in改変世界。合流したり離脱したり、妙にせわしない今日この頃。
前作swordian sagaでは最期まで隠し通した機密事項が、とうとう流出してしまいます。
隠し事ってムツカシイね。
ふと、眼が開く。
聞こえてくる潮騒に不信感を抱き、それまで何があったのかを思い出し。慌てて跳ね起きて、フィオレは困惑した。
周囲はひらけた海岸が広がっている。どこぞの孤島でない証拠に、対岸やら見回す限り緑が広がっていた。
人の気配もなければ、人がいた形跡もない。イクシフォスラーもなければ、一同の姿さえもない。
あるのはフィオレ自身と付属する荷物、広がる原野、そして……見たこともない、巨大なドーム。
『シルフィスティア。視界を、貸してほしいのですが』
『……やられた……』
望みが叶わない代わりなのか何なのか。シルフィスティアの独りごちる言葉が聞こえた。
そして、他の守護者達の声も。
『あれで防いだと思ったのに。まさか、墜落中の飛行竜に転移して、レンズを使うなんて……!』
『このままでは埒が明かないと思ったのでしょうね。時空を転移し、過去を歪め、このような世界を……!』
『我らは聖域を離れ、他の守護者が封じられていることをいいことに、なんという暴挙を……!』
──どうやら、そういうことらしい。
様変わりしているが、ここは十八年後の世界のままで。お空に浮かぶ建造物も、巨大なドームもエルレインが過去何かしたとか、おそらくそんなところだ。
そこへ。
『シルフ』『代行者が』『フィオレが呼んでいる』
『えっ……あ! ご、ごめん。気付かなかった』
『情報提供ありがとうございます。あれが最善だと思っていたのですが、どうやら間違えたようですね』
きっとフランブレイブあたりがご立腹だと思っていたが、意外にも彼は冷静だった。それは他の守護者達も同じことである。
『いいえ、あなたは最善を尽くしてくれました。そうですね、フラン?』
『念押しされずとも、そなたを責める気はない。むしろ聖女の片割れを味方につけていたことは幸いだった。そうでなければ、完全に歴史改変に巻き込まれていただろう』
再度シルフィスティアに協力を要請し、まずは安全な場所──てっとり早く紫水に宿ってもらい、宙に留まった状態で風の視界を借りる。
ざっと周囲を確認した結果として、他の面々が付近にいないことがわかった。それどころか、人っ子一人いない。
彼らは彼らで何が起こったのかをそれなりに推理するだろう。しかしおそらく、圧倒的に情報が足りない。
となれば、手近な建造物に立ち寄って情報収集を始めるだろう。
なら、あんなに巨大なドームが目につかないわけがない。別の大陸にいるのなら話は別だが、とにかく落ち着ける場所へ行きたかった。
何故なら。
「くっ!」
半人半鳥の魔物に、甲殻類と思われる有翼系の魔物が紫水に腰かけるフィオレに目をつけ始めたからである。
そのままシルフィスティアに頼んで、フィオレは広大な土地に囲まれるドームへ近づいた。
幸い周囲が分厚い壁で形成されているせいか、魔物を警戒して見張りが立っているとか、そういうことはなかった。
ドームの出入り口を探し、それらしい箇所を見つけて紫水から降り、近寄る。
機械の合成音声に「不法侵入者捕捉」とか言われたらどうしたものかと思っていたが、特に何もない。
ドーム内と外界を隔てる扉には取っ手も鍵穴もなく、ただ扉の中央より少し上方に真円が描かれている。
触れても突起があるわけでもなく、魔物が落としたレンズをかざしても何も起こらない。
「……まさか、ね」
手袋は取られてしまったため、巻きつけておいた包帯をはがしてかざしてみる。すると、扉はぷしゅん、と気の抜けた音がして開いた。
信じられないような思いに駆られながらも足を踏み出せば、そこはもうドーム内部──街の中、だった。
何かの施設だろうとは思っていたが、集落だったとは。
まさか人間の形までは変わっていないだろうと思いつつ道行く人々を見て──仰天した。
基本的な形に何ら変化はない。服装はかなり似たり寄ったりだが、これくらいは想定の内だ。
だが、問題はその顔。正確には額。
男も女も、子供も老人も。等しくその額には、丸くて平べったい何かを張りつけている。
先程通過した扉を思い出し、愕然とした。
この街──否、この世界の人間は、額にレンズを張りつけられて管理されているのか。
そして今、フィオレは悪戯に警戒されないよう帽子を外している。額にレンズをつけていないことは、丸わかりだ。
それは人の注目を浴び、通りすがりの中年男性に声をかけられたのはすぐ後のことだった。
「あ、あんた外から来たのかい!? レンズは!? 大丈夫なのかい?」
「……こ、これのことですか?」
まさか、他人に隠匿し続けたコレをわざわざ見せることになるとは。
左手の甲に張りついたソレを見せれば、彼は途端に安堵の表情を浮かべた。
「あ、ああ、なんだ。持っているじゃないか、命のレンズ!」
「……命の、レンズ?」
「そうだよ、このレンズがあるから我々は生きていけるんじゃないか!」
「ひょっとして嬢ちゃん、別の街の人間か? 紅蓮都市ヴァンジェロか、黄昏都市レアルタか……」
「他の街じゃ、レンズをつける場所が違うのかい?」
他の街からの人間がやってくることは少ないようで、物珍しさからか。人──主に男性がぞろぞろ寄ってくる。
面倒くさくなったフィオレは、適当に作り話をして切り抜けることにした。
「北の……雪国の方から来ました。外は危険でいっぱいだから、もしもの時は体を盾にレンズを護ろうとこの位置に」
「おお! レアルタからかい、長かったろう」
「立派な心がけだ。でも、一体どうして君みたいな子が一人でここまで」
「仲間とはぐれてしまって。何か知りませんか?」
敢えて似せ書きなどは書かず、口頭で特徴を上げ連ねる。しかし、そんな集団は見ていないそうだ。
礼を言ってその場を離れたフィオレがまず行ったのは、帽子を深く被って左手に包帯を巻くことだった。
これなら額は帽子で見えない。服装が目立つかもしれないが、些細なことだ。
それから、街の中をぐるりと回ってどのような構造なのかを調べにかかる。正確にはどのような施設が存在し、物質流通が行われているか、だが……
「……まさか、ガルドが消えているとは」
誰も商売を行っていなかった。ありとあらゆる物質は配給式で、あれが欲しいこれが欲しいと口頭で告げれば、専用の機械からそれが吐き出される。
女性二人が連れだって配給機を利用しているのを見たが、それだけだった。てっきり額のレンズに個人の情報が登録されていて、それで住民認証でもしているのかと思ったのだが、そんなことはないらしい。
配給機付近に誰もいなくなったところで、試しに「リンゴ」と呟いてみたところ、真っ赤な物体が転がってきたのだ。形も味も何の変哲もないリンゴそのもので、服、帽子、手袋、短剣と次々挙げてみる。
結果として服帽子手袋は問題なく手に入ったものの、短剣だけは認識されなかったようだ。争いに繋がるものがない、というのが非常にエルレインを彷彿とさせる。
それでいて包丁は出てくるのだから、お笑い草もいいところである。
とりあえず必要ないものは返却口に放り込み、当てもなくふらふら出歩いた。
すっ転んだ子供を抱えた母親が、レンズ治療器なる機械の中に入り込む。出てきた子供の擦りむいた膝が元通りになるのを見、交わされる会話から彼らに固有名詞が存在せず、長ったらしい認識番号で呼び合っているなど、奇抜さに溢れた街の特徴を観察していると。
「あ、あんたら外から来たのかい!?」
先程聞いたばかりの声に誘われて見やれば、出入り口付近でまったりしていた中年男性がおろおろとしている。
現在フィオレが佇むには中二階──散策していたところ転送装置を見つけて乗り込んだら転送されたのだ。一階に相当する入り口付近を見下ろして見つけたのは、間違いなくカイル達一行だった。
誰ひとりとして欠けていないのは、喜ばしいことである。
「大丈夫か!? レンズはどうしたんだ?」
「……あんたこそ、なんで頭にレンズなんか張りつけてるんだ?」
まるで我がことのように慌てふためく男性に、ロニは彼を一目見てそんな疑問を発した。
尋ね返されて、男性は愕然としている。
「なんだって……ああ! 外気に触れたせいで頭がやられちまったのか! こりゃあ、大変だ……」
「何言ってんだよ! オレ達は別に……!」
「……どうやら、そうらしい。何も、思いだせないんだ」
頭がやられている、の一言に猛抗議しかけるカイルを押しのけて、その言葉を肯定したのはなんとジューダスだった。
常に態度を改めない彼にしては珍しく、搦め手で情報を得ようとしているのだろう。
「ジューダス!?」
「──」
素早く囁かれたその言葉でカイルが黙り、彼は再び男性と向き直った。
何というか……あの頭が固くて鼻っ柱が高くて、対人能力において人一倍低能だった少年とは思えない。
──人は、成長する。エルレインはその機会を奪い、人を停滞させている。
「すまないが、教えてもらえないか? レンズのこと、この街のこと」
「ああ、わかった。困った時は、お互い様だからな」
そして彼らは、実にスムーズに情報を手に入れることができた。
この街が、蒼天都市ヴァンジェロという名だということ。
男性の額に張り付いているものは命のレンズなるもので、このレンズがあるから人は生きることが出来るのだと言う。
「慈悲深きエルレイン様は、我々に希望の光を与えてくださったんだ」
「エルレインが……!」
その名を聞いて、カイルが思わず声を上げるも、男性はにこにこしているだけだ。エルレインの名を呼び捨てにされても怒らなかったのは幸いだが、この心底から浮かぶ笑みはどこか妙なものを感じざるを得ない。
「ああ、エルレイン様のことは覚えているんだね。よかった……何せエルレイン様は」
彼らにドームと、生きるための力を与えた重要な存在らしい。
信じられない、と言った様子で首を振るナナリーに頓着せず、彼は更なる情報を提供してくれた。
「あんたたち、とりあえずフォルトゥナ神団の方達に話をしてみなよ」
「フォルトゥナ神団?」
「ああ、フォルトゥナ神団てのはエルレイン様を支える人達の集まりのことさ。と、そういえば……」
ここで男性は一旦言葉を切り、一同の顔をじっくりと眺め始めた。そして唐突に、手のひらを打ち合わせる。
「あんたら、ひょっとして仲間の一人とはぐれていたりしないか?」
「! どうしてそれを」
「いやね。ほんの少し前、あんたらみたくドームに入ってきた女の子がいたんだよ。白い髪に箒を持った、綺麗な子がさ」
「……そいつは、帽子を被っていなかったのか」
いぶかしみ、それでも知り得る特徴を聞いて困惑する仲間達を尻目に、ジューダスは淡々と男性に質問を重ねている。
これ以上の高見の見物は無理だと、フィオレは来た道をとって返した。転送装置を使って一階へ戻り、出入り口付近を目指す。
幸いなことに彼らは、男性と別れてからその辺をたむろっていた。
「……あ!」
「こんにちは。思ったより早く合流できて、ホッとしています」
ひらひらと手を振りながら近寄れば、姿恰好で判別したカイルに捕捉される。
直前の会話が関連しているのか、一同の表情は冴えない。
そこに。
「……お前、今度はどこをほっつき歩いてた?」
声音もさることながら、その表情はかなり機嫌が悪いと思われる。その理由を推測し、フィオレは態度を変えることなく口を開いた。
「不可抗力です。私は出来る範囲であなた達を探したけど、見つけられなかった。それより、この世界のことなんですけど」
「誤魔化すな。あの時、イクシフォスラーの中ですぐ傍にいたのに、転移したその瞬間にはぐれるわけがないだろう。お前がふらふら出歩いたに決まってる」
珍しく、彼は根拠もなしに頭からフィオレが勝手な行動を取ったと決めつけている。
逆効果かもしれないと思いながらも、不本意な思いこみをフィオレは真っ向から否定した。
「誤解です。私が気がついたのはここからすぐ近くの海岸付近で、すぐ周囲を探したけどあなた達の姿はなかった。ジューダスこそ、一体どこにいたんですか?」
「どこにいたかだと? 白々しい「待って、ジューダス」
そのまま言葉を、おそらくフィオレを糾弾する内容を口にしようとしたジューダスを、リアラが止めた。
そして、彼女が言ったのは。
「ちょっと聞きたいんだけど。フィオレはどうやってこの街に入ったの?」
「丸いくぼみにレンズをかざしたら、扉が開いたんです」
とっさにそう口走って、フィオレは内心首を傾げた。彼らはいかにして、あの扉を開いたのだろうか。
「普通のレンズでも反応したってことか?」
「おっかしいなあ、オレが試した時には何にもならなかったよ? リアラのレンズはエルレインが持ってるのと同じだから反応したんじゃ……」
一同は怪訝な表情を浮かべて戸惑いを隠さない。
なるほど、彼らにはその手があったのか。これは失敗、失言だった。
「フィオレ。そのレンズ、見せてくれない?」
リアラにそう乞われて。フィオレは観念したように、持ち上げた左手の包帯を外した。
一同のめが、一様に丸くなる。ジューダスの、切れ長の瞳さえも。
まず第一声を発したのは、期待を裏切らないことに定評のあるこの人だった。
「どうやってくっつけてるの!?」
「詳しいことはリアラの方が知っていると思います。気づいたらくっついていた。そうとしか説明できません」
興味本位で触ろうとするカイルの手をさりげなく払う。
そして、以前リアラに語った守護者との関係を洗いざらい話した。
「いかがでしょう、リアラ。私だけがはぐれていたことと、関係あるでしょうか」
「多分、その神の瞳が原因だと思う。晶力の増幅、エネルギーの変換。それだけじゃない、様々な力を秘めていると言われているから……」
唖然とする一同はさておいて、リアラからはそんな返答が聞けた。
はぐれた原因がフィオレの彷徨でないと証明できれば、それでいい。
「相互干渉、過干渉の類ですかね? なんにせよ、これからは注意が必要ですか」
左手に包帯を巻きつけながらも、フィオレは務めて淡々と言葉を重ねた。
明かされた事実から、より早く彼らに意識をそらせようと狙って。
「あなた方も多少気付いているかと思いますが、エルレインが何かをしたようですね。その結果として、この街や額にレンズを張りつけた人間が存在するようです」
「……そのようだな。お前、空中に浮いているのが何なのかはわかるか?」
「さあ」
気を取り直したらしいジューダスにそれを問われ、フィオレは首を横に振った。
この反応からするに、彼は正体を知っているらしい。
「ダイクロフト、それにベルクラントだ。名前だけは聞いたことがあるだろう」
「……空中都市を統括していた施設と、大規模地核破砕兵器? 十八年前、四英雄が破壊……いえ、その前に天地戦争を経て海底に沈められていた遺物ですか」
それが健在で、更にこんなドーム状に集落が存在するとなると、考えられることはひとつ。
未来の世を知る誰かが、過去を捻じ曲げて大規模な変革──改悪をもたらした。
「あれがそうなんですか。初めて見ました」
「何を呑気な……これがどんな事態なのか、わかっているのか!?」
「エルレインの干渉によって、世界の在りようが大きく変わってしまった。その一言に尽きます」
彼が何をどういらついているのか知らないが、断言できるのはそれだけだ。
更に突き詰めるなら、推測できることはいくらでもある。
「このドーム、建てられてからずいぶん経っておいでですね。百年二百年どころじゃない。ダイクロフトとベルクラントが空にあったのは、四英雄が活躍した十八年前と天地戦争の只中だった千年前。となると、歪められたのは天地戦争の結果あたりですか」
多少投げやりな推測でも、彼は満足したらしい。ジューダスから苦情はなかった。
ただ、彼の沈黙と引き換えに違う人間が発言する。
「天地戦争の結果って、まさか天上側を勝たせたのか!? でもよ、だったら地上が無事なワケが……」
「天地戦争の最中においても、天上人は地上の物資をアテにしていたという文献があります。人工の大地では生産活動が成り立たなかったのでしょう。けれど天上人は地上を大切にはしなかった。トラッシュマウンテンという土地がそれを証明しています」
「尚更おかしいよ! だったら今頃、世界中があんな風になってるはずじゃないか」
ロニとナナリーの反論に、道行く人が何事かと視線を寄越す。
落ち着くようにと手振りで示して、フィオレは言葉を続けた。
「そこでエルレインが登場して、奇跡の力で大地を癒し、人々に生きる力と称してレンズを与えていたら? そうやって考えたら、全部説明がつきます」
ただしこれは、守護者達の会話、人々の様子、そして建物の具合から察したフィオレ自身の想像入り混じる推測の域を出ない。きっと詳細は異なることが多々あれど、フィオレにとってはどうでもいいことだった。
大切なのは今の世界の現状を知ることではなく、ましてエルレインと対決することでもない。歪められた世界を早急に修正することだ。その過程として現状を知り、エルレインと対峙することも必要にはなるだろうが。
ただ、フィオレにとってはそうでも、彼らにとってはそうでもない。
自らの置かれた状況を知ることは大変重要だから、敢えて口には出さないが。
「確かに筋が通っているが、それは確かなことなんだろうな?」
「まさか。確かなことはエルレインが関与しているということだけ」
「──守護者は教えてくれないの?」
「情報の提供は契約の内に含まれていないそうです」
とにかく、彼らは彼らで街の様子が見たいらしい。それについて反対の意志がなかったフィオレは、案内を買って出ることにした。
「ところで、体がだるいとか怪我をしたとか、そういうのはありますか?」
「え? オレさっき、転んで頭打ったからタンコブできてるけど」
何でも、ダイクロフトが宙に浮いているのを眺めて歩いていたらすっ転んだのだという。あまりの間抜けさに呆れて、誰も治癒しなかったんだとか。
そういうことならばと、フィオレは一同を率いてレンズ治療器がしつらえられた施設へとやってきた。
「ここがどうかしたの?」
「あの黒い台のところに立ってみてください」
自動式の扉から内部へ入り、カイルにそう促す。好奇心いっぱいでその言葉に従ったカイルは、装置から照射される光を浴びて歓声を上げた。
「すごい、たんこぶが消えた!」
「何!?」
戻ってきたカイルの後頭部をロニがまさぐるも、その言葉が事実であることは彼の表情が物語っている。
──レンズ治療器とやらは、人間の肉体でさえあれば治療可能なのか。あるいは、改変以前と改変以後の人間の肉体は同一なのか……とりあえず効果があったのは驚くべきことだ。
「さっき、転んで膝すりむいた子供がここへ入っていくのを見たんですよ。ここでの医療は、これを使うのが一般的みたいですね」
感心する一同を連れて、今度は配給機を見せる。
非常食やらなんやら、細々としたものを無料であることをいいことに補充しまくるロニやナナリーを微笑ましく眺めていると。
「……顔を貸せ。話がある」
変な仮面を被った黒づくめが、そう囁いて配給施設から出ていく。使い方は教えたし、大事には至るまいとフィオレもその後に続いた。
このドームを巨大な建物とするなら、エントランスに位置する広場。配給施設を出てすぐそこにある長椅子に、彼は腰かけていた。
被る仮面のせいで道行く人々からちらちら見られているものの、頓着した様子はない。憂いを帯びた瞳は、いつの間にか手にしていた黒布の包みを見やっている。
彼の隣に腰を降ろせば、彼は無言で黒布の包みを押し付けてきた。
『シャルティエ?』
『ぴんぽーん! フィオレとおしゃべりするの、久々だね』
『……シャル』
そのまま何かを話し始めようとするシャルティエに対し、釘を刺すようなジューダスの低い声が響く。どんな修練を繰り返したのやら、かなり流暢だ。
人の体であれば首をすくめただろう彼は、早速本題を突きつけてきた。
『坊ちゃんとフィオレに伝えておきたいことが』
『伝えておきたいこと?』
『うん。この街の名前、ヴァンジェロってね。天地戦争時代にもあった街の名前なんだ』
──そうか。シャルティエの人格は、天地戦争時代を生きた生身の人間だったもの。その知識を蓄えていたとして、不思議ではない。
となると、確認したいことがあった。
『シャルティエ、紅蓮都市スペランツァ、黄昏都市レアルタに覚えはありますか?』
『……! うん! それも、天地戦争時代にあった都市の名前だよ!』
『……お前、それを……どこで……』
『この街の人間に、それとなく聞き出しましてね。となると、やはり天地戦争から改変された可能性が濃厚ですか』
ここでジューダスは唐突に黒布に包まれた棒状──シャルティエを背中に仕舞った。
彼の背に負われたところで、会話自体は可能だが。
「情報が足りないな。お前の予想が間違っているとも思わないが、思いこみほど危険なことはない」
「もう少し情報を集めますか?」
「いや、他に街があるというなら、移動して新たな情報を得るべきだろう。あまり長く滞在して、フォルトゥナ神団とやらに目をつけられても困る」
尤もな意見である。エルレインとの直接対決を望むなら、フォルトゥナ神団に捕まった方が早そうだが、彼はそれを望まないだろう。
フィオレとて、過去の修正を行うのに必ずしもエルレインとの対峙が必要なわけではない。
「一理ありますね。一通り回りましたけど、資料を蓄えたような施設はありませんでしたし。準備が出来次第移動を始めましょうか」
短く打ち合わせを済ませ、カイル達が出てくるのを待つ。
その間、遅いと言ってしびれをきらしたジューダスが彼らをせかしに配給施設へ入っていく背中を眺めていると。
真横でギシ、と長椅子が鳴る。
そう大きくもない長椅子、見知らぬ他人の隣に座るとはそんなに疲れているのだろうか、と何気なく真横を見た。
「!」
そして、硬直を余儀なくされる。
居たのは、見上げるほどの巨漢、それも見たことのある男だったからだ。
軽く波打つ寒色の髪、日焼けた浅黒い肌、こちらを見下ろす冷ややかな瞳──よく似た別人さんではない。
腕を組むその両腕は健在だが、何故か常に携えているはずの戦斧が見当たらなかった。
見る者に威圧感を与える巨躯は毛布を思わせる外套に包まれており、格好が判然としない。あるいはこの中に、戦斧か武器が隠されているのか。
とにかく大慌てで距離を取れば、バルバトスはその様を鼻で笑った。
「──たるんでいるな」
事実だが、挑発のつもりなのか、会話を望んでいるのか。あるいは、本気で馬鹿にしているのか。
いずれにしても敵対宣言、そして殺そうとした相手に向けるものではないと思うのだが……
「取り巻き共に全てを知られたくなければ、ついてこい」
そう言って、彼はぬぅっと立ち上がったかと思うとスタスタ歩き始めた。
戦っている以外、まともに動いているところを見るのは初めてかもしれない。
──などと、そんなことはどうでもいい。彼らに全てを知られたくなければ……多分知られないほうがいいのだろうが、不本意な別行動で顰蹙を買ったばかりなのだ。
誤解は解けたとはいえ、今この場を離れるとなると、今度こそ怒りを爆発させてしまうかもしれない。
隠し事を白日の元にさらされること、ジューダスの小言。天秤にかけようとして、パチンという音を聞く。
「そして、奴らを解放したくばな」
見やれば、歩み去りかけたバルバトスが挙げた腕を降ろしている。
直後、ドンドンッと配給所の扉が内側から乱暴に叩かれた。
「あ、あれ?」
「開かない……閉じ込められたのか!?」
「一時的に晶力の供給を断った。手間を取らせるな」
背後の扉から聞こえる声は徐々に激しさを増し、そこに神官服をまとった人間達が何事かと近寄っていく。
こうなった以上、彼らを人質に取られたも同じ。フィオレはきびすを返して巨漢の後を追った。