swordian saga second   作:佐谷莢

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 トラッシュマウンテン攻略中。
 道中障害もなんとなく協力しながら、基本的にはさくさくと進んでいきます。
 ゲームプレイ時にも思ったことですが、あの辺りの地形は一体どうなっているのでしょう? (ファンタジーに突っ込み禁止)



第三十一戦——行く道は平坦ならずとも難もなく~修羅場フラグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイルの寝言を聞き流し、偵察してきたばかりの坑道を降りていく。

 漂っていた毒ガスは除去済みだが、この坑道内にもガスの噴出口があるのだろう。うっすらと、あの異臭が感じられた。

 

「んで、ここを抜けると何処に出るんだ? カルビオラか?」

「いえ、どうもそんな単純な作りではないようです」

 

 フィオレとて、この短時間で坑道を踏破したわけではない。シルフィスティアに視界を借りて、全容を把握している。

 もともと崩れた時のことを想定していたのか、坑道はいくつもの分かれ道が存在した。

 内いくつかは倉庫を兼ねていたのか、小さな小部屋のように行き止まりになっている。

 坑道の階段を下ってすぐ、十字路へ至る。何のためらいもなくまっすぐ進み、変形したT字路を右へ、ふたつある階段の内ひとつを選んで昇っていく。

 ここまでくれば、シルフィスティアの視界を借りて見た光景を思い出さずとも、吹き下りてくる風が答えを教えてくれた。

 時折、人の気配を感知して物陰から襲いかかってくる魔物を退けては進み。通路の先、そこは階段こそあるものの行き止まりだった。

 

「行き止まりじゃねえか」

「隙間から光が差し込んでいて、空気がよどんでいる風情もない。瓦礫で蓋されているだけだと思います」

 

 レンズ式ランタンと紫水を壁際に置く。リアラとナナリーに周囲の警戒を頼んで階段を昇り、瓦礫に手をかけた。

 全力で垂直に持ち上げれば、瓦礫がわずかに浮いてそよ風が頬を撫でる。僅かな隙間から見えたのが外の光景であることを確認して、フィオレは力を抜いた。

 

「うん、外に繋がっています。ちょっと「コラ男共! ぽけっと見てないで手伝いな!」

 

 手をさすりながら振り返れば、それまで様子を伺っていたらしい男性陣がナナリーのお叱りを受けている。

 警戒は引き続きリアラが担当しているが、彼らは総じて不服そうだった。

 

「だって、フィオレのことだからドカーンと瓦礫を吹き飛ばしちゃうんじゃないかと思って」

「まったくだ。一人ですたすた先に行ったからには当然考えがあるもんだと」

 

 一応外の様子を確認してから、そうしようかなと思っていたのだが。ここは素直に甘えておくことにする。

 

「下がってろ」

 

 ジューダスに促され、フィオレは素直に階段下へ移動した。

 掛け声を合図に、三人がそれぞれ力を込める。同時に、ズズッ、と岩と岩のこすれる音が響き、そこからまぎれもない陽光が降り注いだ。

 

「出口だ……」

「もう少しだ、せーの!」

 

 再びロニが掛け声をかけた直後、出口を塞いでいた一枚岩がスライドされ、人一人通れるほどの隙間が出来る。

 吹きこむ涼風は、汗だくの三人にとってさぞや心地よいものだろう。

 

「お疲れ様です」

「まったくだぜ。あー、背中痛てー」

 

 フィオレから斧槍(ハルバード)を受け取って、ロニは軽く肩を回している。

 一同を伴って階段を昇り切れば、そこはトラッシュマウンテンの中腹だった。遥か下界に旧ジャンクランドが広がり、一同が通った道も視認できる。

 通路から先は山肌へ添うように足場が組まれており、道が続いていた。

 

「大丈夫ですかねえ……」

「フィオレ、高いところが苦手なの?」

「この場合、高所ではなく足場が怖いですね。どれだけ放置されていたのか知らないから、余計に」

 

 足元に転がる瓦礫の欠片を手に取り、前方へ放り投げる。拳大の欠片が組まれた通路に転がるかと思いきや。

 

 ドン、ボコッ! 

 

 欠片は床に転がったと同時に床を貫き、奈落へ転がり落ちていった。

 その様子をまじまじと見ていたフィオレが、小さく頷く。

 

「やっぱり所々腐ってるようですね。落ちたら命まで落としそうですから、慎重に行きましょう」

 

 紫水の石突で足場を叩きつつ、フィオレは静々と足を進め始めた。

 数少ないフィオレの弱点を見出そうとしていた少年も、これには神妙な面持ちで後から続く。

 山頂方面から襲いかかってくる、鳥獣系の魔物をいなしつつ進んでいくと、視界の先に石造りの小屋じみた建物が見えてきた。

 が、その手前はずっと昔に一度足場が崩れてしまったらしい。崩落の跡はそのまま、応急処置としてなのか、にわか拵えの梯子が渡されている。

 吊り橋や縄梯子を渡したものよりは遥かにマシだが、梯子を渡したものにつき当然足元が危うい。危険なことはもちろん、一時的に分断されるという厄介つき。

 

「とりあえず、私から」

 

 手すりも何もない即席の橋に足をかけ、ゆっくりと体重を移動させる。それだけなのにみしみしと厭味な悲鳴を聴かせる橋に辟易して、フィオレはあっさり後退した。

 

「ちなみにお前、体重は?」

「……あなたよりは軽い。リアラよりは重い。ジューダスとどっこいではないかと」

 

 きちんと計ったのが遥か以前につき、はっきりしたことは答えられない。若干何かを感じないでもないロニの質問を流して、フィオレはリアラを、ナナリーを見やった。

 

「お二人なら渡れるかもしれません。試してみますか?」

「わ、わたしはちょっと……」

「それに、渡れたところであんたらが通れないんじゃ、分断させられるだけだろ?」

 

 リアラはしょうがないとして、ナナリーの意見は最もだ。しかし、フィオレとて単純にそんなことを言ったのではない。

 

「二人のどちらかだけでもあちらに行ってくださるなら、これを渡すという手があります」

 

 フィオレが取り出したのは、麻でよられた荒縄だった。ホープタウンにて足止め中、村の留守を預かる女性達の手伝いをした際に拝借してきた代物である。

 そういうことなら、とナナリーが麻縄の先端を持って橋に足をかけるも、一歩たりとも進まず戻ってきた。

 

「駄目ですか」

「ああ。無事なのは見かけだけですっかり腐っちまってるよ。小動物が走ったって崩れるさね」

「本当かぁ? 案外、リアラだったら普通に渡れたりするんじゃ」

「あなたは怖がる女の子に無理やり渡らせる気ですか。違う手段を考えましょうよ」

 

 言外に体重の話を持ち出され、沸点の低いナナリーが噛みつく前に彼を黙らせる。

 ケンカの火種に容赦なく水をぶっかけながらも、フィオレは考えを巡らせていた。

 氷の橋を作る、という手段も考えたが、多分自重で半ばから折れる。この梯子を凍らせて橋を補強する手段も思いついたが、凍りついた橋はもともと危うい足元を更に危うくする。氷の大河での出来事を思い出せば、唯一建設的な案でもためらわざるをえなかった。

 

「……手品は使わないのか」

「使わずして何とかならないかと考えているんです。彼らから積極的に疑われようとは思わない」

 

 彼の抜かす手品は、守護者に力を借りた代物だ。

 緊急性があるならともかく、便利だからといって頻繁に呼び出されてはたまったものではないだろう。フランブレイブのように拗ねられても困るというのがフィオレの本音だ。

 あの温厚なシルフィスティアに限って、とか思ってはいけない。フィオレの思い通りになるほど、世界は都合よく動かない。

 せめて木の一本でも生えていればまだやりようがあったのだが……こんなゴミ山の中腹にそんなものを期待しても、どうしようもなかった。

 ひょいと視線を巡らせて、渡されている梯子の長さを目測で計る。

 梯子に手をかけ、持ち上げたくらいでは壊れないと確かめて。フィオレは梯子を取り外しにかかった。

 

「?」

「ちょっとね」

 

 梯子の長さと持ってきた麻縄の長さを比べて、縄の方が遥かに長いことを確認する。

 そして、フィオレはくるりと己の腰に、縄を巻きつけた。

 

「駄目もとで、走り幅跳びしてみます」

 

 麻縄をすぐ傍の丸い木枠に縛りつけ。フィオレは来た道を戻り始めた。

 

「フィオレ、危ないわ!」

「まずいと思ったら助けてくださいねー」

 

 縄が届くぎりぎりまで戻り、くるりと振り向く。これは縄の長さと梯子の長さを比較するためでもあるのだが……幸いなことに、足りそうだ。

 

『シルフィスティア。よろしければ、追い風お願いできませんか?』

『そんなまどろっこしいことしなくても、ボクに任せてくれれば……』

 

 なんかぶつぶつ言っているが、フィオレの真意は理解しているらしくそれ以上の文句はない。

 自分の歩幅と走れる距離、更に踏切点と着地点を一瞬想起してから、フィオレは走り出した。

 無論のこと、あっという間に踏切点が近付いてくる。

 あと三歩。あと二歩。あと一歩。

 踏切点と見定めた地点を踏み抜く勢いで、体を上へ、前へと押し出し──

 フィオレが着地しようとしたのは、何もない虚空だった。

 そのまま落ちるわけにもいかない。梯子がひっかけられていた足場へ腕を伸ばして、必死にへばりつく。

 この衝撃でこの足場が崩れたりした日には、命綱を引っ張ってもらわないとならないのだが……どうやらその心配は杞憂で済んだらしい。

 よじ登って一息つく前に、向こう側で胸を撫で下ろしている一同を横目に、もともと足場を形成していた木枠に己の命綱を縛りつける。

 麻縄がピンと張り、緩みがなくなれば手すりの出来上がりだ。

 その強度と張力を確認し、縄に足の裏を乗せる。

 僅かにバランスを崩しながらどうにか一同の元へ戻ると、いきなり罵声を浴びせられた。

 

「この馬鹿者! 普通に落っこちてどうする!」

「すいませんねえ。命綱が引っ張られたような気がしたのは気のせいですか?」

 

 よじ登って一息つくよりも前に、確かに見たのだ。木枠にくくりつけた麻縄の一部を握るジューダスを。

 この一言で彼を黙らせて、フィオレは再び梯子を架けた。

 その衝撃で朽ちて落ちそうな梯子に水筒の中身をふりまき、レンズから冷気を発生させ、濡れた梯子にまとわりつかせる。

 これならば、濡れた個所しか凍らない。従って、滑らず補強された橋の完成だ。

 後は、試用テストのみ。

 安全対策に張った縄を常に掴んだ状態で、橋を渡りにかかる。途中で足踏み、飛んだり跳ねたりで強度を試すものの、リアラやナナリー、カイルの悲鳴が聞こえるだけで橋の悲鳴は聞こえない。

 

「これならロニ以外は大丈夫でしょう。渡ってみてください」

「う、うん」

「一応一人ずつ。とりあえずリアラ、こっち来てみてくれますか」

 

 まずは体重が一番軽そうなリアラを招いて、フィオレもまた橋を渡る。

 しかしリアラが橋の半ばまで差し掛かった辺りで彼女は引き返し、結局フィオレはリアラを渡らせてから戻ってきた。

 

「……ロニが渡れるよう検証でもしてたのか?」

「ご名答。でも、あの橋では少々難しいですね」

 

 そのままナナリー、ジューダス、カイルの順に渡らせる。

 最後にロニが渡る段階になって、フィオレは注意を加えた。

 

「あなたがこれに体重をかけた瞬間、崩れていくと思うので走り抜けてください。全力で」

「……マジか?」

「これ以上橋を補強したら自重で崩壊してしまいますので、さあどうぞ」

 

 ここが砂漠のど真ん中であることを忘れてはいけない。この辺りはそうきつくも感じないが、直射日光は容赦なく橋の氷を溶かしつつある。

 それにロニも気づいたらしく、彼はひとつ舌打ちをして助走した。

 

「ぅおおおっ!」

 

 けして余計なぜい肉がついているわけではないが、彼は長身だ。

 骨と皮ばかりの細身でない以上、鍛えているということもあって追随する筋肉はどうしても体重を増加させる。

 当然踏みしめる力も強く、彼が駆けると同時に橋は脆くも崩れていった。

 それほど長い距離ではない──フィオレが走り幅跳びを辛くも成功させた程度であったことが幸いである。ロニは無事、対岸へ辿りついた。

 両膝をついて肩で息をしているのは、全力疾走の副作用だろう。

 その頃フィオレは、悠々と手すり代わりに張った縄の上を歩いて移動していた。

 

「お疲れ様」

「すごいわ、フィオレって綱渡りもできるの!?」

 

 返事をする気力もないロニに労いをかけていると、リアラが妙に目を輝かせながら駆けよってきた。

 まるで、初めて軽業を見た子供のようだ。

 

「──大昔に少しね。勘を取り戻せばこんなものですよ」

 

 リアラの感激に触発されたか、自分も挑戦すると言い出したカイルにそんな暇はないとジューダスが一喝し。下がりつつある日を背に石造りの小屋らしい建物に侵入する。

 鍵のかかっていない扉を開ければ、内部に生物の気配も何もなかった。ただ、まるで迷路のように仕切られている。それほど広くもないし、仕切りも複雑でもないため突破は簡単だった。

 頑張って勘ぐれば倉庫のように見えなくもない建物を踏破すれば、出口なのか引き戸式の扉がある。

 おそらくここは、旧ジャンクランドの人々がカルビオラの商人に取引を持ちかけるために使っていた倉庫兼中継地点なのだろう。

 ならばここからカルビオラも眺められるかも、と扉を開く。付近に魔物の気配がないかを確認し、引き戸を開いて。

 フィオレは無言で扉を閉めた。

 

「どうかしたのか?」

「いいえ、どうもしませんよ。ただ」

 

 ジューダスの問いに、フィオレは首を横に振っている。言いながら扉の前を譲り、彼女は背負っていた荷を降ろした。

 

「ちょっと、拍子抜けしただけです」

 

 いぶかしがるジューダスが扉を開いた先。それは、山の中腹付近から臨めるカルビオラではなく、広がる一面の砂漠地帯だった。

 そびえる岩山の影から、事前に聞いていた神殿と思しき建物がポツンと建っている。フィオレの知る、大都市カルビオラの姿は影も形もない。

 これにはジューダスも驚いたらしく、彼は先程まで歩いてきた道を振り返った。

 

「先程まで、山を登っていたはずだが」

「旧ジャンクランドへ行った時、大砂丘を下りましたよね。そこから特に上ることなくトラッシュマウンテンのふもとに到達して、そこから通路を使ったから……あるいは多少、地殻変動したのかもしれません」

 

 このまま進めば、夜にはカルビオラに辿りつけるだろう。

 しかし、ここに至るまでに大分疲弊したロニ、そして疲労を自己申告したリアラの訴えを聞いて、本日はここで休息を取ることになった。

 

「日が落ちてからのほうが侵入しやすいと思うが」

「確かにね。でも、二人の体調を考えず突っ走ってもいいことはありませんよ。特にリアラには、体調万全でいてもらわないと」

 

 紫水に付属した箒で室内の埃を外へ出しつつ、彼方のカルビオラを見やる。

 道中リアラは、妙に足取りが重かったような気がした。アイグレッテからホープタウンへ移動した際の疲れが残っているかもしれない。男のカイルや、女性であっても鍛えているナナリーと違って少女の体格は華奢なのだ。そもそもの体力にかなり差があるのだろう。

 あるいは何か、カルビオラへ赴くと不都合なことでもあるのか……

 埃をあらかた排除し、箒に付着したそれらを専用の櫛で丁寧に梳いて形を整えていると、仕切りの向こうから何やらやりとりが聞こえてきた。

 

「……俺は女なら誰でも口説くわけじゃねえ。ちゃんと厳正な審査を重ねてだなあ……」

「じゃあ、あたしはその審査とやらを通過しなかったってわけだね。へええ……」

「ナ、ナナリーさん。どうしてそんなに指をポキポキ鳴らしていらっしゃるのでございます?」

 

 カイルに対してなのか、居丈高に何やら高説をのたまうロニの声が突如として変化する。

 これまで──現在地たる十年後の未来へ訪れるまでは、聞いたこともないような声。

 

「ま、待て! 何なら審査をやり直してもいい! いや、今からやり直す! だから関節をキメるのは……!」

 

 ナナリーの言葉は一切ない。しかし、その後響いた悲鳴は一切合財を物語っていた。

 静かになった頃、悠々と入り口付近へと戻ればのびたロニと、頬を膨らませてそっぽを向くナナリーの姿がある。

 

「まったく、元気な奴らだ」

「元気っていうか、懲りないっていうか……」

「まるで好きな女の子をいじめてしまう、小さな男の子ですね」

 

 ナナリーと共に旅をするのはこれが初めての筈だが、それまで村に身を寄せ、世話になっていた者として彼女との関係は出来上がっているのだろう。

 道中も妙に夫婦漫才じみたやりとりが頻発したものだが、大概はロニの軽口をまともに受け取ったナナリーが関節技を炸裂させ、制裁を加えるという形が大半だ。

 今の様で道中のやりとりを思い出し呟けば、のびていたはずのロニがバネで弾かれたように立ち上がった。

 

「どーゆー意味だそりゃ!?」

「どうもこうも。幼い男の子は好きな女の子に対するアプローチの仕方を知らないから、ちょっかいかけて気を引いているように見えたんですよ。最もあなたは小さな男の子ではありませんし、アプローチだって知っているでしょうから、違うと思いますけど」

「……」

「それよりもロニ。少々そこで横になっていただけますか」

 

 一言も返せないロニが、いぶかしげにしながらもそれに従う。重ねた手の甲に顎を載せるよう指示してから、フィオレは彼の腰にまたがった。

 

「んな!?」

「いかがわしいことはしません。ご安心を」

 

 驚愕にだろう、身じろぐ彼に一言告げて、背中に触れる。

 筋骨隆々……ではないが、ジューダスのように中性的な肉付きから程遠い。デコボコとした成人男性の背中だ。

 

「──特にどこかの筋を痛めているとか、そういうことはなさそうですね」

 

 追憶から目をそらすように筋繊維に沿って触診する。その過程で少々硬い場所を見つけて、フィオレは手首を軽く回した。

 

「わ、判るのか?」

「多少はね。少し凝っているところがあるようですから、ほぐしましょうか。息吐いて、力を抜いて」

 

 フィオレが行うのは自己流の按摩であるからして、正当な知識のもとに行うことではない。

 そのため、ジューダスや年若く筋肉の柔らかい人間には効果を発揮しても、彼のような鍛え上げられた筋肉の持ち主に通じるかどうか。

 そんなことを考えながら、全力按摩を始めたのだが。

 

「おふぅっ」

「……」

「うおおぉ、はーっ……」

 

 特に文句もないようなので、よしとする。

 強張っていた筋肉がほぐれたことを確認して、立ち上がる。それを終了の合図と知ったロニが、不服そうに鼻を鳴らした。

 

「もう終わりかよ。もう少し……」

「腕が疲れました。また今度にしてください」

 

 彼が体を強張らせていたのは初めだけ、それ以降はいい感じに脱力していてくれたのだが、それでも成人男性の筋肉は硬かった。

 最初から最後まで一瞬たりとも気を抜けず、指の先まで全力で力を込めていたから疲れるのも早い。

 結局揉み治療を施したのは肩、背中、腰で終わってしまったが、ふとその手で己の肩に触れる。

 柔らかくて薄っぺらい、脂肪も多少張り付いた二の腕、小さくて細く、貧相な肩。

 当たり前だが全然違う、フィオレにはどうしたって手に入らないものだ。その持ち主は、ブー垂れながらも体を起こして軽く肩を回していた。

 

「すげえな、かなり体が軽くなったぜ。ありがとな」

「どういたしまして。体に異常がなくて何よりですよ」

「いーなー。ねえフィオレ、オレは?」

「……ちょっと横になって見てくれますか?」

 

 一応カイルの体にも触ってみる。しかし、これといった凝りは見つからない。

 

「異常なし。どこもかしこも、痛いどころか疲れてるところなんてないでしょう」

「え~……」

「強いて言うなら、ここですか」

 

 おもむろにカイルの頭部を両手で掴み、頭皮マッサージを始める。それなりに好評だったためロニからも注文されるも、適当に断った。

 先程から、妙にジューダスの視線がちくちくし始めたからである。

 

「……ジューダス、言いたいことがおありならどうぞ」

「別に」

 

 何を怒っているのか知らないが、その原因すら教えてくれないのでは探りようがない。

 別にこれまで彼以外の人間に按摩を施したことがないわけではないのだ。神の眼を追う旅においては、仲間達にも施していたくらいなのだから。

 確かに、彼がジューダスと名乗るようになり、一同と行動を共にするようになってからは、一度たりともしていない。彼がリクエストすることも、フィオレがしようとも思わなかったからだ。

 意図して彼にしなかったわけでも、彼の頼みを拒否したわけでもない。それなのに一方的に不機嫌になるというのは、下手にかまってはいけない事例か。

 

『坊ちゃん、これは言わないとわかんないですよ。フィオレが他の……』

『黙れ! それ……ぬか……』

 

 相変わらず聞き取りづらい念話だが、彼らの間で通じているなら何よりだ。

 ジューダスの相手はシャルティエに任せて、フィオレは夕餉の準備をするナナリーに近寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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