swordian saga second   作:佐谷莢

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 inファンダリア。
 そんなこんなで、船旅は終了。お疲れ様でした。
 久々なのかそうでないのかよくわからない、雪国編突入なのです。


第二十一戦——巡る旅路に思いを馳せて~石詰めたのはだぁれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌朝。太陽が姿を見せる頃に目を覚ましたフィオレは、甲板へ出ていた。

 船員たちの話では本日昼頃ファンダリア入り──スノーフリアへ入港するらしく、準備をしておいてほしいとのこと。

 間近に迫るファンダリア大陸を見て、そういえばクレスタ、並びにアイグレッテとファンダリアは地続きであったことを思い出す。

 かつては、ジェノスを経由して徒歩移動も難しくはなかったのに。

 ファンダリアへ行くには船を使うしかないとカイルは言っていた。地殻変動でも起こったのだろうが、一体何がどうなっているのやら。

 操舵室付近に掲示されていた世界地図でも見に行こうかとして、足を止める。

 年中雪が絶えることのないファンダリアに近づいてきたせいか、空は青いのに白いものがヒラヒラと中空を舞い始めたのだ。

 そして急激に変化しつつある気候に、防寒具を出しておこうと船室へ戻って。

 

「──いや。僕も大人げなかった」

 

 起きだしてきた三人とジューダスの間で、話し合いがあったのだろう。

 どのような内容かはわからないが、あのジューダスからそんな殊勝な言葉が発せられるとは。

 これには三人も驚いたようで、ただただ言葉を失っている……が。

 

「実際の年齢はともかくとして、精神年齢は僕の方が高い。子供であるお前と同じレベルで話すなんて、大人である僕のすべきことではなかったな。反省している」

 

 ジューダスは、やはりジューダスだった。

 当初こそキョトンとしていたロニだったが、後半になってその意味を理解したロニはワナワナと拳を震わせた。

 

「な、んな、なんだよそりゃあ! それじゃ、俺がガキってことか!」

「そう言ったつもりだが、わからなかったか? 僕の言い方もまだまだのようだ」

 

 ……フィオレの常識からすれば、大人はそんなこと言わない。言わないが、これは彼独特の嫌みだろうということで解釈する。

 そのやりとりを始終見ていて、緊張が解けてしまったのだろう。カイルが吹き出したのをきっかけに、二人は無邪気に笑っている。

 

「笑うな二人とも! こんにゃろう……好き放題言いやがって……」

「──ご安心を、ロニ。大人は自分のことを大人だと、主張はしません」

 

 怒りで顔を真っ赤にしているロニに囁いて、この場は抑え。フィオレは船窓を指した。

 

「昼頃、スノーフリアに着くそうです。風の具合によっては予定が早まるらしいので、準備しておきましょうか」

「そうか、わかった。お前ら、はしゃぐのは支度を整えてからにしろ。グズグズしてると置いてくぞ」

 

 気づけば青かった空は灰色の雲に覆われ、粉程度だった雪が綿ほどの大きさとなり、気温計が見る間に降下していく。

 少し前ファンダリアで購入していた防寒具を着込むフィオレもジューダスも問題ないものの、持ち合わせのない他三人、特にリアラは見ているだけで寒い。

 一応フィオレの持ち合わせである外套を羽織らせているが、それでも冷風に耐えかねてか、体を震わせている。

 

「ハイデルベルグに行く前に、あなた方の防寒具を用立てましょうか」

「さ、賛成……ヘックション!」

 

 先程からくしゃみ連発、いつの間にか鼻の下に氷柱をこさえたカイルにハンカチを渡して、防寒具を扱う店舗を探す。

 幸い旅人向けの防寒具を扱う雑貨店をすぐ見つけることができた。

 

「さて旅の方、何になさいますか? お勧めはこちら、あの英雄王も着用した毛皮のマントですが……」

「あ、それ知ってる! 四英雄が神の眼を追ってハイデルベルグに来た時、氷の大河ってところを抜けるため手に入れたんだよね」

 

 カイルの言葉に、店主は大きく頷いている。

 フィオレにとってそこまで昔のことではなく、当時はルーティの高度な交渉術の余波を受けて、思いもよらない大ダメージを懐に受けた。

 一同の手前平気な顔こそしていたが、これは是が非にでもハイデルベルグで旅を終わらせなければならないと戦々恐々としていたのは、懐かしくもなんともない。

 歴史的にはほんの小さな出来事でも、一部の人々にはきっちり伝わっているらしく。

 

「そうそう。ちょっとしたトラブルで全員のマントが買えなかったから、フィオレシアさんが自分は要らないって辞退したんだ。仲間想いだよなあ」

「ちょっとしたトラブルって?」

「それが、ルーティさん教えてくれないんだよ。あんまりいい思い出じゃなかったんだろうな」

 

 そりゃそうだろうが……こういう小さなことから、大げさな伝説が出来上がって行くのだろう。

 自分の恥部を晒したくないのはわかるが、辞退したのはリオンも同じ。事実はちゃんと伝えていただきたい。

 当時毛皮のマントは一子相伝の職人技、更に元となる毛皮を調達できる猟師が少なかったため、扱っている店舗が極端に少なかった。が、今はそうでもないらしく、更に種類も豊富である。

 しかしカイルは、十八年前に扱われていた地味なものを選んでいた。

 

「なあ、フィオレシアさんが選んだっていう防寒具はねーのか?」

「こちらの店頭サンプルがそうですが、男性の方には着用できませんね」

「そっかー、残念だなー。ちなみに俺は彼女に会ったことが……」

 

 ロニが店主を語っている間、足元まである毛皮のコートを選んだリアラから外套を返してもらう。

 素早く羽織るも、当時ルーティが選んだと言われているものと同じ意匠のコートを着込んだリアラから指摘されてしまった。

 

「あら? そういえばフィオレの防寒具って、泡沫の英雄と同じなのね」

「……機能性重視の結果です」

 

 同じも同じ、当時毛皮のマントの代用品として選んだものなのだから当たり前だ。幸いロニの耳には届かなかったようだが、聞かれていたら何を言われていたことか。

 ともかく三人が防寒具を揃えて店を出た時、雲の隙間から垣間見える太陽は頂点を過ぎていた。

 少し遅めの昼食を摂りながら今後の予定を話し合っていたところ。ふと、話題が逸れた。

 

「さっきのお店でも言っていたけど、ロニは泡沫の英雄にあったことがあるのよね。どんな人だったの?」

「そりゃもう、身も心も美しい、それこそ女神さまのような人さ!」

 

 ──また始まった。

 これまで、話の折りに触れて「隻眼の歌姫」の素晴らしさをとくとくと語ってきたロニだったが、これは特に話が長くなりそうである。

 まるで我がことのように語るロニの話に耐えられるか自信のなかったフィオレは、それまでちびちびすすっていたボルシチを一息で平らげた。

 

「ちょっとその辺ブラついてきますー」

 

 喜々として話し始めるロニをさておき、いつ戻るとも告げぬまま、フィオレは宿に併設されている食堂から出て行った。

 残された仲間たちとしては、いつにない当惑を覚えてその背を見送るしかない。

 

「……わたし、何か悪いこと言ったかしら」

「気にすんなよ、いつものことじゃねえか。あいつの行動が唐突なのはよ」

 

 確かに、ノイシュタットの闘技場に出ると言い出したのも、廃工場で消えたのも唐突だった。が、今回のこれは明らかに原因がある。

 それをリアラが口に出そうとする前に、察していたロニが言葉を続けた。

 

「原因もわかってるぜ。あいつ、フィオレシアさんに嫉妬してるんだよ。名前も武器も真似てるが、あの人自身の話になると不機嫌になるもんなあ」

「嫉妬、なのかしら。嫌いなだけなんじゃ」

「だったら名前はともかく、武器を真似ようとはしねえよ。まあ、あの人のことを良く思っていないことだけは確かだ。あるいは俺に気があって、フィオレシアさんにべた惚れな俺に腹立ててるだけかもな!」

 

 でなけりゃ美人に嫉妬してるだけとか、など憶測だけで好き勝手を抜かすロニに、ジューダスもまたこの場を離れておけばよかったと後悔している。

 知らない人間から何を言われても仕方がないし、それが裏切り者であるリオン・マグナスのことであるならばそれも必然だと彼は承知していた。

 しかし、それがフィオレのことになると承服しかねる。

 泡沫の英雄を称える内容でも、実際のフィオレを悪しざまに言われても、腹に据えかねるから不思議だ。

 まあ、それこそ彼らに何一つ気取られていない証である。少々のことは聞き流すべきだと、波打つ感情を鎮めにかかったその時。

 思わぬ一言を聞きつけて、ジューダスはどうにか動揺をこらえた。

 

「それはないよ。フィオレ、あんなにキレーな顔してるんだから」

 

 発言主はカイルであり、しかもかなりあっさりと──まるで当たり前のように抜かしている。

 その言葉を受けて、もちろんロニは反応した。

 

「キレーな顔って、だったらなんで隠してんだよ? 自信がないとか正視に耐えないとか言ってるし、第一隠したいから隠してるに決まってんじゃねえか」

「それは知らないけど、ロニに気があるってこともないと思うな。だったらもうちょっと、何かアピールしてると思う」

「ちょ、ちょっと待って。カイル、フィオレの顔を見たことがあるの?」

 

 尋ねようとしていた事柄をリアラが口にしたため、ジューダスはとっさに事の成り行きを見守っている。

 カイルはあっさりと、首を縦に振った。

 

「ほら、ハーメンツヴァレーでさ。フィオレの帽子が飛んでった時、ちらっとだけど見えたんだ。もうよく覚えてないけど、すっごい美人だった。オレ、ちょっとどきどきしちゃったよ」

「すっごい、ねえ……ルーティさんとどっちが綺麗だったよ」

「オレはフィオレだと思うけど」

 

 覚えていない、というのは本当であるらしく、カイルの返答は曖昧だらけだ。

 それでも放置しておけばまた彼の記憶の中でフィオレの素顔が思い起こされてしまう。それは歓迎できることではない。

 どうにか話題を変えようとして、それが実に自然な形で成されることになる。

 

「只今戻りました。大分盛り上がっていたようですね」

 

 話に夢中であったせいか、誰一人としてフィオレの接近に気付いていなかった。

 驚きにのけぞるロニなど一切構わず、フィオレはあくまで一同を見回している。

 

「お、おかえり。早かったね」

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、これからのことでお話があります。よろしいですか?」

 

 誰一人として否を唱えない。それを確認して、フィオレは椅子に腰かけた。

 

「ハイデルベルグへ行く方法ですが、商隊の依頼を取ってきました。一人一日500ガルド、食事つきで幌付きのそりに乗せていただけるそうです」

「それ、道中の護衛ってやつじゃねーか。何勝手に引き受けてんだよ」

 

 それまでの会話も関係してか、ロニの物言いはあまり穏やかではない。それに気づかぬフィオレでもなく、目深に被っている帽子が僅かに揺れた。

 いぶかしげな声音が、ロニ並びに全員へと問いかける。

 

「いつになくケンカ腰ですね、何かありました?」

「お前が「気にするな。いつものことだ」

 

 ロニが何かを言う前に、ジューダスが素早くそれを遮った。何を感じ取ったのか、フィオレはあっさりと引きさがっている。

 

「それもそうですね。私は移動手段として丁度好さそうな依頼があったから引き受けてきただけです。協力しろとは言いませんよ。嫌ならここでお別れと言うだけ」

「だからってなあ、仲間に何の相談もなく……」

「ぼやぼやしてたら取られてしまいますからね。少なくとも私は、雪国野宿なんて面倒くさいことはしたくありません」

 

 淡々としたフィオレの物言いに、惑いはない。

 虫の居所が悪いロニが何かを言い出さないうちに、ジューダスが口を開いた。

 

「しかし、武器も持たないそのなりでよく引き受けられたな」

「これを見せたら是非にとね」

 

 彼女が掲げたのは、ノイシュタット闘技場においてチャンピオンに贈られるゴールドメダルである。

 これを所持する人間ならば確かに、なりがどんなものであろうとその実力を証明できるというものだ。

 

「護衛はいくら増えても構わないとおっしゃっていただけました。よろしければ一仕事、いたしませんか?」

「うん、そうだね。オレはいいと思うな」

「わたしも。さっきのお買い物で、お財布が軽くなっちゃったし」

 

 ジューダスは小さく頷き、ロニも否は唱えない。フィオレはうっすらと、口元に微笑をたたえた。

 

「決まりですね。もう少ししたら出立するそうですから、お食事をどうぞ」

 

 一同の食事が済むのを待って合流場所へと赴き、そのままスノーフリアを後にする。

 道中、幾度となく魔物に襲われるものの問題になることはなく、むしろ騒動は馬を休ませる休憩中に発生した。

 

「ねえ、せっかく雪国に来たんだから雪合戦しようよ!」

 

 休憩中ということで警戒こそしていたが、あまりに緊張感のない空気に飽きたらしいカイルがそんな提案をしたのである。

 同じく緊張感のないロニ──こちらはフィオレの取ってきた仕事につき、真面目にしようとする気がない──が悪のりし、リアラを巻き込んでの雪合戦が開催された。

 そこまでは、微笑ましくて結構なことだったのだが。

 

「まったく……依頼の最中だというのに、何を遊んでるんだ、お前らは」

 

 黙って護衛に専念していればよかったのに、ジューダスがわざわざ口を出したのである。彼としては、彼らが遊んでいるのを純粋に咎めるだけのつもりだったようだが。

 流れ弾か、狙われてか。飛来した雪玉をマントで払い落し、残骸を見やった彼はおもむろに抜刀したのである。

 

「誰だ、今石を入れてた奴は!」

 

 それは確かにルール違反だが、剣を抜くのはいかがなものか。

 蜘蛛の子を散らすように逃げる三人、怒り心頭で追いかけ回すジューダス。それまで勇猛果敢に闘っていた彼らの無邪気っぷりに、目を丸くして見ている行商隊の人々。

 

「すいませんね。もうすぐ終わると思いますので」

 

 とにかく雪国が初めてだという彼らにはしゃぐなというのは難しい。

 そのため、仕事だけはきっちりと済ませつつ珍騒動にはそれなりのフォローを入れて、三日が経過した頃。

 一同を伴った行商隊は、王都ハイデルベルグへと辿りついた。

 

「いやあ、一時はどうなるかと思ったけど、助かったよ。やっぱりノイシュタットチャンピオンの称号は伊達じゃないね」

「毎度あり」

 

 報酬の7500ガルドを受け取り、うち1500ガルドを取ってカイルに渡す。

 

「適当に配分してください。私はここから、別行動です」

 

 そこへ。

 カイルに渡した7500ガルドは、リアラによってかっさらわれた。

 

「リアラ?」

「ちょっと待って、カイル。私達、まだ船の切符代をフィオレに払ってないわ!」

「あーっ、言っちまった。黙ってりゃこのまま踏み倒せたのに……!」

 

 ロニの、本気なのかふざけているのかよくわからない一言はスルーして、リアラはきっちり3000ガルドを引き抜いて渡してくる。

 正直フィオレも忘れていたことだが、払ってくれるものならと素直に受け取った。

 

「そりゃ残念でしたね。金の切れ目は縁の切れ目とも言いますが」

「ロニはどうか知らないけど、私はフィオレと縁を切りたいわけじゃないわ!」

「じゃあ、フィオレにお金返さない方が一緒にいてくれるってこと?」

 

 素晴らしい曲解である。

 そんな理由で踏み倒されても困ると、フィオレは訂正を入れた。

 

「そうではなくて。お金があるときはちやほやしてくれても、なくなったら冷たくされてしまうもの。そんなことに関係なく傍にいてくれる人は貴重だから大事にしろ、という格言です」

「……つまり?」

「自分の用事を優先して去っていく薄情な人間は、相応の対応で良いんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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