swordian saga second   作:佐谷莢

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 あれから一晩、リーネ村からお早い出発。リアラの回復が早くて何よりです。
 ──自分も信じて、相手も信じる。非常に難しいことです。
「信じるのは自分だけにしとけ。信じたい人を信じて、裏切られたら自分の見る目のなさを呪え」
 かつてフィオレと名乗る前、彼女は自分の教え子へこのように説いているのですが。
 フィオレにはスタンの言葉が、どのように響いたのでしょうね? 


第十五戦——田舎の朝は早い~さわやかな朝、居心地の悪い時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝のこと。フィオレは、彼方から聞こえてくる銅鑼に似た音で目を覚ました。

 まるで手鍋とお玉杓子──蛙の幼生ではない料理器具を打ち鳴らしたかのような、騒音である。

 エルロン宅から出てすぐに宿を取り、そのまま寝台に倒れ込んだというのに。窓の外ではお天道様はすっかり顔を出している。

 むっくりと起き上がったところで扉が叩かれ、応対に出られる格好ではなかったにつき、フィオレは声を張り上げた。

 

「どちら様ですか」

「お早うございます、お客様。リアラさんと仰る方がおいでですが」

 

 ──思ったよりも早く回復したようで何よりだ。

 壁にかけられていたバスローブに袖を通し、おざなりにタオルを被る。

 現れたリアラの顔色は、昏睡状態と比べ物にならないくらい血色が良くなっていた。

 

「お早うございます、リアラ。体調は如何ですか?」

「もう大丈夫、ありがとう。あのね、リリスさんがフィオレも一緒に朝ご飯を食べないかって」

「大変嬉しいお誘いですが、恥ずかしながら起き抜けでして。身支度を済ませてから参りますので、リアラは先に戻っていていいですよ」

 

 昨日脱ぎ散らかした衣服をかき集めて、少女には先に戻るよう告げる。ならば外で待つと、リアラは部屋から出ていった。

 彼女が出ていったのを確認して、軽く湯浴みをしてから身支度を整え、宿を出る。

 件のリアラはといえば、宿から出てすぐ先、用水路に通じる池のほとりで佇んでいた。

 その隣には、帰らぬ彼女を探しに来たのか。普段のツンツン頭に寝ぐせまで加えたカイルの姿があった。

 リアラの回復を純粋に喜ぶカイルは、当然のように話題を昨日のことへ移行させている。

 言葉少なに相槌を打つリアラとは対照的に、カイルはいつにも増して興奮しており、二人が持つ似たようなペンダントに着目した。

 

「……あっ! もしかしてそのペンダント、なんかすごい力があるの? それがあったら、オレも奇跡が起こせる!?」

「それは……」

「な~んてね! そんなハズないよな。君のペンダント、拾ったことがあったけどあの時は別に何も起こらなかったし」

 

 核心を突かれたからなのか、リアラは言い澱んでいるものの、カイルはそのまま自己完結してしまっている。

 秘密を抱える人間にとって、これほどありがたい話相手もいないだろう。

 ともかくあれは、純粋にリアラの力なのだと。そう再認識して「すごい」と褒めるカイルに対し、リアラは照れるでも増長するでもなく、ただ否定した。

 

「すごくなんかない。わたしの力なんて、まだまだよ。フィオレの方が、すごいわ」

「リアラ……?」

「船底にいたフォルネウスに早く気付いて対処できたのは、フィオレが甲板の陽動を倒していてくれたからだわ。フォルネウスを倒した後、急拵えだけど穴を氷で塞いでいたし、脱出方法だって現実的な方法を思いついた」

 

 ふわりと風が通り過ぎ、リアラの髪や腰辺りをまとめるリボンをたなびかせ、水面を揺らす。

 初めて出会った時のように感情を押し殺したかのような少女は、頬にかかった髪をかきあげた。

 

「新手のフォルネウスから船を守ってくれたのもフィオレ、船を無事陸の近くまで運んだのもフィオレ……わたしはただ、船を浮かべただけ。それだって、今回はたまたま上手くいっただけだわ。また同じことができるか、って言われたら……」

 

 彼女の独白に、妬み嫉みは感じられない。リアラはただ事実を言い、自分の力不足を嘆いているだけだ。

 そんな後ろ向きな告白を聞かされ、カイルが彼女にかけた言葉とは。

 

「──自分と相手を信じろ。そうしたら、最後はきっと上手くいく」

「えっ?」

「ロニが教えてくれたんだ。父さんの言葉なんだって」

 

 唐突にこんなことを言い出す辺り、昨夜スタンのことを知ったことでロニが話したのだろうか。でなければ父にして英雄の格言を、彼が常日頃から振りかざさないわけがない。

 そのままカイルは、ここリーネ村がスタン・エルロンの故郷であることを踏まえて言葉を続けた。

 スタンの人となりを人々から聞き込み、彼が特別な人間でも何でもなかったこと。

 むしろ行いは寝ぼすけも含めて、カイルに似たりよったりであったこと。

 ならば自分にも十分可能性が、と思った矢先。先ほどの一言に通じるらしい。

 

「けど……ロニが教えてくれたんだ。さっきの言葉」

「自分と相手を、信じ続ける……」

「それって、すごく大変なことだって、オレにも何となくわかる。でも、父さんはそれができた。だから英雄になれたんだ」

 

 ──何かが。何かが、大幅に違っている気がする。

 確かにスタンは底抜けのお人よしで、田舎出身──それまで人間の醜い面を知らずに済んでいたからこそ、人を疑うことを知らなかった。

 ルーティから常日頃馬鹿にされていたように、純真無垢な幼い子供のように人を信じた。

 スタンが歩んだ道の行程を、フィオレはほんの一部しか知らないから、頭から否定することはできない。

 長きにわたる旅を終えて、彼がそう思ったのならばそうなのだろうと、その意志を尊重するべきではあるだろうが。

 ただ、スタンの血を引いていてもカイルはスタンではない。

 彼だからこそ通じる理屈を実践して、果たして彼が何を知るやら。

 

「だから……オレもやってみる! 自分とみんなを……リアラを信じる!」

「カイル……」

「またできるかわからない、って言ってたけど……おれはできると思う。リアラなら必ずできるって、信じてる!」

 

 だからリアラも信じてみろと、焚きつけて。リアラは僅かな躊躇を経て、力強く頷いた。

 そろそろ声をかけてもいいかなと、物陰から姿を現しかけて、やめる。

 まだカイルの話は続いていたからだ。

 

「……ここだけの話、フィオレのことが苦手なんだ。苦手っていうか、うらやましいっていうか……初めて君と会った時「英雄だ」ってあっさり言わせちゃったくらい強いし、この間稽古をつけてってお願いしたら、ボコボコにされたんだよ」

「そうなの?」

「うん。ジューダスが審判やって、オレがこの剣でフィオレがこのくらいの短剣だったんだけど、全然歯が立たなくて」

 

 彼が言っているのはおそらく、船が出て二、三日経ってからの話だろう。

 暇を持て余したと思われるカイルが軽い気持ちで挑んできたのだろうと、こちらも暇潰しのつもりで剣を交えたのだが……正直、ひどいものだった。

 我流なのはいいとして、剣を扱う基本さえも押さえていないのだから。

 これはあくまでフィオレの見解だが、剣をがむしゃらに振り回せば何とかなる、という意識すら感じられた。

 武器を振り回したいなら、鎖付きの鉄球でも振り回していればいいと思う。

 

「やっぱりフィオレはすごいのね。この間、甲板でジューダスと戦ってるから何事かと思ったけど、運動不足解消だ、なんて言ってたもの」

 

 だんだん会話が聞くに堪えないものと化してきたにつき、フィオレはやぶれかぶれで二人の間に突撃した。

 

「リアラ、お待たせしました。カイル、お早うございます」

「あっ! お、お早うフィオレ」

 

 それまでフィオレに関することを話していたせいか、カイルの挙動は怪しい。

 それを利用して、フィオレはまぜっ返すことにした。

 

「……ひょっとして、お邪魔でしたか?」

「そ、そんなことないよ。そうだ二人とも、みんな待ってるから早く行こう?」

 

 こまめに整備されていない、あるいは古いからくり人形を動かすかの如く、彼は気持ちリアラから離れるように歩き始めた。

 そのままカイルの後に続いてエルロン宅の扉をくぐり、気を取り直したらしいカイルは玄関口で大声を張り上げている。

 

「さ、朝飯食ったらすぐ出発だ! リリスおばさ~ん、ごはん!」

 

 フィオレの感覚からすれば、他人の家で手伝いもせず食糧要求など、とんでもない暴挙なのだが……彼としては他人ではなし、これが普通なのだろう。

 やってきたリリスは、呆れたように一息ついた。

 

「ごはんになると元気になるのも、兄さんと同じなのね」

「お早うございます、リリスさん。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 遅ればせながら挨拶を口にしたフィオレを認めて、彼女はにっこりと微笑んだ。

 

「お早う。もう用意はできてますよ。冷めないうちに食べてね」

 

 そのままダイニングへ案内されて、そこでロニとジューダスを発見する。

 フィオレが入ってきたのを見て、ロニはちらりとジューダスを見やった。彼は相変わらず、仮面の奥の素顔を動かさない。

 

「お早うございます、ロニ。ジューダ「僕は怒ってなんかいない。お前が勝手に勘違いしただけだからな。この話はそれで終わりだ」

 

 フィオレの言葉を遮り、ジューダスはぶっきらぼうにそれを告げて席に着く。そのまましばらく彼を見つめていたが、やがて。

 

「……そ、ですね。そういうことにしておきましょうか」

「しておくも何も、事実だ」

 

 固まりかけていた場の雰囲気が、あっという間に和らいでいく。

「喧嘩」の件にはこれでカタがついたと、ロニは大仰に肩をすくめてみせた。

 

「やめようぜ、お前ら。人んちでケンカなんて」

「そうですよジューダス。思わせぶりな態度とるから、見事誤解してしまったではありませんか。罰として卵焼きをひとつ、私に献上すること」

「──何が何でも僕に否を押し付けるつもりか」

「いーえ、とんでもない。大声出すだけで誤解を与えないように、もう少し感情表現を豊かにしてみるとか」

 

 ぶすくれてはいるものの、ジューダスのしかめっ面は消えている。

 仮面で隠れて判然としないが、眉間のシワもなくなっているだろう。

 一同のやりとりに笑顔を浮かべているリリスより提供された朝餉を終え。旅支度を整えたカイルは、リリスに向き直った。

 

「リリスおばさん、いろいろありがとう! ごはん、美味しかったよ!」

「もう行っちゃうの? ゆっくりしていけばいいのに」

 

 彼女の言葉は嬉しいが、一同とて今はゆるりと休んでいられない。

 ノイシュタットではアルジャーノン号が待っているし、個々の目的もあるのだから。

 カイルはあくまで、笑顔で別れを告げた。

 

「またいつか、必ず来るよ。今度は、父さんと母さんも連れて!」

 

 一瞬、それまで寂しげではあるものの活発だった彼女の笑顔が固まった。

 意表を突かれたような、驚きを宿した瞳がロニへと向かう。

 彼がどんな顔をしているのかフィオレにはわからない、が。それはカイルに気づかれない一瞬のこと。

 

「──そうね、その日を楽しみにしているわ。あっ、そうだ。出発の前に……」

 

 リリスはきびすを返して立ち去ったかと思うと、一本の剣と手下げタイプの籠を持ってきた。

 

「はい、これを持っていって。兄さんも使ってた英雄御用達の品よ。それと、差し入れ!」

「父さんの!?」

 

 英雄スタンが常に携えていたのは、ソーディアン・ディムロスだったはずだが……彼が帰郷した際愛用していたものだろうか。しかしそれにしては使い込まれた感じはなく、かなり真新しく感じられる。世界が平和であった証かもしれない。

 編み籠の中には保存食が詰められており、安定的な金銭調達手段のない一行には嬉しい心遣いである。

 

「フィオレ、オレこれからこっち使うから、オレのお下がり要らない!?」

「……遠慮しておきます。私には少し重たいですし」

 

 一応持ってみるものの、彼が扱うはスタンダートな剣だ。使えるといえば使えるが、常時腰に差しておきたいものではなかった。

 前衛はカイル・ロニが務めてくれているのだし、すぐに必要なものではない。

 しかしカイルとしては、これまで頼ってきた愛剣を手放すのは不満であるらしく、唇を尖らせている。

 

「フィオレ、結構我が侭なんだね」

「そう言われたのは初めてです。でも、自分の命を預ける武器はこだわりたいので」

 

 そんなやりとりを微笑みつつ見守っていたリリスだったが、この騒動はカイルが持っていた剣をロニが持ち歩くということで決着がつく。

 玄関まで見送りに来た彼女は、最後まで柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「元気でね、カイル。また遊びに来て頂戴。いつでも、大歓迎よ」

「また来るよ、絶対! リリスおばさんも、元気で!!」

 

 彼女と同じく見送りに来た白兎「ポテちゃん」を撫で、一同を出たところで訪れた時と同様に頭を下げる。

 

「お世話になりました。御馳走にまでなって、何のお礼もできないのは恐縮ですが……」

「いいんですよ、そんなの! 今度はフィオレさんも、泊まりに来てくださいね!」

 

 快く送り出され、新鮮な気持ちに浸っていたフィオレは外を眺めてふと我に返った。

 リーネ村を出て目指すノイシュタットの方角を見やる。

 地図を参考にするなら、フィッツガルド大陸はなだらかな丘陵地帯で、道なりに進めばノイシュタットに辿りつけるはずだ。

 だが、この一面に広がる白い煙幕は何か。

 

「うっわー……一面真っ白! 何あれ?」

「なるほど、これが白雲の尾根か」

「……はくうんの、おね?」

 

 ジューダスは事前にリサーチ済みであるらしく、小さく鼻を鳴らしている。

 この分なら、首を傾げるリアラや白霧に包まれる平原をキラキラした目で見つめるカイル達に、蘊蓄を語るだろうと思われたその時。

 

「この辺り一帯は十八年前、ベルクラントの攻撃で地形ががらりと変わっちまってな。地形が変われば気候も変わる。ここではこんな濃霧が覆うようになった。年がら年中真っ白なこの地域を、人はいつしか白雲の尾根と呼ぶようになったのさ」

 

 実に意外な注釈を入れた人間に、注目が集まる。

 ジューダスの視線すらも独占するは、斧槍を肩へ担ぐようにしたロニだった。

 カイルやリアラなどは、素直に称賛している。

 

「へえーっ!」

「すごーい、ロニって博識なのね」

「いや何、神殿にいた頃司書のおねーさんが美人でさあ。何とかお近づきになりたくて、必死こいて丸暗記したのがこんなところで役に立つとはな!」

 

 などと、実に好感の持てる快活な笑みを浮かべて見せた。

 こんな素直なところは、割とフィオレは好感を持っているのだが。

 実に不純な動機で仕入れられ、披露された知識に罪はない。ただ、これで何かを思わない人間は皆無だった。

 

「カイル。ノイシュタットは南東の方角にある。幸いコンパスは使えるし、地図も仕入れたがはぐれると厄介だ。慎重に進むぞ」

「うん、わかった。さあ、ノイシュタットへ出発だ!」

 

 主にリアラやジューダスから冷たい視線を投げかけられ、ロニが何事かを喚いている。

 そんな彼を見やって、フィオレはおもむろにコンタミネーションを発動させた。

 

「ロニ!」

「……あ? 何だよ」

「命が惜しければ動かないことです」

 

 言いながら、笹の葉型の手裏剣を彼へ投擲する。

 幸いなことに彼は、フィオレの言い分に従ってくれた。

 

「へ? ……どわっ!?」

「ボーッとしていては命取りですよ。これからは視界の悪い霧の中を進むのですから」

 

 悠然とロニの傍を通り過ぎ、見事目標を貫いた笹の葉型手裏剣を回収する。

 ストーアウォームという蛇によく似た魔物のレンズを拾って、フィオレは踵を返した。

 

「ロニ、フィオレ! ジューダスが言った傍から離れちゃ駄目だよ」

「すみませんね、カイル。ところでルートはもうお決まりで?」

 

 特に何も考えず進もうとしていたらしいカイルが、勢いよく首を横に振っている。

 フィオレは彼が持つ地図を取り上げると、その場で広げた。

 フィオレが持っていた地図帳とは天と地ほども差がある、白雲の尾根のみの略図が広がっている。

 

「えーと、あちらが南。ですから地図の向きはこうですね」

 

 結果として、カイルが見ていたのは逆さの地図であったことが判明した。

 地形が変化した結果なのか。ノイシュタットまでの道のりは、ガタガタになった丘陵を進んでいかなければいけないようだった。

 

「視界がこれで、道が定まっていないと来ましたか。リーネって実は、陸の孤島だったんですね」

「難儀しそうだが、坑道に潜るよりはマシだろう。交易隊や英雄の故郷を一度訪れようとする旅人の行方が知れなくなると有名なんだ」

 

 驚いたことに地図の読み方をよく知らないとほざきだしたカイル、そして己の知識を増やそうと真剣に話を聴くリアラを交えてジューダスと共に地図の読み方をレクチャーしていく。

 

「だったらこっちの道を行ったほうが早いんじゃ……」

「馬鹿者。そこはいくつもの線が描かれているだろう。地面が何段階かに分かれて隆起しているから、山のようになっていると仮定するべきだ」

 

 あーだのこーだの言いながら、基本警戒はロニに任せて白雲の尾根を進んでいく。

 気温によるものか季節によるものか、あるいはもともとか。とにかく白霧はフィオレが恐れていたほどの密度はなかった。

 ただ、霧の中を進むというのは霧雨の中を歩くも同じで、進んでいるうちにいつの間にか体が濡れている。

 日が落ちる前までに坑道のある場所を目指し、夜は坑道の入り口に幕を張って霧をやり過ごす。時折坑道の奥から這い出てくる魔物と派手な乱戦を繰り広げ。

 基本的に投擲武器を使って戦うフィオレは、この頃後衛に徹していた。

 面子が面子であるため、あまり気が抜けない行程を進むこと二日。

 すでに日が落ち、橋を越えて少し行った先に坑道があるから、とただでさえ視界に難のある道を急いでいた矢先のこと。

 歩く度ギシギシと音を立てる、古びた橋を渡る最中でカイルがふと大声を上げた。

 

「あ、見てよ! あんなところに山小屋がある!」

 

 確かに彼が指差す先、こぢんまりとした木製の小屋が建っているように見える。近寄ると人の気配が一切しない一軒の小屋が確かにあった。

 試しに戸を開いてみるも、鍵はかかっていない。

 

「ちょうどいいじゃねえか。わざわざ土臭い坑道に泊まらにゃならん理由があるわけでもなし、ここで休もうぜ」

「でも、もし誰かのお家だったら」

「大丈夫。それはなさそうです」

 

 ロニの提案にリアラが心配そうに顔を曇らせるも、フィオレは率先して中に足を踏み入れた。

 内部は思った以上に広く、土間と板敷で区分けされていた。

 靴を脱いで板敷へ上がり、置いてあるものを物色する。

 

「やっぱり。白雲の尾根を旅する人々が休めるよう設置された小屋ですね。保存食とか、古いけど寝具とか……囲炉裏もあるから、今夜は温かいものが食べられそうです」

「おっ、それはありがたいねえ。何か作ってくれるか?」

「はいはいはい! オレ、マーボーカレー食べたい!」

「材料ないからムリです。ま、適当にあったまるようなものを作りますから」

 

 男衆に水汲みを言いつけ、フィオレはリアラと共に下拵えにかかった。

 材料は限られているから、献立を考えるまでもない。

 

「リアラ、そこに置いてある大鍋の埃を払ってくれますか?」

「これ?」

「ええ。後で洗いますけど、軽く叩いて底が抜けないか確かめてほしいんです」

 

 必要材料の選別、水が届けられたことで調理用、洗浄用の水を要求して作業に取り掛かる。

 リリスからもらった食用茸に野菜各種、干し飯の材料にしてくれともらった生米、保存食の中にあった干し茸を戻し研いだ米と食べやすい大きさにカットした茸を炊き合わせる。

 その間に、やはりリリスからもらった昆布で出汁を取り、味噌を溶き、あった食糧を適当に放り込んで炊き込みご飯と入れ替えるように火にかける。

 そして、出来上がったのは。

 

「さて、お待たせしましたね。毒自体も毒になりそうなものも入っていませんから、どうぞ」

「なんか引っかかる言い方だな……何作ったかくらい言えよ」

「色どり茸の炊き込みご飯と、ありあわせミソ・スープです。ではお先に」

 

 全員分を取り分けて、フィオレが食べ始めたのをみて安全と判断したのかジューダスが、温かな湯気の漂う久々の食事らしい食事にカイルがぱくりと一口食べてみる。

 ジューダスはただ黙々と口に運んでいるが、彼は食べ終わるよりも一言叫んだ。

 

「う、うまい!」

「取るに足らない間に合わせですが、口に合ったのなら幸いです」

「うん、オレ初めて食べたけどすごく美味しい! 特にこの、ご飯が焦げたところとか!」

 

 時折味噌汁に手を伸ばして凄まじい勢いでかっこむカイルの食いっぷりを見てロニが、リアラもさじを手に取る。

 

「お前器用だな。飯はともかく、汁までそれで飲む気かよ」

「具材摘まむだけで直接飲むに決まっているでしょうが」

 

 唯一箸を使うフィオレにロニが目をつけたものの、特にクレームはない。味に関しては彼らもまた控え目に驚きを示して、黙々と食べ進めていた。

 

「あー、美味しかった! おかわり!」

「早食いは胃に優しくない上に、駄目です。米粒がひとつでも残っているなら完食とは認めません」

 

 フィオレは涼しい顔で自分の、そしてジューダスの分をよそっている。

 カイルのおかわりがよそわれる頃には、ロニ、リアラも同様におかわりを要求しており、二つの鍋は無事空っぽになった。

 

「あ~……うまかった~……ごちそうさま~」

「食べ終わってすぐ寝ると、牛になりますよ」

 

 久々に思う存分腹を満たした、ということもあってだろう。

 実に幸せそうな顔でごろりと寝そべるカイルに苦笑しながらも、使った調理器具を手早く洗って水気を切り、残り火で乾かす。

 小屋にあった調理器具を元の場所へ、もともと携帯していたものをさっさと荷袋へ押し込めるフィオレを見て、ロニは抜かした。

 

「しかし、なんか意外だな。フィオレって結構家庭的なんだな」

「お褒めの言葉として受け取っておきましょう」

「褒める以外の何があるんだよ。家庭的な女って結構ポイント高いんだぜ?」

 

 荷作りを終えて、板敷へ続く階段に腰を下ろす。

 料理などしたのは久々だ。神の眼を追う旅において、料理好きな上玄人級の腕前を持っていたマリーが喜々として担当していたためである。包丁を手に鍋の取っ手を握ったのもかなり懐かしい。一番最近の記憶は……何かのきっかけでフィリアと、菓子作りをした程度か。

 道中の疲れか、久々の調理が引き起こしたものか。口に手を当てて大きく深呼吸したフィオレを見て、ジューダスが言った。

 

「眠たかったら各自仮眠を取れ。見張りは僕がやる」

「いいの? ジューダスだって、疲れてるんじゃ」

「代わってほしくなったら起こす。それまで、体を休めておけ」

 

 ぶっきらぼうだが、リアラの質問に返すその言葉は若干の柔らかさがある。そろそろ、角の立たない言い方を心得てきたか。

 ジューダスの言葉に甘え、あまり清潔とは言えない寝具に各自、外套を敷くなど対応策を取って就寝する。

 清潔でなかろうと、すえた臭いがしようと、いかにぺたんこであろうと寝具は寝具である。このところゴツゴツした地面で、けして充分ではない睡眠を取っていた一同にとっては天と地ほども差があり、故意に起こされない限りは惰眠を貪ることになるはずだった。

 ところが。

 

「……どうした?」

 

 深夜。物音を聞いて階段に座っていたジューダスは後ろを振り向いた。

 掛け布を取り、むっくりと起き上がる。それは就寝時、帽子は外してもアイマスクは外さないフィオレであった。

 悪夢を見たとか、そういった様子はない。きょろきょろと、無数の細かな覗き穴が開いているアイマスク越しに寝入る一同を見やり、おもむろにアイマスクを取った。

 

「……あのですね、ジューダス」

「なんだ。別にまだ見張りは代わらずとも……」

「それはよかった。ちょっと行ってきますから、皆を外へ出さないようにしてください」

 

 突然外の徘徊を宣言され、ついていけないジューダスを余所に軽く身支度を整える。

 一体何事だと問い詰めようとするジューダスを制し、フィオレはチャネリングを使った。

 

『バルバトスが近くにいるみたいです。ここに乗り込まれても厄介ですから、どうにか撃退してきます』

『倒すんじゃなく、撃退? なんで?』

『私の独力であの男を仕留めるのは難しいからです。致命傷浴びせれば、また姿を消すのではないかと』

 

 シャルティエにそう答えて、武装となるものだけを身につけていく。

 しかし、あのバルバトスと再戦すると聞いてジューダスは立ち上がった。

 

「待て、あいつと戦うなら僕も──」

『ただ、必ずここを巻き込まずに戦えるかどうかわかりませんから。ジューダスには待機してもらって、いざという時は皆を連れて避難してほしいんです』

 

 声量が上がりがちなジューダスを抑え、フィオレはそのまま小屋を出た。

 これで不安要素はなくなった。後は、フィリアを害したあの男の鼻っ柱を叩き折るだけ。

 仕留めることすら難しい相手にそんなことができるのか。一切保証がなくとも、最善の方法は他にない。

 白雲の尾根の真っただ中、月の光をも微妙に歪める霧の中。それは身を隠すでもなく、ただ佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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