あとは、神様談義。
神様が全ての人間を救わないのは、神様も万能じゃない、でいいですかね?
フォルトゥナ神が現れて以降、人々は提供される平和を享受し、ただ無為に日々暮らしているという。
象徴的な出来事として、二人は出産式なるものに立ち会ったそうだ。
「しゅ、衆人環視の中でお産するんですか?」
「うん、すごかったよ! パーッと光ったら赤ちゃんがいるなんて、手品かと思った!」
赤面した自分が心底アホらしい。帽子によって誰ひとりそんなことはわからなかった中、彼の話は続く。
自分達の子供が生まれたというのに、無感動な両親。
赤ん坊を一度たりとも両親に抱かせることなく、淡々とアルファベットと数字を組み合わせた名称をつけた司祭。
フォルトゥナ神の力を借りた代償か何か知らないが、赤子は三年間神団が面倒を見、それから両親に引き渡されるそうだ。
「出産自体は無痛で、産後の病気の心配もない。初期保育は専門の人がやってくれるから。親に負担がかかることもないわ。人格、身体共に何の問題もない子供が育つの……」
「──家畜扱いかよ、けった
「えっ!?」
猫が逃げたフィオレの呟きは思いのほか大きな声だったらしく、リアラはぎょっとしたようにフィオレを見つめている。
他の面々も同じく唖然としているのを知って、フィオレはしれっと取り繕った。
「失礼、つい本音が。それにしても、神様がいるせいか、大分箱庭らしい世界になっていますね」
「う~ん……それがわからないんだよなあ」
「わからないって……何が?」
一通り話し終えたカイルが、自分の語った内容を反芻するように首を傾げる。
何のことなのかを尋ねるリアラに、彼は額に手をやったまま答えた。
いわく、神は万能の存在にして全てをお見通しであるはずなのに、赤ん坊を両親から引き離し、名前ではなく数字で呼ばせる理由がわからないのだという。
個人的にそんなもの、理解できなくていい気がするものの、リアラは繰り返すように語った。
「そのほうが、みんな幸せになれるから、やっているんじゃ……」
「確かに幸せかもしれないけどさ……オレはイヤだな。そんなことする神様なら、オレ、いらないよ」
「神様が……いらない!?」
さらりと語られたことなのだが、もともとリアラはこの次元の住人であるらしい。
そのために少女は顔色を変えている。驚天動地ともいうべきか、神が存在する以上神とその代理人たるフォルトゥナ神団が人々を治めるのが当たり前。
リアラがこんな認識の持ち主であれば、こういった反応を示すだろう。
対してカイルは、ようやく己の意見がまとまったと言わんばかりだ。リアラの反応にも気付いていない。
「うん! だったら、ホープタウンでナナリーみたいに暮らすほうが、ずっといいな」
「あたしもカイルと同じ考えだよ」
車座になって絨毯の敷かれた床に座る一同が見やれば、そこには大きな鳥の丸焼きを乗せた大皿と、椀を六つ乗せたトレーを運ぶナナリーの姿がある。
手際よくそれを並べ、生野菜を盛ったボウルをでんと置き、最後に焼き立てのパンが詰まったバスケットを大皿の隣に据えたナナリーはつけていたエプロンを外しにかかった。
「さて……まだ話は終わっていないと思うけど、冷めない内に食べちゃってよ」
「じゃ、いっただっきまーす!」
ナナリー宅へ向かう頃から腹ペコだと公言していたカイルが、配られたカトラリーを用いてさっそくメインの切り取りにかかる。
いい音を立てて切り取られた鳥の丸焼きがカイルの口の中へ収まった途端。彼はもごもご咀嚼しつつ感動を口にした。
「う、うまい! これ、ホントにみんなナナリーが作ったの?」
空腹は最高の調味料とはよくいったものである。しかし、それを差し引いてもナナリーの手製料理は美味だった。南国の料理らしく香辛料の効いた味付けが、また食欲を誘う。
生野菜は採れたてを思わせる新鮮さで、各々に配られたスープは鳥がらベースで出汁を取ったのか、いくつもの旨味が凝縮していた。
カイルの大絶賛を聞いたナナリーはといえば、満更でもなさそうな笑みを浮かべている。
「当たり前じゃないか。これでも料理は得意なんだよ」
「ま、人間誰でもひとつくらいは取り柄があるもんさ」
「へえ。ならロニの取り得は?」
などと抜かしてナナリーのこめかみを引きつらせたのは、カイルに負けず劣らず食欲旺盛なロニだ。食べる前は散々けなしていたくせに、料理自体への評価はかなり高いらしく一切の文句がない。
その代わりか何なのか知らないが、こんな憎まれ口を叩いているのだろうか。
ここで怒ったナナリーがロニに
「あ?」
「だから、取り柄。ナナリーはしっかり者で姉御肌で、優しくて料理上手という素晴らしい取り柄をお持ちですが、ロニの取り柄ってなんでしょうか?」
己の取り柄は何かと尋ねられて、即答できる人間は珍しい。
腕を組んで真剣に考え込んでしまったロニにナナリーの溜飲が下がったのを見届けて、フィオレはスープをすすった。
「うん、美味しい。ナナリーはいいお嫁さんに──いや、いいお母さんになれますね」
「あはは、そうかい? 確かに村の子供達をおしめも取れない頃から面倒見てるから、子育ては苦労しないかもね」
──なるほど。見た目はこうなのに、妙に所帯じみている印象はそこに起因しているのか。
口が裂けても本人には言えない感想を心の中で呟く最中、ふと我に返ったらしいロニが会話に割り込んできた。
「んじゃフィオレ、お前の取り柄ってなんだよ」
「お酒に強いことですね」
取り柄というか特技というか造られた体質というか。どれだけ呑んでも呑まれたことはない。
即答されてロニが答えに窮するかと思いきや、彼はにやっと笑ってフィオレの眼前にそれを突き出した。
どこに持っていたのやら、一升瓶に相当する巨大な徳利である。
「……アクアヴェイルのお酒ですか?」
「いんや、毎晩毎晩酒場で飲んだくれてるおっさん達からもらったんだよ。まあ、まず飲んでみろや」
この容器自体は出稼ぎに出ている酒好きからの土産らしいが、まったく使っていないのを拝借してきたらしい。
持参のタンブラーを出せば、中身がなみなみと注がれる。ロニはひたすら、にやにや笑いを隠していた。
「ちょ、ちょっとロニ。これって……」
「ほれほれ、飲んでみろって」
漂う香りで正体に気付いたナナリーの口を塞ぎ、再度飲むようロニは促してくる。お言葉に甘えて杯を空けたフィオレは、小さく息をついた。
「一体何かと思えば、メスカルでしたか。それとも、テキーラですか?」
「おま、し、知ってたのか? いや、つーか、わかるのか……」
「竜舌蘭から作られる蒸留酒でしょう? 一部の竜舌蘭から作られたものはテキーラと呼ばれるそうですが、流石にそこまではわかりません」
客員剣士見習い時代、ヒューゴ氏の晩酌に付き合って得た知識である。ちなみにテキーラと名のつく酒も頂いた。
その際飲んだテキーラは深い琥珀色──二年以上熟成されたものだが、これにはほとんど色はない。作られて間もない、地酒なのだろう。
ほとんど一息で飲み干したにも関わらず、けろりとした様子で水さえ飲もうとしない。
そんなフィオレにロニはげっそりとした表情を浮かべている。
「マジかよ……よく咳きこまずに飲めるな」
「ホ、ホントに大丈夫なのかい? 村一番の酒豪のコグおじさんだって、メスカルの一気飲みなんてできないのに」
チェリクにいたコグなのか、それとも別人か。にしてもコグは今、おじさんなのか。
フィオレに最も縁ある時代から数えて二十八年経過していれば、幼い少年もおじさんにはなるか。
おろおろするナナリーはさておいて、フィオレは何気なさを装いスープを飲み干した。
意地の悪いロニへの意趣返しの、ツケである。酔いこそしないが絶え間なく通ったアルコールは食道に優しくない。
「いや! あんなに強い酒なんだから絶対平気なフリをしてるだけだ! 帽子の下は真っ赤で、すぐべろんべろんに酔っ払うはず」
「寝言はさておき、スープのおかわりとかありますか? これ本当に美味しいです。レシピをご教授いただきたいくらい」
「ホントホント、鳥の丸焼きもそうだけどこのスープ最高だよ! ね、リアラ?」
しかしリアラの返事はない。スープの椀を両手で包むように持ち、物憂げな瞳をただその水面に映している。
それまで料理に夢中になり、ロニの持つメスカルに興味を示していたカイルだが、意中の少女の様子がおかしいことには気づいたらしい。
「……リアラ?」
「え? な、なに?」
二度の呼びかけ、それも不審さを色濃く宿したそれにリアラはやっと反応を示した。
どうもやりとりを一切聞いていなかったらしく、そう返すのが精一杯の様子である。
実際、食事にもほとんど手をつけていない。
「あんまり、食べてないね。口に合わなかったかい?」
「あ、そんなことないわ……うん、おいしいよ!」
その言葉に偽りのようなものは感じられなくても、とってつけた感がひしひしと感じられる。事実、ナナリーも違和感を拭えていないようだ。
「なら、いいんだけど……」
「お疲れ、ですか? 慣れない砂漠横断をしてきたなら、疲労で食欲がなくても不思議ではありませんが」
「ううん、そうじゃないの。本当に大丈夫だから……」
──肉体的な疲労でないなら、精神的なものか。
思い当たる節といえば先程……存在する神を否定されて、彼女はひどくショックを受けていた。それがまったくの無関係とは思えない。
彼女の様子に不思議なものが感じられるようになったのは、あの辺り。
この事から推測できるのは。
「リアラ、フォルトゥナ信者なのですか?」
「!?」
──彼女がスープの椀を持っていなくてよかった。もし持ち続けていたら、きっと零してワンピースを汚していただろう。
つぶらな瞳を見開き、体を大きく震わせてしまうほどに。リアラは動揺をあらわとしていた。
「え、なっ、どうして?」
「さっき、カイルにフォルトゥナ神を思い切り否定されて沈んでいたでしょう。信じているものを頭ごなしに否定されたら、誰だって悲しくなります」
リアラから是か否かを問いただす気は毛頭ない。何故ならこの反応だけで、答えを聞いたようなものだから。
顔をわずかに俯かせたリアラが、手持無沙汰に胸元のレンズに触れる。それから、彼女はぐっと顔を上げた。
「ねぇフィオレ。フォルトゥナ神団は、間違っているのかしら?」
「……さあ。神団が何を目指しているのか、わからないことには何とも……」
「フォルトゥナは全人類の幸福を願い、神団はフォルトゥナの意に沿って皆が幸せでいられるように行動しているの。出産式が行われ、保育に神団が介入することで赤ちゃんやお母さんが病気で死ぬことはなくなったし、神団の管理があるから飢えて苦しむ人も、騙されて悲しむ人もいない。アイグレッテでは皆が平等に、毎日を平穏に暮らしているわ。幸せに暮らすことは、いけないことなの?」
──信者か何か、どころではない。
リアラが滔々と語るこれは、ほとんどそのフォルトゥナが掲げるであろう大義だ。
ともあれ、火を付けた責任はある。フィオレは熟考の末、真剣に返答することにした。
「ええと、幸福……人々の幸せ、ですか。神様らしくてステキな目標ですね」
「……そう、でしょう?」
「人は自由を求めながら不自由に甘んじ、そして無意識にそれを求める生き物です。カイルは否定していましたが、神団がそうすることで幸せを感じている人がいるなら、神団の行いは正しいと言えるでしょう」
その言葉に、リアラは明らかにホッとしたような表情を浮かべている。
その隣のカイルはどことなく不満そうだが、果たしてこの先どうなる事やら。
「現存する人類全てを幸福にすることは基本的には不可能です。そして、赤ん坊の教育に関与したり、数字の認識番号をつけているのは幸せ云々と明らかに関係ありません。従って、私は間違っていると思いますね」
無論のこと。リアラはそれに大反発した。
「どうして!?」
「現時点で存在する人間の幸せを願うなら、信者であろうがなかろうが無条件でその願いを叶えるべきです。信者でない者に何もしない以上……言うまでもないことでしょう。それともフォルトゥナは、信者以外を人間だと思っていないのでしょうか?」
これはフォルトゥナ神のみならず、宗教というものに関してフィオレ個人が抱く疑問だ。
信じる者は救われるとよくいったものだが、その神に本当に力があるなら善人も悪人も信者もそうでない者にも、恩恵を与えればいい。
そうすれば信者なんか勝手に増えていくだろうに、神様は総じて心が狭いのかとすら思う。
もし本当に神というものがいて、人の幸せを願い、信仰を必要としているのならば、だが。
「名前とは名ばかりの管理番号つけて教育に介入して、神団が信者を管理しやすくするためでしかないように思えます。人格や身体に問題のない子供にすることも、同様です。名前なら同姓同名だったり、似たような名前で間違ったりするかもしれませんが、番号ならそのリスクを失くします。人格や身体に何の問題もなければ、その子供が神団に厄介事を持ち込むなんてこともなくなる。けれど施された教育は生きているから、いつまでも従順、もとい敬虔な信者のまま……その子がまた子を設ければ神団の都合のいい信者をどんどん量産できる。今の話だけを参考にした場合、私はこのように考えたので」
そう締めくくれば、リアラはぐうの音もでない様子で言葉を失くしている。
人は本質を突かれて怒りだす生き物だ。リアラもまたその例に洩れず、ほとんど泣きだしそうになりながらどうにか反論をひねりだした。
「な、なら、フィオレだったらどうするの!? もし人類全てを幸福に導かなければならないとしても、「そんなのムリ」って結論を出して、あきらめるだけなの!?」
これは──火に油を注いでしまったのだろうか。あるいは彼女が何者なのか、核心に近づいているのか。
それにしてもこの話。どこかで聞いたような……
どんどん馬脚を出しているような気がしないでもないリアラを見つめて、フィオレは腕を組んだ。
「そりゃ私にはそんな大層な使命はないし、全人類を幸福にするなんて大それたこと、できませんからね。それをする義務もない」
「……!」
「ただ、その質問が「私が神様ならどうするのか」という意味なら──この世に現存する人類全てを抹殺して新しい人類を作ります。誕生したその瞬間から崇めてくれる人類なら、誰も神に逆らわない。太陽が昇ること、空気があることと同じくらい、神に祈ることを当たり前としてくれるでしょう」
この乱暴な物言いには驚いたようで、リアラはおろか黙って話を聞いていた一同すら眼を見張っている。
「い、今いる人類を皆殺し……!?」
「そんなに驚かないでください、あくまで仮定の話です。我ながら陳腐だと思いますけど」
そう言ってしめくくったつもりだったのだが、リアラはまだ納得していなかった。
「ど、どうして人類全てなの!? だったら信者だけを残した方が」
「信者とて人、信仰の深さにはバラつきがあるものです。それに、自分達以外の人間を抹殺した神なんか、普通の感覚なら信じられなくなるものですよ」
それでも信じてしまう者は大概狂信者と呼ばれるのだが……もうこの辺りにしておくべきだろう。
ちらりとあらぬ方向を見やれば、すでに食事を終えたジューダスが茶をすすっている。
「だけど……!「さて、リアラが元気になったところで、そろそろ本題に入りましょうか」
「やっとか。待ちくたびれた」
「本題?」
そう言ってジューダスに促せば、カイルが不思議そうに首を傾げた。
その呑気な様子にイラッとしたようだが、表には出さないことにしたらしい。
「決まっている。過去……つまり、僕達がいた時代に戻る方法だ。リアラ、何か方策はあるのか?」
「あ……うん。そのことなんだけど……」
遅れていた食事を摂りつつ、トーンダウンした少女が語ったのは、十年前に移動した際ラグナ遺跡という場所に眠っていたレンズを破壊……消費して現れたことだった。
時空の移動はそれだけ晶力の消費が激しく、現時点で行えることではない、とのこと。
「つまりだ。過去に帰れることは帰れるが、レンズの力が足りないってわけだな?」
フィオレが淹れた茶をすすりつつ尋ねるロニに、リアラはこっくりと頷いてみせた。
「私ひとりならともかく、みんなと一緒に過去へ行くには……ねえフィオレ」
唐突に、何の脈絡もなく声をかけられたフィオレは、次の瞬間どきりと胸をつかれた。
「その……変わったレンズを持ってない? 普通の怪物が落とすようなのじゃなくて、すごく強大な力を秘めたレンズ」
以前フォルネウス退治の際、フィオレは明らかに特殊なレンズを使っていた。
隠していても何にもならない。むしろ使えるものはどんどん使った方がいいだろうと、荷物からそれらを取り出す。
新緑色の
「これのことでしょうか?」
ずらずらと並べたレンズは、ソーディアンの人格が宿されたものと同じく一種の属性のみ宿った代物だ。
それを聞きつけたカイルがソーディアン複製の可能性を尋ねるも、ロニに一蹴されている。
「もしかして、このレンズを使えばソーディアンが作れたり……」
「バカ、ありゃハロルド博士の最高傑作だ。今の技術で作れるわきゃねーだろ」
ソーディアンを作成するならまず、レンズに……無機物に人格投射という荒唐無稽な難題をこなさなければならない。確認するまでもなく不可能だ。
そんな彼らとは裏腹に、リアラは真剣な目でレンズを見つめている。
しかし、ふっと視線を落としたかと思うと小さくため息をついた。
「ダメだわ。もしかしたらと思ったけど、難しいみたい」
ホッとしたような残念なような。とにかく並べたレンズを回収していると、片づけを終えたらしいナナリーが戻ってきた。
どんな話になっているのか説明を求められ、詳細を話す。とはいえど、フィオレが語ったのは「過去に戻るためには強大な力を秘めたレンズが必要だ」というとだけだが。
とにかくそれを聞いて、彼女は合点がいったように頷いた。
「だったら、あたしに心当たりがあるよ。この先にあるカルビオラって聖地に、巨大なレンズがあるって話を聞いたことがあるんだ」
「カルビオラっていやあ、たしかアタモニ神団があったはずだな」
確かにその通りだが、ストレイライズ神殿という総本山がフォルトゥナ神団に乗っ取られているのだ。
そもそも地元の人々から異教の神として毛嫌いされていたのに、未だに信仰されているとは思えない。
「あんたの知っているカルビオラとは多分違うよ。昔はそれなりに栄えていたらしいけど、今は神様を守る神官たちがいるだけさ」
「……あのう、それって街として機能していますか? それと神様って……」
「街じゃないよ。一般人もいないし、聖地って言ったろ。砂漠のど真ん中に神殿があるのさ。いるのはもちろんフォルトゥナだよ。アタモニなんて、最近は全然聞かないね」
フィリアが耳にしたらさぞや嘆くであろう一言を、彼女はしれっと口にしている。
認識されているだけでまだマシなのだろうが、ナナリーの話は続いた。
「それにね、隻眼の歌姫って知ってるかい? 二十八年前、四英雄達のリーダー的存在で、今は泡沫の英雄って呼ばれている人なんだけど」
リーダー、だったのか。そう伝わっているということは、そう伝えた奴がいるはずだが。戦犯はどこのどいつだ。
「おお、知ってるぜ。なんせ俺は、彼女と会って話もしたことがあるんだからな!」
途端に黙りこむフィオレに替わり、ロニが嬉々として会話に加わる。一瞬ナナリーが沈黙したかと思うと、すぐに気を取り直した。
「ああ、そっか。あんたにとっては十八年前の話なんだよね。このホープタウンは元々ジャンクランドの住人達が作った。隻眼の歌姫がジャンクランドに訪れて何をしたのか、知っているかい?」
「へっ、簡単過ぎて欠伸が出らぁな。臨月間近の妊婦がいるってんで、出産を手伝っ……っておい、まさか」
言いかけて、何かを気付いたロニを絶句している。その期待を裏切らず、ナナリーは大きく頷いた。
「そう、この村には隻眼の歌姫の手で取り上げられた人がいるんだよ! だけど、アタモニ神は彼女を助けてくれなかった。それどころか自分のところに召してしまったって話じゃないか」
そんな身勝手な神を誰が崇め奉るのかと、その点においてはフォルトゥナより最悪だと、彼女は締めくくっている。
もしも本当に、そんな認識なのだとしたら。アタモニがあっさり忘れ去られることも至極真っ当なことだ。
最も、アタモニと呼ばれるあの御神体はそんなこと、まったく気にしないだろうが……
「そうだったのか……こいつは抜かったぜ。おいナナリー、その人ってどこの誰なんだ!?」
「残念、出稼ぎに出ていて今は会えないよ。それに生まれたての赤ん坊にどんな人だったのか、聞いたって覚えているわけないじゃないか」
隻眼の歌姫ゆかりの話を聞いてロニが意気込むものの、ナナリーによって暴走は食い止められている。
意気消沈したロニだったが、彼はすぐに気を取り直した。
「にしても、なんか不思議な話だな。この世界に本物の神様がいるなんてよ」
「あんた達が来たのは、確か十年前なんだよね? ちょうどそのくらいの時に神様が降臨したって話なんだけどねえ」
「オレ達がいた頃は、そんな話噂にも出なかったけどなあ……」
カイルもロニも首を傾げているが、その事実から推測できるのはひとつしかない。
この一同が十年後に飛ばされた直後、フォルトゥナ神とやらの降臨が果たされたということだ。
それに前後して起こった、衝動的な出来事といえば。
「……ハイデルベルグ城を襲撃して、得られるものって何でしょうか」
唐突な呟きにナナリーは首を傾げているものの、事情を知るメンバーには通じている。
それでもその一言に、戸惑いはなくもなかったが。
「いきなりどしたよ。酔ったのか?」
「十年くらい前に降臨したにもかかわらず、私達はその存在を知らない。神の力によって奇跡がどうたらなんて、十中八九エルレインが関係していると思います。キーワードはハイデルベルグ襲撃ですが、そもそもウッドロウ王の命を狙って彼女に何の得があったのでしょうか」
バルバトスが英雄の命を狙っていたことに関係しているのかいないのか、その辺りもややこしい。
ロニからもらった地酒のメスカルを片手にフィオレが唸っていると、ふと思い出したようにカイルが口を開いた。
「そういえばさ、アタモニ神団もエルレインも、レンズを集めてたよね。ウッドロウさんのところに沢山のレンズがあったけど、あれが関係してるのかな」
それを耳にして。フィオレは思わず声を張り上げた。
「大量のレンズが、ハイデルベルグ城に!? なんで」
「ファンダリアで見つかったレンズは、ウッドロウさんが管理しているの。玉座の後ろの部屋に、沢山のレンズが積み上げられているのを見たわ」
どこが賢王だとんだ莫迦じゃねえか。
一箇所に集めるのもそうだが、よりによって玉座の後ろを保管場所にするなどと。
せめて禁足地作って封印でもしとけよ、何考えてんだあの顔黒元王子。
「……襲撃を受けたのはそれが原因で、奪った大量のレンズを元に大奇跡……神を降臨してみせたとか、ありませんよね」
ウッドロウに関してなら、思うことなどいくらでもある。それを抑えて呟くも、否定意見が聞けることはなかった。
返ってきたのは聞きたくもない肯定である。
「可能性は十分にある」
「可能性どころか、まんまな気がするけどな」
そんな中、黙して話を聞いていたナナリーが口元に手を当てて小さく呟くのが聞こえた。
「エルレイン、ねえ……」
「ナナリー、知っていることがあるなら是非教えてください。その名を耳にしたことがおありで?」
「あ、いやね。二人の聖女の片方が、そんな名前だったなーって」
二人の聖女。それを聞き、フィオレはエルレインが奇跡を起こす聖女と呼ばれていることを思い出した。
それを説明し、その上で二人の聖女とは何なのかを尋ねれば、何故か彼女はしどろもどろと言葉を選んでいる。
「せ、聖女というか、フォルトゥナ神の御使いというか……ともかく、この二人は神の代理者だって、フォルトゥナ神から直々の達しがあったって話だよ」
「代理者ということは巫女……フォルトゥナ神の意志を伝えたりする役目の女性でしょうか」
そんなのがいるなら神の存在などいくらでもでっちあげられそうな気がする。
しかしナナリーまでもがその存在を認めているのだがら、何かあるのかもしれない。
暑さには強いはずのナナリーが、気温が低い現在に滝汗をかいている。それが唯一、気になることだったが。
「なっ、なんだい?」
「──ナナリーは私達の恩人です。私達をだましたところで得はないはずですし、疑うようなことはしないよう努力しようかと」
「!」
言い返そうとして、しかし何の言葉も出てこないナナリーをさておき、フィオレはリアラを見やった。心なしかその顔は蒼ざめ、細い肩は細かく揺れている。
──二人の聖女と聞いた時点で、もちろんフィオレはエルレインの対極に位置する少女を思い浮かべていた。
もう一人の聖女の名はリアラと言わないのかと、言いそうになる己を抑える。
人々を救うことに執心、同じレンズペンダントを所持、同じ類の奇跡。これらを偶然で片づけるには無理があり過ぎる。
彼女自身隠していたことのようだし、これ以上触れてほしくもなさそうだから、口には出さないが。
「どうかしたの、リアラ?」
「う、ううん、何でもないの。過去に戻るためにも、カルビオラに向かった方がいいかなって」
「わかった。じゃあ、カルビオラへ行ってみよう!」
キーパーソンであるリアラのお墨付きをもらい、カルビオラへ向かうことが決定する。
しかし、一応確認しておくべき事項があった。
「ところでナナリー。カルビオラへは通常の方法で向かえますか? 聖地ともなると、神団の人間にしか行き来できないよう通常ルートは封鎖されているとか」
「大正解。だから、普通じゃない道を使うしかないよ」
自分で言っておいてなんだが、正解してほしくなかった。二十八年前に使ったルートが使えないとなると、どこをどう行ったものか。
まずはカルバレイス地方の詳細な地図を手に入れるべきかと議論を交わしかけて、ナナリーの一言により中断した。
「なんだったら、あたしが案内するけど」
心当たりがあるのかと尋ねれば、地元民だけあって大まかな検討はつくらしい。
実際に現地へ訪れたことこそないが、幼い頃聖地を垣間見ることができる位置まで行ったことがあるのだとか。
「よろしいのですか? 長旅でお疲れでしょうに」
「それはカイルやリアラだって同じだよ。乗りかかった何とやらって奴さ」
ナナリーの申し出をありがたく受け入れ、ルートの説明は明日へと持ちこされる。
話し合いが長引いたせいか夜はすっかり更けており、これ以上は明日に響くということで解散と相成った。
「リアラは家に泊まりなよ。カイルはロニ達のところでいいだろ?」
「うん。それじゃ、おやすみ!」
月明かりが男性陣をぼんやりと照らす。いい月だねえ、と満月を見上げたナナリーは、何故か兎を彷彿とさせた。