カルビオラに到着。
二度あることは三度ある。修羅場はもう、おなかいっぱいなんですが。
まだまだ彼らを困難が取り巻く模様です。
朝日が昇る手前の瞬間。一同はすでに砂漠の細かな砂を踏みしめていた。
一同の中には自分の足で歩くカイルの姿もある。例によって起きなかった彼を、手鍋とお玉を打ち合わせる音で強制的に起こしたのだ。
カイルの伯母であるリリスが対スタン用に考案し、現在はカイルの母ルーティに継承されているという秘技。その名も死者の目覚めというらしい。
ロニいわくコツがあるらしく、彼の死者の目覚めではカイルを完全に覚醒させるのは難しいらしい。現にカイルは、眠い目をこすり欠伸を噛み殺しながら歩いている。
「けどさ、本当にもらっちゃっていいのかい?」
「助けていただいたお礼と、道案内の報酬を提示していませんでしたから。そんなものでよければどうぞ」
ナナリーが再三確認をしているのは、ハイデルベルクに本店を構えるソウル&ソード店主ウィンターズ氏の手がけた紫電シリーズだ。
昨晩夕餉作りの手伝いに取り出したところ、ナナリーが目を輝かせて指摘したことから始まる。
何でも、入手困難な材料から作られているため生産数が少なく、現在確認できるのはノイシュタット支店に非売品として飾られたものだけなのだという。
確かに切れ味は異常なほどいいが、料理にそこまでの関心がないフィオレには、ちょっと贅沢な道具、という認識しかなかった。
そこで、使ってみるかと全種類を取り出してみせたところ。彼女は子供のように歓声をあげて腕によりをかけた手料理をふるまってくれたというわけである。
物の価値が判らない人間より、愛情を持って扱う人間のものである方がいいだろう。そういえばお礼もまだだったし、とフィオレはあっさり譲渡を彼女に申し入れた。
「でも、興味もないのによく全種類持ってたね。十年前じゃ普通にあるものなのかい?」
「まさか。ひょんなことで手に入っただけです」
本物の紫電と勘違いして、これのために闘技場でひと頑張りしました、とはちょっと言えない。
ひょんなこと、の内容は伏せたまま、彼方にそびえるカルビオラを目指す。遠目で見た通り、カルビオラは一変していた。
建物は半球状、背後は溶岩が吹きだまり、火山と思しき黒い煙を絶えず吐き出す山が脇に控えている。
半球状の神殿らしい建物は、お年寄りには非常に厳しい急階段によって随分高い位置に入り口が開いていた。
様式の問題なのか、あるいは定期的に大人数が移動しているのか。見張りなどがいないことをいいことに、一同は大階段に足をかけた。
「これが、聖地カルビオラ……ずいぶん変な形してるね」
「ドーム状の建物とはな。さすが十年後だけあって、様子がまるで違う」
──そういえば、この世界で半球状の建物なぞあまり見たことがない。だからカイルは見慣れないこの建物を指して「変」と言ったのは判る気がする。
ただし、外観だけではなくて違うことに関しても異常はあった。
「……なあ、妙じゃないか? さっきまであんなに暑かったのに、今はやけに涼しいぜ。それに見ろよ。ここには、砂粒どころかチリひとつ落ちてない」
「まるでここだけ、世界から切り離されてるみたいだね……」
ナナリーの言い分は、言い得て妙だった。神の住まう聖地、ということで神聖化され、そんな雰囲気が漂っているのか。それとも……実際に結界のようなものでも張られているのか。
シルフィスティアに頼んで内部の様子を探ろうとして。ジューダスの一言で取りやめた。
「……シッ! 誰か来るぞ!」
確かに人の気配──それも一人や二人ではなく、大勢の人間が床を踏む音がする。
こんなひらけた階段では身を隠す場所もなく、一同が一同階段を駆け下りようとしたところで。
「待って、こっち!」
リアラが示したのは、整備用の足場だろうか。階段脇に張り出した台座だった。もしやと思って反対側を見やれば、同じような台座がある。
五人とは逆に自分の見つけた足場へ降り立ったフィオレは、階段へ寄り添うようにしながらも再度シルフィスティアに語りかけた。
が、しかし。
『シルフィスティア?』
どれだけ呼びかけても、彼女からの応答はない。眠っているのか、それとも……甘えるな、という意志表示か。あるいは以前、接触拒否をした報いか。
とにかく、彼女の視界を借りての内部探索はあきらめて、階段を降りゆく十何、何十人もの神官達がいなくなるのを待つ。
どれだけの時が経過しただろう。足音も気配も感じられなくなったところで大階段を一望し、人影がないことを確認、一同が身を潜める台座へ歩み寄った。
「もう大丈夫ですよ」
「丁度礼拝が終わったようだな」
「今が好機だ。奴らが戻ってこないうちに、とっとと忍び込もうぜ」
朝の礼拝が終わり、彼らがどこへ行ったのかはわからない。
托鉢をするには付近に街がないと成り立たないし、そもそもあんな大人数で托鉢に行ったら、とんでもなく穏やかな食糧強奪になってしまう。
意外に高低差のある台座から一同を引き上げ、警戒しつつ階段を昇りきる。
扉も何もない、それでいて風が吹いても砂粒ひとつ侵入を許さない神殿へ無事侵入できたことに安堵して、フィオレはハタと気がついた。
「ナナリー、道案内ありがとうございます。ここから先は……」
「あたし一人が脱出するのは大変だから、引き返せって? もしレンズがなかったら困るだろ、一緒に探すよ」
「けど、こういう場合レンズが保管されているのは大抵、一番深い場所……」
「大丈夫大丈夫、これ以上はヤバそうだと思ったら、ちゃんと自分で言うからさ」
どうにも楽観的なナナリーに、本人がそういうのだからいいだろうとロニにも意見され、その言葉の責任は本人に取ってもらうことにする。
「さ、とっととレンズを探してこんな時代からはおサラバだ」
「こんな時代で悪かったねぇ」
警戒は絶やさぬまま、それでも入ってすぐに飾られているレンズを見つけてはしゃぎかけたカイルが、「これはイミテーションよ」とリアラから言いにくそうに事実を告げられてしょげている。そんな様子を見ながら呟いたロニの一言は、ナナリーの勘に障ったようだ。
ロニはといえば、彼女の気が引けて嬉しいのだろう。心にもなさそうなことをうそぶいて、更に油を注ぎ始めた。
「こいつから逃げられるのが一番嬉しいかもな」
「なんだってぇ!?」
言い争いがヒートアップする前に、ジューダスが小声で叱責することで沈静化する。
彼らの言い争い自体はさておいて、ロニがこの世界を「こんな時代」と指し、ナナリーが過敏に反応したことは仕方ない気がする。
カイルから聞いたアイグレッテの話もそうだろうが、何よりも神と名のつく者が存在し、人がソレに支配されていること。
これすなわち、人が人と共生し、自由な選択肢のもと生きることを放棄している証だ。それはおそらく、人として在るべき形ではない。
フィオレが生まれた世界もそうだった。
それは神でこそなかったが、旧時代の遺物に振り回され、そのせいで人生を捻じ曲げられた人々をフィオレは何人も知っている。
何かに支配され幸せになるなど、幻想だ。ひとくくりで断言などもちろんできないが、皆が皆そうはなれない。
人が皆同様の存在でないように、人の感じる幸せも千差万別──同じモノではありえない。
支配が管理に変わったところで同じこと。最も、それが間違っているとは思わない。
誰かを幸せにしたくてそのように行動して、幸せに思う誰かがいるのなら間違っていることなどない。
そのように行動して苦しんだ人間、悲しんだ人間、憤る人間がいるから、問題となり、間違っている要素となるのだ。
神は全知全能にして全てを見通す存在である。正確にはそうであるべきだ。こんなことくらいわかっているはずだが、はてさて。
入ってすぐ広がっていたのは、カイルが間違えたイミテーション巨大レンズを中央に抱くエントランスだった。左右には階段が下方へ伸び、吹き抜けとなったそこは予想に反して何もない。
てっきりいくつもの扉で様々な場所へ通じていて、これは探索に骨を折ると辟易するものと思っていたが。
ひとつしかない道──階段を降りて至るは、天使を象ったと思われる彫像に見守られた台座だった。左右の階段はここへ通じており、一見台座以外は何もない。
「……行き止まり?」
「ンな馬鹿な。じゃああの、大量の神官共はどこからわいて出たんだよ」
一般的に品行方正が求められるであろう神団騎士であった人間の台詞とは思えないが、確かにその通りだ。
台座に浮かんだレンズのような物体を調べるのはカイル達に任せて、フィオレは唯一周囲の壁とは異なる一面に触れた。
思った通り、継ぎ目が他の壁と異なる。その部分が可動でもするのか、髪の毛一筋ほどの隙間が存在した。
台座に浮かぶレンズを模したイミテーションが鍵である線が濃厚だ。早速そちらへ赴こうと、フィオレはくるりと振り返った。
直後、ただの壁であったはずのそこに光が灯る。
「!」
気づかぬ内に触れてしまい、罠を起動させてしまったかと身構えて、フィオレは拍子抜けした。
てっきりビービー警報を鳴らして人を呼ぶかと思いきや、壁だったそこは下方へ収まり、フィオレに道を示したのである。
「……あれ?」
「どうかしたの、フィオレ? 早く行こうよ」
首を傾げるフィオレを余所に、仲間達はさくさく壁の先へと進んでいる。
早くレンズを見つけなければという思いに駆られているのか、ジューダスさえ如何にしてフィオレが扉を開いたのか、頓着していなかった。
「……?」
不可思議な現象に首を傾げながら、仲間達に続こうとしてふと足を止める。
見やればリアラが、足を動かさずジッとフィオレを見つめていた。その瞳には、まぎれもない疑念が宿っている。
「リアラ?」
「……フィオレ、今変わったレンズを持ってない?」
「私が今何か持っているように見えますか」
即座に手のひらを見せるも、リアラの表情は一切動かなかった。それどころか、その眼差しは一層キツいものとなる。
「ねえ、フィオレ。何か隠してない?」
「──意図的なものからそうでないものも含めて、明かしていないことならいくらでも」
肯定が聞けるとは思ってもいなかった。そんな顔で、リアラはフィオレを見つめている。
突如として始まった二人のやりとりに、仲間達も足を止めていた。
「二人とも、早くレンズを探さなきゃ……「やっぱり持っていたのね、何か特殊なレンズを。どうしてあの時教えてくれなかったの」
「……その特殊なレンズとやらの存在が、この扉の開放に通じたと?」
「聞いているのはわたしよ。どうして答えてくれないの?」
「私の質問にも答えてくださると言うなら、考えましょう。全てを晒して人は生きていけない。私もあなたもそうであるはず」
言外にリアラが様々な事柄を隠していることを突けば、少女はぐっと言葉に詰まった。すなわちそれは、フィオレの質問にも答える気はないということだ。
その反応に、フィオレは小さく息を吐いた。
「行きましょうか。ここで突っ立っていても、時間の無駄です」
「……」
フィオレが歩き出せば、少女も足を動かす音が聞こえる。
扉の先は、一体どういった作りなのか。地下へ下ったはずなのに、透明な天井には青空が広がり、陽光が差している。まるで天へ捧げられているかのように、空の色をした卵型のレンズは花の萼にも似た物々しい台座で固定されていた。
荘厳な様、その大きさたるや、一目見たカイルが感嘆の吐息を零すほどである。
「すげぇや、ラグナ遺跡で見たヤツと同じくらい大きいや!」
「どう、これで何とかなりそう?」
つまりこれは、リアラが十年前の時代へ転移した際使われたレンズと同程度ということか。これだけ巨大なレンズでまさか足りないということもないだろうが……
ナナリーの問いに、リアラは一応肯定を示して見せた。
「ええ、それよりも……いるのでしょう? 応えて、フォルトゥナ」
少女が口にしたその名に、一同が反応を示すより早く。
リアラが一歩、前を進み出ると同時に、掲げられていたレンズが光を帯び始めた。太陽光の反射ではなく、自ら輝きを放ち始めたのである。
直視を許さぬほどに眩くはない、むしろ温もりすら感じ取れる光は、やがてぼんやりとした人の形を生み出した。
まるでロニが苦手の幽霊の類であるかのように姿がはっきりしないせいか、有する色彩も過剰に淡い。
カイルのものよりなお淡い金髪を後ろへ撫でつけ、女性の形をしたその体には神官服を多少ゆったりとさせたものをまとっている。これがフォルトゥナ神と呼ばれるものなら、多分こちらが原型だ。
顔立ちは優しげでありながらまるで硝子の彫像を思わせるものがあるせいか、エルレインに酷似しているように思えた。
光が結んだ幻は、たゆたっていた空から降りその足を地に着ける。閉ざされていた瞳が開き、幻なら出すことは叶わない声が言葉を紡いだ。
「よく来ましたね、我が聖女よ……」
物静かにして、慈愛あふれるその声は幻でない証である。
突如として現れた存在に、一同は各々の驚愕を示した。
「な、なんだ、こいつ!?」
「リアラ、たしかフォルトゥナって言ってたよね!?」
リアラからの返事はない。が、少女がその名を呼び、それに応えて現れた者がいるのは目の前の事実だ。
沈黙は元より、この事実こそが解答となるだろう。
「それじゃ、これが……」
「フォルトゥナだ……現存する、神……」
──つまり、目の前のこれが。守護者達を目の敵にするという、敵対勢力の親玉か。不思議なほど、目の前の存在に対して何も感じなかった。
フィオレ自身はともかくとして、全身に身に着けた守護者達の宿る依代に目をつけそうなものだが。神と呼ばれる幻が意に介した様子はない。
「本物……なのか。本物の神様……!」
「ここに来た理由はわかっています。私の力で、あなたの願いを叶えましょう」
幻──フォルトゥナは、明らかにリアラへ向けて話をしている。
だが、何故だろう。焦燥のような、怖気のような、奇妙な感覚が走るのは。
「ですが、その前にひとつ。聞いておかなければなりません」
「……はい」
「エルレインはすでに、己がすべきことを見定めています」
エルレインの名が出たところで、何か言いかけたカイルを、ジューダスが手で制している。
全てを聞いてからにしろ、というニュアンスは伝わったらしく、彼は引き下がった。
「そしてそのために動き、多くの人々の信頼を得ています」
「……それは、そうかもしれません。でも……!」
「わかっています。あなたが、エルレインとは異なる道を歩んでいるということは」
フォルトゥナは、それこそ聖母と称するにふさわしい笑みを向けている。
見る者に安堵と温もりを感じさせるそれを見て。何故かフィオレは背筋がそそけ立つのを感じた。
周囲の誰を見てもそんな反応はなく、ただフォルトゥナの存在、そして平然と言葉を交わすリアラに戸惑っているだけだ。
誰ひとりとしてこの感覚がないのなら、気のせいだということにはならない。
未知なる存在を前に恐怖しているのか。自問して、何となくだがそれが一番近い気はする。
確かに敵意を向けられたら、どうしようもないのかもしれないが。そもそも相手は未知なる存在ではない。
守護者を亡き者──ではなく無力化しようとした存在で、人類の絶対幸福を掲げる者。
「二人の聖女、二つの道……それはあなたとエルレインが私に与えた、運命です」
もし相手が意に反する者を問答無用で抹殺すると言うなら、どうしようもなかった。
だが、リアラと話すこの姿には知性も、思考も存在するように感じられる。聖女以外の人間と話ができないということもないだろう。
それをこの後、カイルが証明してくれた。
「ですが、道は違えど想いは同じはず。リアラ、私達の目的ゆめゆめ忘れぬように」
「……はい」
「ま、待ってよリアラ!」
話が一段落したと察したか、あるいはリアラの声を聞き我に返ったか。おそらく後者であろうカイルが、疑問をそのまま口にした。
「二人の聖女だの、人々を導けだの……一体、何のこと!?」
「それは……」
「二人の聖女は、私の代理者。人々を救いへと導く存在です」
カイルの詰問に答えたのは、聖女との対話にくちばしを挟まれたにも関わらず、穏やかな口調のままのフォルトゥナだった。
口ごもる聖女を助けようと思ったのか、己が庇護し幸福にすべき人間の疑問を晴らそうとしたのか。それは本人にしかわからない。
「神の……代理!?」
「人々の救いを求める想いが私を、そして二人の聖女を生み出したのです。一人はエルレイン、そしてもう一人は、そこにいるリアラ」
「!?」
答えになっていない気がするが、語られた真実を耳にしてフィオレは刮目せざるをえなかった。
フォルトゥナは、人々の救いを求める想いから生まれた。そして二人の聖女も同様だというのなら、それは彼女ら三人が同一の存在であるということになるのか?
生まれ方が同じだったというだけで、別個の存在だと思いたい。でなければフィオレは、リアラを殺さなくてはならないのかもしれないのだ。
「二人は違う道を歩み、それぞれ人々の救いの姿を、探し求める旅に出たのです」
「じゃ、じゃあよ! エルレインがやろうとしてることは……人々を救おうってことなのか!?」
「そんな……ウソだ!」
リアラは聖女だった。その事実に困惑を深めたカイルが閉口しかけて、兄貴分の言葉で我に返る。
おそらく彼の脳裏にあるのは、ハイデルベルグでの一件だろう。
「だってあいつは、ウッドロウさんをバルバトスに襲わせたり、レンズを奪ったりしてたじゃないか!」
「エルレインは、結果としてそれが人々の救いに繋がると思ったのでしょう」
「そんなの……間違ってる! だって、現にウッドロウさんは傷ついてるじゃないか!」
エルレインの行いを挙げ連ねても、フォルトゥナは平然と聖女を擁護した。
彼女としてみれば、最終的に誰も彼もが幸せになればいいと思っているのであり、その過程で誰が傷つこうが知ったことではないのだろう。
それに気付いてか、「全人類の幸福」を目指すにあたっての矛盾をカイルはフォルトゥナに突きつけるも、神は淡々と言葉を返すだけだ。
「間違っている? ……なぜ、そう思うのですか? アイグレッテを見たのでしょう? 人々は安全で快適な街の中で、幸福に暮らしています」
「確かに、何も知らなければあれでも幸福かもしれないね。けどさ……親から子を奪うのが、幸福だったのかい? 生きてるって実感をなくしちまってるのに、本当に幸福なのかい?」
ナナリーの意見は、おそらく根底から間違っている。
なぜなら、何も知らないからこそ人は幸福でいられるのだから。生まれたての赤子が悩みや苦しみを持っているだろうか? 答えは否だ。
幸せが人それぞれのものであることは彼らとて知っているはずだ。それでも、あまりに納得しがたい神の返答はカイルの感情を高ぶらせた。
「そうだ! やっぱり間違ってる! エルレインもフォルトゥナも、おかしいよ! リアラだってそう思うだろ? 言ってやれよ、あんなのは全然幸福じゃないって!」
この分だと、カイルは気づいていないのだろう。少女があの時……エルレインを引き合いに出されて、何を言おうとしていたのかを。
今もカイルの言葉に対して無反応な理由を。何となく、想像はついていた。
それでも、これまで見知った少女からすれば。この沈黙も、後少し。
「どうしちゃったんだよ、リアラ! 何で黙ってるんだよ!」
「……たしだって……」
「え?」
「わたしだって、エルレインは間違っていると思うわ」
ようやく聞けた、リアラの同意。しかしそれに伴うのは、今にも泣き出しかねない彼女の胸の内だった。
これが偽らざるリアラの本音なのだろう。
「でもエルレインには力がある! あの人のおかげで、幸せだと感じている人達もいる! ……けど、わたしには何の力もない! 英雄だっていない。誰一人幸せにしていないし、どうやれば幸せにできるのかも、わからないもの……」
もう一人の聖女への劣等感と、目的を果たせない焦燥と……これは一同に、というかカイルに、聖女であることが知られてしまったショックがあるのかもしれない。
どう考えても通常の精神状態から程遠いリアラに、カイルの言葉は逆効果だった。
「そんな……そんなことない! だってリアラは、すごい力を……!」
「やめて! 何もわからないくせに、無責任なこと言わないでよ!」
カイルにしてみれば、彼にとっての事実をただ口にしているだけだ。しかし、今の彼女には何を言っても通じるはずはなかった。
彼は人間、彼女は聖女。リアラにとって大いなる力の所持は当たり前で、下手な慰めなんか聞かないとヒスを起こしているのだから。
それでも無理やりリアラを納得させたかった彼は、最も聞きたくなかったであろう言葉を引きだしてしまった。
いや──この場合、売り言葉に買い言葉という要素が大きいが。
「わからないって……オレは!」
「あなたには何もわからないわ! 使命を負うことの重さも、本当に力がどんなものかも!」
「そんなことない!」
「わからないわ! だってカイルは、聖女でも……英雄でも、ないじゃない!」
──時が凍る。口にした言葉は、取り消せない。