swordian saga second   作:佐谷莢

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 ファンダリア王城、豪華客室で一泊。
 カイルの尻は派手にひっぱたいたものの、流石にリアラの尻を叩くわけにはいかずに。


第三十五戦——修羅場の後始末~その先に、強い絆が結ばれると信じて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人とも、好き好んで城に近づきたいわけではない。

 これ幸いと、カイル達宛てに文をしたためようかと検討したところ、その案は完膚なきまでに破壊された。

 

「いたいた、二人とも!」

 

 城の中からぞろぞろやってきた一同が、二人を呼ぶ。驚く門番そっちのけで、カイルはふう、と胸を撫で下ろした。

 

「よかった、ジューダス。フィオレを見つけてきたんだね」

「何が起こったのか、これからどうするのかはジューダスから聞きました。でも顔隠していて怪しいから入れないらし「わー! わー! か、カイルさん達のお知り合いだったんですねっ! これは失礼を……」

 

 どうやらカイルのことを知っていたらしい。これで知らなかったら面白いことになったのだが、そそくさと道をあける門番の手のひらの返しっぷりに苦笑しながら合流しようとして。

 フィオレはジューダスと共に、進みかけた道をあけた。

 

「フィオレ?」

「カイル、後ろ!」

 

 指摘通り振り向いた彼が、驚愕をあらわにして同じように道を譲る。

 彼らがやってきた道を歩むは、すでに気力体力共に回復させたらしいウッドロウだった。

 

「こ、国王陛下! ご自愛くださ……」

「おお、ウッドロウ様じゃ!」

「良かった、ご無事だったのですね!」

 

 事情を知る門番の声は、人々の歓声にかき消される。

 そのまま城の外へと出た彼は、住民達の一人一人を見回した。たったそれだけで、彼らの声はピタリと止まる。

 

「……すまない、皆。心配をかけた。私ならば、この通りだ」

 

 ズタズタになり、血まみれだった姿は着替えて隠し、この台詞。嘘は言っていないが、民を安心させるには充分だった。

 安堵の吐息がそこかしこから聞こえる中、ウッドロウの口上は続いた。

 

「此度の出来事に関しては、後日改めて公表させてもらう。今は、城を襲った怪物が街に入り込んでいる危険性があるのだ。各々厳重に注意し、家族に被害が及ばぬよう警戒を怠らないでほしい」

 

 集まった民達を鎮めるだけでなく、街中の安全確認をさせるためだったのか。彼の後ろから兵士達が続々と街へ出動していく。

 ウッドロウの無事に安堵し、兵士の出動を目の当たりにして不安を抱えた人々は、ぱらぱらと散っていった。

 その手腕にこっそり拍手していると、目立つような真似をするなとばかりジューダスに睨まれる。

 しかし、時すでに遅く。

 

「──お褒め頂き光栄だよ」

 

 苦笑じみた笑みを浮かべて、ウッドロウは城門に張り付くようにして立つフィオレを見つめている。

 十八年の時を重ねても、気さくな人柄はあまり変わっていないようだ。一国を代表し、治める者として様々な闇を見てきただろうに。

 無言で一礼するフィオレに対して、彼は門番達や出動する兵士を尻目に歩み寄ってきた。

 

「互いに初見ではなかろうが、自己紹介は必要かな?」

「御冗談を。あなたのことを知らない人間なんて、この国には存在しないでしょう」

 

 この場で自己紹介させるなど、ただでさえ王城関係者からの目が痛いのに自殺行為だ。そこでふと、彼の言葉がひっかかった。

 

「……初見では、ない? 国王陛下とお言葉を交えたのは、これが初めてのはずですが」

「言葉は、ね。だが、命の恩人を忘れるような恩知らずになった覚えはない」

 

 バルバトスと対峙した際の話か、それともつい先程の話か。

 瀕死のウッドロウが譜歌のことを知るよしもないだろうと解釈し、フィオレは話を続けた。

 

「──謁見の間にて、刃を抜いた無礼をお詫びいたしましょう」

「無礼などと、とんでもない。君が駆けつけてくれなければ、私は父と同じ最期を遂げていた」

 

 どうしよう。狙ってやっているとしたらすごい腹芸だ。

 血まみれでぐったりしている彼を見て気が動転してしまったとはいえ、やはりあんなことを口走ったのは失敗だったか。

 このままでは深い話に発展するのも時間の問題。対等ではない、明らかに目上の人間に対して如何にしてのらくら質問をかわしたものか。もう「記憶喪失である」という言い訳はできない。

 

「国王陛下、お体に触ります。どうかご自愛なさってください」

「ありがとう。こんなところではなんだ、君達も中へ……」

 

 これから展開されるであろう質疑応答を予測する、その時間稼ぎのために吐いたフィオレの一言に、ウッドロウはにこやかな笑顔で応じてくれた。

 王族としてではなく、紳士として最低限身に着けている作法としてか、それとも狙ってやったのか。彼は対峙していたフィオレの肩を抱くようにして城内へと誘おうとする。

 その大きな手が肩に触れた瞬間。それまで構築していた質疑応答のシミュレーションは、音を立てて崩壊した。

 

「──ひ、ぃっ!」

 

 声にならない、それでも明らかに悲鳴の類に及ぶ音を発してすくみあがる。考えてみればあれから、十八年の時が経過しているのだ。以前とは比べ物にならない異性の気配を感じ取ったフィオレの体は、耐える意志すら発生しなかった。

 それが拒絶を示すものだと、気づかぬウッドロウではない。

 予想外だっただろう反応に驚き、パッとその手を遠ざけた。

 

「……どうか、したのかね?」

「……たっ、大変失礼を働きました。私、その……男性に触れるのが苦手で」

「はああ?」

 

 奇声をあげるロニ、ジューダスを含む一同の視線は気にしない。高貴な手に触れられて驚いた、というのは上げてしまった声音からして無理なものがある。態度だけなら驚いた、で言い訳が通るかもしれないが、これでは少々難があった。

 後から考えれば、嘘を言っておけばウッドロウからの印象が悪くなり、気まずいという理由で接触せずとも済んだかもしれない。

 しかし、後の祭りである。

 

「男に触るのが苦手ってお前、今まで平気な顔してたじゃんか」

「ロニ、フィオレの平気な顔とか見たことあるの?」

「ひょっとして、ずっと我慢してたの?」

 

 やいやい言い始めた仲間達の言葉を無視できず、ウッドロウの傍を離れて彼らの元へ歩む。

 何故か身構えるロニに手を伸ばし、ぺた、と触れて見せた。

 

「なんだ、やっぱり平気……」

「あなた達はね」

 

 男として認識していないことは伏せておく。それだけで、彼らは都合のいい勘違いをしてくれた。

 

「ま、まあそうか、そうだよな。でなきゃジューダスといちゃぐふ」

「こいつのたわごとは置いといてだ。お前と違って忙しい国王陛下を煩わせるんじゃない」

 

 流れるように放たれた肘打ちとジューダスの一言により、どうにか一同解散の方向へと話が動く。

 ウッドロウは重臣が集ったということで会議、一同は城にて待機。

 彼に素顔を見せることなくやり過ごせたことに安堵しながら、カイル達はすでに通されたという客間へ連れられる。

 

「しっかしまあ、すごいよ。いきなりお偉くなった気分だ」

 

 カイル達の宿に、と案内された部屋は、本来国賓にあてがわれる客室だった。豪奢にして、寝そべればどっしりとした羽毛に包まれる寝台はおろか、調度品など下手に扱えば即壊れてしまいそうな危うさ──繊細さがある。

 一同が提供されたのは、複数の寝台が常備された客室二部屋だ。一応、これからのことを話し合うためとの名目上、漢部屋に集まったところで何故か夕餉が始まった。

 漢部屋には華部屋にない長テーブルが運び込まれていたため、話し合うに最適と思われたのだが。妙に部屋のインテリアと合わないと思ったらそういうことだったらしい。

 実際に国賓であったならば大広間にて食事会に招かれるのだろうが、今は会議で使用中なのだろう。

 しかし、そんなことは一切感じさせないほどに提供された夕餉は豪華だった。

 ロニやナナリーなどはしきりに感心を示して食欲旺盛だが、カイルやリアラは反比例してまったく進んでいない。次から次へと起こる出来事に忘却しがちだったが、二人はあの売り言葉に買い言葉を交わしているのだ。

 この分ではリアラが謝罪したとかカイルが歩み寄ったとか、そういったことはないのだろう。

 対極の雰囲気を醸し出す彼らをさておき、ジューダスは無感動にマイペースだ。そもそも何かに感動することが少ない彼だから、それは仕方ない。

 ──弾けていない火中の栗が、まだいくつも転がっている。それはわかっていたことだが、さてどうしたものか。このまま有耶無耶にするという手段はあるが、それで火中の栗は弾けきらないだろう。下手につつくことで、フィオレ自身に関する栗まで弾けそうな勢いだ。

 三種の空気漂う、一見騒がしく終わった夕餉が終わる。全ての皿が下げられ、食後のお茶が出てきたまではよかった。しかし。

 

「うっひゃー、すげえなコレ」

「……何をお考えなのでしょう、あの王様」

 

 食後のお茶と共に出されたのは、山盛りの氷と上品な水差し、山盛りの果物とアルコール各種である。

 蒸留酒を中心に種々様々なリキュールがずらりと並べられ、カクテルに必要な道具が用意されたワゴンにどっさり積まれていた。

 食事を終えても、未だ話し合いはなされていない。食事中は給仕の人間が、現在はバーテンダーに扮したシェフが待機しているため、内々の会話ははばかられた。

 そして今、フィオレは様々なカクテルを作ってはテーブルに並べている。それに食いついたのがロニだ。

 

「なんだよ、コレ。単なるウォッカじゃねーか」

「傍に塩とレモンがあるでしょう。塩を口に入れ、レモンを齧ってからウォッカを飲んでみてください」

 

 ロニにレモン・ドロップを飲ませてから、ある材料で作れるだけ作っていく。

 それを見て苦笑を浮かべつつ、バーテンダーが一礼して退室したのを見て、フィオレは手を止めた。

 

「追い払うためとはいえ、一体何種類作ってるんだ」

「ルシアン、ホワイト・スパイダー、ポロネーズ、ボルガ・ボートマン、ブラッディメアリー、ビッグ・アップル、スクリュードライバー、ソルティ・ドッグ、バラライカ、カミカゼ……レモン・ドロップ。これ以上は処理が難しいですね」

「これ美味しい! 作り方教えとくれよ」

「そこにあるものテキトーに混ぜればできますよ」

 

 興味を示さずお茶を飲むお子様二人組、呆れるジューダスはさておいてロニやナナリーと共に片づけを始める。

 作り始めていた当初から手をつけていたロニ、カクテルの存在を初めて知ったかのように興味津々のナナリー。夕餉と同じくして三層の空気が形成されつつあるところを、ぶち壊したのはロニだった。

 

「しっかしまあ、あれだな。時間旅行から帰ってみりゃあレンズはなし。よくもまあ、こう難問ばかり続くもんだ」

 

 どうも沈みがちな空気を嫌ったのか、カクテル片手にぶつくさ呟いている。

 酔っ払いの戯言と同様に誰もが聞き流していたが、次なる一言で導火線に火がついた。

 

「波乱万丈とはこのことだな。リアラと出会ってからこっち、退屈するヒマもありゃしない」

 

 その言葉にリアラがピタリ、と動きを止めたかと思うと小さくうなだれている。

 その少女の反応にいち早く気付いたナナリーがロニに駆け寄るなりその後ろ頭をはたくも、出てしまった言葉は止められない。

 丁度、リアラがカイルを否定したように。

 

「いてぇっ! 何しやがんだ、この……!」

「バカ! ちったあ考えてもの言いな!」

 

 ナナリーの視線が動いたことで、ロニはようやくリアラの様子に気づいたようだ。酔いなどいっぺんに吹き飛んだ面持ちで弁解するも、後の祭りとはこのことである。

 

「あ、いや違うんだよ。リアラが来たから迷惑してるとか、そういうんじゃなくて……」

「じゃあ何なの!?」

「退屈しなくて、いいよなってのが言いたくて……な、なあカイル!」

 

 ナナリーの剣幕、リアラの沈黙から逃れんと苦し紛れにカイルへ話を振る。

 しかし、料理はおろかフィオレが作ったカクテルにすら興味を示さなかったカイルが、この時ばかりは聞き耳を立てていたわけでもなく。

 

「……」

 

 たっぷりの沈黙の後、再度ロニから声をかけられ。カイルはようやっと反応を見せた。

 

「……え? 何? ゴメン、聞いてなかった」

「──ごちそうさま」

 

 耐えきれなくなったようにリアラが席を立ち、一拍遅れてナナリーが後を追う。

 バタン、と扉が閉じられた後、なんとも気まずい空気が残された。

 

「……お前はいかないのか」

「ナナリーにお任せします。私は誰かをなぐさめたり、勇気付けたりするのが苦手なので」

 

 くい、と自分で作ったカクテルの杯を空ける。その調子で全てのグラスを空にしたフィオレは、運び込まれたワゴンにそれらを片づけ始めた。

 ふう、と一息ついてから、ひょいとカイルを見やる。

 

「でも、何もしないというのもアレですしね。やれるだけのことはしておきましょうかー……女の子の涙は嫌ですが、野郎のヘタレ面なら平気ですし」

「!?」

「カイル。いつまでもヘソ曲げてないで、いい加減現実を見据えたらいかがです」

 

 ここでフィオレは、正面からカイルを名指しして挑発した。こちらは聞いていたようで、彼の肩がぴくりと震える。

 なぐさめたり勇気付けたりはできなくても、事実を指摘することくらいならできる。このくらいなら、誰だって。

 

「オ、オレは別にヘソを曲げてなんか」

「曲げているではありませんか。帰ってきてから……いや、リアラに英雄でないと否定されてから、ずっと。彼女に本当のことを言われて、どこまで深く傷つけば済むんです?」

 

 突如として始まったやり取りに、ロニはおろかジューダスすらも戸惑っているようだった。まさかフィオレが、カイルに直接苦言を呈すなど思っていなかったらしい。

 心の琴線に触れられたら、どんなにくだらないことでも人は感情を乱す。それは悪いことではなく、むしろ人として正常なことだ。

 問題は、それで発生したストレスをどこにぶつけるか、あるいは抱え込むか。後者の場合、抱え込めば誰も傷つかずに済むのだが……その実、抱え込んだそれは針を生やした球体のように己を傷つける。

 彼に傷ついてほしくなければ、無理やりにでも取り上げるしかない。悪く思われても嫌われても、一切構わないからできることだが。

 少なくともフィオレは、それを信じていた。

 

「本当のことって……オレは!」

「英雄じゃないでしょうが」

 

 ここへきてとうとう感情を取り戻したかのように声を荒げたカイルに、フィオレは容赦なく事実を突きつける。

 一瞬にして顔に血液を集めたカイルは、怒りかあるいは当時を思い出してか反応はない。それをいいことに、フィオレは更に言い募った。

 

「本当のこと言われてヘソ曲げて、挙句彼女を無視するなんて器が小さいにも限度というものがあります。そんなに彼女から幻滅されたいんですか」

「……そんなことっ、フィオレにはカンケーないだろ!」

「もちろん。二人の関係そのものはね。しかし行動を共にする者としては迷惑千万です。戻ってきて以降、どれだけ微妙な空気が我々を包んでいたと思っているんです」

 

 いかにカイルが鈍感でも、気付かなかったとは言わせない。

 思わずたじろぐカイルに、フィオレはなんの遠慮もなくずいずいと踏むこむ。

 感情にとらわれることなく、ただ彼が抱えているものを奪うがため。

 

「そ、それは……」

「おい、フィオレ。いくらなんでも言い過ぎ……」

「この空気を払おうと自発的に道化を演じ、あえなく自爆した人がまたかばおうとしてる。あなたはそれに甘えて、現実から逃げるのですね」

 

 くちばしを挟もうとしたロニを追い払うのではなく、逆に彼をあげつらねて罵る。

 ──この方法は、即効性があったようだ。

 

「に、逃げてなんか……」

「どの口でそんなことを言うのですか。私の言葉に何一つ反応しないで、ロニに助けてもらって……幼いし拙いと思っていましたが、やっぱり子供ですね。今からでも家に帰った方がいいんじゃないですか?」

 

 ただ単に英雄でないことを突きつけても、カイルは怒らないだろう。何せそれを言うフィオレに、カイルは一度たりとも勝ったことがないのだから、へこませてしまうだけだと。

 悪いとは思ったが、ロニを利用させてもらった。彼なら、カイルが悪しざまに言われていたら必ず助け舟を出すとふんで。

 そこを突き、事実だけれども言われて怒りそうなことをほぼ思いつきで並べれば。

 

「……っ」

 

 彼は言葉をなくし、珍しく怒気をにじませた瞳でフィオレを睨んだ。

 それを見て、思わず口元に笑みが浮かぶ。これでもう、余計な言葉を並べ立てる必要はない。

 

「ふっ」

「何が可笑しいのさ!」

「元気が出たようで何よりでございます。さて、ちょっと組手でも「上等だ!」

 

 言い終わるか終らないかの辺りを狙い、素手のカイルが殴りかかってくる。交差した腕で拳打を止めたフィオレが、そのまま裏拳をカイルに放った。

 それを頬で受けたカイルが無理やり突っ込んでこようとするのを、足を払って転ばせる。

 見事に顔から転倒するも、真下はふかふかの絨毯が敷かれている。彼の鼻が潰れることはない。

 即座に飛び起きるカイルの手を踏もうとして、逆にその足を取られた。

 

「でぇいっ!」

「!」

 

 這いつくばったその状態からフィオレを転ばせようとして、耐えたフィオレがその脳天に肘を打ちこむ。

 脳天に直下、突き刺さった鈍痛にカイルの手が緩んだところで振りほどき、距離を取った。

 実戦なら顔面に蹴りでもくれてやるところだが、これは組手。そこまでして勝利せねばならない戦いではない。

 

「くそぉっ!」

「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」

 

 せせら笑うような笑みを故意に浮かべて、本当に手を鳴らし扉を開く。一瞬の間も置かずカイルが後を追い、二人はそのまま廊下へ出た。

 何故かいる使用人が慌てふためいているものの、組手には邪魔なワゴンを押し付ければそそくさと退散していく。

 双方武器はなく、素手のまま組手──否、取っ組み合いは続く。一見、単なるケンカのように見えるだろうが、カイルはさておきフィオレは冷静だった。

 打ち出される拳打、蹴打を受け、あるいは流し、攻撃を繰り出すも決定打は与えない。

 体格も体力も筋力も、何より性別の違う二人がここまで互角なのは、実力と経験のハンデがあるからだ。そうでなければ、とうの昔に決着がついていたことだろう。

 とはいえ、いつか限界はくる。単なる体力だけの勝負においては圧倒的に不利なフィオレが先にその兆候を見せた。

 カイルの手刀を難なく打ち払い、逆に拳打を放ったフィオレだがその拳を捕まえられる。ほんの一瞬でもがっちり組み合うことを嫌ったフィオレは、突き飛ばすと同時に自らも床を蹴って距離を取った。

 好機とばかり、カイルが距離を詰める。その突進に対して半身になってやり過ごそうとしたフィオレは、直後襲いかかる鈍痛にもんどりうった。

 

「うわっ、たっ」

 

 どさり、と音がして真横を見れば、汗だくのカイルが息を荒げて共倒れしている。受け身を取り損ねて痛む体をさすりつつ起き上がれば、鈍痛の原因が判明した。

 細いが、ガッチリと締まったカイルの二の腕。それがフィオレの首へ引っかけられていたのである。

 ろくすっぽ体術を知らない少年が、心得のある自分を倒した。この度、組手を彼が動けなくなるまで続ける予定だったフィオレにしてみれば、嬉しい誤算というべきだろう。

 素直にそう思えないのは、とうとう一発喰らってしまったという事実にあるが。

 

「は、初めてフィオレに当てた……」

「馬乗りになって首でも絞めていれば、文句なしの一本でしたがね」

 

 少年の感慨をぶち壊してやれば、彼は頬を膨らませてフィオレを睨んだ。

 しかしその目に険はなく、表情を苦笑いに変えてまた倒れ伏している。

 

「カイル、あなたは英雄ではない」

「……うん」

「でも、確実に成長している。それは今、あなたが英雄でないことと同じくらい、確かな事実です」

「……うん!」

 

 口で言っても納得したかは怪しいが、組手を通して伝わったのなら問題はない。手段として少々荒っぽかったが、大した怪我もなく事が運んだなら万々歳だ。

 ちら、と漢部屋を見やれば事の成り行きを見守っていた目が隙間から覗いている。後は彼に任せればいいかと、フィオレは立ち上がった。

 

「私も戻ります。明日、風邪を引いて謁見の間で洟を垂らさないでくださいね」

「しないよ! ……えっと、ありが「罵倒されてお礼言うなんて、変わってますね」

「そんなんじゃないよ。今の悪口だって、オレが成長してるって教えようとして、わざと言ったんだろ?」

「それに気づけたことも、あなたの成長の証です。ではお休みなさい、カイル」

 

 一度たりとも振り向かず、フィオレはそのまま女性陣用にとあてがわれた客室へ立ち去っている。

 ──これで、カイルは大丈夫だ。問題は、リアラの方である。

 男性は理屈でものを考え、女性は感情でものを考える傾向が高い。それは口に出してしまう確立にも比例していて、結果リアラはカイルを傷つけてしまった。

 更に彼女は、聖女としての使命とやらに心を縛られてしまっている。多感な少女であることに加え、そのことを考えるとカイルより遥かに厄介な相手といえよう。

 控え目なノックをしてから、扉をそっと開く。部屋の中では、三つの内二つの寝台が膨らみ、それぞれ寝息を発していた。

 果たして彼女達の間でどのような会話が交わされたのか、わからないのが残念だ。だが、眠れているならそれでいいことにする。

 昼間は砂漠を渡って汗だくに、先程はカイルと取っ組み合いで大分汗をかいた。このまま寝台に寝転んでぐっすり眠ってしまいたいところ、部屋に備え付けられた浴室に入り込む。

 ──そして、フィオレが戻ってきた時のこと。

 もそもそと衣擦れが聞こえたかと思うと、寝台に横たわっていたひとつの影がむくりと起き上がった。

 特徴的なツインテールをほどき、それまで眠っていたはずの……ナナリー。

 

「フィオレ?」

「起こしてしまいましたか」

「いや、あんたが来るまで起きてるつもりだったけど、布団にくるまってたらいつの間にか寝ちまったみたいだ」

 

 眠っているリアラを起こさないよう小声で言葉を交わし、フィオレはナナリーの寝台に腰かけた。

 キシッ、と二人分の体重を咎めるように寝台が鳴る。ナナリーの灯したランプが、ちらちらと揺れた。

 

「──久々に見たから、誰かと思っちゃった」

 

 厚手のバスローブに防寒用のガウンを羽織るフィオレは、もちろん顔を隠していない。髪の色は元に戻してあるものの、いざというときのため両目は紫紺のままにしてある。

 でなければこんなに落ち着いて、彼女と対面していない。

 

「起きてるつもりだったというのは、何か話でも?」

「その、ちょっと聞きたくてね」

 

 聞きたいことが、ということはおそらく、カイルとリアラの話ではない。何となく想像はつくものの、フィオレは話を促した。

 

「あんたってさ、もしかして……泡沫の英雄の血縁とかじゃないかい?」

「──また、突拍子もない質問ですね」

 

 一体ウッドロウは在りし日を思い出して、何を彼らに話したのやら。

 ジューダスはフィオレを探すため中座したとかで全ての話を知らないと言っていたが、彼女の様子からして色々吹き込まれた様子。

 

「だってさ、あんたのその髪。この街の雪と同じ色だろ?」

「外的要因がない限り、雪は大体この色です」

「そういうことじゃなくて。泡沫の英雄もそんな色の髪だって知ってさ、ひょっとしたら、って思ったんだけど」

「血縁、ねえ……」

 

 素直に答えるなら、答えは応だ。フィオレは泡沫の英雄──隻眼の歌姫張本人で、血の繋がりどころか同じ血の持ち主である。

 どうせ事実を知られる予定もなし、フィオレはあっさり答えておくことにした。

 

「ロニに漏らさないでくださいね。確かに私はせき……泡沫の英雄所縁の人間です」

「そっか。だから彼女が愛した歌なんかも詳しかったってわけだね。ね、あの歌ってどんな……」

「──誠に申し訳ないのですが、それを話していたら夜が明けてしまいます。ところでナナリー」

 

 惜しげもなく興味を示すナナリーを抑えて、フィオレはコホン、と咳をした。

 ここから先は、ナナリー以外の人間に聞かれるわけにはいかない。

 

「リアラのことなのですが、何かお話しましたか?」

「──うん、まあね。すごく落ち込んでたよ。もう終わっちゃったんだって、言い方はアレだけど悲劇のヒロインかと思った」

 

 彼女の耳元でごにょごにょ囁けば、ナナリーも心得顔で同じように返してくる。

 何が終わったのかを尋ねれば、カイルと自らの関係だそうだ。

 だからナナリーは、己の経験を持ちだして語ったそうだ。ケンカとは、本気で相手のことを判りたい、自分のことをわかってほしいからこそすることだと。

 

「……確かに。どうでもいい相手に費やす労力などありませんね」

「そうさ。だから二人の関係は始まったばかりなんだよ。うわべだけの付き合いから、一歩踏み出したところへさ」

 

 聖女の使命はさておいて、カイルとのことを語ったというのなら、それでいい。

 二人の会話に立ち会っていないフィオレにはそれを聞いたリアラの反応まではわからないが、ナナリーは最善を尽くしてくれたと思う。そんなわけで、真面目な話はここで終わらせることにした。

 

「──そうですね。二人はケンカばっかりしていますね。とっくに一歩、踏み出してますもんねえ」

 

 浮かぶ笑みは抑えこまずに茶化せば、ナナリーはその髪と顔色を同じにして慌てだした。

 

「な、ななな、何言ってんだい! あたしとあのアホは別に、そんなんじゃ」

「お静かに。まあ、私の知る限り彼もなかなかいい男だと思いますよ。女好きを公言しているなら、尻に敷くくらいがちょうどいい」

「だ、だから誰がロニなんかと! フィオレこそ、ジューダスとはどうなんだい?」

 

 リアラが目を覚ますと、その声量を注意して。フィオレは思ったことをそのまま言った。

 

「どうしてジューダスの話になるんです?」

「とぼけるんじゃないよ。あいつも必死になって否定してたけど、あんたと一緒にいる時のジューダスは、すごく安らいだ顔をしてるじゃないか」

「安らいだ顔……?」

 

 あんな仮面では、確かに表情は筒抜けだろうが。未だかつてフィオレは、ジューダスの安らいだ顔など見たことがない。

 敢えて言うなら、マリアンとお茶をしていた際のリオンが、そんな表情だったかもしれないが。

 それをさておくとしても、聞き逃せないことがあった。

 

「必死に否定とは、ジューダスにそれを聞いたのですか?」

「ああ、言ったよ。顔真っ赤にして言い張っちゃって、可愛いもんじゃ……」

 

 かわいそうに。

 本人が望んでいなくとも、フィオレはこの時本気でそう思った。

 

「顔を赤くしたのは、おそらく怒りの表れですね。ジューダスは理想もプライドも高いから、私とそういった関係を勘繰られてさぞや屈辱的な気分になったでしょう」

 

 そもそもそんな事実はないのだから、彼は否定するしかないだろうと締めくくる。すると、ナナリーは実に不思議な表情を浮かべていた。

 戸惑っているようにも見えるし、妙なものを見るような表情にも見える。

 

「それ、本気で言ってるのかい?」

「当たり前です。ナナリーだって、ロニと恋人同士なのかと尋ねられたら否定するでしょう?」

「そりゃ……あのさフィオレ。ジューダスのこと、どう思ってるんだい?」

「変な仮面被った黒づくめ。根性ひんまがったひねくれ屋」

 

 大人ぶりたがる子供の典型、容姿と性格反比例とまだまだ思うことは多々あれど、そこで口を止める。

 話を聞くナナリーの目が、どんどん沈んでいくようにも見えたのだ。

 

「どうかしましたか?」

「う、ううん、なんでもない。そっか、あたしの勘違いなんだ、ジューダスにも謝らないと」

「二度とそういうことを言わなければ気にしないと思います。でも、お好きにどうぞ」

 

 的外れな色恋沙汰に気をかけるよりも、彼は彼で考えることがあるだろう。

 途切れた会話をそのまま、フィオレは就寝する旨を彼女に伝えて唯一空いていた寝台へと歩み寄った。

 何が起こるかわからないからと、着替えて有事に備えていたことが役立つのは、これよりほんの少し先の未来である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬくぬくにしてふかふかの羽根布団にくるまり、夢も見ずに寝入っていたはずが。気づけばフィオレは、虚空を見つめていた。

 ふと見やった扉付近で、淡い桃色の何かが動く。直後扉は音もなく閉まり、フィオレはむっくりと起き上がった。

 他二つの寝台を見やれば、二つあったはずの膨らみがひとつに減っている。緋色の髪が見えるということは、すなわち。

 扉は洗面所でも浴室でも、外へ通じるバルコニーでもない。唐突に出て行った少女に不安を覚えて、フィオレは走り書きを残すと紫水を掴んで外へ出た。

 走り書きを残し、あまつさえ書き直したがために少女の姿はどこにもない。

 

『シルフィスティア。あなたの視界を貸してください』

『いーよー』

 

 彼女もまた休眠していたのか、間延びした声と共に目蓋の裏へ光景が投射された。

 その場にいながら城中を探し、少女の姿を見つけてただちに追跡する。

 リアラは……どこか悲壮な決意をにじませた少女が歩む先は、城門を目指しているものと思われた。

 そこかしこで徘徊する歩哨、それもあんな騒ぎがあったせいか無駄に多い兵士達の目をかいくぐり、どうにかリアラを発見する。

 少女もまたたどたどしく歩哨の目をかいくぐっているものの、夜中ということもあって城の門は閉められていた。

 それを見て城門から外へ出るのをあきらめたらしいリアラが向かったのは、飛行竜が突っ込んできた時計塔だった。

 被害者全員の遺体回収すら終わっていないらしく、そこかしこに布がかけられたそこは古戦場を思い起こさせる空気が漂っている。

 当のリアラといえば、多くの兵士が息を引き取ったであろうその場所になんら臆することなく、淡々と階段を下り瓦礫を渡って外へ出ようとしていた。

 ──彼女が何をしようとしているのか。それを知りたかったが、こんな瓦礫を渡ろうものなら必ず気付かれてしまうだろう。

 

「こんばんは、リアラ」

「……っ!」

 

 瓦礫を渡り終えたリアラに声をかけ、自身もまた瓦礫を踏んで渡り始める。

 気配を消し、足音を押し殺し、おまけに距離もそれなりに取っていた。それ故に気付けなかったらしいリアラは、それこそ息が止まりそうな勢いで驚いている。

 

「息が詰まるような気分はわかりますけど、真夜中に出歩くなんて感心しませんね」

「ど、どうしてフィオレがこんなところに……」

「そりゃこっちの台詞ですよ。外の空気が吸いたいならバルコニーで済ませてください」

 

 足を動かす度に音を立てる瓦礫の山を越えて少女に近寄ろうとすれば、その細い肩が大きく震えるのがわかった。

 それはけして、気温だけのせいではない。リアラの浮かべる表情が、それを語っている。

 

「……何もしやしませんよ。あなたがエルレインと似たような存在であることは、元から承知していました」

「──答えて、フィオレ。あなたは、何者なの?」

「フォルトゥナとのやりとりに関して白状するなら……リアラ。星の守護者って何のことかご存じで?」

 

 警戒を崩さぬリアラを前に、守護者と自身の関係を洗いざらい話す。

 フォルトゥナが敵視する彼らのことは知っていたらしいリアラの顔が青ざめていくのを見て、フィオレはかける言葉が見つからなかった。

 そもそも、リアラの正体がわかっていて、フォルトゥナとの話し合いが不成立だった時点で、彼女に関してはノータッチであるべきだったのだが。

 そうしなかったのは、リアラが必ずしもフォルトゥナと同じ考えでないことを知ったからか。あるいはリアラの正体を知っても、彼女を仲間として大切に思い始めているのだろうか。

 

「さて、私は質問に答えました。こんな夜中にあなた一人、何をなさるおつもりだったので?」

「……フィオレは。フィオレは、守護者達と契約していて、何か使命は持っていないの?」

「使命、ですか。強いて言うなら、彼らの望みを叶えることですね」

 

 うつむきがちになって質問に答えてくれないリアラに内心でため息をつきながら、一応素直に答えておく。

 それを聞いたリアラは、そろそろと顔を上げた。

 

「守護者達の、望みって?」

「フォルトゥナが……あなた達が人類へ干渉することを、やめること。あなたにとっては、人類を幸福へ導くなと、言っていることになりますね」

 

 突き詰めれば、そういうことだ。

 フォルトゥナは人類の幸福を願い、守護者らはその願いはともかく手段を厭うている。そしてフォルトゥナらは、反発する守護者らを敵視、封じてしまったというのが現状だ。

 更にフィオレは、フォルトゥナとの話し合いを失敗させている。話を聞いてくれないあちらが悪いとフィオレは信じているが、果たしてリアラはどうだろうか。

 フォルトゥナと対峙した際のように冷静か、あるいは逆上して本性を現すか。

 対するリアラは、予想より斜め上の発言をした。

 

「……守護者達の望みが、私達による人への干渉をやめさせることなら……お願いフィオレ、手伝って!」

「手伝う?」

「わたしは、これからエルレインを止めに行く。わたしは誰ひとり幸せにしていないし、英雄もいないけれどエルレインのやり方だけは間違っていると思うの!」

 

 リアラが救いの道を見いだせなければ、自動的にエルレインの方法が選ばれてしまう。それだけは避けなければと考え、彼女を思いとどまらせると、そういうことらしい。

 

「そのエルレインという聖女は、あなたが何かを訴えたところで考えを改めるとでも?」

「……思わない。けど……けど、だからこのまま放っておくなんてできないわ!」

 

 エルレインが大量のレンズとやらを手に入れたことで、大奇跡──神を降臨させようとしていることが、少女の気をはやらせているのだろう。

 神が降臨したその瞬間、エルレインの方法が選ばれるのだとしたら、それも仕方ないことなのだが。

 

「だから、たった一人でエルレインのところへ行こうとしていたんですか? 皆に何一つ告げずに」

「……誰もわたしの心配なんかしないわ。カイルにあんなひどいことを言ってしまったし、皆わたしが聖女だってことを知ったもの。だから……」

 

 言葉を紡ごうとして、感情が追い付いていないのか。少女は今にも泣き崩れそうな面持ちで、フィオレに抱きついた。

 すがりつくその手が、血の気を失くすまでに握りしめられている。

 

「おねがい、わたしと一緒に来て。ロニが言ったことは正しいわ。もう皆に迷惑はかけられない」

「リアラ、あなたはとんでもない思い違いをしています。カイルにしたってみんなにしたって、そんなの今更……」

「もう時間がないの! フィオレだって、フォルトゥナに降臨されたら困るでしょう!?」

 

 キッ、と上げられた顔には焦燥が、つぶらな瞳には涙がにじんでいる。

 そして何より、少女の鎖骨に鎮座したレンズペンダントに光が灯ったのを見て、フィオレは慌てた。

 

「落ち着いて、リアラ。皆を置いていくどころか、何の連絡もなしに消えるなんて……」

「いいの! 皆関係ないんだから! わたしには……あなたがいてくれれば、それでいいの!」

 

 レンズペンダントから放たれる光が、急激に強く増幅されていく。

 二人の姿が光に包まれ、光が収まった頃。すでにそこには、何者も存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






※リアラとフィオレはパーティ離脱しました。
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