今回にて、カイルたちの大冒険は終幕となりんす。
カイルとリアラ、そしてロニとナナリーのその後が知りたければ、『テイルズオブデスティニー2』クリアしてきてくださいませ。
「カイル……」
ロニを始めとし、一同は動かぬ彼に呼びかける。
ナナリー、ハロルド、ジューダス。
呼びかけられて、たっぷり時間が空いて、カイルはようやっとその声に反応した。
「…………オ、オレ……」
うなだれていた顔がのろのろと上がり、一同を見回す。
彼がこの時、フィオレの姿がなくなっていることに気づいたか否かは定かでない。
ただ、カイルが二の句を告げるより早く。
「こ、これは……!?」
一同全員に、異変が発生した。
仄かな光が各々の身体の表面に帯びて、周囲一帯もそれまでとは一転、暗幕を上げたかのような光が溢れて踊る。
この異常事態をいち早く把握したのは、彼女以外にいなかった。
「時空間の歪みが激しくなってる……歴史の、修復作用ね」
気を取り直したかのように端末を取り出し、いじっては訳知り顔で頷く。
当然、それだけで事態を理解する者は少ない。
「……? どういうことなんだい!?」
「神が消滅したことによって、時の流れに関する、あらゆる干渉が排除されつつあるんだ。エルレインがおこなった、神の降臨も、バルバトスが企んだ、英雄の殺害も……そして、僕たちが今までしてきたこともすべてが、なかったことになる」
「もちろん、それに連動して、私たちの記憶も消える。今回の旅のことや、おたがいのことも忘れる。つまり……はじめから出会わなかったことになるのよ。私たちは──連鎖晶術のことは残念だけど、記憶していられないでしょうね」
ナナリーの、言葉こそないがカイルとロニも浮かべる疑問は、ジューダスとハロルドの捕捉で解消される。
これから起こるであろう大事を悟って、ロニは盛大にため息をついた。
「すべてはあるがままの姿にもどるってわけか……せっかくフィオレシアさんにまた会えたどころか、一緒に旅もできたのにな。覚えていることも、できないわけか……」
惜しむべき別離がフィオレ、そしてリアラだけではなく、一同に等しく訪れるもの。
ようやく目的を果たしたというのに、それが無に帰すことは、無邪気に喜べるものではない。
しかし、訪れた沈黙はすぐに退場させられた。
「それでも……」
退場させたのは、カイル。
一同は一様に、彼を見やっている。
「それでも、絆は消えない」
今しがた彼は、確かめたばかりなのだ。
リアラと再び出会える未来を。その先、彼女と共に紡ぐことができると、信じる未来を。
だから。
「みんなと一緒に旅して結ばれたこの絆が消えるなんてこと、絶対にない……オレは、そう信じる!」
「非科学的ねぇ……」
一瞬の間も置かず、間髪いれずに茶々を入れたのはハロルドである。しかしそれは、頭ごなしに否定するものではなかった。
「でも、そういうのもわるくないかも。私も、このことをなかったことにはしたくないし、結局、人の想いを形にするのが科学の力なのかもしれないし……あ! これはこれで新しい研究テーマになりそうな予感!」
覚えておけないというのに、新たな発想を生むことに余念がない。
端末に情報を吹き込み、覚えさせておけないかとする前向きを通り越したその姿勢は、非常に彼女らしいととれるものだった。
そんな中。ついにその時は、訪れた。
「あらら。どうやら、私が最初みたいね」
ぼんやりとしていた光が、急にはっきりとしたものへ移行していく。その様子は、ゆっくりと光に飲み込まれていくように見えなくもない。
「ハロルド……!」
「ありがとね。おもしろい体験させてくれて。あんたたちみたいなのが未来にいるってわかっただけでもラッキーだったわ、ホント」
そうして、ハロルドは。
まるで当たり前のように、転がっていた箒型の仕込み杖──紫水を拾い上げた。
それを咎めたのは、ジューダスである。
「おい、ハロルド! それは……」
「持っていけるわけないと思うけど。でも形見に貰っとくわ! あんたにはお揃いの指環があるんだから、文句なんか聞かないわよ。本当はそっちが欲しいくらいなんだから」
これまで一度たりとも取り沙汰されることのなかった指環の存在を指差され、ジューダスはまるで取られることを恐れるかのように己の手元を隠している。
その様を、指差してひとしきり笑った後に。
彼女は大きく手を振った。
「じゃあね。さいなら……!」
転送される瞬間を、当人には自覚できるようで。ハロルドが別離を告げた瞬間、その姿は光と同化して、消失した。
千年前へ、天地戦争時代へ帰っていったのだろうか。彼女が抱きしめるようにして離さなかった紫水は、影も形も残っていない。
「まったく……」
「残念だったね、ジューダス」
まんまとフィオレの愛刀を持ち逃げした。そのことにジューダスが、文句を言うより早く。
「次は、あたしみたいだね」
「ナナリー……!」
ナナリーの足元が、周囲が、はっきりとした光に満ちていく。
ハロルドとの別れを惜しむ間もない、度重なる別離に戸惑うカイルを。彼女はぴしりと叱咤した。
「情けない顔すんじゃないの。そんなんじゃ、孤児院の子達に笑われるよ。あんた、お兄ちゃんなんだろ? みんなのお手本になれるように、がんばりなよ。だれかさんみたいにね」
カイルに話しかけながらも、ナナリーはちらっとロニを見やっている。
それまでフィオレが居た場所を見つめていたロニが、それに気づくより早く。
「おい、ナナリー。それって、もしかして……」
「あたしたちは同じ時代に生きてる。だから、どこかでまためぐりあえるって信じてるから」
ナナリーはふいっ、と顔をそらしてしまった。
滲む涙を、なかったことにするかのように。
十年後、という時間の差異はあれど、ハロルドとは違い同じ時代、同じ空の下にいるのだ。再会は叶う。少なくとも、カイルとリアラが再び出会うより、望みはある。
カルバレイスと中央大陸。大陸を遮る大海に、互いの記憶の喪失に、そして十年の年の差に阻まれていたとしても。
「だから、さよならはいわないよ……また、会おうね! 約束だよ……!」
「お、おい、ナナリー!」
猫のような瞳に涙はなく、どこまでも快活な笑顔を残して。彼女もまた、その姿を消していった。
反射的に伸ばした腕を引き戻し、ロニは気まずげにその手で頬をかく。
「いっちまいやがった……」
ハロルドは千年前。ナナリーは十年後……正確には今、この時代。出身となる時代に訪れたカイルらと出会い、行動を共にして、様々な時代、場所を行き来してきた。
当然、彼女達はその時代へ、カイル達と出会う以前の時間へと戻っていったのだろう。
では、彼は?
「いよいよ、か……」
それを、それが示す意味を、気づかぬはずもない。
自らに帯びる光を前に、とうとう今この時まで仮面を外すことがなかった少年はしみじみと呟いた。
「ジューダス……おまえは、どこへ帰るんだ?」
「わからない……元々、ジューダスなる男はどの場所、どの時代にも存在しない。時空間の彼方をさまようか、リオン=マグナスとして消滅するか……」
ロニの疑問に対して、現時点で想定しうる結果を無感動に羅列する。
ただ帰っただけの彼女達とは違う。ある意味ではリアラと同じ最期を迎える、悲惨ともいえるべき顛末に、カイルは黙っていられなかった。
「そんな……! それでいいのか、ジューダス!? せめて、フィオレとまた再会できるよう、ジューダスも願おうよ!」
「まあ、フィオレシアさんも同じようなもんだしな。ひょっとしてひょっとすれば」
「そんなことは望まない。あいつに、僕の行き着くであろうところ……時空間の狭間をさまよってほしくなんかない」
二人の他意なき示唆に対して、ジューダスは一瞬の沈黙もなく却下を唱えている。
言ってから気がついたようで、ハッと口を押さえ、二人の視線から逃れるように彼は横を向いた。
「もとい、あんな身勝手な奴のことなんかどうでもいい。これは、ジューダスとして生きると決めたときから覚悟していたことだ。それに……お前たちと出会えた」
「フィオレシアさん……いや、フィオレとも再会できたしな」
「茶化すな。一度死んだ男が手にするには、大きすぎる幸せだ。それが手に入ったんだ。悔いはない」
「ジューダス……!」
つまり彼は、このまま消滅を受け入れるということだ。ジューダスは横を向いたまま、軽く息をついた。
握り締めた指が、フィオレから譲渡された指環に触れる。
「僕が助けるつもりだったが、実際は逆だったかもしれないな……ありがとう、ロニ、カイル」
そのまま虚空を見上げても、何かがあるわけではない。神は死に、守護者達も、フィオレの消滅と同時に気配を完全に消している。
構わずに、ジューダスは続けた。
「……お前のことだ。どうせ近くに居るんだろう? 最後の最後で、自分の都合だけを優先した身勝手な輩でも、一応礼は言っておく。お前がいなければ、この結末はありえなかった。僕はお前と違って礼節を知っているからな。お別れくらいは、きちんと言っておいてやろう」
「本当、素直じゃねえなあ」
「うるさい。お前は精々、ナナリーのことを覚えておくようにな」
軽口を叩き合う最中も、光は強さを増していく。それは本人が、一番よくわかっていることで。
「ジューダス……」
「さらばだ……」
黒ずくめ、竜の頭蓋を模した仮面を被ったその姿が、光と共に消失する。
これで残ったのは、同じ場所、同じ時代に育った二人、であったが。
「なんだ、俺たちもか……」
「ロニ!」
あくまでも別離は等しく訪れるようで、彼の兄貴分は光に包まれつつある。
考えてみれば、この場所は二人にとって十年後の未来であったはず。歴史が修正される余波で元の時代へ転送され、その際これまでの記憶は消去されるのだろう。
「じゃ、消えちまう前に言っとくか」
それに抗うでもなく、ロニはあくまで気楽に、弟分と向き直った。
「スタンさんが亡くなってから、俺はおまえを守る盾となることをずっと自分に課してきた。それは俺にとって誇りだったし、よろこびだったし、時には重荷に感じられることもあった」
否、ロニにとってカイルは。おそらくもう目下の、庇護するべき弟分ではない。
「……けど、いつのまにかお前は盾としての俺を必要としなくなってた。守るべき存在を見つけ、お前自身が盾になったあの時から……」
同じ、男として。守るべき人を定めた、ある意味彼を通り越して先輩になってしまったカイルに。
しかし当の少年には、その意識はないようで、むしろ。
「でも、オレはリアラを守ってやれなかった。リアラの盾にはなれなかった……!」
「いや……」
不手際ですらない、どうしようもなかった選択の結果を指して彼はただ悔やむ。
そんなことをする必要はないのだと、ロニは首を振った。
「お前はリアラを守ったさ。あれが唯一、彼女を救う方法だった。そして……それができるのは、お前だけだったんだ、カイル……」
「……………………」
先程の別れを思い出してか、言葉もないカイルを、ロニは労った。
「よく頑張ったな。やっぱ、お前はすげえよ。俺の自慢のダチだ」
「……オレも、ロニは……自慢の親友さ!」
「ありがとよ」
互いの拳がぶつかり合い、ごちっ、と固い音を立てる。ニカッ、と白い歯を見せて快活に笑んだロニは、ひらりと手を振った。
「……じゃあ、またな。カイル」
その姿は光に飲み込まれるように消えていく。
レンズも、神も、守護者達も、仲間達の姿もなく、カイルだけがその場に佇んだ。
「ロニ、ジューダス、ナナリー、ハロルド、フィオレ……」
仲間達の名を呟き、この場にいない彼らの顔を思い浮かべて、息を吐く。
「ありがとう、みんな……」
彼らへの、限りない感謝を込めて。カイルは光に溢れる己を見下ろした。
「未来は、ここにある……ここから、はじまる……」
これより、産声を上げるのだ。神による歴史編纂が行われない、あるがままの世界。
守護者達の望んだ、人が未来を定める世界が。
「オレたちひとりひとりが、自分の力で、未来をつくりあげてゆくんだ……それが、どんなものかはわからないけど……けど、キミとの絆は……けっして、消えない……!」
再び出会うべき少女を、その笑顔を、目蓋の裏に思い描いて。
「そうだろ……リアラ?」
カイル・デュナミスもまた。溢れる光に身を委ねた。
※ここまでお読みいただき、お疲れ様でした。そして、ご愛読してる方もしてない方も、ありがとうございました!
「swordian saga second」これにて閉幕と致します。
本当は続編あるんですけど、モチベーション切れてしまったので終了とします。ごめんなさい。
もしもお話の続きに興味ある方がいらっしゃいましたら、Pixivに途中まで掲載されております。「TALES」で検索して頂けると「swordian saga;Re」というシリーズの作品が出てくると思いますので、そちらへどうぞ。