〇月☆日
本日は脳を休め、あまり考えない日にする。もしかするとご存じない方もいらっしゃるかもしれないが、本気で頭を使ってものを考えることは大変な仕事である。真理への険しい道と、進みやすい一時的な解決への道のどちらを取るかと問われると、想像の上では我々は勇んで真理への道を選ぶ。しかし実際進みやすい道の誘惑に抗うのは難しく、大抵の場合は進みやすい道を選んでしまうのだ。儂なんかは毎回、進みやすい道に流されている。誘惑に弱い男だから。
もちろん進んではいるのだ。後で戻らなければいけない、という点を抜きにさえすれば……進んでいるという実感に惑わされ、実際は同じところを堂々巡りしているだけだというのに、「今日はよく考えたぞ」などと思ってしまう。儂は特にそんな時が多く、ここに文字を書いていない日は大体がそのような感じである。そして、その度にこう呟くのだ。「今日も、何も考えることができなかった!」と。今日はその習慣を覆して、書く。嬉しくないプライベートが駄々洩れである。
研究室に一人籠って、ラジオとテレビを同時に聞いている。儂は天才なのかもしれない。一つはカロスのアニメーションで、もう一つはお馴染みコガネシティのドラマである。連続ラジオドラマと子供向けアニメーション(ゴーゴートが仲間とともに何やらする話だ。意外とストーリーが深い!)を見ながら、物語というものについて色々と思う。
物語というのは、色々な思惑が込められているよなあ。例えば子供向けアニメでアルフの遺跡が出てきたとしても、文字は明らかに古代語、アンノーン文字ではなかったりする。子供にも読めるよう、既に翻訳されているのだ。子供向けという制約がかかっているからそうなるのだろうなあ、と勝手に想像している。
もしかすると、儂が研究している神話もそうなのかもしれない。子供向けということはないにせよ、様々な側面が絡み合って、一部が歪んだりしているのだ。人間に対する考察と、宇宙の成り立ちに対する考察と、民俗的な習慣に関する考察や、その他もろもろ、とてつもない量の知恵が積み重なり、絡み合っている可能性だって十分に考えられる。それを紐解くのは大変に骨が折れる作業であるが、できればそうであってほしいと願う自分がいる。決して指を咥えてこの構図の内に留まることはせず、されど安易に構図の外に出ることもしない。徹底的にこの構図を揺り動かし、探求し、解明する。出来ることならその闘争の内に研究生活を終えたいと思う。
オーキドはポケモンバトルをやめてしまったが、そういった意味では儂は子供のころからずっと現役で戦っているということになるかもしれない。ロトムにこのことを呟いてもらうよう頼んだ。マウントを取るのである。策士と言っても過言ではない。しばらく画面を眺め、儂も大分SNSの使い方がうまくなってきたわい……とニヤニヤする。すると、突然ケーシィに背中を蹴られた!そんなことないぞ、とでも言いたげな目をしている。こいつも大概元気である。こんなに長く生きていていまだに進化の一つもしていないというのは、逆に誇るべきことなのかもしれない。アニメもラジオも終わったので、テレポートを使ってもらう。今日はなんだか気分がよかったため、ウツギ博士の研究所の近くまで足を伸ばして、そのままぶらぶらと歩く。
途中で赤髪の少年と目が合い、バトルを申し込まれた。普段は絶対にバトルなんかしない(ごく稀にリーグの評論なんかもするから、負けたら儂の沽券に関わる)のだが、今日は気が大きくなっていたのか、受けることにした。今思い返すとぞっとする話である。
彼はワニノコを使っていた。一人と一匹、どちらもいい目をしている、と思った。若い頃のオーキドか、あるいはレッドの再来か。もっと例えるにふさわしい人物がいたような気もするが、誰だったか……ともかく、強くなりそうで、将来が楽しみな顔立ちであった。
久々のバトルだったが、儂が言うべきことは特にない。当たり前の結果だが、テレポートとめざめるパワーで難なく勝ててしまった。彼はよいトレーナーで、指示も的確だったが、やはりポケモンの経験の差は大きい。初心者狩りのようで申し訳なく思うが、くそ爺いなどと呼ばれた気もするので、
ポケモンバトルでも若い世代は育っているのだなあ。研究に興味がある子も、このように増えていればよいのだが。今日はなぜだか清々しい気分である。それにしたって、今日も、何も考えることができなかった!明日はよく考え、陰鬱な気分を取り戻すとしよう。今夜は温めたモーモーミルクを飲む。やわらかい熱が体の中にじんわりと広がり、よく眠れそうである。
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