swordian saga second   作:佐谷莢

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 かみたま。
 ある意味神殺しより辛く、内心の葛藤激しいラストバトル。
 さよならは、なし。またね、リアラ。


第百一戦——あいしあう二人に未来あれ~これが本当に、最後の修羅場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──凍るような沈黙は、唐突に失せる。

 

「フィオレ!」

 

 神が死んだ。

 それを一同が自覚したと同時に、ハロルドが金切り声を上げたためである。

 

「待って、待ちなさいよ! まだ終わってない、相討ちなんかじゃないわ。だから……勝手にさよなら、するんじゃないわよっ!」

 

 涙すら滲むその声に、答える者はもういない。

 半泣きのハロルドは、袖から端末を出してはいじり、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながらも喚いている。

 

「もう……一体どうなってるの、晶術の使いすぎで人体消滅なんてありえないわ! 守護者の力を借りた代償? それだと守護者の力は晶術じゃないってことに「ハロルド」

 

 周囲大気の成分分析、ひいてはフィオレが消滅した理由を解明せんとするハロルドを制止したのは、ジューダスである。

 何よ! とハロルドが声を荒げるよりも早く。

 

「あいつはお前よりも遥かに身勝手な奴だから、言っても聞くわけがない。姿が見えないだけで、きっとその辺にいるだろう。それより」

 

 ジューダスは彼方を見やった。

 彼のみならず、ロニやナナリーが黙して見やるは。

 

「あれが……」

「そう。神であるフォルトゥナの核となるレンズ。そして……」

 

 あなたが砕かなくてはいけないもの。

 神の眼ではない、しかしそれに匹敵するだろう巨大レンズを示して、リアラはそう言った。

 

「……………………」

 

 カイルらしからぬ長い沈黙を経て、二人はどちらともなく足を踏み出した。

 そのまま、それまでエルレインが佇んでいたレンズの眼前へと至る。

 どんな造りになっているのか。そのレンズは二種で構成されていた。

 ひとつは長大、台座によって縦に固定され、宙に浮いているかのよう。もうひとつは埋め込まれているかのように平たく、床と接している。

 如何なる仕組みか。床のレンズは光を吸い上げ、台座のレンズへ晶力を供給しているようにも見えた。

 その幻想的ともいえる光景を前に感動するでもなく、カイルはただ瞳を瞬かせる。

 

「これを……これを砕けば全てが……」

 

 終わる。

 神による救済という名の滅亡が、リアラと過ごした日々が、全て。

 きゅ、と口元を引き締め、カイルは改めて柄を握りなおした。

 その様子を、リアラはただ黙して見つめている。

 

「っ」

 

 そんな少女を省みることもなく。カイルは剣を振り上げ、ひと思いに。

 振り下ろさなかった。

 

「カイル?」

「……できるわけないだろ」

 

 剣を振り上げたその姿勢のまま。少年は、迷いをそのまま言葉としていた。

 

「世界を救うためだからって、君を殺すようなこと……オレが……!」

 

 リアラではなく世界を選ぶ。そう決めたことであり、そうすると己の聖女に誓った英雄の身であろうと。

 十六歳の少年が好いた少女に手をかけるなど、土壇場で葛藤するしかなくて。

 

「この、オレが……!」

「カイル……」

 

 震えるカイルの背中に、リアラが身体を預けた。少女の温かなぬくもりが、震えを止める。

 しかしそれは、このぬくもりが永遠に喪われることも意味していて。

 まるで救いを求めるように、声を絞り出し、少女に(こいねが)う。

 

「お願いだ、リアラ。一言でいい、たったひとこと、消えたくないって言ってくれ……」

 

 ──そうすれば、彼は思い切れるだろうか。答えは否。彼は振り上げた剣を下ろせず、神のたまごは世界を壊す。

 二人は、世界の黄昏を、一同と共に迎えることになる。

 カイルとて、それがわかっていないわけではない。ただ、少女を喪いたくない。離れたくない。

 その気持ちを共有したいがために、少年は懇願した。

 

「頼む、消えたくない、と言ってくれ、リアラ……!」

「っ」

 

 頷きたい。頷き、従って、少しでも、彼の側にいたい。

 出会った頃にはほぼ存在しなかったであろう感情が、少女の胸を締め付ける。

 重ねるその言葉の端々には、ありありと恐怖が滲んでいて。彼の怯えを、リアラを喪う苦しみを、少女には癒せない。

 それでも、行わねばならない。そのために。

 

「……カイル。わたし、消えていくことは、怖くないの。わたしが怖いのは、このまま神の一部として消滅していくこと」

 

 このレンズが存在し続ければ、やがて神のたまごは地表を穿ち、世界を滅亡へ導く。

 その際間違いなく発生する人々の救いの声、そしてその祈りの力は、今しがた殺した神を復活させるに足るものだろう。

 一同だけが、現世界と共に無きものとされ、新たな世界、新たな時代、新たな人々が神によって創造される。

 リアラは神として再構築され、その際それまで持っていた記憶は消される……どころか、リアラという存在そのものも、聖女でありながら神に背いたものとして抹消されるものと思われた。

 

「でも、あなたがレンズを砕いてわたしを解放してくれれば、そうすれば、次に生まれた時は同じ人間として、あなたに巡り会えるかもしれない……だから」

 

 万感の想いを込めて。

 リアラは、聖女として。己の英雄の背を押した。

 

「カイル! レンズを砕いて!」

「──リアラっ!!」

 

 勢いよく振り下ろされた剣は、鋭さではなく鈍さをもって、核たるレンズに(ひび)を刻む。

 一条の罅は傷となり、連鎖し、瞬く間に神の、エルレインの、リアラの核であるレンズを砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かしゃん、と剣が床を転がる。

 脱力し、伴ってカイルの手から抜けて落ちた剣は甲高い文句を唱えたが、カイルは意に介さない。

 その足がふらつき、身体を支えておられずに、崩れ落ちる。うなだれ、膝が床に着いたと同時に、砕いたレンズの欠片、それに込められていた──核を形成していたであろう人々の思念が、溢れて渦を巻いた。

 思念は言の葉と、核を砕いた者への批難となって、打ちひしがれるカイルを襲う。

 

 なんとおそろしいことを

 世界を滅ぼした

 お前は滅びを選んだ

 神が失われた

 あなたは罪を犯したのよ

 一人の女の子すらも救えなくて何が英雄なの

 お兄ちゃんの馬鹿

 助けて

 消えたくない

 苦しい──

 

 何処の誰ともしれぬ老若男女の恨みつらみが、鼓膜を介さずカイルただ独りへと降りかかる。

 その中に、妙にはっきり聞こえる声が。絶望に沈むカイルへ問いかけた。

 

『つらいか、悲しいか?』

 

 カイルは返答しない。反応もない。

 彼を気遣うものではない、明らかな意図を宿したその声は、構わず続けた。

 

『神がいればこそ、人はその苦しみから救ってもらえるのだ。だがお前は、その神を殺した。もう二度と、お前たちに安らぎはない。愛と繁栄に満ちた明日は訪れないのだ』

 

 矢継ぎ早に、どこか早口で言い含めるように、あるいは洗脳するように。

 喪った悲しみにつけ込むかのような口撃だが、カイルは否定する。

 

「……違う……」

『神の導きを失ったお前たちに、未来はない』

「違う……」

『まだ間に合う。神に願え。神を求めよ。神こそがすべてを癒す』

 

 声の目的は、やはり神の再臨だった。

 明確な意図のもと神を否定し、その確固たる意志をもって神の核たるレンズを砕いたカイルが神を望めば、それだけ強い力、強い望みが神に加算される。それはすべからく神そのものの力に繋がり、エルレインが求めた完全な形の神となり得るだろう。

 

『大罪人であるお前の苦しみですら……それが、お前たち人間の願いであるはず』

 

 確かに、神・フォルトゥナは。苦しみから救われたいという人々の願いから生まれた。

 声の主が神であったものだとしたら、苦しむカイルもまたそれを望んでいるはずと、囁いているのだろう。

 世界の滅亡させようとした神を討った英雄を、堕落させようと。

 

「違う……!」

 

 再三の否定をもってしても、神の必要性を訴える声には文字通り聞く耳がない。

 エルレインなのか、フォルトゥナなのか。カイルにはわからないし、その区別をする必要もない。そもそも区別がつけられるほど分けられた存在かどうかも、知れない。

 彼にあるのは。

 

「この胸の痛みも苦しみも、オレのものだ。神にだって癒せない、癒されて、たまるもんか!」

 

 心を土足で踏み荒らされ、憤然と立ち上がる。

 カイルが顔を上げたその先に、砕いたはずの光──渦巻くレンズの欠片と思しき光が中空に漂っていた。

 その中にひとつ。一際大きな光が滞空している。

 

「だから、全てを委ねることのできる神なんて、いちゃいけないんだ。オレ達の未来は、お前に作ってもらうものじゃない。未来は、ここにある。ここから始まる!」

 

 甘言を、堕落を誘う言の葉を振り払うように。

 

「消えろ!」

 

 最早意志しか、抱える思いを訴えることしかできない光達が、カイルの強い拒絶を経て散っていく。

 そんな中、再び声が聞こえた。

 

『……そう。未来への時の糸は、人の手によって紡がれるもの』

 

 新たな光が浮かび上がる。

 それはカイルを責めるものではなく、また神の必要性を説くものでもなく、今しがた聞いたばかりの声──

 

『だからこそ、無限の可能性が生まれるの』

 

 光は寄りつき、まとまり、やがておぼろげな人の形を紡いでいく。

 それは、その姿は。

 

『カイル』

 

 紛れもなく、レンズと共に消滅したはずの少女だった。

 その姿は半ば透けて、どうにか輪郭が掴める程度で、詳細は知れない。しかし、その零れんばかりにつぶらな瞳にはまぎれもなき生者が宿す光があり、レンズを砕く以前となんら変わりなかった。

 

「リアラ!」

 

 カイルは駆け寄るも、どこか罪悪感に駆られた様子で伸ばした腕が躊躇する。あるいは、触れないと確かめることを、恐れるように。

 

「オレは……オレは」

 

 続く言葉が、途切れる。おぼろげなリアラの手が、カイルの唇へ伸ばされた。

 おそらく口にされる謝罪を、留めるかのように。

 

『だからわたし、信じてる。あなたが作る、未来を』

 

 しかしそれは。あくまで見た目の話。唇に触れているはずの指先の感覚はなく、また温もりも感じられない。

 リアラはもう、生者ではない。

 

『あなたと出会う未来を、信じて、いるから』

 

 それを改めて認識するカイルの心情を、少女が気づかぬはずもない。

 しかし、だからこそ。少女は言葉を連ねるだろう。

 愛する少年との別れが一時のものであると、信じて。

 二人が再会する未来を、信じて。

 

『だから……わたし……』

 

 想いが、溢れる。

 喪われたはずの肉体、すでに実体が無いはずの瞳が潤み、涙が零れ落ちる。

 

「リアラ!」

 

 たまらず、カイルは華奢な身体を抱きしめんと、腕を回した。しかしその手は何も掴めずに、少女の姿を貫いて、すり抜ける。

 構わずに、リアラは。己が唯一できること、意志を発することに終始した。

 

『ありがとう、カイル……あなたと出会えて、本当によかっ』

 

 意志を発することも、代償無しにはできないようで。

 リアラの虚像が消えて、残ったもの。それはレンズと思わしき小さな欠片だった。まるで晶力を使い切ってしまったかのように光は失せる。

 残ったそれをカイルが手で受けようとして、触れるより早く両手の間で消滅した。

 

「く……」

 

 その残滓を抱きしめるように、両手で握り合う。

 

「……リアラ……!」

 

 少年の涙無き哀哭が、響いて消える。

 その声に応える少女は、もういない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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