がめつい依頼人には「してやったり、切り札ゲットー♪」と、喜んでいたのも束の間。
船上にて、再び修羅場。フィオレは継続して傍観者。
はじけたはずの火中の栗は、まだまだ残っているようですよ?
そんなこんなで霧を抜け、再びノイシュタットに戻り依頼人の自宅へと赴く。
玄関の扉を叩くよりも早く、三人は窓際の会話を聞いてしまった。
「……オベロン社跡地のこの屋敷を買い取ったら、金庫に遺言状が入っておってな」
見やれば来客だろうか、件の依頼人が誰かに対して話をしていた。
会話を耳にして立ち止まったのはカイルとリアラを抜かす三人だ。二人は気づかず先に進んでしまっている。
今回の場合において、特にカイルには幸いだったかもしれない。ジューダス辺りに言わせれば、いい薬だと言いそうだが。
「それにしてもあのバカども、ちょっとおだてたら飛んで行きおった。ヤツらが途中で野垂れ死んだところで、こっちの被害は一ガルドもない。我ながら上手くやったものだ」
「相変わらず商売上手でいらっしゃる。あやかりたいものですなあ。ほっほっほっ……」
やがて通り過ぎたのか、窓辺から二人の姿がなくなる。
きっちり聞いていたのだろうロニは、剣呑な表情で盛大に舌打ちしていた。
「チッ! あいつら、好き勝手言いやがって……!」
「気にするな。約束通り宝は持ち帰ってきたんだ。さっさと報酬を手に入れて、終わらせるぞ」
「三人とも、どうかした?」
玄関に立ち、呼び鈴を鳴らしたリアラに呼ばれて三人もまた玄関に立った。
ほどなくして現れたメイドが、一同の顔ぶれを確認するなり「少々お待ちください」とすぐに顔を引っ込める。
そして彼女に案内され通されたのは、以前と同じコレクションルームなのか応接室なのかよくわからない部屋だった。
一応罠の有無を確認し、やっと依頼人と向き直る。
「おお、お待ちしておりました! お怪我などされていないかと、そればかり心配で……!」
「ケッ、ウソこけ!」
先程の会話をきっちり聞いてしまっているロニは小声で毒づくも、彼は一切取り合おうとしていない。
依頼人はあくまでカイルに向かって話をしている。
「ところで、お約束の品は、持ち帰っていただけましたかな?」
「ああ、もちろんさ! はい、これ!」
意気揚々、朗らかにカイルが差し出したそれを思わず受け取り。商人はしげしげと筒状のケースの中身を見つめた。
「……これが、本当に宝なのですか?」
「これしか、それらしいものはなかったぜ?」
カイルが得た情報をそのまま話してしまうかと思われたが、彼は彼なりに思うことがあったのだろう。特に何も話そうとせず、ロニが当たり障りのない返答をしている。
次なる依頼人の一言はといえば、ひとつしかない。
「……あの、これは一体何なんでしょうか?」
「遺言状の中身を知らない私達が、どうして知っていると思うのですか?」
「俺達はただ、宝を持ってこいと言われただけなんでねえ」
こんな輩のために嘘をつくことすら億劫だ。嘘ではない言葉を並べて煙に巻いておく。
隣のジューダスが、笑みに似た呼気を吐くのがわかった。
「そ、それはそうですが……」
「さ、約束のモノは持ってきたんだ。報酬をいただきたいんだが?」
「し、しかし、何なのかもわからないものでは、宝とは呼べないのではないかと……」
「何をおっしゃるのです。そもそも宝の詳細を教えてくださらなかったのは、そちらでしょう」
ごにょごにょと言い逃れる依頼人に対して、ついにこの人が口を開いた。
ただ単に、進まない話にイライラしただけかもしれないが。
「……この期に及んで、まだ何か持ってこいと言うのか?」
見かけは未だ少年のものでありながら、乗り越えてきた修羅場は相当なもの。そして薄気味悪い白骨のような仮面付きの視線で凄まれ、依頼人は目に見えて震えあがった。
あるいは腰の剣を抜かれること──本格的に機嫌を損ねられては、まずいと思ったのかもしれない。
「ヒッ! なな、何でもありません! 少々、お待ちを……!」
慌てて立ち上がり、部屋の隅に置かれていた金庫から封筒を取り出してカイルに渡した。
その場で確認を取れば確かに、封筒の中には1000ガルド札が五枚入っている。
「やったあ!」
「あとはモノ……一人1000ガルドで済ませる代わりに、あなたのコレクションをいただけるのでしたね」
汗の止まらない商人に追い打ちをかけるように、約束を思い出す。
一応念のため、書かせた契約書を互いが持っているために言い逃れはできない。
「一人につき1000ガルドとコレクションひとつですから、全部で五つ、何かいただけるのですね。皆、何がいいですか?」
「な!? お待ちください、ワタクシのコレクションをひとつと言う約束のはず……」
「一人につき1000ガルド、そしてコレクションのひとつと契約書には明記されています。だからそんな書き方でいいのかと確認したのに」
ちなみにこの話は、あらかじめ一同に通達してある。要らなければ辞退すればいいとは言ってあるが、これもある意味お宝発掘だ。
先程の会話を聞いた他二人はもちろんのこと、無邪気なカイルやそれに引っ張られるような形でリアラまでもが選んでいる。
「んじゃ、俺はこの戦神の紋章にすっかな」
「僕はこの護符にしておく」
「じゃあオレ、戦神の指環にしよ! リアラはどれにする?」
「え、えっと。じゃあ私は、この妖精の指環に……」
次々と各自、欲しいものを挙げる面々に依頼人は汗どころか半泣きで、更にヤケクソで一同に報酬を渡していた。
一通り彼のコレクションを眺めたところで、カイルの質問が飛んでくる。
「フィオレは何にするの?」
「私は……このコレクションを見ただけで、おなかいっぱい」
成金が集めていかにも喜びそうなものしかなかった。これが素直な感想である。
武器のようなものが並んでいたら迷いはなかったが、趣味でないのか違う場所にあるのか、ここにはない。
「強いて言うならその石コ……もとい私達が取ってきた鉱石でしょうか。でも私だけ報酬を受け取らないのも何ですね。ではこちらの──」
「お、お待ちください。そういうことでしたらこちらをどうぞ、お持ちください」
これ以上コレクションに穴を空けられてはたまらない、という気持ちで頭がいっぱいなのだろう。
依頼人は惜しげもなく、それまでテーブルに放置されていた「宝」を取り上げ押し付けてきた。
願ったりかなったりというか、思うつぼというか。
「では遠慮なく」
「んじゃ、そういうことで」
各々戦利品、そして暖かくなった懐にホクホク笑顔でさわやかに邸宅を後にする。
しばらく普通に通りを歩いていた一同だったが、やがてカイルが我慢しきれなくなったようで噴き出した。
「あはははっ! ねえ、見た? あの顔!」
「報酬渡す時だろ? 苦虫何匹噛んでるのか、わからなかったな」
カイルはカイルで無邪気に笑っているし、ロニはすっかり溜飲を下げている。
思わしげに手元の指環を見つめていたリアラだったが、ふとぽつりと呟いた。
「これで、よかったのよね。多分……」
「お前たちにしては上出来だ。ただ、困った奴がいるがな」
「私のことなら、これは正当な対価として手に入れただけです」
ジューダスの視線の先には、手に入れた鉱石を筒に保管したまま、無造作に持ち歩くフィオレだ。
まんまと思惑にのってくれたが、ある日ふと正気に返らないことを祈る。どのみち、フィッツガルドにもう用事はないが。
「間違ってもベルクラントなんか作るなよ」
「工学系は無知同然です。ご安心を」
「さて、これで暇も潰せたことだし、港に行ってみるとすっか!」
ロニの提案に頷くまでもない。一同は道中買い出しに立ち寄ったりしながらも、港に足を向けた。
道中鉱石を荷袋に仕舞いこんだフィオレだったが、ジューダスの嫌みは止まらない。
「まったく……相変わらず屁理屈をこねるのが上手い奴だな」
「言葉の魔術師と恐れて称えてくださってもいいですよ」
「あながち間違っていないから、余計にタチが悪い」
それは光栄なことである。それこそ、今のは単なる言葉遊びのつもりだが。
呆れてものも言えないジューダスを見て、ふとロニが彼に話しかけた。
「なあ、ジューダス。本当に俺たちについてきていいのか?」
「……どういう意味だ」
「フィオレのことだよ。あいつ、ハイデルベルグで用事があるから、俺達と一緒にいるのはそこまでだって言いきってたじゃねえか」
言外にフィオレと離れることになってもいいのかと尋ねられ。彼は小さく鼻を鳴らした。
精神状態がリオンであるならば。間違いなく余計な世話だの何だの言って会話を強制的に終わらせていただろうが。
「僕のことは気にするなといっただろう。お前達と一緒に行動するのは見ていて飽きないからな」
きちんと受け答えている辺りに、内面の成長が感じ取れた。
顔も赤くなっていないし、変に動揺することもない。恋人同士と尋ねられ、挙動不審になったのが夢のような冷静さである。
しかし、ロニの追及は終わらなかった。
案外、彼をからかってやろうという目論みに起因して起こされた行動だったのかもしれない。
「ふ~ん。要するに、俺たちが好きで好きでたまらないってことだろ? フィオレのことよりも」
「まあ、そうかもしれないな」
この一言で、おそらく彼もロニの目論みを見破ったのだろう。狼狽すれば思うつぼだとわかっていてか、彼は冷静だった。
珍しく口元が緩んでおり、仮面の奥の表情もまったく強張っていない。
「計画性がなくて無鉄砲、考えなしで頭の悪い直情バカと一緒なんて、何が起こるか予測もつかなくて愉快だと言えなくもない」
「……何一つとしてホメられてねえ気がするのは、俺の気のせいか?」
多分それが正解である。
からかおうとした側が僅かにムッとしたのを見逃さず、ジューダスは追撃を放った。
「ふふっ。そういうニブくてからかいがいがあるところも、なかなか捨てがたい」
「てンめえ! ガキのくせに好き放題言いやがって!」
嫌みのつもりが真正面から投げ返されて、ロニの額に青筋が浮かぶ。
脈絡のない罵りにいい加減ジューダスも慣れてきたらしく、彼は唐突に、かつわざとらしく彼方を見やった。
「お……あんなところに絶世の美女が」
「なに!? どこだ? どこだ? はやく教えろぉっ!!」
「いいように、手の上で踊らされてる……」
ロニの場合は弱点が明らかであるにつき、実に扱いやすいのだろう。
じゃれあう二人にカイルがぽつりと呟くも、ロニの耳には入っていない。人ゴミにまぎれたようだ、とほらを吹くジューダス、追いかけようとするロニを押し留め。
一行はどうにか無事に港へ行くことができた。
船着き場の奥まった場所に停泊しているアルジャーノン号のところには、件の船長が仁王立ちしている。
その姿を見て、まずカイルが話しかけた。
「やあ、船長さん!」
「おお、若き英雄諸君! どうだね、陸の暮らしはつらかったろう?」
船乗りにおける前口上だか何だか知らないが、とにかく修理は終わったらしい。
最後の乗客たちであるカイル達を乗せ、アルジャーノン号は大海原へと旅立った。
再び、寝ても醒めても足元が揺れる生活の幕開けである。
スイートルームにつきそれなりに快適ではあるのだが、これまでの船旅とは大きく変わった点が一つだけある。
それは。
「オレ、強くなりたいんだよ。やっぱり英雄を目指すからには、まずは最強でなくちゃ!」
あくまで真剣に訴えるカイルの、剣術指南。フィオレは船上での暇潰しを、ほとんどそれで過ごすようになっていた。
とはいえ、教えてほしいのではなく稽古に付き合ってほしい、とのことであるにつき指南はしてない。精々カイルのスタミナが切れるまで体を動かすのに付き合っているまでだ。
ジューダスは億劫がっているが、運動不足になりがちな船上ではいい運動だとフィオレは思っている。ジューダスと行う剣舞ほどカイルとの稽古は体を動かさないので、彼のスタミナが切れるまで付き合っていられるのだが。
ノイシュタットを発って数日後の昼下がりも、カイルは飽きることなく剣を握っていた。
「でやああっ!」
「せいっ」
真剣で思い切り斬りかかってくるカイルに、フィオレは甲板掃除用のモップでそれを捌く。
下手をすれば備品であるモップを壊してしまうため、その辺りはフィオレの修練と言っても過言ではないだろう。
「散葉じ──「剣技は使わんで下さいと言ったでしょうが」
理由としては、剣技の類は周囲に被害を与える危険性が高いから、だ。
普通にフィオレへ剣を振るってくるならまだどうとでもなるが、例えば闘気の塊を向けられたら条件反射的に避ける。散らすことも不可能ではないが、労力が発生するからだ。
つい昨日も、彼が放った蒼破刃で積んであった木箱を大破させた記憶がある。幸い木箱はカラで、船員も笑って許してくれたが。
繰り出された斬撃から後退して、攻撃そのものを避ける。
受けることから逃れたフィオレに、カイルは流れる汗を拭いながら口を尖らせた。
「いーじゃん。これはちゃんとフィオレに向けてるし……」
「私が何でもかんでも受け流せると思ったら大間違いです」
──これは稽古に付き合うフィオレが悪いのか。どうもカイルは、剣を振るうことに興奮して手加減を、寸止めを忘れる癖がある。
もともと寸止めが上手いわけでもないが、それでもするのとしないのとでは大違いだ。どれだけ攻撃を向けても、一向に通さずのらりくらりとかわすフィオレにイラついて冷静さを失った結果だと思われる。
一度フィオレが大怪我でもすれば直るかもしれないが、体を張ってまで彼の癖を矯正するのはためらった。
技術こそ低いが、それだけにカイルの剣は勢いがある。軽い気持ちでわざと受け、取り返しのつかないことになったら目にも当てられない。
仕切り直しとばかり構えるカイルを見やり、フィオレもモップを持ち直して……ふと、聞き覚えのある声を聞いた。
ちら、と見やった先の光景。それに認めて、フィオレはカイルの名を呼んだ。
「え、何?」
「あれ……ロニとジューダスですよね」
見やる先は舳先、どういった事情なのか、ロニはナンパではなくジューダスを話し相手にしている。
フィオレが知っているだけでも、幾度か女性の方から声をかけられている彼にやっかんでいる──にしては妙に緊迫した雰囲気だった。それは、周囲の野次馬の表情が教えてくれている。
「どうしたんだろ……オレ、ちょっと行ってくる!」
走り出すカイルに続き、フィオレもまた件の舳先へ赴く。
そこで彼らのやり取りを聞き、仲間割れに近い騒動の概要を知ったフィオレは、踵を返した。
詳細は知りたいし、介入したいのも山々だ。だが……それがジューダスの正体に関することなら、話は別である。
ジューダスがどこの誰で実年齢はいくつなのかも、フィオレは知っている。故に幾度かそのことでもめそうになった時も、ついつい口を挟んで有耶無耶にしてきた。
今回も、あの場で飛び出せばそれは可能だっただろう。しかしこうして口を出すことが果たして彼のためになるのかといえば……答えは否。甘やかすことにはならなくても、これは過保護の部類に入るだろう。彼の言動によって発生した騒動は、彼が収めてしかるべきなのだ。
これまではフィオレも彼らの傍にいたから、そういった空気になることを懸念してあれこれ手を回した。
そのことをジューダスがどう思っていたのかはわからないが、とにかく今回のこれは関わるべきではない。
この先フィオレは、彼らと同道を共にする気はないのだから。
船室に戻る気にもなれず、ふらふら歩いている内に展望台付近の甲板へ辿りつく。
関わるべきではないと頭では分かっているのだが、気になる心は抑えておけるものではない。
甲板の縁に体を預け、気持ちを紛らわそうと楽器を取り出そうとして。どこからともかく足音が聞こえてきたかと思うと、フィオレはすくみあがった。
「探したよ、ジューダス! もう、突然いなくなっちゃうんだもん」
声の主よりも言葉自体よりも。まずどこからと声が聞こえてきたのだろうと周囲を見回し、シルフィスティアの視界も借りて。
それが足元──船の側面に設置されている独立した甲板で交わされたものだと知った。
何があったのか、ジューダスはカイルに背を向けており、息を切らしたカイルが彼に何やかやと話しかけている。
騒動の詳細を知らないフィオレが聞いても正直ちんぷんかんぷんだったが──概要はへそを曲げたジューダスをカイルが説得にきた、というところか。
何も知らない人間を何故信用できるのか、と尋ねるジューダスに、好きだからこそ信じることができるのだと、ジューダスが何者だろうと一切気にしないとカイルは告げている。
それは、彼にとって──世間で言う「裏切り者」リオン・マグナスである彼にとって、どれほどの救いになる言葉か。
裏切り者でも正体を隠すことに固執しているでもないフィオレにはわからないが、ジューダスにとっては福音にも近い言葉だったはずだ。
まさか自分の正体を告白するでもないだろうが、何かを言おうとしたジューダスに気付かず、カイルは言いたいことだけを言って去った。
『……いい子、ですね』
思わずチャネリングで話しかければ、階下の彼が慌てているような、そんな気配が伝わってくる。
『……どこ、だ?』
『わざわざ追いかけてきて引き留めてくれるなんて。性格もそうですが、彼の血を感じずにはいられない』
ジューダスの現在地から、フィオレの姿を見るのは不可能だ。
たまにはカイルの真似でもしてみようかと、フィオレはそのまま言葉を連ねた。
『何があったのかは知りませんが、いいのですか? 彼の心遣いを無碍にして』
『……関係、ない』
『そんなことは百も承知ですよ。問題は、あなたの心』
『……どこにいる』
これ以上この場にいたら、その内捕捉されるのが関の山である。フィオレは速やかに甲板を離れて、船室へと戻った。
そこにはすでに、戻ってきた三人が何事か話している。あまり表情の晴れない二人に、カイルが何かを告げていた。
おそらくはジューダスのことだろう。
「フィオレ、どこ行ってたの?」
「ちょっと展望台に。それで、何があったんですか?」
いけしゃあしゃあと事情を尋ねてみれば、カイルが口を開くよりも早く、リアラが近寄ってきた。
「あっ……あのね、フィオレ。その……ジューダスがどういう人かって、知ってる?」
「無愛想不器用年中仏頂面、辛口の皮肉屋で、とってもひねくれてますね」
どういう人なのか、などと聞かれて思いつくのはこの程度だ。彼女としては多分、正体を知りたくて婉曲的表現を用いのだろうが。
「そんなのリアラだって十分ご存じでしょうに。いきなり何を?」
「え、えっと……」
「そうか、フィオレに聞くって手があったな。なあ、あいつがいくつか知ってるか?」
「……それを聞くということは、ジューダスに尋ねて、はねつけられでもしましたか」
正体がどうのこうの言っていたが、年齢のこととどう繋がってくるのか、さっぱりわからない。
ぎくっ、と口に出すロニはさておいて、再びカイルに向き直り事情を聞く。
たどたどしく語られる騒動の内容と、先程のカイルの話を整合させて、フィオレはようやく合点がいった。
「なるほど、琴線に触れてしまいましたか。人が隠していること暴こうなんて、あんまり趣味がいいとは言えませんね」
「お、俺はただ年を聞いただけ……!」
「ジューダスが自分のことを話したがらないのはいつものことでしょう。とはいえ、気持ちがわからないわけでもありませんし、今回はジューダスの過剰防衛ですかね」
その場に居合わせたわけではないにつき断定はできないが。
あまり納得しているようには見えないロニに、フィオレは言葉を続けた。
「ちょっかい出したら思い切りひっかかれたのが不満なのはわかります。でもロニだって、誰かに何かを隠して生きていませんか?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
「この問いに否定できる人間はいないと思います。その理由を、相手に当てはめれば納得はできるでしょう? ね、リアラ」
いきなり自分の名を呼ばれて、少女はびくっ、と体を震わせている。
まるで小動物のようなその反応に、フィオレは苦笑を隠せなかった。
「……と、いうのが私の意見です。それで、今後はどうなさるおつもりで?」
「ジューダス次第だよ。これから先も一緒に旅をしていいって言うなら、構わないよねって二人に話してたところ」
「なるほど、ロニに大人になれと。それは難しいですね……」
「どーゆー意味だ!」
殊更沈痛に呟いたせいか、冗談とわかっていながらもロニがくってかかってくる。それをいなして戯れていても、夕餉の時間になっても。
ジューダスが船室に戻ってくることはなかった。
「ジューダス、どうしたんだろ。もう戻ってこないつもりなのかな……」
「彼のことを信じているのではなかったのですか? 信じているのなら、そろそろ休みなさい」
すでに「子供は寝る時間」を通り越してしまっている。
心底不安そうに帰ってくるまで待つ、とぐずるカイルをロニに任せて、フィオレは船内で手に入れてきた蒸留酒を嗜んでいた。
酒好きと呼ばれる人間は二種類いる。純粋に酒の味を好む人間と、酒精のもたらす酔いを好む人間だ。
フィオレは前者だが、彼はどちらなのか。
「……よう」
「水割り、お湯割り、ロックにストレート。どれがいいですか?」
まずは蒸留酒をひと舐め、軽く眉をしかめたロニが水割りを指す。新たなグラスに水差しをテーブルに用意して、フィオレは再び長椅子に腰かけた。
ロニがそれなりの酒飲みだと知ったのは、つい最近のこと。
航海初日、ふと思い立ってアルジャーノン号のバーへ赴いた際。ナンパに失敗して大酒を飲み、バーテンダーに絡みまくるロニを発見したことから始まる。
あまりにタチが悪かったので仲裁に入り、潰れるまで呑ませてご相伴に預かった。
その際も迷惑をかけたということで、備蓄されていたものの中で一番上等、高値の酒を購入したのだが。匂いでも嗅ぎつけてきたのだろうか。
多分眠れない、と言う理由で起き上がってきたのだろうが。
「ジューダスは、戻ってきてないんだな」
「身投げしたということだけはありませんから、ご安心を」
自分のグラスに瓶を傾け、ロニのグラスにもその口を向ける。たっぷり注がれた蒸留酒を見て、ロニは水差しを傾けた。
「……お前、こんなに強い酒がぶ飲みしたら内臓イカレるぞ」
「酒に別腸あり、とはよく言ったものです」
「よく舌がもつよな……」
「薄めて飲んで美味しいですか?」
ぽつぽつと、途切れがちな会話を重ねてグラスを傾ける。
そろそろ処分したほうがいい干し肉をかじっていると、早くもほろ酔いのロニが口を開いた。
「なあ、ジューダスって酒飲めるのか?」
「なんでまた」
「や、こんだけ戻ってこねーってことは、バーで時間でも潰してんのかと思ってよ……」
くいーっ、とグラスを空けたかと思うと、再びおかわりを注ぎにかかる。
水割りとはいえ、そんなハイペースで呑んだがどうなるかわかっているだろうにするということは、わざとなのかもしれない。
「私の記憶の限りでは、あまり好きではない様子でしたが」
「ってーことは、呑んだことはあるのか。いやでも、ある程度年くってりゃ酒なんて……」
水と混ざってゆらゆら揺れる蒸留酒をジーッと見つめつつ、ブツブツ呟く。見ていて気持ちのいいものではないが、絡んでくるよりずっとマシである。
悪酔いしていたバーにおいてはジューダスとの関係や、フィオレ自身の正体までねちっこく尋ねられたものだ。
相手は酔っ払いにつき、何一つとして真面目に答えていないが。
「つまみねーのか、つまみ」
「悪くなりかけた干し肉でもしゃぶってなさい」
「ルームサービスあんだから、頼めよ」
「夜間は営業停止です」
どんどんどうでもいい会話になりつつも、夜は更けていく。
ペースを変えず水割りばかり飲んでいた彼が徐々に酩酊の気配を見せ、そろそろ部屋へ帰さないと潰れると判断した頃。
唐突に扉が開いたかと思うと、暗がりから白骨に似た仮面姿が現れた。
「……まだ起きていたのか」
「よぉーぅ、ジューダス! 遅かったなあ!」
フィオレが何かを言う前に、完膚なきまでに酔ったロニがふら、とソファから立ち上がる。
千鳥足で彼に歩み寄ったかと思うと、その腕がジューダスの肩に巻きついた。
「……おい」
「まーまーま、んな顔すんなって。お前も呑もうぜぇ~」
面食らい半分、呆れ半分のジューダスを強引に自分の隣に座らせ、執拗にグラスを持たせようとする。
決して受け取らないようにしているが、いつまで続くのやら。
「お前、酒臭いぞ!」
「ったり前だろ~が! 水飲んで酒臭くなったらヘンだが、俺は酒飲んで酒臭えんだ。正常だろが」
まったくもって正論だった。ジューダスには色んな意味で返す言葉がない。
酔っ払い特有の奇行か、あるいは狙っていたことなのか。ロニはどうしてもジューダスと酒を酌み交わしたいようだった。
「俺の酒が呑めねえってのか~?」
「当たり前だ、こいつと呑んだくれていろ!」
「しゃあねえな~、よっと」
ひっく、と軽くしゃくりあげ、グラスの中身をぐいっとあおる。が、口の中の酒を飲み下さず、そのままジューダスに急接近し──
その意図に気づいた彼は、大急ぎで避難を始めた。
そんなジューダスの様子に、ロニは口の中を呑み下してから高笑いを上げている。
「だっせぇ~! いくら俺でも野郎相手に口移しなんかするかよ、マジ逃げしてやんの~!」
指差して笑い転げるロニに対し、ジューダスはふつふつとこみあげてきたらしい怒気をみなぎらせている。
──面白い余興だが、そろそろ止めるべきか。
「ロニ、私はそろそろ寝ます。あなたもお休みなさい」
「あ? ああそっか、ジューダスも戻ってきたしな。んじゃな、仲良くやれよ~」
グラスもカラになったこと、そしてジューダスをしこたまからかって、すっきりしたこともあってだろう。
ロニは何事もなかったかのように踵を返し、カイルの眠る寝室へと入って行った。
唐突に訪れた静けさの中、フィオレが片づけをする音だけが大きく響く。
「さて、あなたはどうしますか? 荷物を取りに来ただけなのか、それとも」
「──寝る」
この一言で、フィオレも詳細な事情を知っていると踏んだのだろう。何を話すでもなく、彼は自分のマントに包まってごろりと横になった。
それでいい。この問題に関して語るべきは、今眠りについている彼らなのだから。