神様にめっされることもなく、どうにか戻って参りました、過去に。
しかしながら、何事もなかったかのようにはいかずに。
ひんやりとした大気が頬に触れて、眼を開く。
辺りを覆う一面の雪、見たことのある町の風景はここがファンダリアのハイデルベルグであることを証明していた。
倒れていた体を起こせば、そこかしこに仲間達の姿が散らばっている。
金髪はカイル、銀髪はロニ。変な白骨仮面の隙間からのぞく漆黒の髪はジューダス、瑞々しい枝色の髪はリアラで、二つにくくった緋色の髪が……
「!?」
他の誰に構うことなく彼女の元へ駆け寄り、その体を起こす。
どれだけ倒れていたのかわからないが、彼女は酷暑の地に住んでいた人間だ。いきなりショック死はなかろうが、それでも放置しておくという選択肢はない。
抱き起こして意識を取り戻させ、とりあえず予備の外套でカルバレイス仕様の服に包まれた体を覆う。
その間にロニがむっくりと体を起こすのが見えた。ナナリーが倒れていたのは彼の真後ろにあたるため、ロニが彼女に気付いた様子はない。
「ここは……ハイデルベルグか?」
「そのようだな。どうやら戻ってきたらしい。僕達の時代に」
ロニと同じように起き上がったジューダスは、黒い衣装に張り付いた雪を払っている。
同様にカイルやリアラも立ち上がっているが、二人の間には重苦しい空気が漂っていた。
一見向かい合っているように見えるが、互いに目を合わせようとしない。
「ふぅ、やれやれだぜ。まったく大変だったなぁ、カイル」
「……」
それがわかっていないのか、わかっていてやっているのか。ロニはわざとらしくカイルへ話しかけるも、彼から反応はない。
その様子を見てか、リアラは小さくうなだれた。
「……ま、まぁともかくだ。無事十年前に戻ってきたんだ。それはめでたいことだよな、な?」
どうにかこうにか、漂う険悪な空気を払おうと彼は奮闘している。
しかしそれは誰一人として通じず、空しく風が吹いていくだけだ。
おそらくその様子を見かねてだろう。それまでしきりに体をさすっていた彼女が、ロニへ話しかけた。
「……あんたねえ、もうちょっと空気ってもんを読みなさいよ」
「うるせぇ! おまえ、用がすんだんならとっとと帰って……」
自分でも自覚しているのか、あるいは条件反射か。ナナリーの突っ込みにロニは必要以上に声を荒げている。
が、すぐにその姿を見て目を丸くさせた。
「って、ちょっと待て! どうしてお前、ここにいるんだ!?」
「どうしても何も、光に巻き込まれて気づいたらここにいたんだからさ」
外套の前をかきあわせ、そんなこと言われても困るとばかり全力でぶんむくれている。
その様子を見て、リアラはペンダントを手に取ると彼女へ歩み寄ろうとした。
「ごめんなさい、ナナリー! 今すぐに、あなただけ未来に……」
「ストップ! あたしも、あんたたちについていくことにするよ」
歩みかける少女を制して、ナナリーは驚くべき発言をしてみせた。
驚くロニなど歯牙にもかけず、彼女の述べた言い分はこうだ。
「エルレインは、勝手に歴史を変えて自分の都合のいいようにしようとしてるんだろ? ならあたしはそれを止めてみせる! あいつの好き勝手にはさせないよ!」
「だが、それは結局歴史を変えるということになるぞ」
一応止めようとしているのか、ただ客観的に物を言っているだけなのか。まず反対の意を示したのはジューダスだった。
しかし、多分無駄だろう。古今東西、この手のタイプは己が決めたことをそう安々翻すものではない。
「それにだ。この時代の人間ではないおまえがここにいるだけで、歴史は変わってしまっているんだぞ」
「それを言うなら、あたしたちの時代にあんたたちがいたのもマズイんじゃないのかい?」
畳みかけたつもりが、逆に言い返されている。言葉の詰まったジューダスに代わり、ロニが詰まりつつも肯定を示した。
「そりゃまあ、そうだが……」
「なら、お互い様ってことだね。今さら言ったって、始まらないよ」
理屈の上でなら、返す言葉はない。変えることがまだ可能な未来に対して、ここが変えてしまったら取り返しのつかない過去である、ということ以外は。
理詰めで言い負かす、あるいは別の方法で彼女を未来へ帰すことはできる。
今回それを積極的に行う意志がなかったフィオレは、ジューダスの視線に軽くかぶりを振ってみせた。
「というわけで、あたしはあんたたちについていくよ! もう、決めたからね!」
「……どうする、カイル? お前が決めろ」
説得はあきらめたらしいジューダスが、一応パーティリーダーであるカイルに最終判断を仰ぐ。
特に逡巡らしいものもなく、彼はひとつ頷いた。
「わかった。ナナリーがそう言うなら、オレはいいよ」
「じゃ、決まりぃ!」
「……まったく、うるさいのがついてきちまったぜ……」
何やらぶつくさ呟くロニにすすっ、と近寄って。フィオレはひっそり囁いた。
「ロニ」
「あ?」
「口元、にやけてますよ」
一言それを告げた瞬間。彼はパッと口元を抑えて骨が外れるほど首を横に振った。
一応隠しているようだが、浅黒い肌は驚くほど赤くなっている。
「ン、んーなわけねえだろうが! 変なこと言うなよな!」
「わかりますよ。ナナリーのご飯は美味しいから」
初めてみた初々しいロニに盛大な肩すかしを食わせて、フィオレはくるりと一同に向き直った。
ナナリー加入が確定したところで、話を元に戻す必要がある。
「さて、それでは早急に国王陛下を見舞いましょう」
「あの後、ハイデルベルグがどうなったのかを確かめんことにはな」
ハイデルベルグ襲撃に関してナナリーに詳細を説明しながら、王城を目指す。城門はフィオレが通った際と同じく、門番どころか人の気配がない。
そのままずんずん進んでいくと、やがて死屍累々と兵士達が倒れているのが見えてきた。
ただ、放置しているわけではない。まだ動ける兵士や城付きの侍女、城下から駆り出された医者などがそこかしこを走り回っている。
当然一同の侵入も見咎められたが。一体どんなからくりなのか、カイルの顔を知る兵士が一声上げただけで何故かすんなり通り抜けられた。
「……?」
「ここの連中は、カイルがスタンの息子であることを知っている。後は……想像に任せる」
詳細はわからないが、ウッドロウが戦友の息子たる彼に特別扱いでもしたのだろうか。親の七光り的なものに対する感想はさておいて、面倒がないことを喜んでおく。
通された先、謁見の間にて、負傷したウッドロウは、最後に見た姿と同じく玉座の足元に横たわっていた。
召集された街医者が何人も集い、必死の治療を敢行している。しかし遠目から見ても容態は深刻で、いつ息を引き取っても不思議ではなかった。
「大丈夫ですか、ウッドロウさん!」
「申し訳ありませんが、別室にてお待ちを……「リアラ。お願いできますか」
「……ええ」
結局、カイルとは一度も言葉を交わさなかったリアラが、フィオレの求めに小さく頷く。そのまま少女を見送ろうとして、フィオレは小さく首を傾げた。
まるでエスコートを求める令嬢のように、リアラが手を差し伸べてきたから。
「手を繋いでほしいの」
突然の申し出に、首を傾げながらも応じる。何事かと見やる医師達を尻目に、玉座へ歩み寄ったリアラはレンズペンダントを手に取った。
僅かな集中の後、ペンダントに輝きが宿る。以前よりも遥かに早い力の収束にフィオレが驚く最中、光は零れてウッドロウの全身を覆った。
直視もためらう患部が、見る間に塞がっていく。土気色だった顔色に生気が帯び、完治とはいかずとも生命の危機を脱したことは誰の目にも明らかだった。
「すごいではありませんか、リアラ……!」
「……フィオレのおかげなのよ?」
彼女の言いように奇妙なものを感じるも、まずウッドロウに目を覚ましてほしい。
そして、そろそろフィオレ自身に限界が訪れかけている。リアラと共に玉座を離れて、フィオレは一同にも背を向けた。
「所用を思い出しました。この場を離れますので、後で話を聞かせてください」
「?」
「命よ、健やかであれ。心安らかな癒しを、あるべき姿を」
取り出した瑠璃色のレンズから、
対象のウッドロウに譜陣が敷かれたことを確認して、フィオレはゆっくりと歩き始めた。
♪ Luo Rey Qlor Luo Ze Rey Va Ze Rey──
譜陣より立ち上る癒しの輝きが、ウッドロウを包み込む。それよりも早く──透明な調べが謁見の間に響いたその時。
閉ざされていたその目は、唐突に見開かれた。
「陛下!」
そのままがばりと体を起こしたウッドロウに、街医者達が奇跡だと刮目し、臣下達は目を潤ませて彼の元へ殺到する。
ウッドロウの無事よりも一同はフィオレの行方を気にかけていたが、すでに当人の姿はどこにもなかった。
「今のは……」
「あいつのことは後だ。それより」
「レンズは、無事か? あれを奪われることだけは……!」
負傷こそ完全に癒えたものの、失った血液や体力はそうもいかない。
ふらつく体を叱咤して自ら確認せんとするウッドロウにかけられた家臣の言葉は、実に意外なものだった。
「ご安心ください、陛下。エルレインは何もせず逃げ帰っていきました」
「なんだって?」
更に兵士の言い分によれば、レンズの保管庫へは誰も近づけていないという。
その言葉に、殊更いぶかしがるのはジューダスだった。
「王が倒れれば民衆は混乱し、神団の連中が付け入るスキもできる。今回はその絶好の機会だったはずだ。だがそれをしなかった……なぜエルレインは、ウッドロウにトドメを刺さなかったんだ?」
剣呑なその言葉を聞いて、兵士の幾人かが目の色を変えている。
内々の会話を聞いていなかったらしいウッドロウが尚も確認しようとするのを見て、カイルが駆け寄った。
「ウッドロウさん、オレ達が今すぐ見てきます!」
王から鍵を受け取り、彼が玉座へ腰を降ろしたのを確かめてレンズが保管されている倉庫の扉を開く。
──しかし。以前見た際、高く積み上げられていたレンズの山は、一枚たりとも存在しなかった。
「そんな……!」
「ウッドロウへの襲撃はおとり。連中の本当の目的は、レンズだったんだ」
「けどよ、あんだけのレンズを一体どうやって……」
「……エルレインなら」
空っぽの保管庫の中に、静かな少女の声音が響く。一同の視線を一点に集めたのは、声音の持ち主であるリアラだった。
「エルレインの力なら、物質転送くらいわけないわ。人間すら、未来へ送れるんですもの」
「……これではっきりしたな。フィオレが言っていた通り、エルレインはこれからフォルトゥナ神を降臨させる腹積もりだ」
そこへ、一同が戻ってこないことを不思議に思ったのだろう。兵士数名が保管庫へ確認にやってくる。
そこで初めてレンズがないことに気付いた兵士らは慌てて城の中へ散っていき、謁見の間には彼らが取り残された。
再び玉座の元へ集う時。玉座のウッドロウは、思わしげな表情を浮かべていた。
「……あの様子では、やはり……」
「……はい」
「なんて……ザマだ! 侵入を許し……あげくレンズまで……!」
臣下がいないことなどおそらく関係ないだろう。嘆きをあらわにするウッドロウを前に、カイルが身を乗り出した。
「ウッドロウさん! オレ達が、何とか……!」
「……これは、ハイデルベルグとアタモニ神団間に起きた政治的な問題だ」
だからカイル達は関係ない、という話に及ぶかと思われたが、話の方向性としてはどちらでもない。
「君の申し出はありがたいが……明日、改めて話がしたい」
するべきことは明らかなのに、何故明日まで待たなければならないのか。
くってかかろうとするカイルをいさめたのは、ジューダスだった。
「言っただろう、政治的な問題だと。アタモニ神団の長であり信仰の対象ですらある聖女を状況証拠だけで盗人扱いしてみろ。アタモニ神団はおろか、信者全員を敵に回しかねん」
「そういうことだ。これかたファンダリア王国として今後どのように対応するのかを検討する。会議の結果が出るまで、城に滞在してもらいたい」
聞こえはいいが、内情を知るカイル達を国外へ出さまいとするようにも受け取れる。
納得したカイルは頷くも、ジューダスはそうしようとしなかった。
「ハイデルベルグ内を出歩くことくらいは、許可してもらえるんだろうな」
「お、おいジューダス……」
「何か用事でもあるのかね?」
たとえ国王相手でも一切態度を変えない彼をロニがいさめようとするも、ウッドロウは気にしていなかった。
案外、傲岸不遜なその態度が誰かを彷彿とさせて、新鮮だったのかもしれない。
「仲間が別行動中なんだ。そいつを呼ぶことくらいは構わないだろう」
「仲間……?」
「え、ええ。さっきちょっと用事があると言って席を外してしまって……」
「それは先程、聞き慣れぬ調べを口ずさんだ女性のことかね」
にわかに、ウッドロウの口調に真剣なものが帯びていく。それに気付いてか、ジューダスもまたその声音に慎重なものが混ざりつつあった。
「……だったらどうだと言うんだ」
「仲間の召集ならば、こちらが承ろう。名と特徴さえ教えてもらえれば、探させるが」
「たかだか仲間一人のために手勢を割いてもらう必要はない。僕に外出許可が下りればいい話だ」
「お前まさかそんなこと言って、公園かどっかでフィオレといちゃつく気じゃ」
「ほう、仲間の名はフィオレ君というのか。奇遇だな。私にもかつて、その名を名乗る仲間がいた」
ロニの茶々にジューダスが言い返すより早く、ウッドロウがそれを呟く。一瞬でも現状を忘れ、懐かしそうに目を細めるウッドロウにロニが反応した。
「隻眼の歌姫──フィオレシアさんのことですね!」
「……ああ。残念ながらもう、似せ描きですら彼女の姿を見ることは叶わないが……」
ウッドロウの視線の先には、かつて絵画だったものが何かをぶつけられでもしたかのように破壊されてしまっている。
英雄王より初めてその事実を聞かされたロニが好奇心に耐えられず問えば、彼は快くその人柄を思い出した。
「文武両道、品行方正にして楽才溢るる……たおやかな外見に反して剣の腕も立ち、非常に気丈な人だった」
「完璧な……英雄だったんですね」
「そうだな。もし彼女が生きていたら、君の求める英雄だったかもしれない」
憧れる隻眼の歌姫が自分のイメージ通りだと知り、ロニは声を上げないばかりに高揚している。
リアラのさりげない失言にも笑顔で応じて、ウッドロウの話は続いた。
「彼女の出身は不明とされていたが、一時は我が父との父子関係も囁かれていた。何しろフィオレ君は、父や私に酷似した雪色の髪の持ち主だったからね」
それを聞き、ナナリーがぴくりと反応する。それを瞬時に見咎めたジューダスに睨まれ、彼女は開きかけた口を閉ざした。
一方、ロニやウッドロウはそんなやりとりに気付いていない。
「本人が否定したんですよね。初めは記憶喪失だったけど、少しずつ思い出せているからって……」
「それを聞いて胸を撫で下ろしたものだよ。恋した相手が肉親などと、これ以上の悪夢はない」
話の流れに合わせてさらりと言い切られたその言葉に。ロニは笑顔のまま「へ?」と零し、リアラはつぶらな瞳を大きく見開いた。
それはカイルも同じことで、かなり聞きにくいことをずばりと聞いてしまっている。
「え、じゃあ。ウッドロウさんが失恋した相手って、まさか」
「そう。十八年も前のことだから断言できるが……私は彼女に指環を贈ろうとして、断られたことがある」
一国の王にふさわしい堂々とした告白に、一同は驚きもあらわに声まで上がる始末だ。
興味本位で根掘り葉掘り尋ねかけたロニをいさめたのは、すっかり不機嫌になったジューダスである。
「──国王陛下の古傷をほじくり返す前に、互いにやることがあるはずだ」
「んじゃあお前、フィオレを探してこいよ。こんな話、滅多に聞けねえぜ」
「ゴメン、ジューダス。あたしもちょっと聞きたい……」
英雄の語り部にして、泡沫の英雄に関することなのだ。カイルもリアラも言い分は違えど、同じような理由で留まりたがっている。
深い深いため息をついて、ジューダスは謁見の間を、ハイデルベルク城を後にした。その足で向かったのは、王城付近にあるハイデルベルグ記念公園である。
立ち去る直前、ジューダスとシャルティエにのみ通じる念話で、彼女は自分の行く先を告げていた。
復興記念としてウッドロウ自ら設計したとされる記念公園だが、今は閑散としている。すぐ近くに飛行竜が激突した時計塔があるのだ。数日もすれば復興作業と野次馬で活気づくだろうが、今は騒ぎの直後。時計塔の崩壊を、そのとばっちりを怖れて人気はない。
真っ白な公園内、たったひとつの足跡が展望台へ向かう形跡がある。それを追って歩けば、やがてジューダスは人影を視界に収めた。
展望台に設置されたベンチに腰かけ、くったりと体を預けた女の姿──フィオレを。
様子がおかしいことにいぶかりながら、足音を隠さずザクザクと近寄っていく。やがてベンチへ、手を伸ばせば容易に触れられる位置まで到達しても、フィオレは一切反応を示さなかった。
「おい、こんなところで寝るな。風邪を引く」
防寒具こそまとっているが、気温は雪国の標準値だ。屋外で眠りにつこうものなら、風邪を通り越して命の危険性すらある。
「……どうなりました?」
「ウッドロウは全快したが、城に蓄えられていたレンズは全て強奪されていた。ハイデルベルクとして今後、どのような対策を取るのか協議が終わるまで僕らは城に足止めだ」
ぶつ切り過ぎて抽象的過ぎる情報に、フィオレは困惑する素振りも見せず淡々と説明を求めた。
それに応じながらも、自分が出てくる寸前に交わされていた会話の内容を語るべきか語らぬべきか、彼は迷っていた。
今後のことを思うなら迷わず語り、対策を取らせるべきだ。ウッドロウに彼女の正体が知られれば、芋づる式に己の正体も危うくなるのだから。
しかし対策と言えど、何があるだろうか? すでに彼女は顔を隠している。
それを取らないのはいつものことで、もし好奇心に駆られてウッドロウが帽子を取れと命じてきたら。
「ところでジューダス」
何と切り出すべきかと悩む彼に、フィオレはまるで体をほぐすようにあちこちを動かしながら切り出してきた。
「……なんだ」
「状況はわかりました。ウッドロウは、隻眼の歌姫について何か仰っていましたか?」
「ああ。あの歌を聴かせたせいで、お前への恋心が蘇ったのかもしれないな」
投げやりにそれを言って、自分が出てきた際の会話内容を大まかに話す。黙ってそれを聞いていたフィオレだったが、言葉が切れたところで大きく息を吐き出した。
「……大変危険ですね。対抗策を取りましょうか」
「とはいえ、お前はすでに顔を隠しているだろう。その帽子を取れと言われたら……」
「そう言われても問題ないようにするのが対抗策です」
言って、フィオレは帽子を外している。手鏡と、そして荷袋の奥底をひっかきまわすようにして取り出されたのは、錠剤を保管しておくものに見える小箱だ。
それらをベンチへ置き、座りこむ。一体何を始めるのかと見守るジューダスの目は、いつしかまん丸となった。
「……初めから、それを使えば」
「奥の手はいくつ用意したって困るものではありません」
少しでもかつての印象を薄れさせるためなのか、まとめていた髪を三つ編みに編んでいく。それを帽子の中に押し込み、深く被る。
これでいいだろうと言わんばかりに、フィオレはジューダスを促して城門を目指した。
騒ぎが一段落し、飛行竜もなくなっているからなのか。城門には幾多のハイデルベルク住民が集っていた。
彼らの侵入を許さぬようにか、姿の見えなかった門番が常駐している。
「一体何があったんだ!」
「ウッドロウ様は無事なのか?」
「後日、正式な発表がなされる! 陛下のことならば、案ずることなかれ!」
同じような質問に門番が声を張り上げて応じているものの、それで納得できれば誰も来やしないだろう。
当然フィオレ達が城へ入ろうとするのも阻止された。
「お前達、王城に何用か! 顔を隠して、怪しい奴らめ!」
「……入っちゃダメらしいですよ。出直しましょうか?」
「後でいちゃもんをつけられても困る。最低限の連絡はしておこう」