swordian saga second   作:佐谷莢

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 かみたま。
 クレイジーコメットから連なる連鎖晶術の何が凄いかって、これが秘奥義でも何でもないところ。
 フィオレはこれにて、退場となります。
 後はきっと、カイルが引き継いでくれる。それを信じて。


第百戦——終幕の時、時を告げる鐘が鳴る~ひと足お先にさようなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオレ!」

「!」

 

 押しつけられたそれが、当たり前のように指先からすり抜ける。慌てて抱え込むようにすれば、それはハロルド愛用の杖だった。

 

「まだ消えるんじゃないわよ、手伝いなさい! 最低でも、あの神様をぶっちめるまではね!」

 

 壊れかけの結界が、ハロルドのレンズを介して晶力による補給がなされて、どうにか持ち直す。

 結界の維持に努めるフィオレの腕を引き、再び透けかけたその手を無理矢理掴んで。ハロルドは詠唱を始めていた。

 

「幾多の望みをその身に背負いて、夜空を駆ける帚星。されど想いは宙空を駆けて、結ばれることもなし! 失われし数多の意思よ、我が下へ来たれ……!」

 

 ──漆黒の空が、世界の天井を突き抜けた黒の空間が召喚される。彼方に光輝いていたはずの星々が次々と飛来し、雪崩のように神へと迫った。

 

「クレイジーコメット!」

 

 いつか、オリジナルのクレメンテがソーディアンを手にダイクロフトを強襲した際、放たれた彗星の雨がフォルトゥナに降り注ぐ。

 

「な……!」

「まだよ! 手筈通りに!」

「失われし数多の意思は眩かん無数の流星となりて、彼の者を撃つ。漆黒の空よ、煌めく星々よ、我が心を映したまえ!」

 

 フォルトゥナが流星群を浴びているそばから、フィオレもまた流星を重ねていた。

 いつか、いつだったか。ハロルドが「打倒神」の旗を掲げて考案していた、奥の手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すんごい強力な連鎖晶術、クレメンテあたりに見つかったら禁呪扱いの代物なんだけど、なかなか完全発動できないのよ。どうしても途中でバテちゃうのよね。せっかく、あの資料館から掘り出してきたのに」

「……英雄門の資料は持ち出しはもちろん、写本も禁止だったはずだが」

「神様倒すためよ。細かいことは言いっこなし! それに私、この時代の人間じゃないし」

 

 派手な紅を差した口元が、尖る。ぽってりとした唇はそれなりに蟲惑的だが、それに見とれる者は誰もいない。

 ウサギの耳を生やした小型端末ではなく、資料を書き写したものらしい紙の束をぺしぺしと弄ぶハロルドに、フィオレは言ったのだ。

 

「英雄門で見つけたんですか。じゃあ、ハロルドがバテたら私が繋げましょう。その間に何とか持ち直してください」

「あら、いいの? じゃあフィオレも一から習得して頂戴。はいこれ資料」

 

 紙の束をそのまま投げて寄越してくる。当然のようにばさばさと広がる貴重なはずの資料の一部を一瞥して、フィオレは苦笑した。

 

「繋げるところだけ教えてください。私はあなたみたいな天才じゃないから、全部習得は無理ですよ」

「楽しようったってダメよ。何事も下地、土台からって言うでしょ」

「別に楽をしようというわけでは」

「私に使えたんだからあんたにもできるって。死ぬ気でやれば、できないことなんてないっしょ!」

 

 当時、その場に居たのは二人だけではなく。当然のようにやりとりを聞いていた他一同はげんなりとしたり、あるいは苦笑したりと、様々だった。

 

「無茶苦茶だ……」

「そもそもハロルドも全部発動できないんじゃないのかい?」

「まだ、ね。この天才に不可能なんてないわ! その内できるようになるわよ。たぶん」

 

 めげずに資料をかき集め、ぐいぐいとフィオレに突きつける。

 ため息をついてそれを受け取ったフィオレは、そのままリアラへ手渡した。

 

「リアラの方がまだ可能性ありますって」

「わたしにもムリよ、こんな複雑な術式」

「じゃあオレが!」

「あんたにはムリ。サルにラプラスの悪魔がなんなのか理解させる方がまだ簡単だわ!」

「ら、らぷらすの悪魔って何? 新種の虫?」

「そんなわけないっしょ。せめて魔物にしときなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ハロルドの指導むなしくフィオレはこの連鎖晶術を満足に扱えず、ハロルドも完璧な発動は今この時までできなかったのだが。

 

「トゥインクルスター!」

 

 神のその姿を覆わんばかりになだれ込む彗星が、弾けるように内包していた圧力を次々と解放する。

 反対に、フィオレは。

 

「……っ!」

 

 守護者の力を使っているにも関わらず、否、使っているせいでもあるのか。その姿が、より一層透明に近づいた。

 

「身体が……!」

「万象を映す鏡に手に、先々へさすらう我が旅に終焉は無し。されど煌くは蒼き大地!」

 

 召喚した漆黒の空に、ひび割れが生じる。そのまま崩壊すると思われた世界の狭間から再び流星群が現れ、フォルトゥナへ迫った。

 

「ミックスマスター!」

 

 ……あとひとつ。最後の晶術を重ねれば、連鎖晶術は完成する。しかし、当の術者は。

 

「……っ」

 

 ぜぇぜぇと息も絶え絶えに、ハロルドは膝をついた。

 反射的にその身体を支えようと手を伸ばすフィオレだったが、その手はハロルドの細い肩を掴めない──すり抜けてしまう。

 

「……」

 

 繋げて。

 大気を求めて忙しなく動く唇が、音にならない言葉を、形どる。

 フォルトゥナが倒れたかは定かではない。最早触れることも出来ないハロルドと、彼女の杖のレンズに寄り添って。フィオレは詠唱を開始した。

 

「蒼き大地に佇むは水精の后妃、恵みの雨を裁きに変えて、彼の者に粛清の慈悲を。そして、世界閉じるその場所へ、いざなえ!」

 

 生じたひび割れから、深い蒼の空間が溢れる。

 ほんの一瞬、たなびく髪と雄大な尾ひれをなびかせた人影が宙を泳ぐように横切ったかと思うと、針のように細い光が驟雨の如く降り注いだ。

 

「プリンセスオブマーメイド!」

 

 それに留まらない。

 深い蒼の空間が、急激に展開し、瞬く間にしぼんでいく。それに伴い、激しい衝撃と明滅が、フォルトゥナのみならず、一同を襲った。

 

「消えると……いうのかぁ……!」

 

 視界を定めることもままならない中、一同が聞いたのは。

 人々の願いより生まれ、他ならぬ人の手によって死んだ、神の断末魔だった。

 

 

 

 神であったものが、色を、形を喪い、光の粒子となって散っていく。

 まるで霧が晴れるかのように視界良好となった先に、エルレインが見つめていた長大なレンズがそびえていた。

 あれがおそらく、全ての根源にして、元凶。

 創造主たる神が喪われてもリアラが生きている理由であり、未だ神のたまごが、動き続けている原因。

 これを破壊しなければ、地上は、世界は喪われる。

 破壊しなければ、と思考は働くものの、身体は動かない。

 ちらと見やった先に、フィオレは。

 そこにあるはずの足が、手が、己自身が一切合財なくなっていることに気づいた。

 消滅したのか、眼が機能していないだけか、それはわからない。

 

「ハロルド」

 

 発した己の声を聞き取る耳を、もうフィオレは持っていない。

 それを自覚することも、もうできない。

 

「相討ち、です。後は、カイルにお任せします」

 

 今はただ、この声がきちんと空気を震わせていることを祈って。

 

「皆に、よろしく言っておいてください」

 

 神を討ったこと、連鎖晶術を今初めて完成させたことを自覚している最中であろうハロルドに、届くことを祈って。

 

「ありがとう、これを成し得たのはあなたのおかげです。さようなら──『ジューダス、先に行きます。今までありがとう、それじゃ……』

 

 感覚の全てが途絶える、それよりも前に、どうにか念話を用いた、その直後。

 ぷつりと途切れた意識が、再び繋がることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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