swordian saga second   作:佐谷莢

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 戦いに修羅場。
 それらを乗り越えて、inノイシュタット。
 ここに至るまで接近戦用の武器を持たなかったフィオレですが、紫電が手に入るかも、ということでひと頑張り。


 なお。徒労に終わる模様(ネタバレ)


第十七戦——いい加減固定武器を持て~人生とはやはり戦いの連続である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝のこと。夜中の寝言は演技でないことを確認し、一行は山小屋を発った。

 一応決着はついたからなのか、本当に何も知らないカイルの手前、一同の態度は以前のものと変わらない。昨夜のことを切り出す者もいない。

 あるいは、それまでの関係が崩壊することを恐れているだけか……

 そんな中、蚯蚓(みみず)を摘まんでリアラに悲鳴を上げさせていたカイルに「むやみに騒ぐと魔物が寄ってくる」とそれを取り上げたフィオレは唐突に困った。

 

「ねえ、そういえばさ。ノイシュタットってどんなところなんだろ?」

「……四英雄が協力者の一人、闘技場チャンピオンであるマイティ・コングマン所縁の地ですね。フィッツガルド最大の都市にして、隣接された港では交易も盛んとか」

 

 今が十八年前ならまだしも、ついこの間この地に召喚されたフィオレに答えられるのはこの程度だ。

 この返答では抽象的な上、ノイシュタットという街自体の説明にはなっていない。

 

「ふーん? で、ノイシュタットは……」

「産業が発展した豊かな街だ。昔は貧富の差が激しかったが、十八年前の騒乱がきっかけで改革が断行され、改善されている」

 

 突っ込みを入れられそうになり、素直に知らないことを白状しようと思った矢先。ジューダスの言葉に、カイルの興味はそちらへ移った。

 リアラの視線もそちらへ行き、チャネリングで礼を述べておく。

 

「へーっ! ジューダス、詳しいんだね」

「昔。ノイシュタットに知り合いがいた。……それだけだ」

 

 そういえば、彼はイレーヌと多少の親交があった。

 ダリルシェイドの地下にて資料を読んだ限りでは、神の眼を奪取したヒューゴ・ジルクリストにオベロン社幹部もグルだったとあるから、支部長のイレーヌもおそらくは加担したのだろう。

 そのこと自体をどうこう言う気はないが、ジューダスの言う改革によって貧富の差が完全に消えたのに、あれだけ街の惨状を憂いていた彼女が現状を見られないのは、寂しいことなのかもしれない。

 そんな感傷に気をやって、昨晩フィオレが外出中に起こった出来事を尋ねにくるジューダスを適当にやり過ごし。

 白雲の尾根と呼ばれる由縁の霧が薄れてきた頃、目指すノイシュタットが前方に現れた。季節が季節だからか、桜は咲いていない。

 しかし、ひとたび「ノイシュタット」と綴られたアーチをくぐると、まるでそれを補うように花壇など緑豊かな街並みが目に入った。

 

「やっとノイシュタットについた~!」

「でもなんか、賑やかだな。いつもこうなのか?」

 

 さあ港へ向かおうとしたところで、妙に活気づいている街の様子に戸惑う。

 人の多さならアイグレッテですでに体験しているだろうが、彼らが戸惑っているのは単に人の多さだけではない。

 右を向けば全身を頑健な鎧に包む騎士と見紛ういで立ちの男性。

 左を向けば、肌も露わな軽鎧に身を包み颯爽と歩く美女。

 その美女に鼻の下を伸ばして見とれるロニは置いといて、妙に街は汗臭かった。港が隣接しているので潮風のせいかもしれないが。

 

「闘技場があるからかしら?」

「皆気合入ってるなー。ねえ、オレ達も出てみない? あの海の主を倒したんだから、イイ線いけるんじゃないかな」

「出場料の無駄だ。せめて、フィオレから一本取れるようになってからにしろ」

「私はジューダスからでも問題ないと思っています」

 

 どの道カイルは、二人から一本取ったことがないため同じことだ。

 それでも見学だけでも、とせがむカイルにロニが負け、興味がなかったわけではないフィオレ、リアラが続く。

 結果として全員で闘技場へ赴くことになり、一同は大通りを横切った。

 

「ここの闘技場、十八年前の騒乱で唯一焼け残ったらしいですね」

 

 闘技場へ赴く人々は多く、通行人の会話を聞いてどうでもいい情報を手に入れる。

 同じことをしていたのか元々知っていたのか、ジューダスもそれに頷いた。

 

「とはいえ、大分改修はされているらしいがな」

「あっ、見えてきた!」

 

 はしゃぐカイルをロニが抑えて、人々の行き交う道をはぐれぬよう注意を払いながら入り口付近まで赴く。

 これより先は入場券を購入する、もしくは出場手続きを取らなくてはならない。

 

「確か、闘技場チャンピオンだったマイティ・コングマンも父さんの仲間になったんだよね。少しの間だけだったけど」

「フィリアさんにちょっかいを出したコングマンにフィオレシアさんが庇って、それでケンカになったらしいな。それにスタンさんが割って入って、男同士素手での殴り合いになったんだっけか」

「拳を交えてこそ通じる、男の友情かぁ……」

 

 どうもこの辺りは微妙に歪んでいた。路上でのいさかい、公園での一瞬即発が混ざっているような気がしてならない。

 とはいえ、口を挟むことの程ではない。フィオレは手持無沙汰に、大通りでもらったチラシを見やった。

 

「闘いを見世物にする風潮は、今も昔も大人気ですか」

 

 出る側は最強の称号と栄誉、そして賞金を求め、観る側は血沸き肉踊る興奮を求める。古来から存在するとはいえ、まったくよく出来た商売だと思う。

 今日も今日とて催しはあるらしく、これから予選の応募が行われるらしい。

 本選が行われるのは午後で観客が見たがるのは本選であることから、周囲を歩くは屈強にして腕に覚えがありそうな武装集団だ。

 適当にチラシを斜め読みしていたフィオレだったが、とある一点に目を留めた。

 

「さあ、見学はこれくらいでいいだろう。そろそろ港へ……」

「あの、ちょっといいですか?」

 

 ジューダスが港へ行くことを示唆したところで、フィオレが待ったをかける。

 なんだ、と言いたげな彼の目を見て、彼女は言った。

 

「ハイデルベルグまでご一緒する予定でしたが、やっぱりここでお別れしましょう」

「え!?」

「今までありがとうございました。割と楽しかったです」

 

 驚きを隠さぬ面々に、さらりと別れの言葉を告げて。フィオレは身を翻して闘技場へと向かった。

 その背中が人ごみにまぎれるより早く。

 

「ま、待ってよフィオレ!」

 

 理由も何もわからないままの、一方的な別離に納得しなかったカイルが追い、一同がそれに続く。

 幸いフィオレはその声を聞き入れ、闘技場手前にて立ち止まった。

 

「何か?」

「何かじゃないよ。何でいきなり……」

「これなんですけど」

 

 カイルが言わんとすることを察したフィオレが、携えていたチラシを掲げる。

 フィオレの指が示すのは、優勝賞金及び副賞の欄だった。

 

「賞金は10000ガルド。副賞は……紫電? 紫電って」

「その昔、隻眼の歌姫が愛用していた異国風の剣の銘だな。もともとアクアヴェイルのものだったのが、何でこんなところに」

「ね、気になるでしょう? どういうことなのか確かめたくて」

 

 最期の記憶において、紫電は確かにスタンに渡した。言伝を頼んで彼は拒否を示していたが、あのスタンが一方的とはいえ約束を違えるとは思えない。

 が、受け取った側がはたしてスタンによる返還を受け入れたかどうか。

 所有する家の三男坊は血に汚れた紫電を激しく嫌悪していたし、仮とはいえ持ち主が死んだと聞かされたことで気持ち悪く思わないこともないだろう。

 結果、未練のなくなった紫電を彼らは手放した。その可能性は十分にある。

 無論偽物である可能性がないわけではないが、もし本物ならば手に入れない道理はない。

 俄然やる気を見せるフィオレだったが、ロニは実にしぶい顔をしていた。

 

「フィオレシアさんの名をパクったばかりか、武器まで……お前、実はフィオレシアさんのファンだろ」

「人の名前にケチをつけるばかりか、おかしな疑いまでかけないでください。とにかく私は出場してまいりますので、先を急ぐリアラ達とはここでお別れです」

「待って、フィオレ。そういうことなら、わたしも応援するわ!」

 

 唐突なる少女の宣言に、カイルはおろかジューダスすらも困惑の顔を隠さない。

 カイルが確認をするも、彼女に迷いはなかった。

 

「い、いいのリアラ?」

「もともとフィオレが船賃を出してくれなかったら、あんなに早く船には乗れなかったわ。アルジャーノン号の船長には申し訳ないけれど」

 

 言いだしっぺにして船を救った張本人である「聖女」がいなければ、船は出してもらえないだろう。

 そんなジューダスの見立てもあり、一同は芋づる式にノイシュタットへ留まることを決定した。

 

「じゃあ、オレとロニとジューダスも大会に出るってことでいいね? 晶術禁止の規則じゃ、リアラは無理だから……」

「待った待った、三人とも手持ちはあるんですか? 出場登録するだけで2000ガルドかかるんですが」

「僕は初めから出るなんて言ってないぞ」

 

 結果、晶術による後方支援を旨とするリアラは不参加、カイルはロニからいくばくか借りて参加、持ち合わせこそあるもののジューダスは不参加と表明した。

 

「おいジューダス、何で出ねぇんだよ。フィオレに恩着せるチャンスじゃねえか」

「変な下心があるならお前が出ろ。衆人環視の前であいつと競う気はない」

 

 やがて登録に行った二人が、二桁の番号を刻まれた札を手に戻ってくる。

 何でも、これから予選が始まるらしくすぐに移動するとのこと。

 フィオレが80、カイルが81だ。

 

「ってまさか二人とも、予選で激突しねえよなあ?」

「えっとね。奇数は白ブロック、偶数は黒ブロックで予選して、それぞれ二人まで絞るらしいんだ。だからオレとフィオレが予選で戦うことは絶対なし!」

 

 何故カイルが胸を張るのかよくわからないが、とにかくそういうことだ。

 同時に、これより一同は本選まで別行動を強いられることになる。両ブロックは、それぞれ別の棟で取り行われるのだ。

 そのため。

 

「じゃあ本選で会おうね、フィオレ。またあとでね、ジューダス!」

 

 白ブロックへ行くカイルにはロニ、リアラ。黒ブロックへ赴くフィオレにはジューダスがつき、合流場所を決めて別行動へ至る。

 予選開始前に、選手たちへ刃の潰された試合用の剣やそれぞれ安全加工のなされた武具が支給され、各々の予選は開催された。

 

「たああっ!」

 

 アルジャーノン号の甲板にて行ったフィオレやジューダスとの修練の成果か、カイルは順調に勝ち進んでいる。

 時折不注意で負った打撲やかすり傷を他の参加者同様、ロニやリアラに癒してもらいながら、カイルは流れる汗を手拭いで拭き取った。

 

「フィオレ、大丈夫かな? ロニにもリアラにも、こっちに来てもらっちゃって」

「私は怪我なんてしません、なんて大見得切ってたんだ。大丈夫だろ。俺達がいないことをいいことに、ジューダスといちゃついてたりしてな」

「誰といちゃつくだと?」

 

 会話の最中に聞くはずもない声が響く。

 飛びあがったロニが見たのは、相も変わらず表情の読めないジューダスだった。

 最も、表情が読めないのはフィオレも同じだが。

 

「僕は気にしないが、あいつの前でそういうことは言うなよ。女が機嫌を損ねると総じて面倒だが、あいつは更に厄介だからな」

「な、なんだ。フィオレはいないのか。まだ試合中か?」

「もう終わった。あいつなら本選勝ち上がりの手続きに行ってる」

「良かった、フィオレは勝ち上がったのね! でも、黒ブロックの予選は随分早く終わったのね」

 

 試合時間こそ限られているが、勝ち上がるにつれ、どの試合も時間を目いっぱい使うようになる。そのため白ブロックでは只今準決勝が進められている最中だった。

 現在カイルは勝ち上がっており、この後に決勝を控えている。

 

「誰かさんが体力と時間と手間を惜しんで大暴れしたからな。棄権を申し出る奴が続出して、大幅に時間が削れたんだ」

 

 実のところ、ロニにもリアラにも──回復手が要らないと言ったのは初めからこれを狙っていたからだとジューダスは思っている。

 少々暴走して相手を痛めつけたら、癒し手に責任が回るのではないかとフィオレは危惧していたようなのだ。

 ジューダスは特に親しく話しかけてくることもないし、仲間だと思われなくて丁度いいと思っていたフシがある。

 

「……その誰かさんって、もしかしなくても」

「更に黒ブロックには、十八年前向かう者敵なしだった『ノイシュタットの英雄』が参加していてな。大会出場者はそいつの弟子も多く、やはり棄権が多発した」

「それって、ひょっとして」

 

 カイルがとある人物の名を口にしようとして、出番がやってくる。結局カイルは決勝でも危なげなく勝ち上がり、本選への出場権を得た。

 本選は予選と同じくトーナメント式。登録順に関わらずランダムでトーナメントの配置が決定されるのだという。

 

「じゃあ、いきなりフィオレとカイルが戦うことになっちゃうのかもしれないのね……」

「たとえそうなったとしても、互いにベストを尽くすまで。そうでしょう、カイル?」

 

 合流場所にて、じゃがバターを齧る面々の前に屋台で買ってきたらしいバーガーを齧りながら、フィオレが現れる。

 本選が始まる午後が近付くにつれ、入場者が増えていく中、まるで祭りが始まるかのようにいくつもの屋台が出店していた。

 

「もちろんだよ! そういえばフィオレ、黒ブロックにあのノイシュタットチャンピオンがいるんだって?」

「ええ。黒ブロックからの出場者は私とマイティ・コングマン。そちらは?」

「もちろん、このオレ、カイル・デュナミスと……えーと」

 

 どうやら彼は自分が出ることに集中し過ぎたらしい。困ったように視線を向けられ、彼はやれやれと肩をすくめた。

 

「もう一人はなんと若い女の子だぜ? 金髪に軽鎧の、結構かわいい子だったな」

「して、お名前は?」

「…………こ、細かいことは気にすんなって。本選にゃたった四人しか出ねえんだ。すぐにわかるだろ……」

 

 珍しくロニもリサーチしていないときた。特徴がわかっただけマシだと思うことにする。

 やがて時を告げる銅鑼が鳴り、カイルとフィオレは闘技場へ、他三人は観客席へと移動する。

 闘技場から見上げる観客席は臨場感をあおるためか、そこまで高い位置になく観客の顔がひとつひとつ判別できた。

 ロニ達は入り口付近に固まって観戦しており、カイルはしきりに手を振っている。

 

『さあ皆さん、お待たせいたしました。只今より予選をくぐり抜けし、精鋭達による力と技の祭典を開催いたします!』

 

 メンテナンスがなっていないのか、単に古いだけか。妙にノイズの激しい拡声器によって開催宣言がかかる。

 司会によって大会の意味、観客を盛り上げる口調で選手たちの特徴がつらつらと語られた。

 それにより、他二名の選手がマイティ・コングマン、そしてうら若い少女であることが判明する。

 ただ、現在カイルと待機している付近にそれらしい人影はない。選手が勝手に出ていかないようにか、運営委員がいるだけだ。

 

『それでは、厳正なるクジにより導かれし準決勝へと参りましょう。第一試合は──赤コーナーより、金髪トンガリ頭はまるであの英雄! 果たして実力は如何に! エントリーナンバー81、カイル・デュナミス!』

「オレ!?」

 

 赤コーナーということは、どこか違う区画に二人の選手は待機しているのだろう。運営委員に注意され、慌てて出ていくカイルの背を見送る。

 さて、カイルの相手は元チャンプか、あるいはうら若き少女か。どちらにしても闘いにくそうな相手ではある。

 

『続いて青コーナー……その戦い、まさに一撃必殺! 触れる者は皆倒す、実力は見ての通り、果たしてその正体は!? ──エントリーナンバー80番、ブリュンヒルド!』

 

 どっちでもなかった。

 スポットライトに照らされるも、もちろん誰も出てこない。困惑する運営委員に事情を話し、フィオレはそのまま赤コーナーから出て行った。

 

「あ、あれ、フィオレ?」

「大会側のミスでしょう。さ、お互いベストを尽くしましょうか」

 

 ざわざわと、ざわめく観客席に対し司会が今初めて知ったであろうミスを謝罪する。

 そのすまなさそうな謝罪も束の間、テンションはすぐ元に戻った。

 

『予選中、何のポリシーか、向かう敵は全て一撃で下しましたブリュンヒルド選手! 果たしてそれは、この準決勝においても……?』

「体力温存のためです。悪く思わないでください」

 

 緊張から、ごくりと喉を鳴らすカイルは通常サイズの剣を、対するフィオレは身長ほどもある棍だ。

 懐に飛び込まれたらそこまでだが、それ以外は何の心配もいらない。むしろ、この武器だからこそ一撃必殺がたやすいのだ。

 試合開始のコングが鳴る。同時に、先手必勝とばかりカイルは突貫してきた。

 

「でやあぁっ!」

「──」

 

 振りかぶり、大上段からの攻撃を受けるまでもなく脇へ流す。

 剣先が流れたその瞬間、下段に構えていた先端を勢いよく跳ねあげた。

 

 ガンッ! 

 

「……!」

 

 棍の先端は見事、カイルの顎を強打している。

 ぐら、と崩れた足元をさりげなく払うと、彼はそのまま仰向けにぶっ倒れた。

 そして大の字になり、ぴくりとも動かない。

 

「カイル!」

 

 観客席から聞き慣れた声が聞こえるも、これは試合だ。

 審判によるテンカウントにより決着がついたところで、フィオレは戦棍を足元に転がした。

 

『強い! まったくお話にならない! たった一撃で試合を終わらせ、決勝へ進んだのはブリュンヒルドだ! 正直見ていて全然面白くないぞ!』

「カイル、生きてますか?」

「う、う~ん?」

 

 ぺんぺん、と頬を叩けば、彼はもぞもぞと起き上がりにかかった。

 救護室からだろうか、担架がやってくるかと思われたが、カイルが立ち上がり、首を鳴らし始めたのを見てだろう。出動した救護隊は踵を返していた。

 

「フィオレ、ホントに当て身が上手いよね」

「色々役に立つんですよ。痴漢とか暴漢とか、面倒くさい相手は特に」

 

 とにかく準決勝初戦は早々に終了し、司会はどうにか場を盛り上げようと必死になっている。

 あっけなく着いた勝敗。そして試合後すぐ身を起こしたカイルを見れば人々は八百長を疑うだろう。

 わかってはいるが、フィオレは客に楽しんでもらうため見世物になっているわけではない。相手に、如何にして後腐れなく勝つかだ。更に掲げられた副賞につられてここにいるのだから、全力を振り絞って何が悪いかという話である。

 運営委員から一応頭を打ったカイルは救護室で看てもらうようにと告げられ、それに付き添う。

 カイルと親しげに話していることから八百長でも疑ったのか、救護員から無遠慮な視線を送られるものの、それはすぐになくなった。

 何故なら。

 

「カイル! おいカイル、無事か!」

 

 ロニを先頭にリアラ、ジューダスが救護室へと駆けこんできたからである。

 中でもロニはひどく血相を変えていたが、打った後頭部が少し膨れているだけで大事はない、と本人から告げられ、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「や~、焦ったぜぇ。ただでさえお気楽バカに拍車がかかったりしたら、ルーティさんにどう説明したもんかと」

「どーゆう意味だよ!」

 

 冗談を口にするロニにふざけて殴りかかるも、ふとカイルは真剣な目でフィオレを見やった。

 彼が思うことは、何となく予想がつく。

 

「でも口惜しいなあ。フィオレがどう仕掛けてくるのか何となくわかってたのに、オレとにかく先手取らなくちゃって……」

「発想は悪くありません。でも、あなたの先制攻撃は妙に力んでいます。だから大振りで見切りやすい。まず先手を取りたいなら、飛びかかるように攻撃する癖を直した方がいいのではないかと」

「じゃあ、フィオレみたいに後手で反撃狙ったほうがいいの?」

「私の真似をしても最善とは限りません。あなたがいいと思うやり方を推奨します」

 

 フィオレの場合、相手が与しやすい格下にして数が多すぎる場合と、どうしても機先を制したい相手でない限りまず先に手は出さない。相手をとっくり観察し、より速やかに片づけるためだ。

 寝台から身を起こして氷嚢を後頭部に当てるカイルと戦術談義を繰り広げていると。

 

「……決着がついたようだな」

 

 派手な銅鑼の鳴り響く音で、ジューダスが準決勝終了に気がつく。

 どうせ決戦相手は元ノイシュタットチャンピオンのコングマンだろうと高をくくり、悠々救護室から出ようとして──驚いた。

 

「道を開けて!」

 

 冷やしすぎで頭がキンキンする、と訴えるカイル及び一同と共に救護室を出た直後、担送車が凄まじい勢いで救護室へと吸い込まれていく。

 担送車に乗せられていたのは、一瞬しか見ていないもののあの巨体、間違いない。

 御年57程度だったか、現在は引退したはずの元チャンピオン、マイティ・コングマンだった。

 

「ね、ねえ、今のって……」

「信じがたいことですが、ロニの言っていた女の子が元チャンピオンをノックアウトした御様子で」

 

 闘技場を見やるも、今は整備中でそれらしい人影はない。

 図らずも、戦い方どころか容姿も知れない相手と決勝を迎える羽目になってしまったが。

 

「だ、大丈夫なの? あんな大きな人、しかも元ノイシュタットチャンピオンの男の人を救護室送りにするなんて……」

「なるようになるでしょう。もし負けたところで、それは私の責任です」

 

 むしろ、決勝戦でコングマンと対峙せずに済んだことを感謝した方がいいかもしれない。

 彼と顔を合わせて話したのはほんの僅かな間、彼の時間の中でも一瞬のことだ。それでも、用心するに越したことはないのだから。

 

「それじゃ、いってきますね」

「フィオレ、頑張って!」

 

 リアラの応援に片手を上げて。フィオレは選手用通路へと足を向けた。

 運営委員に誘導されて、準決勝の時と同じ場所で待機する。

 

『まさかまさか。一体誰がこんな数奇な組み合わせを想像したか!?』

 

 大会側の演出だろう。一瞬にして照明が落とされた闘技場内に一人、スポットライトによって司会の姿が浮き上がる。

 まるでじわりとにじむように、別のスポットライトがフィオレの眼前を照らし出した。

 

『大会ニューフェイス、戦棍を華麗に操り、歯向かう者はたとえ知り合いでも容赦なし! 裏を返せばそれだけしかわからない謎の人、エントリーナンバー80、ブリュンヒルド! 赤コーナーより入場です!』

 

 委員によって促され、一歩前へ足を踏み出す。帽子のおかげで眩しくはないが、フィオレの登場によって発生したのは。

 

『ひっこめ八百長ヤローッ!』

『帽子を取れ! 顔を隠して戦うな!』

 

 盛大なる野次とブーイングの洗礼である。物が飛んでこないだけマシだろう。

 そういったものに一切取りあうことなく、司会は灯ったスポットライトの先を示した。

 

『青コーナー、やはり大会ニューフェイス! 小さな体に巨大な剣、しかしその腕は確かなもの。それは先ほど証明済みだ! 元とはいえチャンピオンをも下した少女、エントリーナンバー17、リムル選手の入場です!』

 

 ブーイングが瞬く間に消え失せ、盛大な拍手と歓声に包まれて現れたのはロニが言っていた通り少女だった。

 年の頃はカイルと変わらないだろう。戦いの邪魔にならないようにか、無理やり後ろでくくっているのは柔らかそうな金髪だ。

 凛々しい軽鎧に身を包み、優しげな印象を受ける面立ちは緊張か作っているのか、妙に強張っているように見えた。

 

『泣いても笑ってもこれが最後の決勝戦。どちらか勝利を収めた方にのみ、賞金副賞、そして闘技場チャンピオンという栄光が送られるわけですが……』

『八百長ヤローにそんなものは渡せねえぞ!』

『はいそこ、野次を入れない。ここでお二人に意気込みなどお聞きしたく思います。いかがでしょう、リムルさん?』

 

 司会の男から小型の拡声器を向けられ、少女は強張った顔のまま呟くように言った。

 その瞳は、妙に冷めているようにも見える。

 

『──名声にもお金にも興味ないわ。私は強い人と戦えれば、それでいいのよ』

 

 若年に似合わぬ、実に渋いコメントだが、少女はそれ以上何も言おうとしない。押し殺しているのか、元々希薄なのか、感情が薄い瞳でフィオレを見つめるのみだ。

 値踏みをしているのか、はたまた。

 

『え……え~、実にストイックなリムル選手のコメントでした!』

 

 今回の司会は大変である。決勝戦に残った選手両方が、変わり種なのだから。

 もちろんフィオレとて、司会が求めるような普通のコメントはできない。

 

『さて、赤コーナーのブリュンヒルド選手。何か一言』

『私を八百長呼ばわりした方、謝ってください。あなたは私と戦った全員を遍く侮辱した。私ではなく、彼らに謝れ。以上です』

 

 その一言で、上がりかけた野次やブーイングが一瞬にして沈化する。

 顔を隠して戦うなと、チキンだとか抜かすのは別にいいが、八百長などと抜かされても対戦者達に失礼だ。

 最も、番号しか呼ばれていない予選でぶつかった連中など、フィオレとて全然覚えていないのだが。

 

『い……意外にも静かでよく通る、女性の声です! もしやこの闘技場において、初の女性対決となるのでしょうか!?』

「そういうことになるのでしょうね」

 

 フィオレの言葉を聞いていた少女は眉ひとつ動かさないが、観客はそれなりに盛り上がっている。

 グダグダ一歩手前の演出を乗り越えて、どうにか決勝の舞台は整った。

 フィオレの得物は引き続き身長ほどの戦棍だが、少女が携えるは大振りの長剣だ。少女が小柄というのもあるが、剣の種類としても通常の剣より長くて分厚い。

 なるほど。これを使いこなすなら、年を食ったことも関係して、あの筋肉だるまを打ち倒すことも可能だろう。

 

『さあ、まさか決勝戦まで一撃で終わることはないでしょう。あるいはそのまさかが起こるのか、はたまた……』

「私は、一撃で倒されたりしないわ」

「じわじわいたぶられるのが好きだなんて、変わってますね」

 

 これまでフィオレが、努めて一撃で試合を終わらせていたのは、もちろん時間も体力も手間も惜しんでのこと。

 ついでに、見世物の戦いで余計な苦しみや痛みを味わってほしくなかったから、というのがある。

 しかし少女──リムルはそれを聞いて、眦を吊り上げた。

 

「そんなわけないでしょ! ふざけるのもいい加減にしなさい」

「失礼な。私がいつふざけたって言うんです。言いがかりも大概にしてください」

 

 感情がないように見えたのは気のせいかと思えるほどに、少女の様子が一変する。

 自分で叫んでからふと我に返ったのか、リムルはフィオレの軽口に取りあわず、咳払いをしてから試合用の剣をかまえた。

 

「さあ、来なさい! 私は、あなたが下してきた雑魚とは違うわよ!」

「……あなたにも、私と戦ってきた人達に謝っていただく必要がありますね」

 

 戦ってすらいない他人を捕まえて雑魚呼ばわりするとは、ロクな人間じゃない。その例が、彼女の眼の前に立っている。

 そして、そんな風に軽々しく他者をけなす人間ほど雑魚だったりするのだが……残念なことにこれは該当しなかったらしい。

 

「来ないなら、こちらからっ!」

 

 挑発に乗らないフィオレに痺れを切らしたか、少女は業を煮やして突っ込んできた。

 これまでの戦法を繰り返すなら攻撃を空振らせ、その隙に当て身の一発でも入れてやるのだが。

 

『おおっと! ブリュンヒルド選手、防御に徹しております! 一撃で卒倒させる隙を探っているのでしょうか!?』

 

 別に一撃で片をつけようなどと考えていないが、それでも反撃を入れる暇がないのは確かである。

 正確に言うなら、無理に入れようとすると加減ができない、と言ったところか。

 司会の茶々はさておいて、フィオレは受け身のまま唐突に戦棍を薙いだ。

 鈍い音がして、リムルの剣先があらぬ方向へ流れる。が、少女はフィオレの企みを見抜いたようだ。

 

「させるもんですか!」

 

 流れた剣先を意図的に真下へ下ろし、今度は彼女が防御に回る。

 薙いだ戦棍の突端が少女のこめかみに迫るも、大剣はそれを阻んだ。

 これだけ自在に体のサイズに見合わない、しかも試合用だから何の細工もないだろう剣を操れるのは、大したものだと素直に思う。

 

『リムル選手、小柄さを生かして大剣を盾にしました! ブリュンヒルド選手の苦渋が見えるようです。一撃必殺、破れたり!』

 

 大歓声の中、何故か勝ち誇ったように司会は実況を続けている。実況がリムル寄りなのは別にいいが、審判だけは公平にしてほしい。

 当のリムルといえば、不敵な笑みを浮かべて剣を構えなおした。

 

「さあ、あなたの一撃必殺は破ったわ。カウンターしかできないわけではないのでしょう?」

「……わかりました。リクエストに応えましょう」

 

 彼女の、発展途上中の実力に敬意を表して。

 それまで両手で握っていた戦棍を片手に持ち替え、僅かに身を沈める。

 何か来ると感じてか、リムルが構え直す頃にはすでに、フィオレは地を蹴っていた。

 突進と共に放つ突きを払われ、手首を返して逆袈裟の払いを見舞う。

 棒術使いとの戦い方を知っているのか知らないのか、少女はどうにかその一打の軌道を逸らした。が、逸らした先から大上段の一撃がリムルを襲う。

 

「くっ!」

『一撃必殺を破られてご立腹か、ブリュンヒルド選手! 目にも止まらぬ連続攻撃にリムル選手、何とか喰らいついているぞ!』

 

 大剣をかざしてどうにか防御したのはいいものの、戦棍が止まっていることに安心しているのか、隙だらけだ。一瞬のことだが、逃すつもりはない。

 大剣を押し切るのは早々にあきらめ、間合いを取らんと足を動かす。

 リムルが追ってこないことを確認して、退きかけた足を前方へ踏み出させた。

 

「えっ!?」

 

 間合いを取って一息つくと思いこんでいたのだろう。大剣を構えることも忘れてリムルは呆けている。それでも彼女は、横合いから来た一打を耐えた。

 ただ、棒術の真価はその間合いの長さではなく、棒を回転させることによって可能となる連打攻撃にある。

 一撃防いで安心しても、二打三打、その道の達人ならどちらかが倒されるまで止まることはない。

 棒術を「扱うことができる」程度のフィオレでは最高でも一呼吸につき四打ほどしか打てない。が、今はそれで充分だった。

 回転運動による連撃をまともに受け、少女は悲鳴を上げる間もなく倒れ伏した。

 

『クリティカルヒット~! ブリュンヒルド選手の猛攻に耐えていたリムル選手、一瞬の隙を突かれたか! ここは頑張って、是が非にも、立ち上がっていただきたい! 頑張れ、リムル選手! 負けるな、リムル選手~!』

 

 そんなことよりさっさとカウントを取っていただきたい。

 闘技場規則において、倒れた相手への攻撃は反則行為だ。

 そのためこの間、フィオレはただぼんやりしていることしかできない。これが実戦なら、当の昔に勝負はついている。

 司会がやっと、高らかにカウントを数え始めたその時。地に伏していた少女は大剣を手に立ち上がった。

 攻撃を当てただけ、それも加減した上で軽鎧を狙ったのだから当たり前といえば当たり前かもしれない。

 本質こそ根本から異なるものの、少女の強さは出会った頃のリオンに匹敵していた。

 天性の素質を持ちながら、フィオレよりも経験がない故に扱いやすい。自分の強さを自覚しているからこそ取れる不遜な態度も、ここから起因するものなのだろう。

 だからこそ。強さと共に育ってしまった過剰なまでの矜持は、フィオレの振る舞いをけして許さないだろう。

 無様に地面へ転がされたことと、意図的な軽鎧のみへの攻撃を。

 

「ふざけるんじゃないわ、真面目にやりなさいよ!」

「私は大真面目です。これは殺し合いでなくて試合なんですよ」

 

 備えた実力が災いし、フィオレの手抜きは見事相手に気付かれてしまった。

 相手を殺してしまえば、規則上フィオレの反則負けである。開き直るしかない。

 言外に手加減して何が悪い、と言われたことに気付いたのだろう。リムルがぎりりっ、と歯を食いしばる。直後。

 

「やああっ!」

 

 雄々しい雄たけびと共に突貫、大剣に見合わぬ鋭い連続攻撃を仕掛けるも、フィオレは淡々と捌いた。

 キレはいいし、それなりに速いがあくまで大剣にしては、という話。

 捌くこと自体難しくないし、このままなら彼女の体力が尽きるだけだ。

 

『リムル選手の豪快な攻めをブリュンヒルド選手、実に落ち着いて払っています! 大剣は一度たりとも、その体に届かない! あっ、惜しい、あとちょっと!』

「雷よ、奔れっ! 雷破斬っ!」

 

 とうとう痺れを切らしたか、リムルは力任せに大剣を叩きつけてきた。

 雷気をまとっているのを見るに、まともに受ければこちらの手が痺れ、戦棍を取り落とすだろう。

 それを直感し、フィオレは大剣の軌道に合わせて戦棍を固定した。

 大剣は勢いも威力も殺されることなく、そのすべてを地面へぶつけることになる。

 

「え……!」

 

 大剣の切っ先が地面を穿ち、闘技場の地面に大穴が開いた瞬間。

 

 バシッ! 

 

 戦棍は、少女の横っ面を張り飛ばした。地面を転がりながら、それでも剣を手放さないのは天晴れなのかもしれない。

 専業戦士なら、当たり前のことなのだが。

 

『リムル選手、再びダウンです! カウントを取ります!』

 

 先程カウントが遅れたことを開催者側が考慮したのか、すでに新しく投入された審判が大仰な手振りでカウントを取っている。

 リムルは倒されたその時から意識があり、先ほどと同じように大剣を引き寄せて立とうとしていた。が。

 

『リムル選手、どうした!? なかなか立ち上がれないぞ!』

 

 大剣を手に立つどころか、大剣を杖代わりに上半身を起こすのが精一杯でどうしても立てない。

 こめかみを押さえて何度も頭を振っているのを見る限り、脳震盪が発生しているのだろう。たとえ立てたところで、多分平衡が保てない。

 どちらにしても、試合続行は不可能だ。

 本人もそれが痛いほどわかっているらしく、眉を歪めて射殺さんばかりにフィオレを睨んでいる。

 その視線を、フィオレは見下ろすようにして真正面から受け止めていた。

 そうしている間にも、時間は過ぎ。

 

「……ナイン、テン!」

 

 審判のカウントが時を告げた瞬間、それまで力を振り絞り立とうと強張っていたリムルの膝から力が抜けた。

 一拍遅れて、司会の声が響き渡る。

 

『試合終了~!』

 

 司会がフィオレの腕を取って掲げようとするのから逃れ、勝手にカイル達のいる観客席へ手を振った。

 逃げられた司会はといえば、少々もたつく素振りを見せてから高らかに宣言している。

 

『テンカウント経過! リムル選手、試合続行不可能につき、ブリュンヒルド選手の優勝が決定しました!』

 

 割れんばかりの歓声が、闘技場全体に響く。勝利が宣言されたその瞬間、フィオレは踵を返して闘技場から去った。

 立ち上がれないリムルのためか、救護隊が今度こそ駆け付けている。

 本来は健闘を称えて握手なり抱擁なり交わすものなのだろうが、あの様子では多分無理だ。

 馬鹿にしているのか、情けをかけるなとか、主に昔リオンが喚いたような罵詈雑言が浴びせられかねない。

 確かにフィオレが逆の立場なら、試合後に心配してもらうなどお断りだ。みじめにも限度というものがある。

 だからこそノータッチで背を向けた。

 このまま立ち去ることができれば、どんなにいいことか……

 しかし、フィオレの目的がそれを許してくれない。

 

「この後、授賞式及び副賞の贈呈です。このまま控室に戻ってお待ちください」

 

 試合直前に待機していた控室にて、否応なしに拘束される。

 別に監視がついているわけではないが、知り合いということで控室への立ち入りが認められたカイル達がいるのだ。あんまり変わらない。

 

「フィオレ、何か元気ないね。どうしたの?」

 

 せっかく優勝したのに、と言うリアラに目を向けて、フィオレは小さく息を吐いた。

 憂えているのは確かだ。だが、別にリムルという少女に関することではない。

 

「優勝できたことは大変喜ばしいのですが、気になることがありまして」

「気になること?」

「はい。この後、ノイシュタットチャンピオンの称号と副賞の贈呈があるのですが、副賞の入っている箱が妙に小さいような気がしたんです」

 

 先程手洗いに立った時。授賞式の準備をしている闘技場をちらと覗いた。

 称号授与のメダルも副賞もすでに用意されていたのだが、それを見て一抹の不安に襲われたのである。

 できれば偽物であってほしくないところだが、どうなることやら……

 

「そーいやぁよ。三位決定戦とかねえの?」

「チャンピオンにこそ価値があると考えられているここでは、三位を決めたところで意味はないだろう」

 

 どのみち、予選を通過し準決勝にて敗れたマイティ・コングマンは未だ伏せっているらしいから不可能だろう。

 そんなこんなで時間は過ぎて。フィオレは再び、闘技場舞台に立っていた。

 闘技場から貸与された武具はすでに返還しており、完全に素手である。

 何となく、決勝戦でやりあったリムルという少女を探す傍ら、司会のつらつらと語られる前口上は続いていた。

 決勝戦時よりは少ない観客の中に件の少女は見当たらないため、そろそろ真面目に話を聞こうかと思った矢先。

 

『それでは、今大会における優勝者、ブリュンヒルドさんに今一度大きな拍手を!』

 

 拍手に包まれる中、大会運営委員のお偉いさんから称号授与のメダルと賞金入りの袋が手渡される。

 これはいい。これはいいから、現在フィオレの位置から隠されてしまっている紫電を……

 

『続きまして、副賞の贈呈です』

 

 来た。司会の見やる方角から、副賞を運ぶ女性が静々と歩み寄ってくる。

 その女性が携えるモノの大きさ、形を見て──フィオレは思わずその場にしゃがみこんでしまった。

 

『どっ、どうなさいました!?』

「……あのー、副賞って紫電ですよね?」

 

 女性が携えているのは、どう見ても長刀の類ではない。何せ女性は、長方形の盆に副賞を乗せているのだ。フィオレの望む紫電であるはずがない。

 ただ、ここで何を言おうと副賞が変化することだけはありえないだろう。アレが何故紫電なる表記をなされていたのか、それを尋ねるべくフィオレは立ち上がった。

 表彰者である開催者は、実に不思議そうに目を瞬かせる。

 

「無論紫電だとも。あの隻眼の歌姫、泡沫の英雄が愛刀『紫電』をモチーフに作られた包丁のセットだ。あまりによく似たその刃の特徴を指して、通称『紫電』と……」

 

 包丁。

 通りで、妙にゴツい革製のケースに収められていると思ったら。

 

「……」

 

 無言でふてくされるフィオレをやや不気味に思ったのだろう。開催者はやや及び腰で包丁セットを差し出してきた。

 すっかり目論みを外されたフィオレは、この包丁セットをどうしたものだろうと受け取り──目をしばたかせる。

 革製ケースの装丁からして五つ、しかも内容は菜切り、出刃、牛刀、柳刃、刺身包丁というラインナップ。それにも関わらず、総重量はかなり軽い。

 紫電をモチーフしているとか言っていたが、まさか。

 居ても立ってもいられず、フィオレはその場で革ケースから刺身包丁を取り出した。

 懐かしい幻想的な淡紫、しっとりとした刃の輝きが眼前にて煌めく。

 

『ブリュンヒルド選手、喜びのあまりでしょうか? 紫電シリーズの開封をしてしまっています……あの、確かめなくとも本物です。そういうことはセレモニーが終わってから』

「これ、提供はどこです?」

 

 刃を舐めまわすように見つめるフィオレは、司会者は怖々と話しかけてくる。

 フィオレの目から見てもまさしく「平和利用されている紫電」をケースに収めて、司会者に尋ねた。

 

『へ? それはもちろん、あのハイデルベルグに本店を構える『ソウル&ソード』の店主にして鍛冶師、ウィンターズ氏の手がけたものですが』

 

 ハイデルベルグの『ソウル&ソード』ウィンターズ。不本意だった目的地に本物の目的が出来たことはいいことだ。

 体調を崩したかのようにしゃがみこんだかと思えば、副賞を悪戯に手にとって眺めまわす。

 そんなフィオレの奇行をけして歓迎しなかっただろう司会者は、フィオレに優勝した感想を求めることなく粛々と大会終了宣言を発した。

 控室に戻り、荷を回収し。事前に打ち合わせていた待ち合わせ場所にて彼らと合流する。

 その頃、暮れなずむ夕日は水平線に潜り込んでいる真っ最中だった。

 

「まさか紫電が、単なる包丁セットだったなんてな。ま、人生こんなもんだ。気を落とすなよ」

 

 ささやかなロニの慰めに頷きつつ、連れ立って闘技場を出る。

 これから港へ行ったところで夜間の航行は無理だろうと、適当な宿で一夜を過ごした。

 一日無駄にしてしまったと、宿のバーでやけ酒をあおるフィオレの隣には、呆れ顔のジューダスが座っている。

 

「おい。飲みすぎるなよ」

「大丈夫です。節度は守ります。だから何も注文しないで居座るのはやめましょう。マスターが睨んでますよ」

「それで十八杯目だろう。お前が僕の分まで呑んでいるから何も問題はない」

『フィオレ、やっぱりアクアヴェイルまで取りに行くから、ここでさよなら、なんて言わないでよ?』

「言いません。でもここに無いということは、紫電はジョニーのところなんですかねえ?」

「僕が知るものか」

 

 徒労に終わった一日の、夜が更ける。

 

 

 

 

 

 

 

 




※フィオレの称号『うわばみでザル』は称号『うわばみでザルどころか底なしのワク』にランクアップしました。
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