目覚めたら某有名ゲームの悪役だったけど、正直言って困るんだが   作:プルスサウンド

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癒しが足りないから発作的に書いた、平和な頃の小話を3つ。
趣味のアクセルべた踏みゾ!

といっても、やってることは本当にただただ日常です。
まだ8月だから、おじさんの人間性が本編とややズレている。





○8月の短編集

 

 

 

■異国と異物

 

 

 

 

 泡が弾けるように、口の中に味が広がった。

 

 たまにこういうことがある。

 具体的には思い出せないのに、記憶の破片が感覚となって浮上する現象だ。

 例えば日差しを浴びて思い出す、夏の嫌に湿気た空気だとか。例えば左ハンドルで車を運転している時に思い出す、日本車の右ハンドルでの感覚だとか。(地味に危ない)

 

 例えば今みたいに瓶の絵を見て思い出す、かつて口にしたジャムの味だとか。

 

「おじさんコレなに?」

「マルベリージャムって書いてあるな」

「マルベリー?」

「マルベリーの木になるマルベリーの実だよ」

「おお!マルベリー!」

「買うか?」

「もちろん」

「公園のはしっこにも生えてたなぁ」

「マルベリー生えてるの?」

「帰りに寄って見てくか?」

「見る!」

 

 マルベリーなんて洒落た呼び方をしているが、日本では(クワ)の実と呼んでいるアレだ。桑の木と言えばお(かいこ)さんの餌になるから、養蚕業をやっていた地域には当然のように生えているものだが、アメリカで見かけるとは思っていなかった。

 ま、日本の桑と少し種類は違うのだろうが。

 

「公園でジャム食べたいの」

「……オヤツは帰ってからじゃダメか?」

「ダメですの」

「ダメですか…」

「マルベリーを見ながらマルベリーを食べたいこの気持ちを分かって欲しいの」

「分かりましたの」

 

 アリエルはどどめ色のそれをよほど気に入ったらしく、ジャム瓶やらクラッカーやらが入った袋を抱えてご機嫌に歩いていた。車の中でも手放さなかったくらいだ。まだ味も知らぬというのに。

 

 公園に着いてすぐ、桑の木の下に直行する。

 

「……マルベリーついてないよ」

「実がなる時期じゃないからねぇ」

「そっかぁ」

「ベンチでジャム食べる?」

「……うん」

 

 どうやら彼女はジャムになる前のマルベリーを見たかったらしい。夏の日差しを浴びて、ただ青々と葉をつける木を見上げながら、なんとも無念そうな顔をしていた。

 こんど本屋に行ったら植物図鑑でも買おうかと、つい思わせられる表情だ。

 

 まあ、そんな風にしょぼくれていた顔も、木陰のベンチに座って手を拭いて、ジャムの瓶を開けてやればすぐに笑顔になったわけで。

 

「ん!おいしい!……けどもう少し甘い方が好き」

「さいでございますか」

 

 少し粉っぽい塩味のクラッカーにジャムを乗せて口へ運ぶと、何かが微妙に違う味がした。

 喉が乾いていないのに、水で後味を流す。

 

 結局、最初の一枚を食べてからはアリエルのクラッカーにせっせとジャムを乗せる係をやっていた。

 甘さが足りぬと評価していたが、味は気に入ったようだ。決して小さくない瓶の半分近くまでぺろりと平らげた彼女は、炭酸飲料まで飲んでようやく満足していた。

 甘い物を食って甘い物を飲めるその感覚が怖いです。

 

 で、そのまま何をするでもなく、二人で木陰のベンチに尻を置いたままぬるい風を浴びていると、やがて日が傾いて空が赤くなる。ここは山に囲まれた街だから、夕方になるのが他よりも早いのだった。

 

「それ何の歌?」

「えーと確か……赤とんぼ、だったか」

赤いトンボ(ドラゴンフライ)の歌なんて、変なの」

「そうか、こっちは虫にそこまで馴染みがないのか。あ、前に聞かせたのは何だっけ?」

「オレンジの花が咲いてる丘から、海のお船を見てる歌だよ」

「ああ、みかんの花の…」

 

 茜色を見たせいか、桑の実で思い出したのか。

 つい童謡を口ずさんでいたらしい。

 思えばこちらの童謡なぞろくに知らないものだから、諸事情で上手く寝入るのが難しいアリエルに聞かせられるのは、自分が辛うじて覚えているわずかなものばかりである。

 意味を教えると、不思議そうな顔をされる場合が多かったが。

 

 でも「ねんねんころり」とかどう訳せば良いのか分からない。普通に無理だろう。

 

 

 

 ちなみに「とおりゃんせ」を解説したら、そんな怖いものを神様だと有り難がる、日本人の不可解さに首をひねっていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

■少女と不在証明

 

 

 

 この家の写真立ての中にはアリエルの姿が無い。

 

 それに気付いたのは、改めて家の中を掃除しているタイミングだった。写真立ての置かれた棚の埃を落としている最中の事だ。

 

 確かにこの家に踏み込んだ時「女児の服があるのに女の子の部屋がないし、写真にも写っていない」と把握していたが、これはなかなかおかしな事である。

 アリエルは父親に監禁されていたが、流石に産まれた時からではないだろう。なのに写真立てや老夫婦の部屋にあった書棚のアルバムには、家主が赤ちゃんや子ども、高校生や大人になった姿は写っていても、アリエルの姿だけがなかった。

 普通にあり得ない。

 

「…もしかして、あの子は連れ子だったのか?」

 

 ならばこの家に写真が無い理由にはなるが。

 

 ああそういえば、アリエルの母親の痕跡も、この家には全くなかった。だから母親は妻じゃなくて恋人だったのかもしれない。

 

 気を抜いたせいか、写真立てがつるりと指先から逃げる。

 ガラスが砕ける音は存外に大きかった。

 

「どーしたのー!?」

「ストップ!写真立てを落としただけだ!」

 

 バタバタと階段を上がる音がして、乱暴にドアが開く。靴を履いてるが念のため、ガラス片が危ないからと立ち入らせず、リビングに帰してから片付けた。

 

「写真かぁ…」

「撮りたいのか?」

「うん!おじさんと撮る!」

「一緒に、か」

 

 こういう時、アリエルは陽の者だなぁと思う。

 自分はあまり写真が好きではない。正確に言うならば撮影者になるのは良いが、被写体になりたくないのだ。その感覚はこうして姿形が変わっても、自分の思考に根強く残っていた。

 陰の者だという自覚はある。

 

 しかしセルフタイマーが無いカメラなら、一緒に写らない言い訳にもなるだろう。それだけでなく、現像に持って行くのが面倒なこともあり、ポラロイドカメラを購入した。

 

「はいチーズ」

「チーズ!」

「よーしよしよし」

 

 わざわざお気に入りのワンピースに着替え、ビシッと背を伸ばして座るアリエルをレンズに収めてシャッターを切る。満面の笑みが眩しかった。

 

 舌を出すようにフィルムが吐き出される。さっそく気になったのか、それを覗き込んだアリエルは怪訝な顔を見せた。

 

「写ってない…失敗?」

「違うよ。ポラロイドはしばらく置かないと写真にならないんだ」

 

 直射日光は良くないらしいので、適当な空箱に入れて現像が終わるのを待つ。

 くいくいと袖を引っ張られて振り向くと、何故かカメラを構えたアリエルが立っていた。

 

「おじさんの写真、撮ってあげるね」

「そうきたかぁー…」

 

 カメラの仕組みの問題で、一緒に撮れないのは納得させられたが、まさかそっちから攻めてくるとは。

 いや、自分だけが写っている写真とか地獄以外の何物でもないだろう。いくらウェスカー氏のガワだからって、精神的な苦痛が消えるわけじゃないので辛いんだが。

 

「……ダメだった?」

「ダメじゃないです」

 

 子どもだもの。そりゃあ写真を撮る行為に興味も出るか。何でもやってみたいお年頃だもんな。

 だからそんなしょんぼりした顔を見せ付けるんじゃない。止めろそれは自分に効く。

 

 ほら、シャッターはここ、レンズを覗いて撮りたい物が見えたら押すんだよ。

 

「はい、チーズ」

「へ、へへへ…」

「おじさん笑顔が固いよ!ダメだよそんなんじゃ!ほら笑って笑ってはいチーズ!」

「ヒェッ……」

「もぉー!目が怖いし、ほっぺたカチカチ」

「勘弁してください」

 

 アリエルはプロ意識が高かった。

 目が笑ってない、口が引きつってる、とダメ出しをくらい、最終的にオッケーが出たのは表情筋が疲れて変に力が入らなくなった顔だ。

 

 現像した写真は新しく購入した写真立てに入れて、家主一家の写真の隣に置いた。

 

 

 

 今もアリエルは父親の話をしないし、自分はその話題に触れないまま暮らしている。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

■蝶と郷愁

 

 

 

 本屋で懐かしい物を見付けて、つい手に取った。

 

「こっちにもあったのか…」

 

 いや、こっちってのは国じゃなくて、世界的な意味だが。

 隣の棚の前で植物図鑑を脇に抱え、児童書を漁っていたアリエルが、不思議そうな顔で見上げてくる。

 

「おじさんも絵本読むの?」

「いんや。アリエルはコレ、読みたいか?かなり有名な本だぞ」

「うーん…おじさんはその本、好き?」

「嫌いじゃないよ」

「じゃあ買う。一緒に見よ!」

 

 ああ、ごく自然に気を使われたな、と気付く。

 本人も気付いていないだろうけれど。

 

 この子は年齢のわりに幼くて、天真爛漫な様子を見せているが、その実とても(さと)いのだった。

 

 別にそこまで特別な話ではない。子どもは案外、大人の事を良く見ている、と聞いたことがあるだろう。

 しばらく暮らしていて分かったが、彼女はそれが上手い。子どもらしいアリエルは、子どもらしからぬほど自分(おとな)の事を良く見ていた。

 

 そして、優しい子だった。

 先ほども思ったように、賢い子でもある。

 出会った頃から当たり前のように他人(おじさん)の存在を受け入れて怯えを見せない彼女は、その他人(おじさん)にどこまで許されるのかを、数日ほどでするりと把握して見せた。

 それは子どもなりの処世術と言うには、余りにも熟達したものだ。

 

「こちら、プレゼント包装しますか?」

「あ…お願いします」

「種類と値段はこちらになります」

 

 未就学児童向けの絵本だったものだから、いくら12歳にしてはかなり小さく見えるアリエルを連れていても、店員に違和感を持たれるのは避けられなかったようだ。

 気まずさで頼んだパステルピンクの不織布に、デフォルメされた青虫の表紙絵が飲まれていく。

 

 アリエルも絵本に全く興味がなかったわけではないらしい。児童書の入った紙袋を抱えていた彼女は、車の助手席に座ると紙袋を横に置き、さっそくピンクの袋を開封していた。

 

「お腹を空かせた青むしの話?」

「良く食べて良く寝て、大人になる青虫の話」

「あ!ネタバレはダメだよ!」

「ごめんごめん」

 

 帰宅して荷物を運び入れている間に、アリエルはソファーで寝そべりながら絵本を抱えて待っていた。クーラーが効き始めた室内にご満悦の顔をしている。

 自分が近寄ると、がばりと起きて絵本を差し出してきた。読み聞かせろとのお達しだ。

 記憶と違い、アルファベットで書かれたそれを開く。

 

ヤムヤムヤム(うまうまうまい)…」

「美味しそう。夕飯はハムにしようよヤムヤム」

ヤムヤムヤム(うまうまうまい)…」

「アイスも食べたいなぁヤムヤム」

「アイスは1日1個までだヤムヤム」

 

 青虫は当然のように美味しいご飯を食べて、当然のように丈夫なサナギになると、当然のように美しい蝶になって、自由に空を飛んだのだった。

 飢えることもなく、鳥に食われることもなく、サナギの中で自身を作り替えることに失敗せず、上手く殻を脱ぎ捨てて。

 

 そういえば、かつての自分が勉強机の中に入れて大切にとっておいたモンシロチョウのサナギは、真っ暗で狭くて羽もろくに伸ばせない空間で、いつの間にか羽化していたっけ。

 そのモンシロチョウは、歪んだ羽を背負って飛べぬまま、移した虫かごの床に落ちて死んでいた。

 

 生き物は好きで、苦手だ。

 ハエトリソウはてんとう虫を与えすぎて死んだ。

 蟲毒を作ってみようと集めたバッタはペットボトルの中で全て茶色く飢え死に。

 エアプランツは水をやり過ぎたのか腐り。

 シソの種は芽吹かずカビに犯され。

 サボテンは日陰が良くなかったのか枯れた。

 

 断片的に思い出せただけでコレだった。

 結局、自分が世話をして元気だった生き物は、妹だけかもしれない。

 

「おじさん、どうしたの?」

「何でもないよ。夕飯はハムチーズのホットサンドにしようか」

「やった!!!」

 

 

 

 今日も滅菌作戦(バイオハザード)は始まらない。

 

 

 

 

 

 




 
・中身さん
コミュ障。言葉が通じない生き物の世話が下手。
本物のウェスカー氏と対面したら鼻で嗤われるか、同じ顔でコレじゃあ不快だからって殺されそうだなと思っている。
あとわずかの人生だし、そうでなくても暴君:妹(タイラント)で鍛えていたので、幼女がもっとわがままな態度でも別にかまわない。



・幼女さん
生存戦略の結果としてのコミュ強。
普通はクソ野郎でも唯一の保護者が消えて、知らない男が無から生えてきたらビビるが、凄い早さで適応して見せた。
お願いの仕方が上手く、わがままの手前で要求を通すのが得意。歴戦の強者。



・書き手
見切り発車でおじさんの性格を決めたり、無から幼女を生やしたりしたので、プロット増築にあたり情報収集と様々な都合付けに奔走した。
実は6話あたりまで、その場の思いつきで話を書いていたせいである。

後付け設定は(カプコン)もやってるから…ま、多少はね?



■TS大佐
前に描いて布教したいとか言ってたTS大佐やで。
小説版UCの大佐メイン回は、脳内でTSさせて読むとだいぶアレ。とても良い。非常に良い。最高。

【挿絵表示】




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