弟さんの 合金
当日になって思い浮かんだけどやっぱ一日でやるのは無理でした
「という訳で……頼むよ姉さんっ!」
「……ハァ」
恥も外聞も無く懇願する弟の情けない姿を見れば、溜息の一つや二つも出てこようという物。
聞けばもう誰も使わなくなった装飾品の一つ、超合金アルフレッドの改良を頼みたいとの事だった。
すっかり型遅れとなったこの装備も、割合上昇という事でマッスルだけはGメンバーズカード以上のHP上昇効果を引き出すことが出来たのだが、それも僅かに上回る程度でしかないのでは状態異常の予防が優先されるのは必然だった。
ある日親友の装飾品欄から抜け落ちてる自身の分身を見て、どうした事かと尋ねてみれば「アイツは置いてきた、ハッキリ言ってこの水麗層宝物庫周回にはついていけない……」と言われデーリッチのおもちゃ箱に突っ込まれていたのだという。
「親友だって……信じてたのに……! 合コンの人数合わせにも入れてやったのに……アイツは……っ!」
「まぁ本来の持ち場に戻ったと思えば、それでいいじゃないか」
出来上がった時は不満たらたらだった癖に、
「遊んだ後もおもちゃ箱の中だったんだよ! べろぐるみやマリオン鼓笛隊……か、蚊取りマッスルですら転がっていたのに、超合金アルフレッドは箱の中だったんだ……!」
後でちゃんと片付けるよう言い聞かせておこう。蚊取りマッスルも玩具じゃないし、かなり丈夫なのだが万一割れでもしたら大変だ。
「で、なんだってアタシに頼むのさ。特産品なんだから担当はミアラージュだろ? 開発は全部終わってるんだし、今の仕事は製造ラインの監督だけで基本は暇してる筈じゃないか」
苦虫を噛み潰し、歯を食いしばる様にして苦悶の中で燃やされる怒りを浮かべると、何時も冷静で大人しい弟にしては珍しく、カウンターを力強く叩いて当たり散らす。
「彼女はコジラのぬいぐるみを私的利用する為に、僕の頼みも無視して開発室を占領して……! こんなの職権濫用もいい所さ、マリーさんが苔キャンプから戻ったら陳述書を提出してやるんだ!」
「もふもふに負けたって訳か……」
進まないペット達との関係に痺れを切らしたのか、遂に第二の人造もふもふへと手を伸ばそうとしているらしい。
「このままコジラが特産品に登録されて今より人気が出て、もし続編が『コジラVSメカコジラ』になったらと思えば居ても立ってもいられなくて……数少ない僕が主役の話なのに……」
既にその数少ないお前が主役の話で、子供達の話題に上がるのってコジラだけだよな。
喉元まで出かかったそんな言葉をぐっと飲み込み、フムと頷いて同調してやるフリをする。
「折角頼りにされたと思えば、随分と下らない悩みだけど……まぁいいさ」
「そ、それじゃあ!」
「超合金だし金物っちゃあ金物、鍛冶屋のメンツに賭けてミアラージュ以上の仕事をしてやるよ」
型取り用の素材を適当に引っ張り出して、出てきた虹粘土を超合金アルフレッドに押し付ける。型を取ったらバーナーで軽く炙って粘土を固め、そこに溶かした氷鉄を流し込んで冷やす。
幸運にもシニガミフリーザーが探索パーティーの手から離れ、余っていたのでこれを使う。属性装備の鍛冶設備は揃っているが、武具としての加工を施すのではなく冷やすだけなので面倒な手順は省く。
氷鉄は見た目だけではなく性質も氷に似通っている。溶けるのは速く、固まるのも速い。鉄の鋭さはあるが、特殊な加工をしないと硬度は脆い岩という程度。アイスアーマーに使われる他、冷気を利用して湿度を高めてねんどかぶとの柔軟性を維持する等の補助剤としても優秀だ。
前述した様に直ぐに固まって削り出すのも簡単なので、これで模した超合金アルフレッドの雛形を削ったり付け足したりして改良型のイメージを創る事にする。
「さて、こいつを改良するとしても具体的な案が必要だけど何か当てはあるのか?」
「そうだなぁ……コジラの人気がカウンターや本気とか、こどらちゃんの人気に通じてる物だし僕の個性を反映したいよね」
「なるほど、それで?」
「え?」
何を以て疑問符を浮かべているのか分からない。面倒なやつだと若干の苛立ちを顕にして、答えを急かす。
「え? じゃあないだろ。お前の個性なんてゴースト特効とロボ以外に思いつかないんだよ速く言ってみろ」
「ちょっと!? 実の弟に対して当たりが強すぎないかな!? 僕だってゴースト予報や髭ダンスで頑張ってるんだよ!?」
「お天気予報と髭ダンスを追加すりゃいいんだな。任せておけ」
「ちょっとぉ!?」
取り敢えずは設定を深く掘り下げる事にした。先ずは敵からの妨害電波による本機と街の機能停止を防ぐ、ディスアビリティーバリア略してデスバリア。電撃攻撃に対抗すべく、相手からの電流を右腕へと流し込んで出力の強化と自機の損傷を軽微に抑えるサンダーフィンガーの追加によって本人の再現力を高める。
「つまり設定だけ盛って後は髭をつけりゃあ完成か、楽勝だったね」
「ダメだって! マズいって! アレのデザイナー海外の人だから絶対版権にうるさいって!」
自分で言いだした癖に意気地の無い奴だ。こういう時こそジュリアを見習い、強気の姿勢で攻めようとは思わないのか。
「面倒な奴だな。そこまで言うなら自分で何かアイデアを出してみなよ」
「う、うん……確かにそうだね」
長い逡巡が続く中、意を決した表情を見せる。自信に満ち溢れた顔付きからは、今までの様なしょうもないネタではない覚悟を伴った強い意志が感じられる。
均整の取れた顔立ちに浮かぶ、強い意志と自信を見れば淡い
鍛冶仕事で硬くなった肩を撫でれば、もうこの後ろで震える愛しい弱虫は居なくなってしまったのだと思い起こす。
強くなって、逞しくなって、こいつに助けられた事も一度や二度ではない。こうして昔のように泣き付いてくれることなど、この先に何度あるかもわからない。
ついつい昔の関係を引き摺って強く当たってしまうが、こういう時ぐらいは精一杯甘えさせてやろう。
出来得る限りの優しい笑みを浮かべ、可愛い弟の口が開かれるのを心待ちにしていれば、それに答えるような弾ける笑顔を返して無邪気な顔でこちらを見つめている。
「良し、じゃあ取り敢えずゴーグルアイから両眼カメラにしてみよっか。嫌いな訳じゃないんだけどほら、僕ってそういうつもりはないけどハンサムなキャラで通ってるからさ? そうなると素顔を再現してなかったのが、コジラに人気で負けてる原因かもしれないと思って。それと今時の主人公機ってなると、変形か外付け強化パーツのどっちかは欲しいよね。これはどっちか決め兼ねちゃうし、まずは今の超合金アルフレッドを外付け強化型にして新型機を可変型にしようと思うんだ。外付け強化は近距離、中距離、遠隔に対応した3つのパーツが……」
「めんどくさ、降りるわ」
「姉さぁん!?」
早口オタク特有のクソダルい注文を前にして、胸の中で奇跡的に湧き上がった慈しむ心等という物は粉々に打ち砕いてしまった。
この氷鉄で出来た雛形も叩き潰して、新しく冷蔵庫か何かを作るほうが鍛冶屋として遥かに有意義な仕事が出来るだろう。
「もう埒が明かないな。こうなったら、あの手でいくか」
「え? 何か妙案があったの?」
そんな職人気質への誘惑も、バカな弟が恥を忍んで珍しく頼ってきた事を思い返して渋々と引っ込める。
「まぁ諸刃の剣みたいな物だけど……アル、覚悟は出来てるんだろうね? 何を犠牲にしてもコジラを超えたいって」
「あぁ……僕が掴んだ主役の座、絶対に譲れない! 頼むよ姉さん!」
覚悟への問いに対して、怯むことも一縷の迷いも見せること無く力強い頷きで返される。
自分でも躊躇してしまうような手段だが、そこまでの覚悟があるなら嫌とは言えまい。この王国で合成を続ける内、飾り細工の
絵画ならいざ知らず、石鉄の類が持つ美しさを引き出す事に掛けてミアラージュに劣る道理は無い。加工用のナイフを手に取れば、氷鉄の中に眠る新たな姿形が見えてくる。
何千何万と繰り返してきた技巧を以てナイフを走らせ、それを掘り出す。そして原型となった超合金アルフレッドに足りない外装を追加すべく、虹粘土を追加で取り出しこね回して形作る。
幾度かそれを繰り返せば、我が手の中で渾身の出来栄えとなったそれは完成の時を迎える。
「出来たよ……超合金Pアルフレッド!」
「うん? あ、あの……」
非の打ち所のない芸術を生み出したのだが、当の本人は不満気な顔でいる。
「なんでスカートなの?」
「そりゃプリティアルフレッドだからな。次の即売会を見越したマーケティングを取り入れた結果こうなった」
マッスルとは違いアルフレッドの自称ハンサムは本質を突いている。
しかし線が細いイケメンとは、得てしてそういう層の餌食になるらしい。ウズシオーネの参加していたコミケによって、その手の本がどれ程売れたかは周知の事実となっている。
「ちょ、ちょっと待って! そういう
「そうか? でも名画座にベルだけ女の格好をさせるのは不公平だから、お前とクラマも女装しろって声が届いてるらしいけど……」
「公平っていうならマッスルから先にやらせよう! みんな自分の過ちに気づく筈だよ!」
親友を身売りして自分だけ助かろうとは、男らしさが足りないな。
そう思えばジュリアの前に突き出してやりたい気持ちになるが、その前に頼まれた仕事を終わらせるのがプロの仕事。カラカラと涼やかな音を上げて転がる氷鉄のパーツを前にして、目を白黒させる弟を見てニヤリと笑う。
「3種類の外付けパーツ、欲しいんだろ?」
「ね、姉さん……!」
二人の力は並んでも、今も昔も変わらぬ笑みを見ればそこに抱く想いは変わらない。
おもちゃも買ってやれなかったあの頃に、こうして作ってやれたなら、きっと同じ笑みを浮かべただろう。
「こんな物で喜んでくれるなら、何時だって頼って来なよ」
「有難う……姉さん」
「こっちがマジカルアルフレッドパーツ、そっちはキューティアルフレッドパーツだ。フォームチェンジに合わせて、パイロットの衣装もチェンジする様に仕様書をつけとくからちゃんとこれもマーロウさんに見せとけよ」
「姉さぁぁぁぁぁん!?」
姉さん、姉さんと連呼するその姿に、不安気に裾を握って後ろをついてくるばかりだったあの頃を思い出す。
今では自分が、もっと頼れと裾を引っ張りたい気持ちに襲われる。
「冗談だよ、全部引っ付ければ最終形態アルフレッドヘブンズソードになる様に出来てるのさ」
「えっ? あっ、す、凄い……ちょっとボスキャラっぽいデザインが深い! このワクワク感は今までの三倍と考えればHP15%アップは堅い!」
スカートを分解して巨大な翼にして、身体中に光の刃を纏って生まれ変わった自身の分身を見て大はしゃぎしている。子供ウケを狙って作ったものに魅入られて、ミイラ取りがミイラになるとは情けない。
カラーリングも赤くないので多分15%も上がらないが、それは言わぬが花だろう。
「ほら、それ持ってマーロウさんに続編制作のアピールをしてきな」
「うん、助かったよ姉さん! よぉーし、主演続投だぁ!」
ダッシュで鍛冶場を抜け出て、マーロウさんが控える奥の会議室へと走り去っていく。
改まった礼もなかったが、今後もその位の気安さで頼ってくれるのならそっちの方がいい。
後に残された、型を取る際の虹粘土でベタベタになった超合金アルフレッドを手に取って拭ってやる。
良く見やれば確かにゴーグルアイより、アイツらしいエメラルドグリーンの
もうマッスルがこれを付ける事もないのなら、他の誰も使わないだろうとカウンターの下へ型と一緒にしまい込む。
「さて、もう一仕事するか」
氷鉄のお陰で思い浮かんだ、保冷庫でも作ってジュリアにくれてやろうかと、鉄床に向かって槌を振るう。
カウンターの下をちらりと見れば、物言わぬ分身は目を輝かせてこちらを見ている。
自分の目付きは随分変わってしまったようだが、今もアイツが変わらない眼で見てくれるなら。
「寂しがる事、ないかもな」
鉄を打ち据える音が、今日一番の強さでカンと響いた。