swordian saga second   作:佐谷莢

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 フランブレイブの聖域~inホープタウン。
 エルレインによるリアラ強制送還に巻き込まれるというか巻き込まれにいった形で、現代より十年後の世界へ。
 ロニとジューダスと再会。そしてここで、久々の新キャラ。というか以降パーティ入りするメインキャラクター。
 後にロニをリア充に変える、ナナリー姐さんの登場です! 


第二十五戦——初めて(?)の時間旅行~ここはどこぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、気付く。

 足元は、周囲に溶岩がたゆたう孤島だった。何となく、見たことがあるような風景なのは気のせいか。

 これまでの記憶がないわけではなかった。年中常冬、雪のない景色の方が珍しいファンダリアにいたはずなのだが。

 どうにかこうにか、無様だったがバルバトスを撃退した後の、朧な記憶を穿り返す。

 エルレインが現れ、リアラと意味深な会話を交わした後、少女を何処かに転移させた。させまいとカイルが飛び込み、確かジューダスに連れられてフィオレもまた光の中へ飛び込んだ。

 あの力の作用が一切わからないので推測するしかないが、リアラ一人を何処だかに帰そうとして何人も巻き込んだから、予定外の事態に座標が狂って……今フィオレは一人なのではないかと、適当に考えるしかない。

 まずは、現在位置確認なのだが。

 

『シルフィスティア、視界を貸して……』

『フィオレ。ここ、フランブレイブの聖域だよ』

 

 さらりと投げかけられたシルフィスティアの返事に、妙な覚えの正体を知る。

 まだフィオレが何も知らず、ただ守護者と契約をするために行動していた頃。適当な口実を作ってカルバレイスへ訪れた際招かれた、彼の聖域だ。

 

『聖域?』『フランブレイブの?』『姿がないよ?』『あいつに、封印されちゃった?』

 

 シルフィスティアの言葉に反応したように、アーステッパー達の囁きが脳裏を木霊する。

 それまで契約をしていなかったため、状況をよく知らないようなことを言っていた彼らだが、契約を交わしたことでフィオレを介して他の守護者との接触が可能となったようだ。

 それにしても。

 

『アーステッパー。あいつって、シルフィスティアやアクアリムスを……』

『それは聞きたいこと?』『それなら答えるけど……』

『もちろん、ボクの眷族をたぶらかして、アクアリムスの依代を魔物の体内に封印した敵対勢力のことだよ!』

 

 話は最後まで聞いてほしいと思う。シルフィスティアから得たい情報を得て、小さく息を吐く。

 それにしても、今回招かれたせいでないからか、聖域は静かだった。

 たぶらかされたフランブレイブの眷族が襲ってくるわけでも、いきなり溶岩が津波のようになって襲いかかってくるでもない。

 その代わりとして、移動もできない。フィオレが立つのは溶岩の海の孤島で、見渡す限りドロドロのマグマが煮えたぎっている。普通の水、海水ならともかく、足を踏み入れた瞬間死ねる。

 とはいえ、ここでこうして突っ立っていても何も始まらないのだ。アーステッパーに足場でも作ってもらおうかと考えたその時。

 

『フィオレ。フランブレイブの気配がします』

 

 普段から口数の少ない、湖面のように物静かなアクアリムスの声が聞こえる。

 発生源を尋ね、それを聞いたフィオレは仰天してしまった。

 

「み、水の中! 炎を司る守護者が!?」

『正確には彼の依代が、水中に在るようなので。少々、失礼しますね』

 

 チョーカーに下がった涙滴型の輝石が光ったかと思うと、アクアリムスの姿が現れる。

 人間でも凄まじく感じる熱気に水の守護者たる彼女には途方もない暑さなのか、驚いたことに彼女は滝汗をかいていた。

 

『大丈夫なんですか?』

『依代がフィオレと共にあるから、少しくらいは平気です。けれどもフランブレイブは苦しんでいる。それこそ、発狂してしまいかねないほどに』

 

 命というものがなくても、いやないからこそ。人を凌駕する高い知性を持つ守護者が狂うことは稀にあるらしい。

 そんなことになれば未曾有の大災害を招くだろうと聞かされ、フィオレは戦慄した。

 

『火山が活性化して、ここら一帯が火の海になるとか……』

『それどころか、世界中に存在する炎が守護者の制御を離れて暴走すると思う。火は燃えることが本質だから、それが止まらなくなるんじゃないかな』

 

 そんなことになったら、人類は確実に滅びの一途を辿ることになるだろう。たとえ未曾有の大災害から生き残ったとしても、火を使わずして人が生きていけるとは到底思えない。

 フランブレイブが発狂する、その恐ろしさを想像している間にもアクアリムスは彼の依代を探していた。

 以前は見なかった聖域の石碑へ手をかざし、瞑想しているように見える。

 

『ああやって、フランブレイブの気配を探してる』『アクアリムスとフランブレイブもまた、真逆の存在だから』

『……居所が、判明しました』

 

 小さく呟くなり、彼女はその姿を唐突に消した。

 正確には瑠璃色の球体へ戻り、暑さから逃れるようにチョーカーへその身を投じている。

 

『お疲れ様です。フランブレイブは、何処に?』

『冷たい清水……海水ではなく、湧水の中に投じられているようです。場所はこの大陸内部に存在する、小さな集落』

 

 チェリクは港町で大陸内部ではないし、カルビオラは聖地と呼ばれる場所であって集落ではないらしい。残るのは──ホープタウン、だけ。

 十八年前の騒乱後に出来た集落らしいが、とにかく速やかに向かう必要があった。

 

『それで、ここから出るには一体どうすれば……』

『それは簡単。フィオレが起きればいいんだよ!』

 

 唐突にシルフィスティアから奇妙なことを告げられ、フィオレが瞬きをしたその時。

 いつの間にか、見たこともない場所で横になっていた。

 硬くゴツゴツとした、申し訳程度に麻布のようなものが敷かれた寝台だろうか。岩から切り出したものらしく、ひんやりしていて気持ちがいい。

 ……考えてみれば、あんな風に守護者達が自発的に話しかけてくることなど、過去一度としてなかった。

 皆大概眠っていて、フィオレが話しかけたその時に返事を寄越す程度なのだから、何かが変だと思うべきだったのに。

 まるで何日も寝たきりだったように、体が強張っている。

 倒れているところを保護されたのか、負傷した背中には包帯が巻かれ、民間療法的な手当てがなされていた。

 ただ──それでも傷は塞がっていないのだろう。少し動いただけでじわりと染みるような感覚があり、被服をあまり着たくない。フィオレは傍にあった荷袋から薄手の外套を取りだした。

 枕元のキャスケット、立てかけられていた紫水を手にとって、光が差し込む出口へよろめくように歩み寄る。

 そこに広がっていたのは、小規模集落と思われる情景だった。

 フィオレが寝かされていた場所と同じような、岩をくり抜きあるいは組んで作ったような家屋に、照りつける日差し。足元は石畳であるものの、この殺人的な日差しは間違いなくカルバレイスの気候だ。まず状況を知るために、外へ出る。

 見張りもなければ拘束もない、こののどかな雰囲気からして、保護されたのは間違いないようだ。

 あまり外部と交流はないのか、ジロジロと無遠慮な視線を感じる。旅人との交流があまりない辺境の地、潮騒が聞こえない辺り内陸に位置する──

 この集落のどこかに、フランブレイブが閉じ込められているのかもしれない。

 とりあえずはこの集落を一望してみようと、高台を目指してささやかな坂道を登る。

 途中澄んだ清水をたたえた井戸を見つけたが、井戸の中に生身の人間が飛び込もうものなら、殺されても文句は言えない。

 と、そこへ。

 

「怪物め、観念しろ!」

「卑怯だぞ、正々堂々戦え!」

 

 子供と思しき数人の息巻く声が聞こえて、脇の洞穴を覗きこむ。怪物というか魔物というか、それにしてもそれらしい気配はないからだ。

 そしてフィオレは、ひんやりした洞穴の中子供達と戯れる二つの背中を見つけた。

 この気候でも十分快適に過ごせそうな、軽装備のたくましい背中。

 闇色の外衣に覆われ、時として背負われた棒状の何かが垣間見える華奢な背中──

 

『え、フィオレ!?』

 

 判然としない視界で認めたのか、シャルティエの驚愕が脳裏に響く。

 直後、それまで背を向けていたジューダスが首をひねりそうな勢いで振り返った。

 一際白く見える竜の頭骨を模した仮面、この気候ではさぞ蒸れるだろう重装備の出で立ち……シャルティエのこともさながら、間違いなく本人である。

 

「ご無沙汰しています、ジューダス。元気そうで何より」

「この近辺にいたのか、探したぞ」

 

 と、言われても。

 そもそも、同じ集落内にいたことを彼らは知らなかったのだろうか。

 そうこうしている内に、自分一人が子供達の標的になっていることに気付いたロニが駆け寄ってきた。

 

「こぉらジューダス、俺一人に押し付けんな……って、その帽子に箒。フィオレか?」

「ええ。ところで、何でこんなところでチャイルドシッターをしていらっしゃるので?」

「まあ、ちょっくら訳ありでな。ところでお前、カイル達を知らねえか?」

 

 カイル達、ということは、リアラもここにはいないのか。

 フィオレは首を横に振って見せた。

 

「そっか……にしても、あんな大怪我でよく「そもそも、私は今さっき目が覚めたところなんです。二人がそんな反応だということは、私を保護して治療してくださったのはあなたたちではないんですね」

 

 ジューダスだけならともかく、ロニがいるなら治療は晶術を用いているだろう。もとよりその可能性は低いと思っていたが、ならば一体誰が。

 フィオレの言葉を聞き、いぶかしげに眉を歪めたジューダスがおもむろに洞穴から出た。

 何をしていたのかは知らないが、子供達のブーイングを聞かなくてもよろしいのか。

 

「おい。どこから出てきたのかわかるか?」

 

 洞穴の前が高台であるにつき、集落全体が一望できる。

 緑豊かなオアシスに目を惹かれながらも、フィオレは自分が出てきたと思しき民家を指した。

 

「あそこですね。あの赤い天幕の」

「あそこって……ナナリーの家じゃねえか。何であいつ、俺達に隠して……」

 

 どうやら彼らも知る人間、というか知り合った人間の自宅らしいが、ロニもジューダスもそのまま話し合いを始めてしまい、聞き出せそうにない。

 少し見ないうちに大分仲良くなったという印象の二人を追って、ぞろぞろ出てきた子供達に話しかける。

 

「何やってんだよ、ロニもジューダスも!」

「怪物役が逃げちゃったら何にもなんないじゃんか」

「真面目にやんないと、晩メシ抜きだぞー!」

 

 一体何をして遊んでいたのやら。怪物役ということは、化け物退治ごっこか何かか。

 見慣れぬ人間の登場に子供達……少年達は戸惑いを見せたものの、彼らの知り合いだと知るや否やその気後れはあっけなく消えた。

 

「やった! 怪物役がもう一人増えた!」

「……チャンバラじゃ駄目ですか?」

「ダメ! だってこれ、訓練だもん。その内オレ達も大人と一緒に狩りに行かなきゃいけないんだからさ」

 

 ただ遊んでいるのではなくて、本番の狩りに備えて予行演習ときたか。色々突っ込みどころは満載だが、とりあえず。

 

「あの二人は今忙しいそうなので、私が相手です。彼らと話したければ、私の屍を越えていきなさい」

 

 ちょうど、信じられないほど体が鈍っていたところだ。複数人数いたところで、相手は子供。負傷もちょうどいいハンデである。

 傷に触らない程度に体を軽く動かし、鞘入りの紫水をくるりと回して石突を下へ向けた。間違って穂先で殴ろうものなら、親に怒鳴りこまれること間違いない。

 当初こそ戸惑っていた少年達だが、これも訓練になると思ってだろう。剣に見立てた木の棒を手に手に、殺到してきた。

 

「くらえー!」

「嫌です」

 

 振り回された木の棒を捌いて、そのまま手首に一撃入れる。

 肉も皮も薄い子供の手首だ。握力を奪うのは簡単だった。

 

「いだっ!?」

 

 かろん、と音を立てて、木の棒を取り落とす。

 それを皮切りに他の少年達が、いっちょまえに波状攻撃を仕掛けてくるも、実に単調なそれに苦戦はありえない。

 中には利き手と逆の手で棒を握る、あるいは素手で突貫してくる気骨のある少年も居はしたが、棒を持っていれば結果は同じ。体当たりはすっ転ばせるだけで済む。

 

「くっ!? このねーちゃん強えー……いや、にーちゃん?」

「ナナリーねえちゃんとどっちが強いかな?」

「怯むなー! 一斉にかかれー!」

 

 ──子供達との遊びは戦い、することは単調で、しかし手加減は忘れてはいけない。怪我をさせるなどもっての他だから、これはこれで疲れる相手である。

 と、話しこんでいる彼らを尻目に生意気盛りの少年達と戯れていた最中。

 

「あんた達、ちょっと待った! ストーップ!」

 

 威勢のいい女性の声が響くと同時に、子供達の動きが停止した。

 彼らが一様に目を向ける先は、フィオレも上ってきた緩やかな坂である。

 すわ保護者の登場かと、構えていた紫水を下ろして子供達と距離を取ったフィオレは、ひとつ瞬いた。

 燃えるような赤毛を左右で結い、カルバレイスの気候に合わせてか、刺激的な薄着の女性である。女性といっても、まとう雰囲気からして少女と女性の狭間程度か。

 リアラの様相も極端な薄着だと思うが、こちらは締まるところが締まったメリハリの効いた体であるため、挑発的といってもいい。

 それでいて下品からは程遠く、健康的で勝気な印象があった。少々きつい印象を与えがちな猫のような眼も、目尻が垂れ気味のフィオレにはうらやましい。

 どことなくルーティを思い出す女性は、一人の少女に連れられ、大急ぎで坂を駆け上がってきた。

 それにしても、少女がフィオレを指して何事か女性に告げているのは気のせいか。

 まさか、見慣れない不審者を見つけたということで、手近な大人を連れてきたとか──

 やってきた女性は少女の言うことにひとつ頷くと、つかつかとフィオレに歩み寄ってきた。

 しかし、その前に。

 

「ナナリー! お前、こいつがいるの隠してただろ!?」

 

 女性の登場に気付いたロニが、ジューダスが駆け寄って行った。

 ナナリーとは、先程民家を指した際に呟いていた名だ。ということは、彼女がフィオレを保護して治療まで──

 

「フィオレのことは前もって話したはずだ。どうして隠していた?」

「隠してたことは謝るけど……今はそれどころじゃないよ! あんたらの話は後!」

 

 ジューダスに痛いところを突かれた女性……ナナリーはバツの悪そうな顔を見せてから力尽くで彼らをどかした。

 よくよく見るとその腕は、女性らしいものでありながら某弓使いの王女と同じ特徴を備えている。

 王女であったものの一流の弓使いでもあった彼女は、鍛えるほどに立派になっていく二の腕を女性としては恥じており、それを隠すような服装を好んで身につけていた。

 ナナリーもまた二の腕まですっぽり隠すような革手袋を身につけており、脱いだら凄いのかもしれない。

 彼女は再びつかつかとフィオレへ歩み寄ると、突然肩に手を置いてきた。

 背中……左の肩甲骨が、じくりと痛む。

 帽子の下の歪んだ表情をまじまじと見て、ナナリーは口を開いた。

 

「やっぱり、目が覚めたんだね!? でも駄目じゃないか、ふらふら出歩いたりしちゃ!」

「……えっと」

「あんた、あんなとんでもない大怪我してたんだから──さ、帰って家で包帯取り替えるよ!」

 

 がし、と右手を掴まれたかと思うと、予想以上の握力でぐいぐい引っ張られる。

 怪我のこともあり、少々息の上がっていたフィオレはとりあえず逆らわないことにした。

 ただ、とりあえずこれだけは。

 

「えーと、ナナリーさん?」

「ナナリーでいいよ。ところで──」

「私、フィオレといいます。危ういところを助けていただき、ありがとうございました」

 

 何かを言いかけるナナリーを制して、まずは助けてもらったらしいということでお礼を言う。改めてフィオレを見やったナナリーに、更に言葉を重ねた。

 

「ロニとジューダスとは知り合いです。彼らの話からして、私のことを隠していたようですが……何かあったんですか?」

「知り合い……じゃあその怪我は、ロニにやられたもんじゃないんだね」

 

 なんでいきなりそうなるのか。首を傾げるフィオレに、ナナリーは彼らがいないことを確かめて耳打ちしてきた。

 

「あんたを見つけた時、そうやって顔は隠してるしひどい怪我だし、誰かに追われてるのかなって思ったんだよ」

 

 その推測は断じて間違いではない。が、次なる彼女の言葉を聞いて、思わず脱力してしまった。

 

「数日後、ロニとジューダスがここを尋ねてきたんだよ。『ここはどこだ』とか『エルレインに飛ばされた』とか奇妙なことは抜かすは、ロニが持ってるのは槍斧(ハルバード)だろ? あたしはてっきり、あいつにやられたもんかと思いこんじゃって……」

 

 更に彼らは人を捜していて、その中には保護したフィオレの特徴もあった。

 しかし、ナナリーはフィオレの身を案じ、フィオレ自身が目を覚ますまで隠しておこうと決意してくれたらしい。

 

「確かにこの傷は斧使いにつけられたものですが、ロニではありません。でも、心配してくださってありがとうございます」

 

 そのまま連れ立って歩くようにしながら、それとなく情報を得ようとして──徒労に終わる。

 何故なら彼女はすでにロニやジューダスから今に至るまでの経緯を聞いており、半信半疑でそれをフィオレに確認してきたのだから。

 

「……っていうことらしいんだけど、本当なのかい?」

「お疑いになる気持ちは察しますが……否定すると嘘になってしまいます」

 

 驚愕を隠さないナナリーと共に彼女の家へ邪魔し、ナナリーの指示に従って包帯を解く。

 その最中、彼女はまじまじとフィオレの顔──キャスケットに隠されたそこを見つめた。

 

「悪いとは思ったけど、あんたの顔は見たよ。何で仲間にまで隠してるのか、聞いてもいいかい?」

「──ロニもジューダスもうるさいからです」

 

 他にも理由など探せばいくらでもあるが、単純に挙げればこの一言に尽きる。

 抽象的なその一言に、ナナリーはフィオレの患部にツンと臭う軟膏を塗りながら吹き出した。

 

「あの二人がうるさいって……綺麗な顔だから、ちょっかい出してくるってことかい?」

「ロニはそうかもしれませんね。ジューダスは……わずらわしく思うでしょう」

 

 至極適当に話しながら、軟膏を塗り終えて手を拭くナナリーに、姿見のようなものはないかと尋ねる。

 使用許可をもらって、フィオレは包帯を巻く前に姿見の前に腰を降ろした。

 

「包帯なら、あたしが──」

「いえ。包帯で抑えるには少し大きすぎますから、仮留めをしておこうかと」

 

 あまり医療関係に明るくないのか、不思議そうにしているナナリーをさておいてフィオレは針を取りだした。

 針の先を火で炙って滅菌消毒し、糸──肉体に癒着しないよう特殊な加工の施された糸を通して、おもむろに患部に突き刺す。

 

「な!」

「仮留めというか、仮縫いですね。包帯を巻くのはもう少し待っていただけますか?」

 

 鏡を使い、柄の長い特殊な針でピンセットを使っているものの、背中の仮縫いなど限度というものがある。更に麻酔を使っていないためよく手元が滑り、ガタガタな縫い目になってしまったが仕方ない。

 あのオアシスに行くまでの我慢だ。

 滝汗の額を拭ってナナリーに手伝ってもらいながら、包帯を巻き直す。

 更に新しい晒で患部を固定していると、訪問客が訪れた。

 子供達をどうにか出し抜いてきたであろう、ロニとジューダス。

 どうやら二人のことは忘れていたらしく、ヤバ、と小さく呟いた彼女にフィオレは小さく囁いた。

 

「私が誤魔化します。適当に合わせてください」

「え……」

「子供達の相手はよろしいので?」

 

 中身が少なくなり軽くなった救急箱をナナリーに手渡し、何食わぬ顔で外套を羽織って、扉代わりの垂れ幕から顔を出す二人を出迎える。

 あれから時間をかけてやってきたということは、おそらく子供達の妨害にあっていたのだろうが。

 

「ああ、今あいつら釣りに行ってるからな。問題は……」

「そのことですが、どうも私が彼女にそれを頼んだらしいんですよ」

 

 今度こそ事の真相を探りに来たのだろう。そんな二人にさっくり切り出せば、彼らは困惑をあらわにした。

 おそらくナナリーもそうだが、顔に出していないことを祈る。

 

「お前が? 先程目を覚ましたばかりだと」

「私も覚えていませんが、彼女は私にそう頼まれたらしいんです」

 

 彼女に連れられ、事情を知った時から練っていた捏造を、さも事実であるかのように語る。

 とはいえ、もしフィオレが起き上がれもしない状態で目を覚ましていたら、それを頼んでいたことだろう。

 

「こんな有様でバルバトスに襲われても困ると思ったのではないでしょうか」

「……何故推測なんだ」

「私だって覚えていないからです。とにかく自分は追われているからかくまってほしい、みたいなことを口走ったんでしょう。違いますか、ナナリー?」

「えっ? うーん、まあ……そんな感じ、だったかな」

 

 彼女が至極素直な人間であることはわかった。

 二人がとりあえず納得したところで、置き去りだった荷物に手を伸ばす。

 

「さて、大変お世話をおかけしました。何のお礼もできませんが、せめて居候は出て……」

「あーっ、ちょっと待った。ロニとジューダスも、上がって!」

 

 ひとまずロニとジューダスが確保している拠点に身を寄せようとして、ナナリーに止められる。

 一体何事かと話を聞いて、フィオレはおうむ返しに呟いた。

 

「アイグレッテに?」

「ああ。言いにくいけど、あんたの治療で包帯やら薬草やら大分使っちまったからね。ここホープタウンに行商はこないし、チェリクにも多分ないだろうから、あたしはこれからアイグレッテに行くんだよ」

「あの、買ってきましょうか? 買い出しリストさえいただければ、お使いくらいは。もとは私が使い込んだ代物ですし……」

 

 いたたまれなさに挙手をして、あえなく却下される。何でも、程度こそ違うが三人とも怪我人につき、お使いはおろか、お供も結構だと。

 二人の怪我とは、エルレインらにやられたものだろうか。

 それでもうら若い女性の一人旅はいかがなものか、と苦言を呈して。

 

「こいつはうら若い女性なんてタマじゃねえよ。どっちかってーと目をつけた怪物が哀れ……のぎゃっ!?」

「何か言ったかい、ロニ~?」

 

 あれよあれよと言う間にナナリーの腕がロニの体に絡まり、関節を砕かんばかりに締め上げる。

 その素早さ、巧みさにフィオレは呆気に取られるしかなかったが、ジューダスはまったく動じていなかった。

 

「この村へやってきて、この馬鹿は情報収集と称し、発情期の猿が如くナンパを始めてな。あまりの暴挙にナナリーが割って入って、以来こんな調子なんだ」

「あだだだ! 痛ててて! 肩がもげる、怪我に響く~!」

「フン! まったく、だらしないねえ。フィオレを見習いな!」

 

 怪我のことを出されてか、ナナリーはあっけなく技を解いている。床に突っ伏し、悶絶するロニなどおかまいなしで、彼女は話の続きを再開した。

 

「治療のお礼なら、静養を兼ねてあたしの家の留守を預かってほしいんだ。ある物勝手に使ってくれていいからさ」

「そんなのお安いご用ですが……」

「よし決まり! じゃああたしはこれから旅支度をするけど、あんたらはどうする?」

 

 これからバタバタするが、自分の家で積もる話をしてくれても構わないし、村を見て回ってもらいたいというのもあるらしい。

 一瞬の間を置いて、後者を選択したフィオレは一旦ナナリー宅を辞した。

 見て回るといっても、狭い集落だ。岩山の連なる地形を利用した民家や猫の額ほどの畑など、見るものはかなり少ない。

 先導を二人に任せて、フィオレはこれまでの説明を二人に頼んだ。

 

「……斬られて、その後のことは覚えているか?」

「うろ覚えですが、あのエルレインというアタモニ神団の長が現れましたね。それで意味深なことを呟いて、リアラを……」

「奇跡の力でリアラを飛ばそうとしたところに、僕達も割り込んだ。そのせいか何か知らないが、気が付いたらここカルバレイスにいたんだ」

 

 砂漠のど真ん中で立ち往生していたところを、ナナリーに助けられたのだとか。

 当時エルレインとそのお付きによって負傷していた二人は、普通の旅人だと思われて助けられたらしい。

 しかし、雪国からいきなり猛暑の地に転移させられ、格好に違和感が発生しないわけがない。その辺りに話が及んだ際、彼女に全てを話したのだという。

 

「ジューダス……それはあまりに軽率」

「僕はお前みたいに口が立つわけじゃないんだ。下手に嘘をつくよりはいいだろう」

 

 確かにそうかもしれないが、下手をすればナナリーから精神異常者扱いを受けたかもしれないというのに、肝の据わった御仁である。あるいは、そうされることの危険性を感じなかったか。

 ともかく、ナナリーに全てを話した経緯はわかった。

 

「それと……気づいていないだろうから言っておくが、ここはあれから十年後に当たる世界だ」

「──そうですか」

 

 フィオレにしてみれば、ついこの間十八年後の世界に飛ばされたばかりだ。そのまた十年後に飛ばされたところで、あまり差はない。

 とはいえあれから十年後というのは、様々な変化が予想される。

 

「ということは、もうウッドロウ陛下は崩御されているのでしょうか」

「な!?」

「あの国、陛下以外の王族はおられましたか? となると、今のファンダリアは……」

「やめろ!」

 

 フィオレの不吉な想像を断ち切ったのは、怒気すらうかがえるロニの声だった。漂わせる雰囲気たるや、フィオレすらも威圧している。

 

「……ンなこたあ、置いとけ。それよか今は、カイル達だ。この辺は散々捜し回ったから、おそらくこの大陸にはいない。となると……」

「今ジューダスが十年後だ、と言ったのは、ナナリーに話を聞いてでしょう。カイルやリアラが、それを知っていると思いますか?」

 

 何かの弾みでそれを知ることはあるかもしれないが、通常の日常会話においてはあまり期待できないだろう。

 エルレインと意味深な会話をしていたリアラなら……と勘繰れないこともないが。

 それに今二人が、共に行動しているかどうかもわからないのだ。

 

「まず仲間……ロニやジューダスを捜して、手近にいないんだとわかったら、次に思い出されるはウッドロウ王のことでしょう。同じ時代だと思っているなら、ハイデルベルグへ向かおうとするのではないかと」

「そ、そうか。リアラならともかく、カイルは……」

「今、ファンダリアがどうなっているのかわかりますか?」

 

 残念ながら、二人ともそれはわからないらしい。

 当然のようにナナリーに聞いてみようと提案するロニに、フィオレは頷かなかった。

 

「それでもいいのですが、まずは彼女の恩に報いましょう。本当はもう少しお話を聞きたいところですが、旅支度の邪魔はできませんし」

 

 となれば、この村にいながら出来ることを考えるまでだ。ナナリーが戻ってきたその後、おそらくこの村を出立することができるだろうから。

 今何ができるのか。それを話しながら歩く内、三人は緑豊かなオアシスへと辿りついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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