swordian saga second   作:佐谷莢

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 なんとか本筋に戻ってきたものの、なんと船の修理はまだ終わっておらず。
 怪しげな男(=商人)の誘いにホイホイのっかって、そんなわけでカイルたちはあばら家へやってきたのである。
 ……まさかこんなことになろうとは。誰もが予想していなかった出来事が発生します。


第十八戦——英雄ご一行様のお通りだ~壮大なる寄り道、再び

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のこと。

 気を取り直し、今度こそ船を出してもらおうと港へ赴いて、一同は驚愕せざるをえなかった。

 何故ならば。

 

「船の修理が終わってない?」

「すいません。思いのほか損傷がひどくて……」

 

 何でも竜骨と呼ばれる、船において大変重要な部位の損傷が著しく、修理にあたった船大工が船自体を変えた方が早いと抜かし、船長が激怒。

 すったもんだの挙句、船の取り替えではなく修理が着工されたようだが、まだまだ終わる目処は立っていないという。

 

「この船には聖女が乗ったんだろ? だったら、奇跡で船を直してもらえばいいじゃないか」

「そもそも船が怪物に襲われる前に、聖女様が……」

 

 そんな会話が聞こえたらしい。リアラの顔色がさっと変わる。

 見やればそれは、一同と同じく船の出港を心待ちにして集まった乗客たちから発せられていた。

 港のそこいらで、アルジャーノン号の船員たちが苦情処理に駆り出されていた。

 

「船の修理が終わるまでこちらの宿で……」

「いえ、結構です。それでは」

 

 特別宿泊券を差し出す船員の申し出を断り、一同を促してその場に離れた。

 予想通り、今夜の宿を確保しようとしていたロニから苦情が入る。

 

「おい、何でせっかくのタダ券フイにすんだよ」

「本当に考えなしか、貴様。あの宿には船の乗客が多数出入りしているんだぞ。連中がリアラやフィオレの姿を見つけて無理難題を抜かしたらどうする」

「ジューダスのおっしゃる通りです。少なくとも、私にはあの船の修理はできません」

「わたしも、ちょっと無理……」

 

 正確に言うなら、破壊されたモノを元の形に戻す術はある。が、それは破片が全て揃っていればの話だ。

 壊れた個所にぴったりはまる欠片がひとつでも足りなければ、物体はそこから崩壊するだろう。

 

「にしたって、どうするよカイル? この調子じゃ、いつ船が出るかわかったもんじゃないぜ」

「だが、ハイデルベルグは海路で行くより方法がない。ひたすら待つしかないだろう」

「う~ん……ただ待ってるだけってのも退屈だし、どうしよっか?」

 

 ともかく移動しようというジューダスの案を採用し、港を出る。大通りを歩き、適当な会話に花を咲かせた。

 

「拠点を確保して、各々自由行動でいいんじゃねえの?」

「それは構いませんが、美人局(つつもたせ)には遭わないでくださいね」

「いっそのこと、毎日闘技場に通って修行ってのはどう?」

「リアラだけ除け者にするのはどうかと思います。必ず優勝できるのなら、路銀稼ぎということで有効だとは思いますが」

 

 路銀稼ぎを目的とするならいっそ皆で働くというのも手だが、期間がはっきりしない以上、雇い主の迷惑だ。

 フィオレの提案はジューダスにばっさり切られ、リアラがおずおずと自分は闘技場観戦だけでも構わない、と言いだした矢先。

 

「すいません、御歓談の最中よろしいですか? その若年で見事、本選出場を果たしたカイルさんとお見受けしますが」

 

 一行に声をかけてきたのは、恰幅のいい中年の男性だった。

 商人が取引相手にするような揉み手をしつつ、軽く中腰になっている。

 

「え、何? オレのこと、知ってるの?」

「もちろんですとも。カイルさんの勇猛果敢な戦いぶりときたら! ワタクシ、年甲斐もなく興奮してしまいまして」

 

 興味津々に受け答えたカイル相手に、中年男性は無理のあるヨイショを連発している。

 流石に前向きお気楽思考のカイルも、これには苦笑いするかと思われたが。

 

「そ、そう? へへへ……いやあ、参ったなあ! 英雄としてのカンロクみたいなものがこう、自然に出ちゃう、って感じ?」

 

 あっさりおだてに乗った。

 男性は一瞬キョトンとしながらも、カイルにそれを悟らせない勢いで言葉を重ねている。

 

「おお、感じます、感じますとも! いかにもといった、勇ましい顔つきをしていらっしゃる!」

 

 ますます浮かれるカイル、突然の事態に成り行きを見守るしかないリアラ、額を押さえてため息をつくロニ、呆れるしかないジューダス。

 男性はといえば一同の視線などものともせず、カイルをターゲットにしぼったまま、本題と思われる話を取り出した。

 

「ところで、その英雄様方に折り入ってお願いがあるのですが……聞いてはいただけませんでしょうか?」

「オーケーオーケー! 何でも言ってよ、英雄カイル様がひょひょいっと……もが」

 

 やっぱりそう来たか。

 相手を褒めて持ち上げて、いい気分にさせたところで目的を達成するとは、わかりやすい手口である。

 カイル本人だけならまだしも、一同に関わる話なら放ってはおけないと。フィオレはカイルの口を物理的に塞いだ。

 

「内容によります。まずお話を聞かせていただけますか?」

「それでしたら──こんなところでも何ですので。よろしければワタクシ共のあばら家へ御足労願えませんでしょうか?」

 

 肯定の方向で即答したがるカイルをロニに渡して、そのあばら家とやらの住所を聞き出し、男性を立ち去らせる。

 ようやく解放されたカイルは、予想通り口を尖らせた。

 

「何するんだよー。困っている人がいたら助けるのが英雄ってもんだろ?」

「あなたは英雄を、お人よしか無節操か何かと勘違いなさっているようですね」

 

 困っている人間を全て助けたら英雄になれる。こんなことを言い出したのは、アルジャーノン号の一件があったからだろうか。

 確かに世間において英雄とされているソーディアンマスター達は、神の眼を破壊することで世界を危機から救い、結果として全世界の人々を助けたことになるが。

 そんなカイルの態度に、ロニはおそるおそると言った様子で弟分に尋ねた。

 

「……おい、カイル。まさかさっきの話、受けるつもりじゃないだろうな?」

「もちろん引き受けるさ! 困ってる人が英雄を待ちわびてるんだからさ!」

 

 意気揚々と、先ほど聞き出した住所を道行く人に聞いて回るカイルを見送って、ロニは盛大なため息をついた。

 少し前なら体を張って止めただろうに、それをしないのは山小屋での出来事が起因しているのか、あるいは本気で呆れたのか。

 

「あのバカ、すっかりその気になってやがる。どうすんだよ、アレ?」

「断ったところですることもなし、暇つぶしには丁度いいのでは?」

 

 幸いなことに、話を受けるとは言っていない。内容の如何によってはカイルも考え直すかもしれない。

 とりあえず今のカイルを止めるのは不可能でなくても骨が折れるだろう。

 その見解だけは一同共通であるらしく、住所先を突き止めたカイルに引っ張られるような形で、あばら家とやらへ移動する。

 そして実際に辿りついたのは──

 

「ここ……なの、カイル?」

「さっきの人はここだって言ってたけど」

 

 あばら家などとはとんでもない。これがあばら家なら、デュナミス孤児院など犬小屋か兎小屋だ。しかし。

 

「ここは……」

「知ってるの、ジューダス?」

「いや……なんでもない」

 

 妙に見覚えがあるような、と思ってフィオレが首を傾げていると、ジューダスの小さな呟きがカイルに聞き咎められている。

 場所がノイシュタットで、ジューダスにも見覚えがある豪邸となると、ひとつしかない。

 ともかく尋ねればわかるだろうと、呼び鈴を鳴らす。

 少しして扉を開いたのは、先程の男性ではなく、桃色を基調としたエプロンドレスをまとう女性だった。

 どうでもいいが、妙にスカートの丈が短い。

 

「どちら様でしょうか?」

「え、ええーっと「先程声をかけられた一団が来た、と、この家の主にお伝えください」

 

 ひとつ頷いて、メイド姿が消える。

 待つことしばし、次に現れたのはメイドではなく、先程の男性だった。

 

「おお、お待ちしておりました! ささ、どうぞこちらへ」

 

 もともとなのか演技なのか、妙に胡散臭い印象の商人に案内され、一同は応接室と思わしき部屋へ通された。

 部屋の中央に熊か何かの毛皮が床に敷かれ、四方の壁にそって高価な硝子ケースに収められたコレクションと思しき品々がこれみよがしに飾られている。

 丈の低いテーブルと革張りの長椅子を急遽持ち込んだ、単なるコレクションルームなのかもしれない。

 

「まあ、まずは楽にしてください」

「はい、みんなストップ。ロニ、ちょっと借りますね」

 

 高級感あふれる長椅子に腰かけようとする仲間達を制して、フィオレはロニから奪った斧槍(ハルバード)の石突をソファへ突き刺した。

 ぷちぷちっ、と音がして、クッションに仕込まれていた針が顔を出す。

 それを繰り返しては回収し、最終的に両手の指で数えきれない針を丈の低いテーブルにばらまいた。

 

「お遊びにしても、少々度が過ぎていると思いますが?」

「こ、これは失礼を……ですが、この程度の罠も見抜けぬ方々であれば、依頼は取り下げようと思いまして」

 

 その返答に、肩をすくめてロニに斧槍を返す。

 これには流石のカイルも絶句しており、斧槍(ハルバード)を返されたことで我に返ったロニが無愛想に尋ねた。

 

「……で、俺達に頼みたいことってなんだ?」

「実はですな。以前この街にはオベロン社という大企業の支部がありまして……」

 

 どんな突飛な依頼かと思えば、案外普通の切り出し方である。

 先だっての騒乱でオベロン社は消滅し、支部の金庫に収められていた宝が消えた。

 

「先の騒乱にはここの支部長も関わっておられたのでしょう? その際、持ち出されてしまったのでは?」

「ところが、です。ワタクシが調べたところによりますと、その宝はこの街の近くの廃坑に眠っているようなのですよ」

 

 ……何を頼みたいのかはわかった。だが、この説明には非常にひっかかる物言いがある。

 そもそもこの男は、何故オベロン社ノイシュタット支部の金庫に宝とやらがあることを知っているのか。

 それをフィオレが尋ねるよりも早く。

 

「……貴様、どこから嗅ぎつけた?」

 

 先程の罠を見て、元々機嫌がよくなかったのだろう。ジューダスは、更に機嫌を悪くしたように男を睨めつけた。

 仮面の奥の瞳は、いつも以上に鋭い。

 

「彼女の遺言状にしか記されていないことを、貴様が何故知っている?」

「イ、イレーヌ様の遺言状のことなど、私どもは露とも存じ上げません! すべて偶然、知ったことでして……」

「……なるほど、そういうことで」

 

 ジューダスの追及に、彼はそのまま事実を教えてくれた。

 かまかけか、フィオレの知らない事実をジューダスが知っているかどうかさておいて。

 彼はそれこそ偶然か故意にか、イレーヌ・レンブラントの遺言状を手に入れた。それだけで、全て納得がいく。

 それでもジューダスにはまだ納得がいかないことでもあるのか、追及を続けている。

 

「おかしいな。僕は彼女と言っただけだ。イレーヌなどとは一言も言っていない」

「そ、それは……」

「おいおい、ジューダス。何つっかかってんだよ! おっさん、怯えてるだろうが」

 

 そろそろ、珍しく能動的なジューダスに対し、比較的常識のあるロニが仲裁に入る。

 確かにあの仮面で夜中にでも迫られたら怯えもするだろうが、この場合は多分違う。

 それはジューダスも承知だったらしく。

 

「怯えている? 図星を突かれて慌てているだけだろうが」

「──仲間の非礼を詫びましょう」

 

 とはいえ、そろそろ止めるべきだろう。

 収拾のつかない事態になる前に、フィオレはそれまで男性に因縁をつけていたジューダスを下がらせた。

 

「経緯はおいといて、あなたはオベロン社支部に保管されていた宝とやらが欲しい。しかし自力で取りにいけないから、私達に代理を頼みたい。そういうことでよろしいでしょうか?」

「……は、はあ。そうですが」

「報酬は?」

「お、お礼ならばいくらでも。ただ、宝の破損があった場合は……」

 

 何も支払うことはできない、と。それはまあ、常識の範囲内だ。フィオレ自身には何の文句もない。

 ちら、とカイルを見やれば、その意味を察してだろう。彼はどん、と己の胸を叩いた。

 

「よし、わかった! 待っててよ、おじさん。オレ達が必ず持って帰ってくるから」

「そうそう。金庫に入っているサイズということで持ち帰りを宣言いたしましたが、持ち運びが困難な場合は調査報告と簡略地図をお持ちしますので。つきましては詳細な報酬ですが……」

 

 本来なら闘技場の優勝金額より吊り上げるところ、ジューダスの態度によって気分が害されただろう、ということで優勝金額と同等を提示する。つまりは10000ガルド。

 目をむいて驚く男を前に、フィオレは大仰なため息をついてみせた。

 

「私達五人を雇うのでしょう? いくらでも、と言ってたのに、一人につき2000ガルドすら払えないのですか」

「し、しかしワタクシにも生活というものがありまして……」

「そうだよ、フィオレ。おじさんかわいそうじゃんか!」

「こんなでっかい家に住んどいて、何が生活なんだよ」

 

 すったもんだの話し合いの末、一人1000ガルド、それから彼のコレクションのひとつ、ということで交渉がまとまる。

 それらはすべて後金ということにして、一同はようやくあばら家を後にした。

 

「廃坑は街の西、南の海岸線に沿って白雲の尾根の中を進めばすぐに見つかるとか言ってたな。またあの霧ン中を歩くのか」

「あの中で迷うと面倒だからな……勝手な行動は取らないで、固まって行動するんだ」

 

 ボヤくロニの気持ちはよくわかるが、引き受けてしまったものはしょうがない。

 白雲の尾根を進んできた際の注意をジューダスが繰り返せば、そこにカイルが大きく頷いた。

 

「みんな、ジューダスの言う通りにしよう! ウロチョロしてはぐれたりしたら、大変だしね!」

「僕はお前に言ってるんだ」

 

 再び白雲の尾根に入るということで、入念な下準備は欠かせない。買い出し等を済ませて、一同は再びフィッツガルド内陸部へと旅立った。

 その最中にも、宝探しに胸を躍らせるカイルを中心とする会話は絶えない。

 

「おい待てよカイル! お前歩くの速すぎ! そんなに飛ばしてたら、宝を見つける前にバテちまうぞ!」

「だって、話聞く限り誰が管理してるわけでもないんだろ? じゃあいつ誰が勝手に入り込むかもわからないじゃないか。誰かに先を越される前に、宝を見つけないと!」

「静かになるなら、私は大歓迎です」

 

 宝探し、という普段はなかなかあり得ないシチュエーションにだろうか。

 鼻歌すら歌い出すカイルに対して、リアラはどこか不安そうだった。

 

「廃坑っていうと、やっぱり人なんていないのよね……」

「そりゃそうさ。ま、オバケならいるかもしれないけど」

 

 至極明るく、冗談交じりに受け答えるカイルの台詞に過剰反応したのはロニだった。

 その声は、誰がどう聞いたところで震えている。

 

「バ、バカ言ってんじゃねえ。オ、オバ、オバケなんてこの世にいるわけ……ねえじゃねえか!」

「なぁに、ロニ。オバケが怖いの?」

 

 いつにないロニの反応に、リアラが面白がって揶揄している。

 パーティ内唯一の成人男性、常にカイルといるため兄貴風を吹かす彼がここまで怯えていることが新鮮なのだろう。

 彼はもちろん反論していた。

 

「こここ、怖くなんかねえよ! ……ただ、いたら……なんていうか、その……ここ、困ると思ってよ……」

「それを怖いというんだ」

 

 言い逃れる彼だが、ジューダスにさっくりトドメを刺され、可哀想なくらいへこんでいる。

 フィオレやジューダスがすでに一度死んだ身──生身を持つ幽霊に近いことを知ったら、どうなることか。

 

「ちなみに、ロニの言うオバケとはいわゆる足がなくて透明な精神体ですか? それとも……」

「だーっ、言うな! 聞きたくもねえ、オバケ全般が嫌なんだよ!」

 

 耳を抑えてイヤイヤをするように首を振るロニは、確かに新鮮だった。

 これまで、いわゆる幽霊の類を怖がる人間を知らないわけではない。ただ、思いだせるのは同性の怯える姿ばかり。男性でここまであけっぴろげに何かを嫌がる姿といえば……

 そういえば一人いた。誰あろう、かつて仕えていた主は、女性恐怖症だ。

 当時の自分にとっては慣れ過ぎて珍しくも何ともなかった姿が、眼前で再現されている。そのことで閉口し、周囲を警戒することに専念していると。

 見通しの悪い視界の先に、件の廃坑が見えてきた。

 

「──あれ、ですね」

「ああ。あれだな」

「えっ、どこどこ!?」

 

 視線をさまよわせるカイルを無視して、ジューダスは彼方に見える山のふもとへ眼差しを送っている。

 ノイシュタットから西、海岸線に沿って進んだ先にそそりたつ山の根元。

 日差しがあまりにも少ないため、生い茂る木々もないそこに、入り口を木枠で固定された廃坑はポッカリと口を開けていた。

 何がきっかけだったのだろうか、ふとここでロニがいらないことを思い出した。

 

「そーいやあよ。遺言状がどうのこうの、あのおっさんとやりあってたけどよ。ジューダス、何か知ってるのか?」

「……何のことだ?」

「トボけんなって。遺言状に記されていることとか、名前のことも……何か知ってるんだろ?」

 

 確かに。知っていなければそんなこと、なかなか言えることではない。

 ジューダスがどのようにして言い逃れるのか興味はあった。が、今は仲間割れをしていられるほど安全な状況ではない。

 不本意だが、横やりを入れることにした。

 

「ロニは、ノイシュタットにあったオベロン社支部の支部長の氏名を御存じで?」

「あ? 確か……イレーヌ・レンブラントだっけか?」

「オベロン社の支部にあった金庫の中身を一番よく御存じだったのは、もちろん支部長でしょうね。それがどこにあるかなんて、それこそ遺言状みたいなものがないと始まらないでしょう。私でもこのくらいのことは推測できます。カマかけただけじゃないんですか?」

 

 それならそう言えば済む話なのに、そうしなかったということは、何か知っていると考えるのがフィオレの中の常識だ。

 しかし、ロニを含む彼らはそうではなかったらしい。

 

「な、なるほど……」

 

 好都合だからそれはいいとして、フィオレは話題を展開させた。

 

「そんなことよりか、依頼人がそれを頑なに隠したことの方が気になります。オベロン社幹部イレーヌ・レンブラントの遺言に宝のヒントがあったから探してくれって、そう素直に告げれば済むはずなのに」

「うーん……」

「変に隠したがったから、ジューダスも気になって詮索したんでしょう? でなければ、普段消極的なジューダスが気乗りもしてない宝探しに深入りする理由がありません」

 

 フィオレの口車によって、ロニはすっかり納得してしまっている。

 ジューダスは一度たりとも肯定していないのだが、積極的に取りつくろうのが下手な彼は無視を決め込んでいる。

 ……否。

 

『フィオレに助けられちゃいましたね』

『……うるさい』

 

 この頃、度重なる訓練の成果が出てきたのか、ジューダスはシャルティエとのチャネリングを可能としつつあった。

 それでも、ひとつの単純な単語を紡ぐのが精いっぱいのようだが。

 

『何も話すなとは言いませんが、取り繕うことくらいしてください。私が同行している以上、仲間割れはごめんです』

 

 これを聞いて以降、舌打ちせんばかりに不機嫌になったジューダスはさておいて、一同は廃坑内へと足を踏み入れた。

 坑道内に光源はなく、唯一の出入り口からも周囲が霧で覆われているにつき、弱々しい光しか差し込んでこない。

 夜目を最大限効かせたフィオレが壁をくり抜いて作った燭台に新たな蝋燭を立てると、ぼんやりとだが坑道内の様子が明らかとなった。

 

「ふ、雰囲気あるな……」

 

 崩落を防ぐためだろう。きっちりとレンガ造りになっている入り口付近は時の経過を経てか、あるいは住みついた魔物がしたことか。ところどころが朽ち、むき出しの地面が覗いている。

 資材置き場も兼ねていたらしくそこいらに木箱が転がっているものの、その木箱自体が腐っているのを見ると、触る気にはなれない。

 壁の燭台ひとつでは埒が明かないと、フィオレが光源を準備する最中のこと。

 

「人気のない廃坑って、不気味だよなぁ。何か、出そうな感じがする……」

「いいかみんな、よ~く聞けよ。もしオバケとか見つけたら、まず俺に言うんだ」

 

 カイルの呟きに、ロニが真剣な口調でそんなことの通達を始めた。

 先程オバケを全力で怖がっていた彼と、同一人物とは思えぬ凛々しさだ。

 

「えっ? ロニがやっつけてくれるの?」

「いや、逃げる。一番最初に逃げたいだけだ」

 

 大真面目な顔で何を言い出すのかと思えば。

 レンズ補充型のカンテラを掲げ、フィオレは我関せずと周囲を見回した。燭台よりよほどしっかりとした光が一同を、そして廃坑の出入り口兼資材置き場を明るく照らす。

 そこで突如として、リアラの甲高い悲鳴が上がった。

 

「今、そこに、人影が!」

「え……」

「どどどど、どうしたリアラ? オバケでもいたのか? そうなのか? 何があったのか言ってくれ!」

 

 廃墟を不法占拠した輩か、あるいは廃坑に住みつく人型の魔物か。

 身構えたフィオレの緊張を木端微塵にしてくれたのは、慌てふためくロニの醜態だった。

 本当に、大の男とは思えぬ取り乱しっぷりである。案外トラウマがあったりするのかもしれない。

 

「あ~やっぱり言うな! でもオバケだったら逃げなきゃな~、いやオバケなんかいないんだ! いないハズなんだ……!」

「二人とも落ちつけ!」

 

 取り乱すを飛び越えて恐慌状態に陥ったロニ、彼の見事な混乱っぷりを目の当たりにしておろおろするリアラを一喝したのはジューダスだった。

 ちなみにカイルは、物珍しげに周囲を見て回っている。

 

「リアラ、お前が見たのはカイルの影だ。いきなり光源が出来たからな」

「……え?」

 

 リアラもロニも、単純なカラクリを前に目をひとつ瞬かせた。

 そしていち早く普段の調子を取り戻したのは、人生経験が彼女よりは長いロニである。

 

「そ、そうだ、ジュ、ジューダスの言う通りだ! オバケなんか、いるはずないじゃないかリアラ! ま、まったく人騒がせだな~!」

 

 ただし、その声は裏返るほどに震えているが。

 

「あっ、ロニ、ずるい! わたし、オバケだなんて言ってないわ!」

 

 まったくもってその通りだ。見えない敵と戦うロニに、ジューダスもどこか冷ややかな視線を寄越している。

 そんな騒動とは無縁だったカイルはといえば、資材置き場の探索に飽きたらしい。空気も読まずに、こんな話題を投下してきた。

 

「ねえ、そういえば宝物って何だと思う? やっぱり伝説の剣とかなのかなあ?」

「ソーディアンみたいなモンか? そんなのつまんねーよ」

 

 仮にも世界を救った立役者に対して凄まじい侮辱のように聞こえるのは気のせいか。

 当のシャルティエは聞き流しているようだが、ディムロス辺りが聞いたらさぞやおかんむりに違いない。

 ただ、ロニの言う「つまらない」には別の意味があったようだ。

 

「もっとこう……そうだな。誰も見たことのないような、ものすご~い宝がいいって……」

「例えば?」

「……たとえば……美女。そう、優しくて気立てが良くて物腰柔らかで上品な美女とか……」

 

 ──なるほど。自分が欲しいもの=宝という思考であることはわかった。

 その発想に、リアラもまた便乗している。

 

「それってロニの欲しいものじゃない。だったら、わたしは英雄がいいな!」

「なんだよ、リアラ~。英雄ならもうここにいるじゃん」

 

 拗ねるカイル、フィオレをちらちら見ているため、それに気付かないリアラ。

 なし崩しに話題が転換されそうになったところで、長話にうんざりしたらしいジューダスの突っ込みが入った。

 

「お前たちの思考は理解できんな。人間が宝箱に入っているわけないだろう」

 

 否、ボケだった。

 

「……とりあえず、彼らが言っているのは自分の欲しいものであって、ここに隠されている宝の話ではないと思うのですが」

「そうよ、ジューダスったら。冗談に決まってるじゃない。ねえ、ロニ?」

「え? ……冗談なの?」

 

 本気だったらしい人はさておいて。

 リアラから英雄扱いされずむくれていたカイルが、気を取り直したようだ。

 

「でさ、ジューダスとフィオレは何だと思う? 宝って」

「さあな……」

「隠された宝のことですか? それとも、宝に対する私の認識のことですか?」

 

 解答する気零のジューダスに対し、フィオレは一瞬の沈黙を挟んで逆に質問した。

 それまでの話題が話題だっただけに、どちらなのかまぎらわしい。

 

「んー、両方! フィオレだったら何が欲しい? 自分が気にいる武器とか……」

「大切な人の笑顔。私にとっては何物にも代えがたい宝です」

「──!」

 

 思わぬ沈黙、更にロニなどは「ふ、深い……!」などと口走っている。

 それを無視して、フィオレは続けた。

 

「で、ここに隠された宝の予想ですが。金庫に入っていたらしいということは、それほど大きくないと思います。それで、レンズを掘り当てたこの廃坑にあってもおかしくないもの、と言ったら限られてくるような気がするんですよ」

「ふんふん」

「エネルギー含有率が異常に高いレンズとか、この廃坑で見つけたものと錯覚させるような原石や、金銀財宝とか。でなければ……実はこの廃坑は金脈で、宝というのはここの権利書とか」

「……夢がないなあ……」

 

 無難な答えにカイルは不満そうだが、ただの予想にケチをつけられてもどうしようもない。

 そもそも今回、依頼内容に関して不備な点があり過ぎた。

 

「ところでカイル。この辺り、それらしいモノとかありました? まさか入ってすぐの場所にはないだろう、と思わせる作戦かもしれませんので」

「うーん……それらしいものは、何も。そっちの部屋が休憩所か何かみたいで行き止まりだし、あっちは土砂で塞がっちゃってるし」

「土砂?」

 

 当時から十八年の時を経ている場所なら、多少老朽化していたところでおかしいことはない。

 それでも一応見てみようとカイルの指差す先、確かにこんもりと砂礫の入り混じる土饅頭が通路を塞いでいた。

 

「……中に何も入っていないといいのですが」

「中にって、まさかこんなかにお宝が……」

「ああ、なるほど。そういう考えもアリですね」

 

 頑丈な宝箱を設置し、故意に土砂で埋め立て落盤を装う。できないことではないだろう。ただし、ひとつ間違えば坑道全部を埋め立てかねないが。

 一人で勝手に納得するフィオレに、どういうことなのかとロニがつっかかる。

 その問いに、フィオレは実に淡々と語ってみせた。

 

「こんなにも大量の土砂、人の手ではなかなか除去できないでしょう。発破なんか使ったら埋もれた人間を爆殺するどころか、坑道全体を埋めてしまう危険がある。結果として、生き埋めになった坑夫が今もこの中に……」

「おいおいおい、マジかよ!」

「私はそう思ったけど、ロニのような考え方もある、ということです」

 

 ともあれ、まず探索できる場所を全て回るほうが建設的だ。苦労して土砂を取り除いた先が単なる行き止まりだったら、時間と労力の無駄遣いである。

 光源はフィオレの持つカンテラたったひとつ。固まって奥へと進み、思い出したように光源に対して襲いかかってくる魔物を蹴散らし。

 一同が見つけたのは、見たこともないような大型の機械だった。

 

「これ……何?」

「これはレンズ起動型エンジンと言って、レンズからエネルギーを引き出し動力に変える機械だ」

 

 まさか即座に答えが出てくるとは思わなかったのだろう。

 質問したリアラも、大型の機械へ興味津々に手を伸ばしていたカイルも、どこかで見たことがあるような気がしていたフィオレも解答者を見やる。

 

「これを作動させれば、坑道内の設備を再び動かすことができる」

「……具体的には、削岩機が動かせるとかでしょうか」

「そこいらの壁にランタンが設置されているだろう。あれに明かりをつけるとかな」

 

 何故そんなことを知っているのか。

 これまでにも腑に落ちない言動をそこかしこで覗かせていたジューダスだったが、これは決定的だった。

 戸惑う一同になど目もくれず、彼は「レンズ起動型エンジン」なるものに手を伸ばしている。

 

「……坑道内に光源ができるのはよいことですが、どうやって起動を促すので? 高密度エネルギーを保有したレンズを取り付けるとかですか?」

「それでも構わないだろうが、このタンクにレンズを入れるだけで事足りるだろう。数は……200もあれば十分だ」

 

 大型機械を一通り眺めまわし、彼は一同に背を向けたまま硝子製のタンクを指先で叩いた。

 その枚数を耳にして、ロニが目を剥いている。

 

「200って……レンズ200枚!? そんなに必要なのかよ!」

「文句を言っても仕方ない。ランタンひとつで探索なんか限度があるだろう」

 

 ジューダスの言うことはいちいち最もだ。

 レンズを発掘していた坑道だけに探せばまとまったレンズがあるだろうとの見解で、一同は坑道の奥へと向かうことになった。

 すでに資材置き場から差し込む弱々しい光が届かないほど、坑道奥深くまで入り込んでいる。光源は、変わらずフィオレの手にするレンズ補充式のランタンのみだ。

 松明や普通のカンテラよりはましとはいえ、人工的な光のなんとちっぽけなことか。

 物音といえば、一同の足音か、何かが動きまわる音だけだ。

 

「ま……真っ暗だな……」

「安心してください。明るかったら、幽霊の姿も丸見えです。暗いからこそ見なくてすむものだってあります」

「馬鹿をからかって遊ぶのはやめろ、騒がしい」

 

 時折見かける使いかけの燭台に火を灯すも、包み込むような闇の中、焼け石に水、という形容がふさわしかった。

 進んでいく最中、光に反射して煌めくレンズを回収していくも、200枚には程遠い。

 こうなったら手持ちのレンズを足しにするべきかと、フィオレが真剣に検討を始めたその時。

 

「なかなか見つかんないな~。気分転換に歌でも歌う?」

「いいわね、それ! わたし、フィオレの歌が聞きたいな」

 

 歌で思い出したが、ここにフィッツガルドには契約どころかその存在すら見つけていない大地の守護者、アーステッパーがいたはずだ。

 一同の隙を見て試さなければと常々思っていたのだが……結局、なんだかんだと機会を見いだせていない。

 今ここで試すのも手かと、アカペラで歌唱を試みる。まさかこんな場所で反応などないとは思うが、念のため。

 

「Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze……♪」

 

 静かでのんびりとした、悪く言えば暗い曲調が、坑道の内部に響いて揺れる。

 言葉としての意味を大体の人間は解さない大譜歌に、リクエストしたリアラ本人が少々戸惑ったような顔をしているが、知ったことではなかった。

 

「Rey Va Nu Qlor Toe Rey Rey……♪」

 

 やがて歌詞を紡ぎ終え、余韻が融けるように消えていく。

 直後、ランタンの光が消えた。

 

「うわっ!」

「おわ、どした? ランタンの故障か?」

 

 突如として闇に包まれ、一同の足が止まる。しかし、先行していたフィオレからの返事はない。

 しん、と静まり返った闇の奥から時折ザザザッ、と何かが蠢く音が聞こえてくるばかりだ。

 

「フィオレ? どうかした?」

「おい、冗談だよな? 俺らをからかってるだけだよな?」

 

 仲間たちの呼びかけに答えることなく、またフィオレが歩いていたはずの空間から何の物音もしない。

 引き返すことも先に進むこともできず、ただ時が過ぎていく中で。我慢の限界に達したのは、この少女だった。

 

「ねえ、どうしたのフィオレ!? どこにいるの!?」

「待て、それ以上進むな!」

 

 その場を駆け出しかけたリアラを、ジューダスが物理的に止める。

 突如として人が消えた。それだけならいくらでも可能性を見いだせるが、消えたのがフィオレでは話が別である。

 

「いきなり人間がいなくなったんだ。落とし穴のような罠があったのかもしれない」

「なら、早く助けなきゃ……」

「仮に落とし穴だったとしても、返事も聞こえないような深さでは縄のようなものがなければ救助は無理だ。それに場所が特定できないのでは、まったくの徒労に終わる」

 

 まず優先するべきは彼女の探索でも救出でもなく、光源の確保だ。そうでなければ一同の足元すらおぼつかない。

 それを告げて、手元が見える程度まで戻ることを提案するジューダスに一同は従わざるを得なかった。

 

「でも! 落とし穴じゃなくて、怪物にさらわれたとかだったらどうするのさ! 早く助けに行かなきゃ……」

「あいつを、有無を言わさず連れて行けるような怪物にかなうとでも思うのか? どっちにしたって視界がきかなければどうにもならん」

 

 口論をしている時間すら惜しいと、彼はさっさと来た道を戻りにかかっている。

 これ以上の分散は避けるべきだとロニも言い、一同は総出で逆戻りを始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






※これを読む皆さんの宝は、何ですか? 
 ちなみに私は、「これまでの人生」が該当します。これが無かったら私はここにいないので。
 これからの人生が宝になるかどうかは、まだわかりませぬ。
 ひょっとしたら、何よりも壮大な、粗大ごみ(=黒歴史)になるかもですよ? 
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