swordian saga second   作:佐谷莢

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 蒼天都市ヴァンジェロを経て、密林へ。


第四十戦——思いも寄らぬ事実の発覚~ここへきて次から次へと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先を行くバルバトスは、何の迷いもなくドームから外へ出てしまう。街中で騒ぎを起こすなと、言われているのかもしれない。

 荒涼とした風景の広がる原野、蒼天都市ヴァンジェロと相対するように。出てきたフィオレを迎えるように、彼は立っていた。

 外套をおもむろに捨て、やはり隠し持っていた戦斧を振りかざし、ぎらつかせる。

 それを見て、フィオレは油断なく紫水を構えた。

 

「ご用件は……と、聞くだけ野暮ですか」

「貴様も先刻承知の通り……いくぞ」

 

 ピリピリとした殺気が、まるでそよ風のようにまんべんなく吹きつけてくる。

 瞬く間に間合いを詰めたバルバトスから身を捩じらせるようにしてフィオレは逃れた。

 斧刃が地面へ盛大に突き刺さる。その瞬間、フィオレは抜刀した。

 

「ぬぅんっ!」

 

 淡紫の刃が、浅黒い肌に食らいつかんと牙をむく。そうはさせじと、バルバトスは乱暴に斧をひき抜いた。

 勢いで散らばる大地の欠片が、フィオレに向かって飛来する。

 帽子のおかげで視界が潰れる心配はない、しかしそれでも集中力は半減し、振り抜いた刃も乱れる。

 結果として易々かわされてしまうも、相手があの巨漢ならそれもやむなし。無理をして攻め込むことをせず、フィオレは即座に間合いを取った。

 心底軽蔑する、出会った瞬間斬りかかったところで文句を言われる筋合いのない敵だとしても、けして雑魚ではない。絶対侮ってはいけない。

 少なくとも体格など条件的には不利な相手なのだから、深追いは敗因の元だ。

 常に冷静に、交戦しなければ……

 

「どうした、英雄共を血祭りに上げてきた俺が憎くないのか!」

 

 答えが応であろうと、挑発にも乗ってはいけない。はやりそうになる心に制動をかけ、冷静に捌き、隙を探して攻撃に転じる。

 決定打がつかないまま、時間だけが悪戯に過ぎていく──かと思われたが。

 

「隻眼の歌姫」

 

 唐突に、バルバトスからの攻撃がやむ。

 すわ大技かと身構えて、フィオレは肩すかしをくった。

 

「貴様、まさか別世界から己が身は召喚されたなどと、本気で信じているわけではあるまいな?」

 

 何をトチ狂ったのか、バルバトスは対話を試みてきたからだ。

 まさか勝機が見いだせないから搦め手を試しているのか。あるいは戦いを仕掛けてきたのは挨拶代わりで、本当の目的はこれだったのか。

 とゆーか、そもそもなんでそんなことを知っているのだろう。

 真意を測りかね、黙りこくるフィオレを前にバルバトスは答えをせかした。

 

「どうなのだ!」

「……一体何のこと……と、とぼけても意味はなさそうですね。そうでなければ、私はここにいません」

「了解も了承もなく、ただ招かれた貴様にしてみればそうだろう。だが考えてもみろ。次元も時の流れも、生き物の在り様までもが根本的に異なる世界間において、人一人がまるまる転送など守護者の力をもってすれば可能だと?」

「……で、その心は?」

「貴様が別世界より転送されてきたのは、その人格と記憶のみだ。それらを神の瞳に投射され、用意された肉体に寄生しているに過ぎん。その証拠として、貴様の最期の記憶はなんだ? 己の血にまみれた記憶しかあるまい」

 

 なんかすごい話になってきた。

 別世界間において物質転送が可能なのか否か。常々疑問に思っていたフィオレとしては興味深い話なのだが……所詮は珍説だ。

 

「そんなばかな話がありますか。いくら別世界とはいえ、ここまで身体的特徴が同じ人間なんか」

「その体が、本当に貴様のものと言いきれるか? 覚えのある傷、患っていた疾患は今もその体に刻まれているのか? 答えは否だろう」

 

 ──ここへ至るまでに、フィオレは違和感を覚えていた。

 何故にこの男はここまで、こちらの事情に首を突っ込んでくるのだろう。エルレインに敵の情報として無理やり聞かされ、この事実を明かして動揺させろと入れ知恵されたのかもしれない。

 しかしバルバトスは、どう考えても奸計を尽くすタイプではなくて、力づくで全部薙ぎ倒す派だろう。なかなか仕留められないから、有効な手段だとでも思ったのだろうか。

 

「仮に、この体がこの世界に属するものだったとして。あなたに何の関係があるというのです」

「──その体は、俺の妹のものだ」

「はぁ!?」

 

 明かされた衝撃事実を耳に、頭が真っ白になる。白くなった脳裏を疑問が埋めていく最中にも、バルバトスの言葉は続いた。

 

「雪色の髪に緋色と藍色の瞳。加えて心臓が右にある女など、そうそういてたまるか」

 

 バルバトスには、過去一度しか素顔を見せたことがない。加えて心臓の位置まで知っているとなると、これはもう疑いの余地が挟めなかった。

 

「似てない。ぜんっぜん似てない」

「貴様は血脈の連なりだけが兄弟だとでも思っているのか? 取り巻きにも似たような輩がいるだろう」

 

 なんだ義兄弟か。

 だがしかし、疑問が消えたわけでもなければ納得したわけでもない。

 

「……この体が、あなたの妹の肉体だとしたら。彼女の人格や記憶はどうしたのです。まさか守護者に封じられているだけで、私が死ねば本人に戻るとでも?」

「察しがいいではないか。自分に協力し、貴様の死骸を持ってくれば封印は解くとあの女は言っていた。妹を取り戻すためにも、貴様には死んでもらう」

 

 それを聞いて、フィオレは迷うことなく帽子を捨てた。そのまま、素顔をさらす。

 これまで攻撃に迷いがなかったのは、多少死体が損壊してもエルレインが修復すると当てこんでのことだろう。しかしフィオレは、抜き身の紫水を構えたままバルバトスに歩み寄った。

 相手は、こちらを傷つけられないわけではない。しかし、そこまで執心する妹を、真正面から斬れるかどうか。

 例え可能でも、少なからずためらいは生まれるはずだ。

 

「な、何を……」

「あなたが私をつけ狙う真の理由が判明したところで、私のすべきことは変わらない」

 

 ──この許し難い男にも様々な事情があることはわかった。しかし、事情があれば何をしても許されるわけではない。

 家族のためを思う心に同情しないでもないが、そんなことをしたら最後。神の瞳が張り付く左手を切断されるだけだろう。

 紫水の間合いに入ったその瞬間、猛然と斬りかかる。先程とは完全に立場が入れ替わり、隙あらばフィオレはバルバトスを仕留めんと、バルバトスはそれを凌いでいる。ただし、明らかに攻勢へ転じようとする積極さはなかった。

 それでも、戦局が左右されるほどのものではない。

 新たな一手として、一端距離を取ったフィオレは左の手を大地にかざした。

 果たして、瘴気を蓄えていないだろうこの地でも可能なことかどうか……

 

「生きとし生けるもの全ての母よ。そなたの宿せし穢れは誰の罪や? 我は彼の者に償いを命じる!」

「させん!」

 

 大地に帯びる何らかの力を感知したのか、攻めあぐねていたバルバトスが突貫する。

 振りかぶった戦斧が煌めき、振り下ろされそうになったところで。

 

「インテルナル・グラヴィトン!」

 

 本来ならかりそめの大地に封じられている瘴気──毒ガスを発生させるのだが、大地が割れるそばから発生するのは禍々しい紫煙ではない。

 煙によく似た真っ白な気体。そして周囲が一気に蒸し暑くなった気がする。となると、これは……

 

「ぐわっ!」

 

 白煙に触れた瞬間、バルバトスは戦斧を取り落とさん勢いでそれから逃れにかかった。

 交戦の際に破れ、露出した腕がみるみる内に赤く腫れあがっていくのを見るに、超高熱の蒸気か何かだろう。

 

「おのれぇ……!」

「仲間を人質同然に扱っておきながら、自分の思い通りにならないとそれですか。厄介な兄を持ったものですね、彼女も」

 

 バルバトスに対する攻略の糸口を見つけたことだし、仲間が囚われの身になっている以上情け容赦は不要だ。あちらとしては動揺させる腹積もりだったとしても、それをフィオレが見抜いている以上通用しない。

 こうなると、今バルバトスは心理戦において圧倒的に不利だ。

 今度こそ決着をつけるべきかと、紫水を握り直して。

 

『……退け、バルバトス』

 

 唐突に、低い女の声音が脳裏に響く。同時に、巨漢の背後から球体状の闇が現れた。

 

「舐めるな! 俺がこんな小娘に、負けるとでも思って……!」

『事実を明かしてもまるで動じず、それどころか逆手に取る。氷水が全身に流れているかのような亡霊に、これ以上時間は取れません』

「ならば今、一瞬で片をつけて」

 

 球体状の闇が音もなく膨張し、バルバトスをばくりと呑みこんで消える。

 ともあれ引いたらしいことを確認して、フィオレはきびすを返しヴァンジェロへ戻った。

 配給所付近では、扉が開かないことに立ち往生する住民と、右往左往する神官の姿がある。

 

「失礼」

「あ、あんたはさっきの……」

 

 バルバトスは一時的に晶力の供給を断ったと言っていた。ならば、その供給が正常に働けば動くはずである。

 帽子を被りレンズを取り出し、今も内側から叩かれる扉に左手を当てる。

 握ったレンズから晶力を取り出し。左手の甲を介して晶力そのものを押し当てる──

 直後、扉は音を立てて開いた。

 

「大丈夫ですか、皆……」

「うりゃあっ!」

 

 パァンッ! 

 

 ──どうも、閉じ込められていたことで鬱憤が溜まっていたらしい。

 扉を開いたフィオレが中に足を踏み入れかけた瞬間、いきなり肉厚の刃が降ってきた。

 真っ二つにされないよう白羽取りし、改めて前を見れば面食らった風情のロニが立っている。

 

「……お元気そうでなによりですが、私にケンカを売っているんですか?」

「あ、ああ。悪い」

 

 眼前の斧刃をどけてもらい、一息つく。閉じ込められたこと以外、彼らに被害はないようだ。

 

「災難でしたね」

「一体何だったんだ、今のは……」

「トラブルか何かでしょう。この仕組みも、完全ではないようです」

 

 人為的要素てんこ盛りだが、あながち間違ってはいないはずだ。この世界が絶対幸福の世界ならすでにフォルトゥナが降臨し、リアラもエルレインも役目を終えているはずなのだから。

 本当に一時的に停止されていたのか、あるいはすでに供給を正常化させたのか。扉の開閉に滞りはなかった。

 すでにジューダスがこれから先のことを伝えていたらしい。配給所を出で、そのまま都市を出ようとして。

 

「……あの!」

 

 振り向いた先には、都市の住民と思われる青年が立っていた。

 それも一人ではない。代表なのか何なのか知らないが、声をかけた青年を押しのけるように二人の青年が立っている。

 

「ん、何? オレ達に何か用?」

「キミじゃないんだ。そっちの……帽子を被った女の子に頼みが」

 

 仮面を被った女の子、だったら腹を抱えて笑うところだが、自分のことでは笑えない。

 フィオレはレンズを額に張り付けている、同じような服装の青年に歩み寄った。

 

「何か御用ですか?」

「頼みというのはほかでもない。俺の子供を産んでほしいんだ!」

「嫌だ」

 

 直球ストレートにして浪漫のカケラもないプロポーズを、フィオレは一言で拒絶した。

 これには仲間達も驚いたらしく誰もが唖然としている。

 

「フィオレ、その……知り合い?」

「まさか」

 

 記憶を探っても、このヴァンジェロ内で言葉を交わした人間達との接触に眼前の青年はいない。

 強いていうなら、ジョニーに似ている気がしないでもないが。それは髪色とその質だけの話。あんな色男ではない。

 

「じゃ、じゃあ僕の……!」

「いや、オレの子供を産んでくれよ!」

「断る」

 

 何とも図々しくある意味度肝を抜かされるプロポーズを却下し、フィオレはさくさくその場を後にした。

 二の句の告げない仲間達と共に出ようとして、何人もの手によって妨害される。

 

「ま、待ちなよ。ドームの外は危ないんだ。それはここへやってきたキミならよく知ってるだろ?」

「それがどうかしましたか」

「だからさ、俺の子供を産んでこのヴァンジェロに住もうよ。こんなに綺麗な子を見たのは生まれて初めてなんだ」

 

 判断基準が顔だけで、即嫁候補ときた。

 ふざけるのも大概にしろとくってかかるも、青年はひたすら不思議そうな顔をしている。

 

「美人であればあるほど、優秀な遺伝子の持ち主じゃないか。見た目で決めるのは当たり前のことだろ?」

 

 ……一理ある。しかし、頷くことはできない。

 さてどうしたものかなと思案して、ふと妙案が浮かぶ。

 ドームの外が危険だと主張する彼ら相手なら、実力行使どころか言いくるめる必要性もないだろう。

 折衷案を伝えようとして、フィオレは後ろからぐいと引っ張られた。

 そのままフィオレをかばうように立つ漆黒の背中の後ろから、ひょいと顔を出して見せる。

 

「生憎だが「では、私を捕まえて抱きしめて、『もう離さない!』と叫んだ方に対してなら、お付き合いを検討してあげないことも……」

 

 ない、と言いかけて。早速伸ばされた腕を回避する。

 そのままジューダスを盾にして青年の集団から逃れたフィオレは、その足でドームの外へと飛び出した。

 くるりと振り返って待つものの、やはり青年達はドームの外どころか、扉の近くに寄りたがらない。

 このまま仲間達と共に出ていけば丸く収まると、悠々しているのもつかの間。何故か怒気をそこはかとなく放つジューダスがずんずんやってくる。

 その後に続いて仲間達がやってくるから問題もないのだが、ジューダスの雰囲気がやけにフィオレを不安にさせた。

 のしのしと、大股で近寄るジューダスは眼前までやってきても止まる気配がない。やはり、都合よく前に立ったからといって盾にしたことを怒っているのだろうか。

 そんな内心のもと、伸びてきた手から反射的に逃れれば、彼は珍しく柳眉を逆立てて怒鳴った。

 

「逃げるな!」

「逃げるに決まっています」

 

 まるで、ホープタウンで怪物役をしていたロニのように、両手を広げ指先を曲げて迫ってくる。

 まさか先程の言葉を本気にしているわけではなかろうが、その様子は接近を許したくない程度には不気味だった。何せ彼は、それらしく見える仮面を被っているから。

 これなら剣を携えていてくれたほうがましである。

 迫るジューダス、逃げるフィオレ。しかしこの寸劇は、のんびりやってきた仲間達によって終止符が打たれた。

 

「おーい、いつまで遊んでるんだよ」

「ジューダス、子供ほしいの?」

 

 カイルによる無邪気な一言で我に返ったのか、矛先を彼に変えている。

 対して、女性陣の目はなんだか冷たかった。

 

「フィオレ、あれはないよ……」

「何故ですか。嫌ですよ、見ず知らずの男の子供産むなんて」

「そっちじゃないわ。その……だったら、ジューダスに捕まってあげればよかったのに」

 

 そんなことを抜かすジューダスなど見たくないし、ジューダスとてそんなことはしたくなかったはずだ。

 そう主張すればその通りと頷くジューダスを見てか、それ以降のコメントはなかった。

 そんな馬鹿をやりつつ、進んでいく。地図がないため、シルフィスティアの力を度々借りつつ一番近い都市を目指した先。一行の眼前に難関が立ちはだかった。

 

「おいおいおい……何だ、この密林は!」

「確かに、こりゃあすごいね。ここまで凄いジャングルはあたしも初めてだよ」

 

 彼らが言う通り、一歩足を踏み入れてわかったのは道がないということ。湿度が異常に高いということだ。

 濃密な木々の匂いが漂う仲、人の気配が皆無であることに対して様々な生き物の息吹が感じられる。

 

「こんなところを通るのか? 他に道はないのかよ」

「ここを突っ切らないと、そびえる山脈に沿ってぐるっと回りこまないといけません。かなりの時間を要しますが、それでもよろしければ」

「却下だな。ここを進むぞ」

 

 ロニのため息を尻目に、シルフィスティアの視界を借りて上空から密林全体を見通す。大まかな地形から確実に、最も短いルートで密林を抜けられるよう方向を探って進む。

 密林は、滅多にお目にかかれないほど人の手が加えられていなかった。未踏の地と呼んでも差し支えないだろう。

 それは、この世界において都市同士の交流が皆無に近いことを示している。狭いコミュニティの中で血を交え続けることは、滅亡へ一直線に駆けていくことと同義なのだが……エルレインはその事を知っているのかどうか。

 

「あ~、暑い! ムシムシする! 服がはりついて気持ち悪い!」

 

 普段、暑いだの寒いだの不平不満を零すことが少ないカイルが、大声でそんなことを叫んでいる。

 心なしか、普段の跳ねた金髪が大人しくなっているようにも見えなくない。

 

「カルバレイスも暑かったけど、ここは気持ちが悪いね。ぬるま湯に浸かってるみたいな感じだよ」

 

 暑さに慣れているはずのナナリーすらもこうだ。密林に入ってから口を開かないリアラなど、不平を口にする余裕すらない有様である。

 かく言うフィオレも、この蒸し暑さには閉口していた。

 特にフィオレは常に帽子を被っているのだ。頭はゆだるような熱気を孕んでおり、滂沱の汗に髪が湿り気を帯びている。

 脱げるものは脱いで暑さ対策はしているものの、つらいものはつらい。

 それはジューダスとて同じらしく、彼もまたマントを外し襟をくつろげ、出来得る限りの対策を取っていた。

 いくら木々が生い茂っていても、これだけの暑さだ。熱中症やら脱水症状やら、魔物に奇襲をかけられるよりも厄介な危険がある。

 その危険性に気付き、以降一同の状態を気遣いながら進む内。

 

「……池?」

「つーか、沼っぽいな。こりゃ」

 

 一同の眼前に広がるは、湖ほどの大きさもなく、泉のように澄んだ印象のない大きな水たまりだった。

 ただし水中にて水棲植物が大繁殖しているのか、至るところに藻が浮かび何が潜んでいるかもはっきりしない。

 保存食の干し肉を投げ込み、何の反応もないことを確かめて。

 

『アクアリムス。この池の中に、獰猛な魔物などはいますか?』

『獰猛かどうかはわかりませんが、魔物はいないようです。レンズの気配は感じられません』

 

 その言葉に安心して、行く手を阻む池の表面を凍らせてもらう。

 ぱきぱきと音を立てて凍っていく池に、もちろん一同は驚愕をあらわとした。

 

「な、なんだ?」

「私の仕業ですからお気になさらず。これで向こう岸まで渡りましょう」

 

 紫水で氷の強度を確かめて、リアラの手を取り氷上に足を踏み入れる。

 ──ファンダリアでの、氷の大河での経験が役に立った。

 いきなり氷の上に乗せられてあたふたするリアラをひっぱり、向こう岸へと辿りつく。

 同じく氷上を滑ってやってきたジューダス、おっかなびっくりだが、持ち合わせた平衡感覚をフルに使ってどうにか渡ってきたナナリーを認めて再び対岸へと戻る。

 ナナリーと同じように見よう見まねで氷上を渡ろうとして、派手に転ぶカイルとロニを連れて向こう岸へつく頃、張られた氷は術の解除により解凍された。

 

「……もう少し綺麗な水なら、行水でもしていきたいところですが」

「いいね、それ! 皆でちょっと汗流していこうよ!」

 

 広がる水溜まりに振り返ってぽつりと呟けば、カイルが瞳を輝かせて同意した。

 よほど、この暑さと汗で張りついた服がお気に召さないらしい。

 

「まあ、その辺の藻をちょいと除ければ入れはするだろうが……」

「では男性陣、お先にどうぞ。私達は見張りをしています」

 

 少女二人に目配せして、池から背を向ける。

 気温もそこそこ高く、さっぱりしたいというのは誰もが同意見であったらしい。あのジューダスさえも「そんな暇はない」に類似する発言はなかった。

 

「うっひょー、気持ちいいー!」

「おいジューダス、お前も体洗っとけよ。汗臭い男は敬遠されるんだぜ?」

「……ほっとけ」

 

 以下、一名を除く男衆が行水してはしゃぐ様が続く。解凍したとはいえ、氷水はさぞ冷たいと思われた。

 

「ふー、気持ちよかった! リアラ達も水浴びしてきなよ!」

 

 やがて、心底さっぱりした様子で男性陣が帰還する。その矢先カイルに声をかけられ、女性陣は顔を見合わせた。

 男であるカイルすら不快に思ったのだ。彼女らが不快に思わないわけがない、のだが。

 

「そうしたいけど、そこに万年発情期がいるからねえ……」

 

 呟くナナリーの視線の先には、言わずとしれた女好きが憤慨していた。

 

「誰が万年発情期だ! 俺は年上のお姉さまが好みなんであって、特に誰かさんみたいな洗濯板なんか、頼まれての見るかっつーの!」

「なんだってぇ!?」

「では、ロニの言うことを信じて行水しましょうかね。お先に~」

 

 カイルとジューダスに背中を向けさせ、ナナリーがロニにかなり複雑な関節技を仕掛けている間に被服を脱ぐ。

 瞬く間に全裸になったフィオレは、さっさとその身を池へ投じた。

 水面近くは藻が取り払われて比較的視界は良好だが、そこそこ深い水底の付近になるとまったく無意味だ。先程カイル達が騒いだせいか、魚など生き物は一切見当たらない。

 火照ったからだが適度に冷えたところで、弾みをつけて浮上する。

 あれから一体何があったのやら。陸では背中を向けたカイルとジューダスがぶっ倒れたロニの介抱をしており、水辺ではタオルを巻きつけた少女二人が水と戯れている。

 ざんばらになった髪をそのまま、用意しておいた手拭いで水分を拭っていると。

 視線を感じて、フィオレは手拭いを頭から被ったまま此方を見た。

 

「どうかしましたか、リアラ?」

「え、えっと、あの……フィオレって、胸が大っきいのね。ちょっとびっくりしちゃって」

 

 無邪気な少女の爆弾発言に、フィオレは思い切り吹き出した。その言葉に未だ伏したロニがぴくりと反応し、それに気付いたナナリーが睨みをくれている。

 

「重たくないの?」

「……普段は布を巻きつけて抑えていますから」

 

 なんとなく、男性陣が耳を澄ましているように見えるのは気のせいか。

 ともかく、早々に服を着る。晒しを巻きつけがてらレンズを使って熱風を発生させ、髪を乾かした。

 潜った当初ほど快適ではないが、それでもさっぱりしたことに間違いない。

 

「さて、それじゃ行こうか」

 

 どうもナナリーによって絞め落とされていたらしいロニに活を入れ、行軍を再開する。

 池を越え、生い茂る草をかき分け切り開き、道を作って進む先。唐突に視界が開けたかと思うと、どこかで見たような原野が広がっていた。

 

「抜けたか!」

「これでジメジメとはお別れだね。くぅ~、風が気持ちいい~」

 

 密林の只中、なかなか吹かなかった風は一同の間をすり抜けては去っていく。

 まるで再会を喜ぶように戯れていく風の先を、フィオレはジッと注視していた。

 

「あれが……紅蓮都市とやらでしょうか」

「なんでわかるんだ?」

「外壁の色が何となく赤っぽいでしょう。蒼天都市は外壁が青っぽかった」

 

 密林を抜けた喜びをかき消すように、視線の先にはドームがしつらえられている。

 誰ともなしに足を動かし始め、リアラのレンズをかざして入った先は。

 

「ここも、ドームに覆われた街かあ……」

 

 遠目からわかっていたことだが、改めて入るとまた感覚も違う。

 硝子のような物質を天蓋とし、外壁を隙間なくぴっちりと囲われた都市はどこか息苦しく感じられた。

 レンガのような赤を基調とする街並み、同じような格好の人々。彼らを見回して、ジューダスは小さく鼻を鳴らした。

 

「まるで箱庭だな。同じ形をしていて、その中だけで世界が完結している」

「作り物の街……か」

 

 ──もともと世界というのは箱庭じみたもので、作り物も何も街は初めから作られるものだ。

 それが小さな形に縮小され、且つとある存在が一方的に用意したことを知っているからこんな風に言っているのだろうが。

 

「うん、でも……」

 

 一同が静かに戸惑い、そしてわずかずつ憤りを抱えていく最中。

 リアラの視線は、彼方の光景に魅入られていた。その先には無邪気に戯れる子供達や、それを見守り微笑む大人達がいる。

 

「みんな、とても穏やかな顔をしているね」

「作り物の街に、作り物の幸せ……まさにここは箱庭だな」

「……そう、ね」

 

 ジューダスは世も末だと言いたげに吐き捨てているものの、リアラは柔らかく肯定するだけで視線は外れない。

 そんな少女の様子に、カイルが物言いたげな顔をしているものの、フィオレは気づかぬ素振りで言った。

 

「さて、情報を集めましょうか。どんなに小さなことでもいいから、手がかりのようなものをね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ・バルバトスに妹がいた。なお、血は繋がらない模様。
 ・ジューダスは子供好きだった(?)そうじゃなきゃ欲しがらないよね。
 ・フィオレは着痩せするタイプだった。

 ……あんまり、思いも寄らぬものではありませんね。
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