swordian saga second   作:佐谷莢

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 アイグレッテ。エルレインと交戦なう……だったのですが。
 見事エルレインの奸計にひっかかり、あえなく戦闘不能。かっこ死んでません。
 前作であるswordian sagaにおいて、フィオレの直接の死因は「圧死」なので、再現されるとやっぱり意識がスッ飛んでしまった模様です。
 意識があったところで、交戦可能であったかどうかは定かでありません。たぶんむり。


第三十七戦——判明! 不思議なレンズの正体は~戦闘不能≠死亡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオレ!」

 

 大聖堂内に、少女の悲鳴が木霊する。

 リアラの視線の先に、その名の主はいない。はめこまれた色硝子から差し込む光に反射してきらきら光る大量のレンズが、山となり鎮座するのみだ。

 ガープを退けたフィオレがエルレインに迫ったその時、頭上から降り注いだレンズの山に飲みこまれて今に至る。

 返事は、ない。レンズの量は以前、ハイデルベルグで見た山よりもなお高く積まれている。これまでアタモニ神殿に寄進されているものも含まれているのだろう。

 その量たるや、下敷きにされた人間が圧死しても決して不思議ではなかった。

 返事はおろか反応すらもないことに絶望するリアラを余所に、エルレインはどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「リアラ。見るがいい、このレンズを……このレンズの数こそが、人々の幸せを願う想いの現れ。そして私の、人々を救いたいという愛の証」

「……フィオレに、手をかけて。何が愛の証なの、愛の証で命を奪うなんておかしな話だわ!」

「案ずるな、リアラ。あの者の命は潰えていない」

 

 え、と呟く少女の眼前で、エルレインは自らのレンズペンダントをレンズの山へと翳した。

 ペンダントが輝くと同時に、差しこむ光に乱反射していたレンズの山の中で、一際強く輝く存在を見出す。

 その光は以前、リアラも見たことがあった。

 

「これは……」

「そう。お前も知っていたのでしょう? この者の振りかざす力の根源を、このような亡霊には過ぎた力を」

 

 リアラが初めてフィオレと接触した時、リアラに英雄と呼ばせた力を感知させた輝き。それまでフィオレが意識的に抑えていたものが、レンズ圧迫による失神で解けたものと思われる。

 察しの良い自らの片割れにか、見出した力に対してか。エルレインは微笑みを浮かべて、レンズに埋まるそれを取り出した。

 

「──え」

 

 エルレインが掴んで持ち上げたもの。それは、常日頃から手袋を外さないフィオレの、左手だった。だらんと力の抜けたそれに、抵抗の意志はない。

 リアラの見ている前で、エルレインは淡々と手袋をはぎ取っている。その下から現れたのは、包帯でぐるぐる巻きに包まれた手の甲だ。

 それすらも取り払われ、その甲に張り付いたものを見て。エルレインの笑みは深まった。

 

「……これだ。フフ……これがあれば、救いを求める思念は更に増幅される!」

「思念が増幅される……? フィオレが持っていたレンズのことを言っているの?」

 

 リアラの位置からでは、エルレインの背が邪魔で床に落ちた手袋や包帯しか見えていない。

 少女の呟きを耳にして、エルレインはゆったりと振り向いた。その手に、レンズペンダントを携えて。

 

「私達がフォルトゥナより授かりしこのペンダントが、何をモチーフに作られたものか。それは知っているでしょう?」

「……神の瞳、でしょう。千年に一度、神の眼と呼ばれたレンズが生成するという特殊レンズ。正史においてその姿が認められたことはないから、伝説として扱われているけれど」

「そう。それが今私の手にあり、完全なるフォルトゥナをこの地に招く……皮肉なものだ。我らと敵対せし守護者共の手先が、神の降臨に一役買うとはな」

 

 言葉を失うリアラが見たもの。それは、エルレインが片時も離さず掴むフィオレの手──その手の甲に張り付いた乳白色のレンズだった。

 乳白色のレンズが、陽光を受けてきらりと明滅する。

 

「フォルトゥナが完全な形で降臨すれば、その瞬間私達の役目も終わる。でも、悲しむことは何もない。そのときこそ、すべての人々が神の愛に満たされた瞬間なのだから」

 

 ハイデルベルグのレンズを得て、フィオレの有するレンズを手中に収め。

 実にうまく、思い通りに運んだこの事態をまるで慈しむように、エルレインはリアラへと語りかけた。

 

「神の愛に満たされた世界……苦痛や悩みなどとは無縁の、完全なる世界。これこそが、救いの在るべき姿……」

「フィオレ……フィオレ、大丈夫なの? しっかりして、フィオレ!」

 

 とにもかくにも、フィオレの無事を願い自分を閉じ込める結界を叩く少女を、エルレインは不思議そうに見つめている。

 話を聞いていないこと自体に何も感じていないようだが、仲間の身を案じるリアラが理解できなかったようだ。

 

「……おかしな話だ。神の御使いであるお前が、誰かにすがるとは。お前が求めているのは、共に歩み助けてくれる英雄か? それとも……」

 

 英雄と聞いて、何故かリアラの脳裏には四方に跳ねた金髪の少年のことが浮かんでいた。

 持ち得る力のほとんどがフィオレよりも劣る、ただ英雄に憧れ、自分もそうなるだろうと夢想する凡庸な少年を。

 

「わからない……その先には悲劇しか待っていないというのに、それでもなお求めるというのか?」

 

 悲劇ならばすでに訪れた。一時の感情で彼を傷つけて、謝ることもせずに仲間達もろとも置き去りにしてきた。

 それを思いとどまらせようとしたフィオレを巻き込み、窮地の彼女を助けることもできず、今少女は一人閉じ込められている。

 言葉もなくただ唇を噛むリアラを慰めるように、エルレインは言葉をかけた。

 

「案ずるな、リアラ。お前の果たせなかった願いは、神が果たしてくれる。お前の苦しみもまた、全て消え去る……」

 

 エルレインの言うリアラの望みとは、きっと人々の幸福を指しているのだろう。

 残念なことに、今のリアラが──仲間達と接し、カイルと共に過ごした時間を経て形成された少女の心は、まったく別の望みを持っていた。

 叶うはずもないと、とうにあきらめていながら、それでも尚捨てられない願い。それは──

 

「時は満ちれり!」

 

 フィオレの左手を握りしめたまま、厳かにエルレインが呟く、それまで山と積まれていたレンズは四方へ散り、聖堂内を漂い始めた。

 きらきらと輝くレンズが躍る夢のような光景だったが、それに見とれることなくリアラは床を凝視していた。

 レンズが散った後、ピクリとも動かず四肢を投げ出して転がるフィオレの姿を。

 意識が途切れた際、借姿形成も解けたため、雪色の髪に覆われてその表情はわからない。

 宙に舞うレンズを恍惚と見つめたまま、エルレインはフィオレの体を子供でも抱き上げるかのように引き寄せている。一切の抵抗がないその様子を見るに、意識がないのは明らかだった。

 フィオレの左手──その甲に張り付いたレンズを手に彼女が念を込めれば、宙に舞うレンズから晶力が引き寄せられていく。

 

「大いなる神の御魂をここに! そして、人々に永遠の幸福を──」

「リアラっ!!」

 

 扉が荒々しく蹴り開けられ、カイルを先頭に四人の仲間達が聖堂へなだれ込んできた。

 対するエルレインは特に驚いた様子もなく、淡々と呟いている。

 

「……彼もまた、お前と同じように悲劇を求めるというわけか。なんと、愚かしい……」

 

 集めた晶力をフィオレの左手、神の瞳に宿して、エルレインは侵入者達に向き直った。

 引き寄せていたフィオレの体を自分にもたれかけるようにしながら──さながら盾でもかざすように。

 

「あきらめろ。お前達の努力は無駄に終わる」

「そんなこと言われて、ハイそうですかとあきらめる奴がいるもんかい!」

「フィオレを離せ。でなければ、その女もろとも斬る!」

 

 珍しく語気の荒いジューダスの言葉に、驚愕したのはロニだった。

 緊張しないことはいいことだが、その発言には誰もがあきれている。

 

「ってぇことは、あれがフィオレなのか? 確かに、髪の色はウッドロウさんそっくりだな……」

「何を今さら言ってるんだい。まさかあんた、知らなかったの?」

「そんなことはどうでもいい。締まらん奴だな」

「二人は返してもらうぞ、エルレイン!」

 

 緊迫した空気が瓦解しかねない掛け合いに頓着せず、エルレインはただ静かな声で宣告した。

 ただしその声音は、尋常ではない怒りが込められている。

 

「……全ての人々の幸福を無視しても、あくまで逆らうというのか。ならば……容赦しない!」

 

 まるで虚空から取り出されたかのように、いつの間にかエルレインの手には光を凝縮して生成されたかのような天秤剣(ダブルセイバー)がある。

 槍というよりは、両刃にして幅広の剣を柄のところで接続し、持ち手を中央にした大剣か。石突がないため、振りまわされたらこの上もなく厄介な武器である。

 リアラは近接攻撃を苦手としているが、エルレインのこれをコケ脅しと舐めていい理由はどこにもない。

 ならば──

 

「いつまで寝ている気だ、この間抜け! さっさとそいつから離れろ、巻き添えになりたいのか!」

 

 フィオレならば、すでに間合いの中の上、目覚めた直後でも攻撃に転じることができるだろう。そう当てこみジューダスが怒鳴るも、フィオレはぴくりとも反応しなかった。

 

「そいつに何をした?」

「最期の記憶を再現した。亡霊とはいえど元は人。脆いものだ」

 

 それを聞き、ジューダスの顔色が変わる。彼以外の誰ひとりとして意味は通じなかったものの、それを気にかけるような余裕はなかった。

 双剣を手に射殺さんばかり睨む彼に、エルレインはただ微笑みかける。

 

「貴様……!」

「案ずるな。完全なる神の創る世界に、苦痛や悩みは存在しない。それは亡霊の苦痛であろうと、同じこと。神は受け入れ、その魂ごと浄化……」

「お断りです」

 

 エルレインの笑みが、凍る。

 突如として自分の足で立ったフィオレが、手にした懐刀を聖女の脳天へ突き立てたのだ。

 頭蓋骨の継ぎ目を狙ったそれは見事、丈の長い帽子を切り裂き、半ばまで刺さっている。

 

「いかがですか、脳髄を潰される気分は」

 

 瞳を見開き、口を半開きにして硬直するエルレインの目を覗きこむようにして、フィオレは黒く塗られた短刀をねじ入れた。

 ごりごりっ、と刃が骨を削り内部へ突き進む。

 

「懐かしい悪夢を見せてくれたお礼です。おかげでためらいが消えました」

 

 よろり、と足元を危うくさせたエルレインから突き放すように短刀を引き抜き、その胸倉を掴んだ。

 黒刃に滴る様々な液体を払い、とどめを刺さんとして。

 

「愚……かな……」

 

 脳天に明らかな致命傷があるというのに、エルレインはまだ息絶えていなかった。

 それどころか顔中を真っ赤に染め、がしりとフィオレを取り押さえる。

 見た目はたおやかな女性の細腕そのものだ。だが、まるで筋力の全てを酷使しているかのように万力のような力がフィオレの腕を締め上げ、思わず懐刀を取り落とす。

 

「まぁ、いい……次の手は、打って……」

 

 エルレインのペンダントが輝く。まるで燃え尽きる蝋燭の煌めきであるかのように発光はあっという間に膨れ上がり──フィオレと、中空に舞っていたレンズを呑みこんだ。

 輝きは瞬く間に収束し、後に残ったのは紫水と、抜き身の短刀だけだ。

 

「フィオレ!?」

「エルレイン! フィオレをどこへ……!?」

 

 転移の光と見切ったジューダスがエルレインに詰め寄ろうとするも、すでに彼女の姿はぼやけて消えていた。

 寸断されて落ちた帽子も、飛び散った命の雫も、杳としてしれない。

 エルレインの姿が消えたところで、リアラを閉じ込めていた結界が消失する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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