swordian saga second   作:佐谷莢

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 ホープタウン出立。ジャンクランドを経由して、トラッシュマウンテンへ。
 ジューダスがなんか積極的に見える不思議。念話の練習成果披露するつもりだっただけなのに。
 でも結局うまくいきませんでしたとさ。


第三十戦——いざ出立、目指すは過去~まずはカルビオラへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、夕暮れのこと。旅支度を整えた一同は、ホープタウンを発った。

 本当は早朝に出る予定だったのだが、例によってカイルがどうしても起きなかったためである。

 リリスが行ったように「死者の目覚め」をロニが行使しようとするも、手鍋とお玉を打ち鳴らすなど近所迷惑だと。疲れているんだろう、眠らせておいてやれなど。長屋を管理する女性達からやいのやいの言われたため、急遽間に合わせだった旅支度を万全にすることになったのである。

 鼻ちょうちんを提げたカイルが、暑さのあまり起きだしてきたのは正午のこと。

 日中で一番日差しのきつい時間帯目前に出発などできない。必然的に出立は、夕暮れ時となった。

 

「でさ、ナナリー。カルビオラへはどうやって行けばいいの?」

「昨夜も言ったけど、ちゃんとした道は使えないからね。あの山──トラッシュマウンテンの向こうに、聖地カルビオラがあるんだけど」

 

 彼女が指すのは、まるで砂漠を二分するかのようにそそりたつ岩山だ。登攀で超えるのは骨だろう。

 ナナリーも、そんな気は一切ないようだ。

 

「あそこのふもとにはもともと、ジャンクランドっていう村があったんだ。今は廃村になっちまってるけど、あそこで暮らしていた人達はトラッシュマウンテンから掘り出した、天地戦争時代の遺物をカルビオラの商人に売って生活していたらしいんだよ。その時に使っていた通路が、カルビオラに通じてるはずさ」

「……トラッシュマウンテンって、天上人達のゴミ捨て場なんだろ。そんなところ通るのか……」

 

 気が進まないとロニはぼやくが、他に道がないならどうしようもない。レンズ式ランタンで先を見据えつつ、一行は先を急いだ。

 気温が落ち切り、吐く息も白くなりがちな道程。一同がまず目にしたのは、朽ちかけた家屋の乱立する廃村だった。

 

「ここが元ジャンクランドだよ。一旦ここで休憩しようか。無理に進んでも、いいことないし」

 

 夜露を凌げそうな家屋を物色、安全のため固まって休息を取る。

 持ち前の防寒具で身を包み、玄関付近で見張りをしていたフィオレは、耳にした物音で振り返った。

 

「──まだ交代の時間ではありませんよ」

「知っている」

 

 持ち前のマントに包まり、壁に背を預けて休んでいたジューダスが首やら肩やら鳴らしている。

 一同が寝静まっている中で、彼は立ち上がったかと思うとフィオレの隣に腰を降ろした。

 

「いつ倒壊するかもわからなくて不安なのは察しますが」

「違う、黙れ。連中が目を覚ます」

 

 にべもなくそれを言われて、口を噤む。何の内緒話かと思えば、彼はだんまりを貫くままで何を囁くでもない。

 他の面々に気遣ったのは、評価するべきなのだろうが。

 そのまま、ゆっくりと時間が流れていく。本当に彼は隣に座っているだけで、何も語ろうとしないし、何をしようともしない。

 そろそろ何のつもりか尋ねるべきか、あるいはこっそり仮眠を取ってやろうか。そんなことを考え出した矢先。

 

「……おい、何で黙っている」

 

 唐突に口にした彼の一言は、フィオレの不意を突くのに成功した。

 おそらく、そんな意図はなかったのだろうが。

 

「人に黙れと言っておきながら、あなたは何をおっしゃるのですか」

「──聞いていなかったのか?」

『……もしかして、念話を使っていたんですか?』

 

 念話でそれを尋ねれば、彼はこっくりと頷いている。

 妙に可愛く見えるのは仮面のせいか、あるいはフィオレの頭のネジが飛んでいるせいなのか。

 

『大変申し訳ありませんが、何も聞こえませんでした。もう一度……いえ、何か一言呟いてください』

『……本当か』

 

 ザリザリザリ、とまるで砂利を噛むような雑音と共に、ジューダスの困惑に満ちた言葉が聞こえる。

 あれからあんまり進歩していないことを知って、フィオレはジューダスの手を取った。

 

「なっ!」

「お静かに。皆起きてしまいますよ」

 

 反射的に振りほどこうとするその手が硬直し、易々と彼の指に収まる銀環に触れる。

 フィオレとて、拙いチャネリングで他者に不快感を与えた経験があるのだから、調整は必要不可欠だ。ただ、それを告げたところで彼に通じるかと言えば正直難しい。

 そこで、補助となっているこの銀環で多少マシにならないかと試してみたのだが。

 

『ジューダス』

『……なんだ……』

 

 雑音は消えたが、若干音がこもっているような調子で聞き取りづらい。他人の感覚につき四苦八苦しながらも、会話を続けた。

 

『前にも似たようなことがありましたね』

『……?』

『白雲の尾根であなたが見張りをしていて、私が起き上がってきて……』

『!? バルバトスが、近くにいるのか?』

『いえ、そういうわけではなくて』

 

 今初めて、ジューダスの流暢な念話を聞いた。多分これでいいだろうと、彼の手を解放する。ところが。

 

『……』

『大丈夫、バルバトスが付近にいるわけではありません』

『……驚……』

 

 どうしたことなのか。あんなにはっきり聞こえた彼の言葉が、また聞き取りづらく、途切れ途切れのものに戻ってしまっている。

 やはり本人が調整しないといけないのか、あるいは彼に触れていたことに何か関わりがあるのか。

 再度細かな調整を行おうとして、フィオレはふとジューダスの様子に気づいた。

 常に仮面を身に着けているその顔が、小さくしかめられていることに。

 

「頭痛ですか」

「平気だ。……よくある、ことだから」

 

 それは念話を行う上でのことなのかを尋ねれば、彼は首だけで肯定を示した。

 慣れていない人間が、念話を行うことで異常をきたすのは当然のことだ。本来人間の器官ではありえない事象を起こしているのだから。

 

「苦痛を感じるくらいなら、それは外した方がいいです。預かりますよ?」

「余計なお世話だ。僕にかまうな」

 

 伸ばした手はぺし、と払われた。

 こんな憎まれ口が出てくるくらいなら、無理のない範囲で自分なりに研鑽を積むだろうと思っていいだろう。

 了承を示して、フィオレはそれまで考えていた「これから先のこと」に気をやっていた。

 これからどうするのか、という先の話ではない。カルビオラに着いた時のこと、目と鼻の先の話である。

 ナナリーはカルビオラのことを聖地と呼び、神様を守る神官達がいる、と言っていたくらいだ。降臨した神とやらがおわすのだろう。

 聞いた話を統合した限りでは、フォルトゥナという神様は、守護者達を一方的に嫌うという敵対勢力である危険性が非常に高い。

 あちらからしてみれば、フィオレは守護者達の手先だ。利害関係が一致しているだけ、などと言ったところでどうにもなりはしないだろう。

 カルビオラに一歩足を踏み入れた途端、激しい拒絶反応を起こされ、抗う間もなく消されなければいいのだが。あるいは交渉可能となったその時のことを考えて、対策を練っておいたほうがいいのか。

 神様とやらが具体的にどんな力を持っているのか、今の内にナナリーやリアラから聞き出しておいたほうがいいのでは。

 ともかく、どんなことになっても迅速な対応が出来るよう、起こり得る事態を想定し対策を練っても損はないだろう。

 そんなことをつらつらと考えながら、紫水の手入れをしていると。

 

「……そんなことをしなくても」

「ん?」

 

 不意にジューダスの肉声が聞こえて隣を見やる。そういえばさっき、ジューダスが起きだして隣に座ったことを、今更思い出した。

 彼はただ、じぃっと立てつけの悪い扉を睨みつけている。

 

「誰もお前なんか襲わない」

「……どのような思考を経てその言葉に至ったのか。頭開いて調べたいものです」

 

 手入れとは名ばかり、眺めているだけで手を動かさなかったのが原因なのか。それにしてもあのウブなネンネが進歩したものだ。

 大人になったとは微塵にも思わない。意味のない下ネタはアホなエロガキが連呼するものと相場が決まっている。

 改めて、刃零れがないかを確認し丁寧に磨く。道中何度も魔物と交戦を重ね、血飛沫やら体液やらにまみれた紫水は、月明かりに照らされて己が発光しているかのように見えた。

 

 結局それ以降、ジューダスとは何のやりとりもなく時間通りに見張りを交代して、フィオレは睡眠を取った。ホープタウンで見繕った保存食を齧り、旧ジャンクランドを後にする。

 ゴミ山といえど山、現在地であるふもとは岩山の日陰となっており快適だ。

 しかしそれを上回る劣悪な環境が、気温に関する快適さを打ち消すどころか塗り替えている。

 

「うわっ、ゴミの山だ!」

 

 外観は、カイルの発した通り。山のふもとはガラクタとも鉄くずとも見れる何らかの残骸が、足の踏み場もないほどに散乱している。

 

「天地戦争時代に、天上軍が廃棄物の投棄場所にしていたところだからね。本当なら通りたくはないんだけど、カルビオラへ抜ける道はここしかないんだよ」

「おいおい、こんなゴミ山を通るのかよ……」

 

 再びロニがボヤくも、言っているだけなら始まらない。足元に十分気を配りつつ進み始めた一同だったが、すぐに異変が勃発した。

 不意に彼が手をかけた場所ががらりと崩れたかと思うと、ロニは何やらぶつくさ呟き始めたのである。

 

「ああ……何かイ~イ臭いがするなぁ……頭がフラフラして、すげぇいい気分……」

「このバカ! 毒ガスを吸ったね!?」

 

 足元が危うくなり、あらぬ方向へ行きかけるロニの異常を察知したナナリーがその背中目がけてパナシーアボトルの中身をぶちまげる。

 彼が正気に戻ったのはパナシーアボトルの効果か、びしょ濡れになったからなのかは、判別つけがたい。

 

「ここはただのゴミ山じゃないんだから、気をつけな!」

「ナナリー、今毒ガスって……」

 

 そんな話は初耳である。フィオレは迷わず、手巾でリアラの鼻と口を覆った。

 空になったパナシーアボトルを仕舞うナナリーは、至って呑気なものである。

 

「ああ、そういえば言ってなかったね。トラッシュマウンテンに堆積して腐ったゴミから変な毒ガスが出るようになって、火山が近くにあるから硫黄の匂いが混ざって漂ってるんだよ。だからホープタウンの人達はジャンクランドから離れたのさ。通り抜けるだけなら大丈夫だけど、定期的に吸うと命に関わるからね」

 

 つまり、この近辺はゴミだらけで異臭が漂うだけでなく、有毒ガスすら発生しているというのか。聞きしに勝る悪条件である。

 更にナナリーの話によれば、ロニは偶然ガスの噴出口に近寄ってしまっただけで、漂っているものなら何ともない、とのこと。

 しかし、そう言われて安心できるものではない。現にリアラなど、毒ガスと聞きつけて白い顔を更に白くしている。

 とっさに足元から第二音素(セカンドフォニム)──地の元素を拝借しようとして、ここがトラッシュマウンテン──天上人達が捨てたゴミによって出来上がった山であることを思い出す。

 付近一帯が純粋な土でない危険性は非常に高かった。

 そのため。

 

「ジューダス、ちょっと」

「なんだ」

 

 彼の背に触れ、シャルティエから第二音素(セカンドフォニム)を得る。

 十分な音素(フォニム)が左手のレンズに溜まったことを確認し、ジューダスを除く一行が先に行ったことを確認して。

 

「母なる抱擁に覚えるは安寧──」

 ♪ Qlor Luo Ze Toe Luo Rey Nu Luo Ze──

 

 大地の底に吹き溜まる瘴気すらも分解した譜歌が、漂う有毒ガスを大気へ戻していく。

 間欠泉のように吹き出すというガスがこれで完璧に消えたわけではない。しかし、多少はマシとなるだろう。

 

「今のは……」

「さ、行きましょう」

 

 普段は結界として働くそれが、周囲の異臭を薄めたことに気付いたのだろう。何かを尋ねかけるジューダスを引きつれて、フィオレもまた一同の背を追った。

 

「よかった。奥の方はもっとひどくなってるわけじゃないのね」

「どっちにしても、さっさと切り抜けましょう。さっさと」

 

 ちらりと見やれば、違う箇所からも視認できるほど毒々しい紫色の靄が発生している。すぐに大気に融けてしまっており、すぐここも毒ガスに汚染された空気へ逆戻りだろう。

 過去瘴気蝕害(インテルナルオーガン)なる病で命を落としかけたフィオレが、見ていて気持ちのいい光景ではない。

 道らしい道など発見することもなく、ナナリーの案内で通路へと至る。

 

「子供の頃、肝試しみたいな感覚でここまで来たことはあるんだ。だけどこの先は、入ったら帰ってこれないって噂でね……」

「な、なんだよいきなり! 通る奴を襲うオバケでもいるってのか……」

「この先はあたしにもわかんないってこと。興味本位で入り込んで、鼻水垂らして帰ってきた奴がいるくらいだから迷路みたいになってることはないと思うけど……」

 

 ならばナナリーの道案内はこれ以上意味を成さない。一応戻ってくれてもいいとの打診をし、最後まで送るとの返事が寄越される。

 それに頷いて、フィオレは前へ出た。

 

「ちょっと偵察してきます。魔物の巣になっていたら、洒落になりません」

「魔物……怪物の巣!?」

「こんなに暗くてジメジメしているんです。あり得ない話じゃない」

 

 退路確保のため、一同は入り口にいてほしいと告げ。フィオレは一人、崩れかけた階段を降りた。

 レンズ式のランタンを掲げ、石造りの通路に触れて第二音素(セカンドフォニム)をかき集める。

 思った通り、坑道内にはあの異臭が立ち込めていた。

 今のフィオレには異臭以外、何も気にする必要がない。それでも過去の苦しみを想起するこの気体を体内に入れたくなくて、再度譜歌を奏でた。

 本来フィオレの得意とする低音の調べは、声量と声域の関係もあってただ坑道に響くと思われたが。

 

「聞こえる……」

「え、何が?」

 

 疲れたから、という理由をわざわざ述べて、階段に腰掛けたリアラがぽつりと一言呟いた。その隣を陣取り、何やかやと話しかけていた少年は首を傾げるしかない。

 それまでほとんどカイルの話を聞いていなかった少女は、唐突に彼を見た。

 

「フィオレの歌よ。よく歌う前に、喉慣らしって言って歌ってる、あの歌」

「あの、何言ってるのかよくわかんない歌? なんで中で……」

「言い出したはいいけど、心細くなって歌ってるんじゃねえの?」

 

 ロニがそんな茶々を入れるものの、リアラは一切取りあっていない。むしろ思わしげな表情を浮かべて、彼女は二人を見やった。

 

「この歌、さっきも聞いたような気がするの。二人は聴かなかった?」

「いや、オレは別に……」

「ジューダスと一緒に、なかなか来ねえなあとは思ってたけどな」

 

 それを聞くなり、リアラはナナリーと言葉を交わしていたジューダスへと歩み寄った。

 彼はナナリーの言葉に対し、実に素っ気なく応じている。

 

「……でもそれじゃ、人生が楽しくないだろ?」

「人生を楽しむ資格など、僕にはない……」

「何言ってんのさ。あんなに綺麗な彼女がいるクセに、贅沢抜かすんじゃないよ」

 

 ナナリーがそれを口にした瞬間。彼は口にしていた水筒の中身を盛大にまき散らした。

 もともと鋭い眼光が矢のようにナナリーを射抜くも、彼女は平然としている。

 

「あいつの顔をどこで……いや。お前は一体、誰のことを言っているんだ」

「フィオレのことに決まってるだろ? 素顔のことなら、あの子を見つけたその時さ。あたしの家で痴話喧嘩してたし、夕べも見張りを手伝ってたじゃないか。まあ、ロニみたいな奴がいるから理由はわかるけどね」

 

 その言葉で、ジューダスは今更ながら彼女がフィオレを匿っていたことを思い出した。しかし、それは現状に何の意味も成さない。

 不名誉な誤解を解くべく、ジューダスは力説した。

 

「ナナリー。今から言うことは照れ隠しでもなんでもない事実だ。僕はあの女と間違ってもそんな関係なんかじゃ──」

「ねえジューダス。ちょっといい?」

 

 水筒を握り潰さんばかりのジューダスが、少女の呼びかけにくるりと振り返る。

 話こそ聞いていたようだが、茶々を入れてくる様子はない。

 

「……なんだ」

「さっきフィオレ、歌ってなかった? ジューダスと一緒にいたって聞いたの」

「何故そんなことを聞く」

 

 正直に答えたものかと一瞬迷い、まずははぐらかす。リアラの告げる内容を聞いたジューダスは、ふと真面目な顔になって水筒を腰に提げた。

 

「ああ、歌っていたな。喉慣らしと称して口ずさんでいた、アレを」

「やっぱり……あの歌、何か不思議な力があるのかもしれないわ」

 

 確信に満ちたその言葉に、ジューダスは何故だか己の動悸が早まるのを感じていた。

 フィオレの正体が暴かれたところで、己の正体発覚に通じる要素は少ない。

 海底洞窟にて共に命を散らした二人、ただそれだけだ。片や伝説扱いまでされている英雄、片や裏切り者なのだから知名度には天と地ほどの差がある。

 唯一の心配要素は、フィオレが己の正体を知っている。それだけだ。

 もしかすれば、自分の正体が暴かれたことでヤケになったフィオレが腹いせにバラす。

 全く想像がつかない上に、そもそもあのしたたかなフィオレが、早々自分の正体を見破られるわけが……

 

「あの歌って?」

「ナナリーは聞いたことなかったか? あいつ、時々フィオレシアさんのことを意識したよーな歌を歌うんだけどよ……」

「泡沫の英雄が行使した、余韻の奇跡のことかい? 歌っているだけにしか見えないし、聞こえないのに怪我を癒したり、人を眠らせたりするっていう」

 

 そのまま一同の話題がフィオレ自身のことへ及ぶ前に。

 不意に坑道内が騒がしくなったかと思うと、金切り声が聞こえた。

 

「総員退避!」

 

 だんだんっ、と階段を踏み抜く勢いで駆け上がるフィオレが、そのまま坑道入り口付近にたむろっていた一同を散らして入り口に向き直る。

 直後、薄暗い坑道からぬぅっ、と姿を現したのは、上半身と両腕のみを備えた魔物だった。

 如何なる構造なのか、野太い両腕は上半身から分離しており、その背後には巨大なひとつ目の蝙蝠の羽をはやした魔物を二体、引きつれている。

 その姿を一目見て、ナナリーは警戒を叫んだ。

 

「ヘルタスケルターとギャザーじゃないか!」

「知ってんのか?」

「馬鹿力の持ち主と、瞬間移動が出来る怪物だよ! 厄介な組み合わせさ……」

「──連れてきた責任は取ります。ご安心を」

 

 弓を取り出すナナリーに一声かけ、フィオレは抜き身の紫水を担ぎあげるようにしてかまえた。

 この技に関して、特にこれといった縛りはない。従って、はち合わせたその瞬間に使ってもよかったのだが。

 

「轟破炎武槍!」

 

 収束した真紅の剣気がフィオレの動作に応じて射出され、今まさに地上へ出ようとしていたヘルタスケルターを再び坑道内へ押し込んだ。

 石造りとはいえ、大分長い間放置されていた坑道だ。下手に乱戦を繰り広げて大事に至っても事だと、自重した結果である。

 大変残念なことに、あの魔物に足はなかった。従って、階段を転がり落ちたようなダメージは望めない。

 

「気を抜くな!」

「まったくです」

 

 剣気が放たれた瞬間、姿を消したギャザーを振り返り様仕留める。持ち得る特殊能力を身の安全にしか使用しないような単細胞の怪物の思考など、見抜くことは容易かった。

 刃にまとわりつく体液を払い、その間に取り出された笹の葉手裏剣があらぬ方向へ投擲される。

 ──リアラに向かって。

 

「きゃっ……!」

「伏せて!」

 

 突然のことで反応できないリアラを、カイルがとっさに促すことで事なきを得る。

 一方、リアラのはるか頭上を通過した笹の葉型の手裏剣は、不意に出現したギャザーの眼玉に突き立つことでその運動を停止した。

 痛みか驚きか、羽を動かすことを忘れてボヨンと地面を跳ねるギャザーを、カイルの剣が襲いかかる。

 

「まあ、こんなのが相手じゃ撤退もやむなし……」

「ナナリー、あれが現れたら足止めお願いします」

 

 巨大にして唯一の目玉を貫かれてもまだもがくギャザーはカイルに任せて、ナナリーに声をかけておく。

 彼女が弓を構えている間に、そろそろと体を起こすリアラに近寄った。

 

「あの魔物が現れたら、晶術で一気に片付けてしまいましょう」

「わ、わかったわ。弱点属性は……」

「地水火風。ここは一番影響の少なそうな、風で行きましょう」

 

 現在、フィオレの持ち得る譜術に純粋な風属性を持ち得る攻撃手段はない。あくまで第三音素(サードフォニム)を用いたもので、譜歌にしても支援用の代物だ。

 だから、というわけでもないが。これまでこっそり練習してきた晶術を試みようと企んでいた。

 もし不発だったところで、リアラと協力すれば仕留め損なうこともなかろうという考えである。

 

「我が元へ集え、風の獣。その牙を持て、我が敵を切り刻め」

「風精の息吹はかまいたちとなりて、彼の者を切り裂く……」

 

 虚空からではなく、わざわざ第三音素(サードフォニム)が詰まったレンズを手に詠唱を始める。

 すでに前方では姿を現したヘルタスケルターにナナリーが矢を射るものの、突き立つことなく散らされている。

 

「行きます、スラストファング!」

「ウィンドスラッシュ!」

 

 吹き荒れる真空の刃がヘルタスケルターを取り巻き、硬質なその表面をずたずたに切り裂く。

 僅かに遅れて放たれた風は、とどめとばかりヘルタスケルターの頭部を吹き飛ばした。

 

「え!?」

「フィオレ、今の……ウィンドスラッシュじゃないよ?」

「どっちかってーと、ウィンドストラッシュって感じだな」

 

 見事勝利を収めたものの、カイルとロニに突っ込まれてぐうの音も出ない。

 彼の言う通り、今のはとてもウィンドスラッシュと呼ばない。風の形をかまいたちにできず、圧縮して鈍器で殴りつけたような形にしてしまった。

 

「──ままならないものですねえ」

「何ならオレ、教えてあげよっか? その代わり、フィオレはオレに剣技を教えるってことで……」

「私の技が知りたきゃ盗みなさい」

 

 最近になって、カイルは剣の稽古だけでなくフィオレの扱う剣技に興味を示すようになっていた。

 同じ剣の使い手でも、ジューダスのようにもう一本剣を握るよりは、種は違えど一振りの剣を操るフィオレの技の方が扱いやすいと考えたのだろう。

 しかし、自分と同じ技を教えるつもりなどフィオレにはさらさらなかった。その必要があるならまだしも、自分のコピーなど作りたいとは思わない。

 どんな意図の元に弟子という存在ができたとしても、フィオレの願いは唯ひとつ──己を超えてほしい。そのためには、自分の写しではなく弟子自身に自ら技を体得してもらいたいというのが本音である。間違っても出し惜しみをしているわけでも、一子相伝の技とするまでに己の技を過大評価してもいない。所詮は確実に傷つけ、殺す技だ。

 それに、フィオレの技は極めて汎用性の高い──似たような剣技が存在し、改良の余地が加えられるものが多い。その気になれば、いくらでも真似られる代物なのだ。

 とはいえ……苦労して覚えさせられたものはともかく、フィオレ自身が試行錯誤して編み出したものは違うと思いたいものだが。

 

「フィオレのケチ! さてはオレに強くなられると困るから……!」

「聞こえない、何も聞こえない。さて、参りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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