swordian saga second   作:佐谷莢

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 アルジャーノン号終了のお知らせではありません。念のため。
 ファンダリアへ向かうことを考えればえらい寄り道ですが、こうでもしなければフィッツガルド地方になんて立ち寄らなかったでしょうね。
 そんなこんなで、考えてみれば前作、一度たりとも訪れなかったリーネ村、及びリリス・エルロンとエンカウント。
 ついでにジューダスと喧嘩したようです。相手の気持ちを考えない言動に腹が立ったなら、仕方ないね。


第十四戦——船旅一旦終了のお知らせ~英雄の故郷へと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「静かに入ったほうがいいよね? フィオレ、起きちゃうだろうし……」

「そうだな。ようし、今度こそあの帽子を外して……!」

「くだらないことを考えるのはやめろ。半殺し……いや、七割くらい殺されるぞ」

 

 次に気付いたのは、抜き足差し足で部屋に戻った三人の気配を感知してのことだった。

 大慌てで起き上がり、居住まいを正す。口の端から零れかけていたよだれを拭い、悠然とソファへ腰かけた。

 

「おかえりなさい。これからどうなることになりました?」

「まだ寝ていてもかまわないが……」

「そうだよ、疲れてるでしょ?」

 

 そうは言われても、すでにフィオレの眠気は吹き飛んでいる。

 ひと眠りしたから気力は充実しているし、力を使い慣れていないリアラとは違うのだ。いつまでも休んではいられない。

 

「お気遣いは結構ですよ。それで、どういう風に誤魔化してきたんです?」

 

 現在においてフィオレの懸案事項はこれだった。まさかジューダスが全て事実を話したとは思えない。

 内包晶力が比較的高いとされる完全球体のレンズを使っていたフィオレはともかく、リアラは振るったのはまさに「奇跡」の力なのだ。

 きっと詳細について根掘り葉掘り詰問されただろうと思っていたフィオレは、次なる一言を聞いて目を瞬かせた。

 

「別にこれといった説明もしてないし、尋ねられてもいない」

「え?」

「聞いてよ、フィオレ。オレたち『聖女を守る英雄諸君』なんて言われちゃってさ♪」

 

 先程から妙にカイルが浮かれているのは、このためか。

 そのままカイルが感情のまま、説明した事柄をまとめると次の通りになる。

 一行は「幾多の船を沈めてきた恐怖の象徴」フォルネウスをほんの数名で倒したこと、更に沈没の危機を「アタモニ神団の長エルレインをも超える」奇跡の力で救った。

 その事実を指して「聖女を守る英雄諸君」と認定されたらしい。

 全力でにやけて英雄と称えられたことを強く主張するカイルに、ジューダスの厳しい声が飛んだ。

 

「浮かれるなと言っているだろう。お前一人の力じゃない上に、リアラはまだ目覚めていないんだ」

「まあまあ。カイルにしてみれば、夢が叶ったようなものでしょう? 嬉しく思うのは当然だと思います」

 

 かねてより英雄が何たらかんたら公言していたカイルにしてみれば、自らの行いで英雄と呼ばれるのは本望だろう。

 ジューダスは渋い顔をしているが、フィオレとて単に彼を擁護しているわけではない。

 

「えっへへ。まあそれほどでも……」

「むしろ、ここからが正念場です。船と命を失わずに済んだ船長や乗客から英雄と呼ばれるだけで満足してしまうか。はたまた、世界中の人々から英雄と認められるスタン・エルロンやウッドロウ・ケルヴィンのようになることを目指すか。まあ私は、どちらも同じ英雄だと思いますけど」

 

 それを聞き、カイルは締まらないにやけ顔を真顔へと変えた。

 

「もちろん、父さん達を目指すさ! 今は夢に向かって一歩前進した、ってことに喜んでたんだよ。まだ夢は叶ってない!」

 

 彼がヘラヘラしていることが気に食わないなら、こう言えばいいだけなのに。ただ強めにいさめることしかできないのは、人に接する不慣れさ故か。

 ジューダスの辛口に対して眉をひそめていたロニが機嫌を直し、ジューダスはバツの悪そうな表情を浮かべている。

 何となしに漂っていた微妙な空気が払拭されたことを確認して、フィオレは話を先に進めた。

 

「英雄と称えられたことはわかりました。それで、これからどうなります? このままスノーフリアを目指すのは、更にリアラの負担を増やすような気がするのですが」

 

 無論現在も、船は空中を泳いでいるわけだが。

 どうもこの力はリアラの体から、あるいはレンズペンダントから直接作用しているらしく、フィオレからは何の干渉もできない。

 彼女が昏睡状態に陥っているのは、現在も船を動かし続けているからではないか、とすら思えた。

 通常術式は術者の意志によって起動する。術者の意志がなくなれば、術式も停止するのが常だ。

 儀式などを経て術者の意志がなくなっても作動し続けるよう仕向けることは可能だが、今しがた彼女が発動させたものにそんな下準備をする暇はなかった。

 従ってこれは術式ではない。考えてみれば詠唱も何もなかったし、やはりエルレインが行使した奇跡、に分類されるのだろう。

 

「それなんだけどね。この近くにリーネ、って村があるから、そこでリアラを休ませたらどうか、って」

「村で彼女を休ませて、その間船はどうなさるので? リーネ村付近に停泊するんですか?」

「んと、どうせこのままじゃスノーフリアに行くことも、アイグレッテに戻ることもできないらしいんだ。ノイシュタットで本格的に修理するから、リアラにはまずリーネで休んでもらう。で、オレたちには陸路でノイシュタットまで来てくれれば、待ってるからって」

 

 確かに、一行のスイートルームは実に居心地が良かったが、それでも常に足元がおぼつかない船上で静養しろ、と言っても難しいだろう。

 今も船を動かしていることが負担となっているとしたら、船から離した方がいいに決まってる。

 

「彼女がいつ目を覚ますかわからないし、この船には他にも乗客がいるのに。どれだけ待つつもりなのでしょうね」

「その辺りは、他の乗客にも話が通っているらしい。どうしても先を急ぐなら、ノイシュタットで出る他の定期船のチケットを提供するそうだ」

 

 つまり、このアルジャーノン号だけはリアラ及び一行の到着を待ち続けてくれるということか。

 ジューダスの説明を聞いて小さく頷いたフィオレは、おもむろに船窓を開けた。

 潮風がなだれ込み、風も波も関係ない船の速度がよくわかる。

 

「……ちなみに、リアラなしでどうやってリーネ付近に停泊するんです?」

「僕も気になったから尋ねてみた。船長はどうも、お前に期待しているような言いぐさだったが」

 

 やっぱりそう来るのか。

 一連の流れからすれば、どう考えたってそうなるのが自然だ。事が事だけに、責任は取るべきか。

 力の作用に直接関係している、あのレンズペンダントをどうにかすれば何とかなるとは思うのだが。

 ため息と共に立ち上がり、男性陣に一言告げてリアラの眠る寝室に入る。相変わらず、彼女は眠ったままだ。

 なだらかな鎖骨の中心、レンズペンダントに手を伸ばす。

 どうもこの船を取り巻く力はこのペンダントから放たれており、力の出所はリアラ自身にあるようだ。

 華奢な首元からペンダントを外し、航行が異常をきたす前に新芽色のレンズから晶力をあてがう。

 幸いなことに、船を包み込む風の力はそのままフィオレの管理下に置かれた。

 シルフィスティアに視界を借り、現在地がどこなのかを把握してからリーネ村近辺の浜辺へ船を進ませようとして──フィオレは速やかにフィリアからもらった地図帳を開いた。

 考えてみれば第三大陸フィッツガルドなぞ、片手で数えられる程度しか行ったことがない。

 無論リーネという村も行ったことはないが、何故か聞き覚えがあったために十八年前の地図帳を開いてみたのである。

 かくして、リーネ村は存在した。フィッツガルド大陸最北端に位置する、かなり交通の便が悪そうな──

 

「……ここって、そういえば」

 

 聞き覚えがあるはずだ。フィッツガルドのリーネ村といえば、彼の出身地なのだから。

 カイルがそれを知っているのかどうかはわからないが……あの様子では多分知らないだろう。現地に着いて事実を知って、また何やかやと騒ぐに違いない。

 少年が英雄という存在を知って行くたびに、いつ事実に直面してしまうのか。

 関係ないはずなのに、何故かハラハラしてしまう自分がいる。

 スタンが英雄になったのは世界の危機を救ったから──逆に言えば、世界に危機が訪れたからだ。

 今しがた一行が英雄呼ばわりされたのも、この船が沈没の危機に瀕したから。

 危機が訪れ、それを食い止めたから感謝されているのだ。

 極論を言ってしまえば、英雄とは平和と真逆の出来事が発生しない限り現れず、生まれない。平穏な世の中には必要ないのだ。

 あの無邪気な少年がこの矛盾に気づいてしまったその時、彼はどうするのだろうか。 

 彼のことを思うならこれを指摘するべきなのだが、フィオレにはそんな義務も権利も、ついでに勇気もなかった。

 忘れてはいけない。フィオレが彼らと行くのはファンダリア──ハイデルベルクまでのこと。

 成り行きで行動を共にしているだけであって、フィオレは彼らの仲間ではないから。

 優先するべきことがあるのだから、錯覚を起こしている場合ではない。

 今から十八年前の時のように、また私情と混同することになるだろうと予想がついていても。

 そうやって再確認をするしか、自分を戒める方法はなかった。

 

『微調整を手伝っていただけますか? 私一人では荷が重いので……シルフィスティア?』

『手伝うのはいいけど、今は聖域がないからこっちの力も無尽蔵じゃないよ。フィオレにもかなり負担かけると思う』

 

 彼女の言葉に偽りはなく、リーネ村近辺の接岸は困難を極めた。

 所有者でない者が扱っているせいかどうかは知らないが、リアラのレンズは信じられないほど精神力の消費が激しく、それに伴う消耗が集中を乱していく。

 幸いシルフィスティアのおかげで大事には至らなかったものの、もし一人で事を成そうとしていたらアルジャーノン号は砂浜をえぐり、防砂林を突き破って帆布を派手に引き裂いていたことだろう。

 

「おお、見事だ! 流石は英「さて、我々は船を降ります。ノイシュタットでお会いしましょう」

 

 ひと眠りして充実させた気力が、眠る前と同程度までに擦り減っているのがわかる。

 完全球体のレンズを用いてフィオレ自身の消耗を抑えたつもりが、レンズを使っていなければフィオレも昏倒していたことだろう。

 少女がとんでもない晶力を発生させていたことを改めて実感しつつ、船室にて荷作りに勤しむ。

 

「忘れ物はなし……と。おい、リアラはお前がおぶってけ」

 

 一足早く荷作りを終えたロニが、確認をしながらもカイルにそうけしかける。

 彼としては幼い印象を受けるからか他の理由か、リアラに興味はないらしい。どちらかといえば面白がって弟分とくっつけようとしているフシがある。

 しかしこれも遺伝か、カイルにあまり意味は伝わっていない。

 よしんば伝わったところで、思春期一歩手前の少年には刺激が強いのだろう。オーバーリアクションで恥じらうだけだ。

 そして今回も、目覚めぬリアラを気にかけていたせいか。少年は真面目な顔で兄貴分に返した。

 

「え? いいの、ロニ? 女の子をおぶるなんてロニ、好きそうなのに」

「あのなあ……」

 

 通常ならばロニはくってかかる、あるいは真意を伝えるなどしていただろう。

 しかしそれどころでもないと思ったのか。ロニは首を振って話題を変えた。

 

「それよりカイル、リーネって名前に聞き覚えないか?」

「これから向かう村でしょ? それがどうか……」

 

 ここで。きょとんとしていた少年は、リアラが眠っていることも忘れたように声を上げた。

 この反応。やはり気付いていなかったようだ。

 

「あーっ! もしかして!?」

「そう。お前の親父、スタンさんの生まれ故郷だ。遠回りする羽目になっちまったけど、ま、災い転じてってやつだ」

 

 おそらくリーネという村名が出された時点でロニはピンと来ていたのだろう。

 ジューダスは会話に参加することなく黙々と荷作りをしているが、聞き耳を立てているのはよくわかった。

 

「スタンさんの妹……確か、リリスさんだったか? 頼んでリアラを休ませてもらおうぜ」

 

 このように話すということは、少なくともロニには「怒らせると飯抜き」という兵糧攻めを慣行するスタン妹と面識があるようだ。

 いくら弟分の叔母とはいえ、見も知らぬ女性の家に上がり込み、リアラのためとはいえ寝台を占拠するという暴挙をこれから行うとは思いたくない。

 安堵するべきことに、やはりロニ、そしてカイルはリリス・エルロンと多少の親交があった。

 雰囲気からして牧歌的、ごく穏やかな人々ばかりで、時間すらのんびり流れていきそうな村、リーネ。

 何の警戒心もなく声をかけてきた村人に、スタンの生家エルロン家を尋ねれば、背負われたリアラを見て訳ありだとでも思ったか。村人はすんなり教えてくれた。

 

「リリスちゃんの家なら、ブランコがある家さ。ちなみにお医者なら、宿の隣にあるからね?」

 

 田舎特有の親切さに助けられつつ、つつがなく目的の家を発見する。

 

「こんにちはー!」

「あら、いらっしゃい!」

 

 呼び鈴を鳴らして現れた女性は、実にカイルとよく似た……正確にはスタンとほぼ同じ特徴を持つ、きわめてチャーミングな女性だった。

 まずカイルとの再会を、来訪を喜び。そして彼が背負うリアラに気付き、「まずはその子を休ませないと」と自分が使っているであろう寝台を提供したのである。

 そしてカイルとロニを除いた二人が短い自己紹介を済ませ、カイルがここへ来訪するにいたって経緯を説明した。

 

「……っていうわけで、オレたち、ここに来たってワケ」

「そう……大変だったわね、カイル。それに、皆さんも」

 

 小さく頷き、これまでの苦労をねぎらうリリスは包容力のある女性そのもので、とてもスタンの話に出てくるおっかない妹とは思えない。

 十八年の時は人を大きく変えるのに十分な年月だろうが、ともかくロニはリリスに対して首を振って見せた。

 

「いや、俺たちはどーってことないです、それより急に押しかけちゃって、リリスさんのほうが大変かなって」

「この村にも宿屋はあるんですよね。何ならリアラだけ預かってもらって、ちゃんと部屋を確保しましょうか」

 

 ロニはそうかもしれないが、先ほど船を動かしたフィオレは正直疲れていた。もうひと眠りしたいくらい疲弊している。

 否。ロニとて、沈没寸前の船に乗っていたのだがら、疲れていないわけがないだろうが……

 しかしリリスは、軽くかぶりを振って見せた。

 

「ああ、いいのよ。ここは見ての通り、何もない村でしょ? たまにこれくらいのハプニングがあるくらいで、ちょうどいいのよ」

 

 実に朗らかな笑みを浮かべたリリスだったが、それでもカイルの顔を見て思い出したのだろうか。

 ふっと視線をそらして、遠くを見るような仕草をした。

 

「まあ、兄さんはそれに耐えきれなくって、ここを出てっちゃったんだけどね」

「リリス叔母さん、ひとつ聞いてもいいかな。その……父さんのことなんだけど」

 

 リリス自身からスタンのことを切りだされたためだろうか。

 それまで自重していた──それでも妙にそわそわしていたカイルが、ついに口を開く。

 もちろんそのことに気付いていた彼女は、スタンと同じ空色の瞳を細めて悪戯っぽく笑った。

 

「わかってるわ。小さい頃どんなだったか、知りたいんでしょ? ──そう、とにかく寝ぼすけさんだったわ。兄さんを起こすのはあたしだったから、毎日そりゃもう大変だったの」

 

 いわく、大声で叫んでも毛布を取り上げても、頬をつねっても起きなかったらしい。

 神の眼を追う旅の最中でも、確かにスタンの寝起きは最悪だった。

 ルーティがどれだけがなりたてても、フィリアの懸命な呼びかけにもさっぱり反応しなかったのだから。

 最終的には我慢の限界に達したリオンが額冠(ティアラ)から電撃を発生させる、アトワイトの力を借りて生成した氷を首筋や脇の下にあてがう、あるいは足の裏や脇の下をくすぐるという嫌がらせじみた方法でどうにか彼の覚醒を促した記憶がある。

 ところが、リリスは流石彼の妹か。対処法を習得していたらしい。

 

「で、最後にはフライパンを持ちだして、おたまで乱れ打ちするの。『秘技、死者の目覚め!!』ってね」

「…………」

 

 そんな手があったのか。

 身に覚えでもあるのか、カイルはただ言葉を失っている。

 ロニは露骨に笑いをこらえているし、ジューダスは表にこそ出していないが、きっと思うことがあるに違いない。

 

「あとは、至って普通の子供だった。夢なんかも意外にちっちゃくて、お城の兵士になりたい、なんて言ってたっけ」

「えっ!? 英雄になりたいとは、言ってなかったの!?」

「ううん、ぜ~んぜん。本人が言うには、いつの間にか世界の危機を救っていたんですって」

 

 意外なことに、フィオレも知る「スタンのささやかな夢」を聞きつけて、カイルは驚愕していた。

 てっきりルーティから聞かされているものと思っていたが、やはり彼女も母。息子が抱く父親への憧れを、無下にしたくなかったのだろうか。

 そこはかとないショックに襲われた甥の様子に気づくことなく、彼女は昔を懐かしむように無邪気な笑みを零している。

 

「ふふっ、『いつのまにか』よ? きっと世の中の人が聞いたらがっかりするでしょうね」

 

 多分がっかりしているのは目の前にいるカイルもそうだ。

 スタンが持っていたという腕の痣を誇りに思い、見えない父の背中を追う少年にとって「父親と違う」ことはどれだけ大きな衝撃か。

 

「でも、私は兄さんらしくていいと思うけどね」

「そっか、そうだったんだ……」

 

 リリスがそう思うのは当たり前だ。

 スタン・エルロンは彼女にとって「世界を救った大英雄」ではなく「自分の兄」で「かけがえのない家族」であるのだから。

 その人に近しい分だけ、その人がその人らしくあることを喜ばない人間はいない。

 ただそれで、カイルにとって父であるスタンがどれだけ遠い存在なのか。

 手に取るようにわかってしまったことが、少々悲しい。

 

「せっかくだから、村のみんなにも色々聞いてきたらどう? きっと面白い話が聞けるはずよ」

「でも、リアラが……」

「その子のことなら、心配しないで。私がちゃんと看ててあげるから。さ、いってらっしゃい!」

 

 どうもこれは全員に向けられたものであるらしく、一同はもれなくエルロン宅から追い出しをくらった。

 気を取り直して村人へ聞き込みを始めるカイルやロニだったが、別にスタンの過去などどうでもいいフィオレには、どうしようもない。

 本来ならのんびり散策でもするところ、体調がそれを許してくれなかった。

 軽い風邪を引いたようなけだるさを少しでも緩和させるため、エルロン宅の庭先で揺れていたブランコに腰かける。

 瞬間、尻の下で、ばきっ、と嫌な音が……したらどうしようかと思ったが、幸いそんなことにはならなかった。

 フィオレを乗せてもブランコはきしみもせず、ただ静かに揺れている。

 

「珍しいな。お前がふらふら出歩かないなんて」

「人を夢遊病患者みたいに言わないでください。私からすれば、あなたが風変わりな被りものしてるほうが珍しいんですよ」

 

 見やればすぐそこに、白い仮面の黒づくめ姿が佇んでいた。

 やはり彼も、スタンの過去などどうでもいいらしい。

 仮面のことを揶揄されて、むかっ腹が立ったらしいジューダスに畳みかけるように、フィオレは言葉を続けた。

 

「前々から気になっていましたが、その仮面はどこで手に入れたんです?」

「……どうでもいいだろ、そんなこと」

「それもそうですね」

 

 会話終了。遠くから放牧されている羊の鳴き声や、子供達の遊びはしゃぐ声が聞こえる。

 素直に答えないジューダスが悪いのか、突っ込んで聞こうとしないフィオレが悪いのか。

 そもそもどちらが悪いとかそういうことなのかすら、誰にもわからない。

 ただ質問されることをジューダスが拒んでいるなら、素直に立ち去るはずだ。

 カイルもロニもリアラもいない今、絶好の機会であることに間違いはない。

 

「これも気になっていましたが、その名は何のおつもりで?」

「カイルがつけたものだ。多分、意味なんてわかってないだろ」

 

 意外な事実だった。

 てっきり彼が、自らしたことを皮肉ってその意味を持つ単語を名乗るようになったのかと思っていたが。

 

「──話したくなければ、構わないのですが」

 

 好奇心によるその質問で、表にこそ出さないがそこはかとなく傷ついたであろう彼にフィオレは容赦なく質問を重ねた。

 逃げ道は提示したのだ。

 ヒューゴ氏という雇い主がいなくなった時点で彼とは対等な位置にいるフィオレが、これ以上譲歩する必要はない。

 

「リアラのこと、どのようにして知ったのですか?」

「──お前、いつからそんな詮索好きになった?」

 

 帰ってきたのは答えではなく、冷たい声音による質問の返しだった。

 しかし、これで彼が会話をする気があることだけは知る。答えたくないのなら、黙秘を貫くはずだ。クレスタでの、あの晩のように。

 

「残念ながら、好奇心で聞いているわけではありません。必要に迫られているから聞いたのです」

「この仮面のことも、この名の由来も、か?」

「それはもちろん好奇心です。現に、どうでもいいだろうと言ったあなたに同意したでしょう」

 

 フィオレにしてみればこの会話こそどうでもいいのだが、ひと欠片の可能性がある限り見逃すわけにはいかない。足りな過ぎる情報は少しでも欲しかった。

 リアラのことでも、ましてやジューダスのことでもない。

 エルレインという存在を強く押し出し、その裏で全人類の幸福を願っている存在を少しでも理解するため。

 相手を知ることこそが、速やかな攻略に繋がる。そう信じて疑わないフィオレは、そのためだけにリアラの正体を探っていた。

 エルレインがしていたものとよく似たレンズペンダント。

 エルレインが起こしたものと同じ、否、実によく似た奇跡。

 これだけならあのレンズペンダントに力の正体が、と勘繰れるのだが、ジューダスがリアラの力のことを知っていたとなると話は別だ。

 彼はエルレインに蘇生されていると思しき人物なのだから。

 もしリアラが、エルレイン属する敵対勢力に所属している身なれば。

 ジューダスだけではなく、彼女とも敵対しなければならないかもしれないのだ。

 あるいはリアラの仲間と明言したカイルとも、彼の兄貴分であるロニとも。

 見知った者と刃を交えるかもしれないと妄想するよりも、今フィオレにはするべきことがあった。

 

「リアラの力のことを知っていたら、どうだっていうんだ」

「その力が何なのか、正体を知りたいのです。知っているなら是非教えてください」

「……何故僕がそれを知っているのかは、聞かないのか」

「知る必要はないし、興味もありませんから。それを聞いたところで、お答え頂けるので?」

 

 彼が詮索を嫌う傾向にあることくらい、嫌というほど知っている。

 自分に関すること以外ならば答えてくれるだろうと踏んでの、質問だった。

 すでにジューダスの声音から険は抜けている。

 そのものズバリは教えてくれなくとも、何かヒントが手に入るだろうと踏んだのだが。

 

「──答える義理はない! そんなに知りたければ、本人から聞くんだな」

 

 彼は急に声を荒げたかと思うと、マントを翻してフィオレに背を向けた。

 ジューダスにしては珍しく、足を踏み鳴らすようにして歩き、やがて民家の影に消える。

 小柄な黒い背中が見えなくなったところで、フィオレは大きく息をついた。

 これまでの言動を思い返してみるも、彼がいきなり言葉を荒げた理由が思いつかない。

 怒らせる要因ならあるし、実際彼が発した言葉の中でその怒りを、苛立ちを声に出している。

 問題はそれが爆発した原因だが──どんなに考えてみても、思考回路がジューダスと同一でない以上、フィオレにわかることなど一切なかった。

 のんびりと、時間は流れていく。

 

 

 

 

 それからしばし。

 そのままブランコを占拠して、うとうとしていたフィオレはふと、カイルとロニが連れ立って歩く姿を見つけた。

 途中で捕獲されたか、ジューダスの姿もあり、足がこちらに向かっている辺り情報収集は済んだのだろう。

 立ち上がったところでエルロン宅の扉が鳴り、リリスが姿を現した。大きな編み籠を持っている辺り、洗濯物を取り込むのだろうか。

 

「あ、お帰りなさい。どうだった? 皆の話を聞いて、少しは兄さんのこと、わかった?」

「う~ん……オレのイメージと大分違うってことはわかったよ」

 

 喧嘩もすれば悪戯もし、ドジをすれば落ち込む。

 これでカイルと変わらないのは、むしろ彼にとって誇るところかもしれない。何せ、彼は父と同じ道を歩いているということなのだから。

 しかし彼はそうは思わなかったらしく、ただただ微妙な顔をしている。

 そんなカイルに、リリスは籠を持ち直して微笑みかけた。

 

「昔ルーティさんに聞いたんだけど、あなたも英雄を目指してるんですってね。あの兄さんにできたんですもの、あなたも立派な英雄になれるわ。頑張ってね、カイル」

 

 その言葉にこそ力強く頷いて見せるものの、どことなくカイルは腑に落ちない顔をしている。

 他意があってのことなのか、彼女は洗濯物をてきぱき取りこみながら尋ねた。

 

「今日はもう疲れたでしょう? ここに泊まっていきなさいな」

「う、うん……」

「じゃあ、すぐに寝床を用意しないとね」

 

 久しぶりに洗ってよかったわ、と言わんばかりに、彼女は真っ白なシーツを次から次へと取りこんでいる。

 それをカイルらと手伝いつつも、フィオレはリリスに、そしてカイルに話しかけた。

 

「リリスさんの好意は大変嬉しく思いますが、私はやっぱり宿を取ろうかと」

「あら、どうして? 床に寝るのが嫌ならソファがあるし、何なら私と一緒にベッドでも」

「そうだよ、フィオレ。ソファならオレかロニが譲るよ?」

 

 リリスと寝るくらいなら、リアラの寝床にお邪魔する。案外飛び起きてくれるかもしれない。

 どうしていきなり寝台の話になるのかわからないが……作業を続けながらフィオレは声をひそめた。

 

「ジューダスと喧嘩しました。一晩離れて、互いに頭を冷やした方がいいかと」

「えっ!? フィオレ、ジューダスとケンカしたの!?」

 

 カイルの声が大き過ぎて、シーツを畳むロニにも畳んだシーツを運ぶジューダスにも聞こえたと思うが……突っ込むのはやめておく。

 別に知られて困ることではない。

 

「ええ、そうです。そんなに驚くことですか?」

「だって二人とも、いつも仲良さそうなのに。喧嘩とかするんだ」

 

 傍から見たらそうなのかもしれないが、多分気のせいだ。

 彼は珍しいものでも見たかのように、二人を交互に見た。

 

「何があったの?」

「──私が不用意な質問をして、その件について触れられたくなかったジューダスが怒った。そんなところです」

 

 ひどく抽象的な言い方になってしまったが、それでも話したことをそのまま伝えることはできない。

 今はただリアラの回復を待つ彼に余計なことを吹き込んで、彼女に対し色眼鏡をかけさせたくなかった。

 しばしの沈黙を経て、カイルはこくりと首を傾げている。

 

「……よくわかんないけど、それってフィオレが悪いってこと?」

「原因を作ったのはそうだし、怒らせるに至ったのも私に否があるでしょうね」

「な、なんでそこまでわかってて謝らないのさ! あ、謝っても許してもらえなかったとか?」

 

 確かに、自分に否があるとわかっている以上、この場合フィオレが一言謝ればこの話はまとまるだろう。

 彼がリオンであったなら──ヒューゴ氏という雇い主の子息なら、フィオレはその場で即座に謝っていた。

 だが、彼がジューダスである以上わきまえるべき礼儀がある。

 

「いえ、謝っていません。彼にものを尋ねたこと自体、悪いことをしたと私は思っていないんです」

「へ?」

「私は確かに彼を怒らせましたが、その事に対して悪かった、とは思いません。私は質問をしただけなのですから」

「え、えーと。じゃあ、フィオレは質問に答えなかったジューダスが悪いと思ってるの?」

 

 もちろんそんなことはない。フィオレは黙って首を横に振って見せた。

 ジューダスを怒らせたことはわかっていても、謝る気がない。

 正確には、謝罪の意志なく謝るのは上っ面を取りつくろうだけだ。そんなことをしてもジューダスは許さないだろう、だから。

 

「ジューダスは聞かれて嫌なこと聞いたから怒ってて、フィオレはそのことわかってるけど悪いことしたとは思ってなくて……?」

「ね。わけがわからないでしょう? 私も一晩距離を置いて、頭を冷やそうかと思って」

 

 シーツを含む洗濯ものの取りこみを終え、「それではまた明日」とエルロン宅から離れる。

 何の未練もなく、さくさく歩み去るその背中を見送って、カイルはくるりと振り向いた。

 視線の先には、呆れたように額に手を当てるジューダスがいる。

 

「……嫌がらせか」

「ねえ、ジューダス。フィオレと何があったのさ?」

「別に喧嘩なんかしてない。少し声を荒げただけだ。あいつが、くだらないこと聞くから……」

 

 本人にその気があるかどうかわからないが、「僕は悪くない」と全力で訴えている気がしてならない。

 事情のわからないカイル、そしてロニとしてはただ困惑するしかない。それはリリスとて同様だ。

 その空気を居心地悪く思ったのか、ジューダスは咳払いをした。

 

「──とにかく、喧嘩というのはあいつの一方的な誤解だ。明日あいつの頭が冷えた頃それを伝えるから、お前らが気にすることじゃない」

「……ジューダスがそう言うなら、いいけど。結局何話してたの?」

「答える必要はない。それで、知りたいことはわかったのか?」

 

 聞き込みに同行しなかったジューダスがそれを尋ねれば、カイルは自分なりにまとめた「スタン」という人間の見解を話している。

 物語に描かれるような「英雄」だとばかり思っていたスタンが、身近な存在であることに気付いた。

 そのことはカイルにとって、更に英雄になれる可能性を見出したにすぎない。

 少年の興味を、彼女がよく使う手で見事そらしたこと。

 リアラの力について聞かれた時、まったく自身に興味がないのだと言われているようで声を荒げてしまったこと。

 それでも、以前はよくやっていた上っ面の謝罪をやめてくれたこと。

 あれだけ毛嫌いし、敬遠していたはずの人間が驚くほどに自分の中に浸透していることを今更のように思い返して、ジューダスは盛大なため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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