swordian saga second   作:佐谷莢

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 バルバトスとの再戦に、山小屋修羅場パート(カイルは両方除け者)
 仲がいいんだか悪いんだか、この一行忙しいなあ。息つく暇もありゃしない。
 フィオレに至っては、彼らのことを仲間(時期限定)だと思っているし。完全に傍観者気分です。


第十六戦——五番目の月が輝く。闇に月満ちる時、魔の囁きが耳を侵す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小屋から離れた、小川のほとり。

 寒色の蓬髪を夜風にたなびかせた巨漢は、まるで待ち合わせでもしていたかのようにただ立っている。

 フィオレの姿などとうに捕捉しているだろうに、何の反応もない。

 このまま、何も見なかったことにして小屋に戻ってしまいたかったが──彼らを巻き込む危険性が高いとして、そのまま小川へと近づく。

 視認できるこの位置から譜術で狙い撃ちも、バルバトスに小屋への接近を許すだけだろう。

 互いの表情がわかり、互いの声が届くこの距離までフィオレがやってきた時のこと。

 

「──まずは褒めてやろう。この俺に臆さず、ただ一人でやってきたことを」

「あなたこそ、称賛に値します。丸腰の神官を殺し損ね、余裕綽々で敵前逃亡などという恥をさらして堂々姿を見せたこと。恥ずかしくないんですか?」

 

 三人──否、不意討ちしたジューダスも入れて四人か。とにかく多勢に無勢をしのぎ切ったという事実を盾にしているのか。

 フィオレの挑発に、バルバトスは小揺るぎもしなかった。

 

「己の手に余るとわかった以上、俺から平静を奪うため(さえず)るか。姑息な女だ」

「私は事実を告げただけなのですが、挑発と思い込みましたか。格好つけたところであなたの無様な姿は、私の記憶からは消えません」

 

 とはいえ、狙いが読まれている以上何をしても無駄だろう。

 それまで火に油を注ごうとしていたフィオレは、考えていた言の葉を全て削除した。

 

「とまあ、ご挨拶はこの辺でよろしいでしょう。何が目的なのか、お聞かせ願えますか?」

「貴様への用など、ただひとつしかない。泡沫の英雄と呼ばれし貴様を討つ。それだけよ」

「──本当に、それだけですか?」

 

 携えていた戦斧を振りかざし、今にも仕掛けてこようとするバルバトスを前に、フィオレはただそれを尋ねた。

 彫りが深く、フィオレを射殺さんばかりに睨む鋭い瞳が僅かに揺れる。

 

「……何?」

「私を殺す。ただそれだけが目的なら、私に己の存在を気付かせることなく小屋へ強襲をかければよかった。そうすれば私も、あなたが気に入らないだろう英雄を志すあの少年も一網打尽にできたのに。それをしなかった理由が何かあるのか、と尋ねています」

 

 これがただの気まぐれなら、それでいい。

 ただ、一見何も考えていなさそうなこの猛獣のような男が、何か特殊なものを抱えているとしたら、それを知ることで、更なる事実に踏み込めるのではないかと思ったのである。

 かくして、バルバトスの反応は意外なものだった。

 

「フン。守護者共の入れ知恵か」

「いいえ、純粋な私の疑問です。まさかまともな反応が返ってくるとはね。狂犬よろしく襲いかかってくると思っていたのに」

「まあいい。──問うぞ。貴様が守護者共にかしずく理由はなんだ。力か? 奴らの力を振るい、それを己の力と錯覚し、優越感に浸っているのか?」

「……それも、あるのかもしれませんが。主な理由でないことは確かです」

 

 実に唐突な問いだが、これほど的外れな予想も珍しい。フィオレは一応首を横に振った。

 

「私が彼らに従うは唯ひとつ。望みを叶えてもらうためです」

「……望み、だと?」

「在るべき場所へ、還りたい。私の力では絶対に叶わない望みです」

 

 途切れた記憶を、再び繋げようなどとは思っていない。それでも、見知らぬこの世界に骨を埋めようなどとは思わない。

 一度は力及ばず、そうなるところだったがそこを守護者に救われたのだ。

 こうなったら何が何でも、彼らの望みを叶える義務がフィオレにはある。

 それを聞いて、バルバトスは振り上げていた斧を下ろした。戦意を失くした──わけでは、ない。

 

「……そうか。ならば俺は、何が何でも貴様を殺さねばなるまい」

「私が、英雄と呼ばれる存在だからですか?」

「守護者共の望みはもとより──守護者共に、貴様の望みを叶えさせるわけにはゆかん!」

 

 戦斧が再び振り上げられ、漂う霧を切り裂いた。

 最早声は届かぬだろうが、フィオレに不満があるわけではない。

 バルバトスの狙いこそわからないが、あの巨漢がフィリアを傷つけた。

 それに加えて、フィオレの行く道を妨害する──本物の敵であることは認識したから。

 現在固定武器を持たないフィオレが取り出したるは、普段はコンタミネーション──物質同士を音素と元素に分離させることで体内に収めている、乾いた血液の色を有する不気味な剣だった。

 刀身は斧刃を背中合わせにしたような形状で、それ自体が呪いを孕んでいるかのように、見る者に対して畏れ慄かせる光を放っている。

 しかしそれは、この男には通じない。

 傍目からはいきなり現れた魔剣でも、バルバトスがこれを目にするのは二度目。

 

「ぶるあぁあっ!」

 

 迫る戦斧の刃が、魔剣と激突する。

 激しい火花を散らしながら力任せの一撃を凌いだフィオレはそのまま間合いを詰め込んだ。

 

「虎牙破斬!」

「ぬるいわ!」

 

 虎の顎を模した斬撃はあえなく防がれる。

 ただ、フィオレとてそのまま相手に通じるとは思っていない。バルバトスの次なる一撃に備え、気を張る。

 

「縮こまってんじゃねえ!」

 

 気の弱い者ならそれだけで殺せそうな、殺気を孕むドスの効いた声音と共に、防備体勢のフィオレを袈裟がけに斬りつける。

 防衛しきって安心しているところで掴みかかってくるから気が抜けない。

 幸い接近されたところで無意識に距離を取ったから何とかなったものの、フィオレが異性恐怖症を克服していたら捕まっていたことだろう。

 

「ちぃ!」

「集え、氷精……」

 

 すぐ脇の小川から第四音素(フォースフォニム)──水の元素を招き、魔剣に宿らせ周囲の霧を凍らせていく。

 

「絶衝氷牙陣!」

 

 瞬く間に出来上がった氷塊が地面へ叩きつけられることではぜ割れ、鋭利な欠片はバルバトスへ襲いかかった。

 都合のいいことに、漂う霧は飛来する氷のつぶてにまとわりつき肥大化させている。

 元々回避の難しいこれを、バルバトスが防御しきれるわけもなく。

 

「……くっ、下らん手品を……!」

「大変ですね。くだらない手品で、いとも簡単に翻弄されて」

 

 斧で払い損ねたのだろう。まるで硝子板に突っ込んだかのように、バルバトスの全身には細かな傷が刻まれている。

 その隙に巨漢の背後へ回り込んだフィオレは、そのまま真後ろから魔剣を振り上げた。

 卑怯でも姑息でも、勝手にわめけばいい。敵のそしりは妬みであり称賛である。

 あまつさえ素手の女性神官に斧を振り下ろしたような男に罵られたところで、フィオレには痛くもかゆくもなかった。

 だが。

 

「俺の背後に──立つんじゃねえ!」

「!」

 

 何かトラウマでもあるのか、バルバトスは凄まじい反応速度で蹴打を放ってきた。

 とっさに防御しようにも、振りかぶっていた魔剣はもちろん使えない。手放して両手での防御に回る。

 当然、丸太のように太い足の一撃を、体格は圧倒的に不利なフィオレに耐えられるはずもなく。そのまま吹き飛ばされ、フィオレは成す術なく小川へ転落した。

 派手な水音が耳元で聞こえて、一瞬にして上も下もわからなくなる。

 打たれた衝撃で勝手に出ていく空気を押し留め、フィオレは即座に守護者へと呼びかけた。

 

『アクアリムス、私を水面まで持ち上げてください! シルフィスティア、水面の私を陸へ戻して!』

『かしこまりました』

『了解っ!』

 

 ぐるんっ、と視界が反転し、見る間に水面へ浮上する。

 勢いよく息を吐くことで必要な空気を取り入れ、シルフィスティアのおかげで軽い体で小川から這い上がった。

 斧が降ってくることを予想して前転するものの、それらしい気配が一切ない。びしょ濡れの髪から雫が滴り落ちるのを払い、立ち上がる。

 それでも、対峙するバルバトスからは何の反応もなかった。

 守護者の力を使ったとはいえ、地面に一瞬でも這いつくばっていれば斧を振り下ろすなり踏みつけるなり、起こすべき行動はいくらでもあったのに。

 いぶかしがり、動向を見やる。

 川から上がって、初めてバルバトスの顔を見たフィオレは。

 

「──え?」

 

 思わず、そんな言葉を洩らしていた。

 否、フィオレでなくとも彼の敵であれば、誰であれそう呟いていたであろう。

 バルバトスの表情に奇妙なものがあったわけではない。あくまで、表情には。

 だが、彼にしてみれば敵を睨み据えているであろうその片方の瞳から。ほんの一筋、雫が零れていたから。

 

「何を間抜けな面をさらして……「鬼の目にも(なみだ)とは、洒落が効き過ぎだと」

 

 指摘され、初めて気づいたらしい。

 ほんの一瞬目元をこすったバルバトスは、音高く舌打ちしたかと思うと構えていた斧を下ろした。

 

「──興醒めだな」

「自分で勝手に泣いたくせに興醒めって」

「まぁいい。泡沫の英雄の素顔を確認したことを、満足しておこう」

 

 最早フィオレの言葉など一切聞かず。戦斧を携えた巨漢は、空間を歪ませ発生した闇に身を投じた。

 残ったのは、背後で流れる水の音のみ。

 フィオレとて一応撃退に成功したのだから喜ぶべきではあるものの、どうも腑に落ちなかった。

 息を大きく吐いて、夜空を仰ぐ。これならもうひと眠りはできそうだと、魔剣を仕舞ってふと気付いた。

 泡沫の英雄とは、フィオレを指す言葉だ。その素顔を見たことで満足……

 ひゅう、と風が吹き、びしょ濡れの体を、髪を冷やす。それでフィオレは唐突に気づいた。

 川へ落ちた時、キャスケットをそのまま手放したことに。

 

「しっ、シルフィスティア! 私のキャスケットはどこに……あ、いえ、アクアリムス!?」

『落ち着いてください、フィオレ。あなたの帽子なら只今川下りの真っ最中……』

「わーっ!」

『ですが今、シルフィスティアが回収したようです。しばしお待ちを』

 

 チャネリングを使うことも忘れて慌てるフィオレに、アクアリムスの静かな声が響く。

 キャスケットが返ってくるとわかって冷静になったフィオレは、まず小川へ飛び込むのを思いとどまった。

 濡れた衣服をどうにかしようと、レンズを取り出す。熱風を発生させ、服を着たまま乾かそうと試みることしばし。

 風に乗せられふよふよと、キャスケットが戻ってきた頃、服はどうにかなった。

 手入れこそすれ、伐採する機会のなかった髪は生乾きだが、ジューダスと見張りを交代すればいいかと決めつけて。フィオレは小屋へ戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。フィオレがバルバトスとやりあっている間に、何があったのやら。

 時間帯にしては妙に騒がしい気がする小屋に耳を張りつけ、会話に耳を傾ける。

 

「……そうやってカイルを甘やかしている限り、あいつは成長しない」

「てめぇ……何様のつもりだ! 俺はな、お前なんかよりずっとカイルのことを……!」

 

 会話をしているのはジューダスと……ロニ。

 疑われても構わないとばかり、とにかく実直で煙に巻いたり誤魔化したりすることが実に下手くそなジューダス。

 そして目的も素性も知れないジューダス、ついでにフィオレを時折疑いの目で見やっていたロニ。

 いつ弾けてもおかしくなかった火中の栗が、ついに弾けたか。さて、被害を蒙るのは誰なのか。

 

『何ですか、この修羅場。ジューダスとロニがカイルを巡って、ケンカ?』

 

 なんて気持ちの悪い、と内心で呟けば、一人おろおろしているシャルティエが状況を説明してくれた。

 

『僕と坊ちゃんが久しぶりに話してたらロニに気付かれて、そっからカイル馬鹿のロニはカイルに手を出すなと啖呵切って、それを坊ちゃんが過保護だって指摘したらロニが逆切れして──!』

 

 発端はさておき、何となく事情はわかった。

 それにしても、みんな寝ているとはいえシャルティエとおしゃべりを始めるなど、警戒心の強いジューダスにしては珍しいミスである。ロニに気づかれたということは、念話も使わなかったということだ。

 そうこうしている間にリアラが目を覚ましたらしい。寝しなに怒気のこもった罵声など聞かされてはたまったものではないだろう。

 誤魔化すロニにリアラが追及を始めるも、カイルの声が何ら聞こえないということは多分、寝ているのだろう。ここまで来ると、一種の才能である。

 ただ事ではない空気を察しつつも、リアラの追及は続く。

 

「なんでもねえって言ってるだろ!」

 

 たまりかねたロニがとうとう彼女にまで怒鳴りつけ、気まずい沈黙が漂った。その時。

 

「リアラ~」

 

 妙に間延びしたカイルの声──おそらく寝言だろう。

 それを聞いた一同は、騒動を仕切り直すことなくうやむやのまま、ロニが見張りを代わることで終わらせている。

 解決こそしていないが、今徹底的にいじくる必要もないとでも思ったのだろう。

 こんな中途半端は、実は最も良くないケースなのだが──部外者が口を出すことでもない。

 リアラがロニにしつこい追及を謝り、再び小屋に沈黙が訪れたところで。

 

「其の荒ぶる心に、安らかな深淵を」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 周囲の闇に左手をかざし、大量の第一音素(ファーストフォニム)で強力な譜歌を奏でる。

 これで多少心の中がもやもやしていても、強烈な睡魔は全てを呑みこむだろう。

 ごとん、と変な音が響き、寝息が四つに増えたことを確認して。フィオレは足を忍ばせるのでもなく、すたすたと小屋の中へ入った。

 カイルは相変わらず爆睡、リアラも完璧に寝入り、せっかく敷いた寝具を使わず部屋の隅で壁に背を預けたジューダスも、その状態のまま熟睡している。

 ジューダスと見張りを代わったロニはといえば、階段のところで腰を降ろしていたらしい。大柄な図体が、階段を占領するように大の字になって眠っていた。

 とりあえずカイルの掛け布を直し、寝具の使用を拒否したジューダスに彼のマントを巻きつける。

 それから、階段での寝心地が悪いらしくうんうん唸るロニの鼻をつまんだ。

 

「ロニ、起きなさい。ロニ」

「……んが? ふ、んごっ!」

 

 鼻をつままれ、豚の鳴き声に似た音を出したロニが目を開く。

 ロニの寝床から掛け布代わりの外装を取って寄越すと、無意識にそれを手繰り寄せて彼は大きく伸びをした。

 

「器用な寝相ですね。どうすれば寝返りだけで、そこに移動できるんです?」

「あー……あ? 違げぇよ、ジューダスと見張り代わったんだ。だからここに」

「そうですか。見張りなら寝ないでくださいよ」

 

 彼が状況を思い出したところで、フィオレは自分の寝床にキャスケットを放った。

 掛け布として使っていた外套を体に巻きつけ、小鍋に飲料用の水を汲んで囲炉裏にかける。

 

「ず、随分長い用足しだったな」

「水浴びしてたんです。誰かさん達が盛大に仲間割れしてるから」

 

 びく、とロニの体が目に見えて固まる。それに気付かぬふりをして、フィオレは火種を軽くかき混ぜた。

 やがて湯が沸き、手持ちの湯呑みに湯を適量注ぐ。ガーゼに包んだ茶葉を放り込み、軽く動かした。

 すがすがしいミントの香りが漂う頃、ロニの硬直はどうにか解かれている。

 

「し、知ってたのか……」

「はい」

 

 何となくロニは、詳細を聞かれることを怯えているようだが、もちろん尋ねる気はない。

 湯のみのひとつをロニに渡し、フィオレは土間にあった切り株型の椅子に腰かけた。

 

「ミントティー?」

「ええ。眠気が取れますよ」

 

 一口すすり、入水したことで冷えていた体を温める。

 黙って茶をすすっていたロニだったが、沈黙に耐えきれなくなったのか、ちら、とフィオレを見やった。

 

「ん、あれ? 帽子を被ってない……?」

「髪が湿っているんです。当たり前でしょう」

 

 朧な月明かり、屋外ならともかくとして、まして霧に包まれた地域にして小屋の中──人の顔を見るなど難しい。

 先ほどリアラが目覚めた際に明かりを灯していたようだが、現在室内にある光源は囲炉裏の火種だ。それを背にしているのだから、見えるわけがない。

 これ以上ロニの興味をそちらへ持っていかないためにも、フィオレは言葉を紡いだ。

 

「ジューダスと言い争っていた様子ですが、私は少し驚きました」

「……あ、あいつが俺と言い争ったことがか? まあ、あのむっつりにしちゃ珍しくムキに……」

「他人の行いにホイホイ口出ししたことが、ですよ。本来厄介事は避ける性格ですからね」

 

 言い争ったこと自体に言及しないものの、フィオレとて思うことはあるのだ。

 ロニの眠気覚ましを兼ねて、言の葉を紡ぐ。

 

「あなたが怒りだすことなんか想像できないわけがないのに、それをしたということは。彼はよほど、あなた方のことが気に入っているのでしょうね」

「気に入ってるって……ジューダスがか?」

「他に誰がいるのです。でなければ、あなたの不興を買うのを承知で行動なんか起こさない」

 

 カイルの寝言でうやむやになってしまったこの出来事を、彼が考え直すきっかけになればいい。

 あの時は感情的になって何も考えられなかっただろうが、これでジューダスの真意について何も考えないほど、ロニは愚かでないはずだ。

 予想通り口を閉ざして何かを考えるロニの黙考を邪魔するように、フィオレは再び口を開いた。

 

「大切な人を助けたい、力になりたいという考え方について屈折した捉え方をしているのかもしれませんね」

「……どーゆー意味だ?」

「大切な人が困難を前に、立ち尽くしている。その時手助けをするか、あえて放っておくか。ロニならどうします」

 

 思った通り、彼は即座に前者を選択した。そもそも後者のような考えが及ばないのだろう。

 彼はただ、しきりに首を傾げている。

 

「大切な奴が困っていたら、助けるのが普通だろ?」

「……残念ながら、その考え方こそが全てではありません。例えば……そうですね」

 

 ちら、と大口を開いて寝入りカイルに目をやり、陳腐過ぎる──それゆえに単純なたとえを取りだした。

 

「私とカイルが真剣勝負をしていて、カイルが不利な状況だったとしましょう。私に勝てなくて困るカイルを、あなたは助けるのですか?」

「そ、それは……」

「剣の勝負であれ、カードの勝負であれ。横槍入れられたらカイルは怒るでしょう。『自分の勝負だから』と」

 

 現に航海中、フィオレは暇潰しにジューダスと興じていたチェス勝負において興味を持ったカイルに、ルールを教える傍ら幾度か勝利を重ねている。

 大人げないとジューダスには言われたが、フィオレがカイルの立場なら手を抜かれてまで勝ちたくない。

 それはカイルとて同意見であったらしく、ロニが助言を入れようとしても「自分で考えるから」と手助けを拒否している。

 

「私もね。大切な人が困っていたら、すぐに手助けをするものだと思っていました。悩んでいたら助言を、困っていたら助力を。その人が危機に瀕すれば、命をかけて守ればいいと」

「フィオレ……?」

「でも、ある日ふと思ったんです。危機に瀕した時、私が体を張って護ればいい。でもその後、私が死んだらその人はどうなるんだろうと」

 

 ロニの考え方は、フィオレがかつて盲目的に信じていた「生きている理由」でもある。

 従者としてただ、その人の盾であればいいと思っていた。

 だが、自らの抱える病が進行し、行きつく先の結果を受け入れようと必死にあがいていた時。

 ふと、残された人のことを考えた。

 

「ジューダスが目に留めて何かを言うくらい、あなたがカイルのことを大切に思っているのは知っています。そうやって生きた結果、ある日突然あなたがいなくなったら、彼はどうなりますか?」

 

 今でも、彼がどうしているだろうと考えるだけで苦しくなる。

 もう二度と、元の立場として接触できなくとも、思うだけなら自由だ。

 もしも、フィオレが──スィンが、行きつく先から目をそらし続けていたら。

 この胸の苦しさは、計り知れない後悔であったはずだ。

 

「──たとえ大切な人だって、他人である以上必ずしも傍に居続けることができるわけじゃない。手助けすることが悪いわけではないけれど、その人を本当に想っているなら自立を促すことも必要なんだって。それに気付いてしまった時、自分は要らないんだって落ち込みましたが」

 

 はたしてこれが、ジューダスの言いたいことであったかどうかはわからない。

 ただ、これ以外のことであるのなら、フィオレの理解の範囲外だ。

 よもやあのジューダスが、単なる私情でこんなことを言い出すとも思っていないが。

 

「……ジューダスも、俺にそう言いたかったってことなのか?」

「さあ。私はジューダスじゃないし、彼があなたに何を言ったのか知らないから、何とも言えませんけど」

 

 言うだけ言って、最後にオチをつけたフィオレに、ロニはがっくりと脱力していた。

 フィオレが無駄な自分語りをしていたせいもあるのか、多分与えられた情報を整理しきれていないのだろう。

 

「でもね、ジューダスは面白半分に嘘を言いません。厄介事は嫌い、わずらわしいことを好まない。進んでトラブルを起こすような人間ではないです。その彼が、あなたから怒りを買うことを承知の上で進言した。必ずや何らかの意図があるはずです。ほんの少しでいい、その意図を考えてみてくれませんか?」

 

 長話ですっかり冷めてしまったミントティーを飲み干し、生乾きだった髪が乾いていることを確かめて。

 フィオレは一方的に話を切るように、ごろりと横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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