフィングドッグ:それをプレイヤー体験として言い換えると、厳しいルールの中で、たまたま上手く立ち回れた瞬間がある、という感じかな。あるいは、メインクエストには失敗したけれど、サブクエストやミニゲームに居場所を見つけた状態。

 

シュロ:ミニゲームもつまらない場合があるんじゃないですか。

 

ラフィングドッグ:だからこそ人は世界を不完全だと感じるんですよ。完全に制御できないから。

 

シュロ:ああ、なるほど。世界が不完全だと感じるのは、外部の完全な世界を知っているからではない。むしろ、自分が完全に抜け出せない参加者であるからこそそう感じる。プレイヤーである限り、ルールの不備や理不尽さに気づいてしまう。

 

ラフィングドッグ:プレイヤーをやめて観客席に行けば楽になるんだろうけど、残念ながらこの人生というゲームはログアウトできない仕様なので。

 

シュロ:ギンガ団が目指したのは、ログアウト不可能な世界から、そもそもプレイヤーが存在しない世界への移行だったのかもしれません。心を消すことでゲームそのものを無効化しようとした。でも、それは世界を観測する主体を消すということでもある。

 

ラフィングドッグ:プレイヤーがいないゲームは遊ばれていないゲームですよ。それどころかギンガ団の場合は遊ばれる可能性がないゲームです。電源の入っていないゲーム機と同じで、存在意義がない。

 

シュロ:神話学的には、神話が語られなくなった世界でもあります。存在していても意味を持たない。語り手と受け取り手がいて初めて神話は神話として機能する。

 

マーレイン:観測されない宇宙は理論上存在し得ても、我々の宇宙ではない。人間原理の話に戻りますが、私たちがここにいるからこそ、宇宙はこういう姿をしている。私たちがいないのに宇宙について語ることは、原理的に不可能です。もう科学というより哲学の話になってしまったので合っているか分かりませんが。

 

ラフィングドッグ:つまり心を消した世界は誰の世界でもない。

 

シュロ:そうです。世界は誰かの世界である限りにおいて世界であり続ける。古代人が神話を作ったのも、この広大で不可解な宇宙を「自分たちの世界」として引き受けるためだったでしょう。

 

マーレイン:それを受け入れるかどうかがトレーナーの態度の問題になるんでしょうね。この不確定で、ままならない世界をどう受け入れるか。

 

ラフィングドッグ:不完全だけど、遊ぶ価値があるかどうか。

 

シュロ:神話は、その問いに対する古代からの返答です。完全ではないが、生きるに値する、と。神々は気まぐれで、自然は残酷だが、それでも祭りを行い、祈りを捧げ、ポケモンと共に生きる喜びはあると語り継いできたわけです。

 

マーレイン:宇宙論も、別の言葉で同じことを言っている気がします。偶然の産物だが、ここにいる以上、理解しようとする価値がある。星々の輝きが核融合という物理現象だとしても、その美しさが減じるわけではありません。

 

ラフィングドッグ:ゲームデザインの世界でも同じですよ。理不尽なルールでも、そこに面白さを見出せるなら、人は続ける。完全な公平さは必ずしも面白さを保証しない。むしろ、ちょっとした不均衡やハプニングがあるほうが、記憶に残る名勝負が生まれたりする。それこそポケモンバトルがそうでしょう。カントー・ジョウトポケモンリーグのカリンとキシのチャンピオン決定戦とか。

 

シュロ:不完全さをどう扱うか。それが神話、科学、ゲームを貫くテーマなのかもしれません。そして、その不完全さを消そうとする試みが、しばしば破壊に向かう。完全な円を描こうとして紙そのものを破いてしまうように。

 

ラフィングドッグ:だから僕は、世界を直すより、遊び方を工夫したほうがいいと思う。メインシナリオに飽きたら釣りをして過ごしてもいいし、コンテストを極めてもいい。オープンワールドだから。

 

シュロ:そう。だから我々は「ゲームオーバーじゃないよ、別のルートもあるよ」と示さなきゃいけない。あるいは、一緒に新しいミニゲームを作るか。スカル団の彼らにも、島めぐり以外の「遊び方」があることを示唆してやれるのが私みたいに適当な大人の役割でしょう。かつて「トバリの神話」で人間が剣を捨ててボールを持ったように、ルールの変更は可能なんですから。

 

ラフィングドッグ:まだまだ話したりない所ですが、時間のようなのでこのあたりで一度区切りましょうか。続きはまたどこかで。

 

シュロ:素晴らしい時間をありがとうございました。

 

マーレイン:こちらこそ、刺激的な夜でした。

 

編集部:ありがとうございました。

 

(了)

 

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