swordian saga second   作:佐谷莢

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 ファンダリア城、玉座にて惨劇再び。
 ウッドロウのお父さん、イザーク・ケルヴィン王は現代より十八年前に発生した「神の眼を巡る騒乱」において王城を攻め込まれ、命を落としています。
 それを知っているのは、当時の騒乱に関わったほんの一握り。他者が知る由はありません。
 ウッドロウの惨状を見て、思わず口走ってしまった模様ですが、はてさて。


第二十四戦——王城にて惨劇~荘厳だった玉座は、緋にまみれて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が英雄か。所詮、ソーディアンがなければ己の命すら護れん紛い物ではないか」

 

 くるり、と巨漢が振りかえる。その拍子に、フィオレは玉座の足元にうずくまる人物がいるのを認めた。

 壮年の男性、に見える。やや青みがかった白銀の髪、印象的な同じ色の髭。過ごした年月のためか、あるいは王としての責務に日々体を酷使しているのか。

 まるで肉を削いだかのように頬がこけているものの、けして貧相な印象はない。むしろ精悍さが増し、堂々たる王としての貫録がそこはかとなく漂う。

 単純に評するならば渋いおじさま、だ。こんな状況でさえなければ、フィオレは彼に見とれていたかもしれない。

 が、現在違う意味でフィオレの眼は彼に釘付けだった。

 すでにその身を害されたか、まとう豪奢なローブはドス黒い血に染まっている。携えていた剣は半ばから折れ、しかし血塗れの手はそれを離そうとしない。

 切れ長の、薄青の瞳は瞼の奥に仕舞われ、ぴくりとも身動きをしない──息をしているかも、わからない。

 

「まあ、極上の美酒を招くきっかけにはなったか」

「ウッドロウっ!」

 

 巨漢が立ち塞がる光景すらも無視して、玉座へと駆け上がる。

 当然のように邪魔をされるも、水平に振るわれた戦斧をかいくぐるようにして避けたフィオレは、そのまま玉座へ到達した。

 

「しっかりしてください! いくらお父様を尊敬していたとはいえ、死に方まで真似なくても!」

 

 耳元で金切り声を上げられたせいか、ウッドロウは整った眉を歪ませている。かすかながら呼吸もあり、生命の鼓動は確かに感じられた。

 絶命していないことに胸を撫で下ろすも、このままでは時間の問題だろう。

 玉座にもたれかかっていた体を無我夢中で抱え、走る怖気や浮かぶ鳥肌をどうにか無視して楽な姿勢を取らせる。

 止血もしたかったが、それは彼に襲いかかった人物が許してくれなかった。

 

「ぶるああぁっ!」

 

 気合一閃。襲いかかる戦斧の軌道を見切り、すれすれで回避に成功する。

 耳元で大気が切り裂かれる、不気味な音をかき消すようにフィオレもまた抜刀した。

 現れた幻想的な淡紫を眼に、バルバトスはつい、と目を細めている。

 

「……麗しいが、貧弱だ。そんなものに惑わされる俺ではないぞ」

 

 貧弱とはご挨拶である。文句は一戦交えてからにしろと、怒鳴ってやりたくなった。

 とことん失望させて相手のやる気を殺ぐのも手。しかし、ウッドロウを瀕死の憂き目にさらしたことによる怒りは、フィオレの理性を確実に弱らせていた。

 後に自己嫌悪に陥ることがわかりきっていても、思わずにはいられない。

 

 ──願わくばこの男に、ウッドロウの痛みを。

 

 魔剣とは比べ物にすらできない紫水の軽さに物を言わせ、俊敏さに特化した突きを見舞う。

 一撃目こそ余裕で受けていたバルバトスだが、二撃、三撃と連なるにつれ焦りのようなものが見え始めた。

 確かに、魔剣に比べて紫水による一撃はひどく軽い。だが、その軽い一撃とて急所に入れば十分すぎる脅威だ。

 人体における急所など、相手が人で、人の構造さえしていればいくらでもある。

 それらを狙われれば防御、あるいは回避せざるを得ないし、それらが目にも止まらぬ素早さで続けばどうなることか。

 繰り出す側と同じ反応速度を持っていなければ、対応はどんどん遅れていく。

 これまでの攻撃全てを防がれていても──否、防がれてこそ。フィオレが企む一手には威力が見込めるのだ。

 

「小賢し──」

「秋沙雨!」

 

 ただ刀を振るっていたのが一転、無数の乱れ突きがバルバトスを襲う。惜しくも戦斧によって防がれてしまうも、これでは終わらない。

 くるりと翻った紫水は、これがまともな初陣とは思えないほどしっくりと、フィオレの手に馴染んでいた。

 

「斬光──蝉時雨ッ!」

 

 更なる乱れ突きに加えて、影分身のように発生する剣気の連打を見舞う。

 あまりの手数の多さに防御し損ね、回避もままならない連打がピタリとやんだかと思うと、膨れ上がった剣気の塊が巨体を吹っ飛ばした。

 巨体はその辺の絵画を滅茶苦茶にするが、別に狙ってしたことではない。

 

「何に惑わされるって? どのような意味であれ、その貧弱な剣に吹き飛ばされたあなたでは、どちらにしても同じことです」

 

 聞いているのかどうかもわからないが、とりあえず嫌みで鬱憤晴らしをしておく。

 乱れ突きにつき急所など狙いもしないことから、与えた負傷そのものは軽微であるはずだ。

 だが、いうなれば準備運動──一応初陣である紫水を気遣ったものである。

 相手もそれがわかっているらしく、立ち上がったバルバトスは含み笑いと共に歩み寄ってきた。

 

「ククク……これだ。戦いはやはりこうでなくてはな。さあ、歯をくいしばれ!」

 

 それまで敵意しかなかったバルバトスから、明らかな殺意が発せられる。

 口元には歪んだ笑み、残忍さすら感じられる瞳には昏い悦びさえ浮かんでいた。

 これから繰り広げられるであろう戦いをまるで目の前に広げられた御馳走であるかのように、唇をぺろりと湿らせている。

 

「さあ……俺の乾きを癒してみせろ、小娘っ!」

 

 うるせー。ばーか。しねっ。

 

 口には出さない。非常に子供じみていることと、この男と必要以上に言葉を交わす意味はない。

 床を踏み抜く勢いで駆ける巨漢を相手取り、フィオレは下がった溜飲もあって冷静に対処した。

 これまで魔剣を使うことで可能だった大味で粗野な戦法を封印し、大振りな戦斧の攻撃を見切り、かわしていく。

 隙間を縫うように繰り出される刺突は鋭く、発生した真空によって微々たる──本当に微々たる損傷を与えていた。

 どんなに小さな傷であれ、人としての痛覚を備えるなら気にならないわけがない。その際生じる隙を起因に仕掛けようという魂胆だった。

 本当なら早目に勝負を終わらせてウッドロウの治療を優先させるべきであることはわかっている。しかし、この巨漢を相手に早期決着を焦るのは自殺行為に等しい。

 ──後々を考えるなら、多少無理をしても撃退を促す形で刃を交えるべきだったかもしれない。

 やがて大広間を占拠していたあの自称騎士を退けたのだろう。カイルを先頭とする一同が謁見の間へ到着した。

 未だフィオレは玉座の足元に横たわるウッドロウをかばっているため迂闊には動けず、足音を聞きつけたバルバトスはちら、と入り口を見やっている。

 

「……オマケどもが勢揃いか」

「お前がウッドロウさんを……くそっ、許さないぞ、絶対!」

 

 謁見の間の惨状を、そして玉座の様子を目にしてだろう。

 ギリッ、と歯を食いしばったカイルが抜刀する。彼の怒りなど気にも留めず、バルバトスは小さく鼻を鳴らした。

 

「無粋な……生憎俺は忙しい。貴様の相手をするほどに、暇を持て余しているわけではない」

「お前の都合なんか知るもんか!」

 

 まったくもって正論である。カイルの反論が癇に障ったのか、バルバトスがじろりと彼を睨んだ、瞬間。フィオレは初めてその場を離れた。

 それまでウッドロウをかばうべく足を一切動かさなかったが、こうなると色々仕掛けられることが増える。

 

「リアラ! ウッドロウ……陛下の治療を! まだ呼吸はあります!」

「ぬぅっ!」

 

 そのまま接敵、一撃を加えてすぐ離れる。優先させるべきはウッドロウの治癒であり、バルバトスの討伐でも撃退でもない。

 こうなった以上は戦線から離さねばと、玉座から距離を取る。

 目論み通りそのまま追ってきたバルバトスを、このまま謁見の間から出した方がいいかと考え──フィオレは息を呑んだ。

 バルバトスの目はフィオレを追っている。それをいいことに、カイルが横合いからの攻撃を仕掛けようとしていた。

 あわよくば、聖堂での戦いを再現せんと狙ったのだろうが……残念なことに、それが通じるような相手ではない。

 

「この戦いを汚すか、恥を知れ小僧!」

 

 バルバトスは難なくカイルの目論みに気付き、戦斧を一閃させている。

 今にも斬りかかろうとしている少年にあの一撃は防げない。

 彼は防具らしい防具もつけておらず、よしんば着けていたとして鎧を着込んだ兵士をも蹴散らした一撃なのだ。果たして生身の体が耐えられるかどうか──

 そんなことを無意識に考えながら、フィオレは迅速に行動した。

 紫水を振るい、押し倒す勢いでカイルに抱きつく。

 勢いがあり過ぎて本当に押し倒すような形になってしまうものの、気遣う余裕はない。

 

「……馬鹿な」

 

 もみあうような形でカイルと共に床へ倒れ込んだフィオレを見て、バルバトスは驚愕を覚えたのだろう。

 何が起こったのか、判別こそつくが認めがたいと言わんばかりに首を振った。

 

「信じられん……そんなガキ一匹を生かすため自らを盾にするなどと、愚かもいいところだ」

 

 とっさに身をひねったため、何とか内臓は守った。背骨も、折れるまでには至らない。

 しかし、半ばまでめり込んだ戦斧の、肉厚の刃は背中を直接焼かれているような感覚を生じさせている。

 感覚を確かめないようにしながら、紫水を掴んでバルバトスと対峙する。

 足まで伝う液体の感触、一気に増した血臭、そして患部を見たカイルの驚愕の声も全て知らないことにする。

 

「あ……あ……!」

「ひっ……人を馬鹿だの、愚かだの言う前に、己を、顧みなさい……!」

 

 ごろんと転がる戦斧に片足で蹴りを入れつつ、まだ気づいていないらしいバルバトスにそれを通告した。

 不思議に思わないものなのか。常に手にする武器が、今だけ己の手から離れていることを。

 不思議に思わなかったのだろうか。それまで鎧ごと破壊していた一撃が、生身の女の体を寸断せず、めり込んだ程度で済んでいるのかを。

 直視して、バルバトスは目を見開いている。

 それまで戦斧を握っていた手がない。手首から先は絶えることなく、命の雫がたらたらと垂れ流れている。

 手首から先は、転がった戦斧の柄を未だしっかと握りしめていた。

 ──気付かぬ内に手首を寸断されていたのである。これでちょっとは、慌ててくれるかと思っていたのだが。

 

「ハッ、なるほど! 肉を切らせて骨を断つのか、本当に愉しませてくれる……! やはり極上の美酒を一息で飲み干そうなど、愚の骨頂だったな!」

 

 ──ああ、もどかしい。

 今自由に体が動くなら、そっ首叩き落としてやるところなのに。

 背中に灼熱を背負ったフィオレにできることなど、攻撃されぬよう言葉を使うこと、意識を失わぬよう虚勢を張ることくらいだった。

 

「……意味が、わかりません」

「戦場にて咲く稀有な花は愛でるものか……摘み取るには惜しすぎる」

 

 駄目だ。もう人の話を聞いていない。

 今渾身の力を振り絞ればなんとかなるかもしれないと、つっぱるような感覚の腕を持ち上げ紫水を構える。

 しかし、残念なことにバルバトスは悠然と敵前逃亡を始めていた。

 

「今日の俺は、紳士的だ。その女に免じて退いてやる。この俺と戦いたくば、まずは足手まといとならぬことだ。ククク……ハーッハッハッハッ!」

 

 ついでとばかり、カイルを傷つけていくことを忘れない。

 呆然と、傷ついたフィオレを見つめるカイルを高らかに嘲笑し、巨漢は生じた闇の球体へその身を躍らせた。

 後に残るのは血にまみれた戦斧と、その柄をしっかり握る手。

 バルバトスの気配が完全になくなったことを確認して、フィオレは全身に及ぶ緊張が綻びていくのを感じた。

 それに伴い、背中の灼熱感が激痛へと移行していく。

 

「ぐ、うぅ……!」

 

 耐えがたい痛みにフィオレがその場にうずくまると、呆けていたカイルが慌てて駆け寄ってきた。

 

「フィ、フィオレ……!」

「……お元気そうですね」

 

 鞘に収めた紫水を抱き寄せるようにしながら、体を縮こませて激痛に耐える。

 久々に味わった気の遠くなるような痛みだが、カイルをかばったことに加え体をひねって被害を最小限に食い止めたにつき、死に直結するものではない。

 代償として、とんでもなく痛いが。

 苦しい息の中でカイルが無傷であることを知り、フィオレはホッと息をついた。

 

「よかった」

「よ……よかったじゃないよ! オレをかばってこんな大怪我したのに!」

「そうですよ? だからあなたが無事で、ホッとしてる」

 

 それが目的でかばったのに怪我などされたら、それこそ意味がない。

 駆け寄ってきたリアラにウッドロウの治癒を優先するよう頼む。

 この程度ならば譜歌で十分癒せるだろうと、以前作成していたアクアサファイアもどきを取り出そうとして。

 

「……あいつの手を斬り落とすくらいだったら。なんでバルバトスがオレに気を取られている時を狙わなかったのさ」

 

 ──以前は退けたことを素直に喜んでいたのに、今回のひきずりようは足手まといよばわりにあるのか。

 カイルの顔は口惜しさと、それでいて察しがたい感情に溢れている。

 

「バルバトスの首とあなたの命では、割に合いません」

「フィオレはオレが殺されるって思ったのかよ! フィオレだって大怪我したけど生きてるじゃんか、オレだって……」

「私はそうは思わなかった。そういうことです」

 

 バルバトスの一撃に対し、カイルはまさに無防備だった。

 おそらく聖堂での戦いを再現しようとしていただけ、標的にされて防御、あるいは回避など対処の気配は感じられなかったのだ。

 だからこそ、相手の隙を最大限生かせる方法を取った。

 回復不可能な負傷によって撤退を促し、尚且つカイルを護る。代償としてフィオレは相応の負傷を受けたわけだが、この程度なら予想範囲内だ。

 それを指摘されて、カイルは唇を真一文字に結び、ギリ、と奥歯を鳴らしている。

 少年の心中は計り知れなかったものの、フィオレにできるのはこの謝罪だけだった。

 

「──ごめんなさい。私が、弱くて」

 

 己にもっと確かな腕があれば、ウッドロウを護り切ることができたはずだ。

 バルバトスがウッドロウやフィリアに襲いかかる前に始末することは、可能だったはずである。

 何より──フィオレの行動如何によっては、カイルはあの男の存在を知らずに済んだはずなのに。

 

「今、なんて」

 

 他の誰よりも己の弱さを自覚するフィオレの謝罪を聞いた途端。カイルの顔色が、まるで炎を灯したように紅潮した。

 何を言ったのか繰り返そうとしたフィオレを遮り、憤然と立ち上がる。

 

「フィオレなんか大っ嫌いだ! バルバトスとやりあえるくらい強いのに、何でそんなこと言うんだよ! あ、足手まといのオレに対する厭味なら──!」

 

 叶うなら今一度。彼の頬に一撃入れてやりたい。

 けだるい体を理由にそれをせず、立ちあがった彼を見上げて。フィオレは淡々と言葉を返した。

 

「私が申し訳ないと思うのは、あんな最低な奴すら下せない私の未熟さです。あいつの判断がどうとか、そういう問題じゃない」

「っ!」

 

 気が、遠くなる。

 命の雫を失い過ぎたか、薄れゆく意識を追いながら。フィオレは大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイルの激昂などものともせず、フィオレは淡々と彼に何事かを呟いて脱力してしまう。

 駆け寄ったジューダスが容態を確かめ、回復晶術の使い手を呼ぼうとしたその時。

 

「フィリアさんに続いて、ウッドロウさんまで……」

 

 ウッドロウ王へ駆け寄ったロニに呼ばれているにも関わらず、リアラはただ呆然とその光景を見つめていた。

 血みどろの人間を間近で見て怯えているとか、そういう様子ではない。

 

「……! まさかこれは全部、あの人の仕業なの……!?」

「だとしたら何だというのかしら? リアラ……」

 

 聞き取りにくい少女の呟きに答えたのは、聞きなれない女性の声だった。

 誰何の声が上がるよりも早く、異変は謁見の間の片隅にて生じる。

 バルバトスのそれとは真逆にして対照的な白光の球体が発生したかと思うと、その中から人影が現れた。

 ぞろりと裾を引く特徴的な神官服、透かし飾りも美しい丈の長い帽子、稀代の彫刻家が彫り上げたが如き完璧な容姿……それゆえ人の温かみが感じられない美女。

 現れたエルレインは音もなく床へ降り立ったかと思うと、ついと玉座を見やった。

 

「なるほど、実に彼らしい。どんな英雄でも容赦はないということか……あの時素直にレンズを渡していれば、こんなことにはならなかったものを」

 

 何故ここにエルレインがいるのか、その仕組みは唯一人を除いてわからない。

 ただその発言は、何よりも雄弁な事実を一行に示していた。

 

「エルレイン! あなたは間違っているわ! こんなやり方で、人々を救えはしない!」

 

 思わぬ事態にただ見守るしかない一同を尻目に、リアラが彼女の行いを糾弾するも、エルレインのたった一言でリアラは言葉を詰まらせた。

 やりとりからして荒唐無稽なものを感じるが、やはりそれどころではない。

 戸惑うカイルに事の成り行きを見守るジューダス、行動を起こせないフィオレ。この面子の中で事情の欠片を把握したらしいロニが、おもむろに槍斧をかまえた。

 

「わからねえことだらけだが、あの女が黒幕だってことは確かだ。覚悟しろエルレイン!」

 

 悠然とその場に佇み、ロニの怒気など一切反応せず、エルレインはあらぬ方向を見やっている。怒り心頭のロニがそれに気遣うわけもなく、一見無防備なエルレインへと迫った、その時。

 どこからともなく人影が現れたかと思うと、影はロニの眼前に立ち塞がった。

 葡萄酒色の髪を後ろへ撫でつけた、神団騎士のいでたち。

 

「エルレイン様には指一本触れさせん」

 

 司祭長たる彼女直属の護衛らしき男は、いとも簡単にロニを吹き飛ばした。

 ぐったりしているフィオレを無言でカイルに押し付けたジューダスが双剣をふるうも、他ならぬエルレインが軽く腕を薙いだだけで弾かれてしまう。

 幸い二人とも軽傷だが、実力差は明らかだった。早々、仕掛けることはできない。

 そんな中、まるで動じていないエルレインはあくまでリアラを見つめていた。

 

「人々の救いは神の願い。それを邪魔するものは誰であれ、容赦はしない」

「いやっ、やめて! わたしはまだ、ここで果たすべき使命が……!」

 

 己の首元に手をやるエルレインに、リアラの懇願を聞き入れる素振りはない。

 直後、その高い襟元から何かが発光した。それに合わせ、まるで共鳴しているかのようにリアラのペンダントも輝き始める。

 

「未だ何も見いだせぬ者にここにいる意味はない……帰るがよい。弱き者よ」

 

 絹を引き裂くような少女の悲鳴が空しく木霊する。

 エルレインの出現を巻き戻すかのような光景──リアラの姿は眩い白光に包みこまれた。

 直感、あるいはバルバトスやエルレインの出没で悟ったのだろう。カイルは彼女の名を呼び、躊躇なく光の中へ飛び込んだ。

 心なしか、光が縮小していく。

 

「カイル! リアラ!」

「追うぞ!」

 

 フィオレを抱えたジューダスの一喝に、答えるまでもなく。二人もまた、目のくらむような光に向かって走り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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